パテック フィリップに夢中

パテック フィリップ正規取扱店「カサブランカ奈良」のブランド紹介ブログ

昨年は短い秋が素早く過ぎ去って、早い冬が始まった。この国はいつの間にか四季では無くて、厳しく長い夏と冬の狭間に駆け足の様な春と秋が申し訳程度に顔を出す様になってしまった。そんな貴重な"秋"の新製品第二段。ちんたら書いていたら厳寒期になり、いつの間にやら年さえ越えてしまった。今回はクロノグラフを共通項として4本のグランドを含むコンプリケーションのご紹介。発進と停止機構で経過時間を計る平たく言えばストップウォッチという代表的な複雑時計機能に関して、パテック社は長らく自社ではなく敢えて信頼できるエボーシュ(ムーブメント供給専門会社)から手巻のクロノグラフ・ムーブメントを調達してきた。詳しくは過去記事でも紹介したが、1900年前半はヴィクトラン・ピゲ、1929年以降はバルジュー社、1986年からはヌーベル・レマニア社から特別で専用のクロノグラフ・キャリバーの供給を2011年まで約100年間に渡って受け続けてきた。そしてクロノグラフに関しては自動巻に手を染める事をパテックは頑なに拒んできた。
しかし1990年代からスイス時計業界内の諸事情で多数の時計メーカーがムーブメントの自社開発と生産を進める事になった。この諸事情とその影響を詳しく書き出すとキリが無いので止めておく。クロノグラフ系キャリバーのみ外部調達していたパテック社も自社製のクロノグラフ・ムーブメントの開発・設計に乗り出し、2005年以降3兄弟とも言えそうな性格の異なる3つのムーブメントを僅か4年間で発表し現在に至っている。今回紹介するクロノグラフ達の搭載キャリバーもその3兄弟全部が使い分けられている。この役割と分担をわきまえたようなキャスティングが大変に心地よい。

7968/300R
アクアノート・ルーチェ《レインボー》クロノグラフは、レディス初の自動巻仕立てのクロノグラフである。アクアノートのメンズでRef.5968なる人気クロノグラフモデルが既にあって、品番頭の5がレディス御用達"7"始まりに変更となっている。時計そのものは全く同じでクロノ3兄弟の内、2006年発表の次男のCH 28-520が搭載されている。フライバック方式と呼ばれるクロノグラフ作動時に一旦ストップする事なしにいきなりリセットし、そのリセットボタンのリリースと同時に再スタートさせる特別なクロノグラフ機能が採用されている。このクロノグラフ作動のオン・オフを担うのは現代的な垂直クラッチと呼ばれる方式で、伝達時のトルクロスが非常に軽減されておりクロノ秒針を常時作動させて時計秒針として使用する事も出来る。センター・フルローター形式の自動巻仕様の実に先進的で実用性抜群のエンジンだ。現行クロノグラフ・ラインナップで最も多用されているキャリバーでもある。
7968_300R_001_8.png
でもこんな油臭い話はこの時計には似合わない。さてさて"レインボー"なる宝飾時計の装飾表現を普及させたのは恐らくロレックスだろう。ミレニアムイヤーだった2000年より前か後かも定かでは無いが、確かクロノグラフのレジェンドである"コスモグラフデイトナ"で初採用だった気がする。でもその後追いで様々な他ブランドが、次々というレベルでは採用していない気がする中で、パテックでの商品化は個人的に意外で少し違和感もある。ベゼルへのジェムセッティングは内側ダイヤと外側マルチカラー・サファイヤの2重取り巻きで、デイトナの一重の大胆なグラデーション・サファイヤ使いとはさすがに一線を隔している。インデックスはアクアノートお馴染みのアラビア数字18金植字に加えて、短いバーインデックスがマルチカラーのサファイヤバゲットカット仕様となっている。時計の性格からカレンダーの不採用は妥当だろう。デフォルトの真っ赤なストラップに加えて2色のコンポジット(ラバー)ストラップが付属していて公式HPカタログで確認可能だ。良いお値段なのだけれど発表直後からお問い合わせは多い。しかし立ち上がりの入荷数が極めて少ないようで初入荷はいつの事やらと覚悟している。

5395A-001
従来からラインナップされていたワールドタイム・クロノグラフRef.5930と時計的には全く同じで兄弟モデルである。しかしケースは新規開発で少し1.5mm大きく、わずかに0.11mm薄い。注目すべきは何と言っても素材がステンレスである事で、昨今のパテックが地味?に仕掛けているトレンドに連なるとても気になるニューフェイスである。5935A_001_b_800.png

ダイアルカラーはローズゴールドめっきのオパーリンに《カーボン》モチーフとされている。この何とも表現しずらいモダンなヴィンテージローズとも、光沢感タップリなサーモンピンク、はたまたオレンジっぽいピンクなどと言葉遊びを繰り出しても伝えようが無い。さほどに複雑な色目をモニターの画像だけで想像出来ようもないのでネタバレすれば、幸運にも現物を手に取って凝視する機会を得たからなのだ。ところで文字盤中央部の一松格子文様(《カーボン》と表現されている)モチーフを見た瞬間に思い出されたのは2019年秋に落成したパテック社の最新工場PP6を記念して製作されたSSカラトラバの記念限定モデルRef.6007である。てっきりこれが初出と思っていた。とこらが或るWEB記事で気付かされたが、このモチーフは2013年の5004Tが初出、さらに2017年の5208Tにも既に採用されていた。この2モデルは奇数年度に開催されるチャリティーオークション『オンリーウォッチ』出品用に特別製作されるユニークピース(一点モノ)であり、通常パテックが採用しない素材であるチタンがオンリーウォッチには好んで用いられている。尚、2022年の今年は偶数年で別のオークション『チルドレンアクション』に永久カレンダー・クロノグラフRef.5270のやっぱりチタン製が寄贈出品され11月7日に970万スイスフラン(同日レート買い換算146.63円:約14億2,231万円)で落札されている。一点モノに販売時価も付けようが無いが、全く個人的にカタログ掲載モデル的に見積もればプラチナ製のRef.5270P同レベルの2000万円台後半、仮に3000万円として50倍近いとんでもないプレミアプライス、モンスター井上もビックリ!というところか。

new-5207T-5208T-5004T_e.png
寄り道、脱線から話を戻そう。90度角度を変えて筋目ギョーシェ彫りされたタイル状格子モチーフの演出はかなり凄い。公式HPの画像ではイマイチそこが伝わって来ない。例えば微妙な角度で文字盤を上から俯瞰すると全く市松が消滅し、まるで平やすりの表面様にしか見えなかったりする。その状態ではダイアル外周のシティリングは光沢を発して輝き、内側の平やすり部は完全なマット状に沈むが、12時側のブランドロゴの転写スペースと6時側のクロノグラフ30分計インダイアル部は艶めき燦然と輝いており、コントラストに惚れ惚れする。これ以上書くと実機編でのネタが無くなるが、ともかくこの時計の魅力は文字盤に尽きる。そして素材がステンレスなので当然軽い。初出の5930はホワイトゴールド、第2世代の現行5930がプラチナなので当たり前に軽いのだけれど、文字盤とカーフストラップのライトウェイトなイメージの色目使いも、特別な軽やかさを5935に与えている気がする。上述のアクアノートルーチェ・クロノグラフと見た目がまったく異なるが、ベースキャリバーは同じでパテック自社製クロノグラフムーブメント第2弾のCH 28-520系にワールドタイムモジュールがトッピングされている。個人的には今回発表の全8モデル中で最もお気に入りの一本だ。

5204G-001
グリーントレンドはまだまだ健在の様である。サボりサボり書いている内に年末が過ぎ新年になってしまったが、全身に渋いオリーブグリーンを纏ったこの超絶グランド・コンプリケーションの発表が、一瞬!咋春だったか、ついこの間の秋だったかのか混乱してしまった。新緑に連なるお色目が春にこそふさわしいと言う先入観のしわざかもしれない。さほどに今春の緑軍団4モデルのインパクトは大きかった。
5204G_001_8_800.png
さてさてグランド・コンプリケーションに於いて品番末尾が"4"で終わるモデルは生産も限られ調達ハードルが非常に高い印象がある。このモデルもその気配が濃厚だ。だが今回もそうであるようにコスメティックチェンジを過去何度も繰り返してきたこの手巻の永久カレンダー・スプリットセコンド・クロノグラフは中々販売がかなわないけれど、しばしば目にする不思議なモデルだ。全てお客様の着用やご持参によるご愛用品を結構な頻度で拝見している。希望小売価格設定モデルではあるので、未設定の時価(P.O.R./Price On Request)モデル達とは生産個数レベルにかなり差が有るのかもしれない。でもご縁が無いナァ。
エンジンは前述の2022年度チャリティーオークションモデル5270Tにも採用されたベースキャリバーCH 29-535系に永久カレンダーモジュールを積み上げるのは同じながら、さらにクロノグラフ部分にスプリットセコンド機構が組み込まれた部品点数496点の超複雑なムーブメントである。実機を見ていないので断言できないが、この緑色は結構渋めで落ち着きが感じられる。スプリットセコンドではないシンプルなクロノグラフに永久カレンダ-が合体したプラチナ素材の現行モデル5270Pの鮮やかな発色のグリーンカラーとは全く異なりそうだ。勿論好き好きであって、選択技が増えた事は喜ばしい。ただし価格は18金であってもスプリットセコンドバージョンが約1.5倍とお値段も"超"がつく。

5373P-001
最後の一本は非常に珍しいレフティ用の手巻クロノグラフである。現行のパテックとして左利き専用モデルは唯一だし、他ブランドを見渡してもたまにシンプルな3針タイプでのレフティは稀に散見されるもクロノグラフは記憶にない。パッと見た感じは上述の5204の色違い?、でもよく見ればダイアルのレイアウトは天地が逆さまだったり、カレンダー表示の窓位置が異なったり、プッシュボタン数が違ったりと顔つきの似て非なる他人同士である。
5373P_001_9_800.png

素材はプラチナでケース側面の形状が独特、ラグからラグ迄全体が一段下がるように彫り込まれている。今春発表の新作で画期的な10分の1秒計測で話題を集めたクロノグラフRef.5470Pを始め時価カテゴリーな超複雑モデルでは結構おなじみのデザインだ。搭載エンジンは2005年発表のクロノグラフムーブメントとしては初めて100%自社開発・製造(マニュファクチュール)された世界最薄コラムホイール式スプリット秒針クロノグラフキャリバーCHR 27-525系に永久カレンダーが組込まれている。従来からこのムーブメントは右利き用モデルとしてRef.5372などに積まれてきた実績が有るのだが、今回は半回転180度グルっと廻し込んでサウスポー仕様として5373に搭載されたわけだ。
5372P5373P_b.png
う~ん・・、チョッと笑えてしまう。手塚漫画のBLACK JACKで、内臓がすべて左右逆に生まれ付いたクランケを手術する際に要領を得ず、機転を利かせたピノコが差し出したミラーで左右を戻してオペを続けたくだりを思い出してしまった。この機械の設計は非常にクラシカルだ。1900年代前半のヴィクトラン・ピゲ時代のパテック社御用達エボーシュをお手本に、スプリットセコンド・クロノグラフを設計段階から組み込んだベースキャリバーとして2005年に誕生した。自社製クロノグラフムーブメント第一弾を一番複雑なタイプから取り掛かるあたり、いかにもパテックらしい。
でも個人的には単純にムーブメントを180度廻すのではなく、同一設計をアシンメトリーに組み直して12時と6時の日付カレンダーと月齢表示は上下反転させず、何よりもスクエアシェイプのスタート・ストップ用プッシュボタンは8時ではなくて10時位置で仕上げて欲しかった。なぜ?って、スタートとストップのプッシュ操作は基本的に親指で支えて人差し指で押したいから・・レフティの為に箸置きは右に、ナイフは左に、フォークは右に・・とお願いしたいナァ。とびきりの超高額モデルなのだから縦置きに設計開発されたエンジンを単純に横に置き換える様なケチくさい事はせずに、変更設計を加えた専用エンジンが相応しいと思うのだけれど・・。それゆえに今春のWatches & Wonders 直後に発表された10分の1秒クロノグラフ(高度でダイナミックな変更設計が与えられ、5373Pより若干リーズナブルな)5470Pに個人的軍配をあげたい。

さて、コロナ禍は新製品の発表スケジュールさえも見直しを迫っているかのようだ。春のリアルな新作発表の場を失った最初の年2020年は超絶を含むグランド・コンプリケーションやPP6新工場落成記念限定カラトラバ等の特殊なモデルが少な目に時期もバラバラに発表され我々正規店もWEB確認だけの全くの五里霧中状態だった。
一昨年2021年もリアル開催は無理で発表時期も数回に分けられたが、パテック社はその状況をあらかじめ覚悟して戦略的に小出しに発表をしたように思う。そして今年2022年はかつての聖地であったバーゼルから他のビッグブランド数社と共にジュネーブの《​Watches & Wonders Geneva 2021》にて2年ぶりのリアルな新作発表会が実施された。日本からの渡航がまだまだハードルが高かった時期でもあり、勇気あるジャーナリストとごく僅かな販売店も現地参加をしたように聞いている。
我々は開催と時を同じくして東京のパテック フィリップ ジャパンでリアルサンプルを初見する機会を得た。そしててっきり今年はそれで終わりで五月雨式のまとまった追加発表は無いとばかりに思っていた。しかしもう皆さんご存じのように昨年10月18日に秋の新作軍、それも魅力溢れすぎる超強力なモデルが8型もお披露目されたのだ。欧米を中心に春のジュネーブを訪問した正規店は多々あったはずだ。2021年の様に初夏や夏にトランプのカードを配る様な発表が今年は無かったが、春のリアルと秋のバーチャルの年2回(半年間隔)が今後スタンダードとなるのだろうか。それともコロナをまだまだ慎重にとらえて半年間様子を見た結果の答えが今回の秋の8モデルなのか。個人的には恐らく前者だと思っている。慢性的な品不足はコロナ下でさらに拍車がかかり、現物を店頭で確認する事が難しい現状で、皆さまにはフラストレーションでしかないが納品時に初めてご対面が恒常化している。コロナはあらゆる消費や購買をWEBを通じてモニターで見るだけで行うという新形態を加速した。どちら側も「オンラインでもええやん!」というスキームをいつの間にやら受入れているように感じるのだ。そう考えれば春と秋の分散発表も楽しみに思えてくる自分自身が一早くデジタルの奴隷になっているのかもしれない。

文責:乾
画像:パテック フィリップ

追記-本稿の書出しは昨年11月初旬だった。諸事情で中々書きあぐねて気づけば年末ギリギリとなってしまった。さらにグズグズと校正をしている内に年越しの公開になってしまった。それゆに本文中のタイムリーでない表現もあるがご容赦願いたい。
まだまだ書きはじめだった11月中旬には完全に意表をつかれたジュエリー使いのメンズの豪華版グランド・コンプリケーション4点が発表された。それらは今後のご紹介となるが、拙ブログで書き綴るレベルを超えている様な気もする。2022年は何とも多作の年であった。トータル25モデルは昨年の22より3つ多い。手元のあやしい備忘録でコロナ前の2019年ニューモデル数が23点なので特別に増えてはいないが、印象として豊作感を感じる。しかもハイジュエリー由来の超のつく高額モデルがドンドンやってきて、バブルの匂いがした昨年でもあった。お一人様で寂しく沈み込んでいった日本円相場のあおりで3回の価格改定があり、年初比較で20%以上の値上がりとなったが、さらなる値上げ期待があるのか加熱したブランド人気に陰りは全くない。今年は日本初開催となるグランド・エキジビションが6月中旬に東京で開催される。ブランド認知の裾野はさらに広がり、その価値も一層の高まりが予想される。ああパテックよ、おまえは一体どこまで行こうととしているのか・・。







いやいや驚愕の8モデルである。クロノグラフ5型にノーチラス3型がパテックの仕訳けだが、どうしても人気シリーズのノーチラス4型をひと塊としたい。アクアノート・ルーチェのハイジュエリーモデル追加がひとつ。そして2019年初出のウィークリー・カレンダーRef.5212A、2021年の年次カレンダーRef.4947/1Aと年次カレンダー・フライバック・クロノRef.5905/1Aへ地味に続くステンレス素材コンプリケーションの流れにも1モデルが用意された。さらには異なるクロノグラフムーブメントをベースにして同一機能を有するグランド・コンプリケーションの超絶モデルも忘れず2型。この面倒臭い分類がしっくりと腑に落ちやすい。と言う勝手な個人的仕訳けで、まずは取っ付きも良いノーチラス4モデルの画像ファーストインプレッションにお付き合い頂きたい。

5811/1G-001
ついに、やっと、と色んな思いが全てのノーチラスファンにありそうな3針カレンダー・濃青色系ダイアル・銀色のケース&ブレスの復活モデル。2021年2月の定番旧モデルRef.5711/1A-010の生産中止発表から1年8カ月。特別で超レアなワンショット生産だった最終オリーブグリーン文字盤Ref.5711/1A-014と1300A-001やティファニー・ブルーダイアルの流通限定Ref.5711/1A-018等で2021年は常に話題提供がなされた5711だった。個人的にはこのタイミングと18金素材での復活はありありだと思う。しばらくノーチラスへのSS素材投入は無かろうと予想していたからだ。それゆえ後述する5990がSS素材のままダイアルチェンジでリバイバルされたのは少し意外だった。まあこれはあとで・・
5811_5711_b.png
新旧を実機で見較べる(どれだけ運の良い人だろう・・)と言うのが超難関なので、PP公式HPカタログ画像同士を左右で比較してみた。3700/1Aという遺伝子が共通なのでお互いに実によく似ているのは当たり前。でもたった1mmの微妙なケース径の違いは例え実機比較でも難しそうだ。僅か0.1mm違いの厚さはもっと無理だろう。それくらい形状はウリだ。ケースの色目は新作の画像がやたら白っぽい。パテックは大半のWGケースにロジウムの仕上げメッキを施さないので実機はもう少し黄味がかって見えるはずだ。それにしても新作は画像修正が丁寧過ぎてシャドウが殆ど無く平板で高級感に欠けて見えるのは残念だ。文字盤カラーは先代のブラック・ブルーに対し新作はブルーソレイユのブラック・グラデーション。少し暗めで複雑な色目からスッキリした濃青色系になった様に見える。横ボーダーの凹凸部の天地巾はほぼ均等だったが、ニューフェイスでは広い凸部と狭めな凹部へと変更されたように見えるのは気のせいか。明らかに異なるのはブランドロゴ廻りで、2本のボーダー凸部にシンプルに転写プリントされていたのが新作ではロゴプリント専用スペースが設えられている。ただこの仕様は過去の撮影画像を確認してゆくと2016年頃にランニングチェンジされた様である。上の5711/1AのPP画像は初期型と思われる。時分針と18金植字インデックスの蓄光型夜光塗料スーパールミノバの色目はグリーン系の標準的な物から白さが際立つタイプになり、インデックスへの塗布面積も広げられ視認性が向上している。昨今の夜光系塗料の進化によるものだろう。インデックスそのものの形状もごく僅かにずんぐりした印象を受けるが、これも気のせいだろうか。またカレンダー窓も単純な面取り枠無しから高級感の有る18金窓枠付きとなっている。知る限りだがこの仕様は2016年のシリーズ発売40周年の記念限定モデルで初採用されたものだ。尚、昨年の特別な5711最終モデルのオリーブ・グリーンダイアルモデルも窓枠(恐らく18金)仕様が採用されていた。カレンダーの日付フォントも先代初期型とは異なっていて天地が短く若干太文字となって読み取りが良くなった。こちらもノーチラス40周年で採用されたフォントが踏襲されているとの事だ。
ノーチラスの初代は1976年初出の3700/1A。当時としてはケース径40mmの非常に大きい時計で"ジャンボ"と呼ばれた。厚みは色々調べたがどうも判然としない。天才デザイナーのジェンタが採用した2ピース構造のケースで極薄の8mm程度だった様だ。先代5711/1Aもこの初代3700/1Aに近しい風貌が与えられていたが、新作の5811はさらにその意識が強い様だ。それはケース構造を現代的な3ピースから先祖返りの様に2ピースに戻した点にある。かつての3700/1Aもそうであったように2ピース構造ケースには裏蓋が無い。その為にリューズを抜いてムーブメントを裏側から取り出せない。そこでジョイントリューズ(継手巻芯)を採用し、リューズを引っこ抜いて文字盤側から機械を取り出すしかなかった。以前のパテックはこのリューズ構造を採用するモデルが多くて、時刻合わせの際に「引き出そうとしたらリューズが突然抜けてビックリした」というご相談が結構あった。しかし今回の5811は2ピース採用ながらジョイントリューズではなく新たな工夫(特許なので詳細不明)でリューズを安全に外せるらしい。だた努力の2ピース採用がたった0.1mmしか薄さ確保に貢献していないのはチョッと残念。
ムーブメントは先代の5711でも最後期に324 S Cからランニングチェンジで換装されていた最新型自動巻エンジン26-330 S Cが搭載されている。ハック(時刻合わせ時秒針停止)機能と日付早送り操作の禁止時間帯撤廃の両機能を併せ持った非常に実用性の高いパテック自慢の基幹ムーブメントだ。
予想に違わず10/18の日本時間16時にPP公式HPで発表後、SNSでの拡散効果も有ってか新作情報は瞬く間に広がった様で、閉店時間までずっと店の電話は鳴りっぱなしだった。1回線ゆえ多々ご迷惑をおかけした・・はず?。そしてその7~8割の方が5811に強いご興味を示されていた。初日にして需給バランスは大崩れなのであった。素材的に先代5711SSの倍近くする18金素材となっても、このモデルへの渇望感は何ら解決がなされないわけだ。いっその事プラチナでも良かったのではないかとも思うけれど、かつて知る限り定番ノーチラスにプラチナ採用は無かったし、2016年のシリーズ発売40周年に記念限定モデル5711/1P-001がプラチナでリリースされているのでパテックとして素材哲学的なハードルが有るのかもしれない。まあ仮に発表されれば、同じように激しい争奪戦でしょうが・・。パテック随一の"トロフィーウォッチ(説明不要の便利な言い回し、いつ誰が広めた?)"としてこの時計はこれ以上今は掘り下げようも無いので、いづれ実機にて続編としたい。
※今回新作についてはモニター初見印象のみとし、スペックの記載は実機編に譲る事にした。

5712/1R-001
通称"プチコン"は、SSブレス仕様と18金WGとRGにストラップ仕様の計3モデル展開が現行ラインナップだ。このRGモデルに同色系色目違いのダイアル(ブラウン・ソレイユ&ブラック・グラデーション)を採用しメタルブレス仕様としたバリエーションモデルが今新作だ。でもね、モニターの文字盤色は2021年に鬼籍入りした3針のRG素材5711/1R(ブラック・ブラウン)に似ているし、8mm台の薄いケース厚のゴールドブレス仕様のノーチラスが今新作のみとなるので、5711/1R買いそびれ組の受け皿モデルにもなりそうな気がする。
5712_1R_001_800.png
昨年3針の5711のディスコンが発表されて以来、5712/1AプチコンSSの連鎖?廃番の噂が絶えないが、パテックサイドからは一切そんな話は出ていない。でも今回RGブレス仕様が追加ラインナップされて勝手な憶測をするに来春のSS生産中止とWGブレス仕様追加の発表はあるのかもしれない。
この新作も予想を遥かに上回るご希望がある。ずっと日本市場では銀色系が金色より人気だったが、各ブランドでイエローゴールドからローズ(ピンクやレッドも含めて)ゴールドへの置換が進んでからは、18金素材の人気に於いてローズがホワイトを上回ってきている感がある。伸展著しかった巨大マーケットの中国本土攻略の為に赤味系18金素材投入を各ブランドがこぞって競った結果のトレンドかもしれない。
この新作モデルは完全なコスメティックチェンジの為、さらなる詳細は実機でご紹介したい。

5990/1A-011
2つ目の紹介を上述のプチコンRGブレスとどっちを先にするか迷ったのが、同じく完全なコスメティックチェンジモデルのSSノーチラス5990。この復活モデルは完全に予想外だった。
2014年にブランド初組合せのフライバック・クロノグラフ&トラベルタイムのダブルコンプリケーションを搭載して発表された。デカ厚時計ブームのトレンドともマッチして瞬く間に人気を博した。特に本年春の生産中止に向けてここ数年尻上がりに人気が高騰し大量の注文残を抱えて鬼籍入りした。現在は2021年に素材違いで投入されたローズゴールドのブレスレットモデル5990/1Rが唯一のラインナップだった。今回半年のブランクを挟みダイアルを初代のグレー系からブルー系へと変更してSS素材で再登板となった。
5990_1A_011_001_b.png
左が今回の新作、右が初代のディスコンモデル。お間違いなく。と言ううくらいダイアル周りは微細な変更が無さそうだ。両画像とも出典はPP公式カタログだが、前述の3針モデル同様にケースとブレス部分への画像修正度合いはかなり異なっている。此処だけ見較べれば別モデルにしか見えない。個人的には立体感を感じる右の初代画像が好みだ。そんな事はどうでも良いがブラック・グラデーションのブルーソレイユ(新作011)かブラック・グラデーション(初代001)かは実に悩ましい。一般的にノーチラスの青系ダイアルは鉄板人気なので新作に軍配が上がりそうだが、それに乗っかるパテックはチョッとずるい気もする。
前述したようにあまりにも高騰しすぎている人気を考慮すれば5811の様に今後ノーチラスにSS素材は敢えて投入しないのでは無いかと予想していた。それ故の2021年度の5990RGモデル発表と理解していた。しかし今新作には見事に裏切られたわけだ。自信がグラついているが、ひょっとしたら今後も価格がかなり高額になる複雑機能モデルはステンレス素材でもラインナップが続くのかもしれない。そう考えれば前段のプチコン5712ステンモデルの廃番が現実味を帯びてくる。それにしても税込600万円を超える充分高額な時計なのだが・・。
そしてこの高額な5990SS新作にもご希望は殺到している。当店の場合、新作メンズノーチラスの人気順は5811/1G、5990/1A、5712/1Rとなるがあまり大差がない。そしてどれもが供給が追い付かず潤沢に販売できない事も共通している。

7118/1300R-001
7118_1300R_001_800.png

今回発表のノーチラスの紅一点。既存ラインナップの自動巻3針カレンダーモデルのベゼルとインデックスに貴石をジェムセットしたコスメティックチェンジの新作。ジュエリーには疎いので初見はサファイアかトルマリン系の石かと思ったが、スペックにはガーネット科(属がしっくりかなァ)のスペサルタイトなる聞き始めの宝石とある。多彩な色目が有るようで、ルビー様の黒味を帯びた赤色を《コニャック》、シトリン様の文字通り《シャンパン》カラーを両端にしてベゼルは68個のバゲットカットによるダブルのグラデーションから構成されている。インデックスは濃色側の《コニャック》カラーのスペサルタイトを単なるバゲットでは無く"オジーブ"型なる縦長の樽型にカットし、18金の土台に天地留めしてセッティングされている。オジーブ型をググれば、ゴシック建築における特徴的な様式デザインで仏語で尖塔アーチとある。形状的にはロケットや口紅の様なトンガリらしいがわかったようで良く判らない。スペサルタイトはドイツ・バイエルン州シュペッサルト郡での発見が石名の由来。スペサルティンガーネットとも呼ばれ様々なオレンジカラーが有り、黄色味が強い(聞いた事が有りそうな)マンダリンガーネットなども含まれるとある。尚、ガーネットの和名は柘榴(ザクロ)石であり、インデックスや12・6時部のベゼルにセットされている《コニャック》色部はさもありなんである。
ソリッドベゼルやブリリアントダイヤベゼルの7118レギュラーモデルと時計スペックは共通で、搭載ムーブメントはCal.324 S C。なぜか新型換装エンジンCal.26-330 S Cへの積替えがレディス・ノーチラスはのんびりの様だ。リューズは捻じ込みと勘違いしがちだが、非捻じ込みで6気圧防水。少しでもリューズ操作を簡単にという配慮なのだろう。ケース厚は8.62mmでなぜかメンズの3針5711&5811(8.3&8.2mm)、プチコン5712(8.52mm)や永久カレンダー5740(8.42mm)よりも若干ながら厚い。妹分のレディスノーチラス・クォーツモデル7010系がたったの6.9mmなのだから自動巻も頑張って8mmチョイに仕上げて欲しい。
さすがにメンズの新作3兄弟?の熱狂ぶりは無いけれども、予想以上にお問い合わせはある。そしてこの手の時計は入荷が非常に少ない傾向があるのでコンスタントな納品が難しい気がする。ガーネットは比較的手頃な宝石だとしてもグラデーション表現の為の色合わせが必須の調達は簡単では無いだろう。これは次回紹介予定のアクアノート・ルーチェのレインボーでも同じことが言えそうだ。

ところで新作メンズ3型のバックルは刷新されている。正確にはバックルそのものではなくてバックルに連なるブレスレット末端部の駒に仕込まれたエクステンション構造が新たに備わったのだ。駒の裏側の微妙な出っ張りを押して2mm引き出せるので両側で4mmまでワンタッチで調整可能となった。
left_right-3-(002).png
画像の右側が未調整で出っ張りはプッシュされていない。左側はプッシュして2mm引き出した状態だ。縮める際はただ単に押し込むだけで大丈夫だ。実に簡単である。でも時計脱着時に間違って延ばしたり、意図せず縮めたりは大丈夫なのだろうか。オンラインショッピングの普及と共にエンドユーザー自身によるサイズ調整やストラップ脱着交換を可能にするシステム開発・搭載が様々なブランドで試みられている。カルティエのサントスブレス等はその代表例だろう。パテックはメタルブレスの微調整用に1.5駒のエキストラサイズリンクを別売で用意している。古い考え方かも知れぬがこれだけ高額のラグジュアリーでエレガントな時計はリアル店舗で調整もなんもかんも任せて頂きたいのだ。新機構はあくまで大汗をかいた時に引っ張って緩めるエマージェンシーとして使ってもらいたいのだ。
Clasp_center1.png
表側とサイドビューも撮って見た。お断りしておくが新作ノーチラスはまだ入荷していない。ごく最近入荷の従来品ノーチラスモデルに既に換装搭載されて初入荷したものをタイミング良く気付いて撮影したというわけだ。チラリと覗けるムーブメントをヒントにリファレンスを2つに絞れたアナタは正当かつ深刻なパテックホリックで御同輩と呼ばせて頂きたい。バックル近辺と言うのは普通は自分以外まず見えない。でも自分自身は結構よく目にする部分だ。好き嫌いと断りつつも個人的にはこの見え様はいただけない。さらに言えば汚れゴミの付着が気になり、隙間から構造内部への侵入での不具合を心配してしまう。さらに画像右側のサイドビューからはエクステンション部を仕込んだエンドピースの結構な厚みが確認できる。続きの2駒目はテーパー状となって厚いエンドピースと薄いレギュラー駒の橋渡しをしている。しっかり特許の両側プッシュの新型クラスプ部そのものも旧型より微妙に厚く中央部が少し膨らんでごつくなった感がある。これまた新旧のバックルの着け心地を較べられるオーナーはとても限られるだろうが、ケースだけでなくブレスの薄さもノーチラスの大事な持ち味なのでガチガチに固めてゆくのもナァと思ってしまう。スポーツロレックスのオイスターブレス・バックルも同じ変遷をたどってはいるが・・。

先日読んだクロノス日本版最新号(2022 no.103 P.27)に、来日した世界的に著名な時計評論家ギズベルト.L.ブルーナー氏と広田編集長の対談記事があり、興味深い下りが有った。原文のまま記すと「・・かつて、パテック フィリップのフィリップ・スターンにこう聞かれたよ。ノーチラスがまったく売れないのでどうすればいいのかと。ロイヤルオークにしたって、かつては値引の対象だった」。現在のラグジュアリースポーツの2大巨頭のファンの方の殆どが、2000年以降に興味を持ち始められた50代半ば迄の世代となっている。その方々には想像も出来ないかも知れないが最強トロフィーウオッチ達にも不遇の時代が存在し、結構長く続いていたのだ。1990年代初めに時計業界入りした頃、ロイヤルオークは常時委託で貸出しされ日々目にしていた。ノーチラスでさえも始終開催していた自前の展示販売会に当時の輸入元が無造作に持ち込んでいた。ただ当時もステンレス3針の3800/1Aだけは滅多に入荷しない稀少モデルだった。SSデイトナも同じ状況で、この二つのリファレンスだけが例外的に特殊であり、今から考えればのんびりまったりと実に平和な時代だった。

本稿もいつも通り長文で脱線しばしとなった。お宝ノーチラスが一気に4型ゆえにお赦しいただきたい。次回は残る複雑系中心に残る4モデルをサクッと紹介してみたい。

画像:パテック フィリップ
文責、撮影:乾



_DSC0408.png
まさかこのミノルタをブログ用に撮影する事になろうとは思わなかった。記憶に定かではないが祖父が存命だった1970年代頃、実家で愛用されていたファミリーカメラで、当時のミノルタはニコンやキャノンを上回る国産カメラ最高峰ブランドだった。現在は法人そのものが存続しておらず、ソニーにそのカメラ事業の遺伝子は受け継がれている。この35mm銀塩フィルムカメラが小学生だった私に写真の面白さを目覚めさせてくれたのだった。もう今は壊れてしまいガラクタに過ぎないが断捨離がかなわず今に至っている。
なぜこんなかび臭いぼろカメラを紹介するのかは、もうお判りであろう。今春パテックがリリースした新製品に採用され非常に大きな話題を巻き起こした文字盤のデザイン的ルーツとされたからだ。ザラザラでデコボコなまるで像の皮膚を思わせる黒いカメラボディを模したダイアルはパテックだけで無く他ブランドも含め全くの初見である。
_DSC0399.png
いやいや何とも斬新でダイナミックな面構えである。本来はカメラ本体をしっかり保持して、手振れを防ぐための滑り止め表面加工なのである。外装の為の専用仕上げを普段触れる事が出来ない内側のパーツである文字盤に施すという意外性が、今までに無かった不思議な魅力を生み出した。昨今のパテックが好んで採用しているアラビア数字フォントのインデックス、並びにシリンジなる聞きなれない表現の注射器形状の時分針もアナログ時代のカメライメージと妙にマッチしている。蓄光タイプの夜光塗料が施されたインデックスと時分針、転写プリントのブランドロゴとカレンダー日付、(恐らく?)焼付け塗装仕上げであろう秒針、これらすべての色が見事に統一されている。モニターの画像では分かりづらいが、その色目はヴィンテージコンセプトにふさわしい微妙な紫外線焼けを感じるエイジングカラーとなっている。渋くてにくい。
_DSC0397.png
先程、黒いカメラボディと書いたが、正確に真っ黒なのは凸凹仕様の最外周部のみであって、センター部の複雑なダークグレーから外側に向かってグラデーションしながら濃度を増して真っ黒へと変容している。このブラック・グラデーションと呼ばれる塗装職人の熟練の手技は、これまた昨今のパテックで多々見られる流行りの文字盤芸だ。尚、このグラデーションは文字盤に光が当てられた状態で正面から向き合うと最大の見え方となる。ところが暗めの室内で斜め45度辺りから見ると凹凸の無い平板で均一な黒い別人の顔を見せる。撮影し忘れたけど・・怪しく魅惑的な表情変化だ。一見すると新機軸で意表を突いた表面加工ばかりに眼がゆくが、シンプルでありながら深くて高度な技を駆使する文字盤へのこだわりはパテック伝統のお家芸だろう。
_DSC0407.png
何ともあまいフォーカス、何処にもピントが合っていない。ご容赦いただいて特徴的な横顔の紹介。ベゼル装飾としておなじみのクルー・ド・パリ(ミラミッド文様の繰返し)をケースサイドに使っているのは現行モデルではグランドマスター・チャイムRef.6300とワールドタイム・ミニット・リピーターRef.5531の超絶系グランドコンプリケーション2モデルのみ。今新作5226は時計機能としては3針カレンダーのいわゆるベーシックとかエントリーと言うべき入口的なモデルである。にもかかわらずブランドの最上位レベルの外装仕様が与えられている。特筆すべきはこの手作業のギョシェマシンによるクルー・ド・パリ装飾がケース外周に途切れなく全周に渡って施されている事だ。それが為にストラップを固定する4つのラグは特殊仕様としてケースバックと一体型で鍛造削り出しで作られている。この仕様でなつかしく思い出すのはクルー・ド・パリつながりのカラトラバの名作Ref.5119(生産中止)である。ただし同機では華奢なラグがケースバックにロウ付けされていた。
凝った造りの今作のケースは完全な新規設計で、クラシックな装飾が施されながらもとてもカジュアルな印象である。まったく新しい仕上げのダイアルやインデックスなどもカジュアル路線であり、デフォルトで装着されるヌバック仕上げのカーフストラップが一層そのイメージを高めている。また同梱されるファブリック柄を型押しした黒いカーフストラップは汚れが目立ちにくい点で個人的にはお勧めだ。
100年ぶりのパンデミックである新型コロナ下でビジネスシーンでのドレスコードが大きくカジュアル方向に振れた影響もあってか、腕時計デザインもスポーティーやカジュアルがより一層求められている様に思う。ラグジュアリースポーツの雄であるノーチラス等がその代表選手なのだが、オーセンティックでドレスアップ御用達であったカラトラバにも今作の様な提案がされるようになった。よくある事ながら今回紹介の5226も初見では、さほど自分自身の琴線に触れる時計では無かった。むしろ同じデザインコンセプトのダブルコンプリケーションである年次カレンダー・トラベルタイムRef.5326に完成度の高さを感じていた。でも個人的な諸事情で腕に負担の少ない軽量で、近頃仕事着にしている作務衣にも合うバタ臭過ぎない時計として5226は気になって来ている時計だ。でも結構なお値段以上に人気のハードルが高すぎて当分コレクションになる事は無さそうだ。最後に引きの画像で時計全体をご覧頂いて・・
_DSC0403.png

Ref.5226G-001
ケース径:40mm ケース厚:8.53mm ラグ×美錠幅:21×16mm 防水:3気圧
ケースバリエーション:、WGのみ 
文字盤:ブラック・グラデーションのテクスチャード・ラック・アントラサイト
インデックス:夜光付ゴールド植字アラビア数字
ストラップ:手縫いヌバック仕上げベージュ・カーフスキン(装着)、 手縫いエンボス加工ファブリック柄ブラック・カーフスキン(同梱) ピンバックル
価格:お問い合わせください

Caliber 26-330 S C
画像はパテック公式のものである。すっかり撮り忘れていた。このムーブメントは2019年初出のウィークリィー・カレンダーRef.5212でお目見えした。基幹自動巻エンジンCal.324に大改造を加えて、名称も刷新されて新型は無理でも新世代エンジンとは名乗れそうな画期的ムーブメントだ。判り易い2大特徴は、パテックがずっと採用に及び腰だったハック(時刻調整時秒針停止)機能の搭載、ならびにカレンダー早送り操作時における禁止時間帯の撤廃である。その他詳細は繰り返しになるので過去記事(後半部分)をご覧頂きたい。
この新世代エンジンは、従来のCal.324を搭載していたノーチラスやアクアノートのシンプルモデルに現在どんどん換装されているが、全くのニューモデルに(複雑機能の無い)ベースムーブメント状態で積まれるのは今回の5226が初めてだ。だから後ろ姿の撮影はマストだったのだ。でも27mmのムーブメントを40mmのケースで包むと裏ベゼルとガラス部分のバランスがチョッと厳しい。パテックの流儀でベゼル部への刻印も一切ないので余計だ。個人的には他ブランドも含めて、そろそろ何でもかんでも裏スケルトンは見直すべき時期だと思う。
5226G_001_12.png
直径:27.0mm 厚み:3.3mm 部品点数:212個 石数:30個 受け:6枚
パワーリザーブ:最小35時間、最大45時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動
ローター:21金ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)
尚、ムーブについての過去関連記事はコチラから

文責 撮影:乾 画像修正:新田

5231G_a.png
最初にお断りから、現物は上の画像の何十倍も素敵な芸術品だ。鏡面仕上げの時分針はわざと真っ黒(ブラックアウト)に写してパテックのロゴに重ねた。日本列島を始め中国・東南アジアをカバーするユーラシア大陸極東部と豪州大陸や島しょ部を出来るだけ露出したかったからだ。しかし創意工夫も鋭意努力も報われず何とも頂けない結果だ。でも今年発表の新製品のワールドタイム・クロワゾネが今年度早速入荷し、撮影出来た幸運を喜ばずにはいられない。地道にコツコツと(購入店の)浮気をせず、フラれてもフラれても求愛をし続けるドン・キホーテのようにいつかはクロワゾネと思い続けていただいた顧客様に感謝申し上げるよりない。相当登り応えのある秀峰である事には間違いないが、登っても登っても見えてこない山頂、或いは辿り着けないピークではけっして無いと思っている。
今作に連なる現代クロワゾネ文字盤ワールドタイムの始まりは2008年発表のRef.5131からで、2019年には後継モデルの5231がYG素材でリリースされた。その詳細は入荷のご縁があって2020年6月にブログアップしている。再読すると結構書き込んでいるし、画像も数段見栄えがして、自らの過去記事がトラウマになるなんて。はて?今更、何を綴ればよいのやら。
少しだけ歴史的なおさらいをすると・・パテックにおけるワールドタイムには結構長い休眠期間があった。記憶違いでなければ1966年から1999年までの三十数年間は生産された様子が無い。ワールドタイムと同系列上にあると個人的には思っているトラベルタイムにもほぼ重なる空白期間があった。同じような空白期間はミニット・リピーターにも有るが、二十数年(1958年頃~1981年)で少し短い。いづれも1969年セイコー・初代アストロンから始まったクォーツショック等によるスイス機械式時計受難の時期と重なる。ところが永久カレンダーとクロノグラフ、特にその競演たる永久カレンダー・クロノグラフには、生産量の減少はあったが明確な空白期間は見当たらない。これらの違いは何なのだろう。それぞれのコンプリケーション(複雑機能)に対する市場の需要度合いの違いでは無さそうだと思っている。
この20世紀後半の約40年間というのは世界大戦の荒廃から勝者も敗者も関わりなく復興発展し、グローバリゼーションが急速に伸展して、相対的に地球がどんどん小さくなった時期である。腕時計の実用性からすれば永久カレンダー・クロノグラフよりもGMT機能(ワールドタイムやトラベルタイム)こそがずっと求められたはずだ。これはパテックに限った話では無いと思うが、この機械式時計受難ひいてはスイス時計産業暗黒時代でも少数ながら腕時計愛好家は存在し、実用面では無く趣味的かつ審美的に選択されたのが永久カレンダー・クロノグラフだったのだろう。逆にミニット・リピーターは浮世離れが凄すぎたのかもしれない。それでも1980年代にはGMT系に先駆けてミニット・リピーターの再生産が始まっている。これは当時の経営トップであったフィリップ・スターン氏の戦略的な狼煙だったと思っている。機械式複雑時計などが壊滅的な状況下でこそ目立つハイエンドモデルの提案でブランドの孤高化を狙ったのだろう。まったく上手く説明出来ないが自分自身は腑に落ちているので・・
さてパテックがそれまでに無い完全な新規実用的カレンダー機能として年次カレンダーを発表したのが1996年。その後実用的なリバイバル機能として1997年にはトラベルタイムが、2000年にはやっとワールドタイムの現代版が発表された。1990年代からミレニアムを経て2010年くらいまではスイス機械式時計の復興期であり、各ブランドが20世紀前半に自らが確立していた機械式時計の技術レベルにキャッチアップに勤しんだ20年弱だった。一方で携帯電話の萌芽と発展、さらにはスマートフォンの誕生と普及時期ともほぼシンクロしているのが興味深い。アナログな時計本来の実用性が益々薄れていったのと相反して、一旦冬眠状態にあった機械式時計の様々な機能が見直され復活し充実した。なんか逆説的で皮肉っぽいがクォーツショックを乗り越えて復活出来た機械式時計に取って、そもそも携帯やスマホは共存するもので、もはや敵対したり置き換わったりするものでは無かったのだろう。恐らくアップルウオッチも同類であって、実用的側面を超越した存在価値を獲得した高価格帯の機械式時計の近未来は明るい・・・と個人的には確信している。

今回の撮影画像はどれもが眠くてシャキっと感がないのだけれど自業自得なのでしょうがない。でも他には無いから嫌でも使わざるを得ない。クロワゾネ(有線七宝)等のエナメル技法は滅多に拝める機会はない。だから僅かな機会が有れば、それはもう穴が開くほど観察をする。まずは肉眼とキズミ(ルーペ)で色々な角度の光を当てながら見る。さらに撮影した画像を拡大して見るのだが、いつも答えは同じで"実際の工房で一から十まで全作業工程をつぶさに見なければ本当のところは判らない!"という事だ。パテック社の公開資料やインターナショナルマガジンの記事、一般の様々なウンチクやら情報などは大変参考にはなってもどこまでも百聞であって、工房での一見には遥かに及ばないのだ。現在の自分自身のコンディションでは物理的にそれは難しいけれども、そもそも社外のエナメル職人が請け負って自身のアトリエで孤高(ナイショで?)に製作される事も多い特殊すぎる文字盤。その製作工程がそう簡単に誰でも見られるとも思えない。仮にPP社での内製化が進んでいたとしても全てをつぶさに見せてくれるとも思い難い。
5231G_dial_2_b.png
カメラによる撮像は時として肉眼で見る実像を上回る。正確には上回る様な気がするだけで、実際には肉眼には絶対にかなわないと思っている。それどころか時々誤解を生むような表現を呈する事もある。上画像はクロワゾネエナメル部分の表面感を捉える為に撮ったもの。手仕事ならではの焼けムラを狙ったものだ。それなりのムラは撮れたけれども、色々と問題がある。クロワゾネ部分の外周部分の細い金の土手?5時から7時辺りに汚れ状の青色の釉薬の塗りムラらしきものが見えるが原因不明の映り込みであり、現物ではありえない。また昼夜ディスクの夜間部分の地色も美しい濃青色に画像上は見えるが、実際には黒色である。ところが白い昼間部分に転写プリントされた数字は見た通りの青だ。ちなみにその外側のシティーリングの各都市名も青っぽく見えるが黒で正解。ダイアルの特殊な表情を追い求めたライティングが意図しない虚実混沌を生んでしまった。
しかしパテックのシリコン転写プリントの肉厚仕上がりにはいつも感心してしまう。上の画像からもそれは見て取れるが、"これは空飛ぶ絨毯か?"としか思えないのが下画像のPATEK PHILIPPE GENEVEロゴだ。真っ青な太平洋に純白の転写プリントの筏が浮かんでいるようにしか見えない。
5231G_dial_3.png
それぞれのアルファベット文字の下にくっきりと影が見える。単純に海を表現した青色釉薬が焼結した表面に直接転写印字しても影など出来るはずが無い。これはクロワゾネ七宝による彩色工程終了後に仕上げとしてフォンダンと呼ばれる透明釉薬の焼結と研磨をおこない分厚い透明な表面層を作り、その上からロゴを転写して作られた巧妙なマジックなのだ。カタログや公式HPの商品紹介画像でもこの部分は表現されていない。上の画像でもかなり拡大して初めて気づいた。パテックの七宝系文字盤をじっくり手に取って見る機会は我々もけっして多くないが、今後の大事な観察ポイントで間違いないだろう。尚、のっぺりした印象の表面感ながらオーソドックスなライティングをした下画像では、ほぼ忠実な色表現となっている。
5231G_dial_4.png
北海道が樺太サハリンと陸続き、本州も四国も九州も分裂前とは、有史以前の古地図ですか? 当たり前の事ながら大胆すぎるデフォルメがクロワゾネの表現では必須となる。勿論手作業による金線の輪郭も個体ごとに微妙に異なるだろう。緑色の平野部分から黄色さらには茶色の山地へと溶け合った釉薬のグラデーション表現も一点一点が焼き上がり次第であって、当の七宝職人(作家と言うべきか)さえもその想像には限界がありそうだ。
ところで今作の東南アジアとオセアニアのみにフォーカスしたモチーフは記憶の限り初見である。今やとんでもない落札額が当たり前になった1950年前後のアンティークなワールドタイム・クロワゾネ地図シリーズ。実に多様なエリアがモチーフにされてきた印象があったが、改めて色々繰ってみると実は手元の資料ではそんなに多彩では無さそうだ。
1415_2523.png
①ユーラシア大陸とアフリカに加えてオセアニアという広域、③ヨーロッパ全域、④北米大陸、以上3エリアの個体が多いようだ。②南米大陸など他のバージョンもありそうだがあまり見かけない。そもそも当時生産された個体数が30年弱で約400個とされているので同じ個体を色んな資料で何度も見ている印象だ。興味深いのはこれらアンティーク時代には見掛けなかったエリアが現代ワールドタイム・クロワゾネには採用されている事だ。
5131_5231_b.png
2008年発表の⑤Ref.5131Jは、過去見た事有りそうで記憶にない大西洋を中心に右にヨーロッパとアフリカ、左に南北アメリカが描かれた。翌2009年発表のWG素材バリエーションの⑥Ref.5131Gは往年のユーラシア、アフリカとオセアニアだったが、2015年の⑦RGのバージョンでは太平洋を挟んでアジア、オセアニアと南北アメリカ。2017年にPT素材の金属ブレスレット仕様で追加された⑧Ref.5131/1Pは意表を突く北極を中心に北米とユーラシアの両大陸北方が初めてモチーフとされた。そして最新の⑨Ref.5231でも大西洋を中心に右にヨーロッパとアフリカ、左に南北アメリカのモチーフがYG素材でまず発表された。だが今回紹介の⑩WG素材バリエーションでは東南アジア+オセアニアというお初のモチーフが選ばれた。日本国民としては日本列島が12時の直下という主役的な位置取りは心地よい。相対するオーストラリアのポジションも悪くないだろう。ただ中国は内陸部で切られていてかすかに微妙な印象だ。大層かもしれないが地政学的には少し課題が残る地図取りではないかと心配してしまう。台湾という島の存在も"目立っても、そうでなくても"気を揉みそうで居心地の悪さがある。ともかく地球上をどこでも好き放題に切り取れる平和な時代が続く事を祈らずにいられない。

レア・ハンドクラフトのテーマは、いつも苦労する事になる。タイムピースよりもアートピースの側面が強いからだろうか。書き手以上に読み手はさらにつらいのかもしれない。ワールドタイムのクロワゾネ地図シリーズもエリアのモチーフは見掛ける資料以上に実は多彩な様だ。先日パテック社の公式インスタグラムはメキシコエリアにフォーカスしたクロワゾネのアンティーク置き時計を紹介していた。このように全貌と言うものは掴みようが無い気がする。恐らく大半のパテックの関係者ですらそれは難しいのではないか。勿論地図シリーズ以外にも動植物や風景などバリエーションは一杯ある。うろ覚えだけれども・・ジュネーブのミュージアムにも大量に展示されていた記憶は無い。いつかどこかで嫌になるほどお目にかかれる機会というのは、たぶん無いのだろうなァ。

Ref.5231G-001
ケース径:38.5mm ケース厚:10.23mm 
ラグ×美錠幅:20×16mm 防水:3気圧
ケースバリエーション:WGのみ
文字盤:18金文字盤、クロワゾネ七宝エナメル(中央にオセアニア・東南アジア)
ストラップ:マット(艶無し)ネイビーブルー手縫いアリゲーター
バックル:18金WGフォールドオーバークラスプ
価格:お問い合わせください

Caliber 240 HU

直径:27.5mm 厚み:3.88mm 部品点数:239個 石数:33個 
パワーリザーブ:最低48時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:21,600振動 
ローター:22金マイクロローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)

PATEK PHILIPPE INTERNATONAL MAGAZINE Vol.Ⅱ No.01
Wristwatches Martin Huber & Alan Banbery
文責・撮影:乾






ほんの僅か前、そうたった5年程前まで初めてのパテックにカラトラバの選択は当たり前だった。勿論ラグジュアリースポーツモデル人気は10年以上前からずっと継続し、加熱加速しているのでノーチラスとアクアノートからパテックを始める方も非常に多い。ただパテックと言う山に登るのではなく、ノーチラス丘陵とアクアノート渓谷のみをひたすらトレッキングするばかりでは少し残念なのである。"木を見て森を見ず"とも言えようか。
話を戻そう。このパテックと言う偉大な独立峰を登るに際して、拙いけれど個人的な登山経験からすれば、それはもうクラシックな代表的登山道であるカラトラバ尾根登山ルートを登るのが王道かつ最良の選択に間違いない。従来この表口的登山口は門戸が広く、ベテランは勿論、ビギナーでも優しくアプローチが可能だったのだが、この5年程で年間の入山者数に制限が掛かるが如く、展開モデル数が大いに絞られてしまった。理由は良く解らない。パテック社からの公式見解も無いし、個人的で勝手な推測も特に無い。気がつけばゴンドーロとあわせてカラトラバが絶滅の危機に瀕していたわけだ。
ところで毎年パテックが発行しているユーザー向けカタログの巻頭にザックリとウオッチの展開モデル数が記されている。2018年版(2019年1月迄)ではその数200とある。手元にある一番古い2015年版も200である。ところが2019年版は一気に減って160となり、2020-2021年版(コロナ禍で合版された)と2022年版では150と記されている。一体何が減ったのか。性懲りもせず"正の字"を書く事に・・
2015_22catalogue_c_800.gif
今回は数えた甲斐があった。まずはパテックカタログ巻頭文の記載モデル数の実に"ええ加減!"な事。234(2015)と183(2018)が200個はまとめ過ぎだし、137個(2022)を150個で済ませるのも乱暴だ。それにしても改めてビックリしたのがたったの137モデルしかカタログアップされていない事。一体いつの間にであり、気がついたら知らぬ間に、7年で半分強まで減らして、いやいや100モデル近くもお見送りした記憶も無いままに・・
TVの誰かさんに「ボーッとカタログ見てるんじゃねーョ!」と怒られそうだが、パテックはずるい。比較した5冊のカタログで一番掲載品番の多い2015年版が一番薄い。正確には50モデルも減った2018年版も同じ厚みだが時計のレイアウトにかなりゆとりをもたせてページ数を稼いでいる。この膨らし粉を効かせた様なゆとりっ子政策は2019年版からはさらに露骨となり、新作や重要モデルはお一人様/1ページなるゆるゆるの掲載手法が取られるようになった。この結果商品掲載ページだけに限れば2019年は84P、たったの137モデル掲載の2022年は驚愕の96Pとなっている。対して234モデルも載っていた2015年は60Pしかないのだ。ず、ずるい。姑息に過ぎるでは無いか。尚、2015年版時代のギュウギュウ詰め時計画像原寸での羅列レイアウトがカタログ的には絶対見易く使い勝手も良かった。

2015_22catalogue_800.gif
上はカラトラバ主要モデルでの新旧カタログ比較で、左側見開きは18モデルすし詰め状態の2015年版。右は5品番がソーシャルディスタンス?状態の2022年版で世相を反映しすぎている。
ではこのモデル数の減少に伴って生産数も減じたかと言えば、それは無いはずだ。現在非公表ながらパテック社の年産数は66,000本あたりだろうと言われている。長きに渡るパテックとのお付き合いの中で知りうる限り減産話は聞いた事が無く、記憶違いでなければ2006年には35,000本ぐらいと聞いたはずで、ゆっくり着実に増産傾向のはずだ。つまり1モデル当たりの平均生産個数はここずっと年々増えていなければおかしい。
次にこの7年間で各シリーズの構成本数(シェア)はどうなったかをみてみよう。アクアノート以外は全部実数は減っている。でもグランド・コンプリケーション、コンプリケーションとトゥエンティフォーのシェアは紆余曲折あれどもあまり変化はない。人気のノーチラスは約4%シェアアップ。アクアノートは大躍進のシェア倍増だ。実数も13→17モデルと唯一増えている。割を食ったシェアダウン組はゴンドーロ&エリプスが7.4%→4.4%と割合は軽微なようでも17→6本は激減で、もう後が無い崖っぷちだ。そして哀れなるかなカラトラバはシェアで半減の8%、モデル数で39→11本!。ゴンドーロとカラトラバには手巻モデルが多かったという理由はあるけれども、個人的にはシンプルウオッチハラスメント?の横行を疑わざるを得ない。
そんなこんなを考えると、トータル年産数が減らない中でシェアが増えたノーチラスとアクアノートは年間の供給量が相当増え続けている可能性がある。はぼ間違いなく1モデル当たりの供給数は増えているはずだ。モデル当たりの年産数上限が有るらしいのでひたすら増産は無理でも加熱一方の需要過多にパテック社も結構対応をしているという事だろう。
でも繰り返しになるが短期間に4割も品番を整理し年産数は変わらずか微増で、需要はうなぎ登りで年々ヒートアップ。昨年はスイスからの出荷数を世界の販売数が上回り、その結果どこもかしこも店頭在庫がシュリンクという異常事態。これはブランドとしては黄金時代到来だと言えよう。勿論、我々販売店もその恩恵に浴していない事はないが、有難く貴重な配給品をせっせと流通している感じで、やはり今は戦時下なのかなあと時々思ってしまう。いやもう罰当たりな事です。

カタログ分析の脱線が長くなった。本題に戻って今や超希少品種であるカラトラバの昨年度デビューRef.6119の紹介である。今や肩身の狭い狭い手巻きである。既存エンジン流用では無く全くの新設計開発の手巻きムーブメントである。待ち焦がれたロングパワーリザーブ採用である。もうまぶたから溢れるモノを止められないのである。十数年前に買いそびれたRef.3919(33mm径)のまごう事なき直系の孫である。栄養事情が良いせいかちょっとガタイは大きい(39mm径)のである。
6119g_b.png
この孫機6119のスタミナは凄い。ひとたび巻き上げれば最小でも3日間弱の65時間も働き続けてくれる。祖父3919や父5119(36mm径)世代は2日間弱の最小39時間から最大44時間でバテていた。ただし巻上げの手間はそれなりに面倒である。日々愛用するファーストウオッチなら追い巻上げは大抵毎朝でその巻上げ回数に新旧ムーブメントでの差はなく、平日の使い勝手に大差は無いだろう。スタミナの差が露見するのは週末で土日の2日間を放置すると週明けの月曜の出勤前には旧世代ムーブメントは止まっているはずだ。一からの巻上げに加えて時刻合わせが必要だ。現行の孫世代6119のスタミナタップリの新エンジンは平日の朝より巻上げ回数が増えるだけで運針は継続している。ただ今機の様なカレンダー機能の無い手巻き時計が、カレンダー必須搭載される自動巻時計にビジネス用途で勝るとは思えない。かつての8日間持続の瞬時DAY&DATE送りカレンダー搭載のレクタングラ―ウオッチRef.5200は手巻きであってもその存在理由が明快だった。今回の手巻きロングパワーリザーブ仕様も個人的は歓迎だが、客観的に言えばセンター3針カレンダースタイルの自動巻でのロングパワーリザーブの開発が必須かつ急務かと思う。後発になるので出来ればセイコーがハイビートでも実現している80時間程度は最低でも欲しいのだ。これを満たすカラトラバ・コレクション(Ref.6296とか?)を一日も早くラインナップして欲しい。Ref.5296の2019年春のディスコン以来、欠員のまま次世代型リプレースメントモデルのラインナップされない理由が全く不明である。
6119cb_1.png
受けに施されたコート・ド・ジュネーブ(畑の畝状のストライプ模様)仕上げの美しさを最大限に見せつける仕様を持つ手巻ムーブメントCal.30-255 PS。ケーシング径30.4mm(総径は31mm)✖厚さ2.55mmが名称の由来で、最近パテックで良く採用されるいにしえのネーミング方法だ。例えば1976年デビューの初代ノーチラスRef.3700/1にジャガールクルトからエボーシュ供給で搭載されたムーブメントがCal.28-255 Cとされた如くである。旧世代搭載機Cal.215は時計を駆動する主ゼンマイの巻上げを担当する丸穴車と角穴車(香箱と一体)が剥き出しのレイアウトだった。1970年代半ばから今日に至るまで延々と50年近く搭載されており、裏スケルトンの概念が一般的では無かった時代に設計されたヴィンテージ・エンジンなので当時の競合機も似たような仕様であった。今日でも古臭さを感じないが化石的な風貌になってしまった。裏スケルトンがパテックの標準仕様?になった今日ではテンプや磨き上げた装飾性の高い特殊な歯車以外はほとんど受けで隠して見せない様になった。でもチャイナドレスのスリットのごとくほんのチョットだけ切り欠き部(上画像で5時と9時辺り)を設けて2つの香箱車をチラ見せしている。人間同様に露出部分が有ればボディを磨き上げる必要があるわけだ。でもこの後ろ姿は知る限りパテックで初見であり、他ブランドでも近似の仕様を知らない。特にこれ見よがしな見せ方でも無く、とても?パテックらしいそっけなさが見飽きる事も無くて良いのかもしれない。さて2個の香箱(バレル)活用のロングパワーリザーブ化には一般的に2つの方式がある。ただひたすら運針駆動の延命を目指すタイプが一つ目。それとは異なりパテックが本ムーブメントで採用したのは、駆動時間を多少犠牲にしても2個のバレルから同時にゼンマイトルクを貰って調速並びに運針の各機構をより安定した精度で駆動する事を目指したシステムである。まぁパテックなら絶対コッチだなという安心の設計だ。
6119twin_b.png
もう少しキレ良く撮ったつもりだった眠たい画像。上の上の画像とあわせて見較べて欲しい。12時-6時方向の縦サテン仕上げのグレー文字盤が光の当たり方でシルバーからグレー、さらには黒に近いダークグレーと鼠八百のごとく実に多様なねずみ色を楽しませてくれる。それに対して6時位置のスモールセコンド(小秒針)には非常に細かい同心円仕上げ(サーキュレーションフィニッシュ)が施されているが、光をどの様に当ててみてもほぼ安定した同色のライトグレーを呈す。この文字盤のミステリアスで多彩な表情は実機でご覧いただくともっと興味深く、この時計の最大の魅力だと思っている。尚、素材違いのローズゴールドバージョンは文字盤全体がアイボリーっぽい均一なグレイン仕上げ(非常に細かい粒状なザラっとした仕上げ?)なので何のマジックも無くシンプルでストレートな印象だ。本当に両者は同じモデルなのだろうか。凝った素振りを全く見せないで文字盤に拘り尽くすパテックでは良くある事だけれど・・
6119dial.png
上と似たような絵ながらもう少し深掘りを。この時計で真っ先に飛び込んで来るデザインメッセージはクルー・ド・パリ(仏clous de paris)とかホブネイル・パターン(英hobnail pattern)と呼ばれる2重のピラミッド形状のベゼル装飾だ。clous及びhobnailの意味は"靴底に施される鋲"とある。仏語の方は"パリの敷き石"と言う訳もある。この装飾に出くわす度に語源的にいつもスッキリはしないが気にしない。何もパテックの専売特許の装飾意匠では無いし、パテックに限っても6119の直系血族のみばかりでなく最高峰モデルのグランド・マスターチャイムや今春発表のヴィンテージ・ルックの年次カレンダー・トラベルタイム5326Gなどにも採用される一般的な装飾技法である。しかしながらカラトラバと言えばRef.96(クンロク)系という固定概念を1980年代に覆し、新たな大黒柱に成るべく誕生してきたのがクルー・ド・パリを纏ったRef.3919だった。そのインパクトは強烈で我がオールドファン世代でクルー・ド・パリと言われれば3919,5119となる。"イチキュウ"と言う通称は無いけれどもクンロクと並び立つ存在感を覚えてしまう。
デジャブのようなクルー・ド・パリ装飾の押出しがあまりにも強烈なので"19系"御曹司と誰もが納得させられるが、実は"96系"のDNAが今作6119には圧倒的に多くみられる。まずインデックスは"19系"お約束のシリコン転写のローマンインデックスでは無く"96系"に多用されるエッジの効いたファセットで構成されるオビュ(仏:砲弾)型18金素材のアプライド(植字)タイプである。時分針も"96系"のイメージに連なるドフィーヌ(パリのシテ島に存在する特異な地形から)ハンドだ。但しファセット(面取り)は少し複雑になっている。ケース形状に至っては直線的でロー付けされたラグが目立つオフィサーケースを特徴とする"19系"とは全く異なり、冷間鍛造と切削加工でケース一体として生み出された優美で色気すら漂うラグとケースからはクンロクの正統な後継者の匂いしかしない。
6119side.png
ケースの横っ面を見てみよう。上の撮像が7年ものキャリアを積んだものとは思えないが、ハンディキャップも抱えているので見逃して貰いたい。今更感心するのも変だが初心の頃の丁寧さが下の比較画像の出来映えから伝わる。
5119&5196.png
撮影アングルの違いで6119にはクルー・ド・パリが少しも写り込んでいないし、5196は反リューズ側だったりで絵の統一感はないが、6119と5196の横顔を見ればその血統の濃さは一目瞭然だ。ところで5196ケースサイドのへアラインのサテン仕上げが好もしく感じるのは何故だろう。好き嫌いだけかもしれないがシンプルでベーシックな時計にはポリッシュよりも相応しい様な気がする。
さて繰り言の様になるが、今回じっくりと6119を見ていて気づいたのは、品番的にはいかにも5119の後継っぽいが、実は5196の跡継ぎがベゼル部分だけ冬眠中のクルー・ド・パリ装飾を纏ったとも言えそうな事だ。苗字の異なる近親者が養子縁組で家名を受け継いだ様な感じか。ひょっとするとカラトラバの手巻きシンプル腕時計は"96"を品番末尾に備える本家本元的モデルの復活がしばらく無いかもしれない。それまでは代表的2モデルの良いとこ取りした6119がずっと一人二役で頑張るのだろうか。

Ref.6119G-001
ケース径:39mm ケース厚:8.08mm ラグ×尾錠巾:21×16mm 防水:3気圧
ケースバリエーション:WGRG
文字盤:縦サテン仕上げグレー。 ゴールド植字インデックス
ストラップ:手縫い風アリゲーター・バンド、ブリリアント・ブラック、 ピンバックル。
価格:お問い合わせください

Caliber 30-255 PS
手巻 スモールセコンド
直径:31mm ケーシング径:30.4mm 厚さ:2.55mm 部品点数:164個 石数:27個 
パワーリザーブ:最小65時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動

撮影、文責:乾

※Ref.96系、19系をカラトラバを代表する2系列としたが1932年の誕生以来、1934年の96Dは96ケースにクルー・ド・パリベゼルを備えた6119のルーツ的存在だし、1972年の3520Dは19系の元祖的モデルだ。シンプルなカラトラバは詳細に見てゆくと実に多様な近似モデルが存在する。本稿ではその辺りはバッサリ割愛して主観的に判り易くした。

よくもまあ今年はカラーの切り口で、ここまで大胆に新製品を分類してきたものだ。本稿は今回が最終回で"青の時代"と予告していたけれど、パテック側からは特にブルーを強調した説明は無かった。でも個人的にはその青がもっとも今年の新作で際立った色目の括りでは無いかと思っている。この自己流区分けでは、ワールドタイムの前回紹介したご婦人は緑に、今回登場の男性お二人は青のメンバーになってもらった。そして4月6日に後出しの様に発表された10分の1秒クロノグラフも見事な"青の時代"の人だろう。

青という色は現代時計に於いて定番色である。パテックも非常に多くのモデルで採用している。ところで2000年前後以降はデイトナを筆頭にクロノグラフ人気が続いた。5年程前からはノーチラス&ロイヤルオークに代表されるラグジュアリースポーツの人気が現在進行形で過熱している。これら全部ひっくるめてスポーティーな時計達なので比率は知らぬが各ブランド共にブラックが一番多用されていると思う。しかしパテックにはシリーズを問わず黒が少なく、青がとても多い様に思う。思う・・ではあかんなァ・・最新カタログ2021-2022のウォッチをアナログ的に"正"の字を数えるハメに・・

予想通り青>黒(グレー系含む)だったが、思った以上にり黒が健闘していた。緑の10本は微妙な感じ、これ以上増やすのはどうかなあ。その他が半分以下も少し意外だった。結果的にパテックに於けるブルーが大勢力である事は間違いない。恐らくこの点は他ブランドと一線を画していると思うが、どなたかお時間があればロレックスやAPあたりを分析いただければ嬉しい。
5230p_5231g.png
さて、本題の新作紹介は東南アジア・オセアニアという身近なエリアがくっきりと有線七宝で描かれたワールドタイム5231G(上画像左)からスタート。今春生産中止となったRGの素材コスメティックチェンジでWGになった事で、外装とシティーリングの色馴染みが良くなった。マットなアリゲーターストラップとクロワゾネ部分の大半を占める海洋のブルーも同色。結果、非常にスッキリと落ち着いた趣を得て、レアハンドの七宝部分が強調されている。日本がセンターの針軸に邪魔されずに主役位置の12時下に配されているのも立派なサムライ(ブルー)ウオッチの資格を満たしている。おじいさん(ひとごとでは無い)の天眼鏡の様なリンゴ針もワールドタイムのDNAを放っている。書き進める内に立場的には不可能ながら、この時計は欲しくなった。せめて指をくわえて撮影がしたい。どなたか運の良い方のご購入を祈るのみだ。
クロワゾネダイアルのワールドタイムはご購入ハードルが非常に高く、そのプロセスは少々ややこしいので店頭で応談してのご説明が必要だろう。これに対して通常品という表現が適切かどうかは解らないがワールドタイムは18金のRG・WG両素材ともに今春生産中止となった。この空席を埋める素材コスメティックチェンジが5230P(上画像右)プラチナ製ワールドタイムである。文字盤全体を好ましい青一色でまとめ昼夜表示リングの昼間12時間部分のみシルバー系でアクセントとした表現は、現行のレディスモデルRef.7130Gと同じであり、視認性ではディスコンになったダイアル2トーンタイプに劣るがスッキリ度は高い。現代ワールドタイムでは過去にも色んなモデルでスッキリ同色系ダイアルが採用されていた。ただ意外にもプラチナケースでこの単色的な文字盤の色使いは初出ではないか。個人的には青いストラップとのまとまりの良さで大変好ましい仕上がりだと思う。ただ昨今パテックが好んで採用するヌバック仕上げのカーフストラップに乱暴な表現ながらタコ糸でお母さんが縫いましたか?という極太白ハンドステッチ。この仕様はとてもカジュアルでエイジも下がるので個人的に着けるなら艶有りのネイビーアリゲーターに変更したい。尚、ダイアルセンター部のギョーシェ装飾は柔らかくマイルドなパターンで、2000年発表の先々代ワールドタイムRef.5110のプラチナバージョンのサーキュラーパターンがベースと思われる。またこの新作もブラック・グラデーション加工がなされ、シティリング最外周部に向かって視認性は増してゆく仕様だ。今年の新作がどれも個性が強く、いわゆる普通のパテックが無い印象の中で、本作は一番安心感がある一本では無いだろうか。クロワゾネ5231の入手はとても無理なのでコッチを検討したくなるが、今はどのモデルであっても当分の間、売って貰えない感じがする。齢も年だし、躰も体だし、時計道楽も終活間近か。

Ref.5231G-001
ケース径:38.5mm ケース厚:10.23mm 
ラグ×美錠幅:20×16mm 防水:3気圧
ケースバリエーション:WGのみ
文字盤:18金文字盤、クロワゾネエナメル(中央にオセアニア、東南アジア)、4つのゴールド・パイヨン・インデックス(12,3,6,9時)
ストラップ:マット(艶無し)ネイビーブルー手縫いアリゲーター
バックル:18金WGフォールドオーバークラスプ
価格:お問い合わせください

Ref.5230P-001
ケース径:38.5mm ケース厚:10.23mm 
ラグ×美錠幅:20×16mm 防水:3気圧
ケースバリエーション:PTのみ
文字盤:18金文字盤、ブルー、手仕上げギヨシェ装飾によるサーキュラー・パターン
ストラップ:ネイビーブルー手縫いカーフスキン
バックル:PTフォールドオーバークラスプ
価格:お問い合わせください

Caliber 240 HU:自動巻ワールドタイム (5231G,5230P共通)
直径:27.5mm 厚み:3.88mm 部品点数:239個 石数:33個 
パワーリザーブ:最低48時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:21,600振動 
ローター:22金マイクロローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)

お次はダイヤを纏ったジュエリーウォッチのメンズとレディス。メンズRef.5374/300P(下画像左)は既存の永久カレンダー・ミニット・リピーターによくもまあ此処まで贅沢にジェムセッティングしますか、という逸品だ。これをコスメティックチェンジと言って良いのかは微妙な気がする。歴代既存モデルはエナメル文字盤だが、本作はラッカーのブルーにこれまたブラック・グラデーション。サンプルが無い為にモニター確認となるが、青と言うよりは紺色っぽく見える。グラデーションも確かに美しいけれど、こう多いと「グラデーションにあらずんば文字盤にあらず!」チト食傷気味になってしまう。超絶系のダブルコンプリケーションなので機械は説明しだすとキリがない。外観は見た目通りだ。文字盤最外周部の土手(フランジ)にもバゲットカット・ダイヤモンドが隙間なくセットされブルーサファイアのバゲットカット・インデックスが存在感タップリに配されている。リーフ形状の分針が、厚みのあるインデックスの上を通っているけれども既存モデルとたったの0.08mmしかケースが厚くない。さすがにパテックなのか。構造的に普通なのか。良く解らない。音響的には堅い音質になると言われているプラチナ製ケースに覆いつくすようなジェム・セッティング。でもレアなカセドラル・ゴングを搭載しているので、機会が有れば是非ともその深く余韻の有る音色を視聴してみたい。でも販売出来そうな気配すら感じる事が難しいトンデモ雲上コンプリケーションである。

Ref.5374/300P-001
ケース径:42mm ケース厚:12.28mm 
ラグ×美錠幅:22×16mm 防水:非防水(湿気・埃にのみ対処)
ジェム・セッティング:合計228個のバゲットカット・ダイヤモンド(11.62ct)13個のバゲットカット・サファイヤ(0.72ct)
ケースバリエーション:PT
※サファイヤクリスタル・バックと通常のケースバックが共に付属
文字盤:18金文字盤、カラーはブラック・グラデーションのラック・ブルー、サファイヤ・インデックス
ストラップ:ブリリアント・ダスクブルー手縫いアリゲーター
バックル:ダイヤモンド付PTフォールドオーバークラスプ
価格:お問い合わせください

Caliber R 27 Q::永久カレンダー・ミニット・リピーター
直径:28mm 厚み:6.9mm 部品点数:467個 石数:39個 
パワーリザーブ:最小38時間 最大48時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:21,600振動 
ローター:22金マイクロローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)
5374_7121.png
お次のレディスモデルもコスメティックチェンジながら、見た事なさそうなムーンフェイズ搭載コンプリケーションのRef.7121/200G。同一品番としては2013年初出で今春生産中止発表の7121J(下中)、近似モデルでは2012年初出でやはり今春生産中止されたダイヤモンド・リボン4968R(下右)がある。これらの時計のルーツは今や知る人も少ないと思われるがムーンフェイズを4時位置に、スモールセコンドを8時位置に配されたアシンメトリー顔のRef.4858(1例、下左)等である。確か2000年代前半頃に購入し、今も手元に有って見直したがあらためて顔もサイズも素晴らしい。
4858G_b.png
※上画像の4858Gは適当な画像が無くて撮影したが、非常につらい絵なので荒探しお断り!
当時は手巻きムーブメント搭載のレディスモデルが沢山あったが、今や絶滅危惧種となり今作7121/200Gは天然記念物ものの手巻きモデルだ。この手のノンカレンダーで非日常的なジュエリー盛りだくさんの時計は、自動巻でもクォーツでもなく手巻きが一番だと思っている。滅多に着けないだろうし、出番があっても数時間のパーティー等が想定されるので、使い勝手で自動巻との差が無い。手巻のシンプルな機構はトラブルも少ないし、薄くドレッシーな仕上がりになるし、何より購入や維持の費用的にも優る。クォーツも薄くて便利だが、いざ出陣!と言う時にバッテリー上がりを経験している方の何と多い事か。
パテックらしいなと思うのは、ベゼルに66個(約0.52ct)のダイヤを大人しく埋め込んでいた従来の7121Jとケース厚8.35mmが全く同寸な事だ。約2倍の132個(約1.09ct)のダイヤに《ダンテール》と呼ばれるレース状の華やかなセッティングを施しているにも関わらずだ。
文字盤はシンプルなブルー・ソレイユでブラック・グラデーションは無し。ホッと。ストラップも捻りは無く、明るめのブルーの艶有りアリゲーター。勿論ハンドステッチも同色。「安心できるパテックらしいココイチ用ドレスウオッチの完成です!(ん、何処かで聞いたような・・)」。若々しさ溢れる色目だけれど、思いきってシニアのご婦人にもぜひ挑戦して欲しい一本だ。

Ref.7121/200G-001
ケース径:33.mm ケース厚:8.35mm ラグ×美錠幅:16×14mm
防水:3気圧 132個のダイヤ付ベゼル(約1.09ct.)
ケースバリエーション:WGのみ 
文字盤:ブルー・ソレイユ 18金植字ブレゲ数字インデックス
ストラップ:ハンドステッチのブリリアント(艶有)ブルー・アリゲーター
バックル:18KWGピンバックル
価格:お問合せ下さい

Caliber:215 PS LU
直径:21.9mm 厚み:3.00mm 部品点数:157個 石数:18個 
パワーリザーブ:最小39時間-最大44時間 手巻き
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動

WATCHES AND WONDERS GENEVA終了翌日の4月6日に、1点だけ発表されたスポーティーで見た事有りそうな普通の顔。しかし中身はとんでもないクロノグラフがRef.5470Pだ。ベースキャリバーは前回紹介した永久カレンダー・クロノグラフ5270Pと同じ手巻クロノグラフ・ムーブメントCH 29-535である。この名機を素のままナ~ンにも手を加えずに積んだシンプルクロノグラフRef.5170(生産終了)のオーナーとしては秘かに「どうだ!してやったり!」気分なのだ。品番2桁目だけアップしてるのも車格違いを同じ手法で表わす輸入車のようでこそばゆいナァ。しかし、この4番目の弟はとてもかなわないパフォーマンスを持っている。パテック フィリップ初の10振動ムーブメントが採用されて10分の1秒精度でのクロノグラフ計測が可能となったのだ。通常のセンタークロノ秒針(60秒で一周)に加えてセンター同軸で真っ赤な1/10秒針(12秒で一周)がセカセカと廻る。長男格の5170等は現代機械式時計の標準的振動数8振動である。長距離走でこっちがトラックを8回しか周っていない間に一番若い弟5470は10周も走っているわけだ。歩数にして28,800歩と36,000歩の差であり、もうこれは高校総体クラスとオリンピックぐらいの違いがあるという事になる。でもその調子で1日走ると691,200歩と864,000歩となり、その差は172,800歩。1年間ずっと運針すれば、その差は62,899,200となる。機械式時計の心臓である脱進機構(アンクル+ガンギ車)は常に摩擦との戦いに明け暮れている。1秒ではたった1往復2ビート差でも年数を重ねれば大変な負荷となる。プロ野球の先発が100球を目途に降板するのを無制限に投げさせるようなものなのだ。でも毎シーズンオフにトミージョーンズ手術を受けられないように、時計の分解掃除も毎年は現実的じゃないし、そもそもシーズンオフなど無い。
一般的にハイビート(高振動)と言われる機械式時計は、これまでにも沢山発表されてきた。10振動を超えるモデルもいくつかは有ったように思う。しかし、今現在市販可能な量産モデルを実現しているのはゼニスとセイコーしか知らない。前者のあまりにも著名なエンジンであるエルプリメロは1999年迄ロレックスのデイトナに搭載されていた。しかもロレックス社はわざわざ8振動にロービートチューンし、精度よりも耐久性を優先する同社のモノ創りに拘っていた。セイコーは現在グランドセイコーの機械式の大多数のモデルでハイビートを採用しているが、ノーマルの8振動機に較べて定期オーバーホール間隔は、我々の経験で確実に短い様に思う。
さて、パテックの挑戦的ハイビートマシンの耐久性はどうなのか。この答えは最低3年から5年を待たねばわからない。ただ今回の5470は多数の新規特許申請を含む新しいテクノロジーを満載しながらも、パテック独自の《アドバンストリサーチ(前衛的技術を市場で試験してチョーダイ!)》ではなく通常の新製品として発表されている。この同社技術陣の自信は、2011年に《アドバンストリサーチ》モデル年次カレンダーRef.5550P(限定300個)で検証済みの調速機構Oscillomax®(テンプ+脱進機+髭ゼンマイ全てをシリコン製材料でパッケージ)を搭載して、核心エリアの摩擦諸問題解決の目途をつけた事が大きそうだ。
ただ
通常の新製品とは言っても年産数はごく僅かだろう。もちろん価格も時価であり、その予価は片手を超えている。当然500万はあり得ないし、かといって5億は高すぎますので・・。でもこの価格は少々高い様に感じている。キャリバーの部品点数を見てみよう。シンプルクロノグラフ5170が270個、永久カレンダー・クロノグラフ5270はなんと驚きの456個、スプリットセコンド・クロノグラフ5370が意外と少な目312個、そして1/10秒シングルプッシュボタン・クロノグラフ5470が396個。この比較はあまり意味が無さそうだ。恐らく二度組をするグランド・コンプリケーションの中にも生産の難易度と年産数で大きな違いが有り、価格設定も様々なのだと無理やり納得しておこう。でも高い。個人的にはどんなに高くても4000万円ぐらいかと思っていた。甘かった。
5470_800.png
この顔は好みだ。自分で着用するにはいささか若々しすぎて恥ずかしいが、嫌みの全くないストレートなスポーティーウオッチだ。当然だろうがエナメルでもグラデーションでも無い単一色の濃いブルーのニス塗装に、パテックが定番に好んで多用する盛り上がって見えるけれどもダイアルを彫り込んでいるミニットインデックス(ゴールド・パール仕様)。同じくブレゲ数字アプライド仕様の18KWGアワーインデックス。スーパールミノバ塗布のリーフ時分針。スモールセコンド、クロノグラフ30分計と文字盤最外周部の1/10秒の各インデックスはレール(シュマン・ド・フェール)で白くシリコン転写されている。それら全てがオーソドックスでクラシックの極みだが全く古臭くなく何故かフレッシュ。そして白いレール上の時字12ヶ所の赤、超軽量のシリコン製1/10秒クロノグラフ針の赤、6時上の"1/10 SECOND"の赤。これらアクセント・レッドの控えめであるが故の効きの素晴らしさ。ストラップはパテック的最新トレンドのファブリック柄のエンボス加工カーフ。ダイアルと統一の濃い青に手縫いの赤いステッチが、単純だけれどこれまた好もしい組み合わせ。
ケースは一つ上の兄貴?であるスプリットセコンド・クロノグラフ5370Pと同じ形状だ。どちらかと言えばクラシックなスタイルだが、時計全体ではその気配はあまり感じられず10代後半の若者でも似合いそうなモデルだ。そう、そこなんです。この時計の唯一の弱点は見た目と価格のギャップが凄すぎるという事なのだ。
ところでPP公式HPに今年11月7日ジュネーブで開催予定のチャリティーオークション用ユニークピースとして永久カレンダー・クロノグラフRef.5270の初チタンバージョンが掲載発表されていた。文字盤カラーはエメラルドグリーンのソレイユでブラック・グラデーションは無し。これもまたとてつもないハンマープライスになるのだろう。
この伝で行くと今回の5470こそユニークピース向けの外観であり、チタンは勿論だがステンレスが最適素材ではないだろうか。色目は黒か黒に限りなく近いグレー。差し色は赤でもオレンジでもイエローでも・・グリーンだけは止めときましょう。
本題に戻してまとめ。このお気に入りクロノグラフだが、購入を許可されても価格的に買えないし、仮に宝くじが当たっても恐らく買いきれない代物だろう。実際に購入可能と思われる顧客様も価格で躊躇された。グランドマスター・チャイムRef.6300を本気で希望する方もである。現物を見た事が無いと断った上で、かなりの時計上級者でとてつもないパテックコレクターか、総資産額よくわかりませんという超絶セレブの出る物は取り敢えず全部買い。そのあたりしか想像できないが、既に日本でも結構な注文が入っているというから驚く。
取り敢えずカタログモデルなので来春スイス・ジュネーブ、もしくは同年6月東京でのグランド・エキジビションでガラス越しなら見られそうな気はする。出来れば1/10秒針の高速運針と併せて現物を是非一度見てみたいものだ。

Ref.5470P-001: 1/10秒シングルプッシュボタン・クロノグラフ
ケース径:41mm ケース厚:13.68mm ラグ×美錠幅:22×16mm
※サファイヤクリスタル・バックと通常のケースバックが共に付属
防水:3気圧
ケースバリエーション:PT
文字盤:ブルーのニス塗装、ゴールド植字ブレゲ数字インデックス
ストラップ:エンボス加工ファブリック柄のネイビーブルー手縫いカーフスキン 
バックル:PTフォールドオーバークラスプ(Fold-over-clasp)
価格:お問合せください

Caliber CH 29-535 PS 1/10:センター 1/10 秒計測モジュール搭載手巻クロノグラフ・ムーブメント
瞬時運針式30分計、コラムホイール搭載
直径:29.6mm 厚み:6.96mm 部品点数:396個 石数:38個 
パワーリザーブ:最小48時間(クロノグラフ非作動時)
テンプ:ジャイロマックス
振動数:36,000振動

しつこいが後書きを少し。文章を書き起こすのはいつも結構しんどいが、その時計を理解し自分なりの評価をするには一番だと思っている。でも今年の新作は発表時のモニターでの印象と四苦八苦して書き終えた現在の評価はあまり変わっていない。残念な事ながら自分好みの時計は無かった。まあ販売対象顧客層をかなり若く置いている様なのでこれは仕方ない。直感的に40~45歳以下と想像している。ちなみに自宅のタニタの体重計は、我が体内年齢を48歳と嬉しい表示をしてくれるがそれでも追い着かない。また特徴的で大胆な緑色もあくまで個人的には厳しい。しかし従来の長い目で次世代をも睨んでの時計選びだけでは無く、超高額ブランドであっても"旬"を纏うという今シーズン時計の提案もあるのだと思い知らされた。ただパテックの現状では将来の入荷を待っている間に旬が"瞬!"になって仕舞わないかが少々心配ではある。
今年も昨年同様、既にニューモデルの入荷は徐々に始まっている。いつものように撮影が出来れば、その都度実機紹介編を起稿してゆきたい。

文責:乾
画像:パテック フィリップ

※来る6月1日より本年2回目の価格改定が実施されます。急激な円安基調を受けて約10%の値上げとなります。悪しからずご理解・ご了承下さい。

このところ雨が多い。そしてその度に近隣の山々の新緑は濃さを増す。奈良はゆったりとした大きな盆地で低い標高の里山に囲まれているので、目に優しい緑が豊富だ。透過光による明るく若々しい黄緑から、水が滴り落ちるような分厚く光沢感のある艶っぽい深緑色まで、そのバリエーションは本当に豊かだ。そして呼応するようかの様に今年のパテックも昨年に引き続き緑軍団の大行進が続く。
パテックのグリーンカラー採用は、記憶の限りでは18年前の2004年のアクアノート・ルーチェのデビューに遡る。それまでには無かったストラップとダイアルカラーをマッチさせたカラフルな6色のレディス向けダイヤベゼルのステンレスウオッチの一色が少し暗めなオリーブっぽいグリーンカラー(アドベンチャラス・カーキ)だった。
5067a_6_800.png
ベーシックカラーの白、黒、紺はともかく、緑を含めレンガ色と青色は衝撃的でコンサバな自分自身の抵抗感は大きかった。時は移って2019年にメンズ・アクアノートの3針モデルRef.5168にカーキグリーンが新色として追加された。コロナ禍時代に突入し1年経った昨年2021年には、様々な緑色モデル5型が投入されてグリーン王国化が鮮明になった様に思う。そして今年の3月末に追加されたのがメンズとレディスの各2モデル計4モデルだ。以下それらの印象を紹介してゆきたい。

正直なところ、このモデルへのお問い合わせが予想以上に多くて戸惑った。同日発表の12モデルの中でも超高額な2000万円を軽く超えているグランド・コンプリケーションの永久カレンダー・手巻クロノグラフRef.5270P-014。パテックお得意にして代表モデルであるこのダブルコンプリケーションのルーツは1940年代頭まで遡れる。ただエンジンを切り口に辿るとエボーシュ(ヌーベル・レマニア)の供給と決別し、2009年にRef.7071に搭載発表した初の自社開発設計の完全マニュファクチュールの手巻クロノグラフ・ムーブメントCal.CH 29-535系がルーツとなる。そして永久カレンダー機能を付加して初代Ref.5270が2011年に発表された。今年のコスメティックチェンジモデルは2018年に素材追加されたプラチナ製モデルのダイアルとストラップ変更だが、現物はフルモデルチェンジ?ぐらい見た目の印象が異なった。
5270_JP_800.png
比較画像はインデックス形状がほぼ同じである現行のイエローゴールドモデル。最も判り易い新作の特徴はダイアルとストラップのカラーが統一されて見える事だ。実は現物を目の前にしても騙されてしまったが、ストラップは緑では無く黒で、太目の手縫いステッチだけが鮮やかなグリーンである。でも説明が無ければずっと緑色のストラップと思い続けていただろう。げに錯覚とは恐ろしい。実際に緑色に染めれば紫外線での退色などもあるので黒との組み合わせがずっと現実的だ。グリーントレンドは数年経つが、個人的に慣れた感じは無く今作もインパクトは強烈だ。そして文字盤のスポーティーさが新鮮だ。ポイントは3つあって、伝統的に採用されてきたタキメーターやパルスメーター表示を止めてレール状のシェマン・ド・フェールと呼ばれる分インデックスとシンプルな秒インデックスの2重サークルがダイアル最外周部にスッキリ表示された事。これによって3時から9時までのアワーインデックスが現行の極小タイプ(3・9時)やピラミダルな正方形(4・6・7・8時)から視認性が格段に向上した長短交じりのバーインデックスになった。二点目は3・6・9時のサブダイアルに採用されているアラビア数字の書体が少しクラシカルな筆記体からシャープで若々しいゴシック体に変更された点だ。最後は時分針の形状が落ち着いた細めのリーフ(葉)から、しっかりファセットを効かせたエッジィな太目のドフィーヌへと変更されてスポーティーな印象を高めている。繰り返しになるが同じ時計でありながら若々しくとてもスポーティーなニューフェイスと言って良いだろう。価格設定の有るシリーズ生産モデルながらプラチナ素材でもあり年産数はかなり少なそうだ。超高額だがご希望にお答えするのは相当時間が掛かりそうだ。

Ref.5270P-014:永久カレンダー搭載クロノグラフ
ケース径:41mm ケース厚:12.4mm ラグ×美錠幅:21×16mm
※サファイヤクリスタル・バックと通常のケースバックが共に付属
防水:3気圧
ケースバリエーション:PTYGRG
文字盤:ブラック・グラデーションのラック・グリーン、ゴールド植字バーインデックス
ストラップ:手縫いラージスクエア(竹斑)、ブリリアント(艶有)・ブラック・アリゲーター 
バックル:フォールデイング(Fold-over-clasp)
価格:お問合せください

Caliber CH 29-535 PS Q:永久カレンダー搭載、手巻クロノグラフムーブメント
瞬時運針式30分計、昼夜表示、コラムホイール搭載
直径:32mm 厚み:7mm 部品点数:456個 石数:33個 
パワーリザーブ:最低65時間(クロノグラフ非作動時)クロノグラフ作動中は58時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:ブレゲ巻上ヒゲ
振動数:28,800振動


5205gr_800.png
「WEBの画像ではサッパリ良し悪しが判らないので、現物を見たら印象を聞きたい」ご興味を持たれた方から出張前に要望が多かったのがダイアル&ストラップのコスメティックチェンジモデルの年次カレンダーRef.5205R。で、現物はどうか。えっ!ダークグレーですか。というのが第一印象。それくらいこの緑は深い色目。前述の永久クロノ5270もそうだが最近のパテックが多用しているブラック・グラデーションが、この時計には強烈に効いている。物凄く変な言い回しだが、モニター画像とは違う印象なのだけれどモニターで見た通りで間違いない。現物を見てからはそうとしか思えないような気がする。今までのパテックには全く無かった深い深いオリーブグリーン。好き嫌いはありそうで、お若い方には少々渋すぎるかもしれない。枯れ始めた自分には良さげだが、後述の理由で無理っぽい。尚ストラップもパティナ加工なる古色?仕上げにエイジングっぽいステッチが手縫いされており、この時計はかなり上級なコーデを要求されそうだ。チョイ悪のシニアおやじがお洒落な無精ひげを生やして、ダメージ加工のデニムにヨレが多少きた最高級の海島綿製オフホワイトシャツをパンツアウトでさりげなく着る。仕上げはペルソナ製グリーンのサングラスで決まり。間違ってもレイバンはやめた方が良さそうだ。車は縦目のヴィンテージ・メルセデスの出来ればホワイト系のコンバーチブルで・・

Ref.5205R-011:年次カレンダー
ケース径:40.0mm ケース厚:11.36mm ラグ×美錠幅:20×16mm 
防水:3気圧
ケースバリエーション:RGWG
文字盤:外周に向かって濃くなるブラック・グラデーションのオリーブグリーン・ソレイユ、ファセット仕上げ植字インデックス
ストラップ:手縫いラージスクエア(竹斑)、手作業でパティナ加工を施した2トーン・オリーブグリーン・アリゲーター 
バックル:ピンバックル
価格:お問合せください

Caliber 324 S QA LU 24H/206:自動巻年次カレンダー
直径:32.6mm 厚み:5.78mm 部品点数:356個 石数:34個 受け:10枚 
パワーリザーブ:最低35時間~最大45時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動 
ローター:21金ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)


7130r_001_013_014_800.png
パテック的にはこのレディスモデルは、ワールドタイムの括りに分類されている。でも個人的には緑の仲間として今回の紹介としたい。2013年にそれまでのWGモデルへの素材追加として発表されたのがRef.7130R-001。上の画像とウリだがシティリングの都市名が確か2度ほど変更され、その都度枝番が新しくなって2019年の最終形の013番となり今春生産中止。RG素材はそのままにトレンドのグリーンを纏った後継機種が今回の発表モデルだ。青を基調にした既存継続のWG素材モデルRef.7130G-016と同様の色使いでダイアルとストラップがほぼ緑である。昼夜表示リング部のお昼間12時間の半円のみ差し色の白。しかし今作ではストラップにカーフが初採用され手縫いで太目の目立つ白いステッチングがなされている事と、グリーンのほぼ反対色っぽいRGケースでコントラストが効かされている事で、これ迄に見た事の無い全くの新製品の様に仕上がっている。物凄く個性の強さをこの時計に感じるのは、緑という色目のせいだろう。誤解無きように繰り返すが、緑は好きな色目である。でもコーディネートがとても難しいカラーだと思っている。我が親世代には国防色と言われ、世界中で陸軍御用達の定番ミリタリーカラーだ。ハンティング用サファリジャケットもゲームフィッシング用の防水加工オイルドジャケット(英国バーブァ社が代表)もみんな深いグリーンである。緑成す惑星のカモフラージュ用行動服がアースカラーの代表である緑色なのは至極当然だ。自然を想起する癒し系でもあるが、戦いや狩りという非日常的色合いでもあって、自身のワードローブにも登山用を除けばTシャツとネクタイぐらいしかグリーンは無い。時計はだいぶ前にイタリアのカジュアルウオッチ(I.T.A.)を持っていたが、誰かにあげてしまった。そもそも緑文字盤の高級時計の記憶はロレックス、ピアジェ等で半貴石マラカイト(孔雀石)を文字盤に使ったジュエリーウオッチぐらいしか知らず、一般的だという印象が無い。此処数年の緑の大行進はパテック社をはじめグリーンカラーの文字盤着色技術の飛躍によるらしい。いつの時代も目新しい物に人々は飛びつくが、アパレルと違って時計との付き合いは一生になる。次世代への継承も普通に有る。前回のピンクよりもずっと、そして次回紹介予定のブルーよりもはるかに個性際立つカラーとしてじっくり検討すべき色目だろう。

Ref.7130R-014
ケース径:36mm ケース厚:8.83mm
※62個のダイヤ付ベゼル(約0.85カラット) 
ラグ×美錠幅:18×14mm 防水:3気圧
ケースバリエーション:RGWG
文字盤:18金文字盤、オリーブグリーン(中央部に手仕上げギヨシェ装飾)、ゴールド植字インデックス
ストラップ:ブリリアント・オリーブグリーン手縫いカーフスキン
バックル:18金RGピンバックル ※27個のダイヤ付(約0.21カラット)
価格:お問い合わせください

Caliber 240 HU:自動巻ワールドタイム
直径:27.5mm 厚み:3.88mm 部品点数:239個 石数:33個 
パワーリザーブ:最低48時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:21,600振動 
ローター:22金マイクロローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)

4910_1200a-011.png
緑の4本目、気分はもうほとんど青虫だ。レディスコレクションのエントリーモデルと言うべきSS+クォーツの傑作定番トゥエンティフォー第2世代のダイアルカラー追加モデルとなる。1999年に全くのニューモデルとして現代女性が24時間を共に過ごすデイリーウォッチをコンセプトに発表されたレディス市場への切込み隊長的存在だった。今日、その役目は自動巻でカレンダーを備えた視認性抜群のより実用的な新しいトゥエンティフォーRef.7300がになっている。それでも旬の緑色を追加展開するのは、より求めやすい価格帯に加えてリューズ操作を嫌う女性が少なからずいるからだろうか。
実機サンプルの印象だが、この時計もかなり文字盤の色目はダークだ。個人的には上で紹介済の年次カレンダーRef.5205R-011とペア?と思ったほど深いグリーン。この時計こそモニター画像との色の乖離がかなりある様におもう。妹分?の7300に咋春文字盤追加されたオリーブグリーンと同色で、モニターの比較でも当然同じ色に見えるが、現物は全く違う(ように見える)。"同床異夢"ならぬ"同色異見"なんて熟語は無いが、文字盤の形状・面積・インデックス等々が引き起こすいたずらが時としてある。素材が若々しさを感じさせるステンレスなので芽吹きを思わせるもう少し明るめの緑に見えた方が、このマンシェットスタイルの時計には似つかわしい気もするが、どうだろう。もちろん落ち着いた品格を求めるマネージメント職にあるキャリアウーマン(今時死語ですか?)には相性抜群かもしれない。

Ref.4910/1200A-011
ケース径:25.1×30mm ケース厚:6.8mm
※36個のダイヤ付ベゼル(約0.42カラット)防水:3気圧
ケースバリエーション:SS(別途001010)、RG
文字盤:オリーブグリーン・ソレイユ、夜光付ゴールド植字インデックス
価格:お問い合わせください

E 15:クォーツ
直径:15×13mm 厚み:1.8mm 部品点数:57個 石数:6個 
電池寿命:約3年

PATEK PHILIPPE INTERNATONAL MAGAZINE Vol.Ⅳ No.4
文責:乾 画像:パテック フィリップ

追記:次回は、ピカソじゃないけど"青の時代"5作品で新作は最終回としたいナァ・・




「たぶん3月29日の夕方にはPP社公式HPで見られるはずです」随分たくさんの顧客にアドバイスした今年の新製品情報。最終開催となってしまった2019年のバーゼルワールドでは開催初日の前日夕方(スイスは午前の始業時間)にWEB公開されていたので、てっきり今年がPP社にとって初出展となるWatches & Wonders Geneveに於いても前日公開を予想した。しかしながら、しっかりと裏をかかれて素直に開催初日3月30日の公開だった。
本来であれば現地に赴き、興奮と混沌の時計の祭典の空気にどっぷり浸かって新作サンプルとご対面するのだが、ここ数年は大多数の関係者がWEBで見るしかない異常事態が続いている。ただ今年はやっとリアル開催と有って、一部の猛者は現地へ突撃を敢行している様だ。自分自身はというと、もう一人で好き勝手に海外をウロウロする事が色々難しいコンディションなので、それはもう相当の覚悟がいる。
ただありがたい事に、今年はスイスと会期を合わせる形でパテック フィリップ・ジャパン(PPJ)が東京神田のオフィスで新製品の提案をサンプル実機を用いて実施してくれる運びとなった事だ。まあ東京日帰りも「無茶したらあかんで!」とご心配を多々頂いた事には感謝しかない。で、先日行ってきました。一年半ぶり、満開の桜の中、冷たい雨降る東京に、寒さに震えながら・・

今年のニューモデルはまず3月30日に12型、後追いで4月6日に1型の合計13型が発表された。詳細のご紹介は実機が運良く入荷した際に、じっくり見て撮って掘り下げるとして、まずはファーストインプレッションが薄れぬ内に備忘録を兼ねて書き留めておきたい。

今年の新作はテーマ別にグループ化されている。最初の2モデルはクルー・ド・パリ装飾された外装とアンティークなカメラのボディ表面をモチーフにしたヴィンテージ・ルックな文字盤を特徴的な共通項とした兄弟モデルとして括れそうだ。まずは兄貴分格で今年一番の話題作の年次カレンダー・トラベルタイムRef.5326G-001からご紹介。
5326g_pp_800.png
バーゼルワールドではサンプルを撮影していたが、今の体ではとても無理なので画像はPP公式の物。年次カレンダーとトラベルタイムはそれぞれ今日のパテックを代表する人気の複雑機能だが、両者を組み合わせて統合したモデルは完全な初物となる。採用ムーブメントは昨年発表され注目を集めた腕時計初のインライン表示永久カレンダーRef.5236P用に設計・搭載されたユニークなエンジンをベースに様々な新規特許を組み込んで専用設計された興味津々な機械だ。またケース(側)もデザインアーカイブを採用しながらも完全におニューであり、中身と見た目の新規性では今年随一の時計だ。
HP画像を見た印象から、ラグ形状の圧倒的な存在感とブランドを問わず見た事の無い文字盤表面感の2点が実機確認ポイントだった。結果的にはラグを含めケース形状は非常にうまくまとめられている。ダイアルもルーペでは荒れた月面のようで迫力が凄いが、肉眼ではとても好もしく格好良い。
5326_2typestrap_800.png
ヌバック仕上げのカーフスキンストラップがデフォルトで装着されて出荷されるが、個人的には付属で同梱されるファブリック柄の黒いカーフストラップが我々日本人には馴染みそうに思う。尚、このギミック?とも思える手の込んだ耐久性の或る牛革だが見た目は布ベルトの初見は、2020年初夏に発表された新工場落成記念限定モデルRef.6007Aである。よく似た手口に昨年発表されたグランド・コンプリケーションに5204R-011がある。そちらはアリゲーターパターンのカーフストラップ。要するに型押し(パテック的にはエンボス加工)カーフである。これらは世界的な保護トレンドの流れで、爬虫類の商業利用はいけません。保護しましょうね。という事らしいのだが、クロコダイルもアリゲーターも(傷だらけの)野生個体の使用ではなく養殖物を使用しているはずだ。なぜ普及家畜の牛は良くて、爬虫類が駄目なのか、素直な疑問にどなたか応えて欲しい。
で、この時計の評価だが今年の金メダルとしたい。操作感は確かめようがなかったが機械的に一番惹かれるし、部分部分ではどうかと思える外装も全体で俯瞰すると非常にカッコよくまとまっている。決して安い価格では無いが、機械・外装・文字盤の作り込みを考慮すればバーゲンプライスではなかろうか。ただ年齢的に自分自信で着用は残念ながら無理だ。ターゲットエイジは50歳が上限ではなかろうか。あっ!勿論自称50歳って事で・・

Ref.5326G-001
ケース径:41mm ケース厚:11.07mm 防水:3気圧
ケースバリエーション:WGのみ
文字盤:ブラック・グラデーションのテクスチャード・ラック・アントラサイト文字盤、 夜光付ゴールド植字アラビアインデックス
ストラップ:ヌバック仕上げベージュの手縫いカーフスキン(出荷時)、ファブリック柄をエンボス加工したブラック・カーフスキン(同梱付属)
バックル:WGフォールディング(Fold-over-clasp)
価格:お問い合わせください

5326G_cs_800.png
Caliber 31‑260 PS QA LU FUS 24H
自動巻年次カレンダー・トラベルタイム
ストップ・セコンド機能付き
直径:33mm 厚み:5.6mm(基本キャリバー 2.6 mm、年次カレンダー・トラベルタイム・モジュール3 mm)
部品点数:409個 石数:47個
パワーリザーブ:最小38時間、最大48時間
ローター:PT製マイクロローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動

ここ数年カラトラバの見直しが進みコレクションがどんどんシュリンクしていく中で、昨年は全く新しいロングパワーリザーブの手巻キャリバーを開発・搭載した新作Ref.6119が発表された。今年もわずか1型1素材ながら選択技が増えた事は素直に喜ばしい。
5226g_800.png
この時計は前述の新機軸コンプリケーション年次カレンダー・トラベルタイムRef.5326のデザインバリエーション的な要素が前面に出ていて、個人的にはカラトラバ感が非常に希薄だ。素材は同じWGで価格は約半分である。勿論パテックの購入検討者が価格差で3針モデルしか買えないはずは無いので、あくまでシンプル好みの方への提案なのだろう。でも個人的にカラトラバは保守的でいて欲しいという願望が強いので、どうもこの新しい5226がすんなりと受け入れられない。価格設定がインビジブルヒンジによるハンターケースのカラトラバRef.5227と同じなので、そちらに惹かれてしまう。これもやはり齢のせいによる老害だろうか。ケース径40mmは今や若干コンパクト、厚さ8.53mmは薄い時計である。しかし現物には引き締まり過ぎ感は無い。特に厚さは10mm以下とは思えない。たぶんクルー・ド・パリ装飾によるケースサイドの存在感がしっかりと有るからだろう。文字盤はヴィンテージ・テイストで、恐らくはメカニカル時代のカメラボディの外装からイメージされている。この顔については少し心配していた悪目立ちも無く、非常に好感が持てる。ただ、ここも兄貴分モデルの年次カレンダー・トラベルタイムRef.5326のダブルギッシェスタイルのカレンダー窓やらローカル&ホーム表示等が盛り込まれている方がメカニカル感があって、ダイアルとしてよりふさわしい気がする。こちらの3針モデルにも前述の黒いファブリック柄のカーフストラップが付属しており、安心の組合せかと思う。
ところでこのモデルに搭載されるエンジンは、フルローター自動巻のCal.26-330 S Cである。長らく主力ムーブメントであったCal.324系を大改良して2019年にウィークリー・カレンダーRef.5212のベースムーブメントとしてデビューした次世代エンジンである。デビュー直後に超人気モデルのノーチラス3針モデルRef.5711で既搭載のCal.324系からランニングチェンジで積み替えが進められた。パテックでこのような品番不変のエンジン換装というのは非常に稀ではないか。そして今年2月にRG素材ディスコンでRef.5711が全廃となった今現在、この新型エンジンを積むのはデビューモデルのRef.5212と昨年発表のアクアノート・ルーチェRGのRef.5268/200の2モデルで、今年のRef.5226を加えてたった3モデルしかない。どれも文字盤も素材もバリエーション無しである。どうでもいい事ながら本格生産開始から3年を経て、えらく少ない様に思う。前述のカラトラバRef.5227やアクアノートの代表3針モデルRef.5167やレディス・ノーチラス機械式Ref.7118等は、とっくに積み替えられていても良さそうなのに・・
紹介した2モデル以外の3月30日発表残り10モデルは全てがコスメティックチェンジと呼ばれる何かしらのバリエーションモデルである。この点で今年は少し新味に欠けるナァという印象はぬぐえない。チョッと残念だ。

Ref.5226G-001
ケース径:40mm ケース厚:8.53mm 防水:3気圧
ケースバリエーション:WGのみ
文字盤:ブラック・グラデーションのテクスチャード・ラック・アントラサイト文字盤、 夜光付ゴールド植字アラビアインデックス
ストラップ:ヌバック仕上げベージュのカーフスキン(出荷時)、ファブリック柄をエンボス加工したブラック・カーフスキン(同梱付属)
バックル:WGピンバックル
価格:お問い合わせください

Caliber 26-330 S C
自動巻3針カレンダー、ストップ・セコンド機能付きセンター秒針
直径:27mm 厚み:3.30mm 部品点数:212個 石数:30個
※ケーシング径:26.6mm
パワーリザーブ:最小35時間、最大45時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動
ローター:21金ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)

今年2月に生産中止となった人気永久カレンダーの文字盤変更バリエーションの後継モデル。次に紹介する手巻クロノグラフと併せて現代的なヴィンテージ・スタイルとして全く同色のダイアルを与えられた双子的モデルとして括れそうだ。
5320G_001_011_b.png
画像でご覧の通りダイアルカラーが先代のクリーム色のラック(ラッカー塗装)から、ローズゴールドめっきのオパーリンへと変更された。実に単純なコスメティックチェンジなのだが時計の印象はかなり異なる。銀色ケースにピンク系文字盤の組合せは過去パテックでは多数採用されており、直近では本年生産が中止された永久カレンダー搭載クロノグラフRef.5270Pがあった。2018年の新作で個人的一押しモデルだったが、当店では僅かしか販売がかなわなかった。いつもの事だが生産中止になると問い合わせが増える。"だからあれほど言ったのに!"と毎度悔しい思いをする。今年の新しいピンクの色目にはモニターでの初見時に少し不安を抱いていた。出来たら5270と同じであってくれと願っていた。現物の色目は異なっていたが、不安を一掃してくれる素敵なピンクだった。色は言葉で表現が難しいが、ご心配なく大丈夫です。裏切りませんので・・

Ref.5320Gー010
ケース径:40mm ケース厚:11.13mm ラグ×美錠幅:20×16mm 
防水:3気圧
ケースバリエーション:WGのみ
文字盤: ローズゴールドめっきのオパーリン、夜光付アントラサイトのゴールド植字アラビアインデックス
ストラップ:手縫いブリリアント(艶有)・チョコレートブラウン・アリゲーター
バックル:WGフォールディング(Fold-over-clasp)
価格:お問い合わせください

Caliber 324 S Q
フルローター自動巻永久カレンダー
直径:32mm 厚み:4.97mm 部品点数:367個 石数:29個
パワーリザーブ:最小35時間、最大45時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動
ローター:21金ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)

5172g_001_010_800.png
上の画像で見ると左のブルーカラー現行モデルの色違いにしか見えない。だが現物は別の時計に見えるのがダイアルバリエーション追加の手巻クロノグラフRef.5172だ。思うに現行モデルが濃色ダイアルに白色のタキメーターやインダイアルのレール表示に対して、新作はヴィンテージなローズピンクダイアルにマットブラックでの各表示。明暗が逆の組合せとなっている。現物を見比べるとこの違いが両者を別物に仕立てている事がわかる。ストラップも現行が文字盤同色でカジュアルな青いヌバック調のカーフだが、新作ではオーソドックスな茶系のアリゲーターとされたのも両者の趣を大きく隔てている。面白い事に4・8時位置に小さな円形のインデックスが追加配置されているのが、モニターでは判り易いが現物比較ではその違いに気付き難かった。ケース形状は前述の永久カレンダーと共通で、往年のデザインによる段付きラグとボックス型のサファイアクリスタルが特徴的だ。針形状は此処まで4モデル全てにレトロなシリンジ(注射器)型が採用されている。世界的なワクチン接種トレンドとは無関係だろう。個人的にピンクの新作クロノは現行の青よりも少しアッパーエイジの方にお勧めしたい。

Ref.5172G-010
ケース径:41mm ケース厚:11.45mm ラグ×美錠幅:20×16mm 
防水:3気圧
ケースバリエーション:WG(別文字盤有)のみ
文字盤:ローズゴールドめっきのオパーリン、夜光付アントラサイトのゴールド植字アラビアインデックス
ストラップ:手縫いブリリアント(艶有)・チョコレートブラウン・アリゲーター 
バックル:18金フォールディング(Fold-over-clasp)
価格:お問い合わせください

Caliber CH 29-535 PS:コラムホイール搭載手巻クロノグラフ・ムーブメント
直径:29.6mm 厚み:5.35mm 部品点数:270個 石数:33個 受け:11枚 
パワーリザーブ:最小65時間(クロノグラフ非作動時)クロノグラフ作動中は58時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:ブレゲ巻上ヒゲ
振動数:28,800振動

続いて緑の新作軍団を書き連ねようかと思ったが、このところ雑事にかまけて遅筆が酷いので次回へ刻むことにした。なるべく間を置かないようにしたい。

文責:乾
画像:パテック フィリップ

先頃生産中止が決定されたノーチラス・フライバック・クロノグラフ・トラベルタイムRef.5990のステンレスモデルは、2014年から長きに渡り生産されたロングセラーモデルだった。特に此処2年程前からは人気が急上昇して購入がドンドンと困難なモデルとなっていた。昨春にはローズゴールドの素材追加モデルが発表され、一年のランニングチェンジを経てバトンを譲った訳だ。
_DSC0271.png
この時計で印象的なのは何と言ってもグラマラスな厚みだ。ケース厚12.53mmはパテックの最厚モデルではないし、デカ厚トレンドがまだまだ巾を利かせている現時点で一般的に厚過ぎる時計とは言えないだろう。だが8mm台の薄いケースで装着感の良さをノーチラスに与えようとしたジェラルド・ジェンタの設計思想からすれば"結構厚いナァ"という話だ。パテックの時計作りは決して薄さ至上主義ではない。しかし装着感の良さを追求する点で、出来れば薄い方が望ましいと考えている。よってムーブメント設計も強度を保った上での薄さを求めている。厚さ話のついでに最新カタログ2020-2021で厚さランキング表(上位・下位の各5位)を作ってみた。全部をチェックした訳では無いので、たぶん?というええ加減な表ではある。そして実に見難く解り難い。
case1_5.gif
切れ味の鈍い頭でアレコレと考えた結果、作った本人しかあまり利用価値の無さそうな表になった。品番の素材や枝番と基本キャリバーも後半部分をバッサリ省略した。自動巻Mとはマイクロローター搭載の略である。まあ折角作ったし、スタッフの協力も有ったので・・参考までに本稿末尾に全体の表も掲載しておく。因みに今回紹介の5990/1の12.53mmはケース厚14番目でコレクション全体では決して厚すぎる訳では無い。但し、ノーチラスの中では最厚である。上の表で意外なのは年次カレンダー・フライバック・クロノグラフRef.5905が第5位の厚みを持っている事で、多分にフルローター自動巻に垂直クラッチが組み合わさった構造の基本キャリバー CH 28-520の厚さ6.63mmに年次カレンダー・モジュールが乗っかるとこうなる訳だ。薄い方ではクオーツ搭載のレディスでは無く、機械式しかも自動巻を積んだメンズが薄さで1~3位を占めている事だ。さすがのキャリバー240、"極薄"と称されるだけの事は有る。
6002_5738_b.png
上の画像で両者の厚みがデフォルメされている様に見えるが、比率は実寸比の3:1程度となっている。この両極の中に全コレクションの厚みが収まっている。今回の作表は素材違いや文字盤違い等のいわゆるコスメティックのチェンジモデルを無視した個人的基準でケース形状バリエーションを独断で84種とした。最新カタログ掲載モデル数が151点(懐中時計除く)なので、二つに一つは別のケースという事になって、パテックの多品種少量生産がうかがえる。生産効率は当然ながら非常に悪いだろう。そう考えればパテックの価格設定は決して高すぎるとは思えない。ただ、すみません。他ブランドを殆ど考察していません。手始めにAPの公式HPを見に行ったのですが、何と言うか疲れてしまいましたので・・
尚、個人的にケース厚9mm~12mm台は現代の時計として普通の厚みと考えていて、今回の考察の場合は84種中39種で約半分。薄さ際立つ8mm台以下が35種も有って、厚めな13mmアップがたった10種しかない。ちなみに世の中にはピアジェの様に3mm台と限界の薄さに挑戦するブランドもあるが、パテックは実用的な強度からか極端な薄型を作ってはいないけれど全般に薄く仕上げられている。ずっと気になって仕方ないのが電話での問い合わせや店頭商談の際に、皆さんケース径は気にされても、ケースの厚みを話題にする方が殆どおられない。でもサクッと見にいったロレックス・オメガ・リシャール等のHPで径は有るが、厚さ表示が見当たらない現状なら仕方の無いことかもしれない。ナンデヤネン?
ところで薄いケースは着け心地に貢献すると言われているが、必ずしもそうとは言えない気がする。幸運にも最薄ケースのゴールデン・エリプス(ディスコンの5.8mm厚Ref.3738)を愛用しているが、ケース径も小さめなので少しでも緩めに着用すると自由自在にスルスルとどこにでも、あっちこっちへと腕の廻りを散歩するのでしょっちゅう手首の上に戻してやる事になる。腕廻りの形状が特別仕様という事も無い。小型で薄型のエリプスに限らず腕時計はどれもこれも12時側に行きたがる。ブレス調整時に駒取りを工夫したり、皮ベルトの12時側と6時側を入れ替えたり、長さを別誂えしたりと様々に工夫する事二十数年になるが、納得できる回答は得られていない。個人的に言えば、トゥールビヨンやリピーターの様な超複雑機能よりも常に手首の上で理想のポジションを保ち続ける構造を開発して欲しいのだ。時計業界のノーベル賞ものだと思うのだが、どうだろうか。
この時計の強烈な印象はまだ他にもあって、「天地間違えてすみません!」という奴だ。本稿の5990は12時位置に6時側と同サイズのインダイアルが配されるのだが、恐らく3時位置に日付窓が無く6時側にブランドロゴが有る為なのか、天地がひっくり返っても違和感が無い。現実に何度かご納品時にうっかり逆向きで差し出す事が何度も有った。
6300_5235_b.png
パテックには同様のダイアルレイアウトのモデルが現行でRef.6300グランドマスター・チャイムとRef.5235レギュレーター・タイプ年次カレンダーの2モデルある。どちらも同様に間違えそうな顔だが、ショーケース内の鎮座を拝むだけで触る機会さえ無いグランドマスター・チャイムへの心配は杞憂でしかない。年次カレンダーも危なそうだが、曜日と月(month)表示窓が10時と2時辺りに有るので大丈夫なのだ。文字盤デザインはかくもデリケートで難しいものである。その事を過去最高に強く教えてくれたのが5990だ。
そして多少ネガティブな事ながら、リセットプッシュボタンがチョッと曲者というのがある。このモデルのプッシュボタン形状が結構横長な為に引き起こされる現象で、ボタン中央をまっすぐ押さずに両側どちらかに片寄って押してしまうとクロノグラフ秒針が"バシッ!"と0位置にキッチリ戻らず、変な位置に"フワッ"とだらしなく止まる現象が稀に起きる。当店は仕入検品で何度か初期不良として返品をした苦い経験があるが、結局この現象はノーチラスのケースにCal.CH28-520系を搭載し、特徴的な長方形プッシュボタンを組み合わせた場合、少しだけデリケートに操作すべき注意事項であるが初期不良では無い事を学んだ。
5980_5905_5968_5961.png
※上の画像で左二つがプッシュボタン押し方が多少デリケートなタイプ。
故にトラベルタイムを積まないシンプルクロノグラフバージョンのRef.5980でも注意すべき留意点となる。同じエンジンを積んでいるコンプリケーションカテゴリ―の年次カレンダー・クロノグラフRef.5961はプッシュボタン形状が大きく異なり、芯でしか押せないタイプなので全く心配なさそうだ。しかし派生モデルRef.5905のボタン形状は幅広なので注意が必要だ。ところがアクアノートのクロノグラフRef.5968も形状的にはいかにも危なそうで何度か試してみたが、ケースにプッシュボタンが少し埋もれる構造のお陰?なのか大丈夫そうだ。でも過去に販売したSSの5990でこの現象のご指摘を受けた事は皆無で、普通に使っていれば問題はないのでご心配なく、万が一遭遇しても決して慌てないで下さいというお話。

今回も時計そのものには殆ど触れず、結構ネガティブな辛口気味の紹介となった。でもラグジュアリースポーツジャンルを代表するノーチラスコレクションのダブルコンプリケーションがローズゴールドに滅茶苦茶映えるブルーカラーのダイアルでの登場は話題にならないはずがない。実に軽く1,000万円を超える価格にも関わらずこのモデルの人気は凄まじく中々新規のご納品が困難である。受注もどこまでお応え出来るのか・・まあ昨年後半からシリーズに関わらずパテックのメンズは品不足が激しい。入荷が決して悪いのではなく、ご購入希望が非常に増えている為だ。今年になってからはレディスモデルもかなり厳しくなっている。そんな状況下で世界を震撼させる紛争が勃発し"すわっ!入荷アブナイ"と心臓が止まりそうになったが、今のところパテックの日本向け物流は止まっていない。でもまたしても地震が東北を襲うし、ラグジュアリーブランドの異様とも言える好況感とは裏腹に世界も日本も実にきな臭い事になって来た。新製品発表直前の今は、どうかこれ以上何にも起こらない事を願うばかりである。


Ref.5990/1R-001
ノーチラス・トラベルタイム・クロノグラフ
ケース径:40.5mm(10-4時) ケース厚:12.53mm 防水:12気圧
ケースバリエーション:RGのみ
文字盤:ブルー・ソレイユ 夜行付ローズゴールド植字インデックス
ブレスレット:ノーチラス折畳み式バックル付きローズゴールド3連ブレス 
価格:お問い合わせください

Caliber CH 28-520 C FUS
トラベルタイム機構付きコラムホイール搭載フルローター自動巻フライバック・クロノグラフムーブメント
直径:31mm 厚み:6.95mm 部品点数:370個 石数:34個 
パワーリザーブ:最小45時間-最大55時間(クロノグラフ作動時とも)
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動
ローター:21金ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)

撮影、文責:乾

付表:品番別ケース厚一覧(非公式・我流) ※自動巻Mはマイクロローター搭載の意味case84.gif

サスティナブルやSDGs等への取り組みは実行し続けなければあまり意味がない。現在多数の時計ブランドがこぞって標榜し始めているが、単なるトレンドを一時的に取り入れているに過ぎない感じがする。当店でも取り扱いがある某ブランドもその一つかもしれない。海洋に漂う魚網や何やらかんやらの自然に帰らぬゴミをユーザー参加清掃イベントも含めて集め、コスト(CO2出ませんか?)を掛け再生素材化して納品用のコレクションボックスを作っている。しかしこれが正直何ともショボい。ご納品時に複雑で少し悲しく、申し訳ない様な気分になるのは私だけだろうか。この調子でゆくと透明なプラスチック製のベゼルプロテクター等も、そのうち鶏卵パックの様なババ色なのかジジ色なのかの再生紙で作られる様になるのだろうか。でもかつては紙製だった保証書はプラスチックカードに変更されたままだ。もう"保証書"という呼び方もはなはだ怪しく、現物にはワランティーカード("保証札"で和訳はいいかナ)とある。何となくずっとギャランティーだと思っていたが、両者の意味には結構な乖離があって、馴染みの少ない英語ワランティーが正しそうだ。ちなみにパテックはA4サイズ大のしっかりした今や稀少な紙製である。さらに言えばGuarantyでもWarrantyでもなくCerticate of Origine(仏語併記)とある。意味的には証明書原本となりそうだ。確かに真正品である事をスイスのパテック社が証明しますという意味合い。そして付け足しの様に最下部に但し書きで正規販売店の店名がある場合は、販売日を基準に保証します。何とも古風なものである。因みに正規販売店名は世界標準的には店名をハンコ押印する。ただ日本の場合はPPJが店名をタイプアップで記載する店舗も多い。当店は前者、四国の百貨店テナント部門は後者である。今世紀に入る前迄は殆どのブランドが紙製であり、せっせと店判を押印したものだった。もしくはギャラ請求はがきにご記入頂き、ブランドから紙製ギャラをご自宅宛て郵送も多かった。これもあれも過去のものになりつつある。
イ、イカン、自分では齢を取ったつもりがさほどないが、懐古趣味というか、つい過ぎし日を振り返ってしまう今日この頃・・。いやいや、過ぎし日や在りし日の事は、近隣のメモリアルホールさんにでもお任せして、人は前を向いて歩んでいかなければ生きている価値も意味も無い。だから今年の新製品予測なのだった。今書かねばならないし、今しか書けない。ずっと先の様だが、Watches & Wonders Geneva 2022 の初日である3月30日の前日辺りにはパテック社が公式HPでの新製品発表をしそうなので、今しかない。もう一ヶ月チョッと、アッと言う間のタイミングが、"今"なのだ。

まず手始めに皆さんが最も興味のあるノーチラスから始めよう。何をおいても昨年定番がディスコンになり、緑やら水色やらで話題を振りまいた3針Ref.5711のSS後継モデルが今春リリースされるか否かだが、ステンレス素材でというのはかなり難しい様に思う。まだ可能性が有るのは18金、それもSSに置き換わる色目としてWGならどうだろうかと想像している。意表をついてYGもあるかもしれない。RGはつい先日公式HPから旅立って逝かれたばかりなのでまず無い。コロナ過で全世界的に売れ過ぎ感の強くなったパテックは、ノーチ&アクア市場の過熱を煽るSS素材新規投入をしばらく見合わせそうな気がするのだ。品番はRef.6711?とかが新たに与えられそうだが、ケースとダイアルの微妙なデザイン変更だけで済ませるのか。踏み込んでロングパワーリザーブ化された新規開発の自動巻ムーブメントが搭載されるのか。興味津々である。でも5711後継機種についてのこの様な見方は些か楽観的で、多分来年度以降、恐らく数年後、最長で2026年のノーチラス発売50周年まで引っ張られる可能性も状況次第では有るかもしれない。ただ、ひょっとしたらが来年6月に延期されたGrand Exhibition Tokyoに向けて日本市場限定モデルとしてメンズ5711/1Aサムライブルーダイアル、レディス7118/1200AナデシコピンクMOPダイアル、各100本なんていうドリームウオッチ、まさか出ないだろうナァ。
では、ノーチラスの期待出来そうな新製品は何か。まず、昨年同様しつこい様だが永久カレンダー5740のRG素材追加が個人的最右翼。同様ながら年次カレンダー5726にもRGブレスは追加されて不思議が無い。昨年クロノグラフ5990にRGブレスが追加され今春早々とSSブレス5990/1Aが公式カタログから消えた事実から想起される予想である。プチコン5712はどうか。現在はRGWGもレザーストラップ仕様があるので確率は低い。そもそもSSの5712/1Aがディスコンになってからの話だろうと思う。むしろレディスのSS素材でのプチコン、例えば7112/1200A?とかの方が有りそうだ。そろそろダイヤ装飾のバリエーションだけではつまらないと思いませんか。女性からの要望もありそうに思うが、どうだ。
アクアノートはどうなるか。昨年男女とも結構な新規や追加があった。特にレディスは後継モデルを含め多数のニューモデルが投入された。従って新製品は一旦、今年はお休みの気がする。尚、3針SSシンプルモデルの5167A1Aは来年辺りのディスコンになっても不思議が無いと思っている。
いづれにせよ、パテック社はノーチ&アクアの深追いにはリスクが伴うと判断しているようなので、来年度以降先の事は人気の加熱状況次第という所が大きそうで非常に流動的ではないか。
さてカラトラバである。昨年Ref.6119というクルー・ド・パリ装飾ベゼルのロングパワーリザーブ手巻新エンジン搭載の意欲作を発表。早くも超人気モデルになっている。これまた昨年の繰り言になるが、2019年初頭にディスコンとなったベストセラーRef.5296自動巻シンプルカレンダーが空き家のままなのだ。ここが2年間音沙汰なしというのが解せない。現代の実用的腕時計に於いて、いの一番、一丁目一番地に持って来るべき時計なのだ。ましてやノーチラス5711が鬼籍に入った今、メンズのフルローター自動巻カレンダー3針はカラトラバでは5227となるが、玄人好みのハンターケースであり一般的とは言えない。あとはアクアノート51675168、いづれも人気絶大ではあるが前者にSSブレスが用意されているもコンポジットというラバーストラップ仕様が殆どでラグスポイメージが前面に出ており、これまた個人的には一般的で万人受けする時計デザインでは無いと見ている。やはり欠けている。腕時計の王者パテックには必須の実用的アイテムが、今現在欠けているのだ。タイミング的には昨年と予測したが、手巻の6119をリリースしたので恐らく今年ではないか。ただ前述のノーチラスでも触れたが、仮にロングパワーリザーブ新キャリバーの開発と関連していれば来年以降に持ち越しも充分ありえる。
エリプスとゴンドーロ。エリプスは変更無し、仮にあってもレアハンド系のとんでもないモデルだろうか。ゴンドーロはこれまた昨年同様で、ともかくメンズ不在の解消。具体的には出番を失っているレクタングラ―のCal.25-2128-20に再登場頂きたい。
多岐に渡るコンプリケーションの予測は非常に難しい。何がどうなるのかサッパリわからない。昨年ディスコンになった年次カレンダーの元祖系フェイスRef.5146シリーズの後釜が今の顔に刷新され6146で出てくるぐらいしか思いつかない。でもなんか無さそうな気がする。ウィークリー・カレンダー5212Aの素材バリエーションで18金RGモデルがブラック系のダイアルで来たら相当に色っぽく格好良い感じになりそうだ。忘れてならないのはコンプリケーションのSS素材モデル。2019年初出で前述の5212Aが、そのトレンドの狼煙的モデルだった。そしてその流れを決定づけたのは昨年の年次カレンダー・フライバック・クロノグラフにSS素材追加された5905/1Aだ。これでもかのトレンドカラー緑色を文字盤に纏わせてのデビューはインパクト大だった。アクアノートのブレスレットと見まがうブレス形状に今後のSS素材の担い手はノーチ&アクアでは無く、コンプリケーションなのだと大見えを切って来たのだという気にさせられた。さて、何が来るのか。シンプルな年次カレンダーという選択もあろうが普通に考えれば、パイロット・トラベルタイムかワールドタイムではないか。ただ前者だとして5524Aや5524/1Aというのはデザイン的にSS素材との親和性が良すぎるし、同色系の既存WGモデル5524Gが立ち位置を怪しくしてソワソワしそうであまりピンと来ない。やはり有りそうなのはワールドタイム、しかも現代ワールドタイム第4世代としてRef.5330A、同じく/1A等のリファレンスで18金に先駆けて颯爽と登場なんていうシナリオが有ったら面白い。勿論ケース・文字盤・針等のデザイン全てが刷新されるべきだろう。願わくば年若い顧客層にフォーカスしたアバンギャルドな味付けであって欲しい。
グランド・コンプリケーションは従来機種のリプレースメント以外は予測不可能であって、完全に当てずっぽうの個人的に出して欲しい願望レベルでしか語れない。ずばり指針表示タイプ永久カレンダーの小径サイズの復活。かつてのRef.5140よ、もう一度である。まず個人的に欲しかったというのが先に有る。現行の5327は我々アジア人には若干大きい。特にクラシカルな顔を好む方向けのモデルだけに余計その思いがある。でも中国市場では大振りが好まれるそうだし、北米と中国の2大マーケットを睨めばチョッとリバイバル的モデルは無理っぽいのか。レディスは昨年レアハンドっぽい装飾でリリースされたRef.7000の後継とも言うべきミニット・リピーターRef.7040/250のシンプルバージョン7040Rとかは出て欲しい。旧来の7000Rの音の量・質の良さがもう一度ミニマライズな佇まいでラインナップされないかと願う。そしてまだまだ需要が追い付てこないかもしれないが、自社キャリバー搭載スプリットセコンド・クロノグラフの名機Ref.5959をレディス向けにリバイバル出来ないだろうか。品番はRef.7979とかになるのだろうか。

いやはや全く売る当ても無いモデルを含めて好き勝手、言いたい放題だ。春が近い。若草山に行ってフィッテンチッドを浴び過ぎたわけでも無いのにセロトニンやらアドレナリンなんぞが悪さをしでかしてくれたのだろうか。節分はとうに終わり、ひな祭りがすぐそこだ。梅は満開で桃の蕾が、今や遅しと待ち構えているのだ。もちろんジュネーブにも春はすぐやって来る。待ち遠しさを募らせながら、アアでも無い、キットこうだと千々に思いを巡らせる最高に楽しい日々が今年もやって来ている。だが年によっては出回る事がある噂レベルの新製品怪情報も、今年は全く聞こえてこない。ノーチラスの耳の様なPPJスタッフの口はもとより抉じ開けようがない。そんなことで毎年思い描く願望的ニューモデルは2割もビンゴしない。まあそのレベルの読み飛ばす戯言として本稿はお読み頂ければ幸いである。さて、皆さんの予測は?

文責:乾

"レディーファースト"は"淑女を優先する"で良かろうが、パテックが言うところの"レディス・ファースト"とはどう解釈すればいいのか。過去に遭遇したこの"レディス・ファースト"なる表現は、まず2009年リリースのRef.7071レディス・ファースト・クロノグラフだ。2005年から同年に渡ってパテック社が渾身の精力を込めて設計・開発し発表したマニュファクチュール・クロノグラフ・キャリバー3兄弟の末っ子Cal.CH 29-535 PS(手巻)を、紳士モデルに先駆け淑女向けに先行搭載した注目のモデル。
パテック フィリップ インターナショナルマガジンの記事『クロノグラフの系譜』で著名時計評論家ジズベルト・ブリュナー氏は、同モデルで採用されたクッションケースが、パテック社が腕時計クロノグラフ製作を始めた20世紀初頭に腕時計の隆盛を推し進めたのが,、実は女性であった事へのオマージュとしている。そして《女性のために創作された初のクロノグラフ「レディス・ファースト・クロノグラフ」は、決して偶然ではないのである。》と結んでいる。

7071&97975永久_3.png
左:Ref.7071(2009-2016)レディス・ファースト・クロノグラフ
中:Ref.7140(2012-)現行のレディス・ファースト・パーペチュアル・カレンダー
右:レディス ペンダント時計(1898)から腕時計に換装(1925)された紳士初の永久カレンダー 、背景は販売以降のカルテの様な個体履歴(ウンウン、見た事アルアルという方は、しっかりパテックホリックと言えましょう)

そしてもう一つが上画像中央の2012年初出で現行モデルの永久カレンダーRef.7140である。カタログには"レディス・ファースト・パーペチュアル・カレンダー"とある。個人的には20世紀の何処かでクロノか永久のご婦人モデルが全く無かったかどうか疑わしいと思っているが、具体例を知らない。ただ記憶に有るのは1898年に女性用ペンダント時計としてスタートした上画像右の永久カレンダー97 975(Ref.無き時代でムーブメントNo.での識別表示)である。この個体は37年後の1925年に紳士用としては初の永久カレンダー腕時計へと換装され1927年に販売されている。19世紀末迄は懐中時計全盛期で1900年代初頭の紳士用腕時計の黎明期をへて、第一次世界大戦(2014-1918)が一気にポッケから手首へメンズウオッチスタイルを飛躍・完成させた。当時のパテック社は懐中時代の栄光からリストウオッチへのスクラップ&ビルドに遅れを取ったが、"男装の麗人"の様な裏技かもしれぬが、ともかく紳士用の複雑機能を搭載した腕時計をデビューさせ、業界最前線へ一生懸命キャッチアップを目指していたのだろう。

リピーター付きリストウオッチにも2011年にレディス・ファーストの足跡があって、"レディス・ファースト"は何も昨日今日に始まった事ではなく、パテックの社史に於いて数多くの事例が創業間もない頃から多々見られる。

_DSC0252.png

微妙に締まりのない若干ボケ気味な画像。障害気味の手指のせいにするのか。はたまたこの娘(こ)への愛情不足なのか。不思議なもので惚れ込んだ時計は何故か自画自賛レベルで撮像出来る事が多い。しかも短時間かつ、その殆どがファーストカット。理由は不明にして、今後も判らない予感がする。数十年前のまだまだ我がお尻の青い頃に、ひとめぼれする事しばしあり、間髪置かずファーストコンタクト出来ていれば・・矢沢の永ちゃんの「時間よ~止まれ ♪ 」ではなく、頼むから誰か「時間よ~戻れ ♪ 」としてくれないものか悔やまれてならない。おのれの奥手ゆえならぬ、度胸の無さを棚に上げて・・
脱線復旧、閑話休題、画像話をもう少し。だいぶ前の事だがプロカメラマン某氏に、東京のスタジオで腕時計撮影指南を受けた事がある。この経験で今日まで残っている収穫はニコンの少々ボディの長く重たい愛用マクロレンズのみしかない。その際に何より知りたかったのは鏡面仕上げのインデックスと針を如何にしてブラックアウトさせずに撮る照明技術だった。彼らは一般的にBALKAR社製ストロボを照明機材として単発で、時には複数で使用するのだが、瞬間的に閃光するタイプなので尻の青さとは無関係に素人には付き合えそうな気がしなかった。お昼前の「腹が減っては・・」という微妙な時間帯に訪問したのも反省材料だった。今は知らず、当時は時計を撮らせれば "右に・・" と本人が言う人も空腹には抗えず、指南もそこそこに某氏行きつけの天ぷら屋へ二人して遁走し、もちろん氏の"左側一歩下がって・・"は言うまでもない。うろ覚えながら屋号は『天悦』だったかと。丼から今にもこぼれてしまいそうな大振りな海老やら空飛ぶ絨毯の様な海苔や大葉が見事に盛り上げられた特性天丼の軍門に下る仕業となったのだ。本来の目的とは異なったが、互いに"食"というストロボに於いては大いにシンクロ出来たのだった。旨い物の前で、人は時に諍うが、至福の時間を共有し互いの距離を縮める経験を皆さん誰しもお持ちであろう。美人時計を前にしてか今回の脱線は、アッチこっちへと忙しい。
7150_7150.png
さて、上の画像で具体的に説明すると左側が今回記事で採用した撮像。インデックスの12時の上部辺りが僅かに鏡面仕上げと判らなくもない。光源は馬鹿の一つ覚えなのか、疑似餌釣りの信念針みたいなのか、ともかく被写体の真上いわゆる天から(やっぱり釣りが好きやねん!テンカラってわかる?)の1光源(岩崎アイランプPRS300W)ツケッパのみで10年以上撮り続けている。リューズとクロノグラフプッシュボタンの天辺辺りにハイライトが来て、インデックスと時分針やクロノグラフ秒針には真っ暗にした部屋の黒味が写り込んでいる。右側も同じ設定だが白いレフ板(大層な、ただの余っていたスチレンボードの切れっぱし)で上部からの単光源をほんわかとダイアルに当ててやった撮像。時字("ときじ"と読む、インデックスの事)と針の鏡面は判り易くはなっても全体が白っちゃけて、物凄く薄い乳白色の膜で覆われた様になり、そのままではチョッと使えそうで使えない。時と場合と助っ人の有無によってはこれらを合体し良い所取りして合成画像とする事も有るが、今回はギブアップした。さすがにリューズだけはフォトショ君に押し込んでもらったのが上の上の画像。ストップセコンド(ハック)も無いのになんでリューズを出臍で撮る(上の画像)のか。撮影は通常、仕入の着荷直後、検品前に行う。スタジオとは名ばかりのストック部屋の一角で真空パックをおもむろに開封し、無傷かつ無塵、ゼンマイトルク限りなく"0"状態でリューズを引いて希望時刻付近で若干バックさせる裏技で秒針停止がかなう。自動巻の場合は輸送中に巻上がるトルク除去の為に数時間お寝んねさせる、大半のパテックは手巻ムーブメントでもほんの少しの揺すりで運針する。尚、現行のロレックスは自動巻でも手動巻上げをある程度しないと動き出さない。どっちが良いという話ではなく両社のモノ創りへの姿勢が出ていると思う。仙人の様に悟りも得ず、俗人の我が身には60秒ジャストでの停止はその時々の心の乱れるままにして儘なら無い。プロの様に撮影助手など居ようはずも無く、ひたすら孤独な時間が続く。ああでも無い、こうでも無いとひねくり廻し何度撮り直しても、大抵がしょっぱなのファーストカットの採用が多いのは何故か?往々にして1カットたったの15分程度で一発OK、バッチリ終了、「よっしゃ、次行こうか」が結構有るのがノーチ&アクア。関西人が北海道のニセコや富良野辺りに行って、ひたすらパウダー&ドライな最高級雪質のお陰なのに、おのれの足前が上ったと勘違いするが如しである。サテンベゼルに加えて、ダークかつ無光沢な色遣いを纏ったボーダーとエンボスが、若き日に目にした北の大地の雪の結晶、或いはダイヤモンドダストに見まがえてしまう。
ローカル線は昨今、廃線が相次ぐ。本稿もいよいよ本線に戻らねば。で、7150とのファーストコンタクトは2018年のバーゼルワールドのPPブース。当時は毎年の事で多少マンネリも感じていた春のスイス詣でだった。今、思えば何と貴重で大切な時間だったのか。今年も公式なキャンセル案内は無いが、PPに取って初となるジュネーブ開催となるはずのリアル展示会は恐らく無理だろう。仮に実施されても、行って良いのやら・・「行きはよいよい、帰りはコロナ」では洒落にならない。2018年は確か一人でバーゼル市内のB&Bに逗留し、滞在期間中市内トラム乗り放題の優待チケットでメッセ会場に通って数ブランドの商談をしたり、空き時間は気儘に美術館巡りなどの一人遊びを満喫した年だった。さてさて7150だ。初見の印象はハッキリくっきりしていて「ベゼルにダイヤが無ければメンズで大ヒットしそうなのに・・」と思いつつケースバックばかり見ていた。
_DSC0247_c.png

コチラも少々キレの無い画像。赤い丸2か所は本来はどちらも下側の受けの様にダークに写っている。左上のコラムホイールに被せられた帽子のような偏芯シャポーはレフ板で銀色に写し込んだ別画像を合成している。この2箇所と各マイナスねじの頭は鏡面仕上げになっているので、この様なややこしい事になっている。ま、そんな事はどうでもよろしい。この娘のバックシャンで見惚れて頂きたいのは38mm径ケースぎゅうぎゅうに詰まっているムーブメントの凝縮感である。全くの後付けではなく、ムーブメントが先に有って、パツパツのボンデージな専用ケースが用意されたものである。エンジンとボディのこの上なく幸せなマリアージュとも言えよう。大柄な体格の割に小ぶりかつクラシカルな時計を好む性分なので、38mmは女性も着用可能なメンズであって欲しいサイズだ。昨今、パテックのメンズ・コンプリケーションのバゲットダイヤベゼルモデルはどれもこれも人気が高いが、7150の様なブリリアントであれ、人気のバゲットであれケース表面にダイヤモンド仕様は、この齢になっても何かしらこっぱずかしくてよう着けられまへんのや。愛機5170Pの河島英五の歌のように"目立たぬ~♪"ダイヤインデックスがせいぜいですわ。"時代おくれ"な奴なんですわ。
最近、この珠玉のタイムピースに時代がやっと追いついてきた様な気がしている。"おくれ"とは真逆でデビューが少々早かったのではないかと思えるのだ。お恥ずかしい話ながら、リリース3年目の2021年後半に当店初のご販売をした。それ故の実機撮影成就なのだ。サイズ感に加えて淑女が機械式複雑時計のメカニカルな顔をデザイン的に抵抗なく受け止められる様になってきた。そしてそのスピードは加速してゆくのではと思わせられる。
_DSC0255.png
"菊の御紋?"と見間違うクラシックなプッシャー頭のエングレーブ。勿論、デザインアーカイブは有る。チョッと今すぐ出てこないだけ。絞りを開放値に近づけてリューズとリセットプッシャーのみフォーカスし廻りをほぼボカした。腕にハンディが残っても三脚を使って、レリーズでシャッターを切る置き撮りは何とかこなせる。やはり撮影は楽しい。
_DSC0258.png
デビアス社から提供された最上級ダイヤがセットされた尾錠(美錠とも)。ダイヤベゼルはまだまだともかく、さすがにこのバックルでの男性着用は14mm巾のサイズも含め、一般的とは言えず、そっち系のややこしい話になりそうだ。やはりこの時計は正真正銘の淑女専用機なのだと得心した。
さて、年の初めから長々ダラダラと書きなぐってきたが、本稿は時計そのものの詳細には迫れていない。でも今年はこんな感じでその時計の最もクローズアップしたい部分にフォーカスを当てて紹介してゆけたらと思っている。今回の7150の場合は、ムーブメント先に有りての専用ケースのベターハーフ設計が、生み出した後ろ姿の濃密な凝縮感がまず筆頭である。淑女のためのレディス・ファーストかも知れぬが、機会が有れば紳士諸君にも一見を是非お勧めしたいタイムピースだ。

Ref.7150/250R-001 2018年~
ケース径:38mm ケース厚:10.59mm ラグ×美錠幅:20×14mm 
防水:3気圧
ケースバリエーション:RGのみ 72個のダイヤ付ベゼル(約0.78カラット)
文字盤:シルバー・オパーリン パルスメーター目盛 ゴールド植字ブレゲ数字インデックス
針:18金時分針
ストラップ:ラージ・スクエア手縫いシャイニー・ミンクグレー・アリゲーターストラップ 
バックル:27個のダイヤ(約0.21カラット)付18金ピンバックル
価格:お問い合わせください

Caliber CH 29-535 PS:コラムホイール搭載手巻クロノグラフ・ムーブメント
直径:29.6mm 厚み:5.35mm 部品点数:270個 石数:33個 受け:11枚 
パワーリザーブ:最小65時間(クロノグラフ非作動時)クロノグラフ作動中は58時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:ブレゲ巻上ヒゲ
振動数:28,800振動

文責・撮影:乾

出典
Wristwataches Martin Huber & Alan Banbery
Patek Philippe International Magazine Volume Ⅲ Number 2

追記:1月の下旬にPP公式HPより5711/1R-001、5990/1A-001が蒸発しているのを確認。その時期ネット上に出回っていた真贋不明な生産中止情報と合致していたので、それらの蒸発自体に驚きは無かった。ただ知りうる限り通常2月上旬の正規店への公式通達前に突如雲隠れは経験が無い。前者のノーチ3針RGブレスは予想通りだが、後者のノーチSSトラベルクロノは若干の予感は有っても蒸発タイミングが解せない。なぜなら恐らくと思われるその他の鬼籍入り候補が、渡し賃が心もとないのか"三途の川"を渡れないで公式の川辺に踏み止まっている様だからだ。あくまで私見ながら、まだら模様と表現すればいいのだろうか。ICUあたりで生死の境を彷徨っているのだろうか。それとも公式通達そのものが今年からは無くなって、お願いだからHP見て気づいてネ!というメッセージなのだろうか。まあ、時が来ればわかるだろう。

5711_1a_014.png右手に障害が結構残っているので腕時計の各種操作がままならない。とは言っても自分の時計だけは、何とか無理やり左手も使ったりして時刻調整をしている。特別な箸で食事もゆっくり摂ったりしているわけで全く使えない事も無い。楽しく時に苦労もする実機時計の撮影もたぶん無理なのだろうと思っていたが、退院後取り敢えず愛用時計から試して、どうにか簡単なカットなら時計によっては何とか撮れそうかもとなった。
で、最初がパテック今年最大の話題作ステンレススチール製3針ノーチラスの緑文字盤の実機撮影という幸運から再出発する事になった。撮像の出来栄えは、「あチャ~!」ピントが少々甘かった。しかし小傷がほぼ無い素晴らしい個体コンディションのおかげで結構満足の絵が撮れた。当店直近にお住いのごく親しい顧客様のご愛用品を、ご厚意によって撮影協力頂いた賜物。本当にありがとうございました。ご購入当初は普通に着用されていたらしいが、最近は繁華街とかには着用がためらわれるらしい。そりゃそうだ!2次マーケットをググる度に"驚愕"をこえ"寒気"がしてくる。
ノーチラスはとても撮りやすい時計で助かるが、緑の色目の出方がカメラのモニターでは判然としなかった。幸いPCモニターではまずまずの再現が得られホッとした。ところが原稿を書きながらPP公式サイトの画像と較べると相当に色目の差が有る。だいぶ違う。どちらが正しいのか。いや、これは見え方の差であって、いずれも正しい気がする。公式サイトの画像は思いっきり太陽光が当った感じだ。正式な色名称のオリーブグリーンの表記通りで抹茶系の色目とも言える。しかしながら室内のやや暗めの光源下では今春生産中止になったブラックブルー同様に、非常にダークで若干青味を帯びた複雑かつ色気の或る緑色と化す。残念ながら起稿中の今現在手元には無いので現物の再確認が叶わない。
実はこの原稿を書き始めたのは11月の下旬頃だった。手指のせいで恐ろしく遅筆になった事、11月末頃から12月が思いのほかバタバタした事、しかもありがたい事にその殆どがパテック絡みの商いだった。そんなこんな理由付けも有るのだが、一体何を続けて書けば良いのかネタ切れが書き進められない大きな理由だった。
時計そのものはとうの昔に紹介済み。それ以降での5711がらみの大きなトピックスは、エンジンがCal.324 S Cからストップセコンド機構新規搭載を始め様々な大幅改良がなされたCal.26-330 S Cへ積み換えられた事だろう。この新ムーブメントは2019年新作のウィークリー・カレンダーRef.5212Aのベースキャリバーとして初めて搭載されたもので、これまた昨年度モデル紹介時に詳しく書き込んでいる。さて何を書き綴ればよいものか、思い悩みながらアレコレと言い訳の日々が過ぎ、このまま越年かと思いきや、"5711ラストイヤー"を締めくくるかの様に"GOOD BYE 5711"モデルですか?というティファニー・コラボ170本限定Ref.5711/1A-018などと言うとんでもない物が発表された。さらにその最初の1本がチャリティー目的のオークションとして、12月11日にティファニー本店所在地であるニューヨークで、オークションハウス:フィリップスにより、予想落札価格5万ドルの約130倍650万3500ドル(約7億3489万5500円、1ドル=113.4円、2021年12月11日現在)という驚愕の金額で落札されたのだ。ちなみにwebChronosの12月14日同18日26日の記事が詳しい。
本稿の書き出しは春本番に発表された"これでおしまいのはずだった5711"のグリーンダイアルであったが、実はおしまいでは無く、年末にさらにこれでもかのサプライズ爆弾が仕込まれていた訳で、これについては色々思うところ多々あって、全部なんもかんもひっくるめて5711話を書く事がラストイヤーの年の瀬に相応しいという事になってしまった。

5711_1A_018tf_b.png画像はPHILLIPSサイトのPressページから頂戴した。同サイトをさらに深く見てゆくと同日に限定では無い廃番になったノーマルの5711/1Aのブラック・ブルー(010)とシルバー・ホワイト(011※画像には表示無)もオークションに出品されていた。
20211211PH5711_3.pngnew-old-stockは辞書で新古品とある。いわゆる転売なのだろうが、その辺りの詮索は置いといて、誰が考えても安すぎるEstimateもほっといて、青と白が約28万ドルと約23万ドル(同上円換算、青3200万円弱、白2600万円弱)。また今回冒頭でご紹介の緑(枝番014)も初夏の頃だったかオークション実績の記憶が有って約5400万円だったはず。パテックのリファレンス毎の年産制限数は非公表ながら1,000本程度と想像していて、仮に014が最大の1,000本だとしてもティファニーダブルネーム(同018)170本の6倍には満たない。だが落札額は14倍弱となる。う~ん、直感的には018が高すぎ!と思った無理やり比較だが、チョッと待てよ。所有権が登録されたブランド固有の著名なカラーリングをダイアルに採用している事。さらには一旦これでおしまい?のパテック製品の最終ダブルネームで有る事。それらを考慮してゆくとこれは決して法外な馬鹿騒ぎハイパーインフレ落札では無いのかもしれない気がしてきた。
青(最終枝番010)は2006年~2020年の14年間で仮にフル生産されていれば最大14,000本、同一の考察で白(011)は2012年~2019年の最大7,000本と想像している。この2色は稀少度合いと落札価格が逆転しており、青人気の凄さを裏付けている。その青だが018の80倍以上生産された可能性を考えれば、約3,200万円という落札額がいかに凄まじいかが判る。あくまで個人的な結論ながら、一見信じ難い落札金額のティファニー限定018や、皆が度肝を抜かされた今春の緑014よりもノーマルの青010や白011の方が今現在は資産価値が有りそうにも見える。ただ将来的には稀少性に応じた価格に収れんして行くのではないだろうか。確かに2021年2月の生産中止発表で青010の2次マーケット価格は急上昇した。そりゃ生産打ち止めなので当然ではある。しかしそれにしても他のノーチラス等も含めて、今はあまりにも異常なプレミアが付き過ぎていると思う。間違いなく何かおかしい!
※上記の青・白ノーチラスの金額は、市中の2次マーケット価格は無視している。あくまでティファニーとのダブルネームノーチラスとの比較の為に12月11日落札額を採用した。
しかしそれにしてもパテックとティファニーの久々のコラボ、しかも超人気モデルのフィナーレとしての特別演出は何故なのだろう。確かにティファニーとパテックの蜜月と言うのは半端では無いのは良く解る。創業者の一人であるアントワーヌ・ノルベール・ド・パテックがニューヨークのティファニーを訪れたのが取引き開始3年後の1854年。それぞれの創業から15年、17年しかたっておらず、まだまだ誕生間も無く血気盛んなファウンダー同志が馬が合ってスタートしたパートナーシップだったと想像できる。ティファニーは1870年代には自社ブランドの時計事業をヨーロッパにも拡大すべく、微妙ながらパテック社のお膝元ジュネーブに時計工場を建設するが、わずか4年でこのプロジェクトは頓挫した。パテックはその際にも、その後始末に関わり手を差し伸べている。その名残(駄賃と言うべきか)が、今もジュネーブのパテック本店サロンに鎮座している巨大な金庫である。1900年代前半の米著名時計収集家のヘンリー・グレーブス・ジュニアもティファニーを通じての購入で重厚なコレクションを築いた。
ダブルネームについては昔はロレックス、ヴァシュロンコンスタンタン、オーディマピゲ等の様々な名門時計ブランドも含めて地域一番店等とのダブルネームが普通に有った。それだけ川下の小売店が力強く自らをブランディングしていた時代があったのだ。あぁ、何と羨ましい!今や小売店舗と著名時計ブランドとのダブルネームコラボは、皆無では無いにせよ耳にする事がほぼ無い。そんな背景からしても今回のパテック&ティファニーのコラボの稀少性は大きい訳だ。なぜその発表タイミングに違和感を感じるかと言うと、ティファニーは紆余曲折を経て2021年初めにルイ・ヴィトンを筆頭にした仏高級ブランドのコングロマリットであるLVMHグループに円換算1兆6千億円ほどで完全買収されている
からだ。同グループはウブロ・ゼニス・ブルガリ・タグホイヤー等を擁する一大時計ブランド群も保有しており、我々から見るとパテックの競合先であり、決してお友達の立場とは思えない。買収決定時には、今後のティファニー各店舗内でのパテック商品の取扱いはどうなるのだろう?と思ったほどだ。しかしよくよく考えてみると買収交渉中にはとてもダブルネームを出せる様な友好的買収劇では無く、双方が裁判沙汰に持ち込んだ泥沼仕合だった。
57111a018bigCB.png
HODINKEEの記事によればこのノーチラスの裏蓋のサファイヤクリスタル・バックには両社のパートナーシップを意味する幾つかの刻印がなされていて、その中の"1851-2021"部分の最後の"1"には"LVMH"と隠し文字?まで確認出来る画像が掲載されている。この解釈として同記事は、今後も変わる事の無いティファニーとのパートナーシップの証であるとしている。その通りであれば今後も節目のアニバーサリーイヤーには同様のダブルネームウオッチがリリースされても不思議は無い。でも本当にそんな事になるのだろうか。個人的には凄く違和感があって、今後のダブルネームは簡単には出して欲しくないのが本音だ。だいぶ前にニューヨークのティファニー本店を訪ねパテックの売り場を視察したが、色々な点でガッカリがあった。詳細は省くが他の米国内ティファニー店舗でのパテック販売に関しても興味深いお話を顧客様から聞く事があった。アメリカのリアル小売業全般の問題点の様な気もするが、ティファニーも経営的に大丈夫ですか?感はずっと持っていた。だからLVMHへの移行完了をもってパートナーシップ解消が決定したので、個人的には特別なダブルネームを170年連れ添ったベターハーフへの格別なる慰謝料!としたのだろうと解釈した。ティエリー・スターン社長の大盤振る舞い。スゴイ!と思ったのですが・・
それにしても買収企業名の隠し文字、それも"1"の数字に横書きでは無く、実に不思議な縦書きの4文字が妙に離れて記されているのが、全く隠し文字ではなくてどちらかと言うと妙に目立っている。これではまるで慰謝料の帯封に別れたパートナーの再婚相手のイニシャルを印刷しているようではないか。どうも今後の展開が読めなくなってきて、アレコレ探っていたら米ニュースメディアCNBCにティエリー・スターン社長の動画コメント付きの下記の記事が有った。
『パテック フィリップは、170人の幸運なバイヤーのために時計の「聖杯」を復活させました』
この記事を見て結論として思うのは、5711ティファニー・ブルー限定はダブルではなく限りなくトリプルネームだったのではないか。パテック社は2019年から米市場で正規販売店約160店舗を大胆に見直し、現在(2021/12/26)の公式サイトでは実に65店舗にまで絞り込んでいる。憶測ながらティエリー社長は最近のティファニーに微妙な印象を持っていて、実はアルノー家がファミリービジネスとして展開しているLVMH対して、ラグジュアリーメゾンとしてティファニーを傘下に収めてくれる優秀なホワイトナイトの様な印象を持ったのではないだろうか。もしそうであれば今後もダブルかトリプルかは知らないがコラボモデルの可能性は有るかもしれない。でも全米で95店舗もあるティファニーの内、パテックを扱っているのは今回の限定ダブルネームを売る3店舗(ニューヨーク本店、ビバリーヒルズ、サンフランシスコ)に加えてホノルルのロイヤルハワイアン店のたったの4店舗しかない。一方では大鉈を振いながら、スイス人がこんなに義理堅いとは知らなかった。
いずれにしてもノーチラス5711/1Aは完全に終わりだと確信した。まてよ、RGの3針5711/1Rはまだラインナップに踏み留まっているぞ。しかしもうすぐに年度切り換えの2月だ。生産終了発表もある。個人的な勝手予想は、一旦RGもドロップして数年の冷却期間を空けて、コロナも落ち着いたら後継機種Ref.6711とかが発表されればナァ、とか思う新年の今日この頃でございます。そう気が付けば年が明けての公開となってしまった。本年も長文になりがちな拙ブログですが、どうか宜しくお付き合い下さい。

一応備忘録代わりにスペックも
Ref.5711/1A-014
ケース径:40.0mm(10時ー4時方向) ケース厚:8.3mm
防水:12気圧
ケースバリエーション:SSの他にRG 
文字盤:オリーブグリーン・ソレイユ 夜光付ゴールド植字インデックス
Caliber 26-330 S C
自動巻ムーブメント センターセコンド、日付表示
直径:27mm 厚み:3.30mm 部品点数:212個 石数:30個
※ケーシング径:26.6mm
パワーリザーブ:最低35時間~最大45時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動
ローター:21金ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)

Ref.5711/1A-018
※ティファニー・コラボ限定は文字盤とケースバック・サファイヤクリスタルのみ上記と異なるという事で・・

余談ながら或るお客様からお聞きしたのが、ノーチラス・ティファニーブルーの高額落札を受けて、ロレックスのオイスターパーペチュアルSSのターコイズブルーダイアルの2次マーケット価格が異常に高騰しているというお話。確かに色々ググるとエライ事になっていました。コレはもう全く理由がわかりません。

文責、撮影:乾

今年は11月頭にオンリーウオッチのオークションが過去同様ジュネーブで開催される。オンリーウオッチとは難病であるデュシェンヌ型筋ジストロフィー症におかされた息子を持った父親が、その難病克服研究の資金を賄うべく、2005年以降の奇数年に開催している時計のチャリティーオークションである。各著名(ニッチもあるけど・・)ブランドが、一点物のユニークピースを出品し、落札額の99%がその難病研究プロジェクトに投じられるという一大イベントだ。
パテックはその常連であり、知る限り毎回最高落札額となっていて、貢献度合いNO.1である。ちなみに前回2019年度はグランドマスター・チャイムRef.6300のステンレスバージョンを出品し、2名の落札者が競り合って邦貨換算30数億円という記録的な価格で落札された。ちなみにカタログに掲載される同一モデルのWGはザックリ3億円なので、とんでもないプレミア価格だ。ちなみに今年のオンリーウオッチとしてパテックが用意したのはコチラの伝説的デスククロック。落札予想価格はCHF400,000(123.61円換算で49,444,000円)なので、今回は天井知らずの競り合いにはなり難そうな?玄人向けの選択をしてきた感がある。
そんなことより此処しばらく110円台で動きの少なかったスイスフランに対してえらい円安が進んでいた事にビックリした。現コロナ禍で空前のヒートアップとなっているパテックを筆頭とした高級時計の人気状況と併せて価格改定が有るかもしれない。
閑話休題。オークション向けの特殊モデルを新製品と言えるかは別として、今年の新製品は6月のグランド・コンプリケーションのミニット・リピーター4点迄で終了かと思っていたら、まさかのクロノグラフ3点が先月発表された。さすがに年度末(2022年1月末)まで3ヶ月を切って、さらに今後の新製品発表は無いと思われる。6月の4点についてはあまりにも超絶系だったので記事にしなかった。今回も全て広い意味でのコスメティックチェンジ(既存モデルの派生バージョン)なのでパスしようかと思ったが、1点だけ予想を遥かに上回るお問い合わせを頂いたステンレスモデルについて遅ればせながら雑談風に印象を述べたい。
5905_1A_001_8.png年次カレンダー搭載フライバック・クロノグラフRef5905の初出は2015年だが、2006年に発表されたRef.5960Pのマイナーチェンジを受けた後継機なので、個人的にはもう15年もたったのかという時の流れを感じざるを得ない。特に2014年から2018年迄の短期間に生産された5960/1Aが、最高にプレシャスな素材であるプラチナからパテックのコンプリケーションカテゴリ―では、滅多にラインナップされないステンレスへと驚愕の素材変更コスメチェンジモデルとして印象的で、今回は後釜SSモデルがトレンドカラーの緑を纏ってデジャブの様に再来してきた。これがファーストインプレッションである。
今年のグリーントレンドはチョッとどうしたの?と言うぐらいブランドを問わず多作である。先日、2年ぶりぐらいに大阪市内に買い物に行ったが、アパレルもカーキのオンパレードだった。これは果たしてコロナ禍癒しのヒーリンググリーンなのか。はたまたパンデミックと戦うミリタリーグリーンなのか。当店のイメージカラーもグリーンなのだが、個人的には少しゲップが込み上げてくるホウレン草を食べ過ぎたポパイの心境だ。今回紹介モデルの緑の色目について、良し悪しや好き嫌いの判断はモニターチェックのみなので実機待ちとする。
で、ここから辛口も混ざった個人評価となる。時計そのものはスッキリと言う意味では5905でも良いのだが、スチール素材が持つスポーティーな質感をより際立たせるならパワーリザーブとクロノグラフに同軸12時間計が加わった2針表示を持つ5961の顔で5960/1200A(/1Aは後述のブレス違い理由で使用不可っぽいので)なんぞと言うリファレンスにした方が個人的にはストンと言う感じだ。5905顔はSSにはチョッとエレガントなんですよ。そしてブレスレットが全く同じでは無いのだろうけれど、どう見てもアクアノートのブレスにしか見えない。以前の5960/1A系は5連ブレスで現行モデルではRef.5270/1R5204/1Rに採用されているタイプだった。これら一連の5連ブレス(仕様は微妙に異なっている)は、今回の3連中駒サテン仕上げのスポーティーなアクアノートタイプより、5連フルポリッシュ仕上げと言う点でもずっとエレガントだ。何が言いたいのかと言うと、ステンレスで敢えて5905にするならエレガントに優る5連ポリッシュブレスレットが良かったと思う。でもベストチョイスは5961の顔でオリーブグリーンカラーに3連のアクアノートタイプブレスレットならグッと締まった戦闘的な面構えのステンレスモデルになったのではないかと思う。
5905_1A_001_12.pngしかしである。そんな事はおかまいなしに"鉄"の人気は想像以上で、公式HP発表の1時間後に顧客から最初のお問い合わせ電話が入り、閉店までに追加でお二人、翌日は4人様、そしてその後もTo be continued・・・

今現在パテックとロレックスが共に異常人気である。2次マーケットで見る価格もうなぎのぼりであり尋常では無い。コロナ禍が原因でごく一部の高級な時計と車に、裕福層の行き場を失った手元資金が集中している為だと思われる。それらに共通するのは物として楽しめて、いつになっても資産価値が減らないという安心感だろう。これは勿論"転売ヤー"と呼ばれる人達を論外として、"ロイヤルカスタマー"が保有目的でコレクションする際の普通の心理だと思う。
だが突出している2ブランドには様々な共通点もあるが、決定的に大きな違いがある。それはラインナップの素材構成比率とそれに起因する生産数量が大きく異なっている事だ。ロレックスは年間生産数を公表していないが70万~100万本と世間では推測されている。そしてステンレスの構成比が圧倒的多数で、私見ながら半分以上ではないかと思っている。参考の為、久々にロレックス公式HPを覗いて、ゴールドコレクションの数を見たが28ページもあって凄いリファレンス数で数えるのをあきらめた。SSは一体どうなっているのだろう。5年程前まで当店でもロレックスを販売していたが、物凄くラインナップが膨らんでいる様で驚いた。ロレックスの平均単価が決して安いとは言わないがステンレス主体なので、18金が主体で年産10万本以下のパテックと較べて生産数で稼ぐ必要がある。勿論年商はロレックスが多いのだろうが、この本数を製造し続ければいずれは市場に溢れてくる可能性を感じる。実際、2000年頃と較べて市中での着用者を目にする事が非常に多くなった。
実用時計の王者ロレックスの複雑時計はスカイドゥエラーに搭載される年次カレンダー迄であり、一番人気はデイトナに積まれている自動巻クロノグラフだろう。シンプルな3針カレンダーを始めどのムーブメントも非常に耐久性が高く信頼もおけるが、製造個数が多い為にバリエーションを増やすのが難しく、特に手作業が必須となる超複雑機能時計の製造は困難だろう。パテックは真逆の理由で年産数を大きく増やせない。もし仮にステンレスモデル比率を増やせばゴールドに積むムーブメントが減って、年商に影響が出る事態になりかねない。これが超人気のノーチラスとアクアノートのSSモデルが、需要を大きく下回ってしか供給されない理由なのだろう。
ところで何となくこの新作時計の製造はあまり長くないような気がする。理由はダイアルカラーの特殊性で、例えば赤や黄色の文字盤はブライトリングなど他ブランドで過去に採用実績があるが売れ筋になって長らく継続するという事が無い。緑も数年前から幾つかのブランドで前のめりトレンドとして市場投入されてはいるが絶好調とは言い難い。個人的には定番化する色目では無く、刺し色感の側面が強い様に思う。その意味に於いて今すぐゲットして腕に巻くべき旬のモデルなのだろう。

Ref.5905/1A-001 年次カレンダー搭載フライバック・クロノグラフ

ケース径:42mm ケース厚:14.13mm ラグ×美錠幅:22×16mm 
防水:3気圧
ケースバリエーション:SS
文字盤:オリーブグリーン・ソレイユ ゴールド植字バーインデックス
ブレスレット:ステンレススチール仕様 両観音フォールドオーバークラスプ 

搭載されるキャリバーCal.CH 28-520は、それまで頑なに手巻きの水平クラッチに拘っていたパテックのクロノグラフ史を2006年に塗り替えたエポックメイキングなエンジンである。前年発表の完全自社クロノキャリバーCal.CHR 27-525は確かに最初の100%自社製造ではあったが、それまでの伝統的製造手法でコツコツと工房で少量生産される手作り的エンジンであり、搭載されるタイムピースも商品というより作品と呼ばれるのがふさわしいユニークピースばかりだ。対してCal.CH 28-520は、"シリーズ生産"と呼ばれる或る程度の工場量産をにらんだ商業的エンジンであり、パテック フィリップが新しいクロノグラフの歴史を刻み込むために満を持して誕生させた自信作だ。
パテックの自社クロノキャリバー3兄弟の価格は、その搭載機能や構成部品点数に比例せず、どれだけの手仕事が盛り込まれているかで決定される。金銭感覚抜群で働き者の次男CH 28-520 C(自動巻、垂直クラッチ、フライバック、部品点数327点)、次がクラシックだけどハイカラな3男坊のCH 29-535 PS(手巻き、水平クラッチ、部品点数269点)、そして金に糸目をつけない道楽な長男CHR 27-525 PS(手巻き、水平クラッチ、ラトラパンテ、部品点数252点)の順にお勘定は大変な事になってゆく。
_DSC8380-5905.jpg
上記画像でローターで隠された部分は3枚の受けがあるが、この部分はどの派生キャリバーもほぼ変化が無い。それに対してテンプ左のPPシールの有る受け、さらに左の複雑なレバー類がレイアウトされた空間は派生キャリバー毎にけっこう異なる。必要なミッションに応じて搭載モジュールがダイアル側で単純にチェンジされるだけでなく裏蓋側の基幹ムーブメントへもアレコレと手が入れられている。

Caliber CH 28-520 QA 24H:年次カレンダー機構付きコラムホイール搭載フルローター自動巻フライバック・クロノグラフムーブメント

直径:33mm 厚み:7.68mm 部品点数:402個 石数:37個 受け:14枚 
パワーリザーブ:最低45時間-最長55時間(クロノグラフ作動時とも)
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動
ローター:21金ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より) 

文責:乾
画像提供:パテック フィリップ

追記
リハビリを兼ねて?のPC操作なのでとにかく時間が掛かる。本稿も10月下旬から書き始めて推敲などしている内に公開が、11月も中旬となってしまった。そして公開前にONLY WATCHの落札結果記事を見つけてしまった。今年は最高落札をわざと外しにいったな、と思っていたパテック。でもやっぱり・・見事に裏切ってくれました。なんと落札予想額の19倍の950万スイスフラン(約11億7725万円、1スイスフラン=123.79円、2021年11月9日レート)、他ブランドも軒並み凄まじい落札のオンパレードだった。此処でも時計バブルは顕著なようだ。

ミニット・リピーターを分かり易く単純には言えないが、乱暴強引に言うなら"ゼンマイ仕掛けの物凄く精工なからくり人形か、複雑極まりないオルゴール"辺りになろうか。時計を運針する主ゼンマイとは別のリピーター機構専用のゼンマイを時計左側(9時側)側面に備えられたスライドレバーを慎重に下から上に操作して、現在時刻を高音と低音の二音階の組合せで表現するという代物である。
前編でも触れたが、時(Hour)は低音、四分の一時間(15分・Quarter)は高音と低音の連続音、分(Minute)は高音という構成だ。一番鳴る数が少なくって短いのは1時ジャストで、低音一回のみ。数が多く最長時間を要するのが、12時59分で低音12回・高低連続音3回(打刻数は6回)・高音14回となり総打刻数は32回にもなる。そして18秒以内に32回を打ち終えなくてはならないと言う自社ルールがあり、もったいぶった記事タイトルの言われは此処にある。僅か1分の違いで関東風の一本締め!、はたまた賑やかな三本締めすら上回る大太鼓と小太鼓のチョッとしたマーチングバンド風にすらなる。"地獄と天国"では例えが悪いが、特に人に聴いて貰う際には或る程度以上の鳴り数が欲しいのがオーナーの心理。多くの場合12時50分以降に時刻をセットする事が殆どだ。「シーンと」静まりかえる空間に電子音では絶対に表現不可能な暖かく味の或るアコースティックな2音階のシンフォニーが響いてゆく。そして大抵がアンコールリクエストの喝采を浴びて、ミニットは連続演奏を繰り返す羽目になり易い。しかし時計は運針しているのでクライマックスの12時59分が過ぎてさらに期待感が増せども、「ティン!」休養を要求するかの様な1時のワンゴングでコンサートは閉幕となる。
尚、ミニット・リピーター機構の保護の為に演奏と演奏の間には必ず30秒以上の休養のインターバルを取らなければならない。さらに言えば30秒のレストを遵守しても頻繁(どの程度か決まりは無いが・・)に鳴らし過ぎるのはご法度だ。日本の実例で納品初日に嬉しさのあまり演奏を繰り返しすぎて、ドック入りになったケースも有ったと聞いた。でも、その気持ちは実に良く解るナァ。
特に今回納品した5178G-001等は見た目が普通の時計過ぎるので、想像を超えた深淵なるシンフォニーを奏でるという意外性をついつい披露したくなる。痛いほど、そのお気持ち理解できる。でもストラディバリウスも一日中休みなしにこき使われてはご機嫌斜めになりかねない。ほどほどに節度を持って、グッと我慢してこらえて頂きたい。

さて同一の職人が手作りする木製のヴァイオリンの音色が全て微妙に異なる様に、素材が金属であっても同一品番のミニットも同じ音色にはまずならない。同じ18金ケース同士であってもイエロー・ローズ・ホワイトで微妙に音は異なるし、プラチナは誰が聞いても硬い音質となる。でもティエリー社長はプラチナを好んでいるし、フィリップ名誉会長は18金ローズゴールドがお好みで、結局のところ全ての個体で音は異なり、それは好みの世界となるが、購入に際して複数の個体を聴き比べて選ぶという事は出来ない。その為に全個体に対して非常に厳しいレベルでのティエリー・スターン社長の試聴テストがなされている訳だ。自身の視聴経験に限って言えば「これはチョッと・・」と言う個体は皆無で、複数モデルを同時に聴き比べる際に、ケースが小ぶりな婦人用なのに音量が豊かでビックリと言う様な意外性などはあっても、良し悪しと言う様なレベルで悩む様な個体はそもそも無く、あくまでも好みの強弱がどの位かだと思う。しかし、それも複数個のミニットを所有し試聴歴をかなり積んだ方という前提で有って、パテックのミニットを初めて購入する際に当てが外れて落胆し、後悔する事などあり得ない様に思う。尚、パテック公式HP内カタログページ下部の"チャイムを聴く"からネット経由で(なんちゃって)試聴も可能である。
なにゆえにパテックのミニット・リピーターがそれほど優秀なのか。それは前編でも触れた1900年代後半の極僅かの期間を例外として、創業当初から途切れる事なくミニット・リピーターを製造し続けてきた唯一と言ってよいヒストリーを持つブランドという事がベースになっている。その基盤の上に1980年代から現名誉会長フィリップ・スターンの大英断によって現代的な技術の開発や音質の管理手法の採用などを積み重ねる事で、他ブランドを寄せ付けない今日の重厚かつ孤高なミニット・リピーター王国が着実に作られた。

その技術革新の一例を挙げると、遠心ガバナーの開発採用がある。現代ミニット初号機であるキャリバー 89以前の従来型ミニット最大の課題をパテックは、リピーター打刻時にゴングの制御装置が発生する雑音に有るとした。想像して頂ける酷似音としては、現在でも一部のブランドで製造されているアラームウオッチの音である。具体的にはジャガー・ルクルトのメモボックスであり、歴代アメリカ大統領が好んだという逸話(具体的にどなたが愛用したかは未調査)の有るレビュー・トーメン(バルカンとのブランド名称も有ったりしたような・・)のクリケット(コオロギの英名)等がある。テキスト本によれば19世紀末に特許申請された無音の制御装置があり低知名度ブランドが低価格ミニットに採用していたが、装置自体がかさ張るという致命的な欠点があって、著名な高級ブランドでは採用される事が無かった。その為に長きに渡り、オークションに出品される無音のミニットは疑いの目で見られると言う奇妙な状況が有ったが、新機軸の無音化装置"遠心ガバナー"を搭載したミニット・リピーターの初出であったキャリバー 89が、1989年にその奇妙な概念を覆した。

ミニット・リピーター機構の説明が難解なのと同様に遠心ガバナーの説明も難しい。正直に言えば、完全に理解できていないのが本音だ。言えるのはゼンマイのパワーでゴングを叩くハンマーの打つ間隔をゼンマイトルクの減衰に関わらず一定に保つ無音の制御機構である。

6301P_001_13.jpg上画像は2020年新作のRef.6301Pの画像を参考に拝借、右側の2つのおたまじゃくしが追いかけっこしているようなのが遠心ガバナー。従来のミニット・リピーターではカラトラバ十字の装飾で隠されていたが、この最新作では存分にその動きを見ることができる。
(個人的には微妙と思いながらも)判り易い例としてはフィギュアスケートのスピンの演技が挙げられる。スピンの最初にスケーターは両手を優雅に伸ばしてゆったりと回転を始めるが、徐々に両腕が折り畳まれるにつれて回転速度が上がってゆく。最後はチョッピリ可哀そうな程に窮屈に両腕を体に密着させたり、頭の真上でこれでもかと密着させて突き上げ体をともかく棒状にする事で、常人なら目が廻って転倒確実な駒廻しさながらの高速回転に加速して行くがなぜかニッコリと微笑んで突如ピタリとストップしスピン演技は終了する。全スケーターが微笑むかは知らない。羽生結弦選手がどうかも知らない。しかし間違いなく一度もサボらず浅田真央ちゃんは微笑んでくれた。見る側からは最高回転時にパワフルさを感じるが、実際には緩やかにスピンし始める時の回転トルクが最大であり、その後にスケーター自身は追加のトルクを加える事は不可能なので、氷と空気の摩擦で減ずる回転トルクを両腕を縮める事で回転中心軸にウェイトを集中させ慣性モーメントを減らして回転速度を調達している仕組みなのだ。だから縮め切って回転が落ち始める直前に"ニコッ、パッ!と"急ブレーキを掛けるわけだ。う~ん、書いていてやっぱり判り易いとは言えず難解ではある。ええぃ!ともかく作動中のミニット・リピーターの中では浅田真央ちゃんや羽生結弦選手がともかく頑張ってスピンをしまくっているので、くれぐれも無理をさせずに労わってやって欲しいわけですョ。

パテックが購入者に出荷する全てのミニットのサウンドは単に録音されるだけでは無く、様々な観点から計測され記録される。或るものは数値化されて記録される。このサウンドデーターの保存は、分解掃除等のメンテナンス目的でスイス・パテック社にドック入りした際に初出荷時のリピーター音を出来うる限り忠実に再現する為に必要不可欠な工程となっている。
この随分と科学的な手法も現代版ミニット・リピーターの開発設計が進められた1980年代にローザンヌ連邦工科大学(スイスの全時計ブランド御用達ではないかと思われるほど他との協業を聞かない)との共同研究の成果であり、ずっと以前(1960年代より前)のコオロギが頑張っていたアンティークな個体には音の再現性は求めようもない。しかし、ティエリーが19歳でパテックに入社したばかりの頃からミニット・リピーターの試聴訓練はフィリップから相伝され始め、一人前となってからは親子で、そして今現在はティエリー・スターン社長がその任を背負っている。この出荷前試聴テスト自体も科学的な音の管理手法の進化と共にブラッシュアップしている様で、しっかり科学的なふるいにパスした個体のみ試聴すれば良いという事なのだろう。但し、最も重要なのは科学的なサポートは1989年以降の現代的な生産に多大に寄与してきたのは確かだが、その微妙に過ぎる音色を調整出来るのは経験豊かな一握りの職人の耳と手の技で有って将来もロボットが取って代わる事は無さそうだし、どこまでも最終判定はアナログな人間の耳によって良否が決定され続けてゆくのだろう。否、それ以外に決定方法は無いという事だろう。パテックがミニットに於いて大切にしているのが"ぬくもりのある音"だが、確かにぬくもりを創り出したり判定するのは機械には不可能だろう。

5178G_001_2.jpg

さてテキスト本からの抜粋ダイジェストのつもりで書き始めた本稿だが、覚悟していた奥深さの質・量ともに半端ではない。例えばスライドピースの操作感一つとってもスターンファミリーが理想にしている"バターを切る様な柔らかさ"とはポルシェのマニュアルシフトフィールで有名な"バターにナイフ!"との共鳴を感じ、一流は一流と相通じるのだなァ。という具合にアレを書けば次にコレにも触れずにはおられず、正直際限が無い。もっと言えばテキスト本でさえもミニットの全てを書き切れているわけでは無いだろう。知れば知るほど底なしの井戸の様に興味が湧き、魅了される時計を超えた存在。それがパテックのミニット・リピーターだと言う事を書き進む程に知らされた。到底この交響曲は第二楽章では終わりそうに無く『未完成』へとタイトル変更止む無しとなりそうだ。すみません。やっぱりこれ以上はMinute Repeaterをご一読いただくのをお勧めいたします。かと言って読み切るのは案外簡単で、面白いゆえに疲れも無いと言う何とも不思議な書物です。でも深い・・

なんでこんなにミニット・リピーターは解説困難なのだろう。きっとそれは単なる時計という時を正確に刻めば良いという世界だけでは無く、音楽同様に音の芸術域に立ち入って行かねばならないからだろう。似た経験はレア・ハンドクラフトの一つエナメル装飾でも感じた絵画同様のアート領域の説明が困難を極めたのと同質だ。ただ必要な時を音で知らせるだけなら確かに時計の延長でしかないが、芸術的な音そのものを主役として聴き取る楽しみが主目的となっているリピーター系鳴り物は、レア・ハンドクラフトとひっくるめてタイムピースと呼ぶよりアートピースと呼ぶのが相応しいと思う。そう考えればゴッホやフェルメール、琳派や北斎を文字で表現説明する事と同じく無理がありそうな事に納得できる。

自らは手の届かぬ憧れのグランド・コンプリケーションであるミニットの実機納品が起稿動機なので本来はRef.5178そのものをもっとクローズアップせねばならないが、やはり実際に納品立ち合いが出来ず、撮影は勿論、触れる事すら叶わなかった為なのか、詳細が書けません。不器用な事この上ない。ご勘弁。ご容赦。本稿は単なるPPミニットの触りになってしまった。でも、そんなに遠く無いいつの日か奈良でご対面する事が出来れば、『再挑戦、実機編5178G』有るかなァ。一応スペックだけはいつも通りに・・

Ref.5178G-001
ケース径:40mm ケース厚:10.53mm 防水:非防水(湿気・埃にのみ対処)
ケースバリエーション:WG
文字盤:クリーム色七宝文字盤、ゴールド植字ブレゲ数字
裏蓋:サファイヤクリスタル・バックと通常のケースバックが共に付属
ストラップ:ブリリアント・チョコレート・ブラウンのハンドステッチ・アリゲーター・バンド
バックル:折り畳み式バックル
価格:お問い合わせください

Caliber R 27 PS
直径:28mm 厚み:5.05mm 部品点数:342個 石数:39個
パワーリザーブ:最小43時間~最大48時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:21,600振動
ローター:22金偏心マイクロローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)

文責:乾 画像:パテック フィリップ
『Minute Repeater』Jean Philippe Arm, Tomas Lips 共著 2012年『邦題:ミニット・リピーター』小金井良夫 翻訳

本人にその気が無くとも、毎回あたかも時計やパテックのオーソリティーのごとく書き連ねているブログ。しかし何度もお断りしているが、いずれについても生まれ落ちた"家業"という縁もあって、三十路を過ぎてから聞きかじりと読みかじりで知識の断片をアレやコレやツギハギをしてようやく何とか起稿しているに過ぎない。画像だけは下手の横好きで思いっきり自己流の撮影でオリジナリティを加味してきたが、今春からは己の不徳の致すところでソレも儘ならない状況となってしまった。"カンヌキ、オシドリ、鼓クルマ、ガンギ、遊星車・・・"なんぞと言う機械式時計ムーブメントの様々な部品名称も知ってはいるが、その働きとポジショニングは、怪しい限りであって時計師との会話はネイティブとは程遠い。当店(株式法人なので当社?)の創業者祖父も継承者実父も商いの人であって技術は齧る事すら無かった。しかしその祖父の配偶者であった祖母の末弟(私の大叔父)は時計師の道を歩み、戦前大阪市内に有った祖父の時計屋(個人商店時代)の彩光の良い最上階で活躍するスイス風に言えばキャビノチェだった。この人は、当時の超高級品である腕時計をアッセンブルする実にハイカラな職人であった。最晩年は何のえにしか当店至近で独り住まいをされ数年前に90歳近くで他界された。その引退生活ぶりが独居老人の寂寥感とは無縁で"孤高の孤独"を日々見事にお洒落に楽しみ、縁深き筋からの依頼であれば分解掃除を80歳過ぎまで引き受けておられた。お連れ合いを早くに亡くされたが、ご子息等の誘いにも甘えず・・正にダンディズムがかくしゃくと歩いていると言った風で、男やもめの人生終盤は斯くあるべし!と思わずにいられぬ憧憬すべき血縁者だった。今思えばご自宅の工房で分解掃除のイロハをなぜ手ほどきして貰わなかったのか、心残りでならない。
何でこんな個人的な昔話を持ち出したのかと言うと、前回記事までの今年の新製品紹介を一旦中断して、ずっと引っかかっていた今春納品をした当店初の超複雑タイムピースの紹介を先にしたくなったからである。タイトルからもお分かりのように今回は機械式時計の頂点のひとつであるミニット・リピーターの納品実績を踏まえた紹介となる。いわゆる音鳴り系時計の仕組みを完璧にわかりやすく説明をすると言うのは至難の業である。これは複雑機械式時計に精通したトップ技術者であってもその難しさは同じであろう。にも関わらず時計技術者の端くれでもない自分が、後述するテキストに全面的に頼りながら書き進める事を冒頭にお断りすべきだと思ったからである。それにしてもいつもながら長文の前触れになってしまった。

ミニット・リピーターが機械式時計の頂点の一つで有る事は論を待たないが、唯一無二で有るか否か?については、好き嫌い?も含めて諸説有りそうだ。個人的な立ち位置からの購入可能性の有無確認をする以前に、価格的に購入検討の限度額を潔くかつ即決で諦めがつくレベルで超越している為に妙な安心感?が有る。しかし販売に関しては「いつの日にかきっと・・」という"夢"では無く、あくまで"目標"と定めていた。パテック取り扱い開始から5年弱で受注し1年と少しで入荷納品。勿論、購入履歴等々の発注ハードルは存在するし、納期も今回は比較的早目かと思われる。しかしその受注プロセスの詳細は、判り易く明確なものでは無い。非常に極端な言い方をすれば、発注は可能で有ってもスイスパテック社が受注出来るか否かが我々は勿論、パテック フィリップ ジャパンにも決定権は無い。但し、過去の経験的に絶対に無理そうな注文(極端な例としてご購入履歴が無いとか)は当店では独自の判断でお受けしていない。ヒョットしたらイケるかも以上で取り敢えず発注を出すも「残念ですが・・」もしくは運が良くても「キャンセル待ち」と成ることが多い。キャンセル待ちとは、今現在の生産枠では見通しが立たないがスイス本社の受注待ちリスト末尾に記録され、文字通りキャンセルが出るか、先約者の納品が進んで、生産枠に見通しが立てば正式受注に移行する可能性があると理解している。尚、正式受注となった場合は目安としてのザックリした納期が提示される。以上がミニット・リピーター発注購入の基本的な流れとなるが、後述する様に年間の生産数が非常に少なく、経営トップ自ら(ティエリー社長)の出荷検品の厳しさが有り、いわゆるシリーズ生産とは全く異なる次元のプロセスを経る為に、納期も価格(日々変動する為替レートや原材料価格の為)も予定と未定が常にスムージー状態で有る。
でも、我々の「いつの日にかきっと・・」は何処までも販売に関してだが、皆様には発注購入を「いつかはきっと・・」として頂きたい。特殊で好き嫌いも有るけれども、腕時計蒐集を生涯の嗜みとされるのであれば、最高峰時計ブランドである"パテックのミニット"所有はこれ以上は無いチャレンジングで判り易い"目標"では無かろうか。ただし登山家に於けるエベレスト登頂が一応"上がり"でもうそれ以上となると、難度の高い未登攀ルートであったり無酸素単独行登山と言う様な冒険的山行になるが、時計蒐集に於いてのミニット・リピーターは少し違う様に最近は思っている。その"最近"とは立ち会えては居なかったが、今春に初ミニットを納品してからだ。いや、さらに想い起こせば一年以上前の受注時は現場で担当販売員として様々な見聞きを自ら体験したからかも知れない。誤解をしっかりと恐れて(恐れずはとても無理)言えば「最初のミニットはこのあたりにしておこうか」ぐらいの感覚を普通に持てる蒐集家の為にミニット・リピーターというコレクションは存在するという様な感覚か。現行ミニットのスターティングプライスモデルはRef.5078でザックリと言っても税込4,500万円程度はする。ちなみにミニットの様なパテックの時価(POR;Price on request)モデルは、驚くなかれ実はバーゲンプライスなのである。詳細はご勘弁頂くが、価格設定が定価モデルと異なって、実は商売上の旨味はあまり無い。仮に定価設定がなされた場合は為替リスク等回避からさらに高額になるだろう。まあ分母となる金額が金額なので其れなりのプロフィットは勿論有るが、儲け以上にPORを販売出来た事の達成感や満足感が個人的にはずっと大きい。念の為に言えばPORは決して販売店では無く、作り手の事情故に取らざるを得ない価格システムなのである。ちなみに最終の販売価格は、スイスでの製品出荷準備完了時の為替などにより決定される。また販売店への納品も定価モデルと異なり、配送では無く納品時の初期不良を確認出来るPPJスタッフが持参して立ち会う事になっている。今回はコロナ禍という特殊事情とお客様都合も有って、当店スタッフが上京し東京のPPJオフィスにて製品確認後にご納品という形を取らせて貰った。

5178G_5078G_a.png

冒頭で前述した様に納品実機に触れる事も、見る事さえして居ないので、具体的な時計の紹介は実に書き難いのだが今回納品した当該モデルは、Ref.5178G−001。ミニット・リピーター機能のみを単独で搭載するシンプルウォッチで有る事に加えて、好き嫌いは別にして現行ミニット・リピーターコレクションで唯一のカセドラル・ゴング(後述)を採用した"鳴り"の解り易さを最も追求しているモデルだ。文字盤のクリームがかった優しい色目の本七宝仕上げについては、何らかの音質的影響を与えているかもしれないが、プラス要因になっているという事は無いと思われる。このモデルにはRef.5078という一回り小さくクラシック・ゴング(後述)を搭載した弟的なモデルがあって、現行のミニットコレクションでは価格的にエントリーモデルとなる。この兄弟モデルの違いは、ハンマー(撞木)で打たれるゴング(鐘)の違いだけと言っても良く、5178のカセドラルが5078のクラシックタイプの倍(一重と二重の差)の長さが有り、打音の際に独特な残響(音の余韻)を奏でる。日常的にミニットを試聴するパテック社オーナーのフィリップ、ティエリー父子はクラシック・ゴングが好みの様だが、次回はいつ聴けることやらという凡人の身にとっては、独僧が突く小振りで著名な鐘の音色が如何に素晴らしくとも、17名もの僧侶が盛大に突く豪快な知恩院の巨大な梵鐘の方が、年にたった一度ゆえに感動を覚え易いのだ。このクラスの時計についてコスパを論ずる意味は不明だが、5178はミニットとしてはエントリープライスゾーンに有りながら、判り易い感動的なカセドラル・ゴングを堪能出来、さらには複合機能が付加されていない為に音質的には価格的上級機種をほぼ確実に上回るはずで有る。絶対に上回ると断定出来ないのは、試聴経験の質と量が残念ながら少な過ぎるからと、併載される複雑機構によってケース内の部品密度が増しても絶対に音質低下要因に成るとは言い切れない(たぶん?)からだ。という事で5178はミニット受注初心者"乾"が購入検討中の皆様に自信を持ってお勧めしたいコスパ抜群(普通にマンション買えそうですが・・)のミニット・リピーター入門機である。
さて、ミニット・リピーターの歴史的やら機械的な紹介を何処までするかは実に悩ましい。でも、たった一行で済ませると言う手品も有る。
『Minute Repeater』Jean Philippe Arm, Tomas Lips 共著 2012年『邦題:ミニット・リピーター』小金井良夫 翻訳

20210820181621817_0001.pngこの本は名著です。ミニット・リピーターに少しでも興味のある方には是非ともご一読をお薦めしたい。個人的には十読はいかないが五読以上はしている。当店2階PPコーナー奥の書棚にその蔵書は有るのだが、日本の多湿な気候に滅法弱い合皮素材の装丁はもうボロボロだ。パテックは多数の書籍を発行しているが、何回読んでもこの本は最高に面白い一冊で、何より読み易い。本の後半半分強は年表や主要モデルが掲載された資料部分だが、前半は現名誉会長フィリップと現社長ティエリー両者へのインタビュースタイルの読み物となっている。何度でも読めるし、その度毎に発見がある。とても平易な文章なのにミニットへの興味が尽きる事無く湧き出てくる何とも不思議な文献なのだ。尚、当店では時計在庫は無理なので、この名著の在庫だけは店頭にご用意し、税込9,468円で販売している。尚、お近くの正規販売店経由でも購入相談は可能だろう。

以上で一般論は終わって実機紹介に進んでも良いのだけれど、思いっきり端折ってヒストリーとメカニズムを一応紹介。リピーター機構そのものの歴史は相当古く17世紀末迄遡る。その詳細は省くが、当初用いられていた青銅の鐘では無い現在の様な細長い環状のゴングで小型化と同時に音量の確保を実現したのは、かの有名なアブラアン・ルイ・ブレゲである。時計という山はどのルートから登っても何処かでほとんどこの"ブレゲ尾根"ルートをたどる事になり、改めてその偉大な足跡に脱帽するしか無い。また19世紀末迄のミニットはほぼ懐中時計であったが、オーソドックスな2ゴング仕様の場合、時を低音、クォーターを高低音の組合せ、最後の分は高音と言う表現手法が、不文律として腕時計主流の現代まで受け継がれている事。この2点に関しては個人的に驚異的な事だと思っている。そしてパテックに顧客リストが残る最初のリピーター(15分打刻の懐中時計で、他社エボーシュ仕上げ)が製作・販売されたのは創業年1839年9月と非常に早い。同年5月の創業後19個目の時計とある。初のミニット・リピーターの完成は1845年。同年にはグランドソヌリとプティットソヌリ搭載懐中時計も早々と製作された。その後の60年間で懐中時計としてのリピーターには永久カレンダーを始め様々な複雑機構が組み込まれ熟成発展した。腕時計搭載化の萌芽も早く、1896年にはミニット・リピーター搭載の婦人用ペンダント・ウォッチを製作できるまでムーブメント小型化に成功していた。1906年からは当時北米での重要得意先であったティファニーへの完成ムーブメントでの供給がなされ、1925年からはパテックブランドとして定番コレクション化がなされた。チョッと待てよ!1916年に婦人用ながらパテック社によるプラチナ製ケース&ブレス完成品リピーター腕時計・・我々パテック販売員には割と良く刷り込まれた?逸話が抜けているが、この有名な腕時計は5分リピーターであって、ミニット・リピーターでは無いのでお間違いなく。また定番化の1年前の1924年にはクルーズコントロールの発明(1945年)で知られた盲目の米国人エンジニア"ラルフR.・ティートゥー"の注文によりプラチナ製クッションケースのミニット・リピーターが製作され、翌年1925年に販売されている。現在この個体はパテック フィリップ・ミュージアムに所蔵されている。このラルフ何某氏はWikipediaでも探せぬ無名の人だが、皆様がクルーズコントロールのお世話になる際には憧れのミニットに想いを馳せるのも一興ではなかろうか。この頃から1960年以前(書籍中程の年表では1958年のRef.2524/2と2534迄)はパテック社のみならずミニット・リピーターは数ブランドで製作されていた。この中には永久カレンダー等との複合コンプリケーション・ウォッチの製作実績も有るが、腕時計として複合機能ミニットは極めてまれであった。ただ懐中時計におけるリピーターウォッチでの複雑機能のてんこ盛り化は1900年台前半に進み、パテックに於いてはスターン兄弟が経営権継承後の1933年に米国人著名コレクターのヘンリー・グレーブス・ジュニアに納入した通称"グレーブス・ウォッチ"(1999年に当時のオークションレコードの1,600万強スイスフランで落札記録有り)に昇華・代表される。

HGJ_pocket_W.png

ただ現代も含めてミニット・リピーターはどの時代にも生産数は非常に少ない。そして「灯りのない時代には・・」とか「オペラやコンサートの会場は暗くて・・」とか「ああだ!、こうだ!、こんな説もあるぞ・・」と散々リピーター誕生秘話は数々有るのだけれど、あくまでも個人的にはどれもこれもが、眉唾或いはこじ付けっぽくって、きっと最初はオタクっぽい天才時計職人が、かつて実用時計の代表であった教会の鐘の音を何とか携帯出来ないものかという崇高かつ壮大な遊び心をときめかせ、それに膝を打ったどこぞのパトロンがバックアップして・・辺りのシナリオを疑って本稿をしたためている。

さて、前述の年表では1958年から24年後の1982年Ref.3615迄ミニット・リピーターの製作は途切れている。ほぼ真ん中の1969年にはSEIKOが世界初のクォーツ市販モデルが発表され、複雑な機械式時計がお呼びで無いどころか、スイスの名門時計ブランドの存続が危うくなり、破綻や売却が相次いだスイス機械式時計の大暗黒時代だった。勿論、パテック社もその影響を受けたが、1968年には当時トレンドであった薄型時計のゴールデン・エリプス。そして1976年には現代に続く画期的で全く新しい腕時計コンセプト"ラグジュアリー・スポーツ"の金字塔ノーチラスシリーズを開発リリース。相次ぐヒットモデルが独立したファミリービジネスの牙城を守った。

そして、時代は1980年台。主役はフィリップ・スターン現名誉会長(1993年社長就任ながらも当時既に実質的経営トップ)。1970年台に瞬く間に大量生産で低価格化が進んだクォーツ・ウォッチは大衆の実用的な生活必需品として広く普及した。さらに日常使いの腕時計の主要素材もそれまでの18金やプラチナ等のプレシャスメタルから安価で丈夫なステンレスへと置き換わった。その一方で死に絶えてしまうかと思われた職人技に裏打ちされた複雑機能や美術工芸品的な希少性のある高級なタイムピース需要の復権の萌芽を、フィリップは世界の各市場から嗅ぎ取っていた。彼は先ずパテック社に運良くストックされていたミニット・リピーターのエボーシュ(ベースムーブメント)を当時まだ現役だった修復部門の時計師達に託し、過去の技術保全をはかった。と同時にその修復技術の継承と同時並行で将来のより近代的な複雑時計製作の為の設計・開発部門を隣接して開設した。前者のレストアのスペシャリスト達はフィリップ・スターンの為にパテック最後のジュー渓谷エボーシュによる伝統的製作手法による最期の2つのミニット・リピーターを組み上げた。そして後者新規部門は来るべきブランド創業150周年を記念し、世界一複雑な時計はどちら?とされた1900年パリ万博に出品された《ルロワ01》とパテック社が1933年グレーブス・ジュニアに販売した"グレーブス・ウォッチ"両者の頂上対決に決着をつける目的でキャリバー89と言う、とてつも無いポケットウォッチが開発・製作された。150周年の記念限定モデルの詳細は省くが、キャリバー89の複雑機能と新規開発された製作ノウハウを踏まえ同時発表されたミニット・リピーター2モデル(Ref.3974,3979)は、その後の今日に連なる現代的ミニット隆盛の原器として重要な足跡を残した。非常にわかり良い例をあげると、それまでのミニットのキャリバーに固有名称は無く、単に13```(リーニュ)とサイズ表示でしか無かった。ジュー渓谷からの供給エボーシュの宿命なのだろう。しかしキャリバー89以降の自社開発の再現性を重視した現代ミニットのキャリバーはR 27を命名始祖として、次にR TO 27・・と一連の合理的名称発展化を辿ってゆく。その後2000年迄はシンプル又は永久カレンダーとの複合モデルがリリースされた。ミレニアムイヤーの2000年には懐中時計のスターキャリバー2000が5ゴングでのウェストミンスター・チャイムを実現し、腕時計では2001年に当時最高に複雑なダブルフェース・ウォッチのスカイムーン・トゥールビヨンRef.5002に初のカセドラルゴングを搭載して発表した。

5002_5175_6300_c.png

今現在に於ける最高に複雑なミニット機能付き腕時計はブランド創業175周年発表のRef.5175(現行カタログRef.6300)である。1989年以降のパテックのミニットコレクション説明は割愛するが、次回にダイジェストで紹介予定の時計機構と合わせて、それらの全貌を知れば知る程にパテック社のミニット・リピーターが他ブランドと比較すべき対象とは言い難い全く別次元の世界観を形成している事を思い知らされる。まあ、何度もでしつこい様ですが詳しくは名著"Minute Repeater"をぜひご覧ください。

本稿は、複数回にするつもりは全く無かった。ミニット・リピーターの歴史もごくアッサリとなぞるだけのつもりが、いつもの悪い癖で書き出せば、アレもコレもと書かずにおられず、何とも自身の断捨離下手を露呈するばかりの長文になってしまった。結局、時計機構そのものと起稿のキッカケであったRef.5178の詳細については次回とさせて頂く事になってしまった。お赦しアレ!
その結果、タイトル中の"18秒"は時計機構に関わる話題なので、内容説明が後日のお楽しみとなり「一体何の事やねん!」となってしまった。でも「そんな事は聞かなくても知っていますョ」と言うお方は、既にかなりのミニット通でいらっしゃいますね。

文責:乾

画像:パテック フィリップ

『Minute Repeater』Jean Philippe Arm, Tomas Lips 共著 2012年『邦題:ミニット・リピーター』小金井良夫 翻訳

前回記事で本年度新製品発表は月刊誌状態?とした。確かに毎月のお楽しみには違い無いが、発刊日が決まっている定期刊行物ではないのでもう頭の中は、もうゴチャゴチャのおもちゃ箱状態である。ともかく備忘録として時系列に発表モデル内容を確認・記録しておこう。

4月7日ウォッチーズ&ワンダーズ初日:ノーチラス4型 5711/1A-014 5711/1300A-001 5990/1R-001 7118/1450R-001

4月12日ウォッチーズ&ワンダーズ最終日:カラトラバ2型6119R-001 6119G-001、永久カレンダー1型5236P-001、年次カレンダー1型4947/1A-001

5月27日:アクアノート7型5968G-001,010 5267/200A-001,010,011 5268/200R-001 5269/200R-001

6月16日:ミニット・リピーター4型5304/301R-001 5374G-001 6002R-001 7040/250G-001、その他2型5738/51G-001 7118/1450G-001 2021年レアハンド・クラフト多品種かつ極少数

今回は発表から随分と日が経ってしまったアクアノートの新作を考察するつもりだが、その前に発表済みの新作モデルの内容を少し分析してみたい。上記の発表済新製品はレア・ハンドクラフトを除けば21型で、その内2型のノーチラスはほぼ限定なのでいわゆる定番ニューモデルは19型となる。内訳はメンズ9型でレディスは10型、分類ではグランドコンプリケーション5型にコンプリケーション1型、カラトラバ2型、エリプス1モデルでノーチラス3型のアクアノート7モデルとなる。今後の追加発表は不明ながら、昨年の少な過ぎる発表も考え合わせるとやはり少なめで、やや偏った構成に思える。でも何となく今年はこれで一旦おしまいの様な気がする。まあ新型コロナ・パンデミックの世界情勢と各エリアの景況の推移による特別な隠し玉は有っても、パテックに於いての普通?の時計はもう無さそうな気がする。まあ此処は、ゆっくりと腰を落ち着けてWEBによる情報だけでアクアノートの新作を見てゆこう。

2019年に一旦姿を消したアクアノート・ルーチェは絶対に復活すると信じていた。コレは見事な当たりくじかと思ったら、SSはまさかのクォーツ再登板と3.2mmもの大口径化での38.8mm径(10時-4時)と言うサイズアップは全くの予想外。おみくじで言えば吉は吉でも"末吉"レベルか。さてアクアノートは1997年にメンズモデルが僅か35.6mm径でデビューしている。翌1998年には裏スケやらクォーツやらレディスとか一気にバリエーションを増やした際に、当時としては大振りなラージサイズモデルで、今日で有れば"ジャンボ"と称されたであろうケース径が38.8mmのRef.5065Aがリリースされ、2007年迄アクアノートの最大モデルとして君臨した。正確には2009年迄は後継機種Ref.5165が同サイズで生産継続された。しかしメンズのメインモデルは2007年に第二世代へとフルモデルチェンジし現行のRef.5167(40.8mm径)へ移行した。

aqua_c.png

上段メンズの5167のみホワイトでの展開が無いので黒いがダイヤルのエンボスパターンを比較されたし。画像が少々不鮮明なのはご容赦。エンボスの出っ張っている部分を畑の畝とすればその畝間の溝が狭いか広いか、下段3点のレディスは初代からの少し幅広ファニーな"おかめ顔"を受け継いでいるが、根強い人気が有って個人的にもいつの間にかふくよかな初代エンボス(そりゃ福娘ですから・・)にすっかりしてやられているわけですヨ!

5267_200A_010_9.jpg

サイズやらメンズアクアの生い立ち、はたまた福娘の登場やらで脱線気味だが、この様な生い立ち故に個人的には38.8mmサイズのレディスは何とも衝撃的だった。さらに今回のニューアクアノート・ルーチェRef.5267は、品番的には先代の5067の後継機種なのだがサイズ以外にも違いが有る。それはケースとストラップの接合方式などが現行メンズ同様の第二世代仕様にアップデートされた事だ。これに伴ってストラップの格子状のエンボスパターンのデザインも世代交代されメンズとペアのスタリッシュな意匠に統一された。もうテーブルの上にペッタリと180°開脚してくれる床運動系アスリートでは無いのだ。少し粗削りなスポーティーさと引換にさらなるエレガンスさを獲得したとも言える。興味深いのは前述の様に文字盤の格子状エンボスパターンは第一世代のまま据え置かれた事だ。トータルの見た目では1.8世代あたりと呼ぶのが相応しいのか。さて新旧モデルの正面画像を見比べた相違点は、ストラップ周りを除けば思いの外少なく感じる。ケース形状は新旧違いがほぼ無さそうだが、ベゼル部分に占めるダイヤの存在感がニューモデルが若干勝っている様に見える。実際には個数で2個増えて48個、カラット合計で0.11増量の1.11ctとごく僅かながら数字以上に輝きが一段と増した気がする。文字盤も間違い探しの様に瓜二つだが、まず12時のバーインデックスが2本からスッキリと1本に変更され、ミニットマーカー共々に大径になったにも関わらず何故か短く切り詰められた。その結果として最も顕著な相違としてカレンダー窓の位置がそれらのインデックスとは干渉せずに内側のアラビアアワーインデックスの3時定位置にきっちり収まっていてレイアウトとデザインバランスが向上している。ダイヤル部分のみの新旧サイズ比べは実機を並べないと難しそうだが、ケースのサイズアップに伴い文字盤径もそれなりにアップしているはず、でもクォーツのエンジンは持ち越しなのでカレンダー位置変更には制約が有る中で間伸びさせずに良い顔に仕上げられたと思う。

5267_200A_011_14.jpg

尚、枝番010のマット・ホワイトのみはカレンダーディスクを黒、日付を白文字という従来機とは逆配色となり、窓枠も白色塗装されていてチョッとした特別感が有る。他の文字盤(真上画像)は白ディスクに黒い日付文字で変更は無い。カラーバリエーションは人気の定番色の黒、白に加えて今年のトレンドカラー緑のカーキグリーンの3色展開と手堅い。旧モデルの拡張パターンを踏襲なら来年度以降は新色追加を楽しめそうだ。大いに期待しておきたい。

Ref.5267/200A-001
ケース径:38.8mm(10時−4時) ケース厚:7.9mm 防水:12気圧
ケースバリエーション:SS
文字盤:ブラック、アクアノート・エンボス・モチーフ、ゴールド植字数字
裏蓋:ソリッド・ケースバック
ストラップ:コンポジット素材、ブラック
バックル:アクアノート折り畳み式バックル
価格:お問い合わせください

Caliber E 23‑250 S C
直径:23.9mm 厚み:2.5mm
部品点数:80個 石数:8個
電池寿命:約3年

5268_200R_001_9.jpg

尚、マット・ホワイトのみの一色展開ながら旧世代のルーチェ同様に18金ローズゴールド素材バージョンも用意されている。こちらはエンジンも旧世代同様の機械式で最新型の自動巻キャリバーに換装されている。クォーツキャリバーとはカレンダーディスクのレイアウトが異なる為に3時のアラビアインデックスは省略されずに若干文字盤センター寄りにシフトされた為に"2,3,4"のインデックスがほぼ縦一直線となり全体を俯瞰した時に気付けるか否かのアシンメトリーレイアウトが、なんと言うかその良い意味での引っ掛かりとなっている。これは好き嫌いの問題であろう。尚、そのミステリアスな3時インデックスの外側にはRG素材の窓枠を備えたスタンダードな白地に黒文字での日付けカレンダー表示が設置されSSとはあきらかに一線を画した表情となっている。このカレンダー周りのデザイン処理は旧世代と同じながらサイズアップが良い意味でゆとりのあるバランスを生んでいる様に見える。

Ref.5268/200R-001
ケース径:38.8mm(10時-4時) ケース厚:8.5mm 防水:12気圧
ケースバリエーション:RG
文字盤:マット・ホワイト、アクアノート・エンボス・モチーフ、ゴールド植字数字
裏蓋:サファイヤクリスタル・バック
ストラップ:コンポジット素材、マット・ホワイト
バックル:アクアノート折り畳み式バックル
価格:お問い合わせください

Caliber 26-330 S C
直径:27mm 厚み:3.30mm 部品点数:212個 石数:30個
パワーリザーブ:最小35時間~最大45時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動
ローター:21金ゴールド中央ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)

同じくRG素材のモデルバリエーションとして、新機軸であるクォーツのトラベルタイムという意表を突いたレディスモデルが、3針と同径サイズ38.8mmで同時発表されている。しかしながら従来の機械式トラベルタイムの最大の特徴であるケースサイド左側二箇所のプッシュボタンによるローカルタイム操作では無く、メインリューズの引出しセカンドポジションで調整する方式になっている。この操作性向上の為にパテックは敢えて手間取る捻じ込み式リューズを採用しなかった。その分防水性能は捻じ込み式である3針モデルの120mに対して半分の60mとなっている。2ヶ月ごとのカレンダー修正よりもローカルタイム操作が頻繁なオーナープロファイルが想定されているわけだろう。

5269_200R_001_8a.png

尚、プレスリリースには"globetorotting Aquanaute Luce" との表記が有る。自らも愛用する英国の著名旅行鞄ブランド名称の由来に無頓着でいたが、文字どおり"地球を駆け巡る"との語意で有り、どちらかと言えばあくせく駆け足のビジネストリップよりも純粋な物見遊山的な旅、観光寄りのニュアンスが"Globetrotting"には強いらしい。確かにカラー・素材・デザインと何処から見てもアクアノートは"OFF"限定だろう。
ところで少しまた道草をするが、トラベルタイムの源流は1950年代終盤なのだが、第二次世界大戦の戦後処理も一段落し、欧米各キャリアの旅客機による世界的な長距離移動競争が盛んになっていった時代だった。R社がパンアメリカン航空の要望でGMTマスターを開発したのもこの頃である。1999年迄超ロングセラーとなったGMTマスターⅠだが、構造的には非常に単純で時分針と連動した24時間GMT針と24時間インデックス表示の両方向回転可能ベゼルを組合わせると言うシンプル極まりないがゆえに、頑丈この上無いスポーツモデルだった。だが技術面に於いてはジュネーブの伝説的時計師ルイ・コティエ氏考案パテック特許申請のプッシュボタン方式の機械式トラベルタイムが圧倒していたと言って差し支え無いだろう。R社も1982年にようやくローカルタイム用12時間針を独立操作して時差修正出来るGMTマスターⅡを発表し現在に至っている。今やこちらはスイス時計を代表するロング&ベストセラーウオッチと呼ぶべきだし、GMT機能のスタンダード仕様としてミドルレンジ以上の各ブランドがこぞって採用しているGMTスタイルだ。リューズの回転方向で時差修正のプラスマイナスは勿論、日付けのバックデイトも可能な良く出来た完成度の高い仕組みで、自分自身もR社エクスプローラーⅡやO社デビル・クロノスコープGMT等で愛用し、その使い勝手の良さには感心している。ところで同格クラスの少なからぬブランドで価格戦略の為か、ETA社系の廉価モジュールを積んだGMTモデルが結構散見される。リューズ中間ポジションで片一方に回して時針単独の一方通行修正、逆方向に回すと何とカレンダー日付け早送りと言う代物だ。正直言ってこんなに使い辛いものは無く、使用方法の説明さえ鬱陶しい"なんちゃってGMT"と言うべきものである。本音では店頭に置きたくも、売りたくも無いのだが、様々な義理人情やしがらみも有って、デザイン優先で最小限のご提案はご容赦頂いている。
さて閑話休題、脱線から戻って主張すべきは二つ。パテックは機械式に於いてはトラベルタイムの名称で独自のGMT機能ウォッチを60年以上採用しており、全く古びていない事。さらに本年度クォーツでのトラベルタイム初搭載に際して、使い勝手の良さが広く認識されている操作スタイルをサックリと採用した事だ。但し、機械式同様にホームタイムの昼夜表示を6時位置に持つがカレンダー機能は無い。やはりビジネス寄りでは無い旅人"Globetrotter"の道連れに相応しい。

5269_200R_001_12.jpg

もう少々トラベルタイムにお付き合い願いたいのが、ムーブメントの部品点数という些末で枝葉の話なのでスキップはご自由に。現行アクアノートの機械式トラベルタイムはフルローター自動巻主力機Cal.324 S C(部品点数217点)にトラベルタイムモジュールを載っけてCal.324 S C FUS(同294点)が搭載されている。両者を比較すると部品点数で35%アップ、価格はSS素材で約二倍であり、メカニカルはトラベルタイムを積むと「結構するなァ・・」と言う印象が強い。ところでレディス・アクアノートの3針クォーツ版ベースキャリバーE 23-250 S Cの部品点数は80点、初お目見えのトラベルタイム化されたCal.E 23-250 S C FUS 24Hは96点。たったの16点で出来てしまうクォーツのトラベルタイム。価格は同一素材の比較モデルが無いので何とも言えない。ただ正直言って18金アクアノートのクォーツ・コンプリケーションの市場性とは如何ほどか?と測りかねていた。ところがちゃんとご注文はやって来るのだ。素材に関わらずGMTニーズは有るのだと思っていたら、18金のレディスアクアノートは欲しいが、面倒な機械式はイヤというご要望が有った。恐らく金額と機能のバランスがどうのこうのよりもデザインさえ気に入ればという好例なのだろう。いやいや同一素材RGの3針メカニカルの約8掛けでGMT付きはお買い得とも思える。さらに言えば価格にシビアな女性のクォーツニーズの根強さを改めて確信した。レディスの自動巻メカニカル化を急速に推進してきたパテック社だが、昨年度に初代Twenty ~4®︎のレクタングルケースのクォーツモデルの復活があり、今年度まさかのアクアノート・ルーチェSS復活でのクォーツ再登板はその見直しの潮流を象徴していないか。その段でゆくと18金RGで僅か4品番となっているレディス・ノーチラスのクォーツモデルのディスコンも時間の問題と思っていたが、しばらく様子見もあるかもしれない。でもビッグサプライズとなるSS素材でのクォーツ・ノーチラスの復活劇は、残念ながら多分無さそうな気がする。以上でようやく豊作だったレディスのニューモデル紹介は終了。

Ref.5269/200R-001
ケース径:38.8mm(10時-4時) ケース厚:8.77mm 防水:6気圧
ケースバリエーション:RG
文字盤:マット・ホワイト、アクアノート・エンボス・モチーフ、ゴールド植字数字
裏蓋:ソリッド・ケースバック
ストラップ:コンポジット素材、マット・ホワイト
バックル:アクアノート折り畳み式バックル
価格:お問い合わせください

Caliber E 23-250 S FUS 24H
直径:23.9mm 厚み:2.95mm
部品点数:96個

5968G_001_010_a.png

やっとこ唯一の貴重なメンズに到着。メンズ・アクアノートのニューモデルRef.5968Gフライバック・クロノグラフは品番的には人気SSモデルの素材バリエーションなのでコスメティックチェンジで間違いないのだが、受け止めるイメージとしては色遣いと18金WG素材が全く同じ3針の通称"ジャンボ"Ref.5168Gのクロノグラフ版と言われた方が納得しやすい。2018年発表の5968SSモデルは文字盤・針・コンポジットストラップ等の多色使いの競演が既存のメンズ・アクアノートには全く無かった断トツの若々しいスポーティモデルとして発表3年後の今も"超"の付く人気が続いている。しかし今年のWG素材追加二色と選択を悩ませるのは「ブルーにするか、それともグリーンか?そして目玉の必要は有りや無しや?」の4択であって「既存のSSか今年のWGどちらかにするか?」では無さそうに思われる。パテックはケース形状(厳密には冷間鍛造の金型か)が品番を決定するので、素材略称のAがGとなるだけだが、妙な違和感を感じてしまう。2006年初出のベストセラー年次カレンダークロノRef.5960Pと10年後に発表されたステンレスブレスモデル5960/1Aにも同じ様なくすぐったさを感じた。で、面白いのはご注文カラーの選択で3針とクロノの両方をたすき掛けという方が多い。今のところSSクロノに加えてWGクロノのマテリアル横断のご注文はまだ無いが、有っても全然不思議が無さそうなくらいに"似て非なる"では無く、真逆の"似ず同なる"異母兄弟?"なタイムピースと思っている。

ans_nautilus_a.png

5168G_010_2.png

今回、上に掲載したアクアノートファミリーの文字盤画像を見続けていて、改めてパテックのダイヤルデザインに関するレベルの高さに感心させられた。もうすぐ時計業界に身を置いて30年にならんとする中で、上記下段右側の偏芯した日付カレンダーディスクのレイアウトパターンを恥ずかしながら初めて拝見した。このクロノグラフムーブの初出は2006年なので正確には今頃やっと気付いたと言うべきか。2006年はノーチラスシリーズ発売30周年であり、現行モデルの原点で有るフルモデルチェンジの特別な年だった。同時に同年はパテック社が全てのクロノグラフムーブメントをマニファクチュール・メゾンとして自社化を進めていた真最中であり、第二弾目のクロノムーブとして時代の最先端を行く垂直クラッチを搭載したフルローター自動巻フライバック・クロノグラフムーブCH 28-520系を二つのニューモデルに搭載させた年でもあった。その一つが年次カレンダーとのダブルコンプリケーションRef.5960Pであり、もう一つがそれまで本格的な複雑機構を積まなかったノーチラスシリーズに於けるフライバック・クロノグラフRef.5980/1A(上段画像左)だった。特殊なカレンダーレイアウトの前者5960と異なりシンプルなデイトカレンダーを王道の3時位置に持つ後者5980は、どう見ても理想的な位置に日付窓が陣取っている。決して大き過ぎるとは言えない40.5mmのノーチラスのケース。さらに特徴的なナマズの口の様な捉え所の無い撫で肩の8角形の幅広ベゼルに追い込まれたダイヤルエリアは実は少し小ぶりだ。さらに真円では無い為に12時-6時と3時-9時方向の縦横十文部分は10時-4時方向より僅かにコンパクトなのだ。一方で搭載エンジンCH 28-520 Cの直径30mmは自動巻コンプリケーション用としては標準だが、3針自動巻等に比べれば明らかに大きい。ここからは全く個人的な推測だが、オフセンターレイアウトのデイトカレンダーディスクは技術的には難易度は高くは無いと思われるが、普通はまずやらない。それを敢えて採用した理由は30周年を迎えた新生ノーチラスの象徴的モデル5980の顔を完璧なプロポーションにする為の秘策だったのでは無いだろうか。そして10数年後の大振りなケースモデルへの搭載に際して、上段画像右2点の文字盤デザインに悩ましい(苦し愉しい)様々な工夫が施される事態になった様な気がする。技術屋では無い我が身が思うに、カレンダーディスクなんぞチョチョイと設計変更して大振りモデル用の派生キャリバーを用意すれば良いような気がするのだが・・ボディや内装と比較して車体やエンジンの部分設計変更は格段にハードルが高いと言うことなのだろうか。それともどうせボディや内装は新たに設計するのだから、そこで視覚的工夫で乗り切ってこそプロたる矜持・・たぶんそっちなのかなァ、何年間も全く違和感を感じる事なく、疑う事すら無くジャンボ・クロノグラフ5980に見惚れてきた。"女"や"人"というのは"たらし"の接頭語としてスラングな日本語の代表格だが、パテックは稀代の"時計屋たらし"だったわけだ。お見事です!ヤラレましたヨ!

Ref.5968G-001
ケース径:42.2mm(10時-4時) ケース厚:11.9mm 防水:12気圧
ケースバリエーション:WG
文字盤:ブラック・グラデーションのミッドナイトブルー、アクアノート・エンボス・モチーフ、夜光付ゴールド植字数字とアワーマーカー
裏蓋:サファイヤクリスタル・バック
ストラップ:コンポジット素材、ミッドナイト・ブルー
バックル:アクアノート折り畳み式バックル
価格:お問い合わせください

Caliber CH 28-520 C/528
直径:30mm 厚み:6.63mm 部品点数:308個 石数:32個
パワーリザーブ:最小45時間~最大55時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動
ローター:21金ゴールド中央ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)

5168G.png

今回記事も長い。くそ暑い夏本番もまだまだ続くし、迷走気味の五輪も開幕してしまったし、もうええ加減にせなあかんなと思いつつも、伸ばし伸ばしにして、正直かなり勇気を振り絞ってどうしても書かざるを得ないのが、今回バリエーションも増えたアクアノート・フライバック・クロノグラフRef.5968のコンポジットストラップ用に2018年に新規開発採用され、それ以降の新製品に標準装備化されているバックルに関するの憂鬱だ。左側の5168Gのバックル画像でも想像がつくが、バックル開閉用の両側2箇所のよく目立つプッシュボタンに「装着中に当たるので痛くて不快」とのご指摘が絶えない。位置が下過ぎると言うか肌寄り過ぎるのかも知れない。チョッと大きい気もする。最近、レディスモデルを運良く入手し愛用を始めた相方も「ともかく痛い」「でも、カッコいいから我慢」"お洒落はがまんヨ!"は有名なおスギ(いや、ピーコだったか?)のセリフ。確かに正しく同感で有る。例えばスタイリッシュでコンシャスな立体裁断効きまくりのお洋服は、腕は挙らぬ、肩は周らぬ、パンツの上げ下げはひと汗かきそうだし、太れないので食べれない飲めない、ワークアウトは欠かせません。その点和服はかなり楽で制約は少ないが、袖口の引っ掻け常に注意、歩き方制約有り、走るなんてとんでも無い。其れはそれで見える以上に見え無い我慢も一杯ある。その理屈でゆけばバックルの着け心地など我慢!我慢!。そんなに嫌なら時計なんぞ最初から着けるな!とも言える。ただ問題だと思うのは一世代前のバックルの着け心地に劣っている様なのだ。現行モデルではアクアノート3針モデルRef.5167等が採用しているのが旧世代のバックル(画像右側)である。何がどう違うのか比較出来る画像が見当たらず、撮影も困難なので"百聞は一見に・・・"とはいかないが、新旧の両世代を併用されている顧客様の殆どから同様のご指摘を頂いている。たぶんプッシュボタンの厚みと出っ張り度合いの微妙な差異かと思われるので、出来れば自分自身でその装着感の違いを確かめたいが、販売困難度ずっと上昇中のモデルを購入出来るはずも無い。パテック社では新規のブレスレット等はティエリー社長がご自身で入念に着用テストする旨を以前に伺った記憶もあるのだが・・・。腕まわりの形状は千差万別ゆえに人によってはしっくりしないケースも有ろうが、個人差が多様で有ればあるほど着け心地の最大公約数が求められるべきかと思う。今後のどこかで両者の実機比較が出来るチャンスを待ちたい。

文責:乾 画像:パテック フィリップ

人生には"登り坂"もあれば"下り坂"もあるが、"まさか!"もあると言うのはよく知られた親父ギャグ。そしてあろう事か今現在、自分自身でその"まさか"をヨチヨチと這う様に登る日々を過ごしている。一方で浮世離れした時の流れに身を任せてもいるのでグズグズとブログ記事を書き連ねていたら、今年の新製品発表はマンスリー?『アクアノート、その復活とバリエーション』的な代物やら『超絶系ミニットリピーター&レアハンドクラフト』なんぞもダメ押し的にどんどん出て来て、いつもの様に"最新記事・・・"とドヤ顔での公開がはばかられる事態となってしまった。新型コロナ禍の影響は「いったい、何処まで、何すんねん!」とニューモデル発表までが全く予想不可能であって、もうコレは開き直って"なるようになれ、勝手にしやがれ、気分はLet it be!"と思うままに時系列を無視して書き連ねるしかあるまい。

我ら現存世代にとって初遭遇となったパンデミックイヤーの昨年2020年に於いても、パテックはレディスに限っては普通(変な表現だが)の新製品をリリースした。とは言ってもたったの3モデル。それもコスメティックチェンジ(ダイヤルや素材等の仕様変更)に過ぎず、とてもまともな新作発表とは言い難いが・・・そしてパンデミック2年目?の今年もレディスニューモデルのコスメティックチェンジ傾向は継続している。5月27日リリースされたニューアクアのクォーツ・トラベルタイムについては、その例外として改めて考察出来ればと思っている。しかしながら2018年秋にミラノでトゥエンティフォー・オートマチックRef.7300を華々しくデビューさせてから、パテックのレディス市場にかける意気込みにより一層のドライブがかかってきた様に思う。誤解を恐れずにあくまでも個人的な意見(偏見?)だが、女性はファッションやアクセサリー等の身の周りの装飾品(勿論、腕時計も)に関して男性に比べて、圧倒的にトレンドに敏感にして速攻で反応する。一方でブランドに対するロイヤリティや拘りも有りそうな顔して平気で浮気する。例えば新しい美容室を試す女性は意外に多いと聞いた事がある。男性は理容室(美容室派も含めて)をよほどのトラブルでも無い限り、まず変える事はない様に思う。何故か?の追求は面倒な事になりそうなので止めておくが、腕時計に当てはめるとトレンドよりも我が道の追求に重きを置くパテックはレディスに関して、自らハードルを高くしている感があるように思う。

4947_1A_001_8.jpg

年次カレンダー4947/1Aは、既存の18金ストラップモデルをステンレス素材ブレスレット仕様へのコスメティックチェンジモデルと言うことになるが、デイリーユースな素材のステンレスブレス仕様に加えてダイヤが何処にも無いからか、予想外のご注文を発表直後から複数本頂戴した。コレが何と男性からなのである。考えてみればRef.7300/1200Aトゥエンティフォー・オートマチックのステンレスモデルも「ベゼルにダイヤが無ければ」と言う男性の引き合いは結構多かった。7300の36mmに対して年次カレンダー4947/1Aは38mm。先月発表されたニューアクアノート・ルーチェに至ってはリバイバルのサイズアップで何と3.2mmも大きい38.8mm径が採用された。そのニューアクアノート・ルーチェの実機を見る機会がまだ無いが、メンズのレギュラーサイズ40.5mmとその差はたった1.7mm。ちなみにそのレギュラーサイズには女性からのご注文も頂いている。
面白いのは男性のダイヤに対する視点で、簡潔に言えば(パテック限定かも知れぬが)バゲットサイズまで迫力が上がれば抵抗感が薄れる事である。現行ラインナップでベゼルダイヤ絡みのメンズモデル全8型その内6点がバゲットダイヤで、さらに今年ノーチラスSSが年度限定で追加され"そんなに来ますか?"レベルのご注文を頂いている。ちなみにラウンド形状のダイヤベゼルモデルはカラトラバRef.5297Gと年次カレンダーRef.5147Gの2モデルだが当店の販売実績はともかく結構なロングセラーなのでニッチな根強い人気モデルなのだろう。ちなみにR社ではメンズにも根強い人気のポイントダイヤインデックス的な仕様が現行品メンズパテックには無い。2000年以前には有った様な気もするが、今世紀は記憶に無い。しかし此れまたバゲットダイヤでのバーインデックスは僅かながら現行生産されている。思い出深いのは2016年のノーチラス発売40周年記念限定モデル2型(5976/1G,5711/1P)で採用されたWGの土台に埋め込まれたバゲットダイヤインデックス。間近で見れば見事なダイヤなのに遠目には普通のバーインデックスに見える抑制の効いたダンディズム仕様には、それまでのメンズダイヤの概念が撃ち下かれてしまった。ちなみにパテック社が使用するダイヤは全てデビアス社でピュア・トップウェッセルトンと格付けされた上質な物に限られている。

4947_1A_001_9.jpg

この年次カレンダーSSブレスは既存モデルのバリエーションなので時計としての紹介は省くが、今春の生産中止でメンズ年次カレンダーの元祖系モデルRef.5146が、とうとう、ゴッソリ、一気に、パテックらしい潔ぎよさで、お蔵入りしたので1996年デビューの際に与えられた年次カレンダーオリジナルの顔が婦人用年次カレンダー4947の専用となった。いや、前述のダイヤベゼル仕様5147Gも辛うじてサバイブしているが、そのケース径39mmは4947に僅か+1mmでしかなく、メンズ専用と言うよりも大振りレディスとの兼用モデルと見るべきなのかもしれない。その段でゆくと自動巻カラトラバクンロクの唯一のサバイバーRef.5297Gもダイヤベゼル+ブラックダイヤルが5147Gと共通仕様、そしてケース径38mmは今回紹介のレディス4947と全く同じ・・・

5147G_001_22.png

なんかもう、ケース径に関しては35mm〜39mm辺りのジェンダー属性がカオス状態になって来ている気がする。昨今の世界的なLGBTへの意識の高まりが高級時計の世界へも影響を与えたのか。その辺りのサイズレスパンデミック状況については38.8mm径のアクアノート・ルーチェ等を紹介予定の次回の投稿記事で掘り下げてゆきたい。

Ref.4947/1A-001
ケース径:38mm ケース厚:11mm 防水:3気圧
ケースバリエーション:SS
文字盤:縦横サテン仕上げ(山東絹仕上げ)ブルー、ゴールド植字インデックス
裏蓋:サファイヤクリスタル・バック
ストラップ:ステンレススチール仕様
バックル:折り畳み式バックル
価格:お問い合わせください

Caliber 324 S QA LU
直径:30mm 厚み:5.32mm 部品点数:328個 石数:34個
パワーリザーブ:最小35時間~最大45時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動
ローター:21金ゴールド中央ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)

4997_200G_001_12.jpg

もう一点のレディスニューモデルもアップサイジングされた超美形カラトラバ4997/200G-001。オリジナルモデル4896G-001は15年遡る2006年初出で、バーゼルのサンプル初見時にあまりの美しさにノックアウトされた記憶が今なお鮮明だ。当時は文字盤製造法の基礎知識なんぞもほとんど無く、ともかくその美し過ぎるギョーシェ装飾と長くて繊細だが厚みの有る銀色のインデックスの印象が凄かった。ただ問題はそのサイズ感で、当時はその33mm径が女性にはあまりに大きく思われ、ボーイズ的に小柄な日本人男性に薦められそうだと本気で考えていた。同モデルは2009年に見た目ほぼ変わらずの4897G-001へと引き継がれ、2020年までの長きに渡り生産された。RGの素材追加や様々なダイヤルカラーのバリエーションも加えられた。ストラップは一貫してラグジュアリー感溢れる文字盤同色のサテン調テキスタイル素材(表面)が採用された。ブラウン、シルバー・・どの色目も魅力的で使い勝手の多様性も増したが、デビューから君臨するギヨシェ・ナイトブルーダイヤルモデルの秀逸さが抜き出ていて、2016年には同色のバゲットダイヤバージョン4897/300Gも追加された。そして今春2年間のブランクを経て2mmのサイズアップと手巻から自動巻にエンジンを積み替えて4997/200Gとしてリバイバルデビューした。

4997_200G_001_13.jpg

特筆すべきはサテン(シルク)の風合いを持つ合成繊維でシンセティックと呼ばれる表面素材で高級感を演出していたストラップが、高級な表面感はそのままに丈夫なカーフ(牛革)素材に置き替えられた事。相方が違うモデルでシンセティック素材ストラップを永らく愛用しているが、まあ"贅沢この上ない"。極端に言えば一回でも着用すれば"使用感"が出るし、デイリーに愛用すればほんの数ヶ月で"使えるけれども、見せられない"のでしょっちゅう交換となる。まあこの素材に限らず高級感の劣化と言う代物は、徐々にでは無く一気にみすぼらしくなり易い。ロールスロイスには擦り傷はおろか僅かな泥汚れすら受け入れ難いのと同じである。ところが最近はスタンダードな素材であるカーフのイミテーション化なるトレンド?が有って、昨年のカラトラバSS1,000本限定Ref.6007Aではザックリとした平織のコットンキャンバスにしか見えないエンボス(型押し)加工が施されたカーフ・ストラップが採用された。今回も平織テキスタイルは同じだがシルクサテンレベルの微細なテクスチャーと高級な光沢感(一体何をどうやったらこうなるの?)を見事に実現したカーフ・ストラップが採用されている。さてさて耐久性がどの程度なのか興味津々だ。
何度も書いているが、男女問わず美形過ぎるのは"人も時計も"実は考えもので、どちらも寄り添う際に"気合いと緊張"を求められ過ぎて、疲れ果ててしまうなんて事になりかねない。その点ではパテックの時計に超の付く美男と美女はほとんど無く、一生連れそうにピッタリな"女房と亭主"タイプが非常に多い。"パテックマジック"と勝手に呼んでいるが「初めはピンと来なかった」「どこが良いのかわからない」から気がつけばドップリと信者になっていたと言うパターンが結構多い。2年間のブランクなのかバケーションを経てカムバックした4997/200Gは、そのパテックマジックには当てはまら無い稀有な美人時計である。良くも悪くも愛用者が限られてしまうし、インパクト大な個性的なカラーリングはスタイリングの許容度も狭めだ。さらに言えばシチュエーション迄もが、夜間の室内こそ輝ける"最強の夜の蝶(昭和の死語)"とは全く勝手な個人的思い込み。けれども足掛け15年以上に渡り、恐らくこの先もずっと"チラ見"せずにはいられ無いパテック銀幕の超スターウォッチであり続けて欲しいのだ。

Ref.4997/200G-001
ケース径:35mm ケース厚:7.4mm 防水:3気圧
ケースバリエーション:WG
文字盤:ギヨシェ装飾のラック塗装ミッドナイトブルー、パウダー仕上げのゴールド・インデックス
裏蓋:サファイヤクリスタル・バック
ストラップ:サテンの風合いを持つ、ブリリアント・ネイビーブルーの起毛仕上げカーフスキン・バンド
バックル:ピンバックル
価格:お問い合わせください

Caliber 240
直径:27.5mm 厚み:2.53mm 部品点数:161個 石数:27個
パワーリザーブ:最小48時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:21,600振動
ローター:21金ゴールド中央ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)

文責:乾 画像:パテック フィリップ

"IN LINE"を辞書で引けば、一列とか一線となっている。さらに横一列等とは有っても"縦"的な表現は見当らない。2021新製品紹介第三弾は、パテックの腕時計としては初登場(他ブランドでも記憶に無いが・・)となるインライン永久カレンダーRef.5236P。見た目は渋くてコンサバ、地味と言う見方もあろう。しかし中身は非常に前衛的で革新的だ。

5236P_001_81.png

新規で画期的な複雑機能を搭載するニューモデルは、昨今は過剰なまでにデコラティブな装飾表現でアピールするブランドが多い。3次元や複数のキャリッジを"これでもか!"と見せつけるトゥールビヨン等はその代表選手だ。保守派の代表格パテックと言えども、この手のトレンドに全く無縁では無く、"コソッと、シラッと"発表しているモデルもある。例えば2019年シンガポールでパテックが開催した"ウォッチアート・グランド・エグジビション"で現地VIP顧客向け限定モデルRef.5303R-010は、パテックらしからぬ"オープンアーキテクチャー(両面スケルトン仕様)にしてトゥールビヨン機構(裏面)とミニット・リピーターのハイライト部(ハンマー&ゴング)をこれでもか!と見せつけている。パテックにとって初めてでありながら一般的にはウルトラDとかE級の超大技を特別に協調してPRしなかった。尚、同モデルは購入不可能なシンガポール以外の顧客からの要望が強かったからか、昨年2021年夏にレギュラーモデル(と言っても購入ハードルは高いが)Ref.5303R-001が、コロナ禍もあってか粛々と発表された

5303R_3.png

此処で話はさらに脱線して行くが、2019年のシンガポール限定モデルのリファレンス枝番が"010"で2020年の後追い定番のそれが"001"って・・・。後追い定番化が既定路線だったか否かは不明ながら、"001"が先行して開発され完成していた可能性を感じる。

5531R_4.png

デジャヴ?この既視感?そうそうまだ有ったゾ!2017年秋にニューヨークで開催されたウォッチアート・グランド・エグジビションでは初出のグランド・コンプリケーション、ミニット・リピーター・ワールドタイムRef.5531Rが、マンハッタンの昼(010)夜(011)の顔をクロワゾネ(有線七宝)で文字盤装飾され現地向け限定モデル(たったの各5本)で発表された。そして翌年2018年春にバーゼルワールドでクロワゾネ・ダイヤル装飾部をレマン湖岸の風景に置き直した新製品Ref.5531R-001(文字盤表示改訂で現行012)が後追いリリースされた。それ以前の2014年のロンドンでは、その手の"最初はグー(001)では無くチョキ(010)"的なモデルなど無かった。毎回のように寄り道を書き連ね、アーカイブを遡り再確認し今頃やっと気付いた直近過去二回連続の超絶新機軸モデルの現地向け限定モデルの先出しリリース。こういう流れでいけば"THE WATCH ART GRAND EXHIBITION TOKYO 2022"の日本向け限定モデルに未知なる超複雑時計が、定番化(001)に先駆けてサプライズ提案(010・・)される可能性は大なのである。2022年東京のウォッチアート・グランド・エグジビションへの期待は高まるばかりなのである。

で、一体何の題材だったっけ?いや、何が書きたかったと言うと画期的なインラインでのカレンダー表示方式はオープンアーキテクチャーにしてインライン部分を横長長方形の窓枠で囲むと言う手もあったハズで、その手の表示方式なら嫌でも左右にメガネ状に分離された十位と一位の日付表示回転円盤のダイナミックな仕組みとパフォーマンスを愉しませる選択も有ったのになァ。

5236P_001_61.png

もう一つの興味は、さてインライン形式の年次カレンダーを開発するのかどうか?コレはかなり否定的に見ている。そもそもパテックの年次カレンダーは、永久カレンダーモジュールの簡素化では無く、全く新規開発され1996年にデビューしている。そのデビュー時の顔は新機軸ムーブメントに呼応させて、それ以前のパテックアーカイブには全く見られない特徴的なV字型三つ目インダイヤルで新世代的パテックとしてデビューさせている。そして10年後の2006年に年次カレンダー第二世代の顔として採用されたのが、機械式時計全盛期の1900年台半ばに永久カレンダーと永久カレンダー・クロノグラフの殆どに用いられたダブルギッシェスタイルだ。文字盤中央の少し上に左右二つの窓を設け、左に曜日、右に月として日付は6時側にインダイヤル針表示と言うものである。かつてのブランドを代表するカレンダーフェイスを二の矢として投入された事は、当時パテックが如何に年次カレンダーに製品的にフォーカスしたかの証だと思う。背景には1980年代半ば以降のフィリップ・スターン現名誉会長が主導したパテックブランドの機械式複雑機能時計の復活活動の中で、恐らく偶然の結果として永久カレンダーにはダブルギッシェが採用されなかった。その事が年次カレンダー第二世代が由緒ある伝統のフェイスを纏えた理由ではなかろうか。それゆえ2017年新作としてダブルギッシェ・フェイスの永久カレンダーRef.5320発表には実は少なからずショックを受けた。このモデルは個人的にはコスパの良さを感じたし、実際販売面でも良いスタートを切ったモデルだった。以降、パテックは同じ顔を持つ年次と永久の両カレンダーモデルを併売してきた。

5396G_5320G.png

実は此処んところがチョッピリ奥歯に何とか状態で引っ掛かり続けていた。現行の永久カレンダーのラインナップ(永久機能単一モデル)は極薄型自動巻Cal.240の長所を生かした針表示タイプ(Ref.532757407140)とフルローター自動巻Cal.324ベースではレトログラード日付表示タイプのRef.5160/500と前述のダブルギッシェRef.5320とあって、近年かなり整理されていた感があったところに、今回の見た目地味ながらも渋さ抜群のインライン永久カレンダー5236は投入された。大昔に大ヒットした国産スポーツ車の広告コピーに『羊の革を被った狼』と言うのが有ったが、外観は決して純正のスポーツカーでは無く、大半が4枚ドアのスポーティーな中型セダンに最新の脚と最強の心臓(エンジン)を搭載していた。但し、彼女の乗車拒否を防ぐ為?なのか、"赤頭巾ちゃん"の様な前述の"ドキッ!"とさせられたキャッチコピーとは裏腹にTVCMはいかつさとは無縁なほんわかロマンティック仕立てであったと記憶している。此処で「そう、そう、懐かしい・・」と頷いて頂けるご同輩年代層には、とあるパテック首脳陣いわく「一般的に視力の加齢からコンプリケーションはご卒業頂き、シンプルウォッチがベター・・」をアドバイスとしたい。勿論、発言者ご自身が同年代であるのは言うまでも無い。しかしながら今回のインライン形式のカレンダー表示なら我々世代でも、抜群の視認性で充分使えそうだ。話が二重に脱線してしまったが、個人的解釈としては今後パテックのダイヤルセンター窓表示系カレンダーモデルは、5320を除いて永久カレンダーはインライン、年次カレンダーは伝統のダブルギッシェと棲み分けるのでは無いだろうか。もしそうなれば5320の希少性がクローズアップされる可能性もある。

5236_5235.png

さてプレスリリースによればこの新製品は、レギュレーター・レイアウトダイヤルの年次カレンダーRef.5235/50Rから幾つかの面でインスパイアされている。まず第一に全体的にエッジの効いた骨太かつシャープな男っぽいカラトラバシェイプのケース形状だ。これについては好き嫌い・・有るかもしれない。ダイヤルは此処ずっとパテックにお馴染みのブルーでセンターから外周に向けてブラックにグラデーションする人気の仕様ながら、凝っているのが5325/50同様に縦方向のサテン(筋目)仕上げを施してから塗装されている点で、記憶の限りではこの組合せ技は覚えが無い。シリコン転写プリントされた6時側スモールセコンド及びダイアル外周のレール状のミニットスケール(シュマン・ド・フェール)等も共通仕様。さらに大きな共通の遺伝子がムーブメント。元々5235/50Rのエンジンは個性的な専用設計で、極薄自動巻基幹ムーブメントCal.240以外で唯一マイクロローターを採用し、ムーブ心臓部のアンクルとガンギ車にはデビュー当時には試験的最先端素材であったシリコン素材を使用。さらに振動数が毎時23,040回(6.4振動、3.2Hz)という不可思議極まり無い挙動のテンプを与えられている。今回5236(やっとレファレンス番号に合点が・・)への搭載にあたっては、ベースムーブメントにも種々改造がなされ振動数は標準的なエイトビート(28,800振動)となっている。

31-260.png

両者を並べて見比べるとブリッジ(受け)の数や形状が結構異なっている事が判る。最も注目すべきはマイクロローターの色目が永久カレンダーの5326Pは銀色で従来の22金ローターがアクセントカラーだったのが地板や受け同色で、これまた地味仕立て。22金より高比重のプラチナをローターに採用し、主ゼンマイの巻上げ効率を上げて複雑多様な新規カレンダー機構の駆動トルク向上を計ったのである。このプラチナ製と言うのもマイクロやフルのローター形状を問わず現行品ではパテック初(2017年ONLY WATCH 5208Tに搭載実績有)となる。ただ欲張りかも知れないが、新規改良ムーブメントのパワーリザーブが最大48時間とパテックの標準機より延ばせなかったのは、若干振動数を上げたにしても残念だ。さらに無茶な要求を言えば、カレンダーが漸次日送り式では無く小股の切れ上がった瞬時式になっていればインラインと言う表示の魅力は倍増していたであろう。そんな個人的な我が儘はともかく2019年に出願した3件のカレンダー関連の特許に加えて、同年から実機(Ref.5212ウィークリー・カレンダー等)搭載され始めた自動巻ムーブに於ける手動巻上げ時の負担を軽減する減速歯車も盛り込まれたCal.31-260 PS QLは凄く複雑なムーブである事は間違い無い。何しろ総部品点数503個というのはハンパでは無い。自動巻ベースキャリバー部分205個、インライン永久カレンダーモジュール部分が298個がその内訳だ。改良のベースエンジンとされたレギュレーター年次カレンダー5325のCal.31-260 REG QAの総点数が313個なのでザックリ年次カレンダー・モジュール部分は約100個で三分の一に過ぎない。先輩格であるマイクロローターの名キャリバー240に指針形式の永久モジュールを載せたパテックのド定番永久カレンダーRef.5327の部品総数はたった(それでも凄いが・・)275個。ダブルギッシェ永久カレンダー5320が367個。レトログラード日付表示の永久カレンダーRef.5160で361個・・・こう見てゆくと同一平面上にインラインで月と曜日に加えて日付を表示するのがどれだけ面倒くさい事かが良く解る。

5236P_001_13.png

実は画像でインライン部を最初に見た時、少し残念な印象があった。それは日付の十の位と一の位の表示回転ディスクが左右に遠く離れた回転軸を持つ為に両者の間にわずかな逆エンタシス形状の隙間が妙に目立って気になってしまったのだ。画像で見る限り左側の曜日と日付及び右側の日付と月それぞれの隙間は構造上狭くて目立ち難い。さらにカレンダーと同色の白色系の隙間目隠しまで仕込まれて入る様に見える。ところが形状的により目立つ日付2桁を分ける隙間にはその手の目隠しは無さそうで、暗っぽく落ち込む為に妙に気になる印象だった。普通ならこの部分こそカモフラージュ優先度合いNo.1!のはずだし、技術的にも多分容易だろうに敢えて何もされていない。最初は不思議でしょうが無かったが、これはひょっとすると、押し付けがましく無くこの部分に無意識に視線を呼び寄せるパテックの高度な企みでは無いかと疑い始めた。そう考えると記事冒頭で触れたカレンダー各表示部に窓状の枠組み等を一切与えず、文字盤を直接土手状に面取り仕上するというシンプル極まり無い意匠を採用したのも意図的なものではないかと勝手に納得出来た。いわゆる"ビッグデイト(日付)"と呼ばれる時計が多くのブランドで造られているが、その殆どで十と一の位の表示部それぞれを囲う窓枠が設けられ仕切られている。その理由は両者の隙間を隠したい意図も有るが、両者を同一平面状にレイアウト出来るのが文字盤内で非常に限定的な位置しか無く、段差を付け部分的に重ねざるを得ない多くの場合では伊達メガネ的な窓枠が必然となる為だ。コレ、やっぱりパテックお得意のギミックなんだと思う。ただ後方二回転半ひねり・・レベルのウルトラQ技で、素人受けとは別次元で見た目とは裏腹にチョットやソッとでは模倣困難な孤高の技術的王者である事を再認識させてくれる恐るべきニューモデルのデビューだったようだ。

毎度の事ながら道草、寄り道激しく、遭難寸前の迷走となってしまった。今回は特に外ヅラからのネタが正直無さ過ぎて、来年夏(予定)に迫るTHE WATCH ART GRAND EXHIBITION TOKYO 2022と超絶系コンプリケーションの考察などして廻り道しているうちに"一見、変哲も無いモデルが実は・・"といういつもながらのパテックマジックの底無し沼に囚われてしまった。本稿はインラインカレンダー部以外を殆ど紹介していないが、そういう時計なのである。地味なインラインを主役にするという矛盾?から針もインデックス、ケース等のその他全てが主張しない脇役に徹しているので、敢えて何も書かなかった。只々、起稿前にはさほど無かった今の想いは「実機を手に取って、インラインに穴が開くまで見てみたい!」それだけで有る。

Ref.5236P-001
ケース径:41.3mm ケース厚:11.07mm 防水:3気圧
ケースバリエーション:PT
文字盤:ブラック・グラデーションのブルー、縦サテン仕上げ、ゴールド植字インデックス
裏蓋:サファイヤクリスタル・バックと通常のソリッド・ケースバックが共に付属
ストラップ:ブリリアント(艶有)・ネイビーブルーハンドステッチ・アリゲーター
バックル:PTフォールディング(Fold-over-clasp)
価格:お問い合わせください

Caliber 31-260 PS QL
直径:34mm 厚み:5.8mm 部品点数:503個 石数:55個
パワーリザーブ:最小38時間~最大48時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動
ローター:PT製偏心マイクロローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)

文責:乾 画像:パテック フィリップ

パテックはウォッチーズ&ワンダーズ終了前日の4月12日にカラトラバとコンプリケーション系でメンズとレディースの各1モデル計4型を発表した。先行発表されたノーチラス4モデルが生産量の大小はあれども、需要が供給を圧倒的に上回るのは誰の目にも明らかだろう。パテック社からは何ら発表は無いが、新型コロナ禍が時計市場に及ぼしている影響度合いは、世界各地で相当まだら模様の様で有る。想像するにスイスを含めてヨーロッパはかなり悪いのではないかと思われる。北米と中南米もかなり厳しいのでは無いだろうか。恐らく中国本土、日本、台湾、シンガポール等のアジア諸国とオーストラリアやニュージーランドなどのオセアニアは大半の販売拠点が何とか営業出来ているのではないか。正式なコメントは無いが、例年では考えられない客注商品の特別入荷が昨年秋頃から今なお続いている。今年初めにはいつまでもこんな(嬉しい)異常な状況が続く事は無いと覚悟していた。しかし変異によって繰り返し寄せ来る大波の様な新型コロナ禍は一向に改善される気配が無く、我が国も過去最悪の状況に追い込まれそうな第4波に襲われている。それでも何とか経済活動が制限されていないので、イレギュラーな入荷基調は今現在も続いている。そして有難い事にパテックに関しては、ご客注のキャンセルが殆ど無いので経営的には非常に貢献して貰っている。
しかしながら、パテックの様に新型コロナの影響を感じさせないブランドは少数派であり、ロレックスのスポーツモデル全般とオーデマ・ピゲのロイヤルオーク等がその筆頭である。特に1970年代に天才時計デザイナーのチャールズ・ジェラルド・ジェンタが考案した、ロイヤルオーク及びノーチラスとアクアノートを代表格とする全く新しい時計コンセプト、いわゆるラグジュアリースポーツカテゴリーに異様に人気が偏っている。1990年頃から始まった機械式時計の復活劇の中で、2000年頃以降はクロノグラフウォッチが人気牽引の先頭を走ってきた印象が強いが、2008年のリーマンショックを機に徐々に再販価格の価値が高級機械式腕時計の選択基準での最優先項目へと移行してきた様に思う。此処数年、"何で?"と聞きたい程にあらゆるブランドから類似するラグジュアリースポーツタイプの時計が雨後のタケノコの勢いで発表されているのは、これ如何に!
そんな状況下で特別感を持たせた2モデルを含むノーチラス4本のみ発表したパテックに、安心感と同時に"トキメキとワクワク感"皆無のフラストレーションにも揺れた5日後。4月12日に実にこれぞパテック フィリップという新製品が追加発表された。"Simple is the best"1932年に発表されパテックのみならず現代メンズウォッチデザイン原器とも評されるRef.96。只々時刻を知らせる表示機能に徹しきった"引き算の極地"カラトラバのメンズ1型2素材とレディース1型。そしてこれらとは対極に有りながらもパテックならではのお家芸としか言えない"足し算の極地"複雑時計もメンズとレディース各1モデル。

09234701.png

Ref.6119は、縮少し続けていたカラトラバ・メンズコレクションへの待望のニューフェイス。品番的には2006年にマイナーチェンジデビューし2019年迄ベストセラーで有り続けたRef.5119のアップサイジングモデルと分かり易い。カラトラバを代表するモデルのひとつと言っても差し支え無い決め手の意匠は、古くは1934年のRef.96Dや、1985年のRef.3919などにも見られる特徴的なベゼルデザイン。

6119G_001_10.jpg

"Clous de Paris"(クルドパリ 仏語 意:パリの爪または鋲釘)英語表現では"hobnail pattern(ホブネイルパターン)"で靴底用の鋲釘文様の意味なのでピラミッド状突起の連続パターンが二重円周状に装飾されている。奇をてらう事無くシンプルで派手過ぎない意匠ながら一目で、パテックお手製のタイムピースである事を証明してくれる。コピーやデフォルメを他ブランドに想起する事を考慮させ無いない程に、ブランドとして唯一無二のデザインとして確立しているのだ。歴代モデルとの外観の違いは、まずサイズで39mmは前作5119にプラス3mm、前々作3919からは5.5mmもデカい。1985年から36年でケース径で約16%だが、面積比では36%弱も巨大化している。この期間に人類の栄養事情が大きく改善し体格が、同様に向上したとも思えない。但しブランドを問わず価格だけは、間違いなく貨幣価値の変動を考慮しても大きく上回って高価格化している。ラグ形状はロー付けされた華奢なオフィサータイプからケース一体の鍛造削り上げ仕上げでシャープな形状(勿論カラトラバ普遍デザインの一つ)に変更された。

6119R_001_9.jpg

またインデックスもシリコン転写プリントのローマンインデックスから現行手巻きカラトラバのRef.5196と同様の18金素材の四面ファセットの弾丸(オビュー)型形状のアップリケ(植字)仕様となり、針形状も呼応する様に3面のファセットから生まれるエッジの効いた尾根を持つドフィーヌ(語源はイルカDolphinでは無く、パリのシテ島内の地名)針が採用されている。文字盤の一番外側にはレール(仏:シュマン・ド・フェール)形状の分スケールがプリントされている。スモールセコンドもシンプルながらも存在感の強い新意匠でプリントされているが、何より後述する新型ムーブメントがケースのアップサイジングに追随するかの様に大型化された事での秒針(=四番車)の位置取りが良くなった要素が素晴らしい。そして目立ち難いが二重円周の"Clous de Paris"クルドパリの内側にフラットでスリムな円周縁がボックスタイプのサファイヤクリスタル・ガラスを取り巻く様に設けられている点も見逃せない。

6119G_001_13.jpg

アリゲーターストラップとピンバックルは前モデル5119と同じ仕様だ。尚、この現行カラトラバに装着されているピンバックルが、アメリカ市場を開拓した故アンリ・スターン前々社長の同市場向け発案の賜物であった事を初めて知った。
軽く紹介のつもりが、初見の印象以上にアレもコレもと従来機に無い意匠が次々と攻め立てて来るので長文ダラダラになってしまった。サイズがデカい兄貴モデルの出現かと思ったら、クラシックなデザインの組合せではあっても実は似て非なるこれ迄に無かった時計に仕上げられていた訳だ。で、結局の処こやつのハンサム度合いを個人的にどう見るかだが、2006年に本気で購入する気だったRef.3919Gを買いそびれ生産中止に指を咥えていた身なのでオフィサーケース+プリントブラックローマンインデックスに大いに後ろ髪を惹かれっ放しだし、実機を手に取って見れていないので正直判らないが本音だ。でも画像を見れば見るほど既視感も覚える訳で、特にサイドビューは現行5196にそっくりだ。

6119R_001_31.png

インデックスと時分針もほぼウリだ。しかしクルドパリ・ベゼルもしっかり主張してくる。乱暴に言えば廃番5119と現行5196を足してニで割ってサイズアップしたモデルと言えなくも無い。これは肯定的に受止めるべきで両モデルが並存していた2019年迄は、手巻きカラトラバの選択で誰もが多いに両者で悩み抜いたものだった。6119は両者の良いとこ取りでより今日的にアップデートされたクラシックなエレガンスウォッチだと思う。対して5196はカラトラバの原点Ref.96に何処までも忠実なマイルストーン的なオリジナル時計と呼びたい。今後はこの両者で悩まされる事は無さそうだ。

09234702.png

尚、WG素材の6119Gの文字盤仕様はチャコールグレーの縦サテン仕上げにスモールセコンド部はブラックの微細な同心円ギョーシェ装飾の組合せで、2019年にいわゆるコスメティックチェンジでWGからRGに素材変更され発表されたレギュレーター・スタイルの年次カレンダーRef.5235/50Rの文字盤と酷似している。これは好き嫌いがはっきり出る様に思われる。

30255ps215ps.png

サイズや外観の好き嫌いは別にして、手巻きのエンジンは全くの新設計だ。最近のパテックでは音鳴り系の超絶複雑時計用ムーブやクロノグラフムーブの新設計は有ったが、いわゆる汎用機に広く使い回しされるベーシックムーブメントの完全な新規開発は絶えて久しかった様に思う。2019年にウィークリーカレンダー用に開発された自動巻ムーブメントCal.26-330系も従来の主要機Cal.324系をベースに大改造が加えられたもので完全な新キャリバーとは言い難い。3919や5119に搭載されていた手巻Cal.215系も源流を遡れば1939年頃に登場したCal.10系をその遺伝子に持ち、1970年代後半に時代の要請から薄型化が計られ生み出された名機である。
ひょっとすると完全なベーシックムーブメントと言うのは、1970年代初期に短期間で開発されたマイクロローター搭載の超薄型自動巻キャリバーCal.240まで約50年程も遡るのではないか。何もパテックが開発をサボった訳ではなく、現代腕時計製作に必要な手巻きも自動巻も基幹ムーブメントをブランドとして早々と完成していたので、主ゼンマイ等の主要部品の素材見直しや部分的な設計修正で充分今日まで実用的対応が容易だったのだ。しかしながら此処10年くらいは多くの他ブランドのパワーリザーブの延長化トレンドに対して、パテックのシンプルなベーシックキャリバー群にあまりにもハンディを感じずにはいられなかった。この点は拙ブログでも個人的に何度も改善希望を訴えてきた。
但し、決してパテック社がロングパワーリザーブを敬遠していたのでは無く、ミレニアムイヤーの2000年にCal.28-20/220と言う当時最長レベルの10日間の超ロングパワーリザーブを持つ手巻きキャリバーを開発し、10-Days・Ref.5100として製品発表している。

51005200.png

さらに2006年にはこのCal.28-20/220をベースに2日間のパワーリザーブをカレンダーの瞬時変更に転用し、傑作レクタングラー8-Days・Ref.5200をリリースしている。
もう一点の気掛かりが有って、現在の機械式時計でほぼ標準装備であるハック(時刻合わせ時の秒針停止)機能も"日差数秒レベルの機械式には不要"との思想がパテックには有り、未搭載での時計作りを継続して来た。だが今や業界標準に比べてあまりにも孤高に過ぎるし、自社基準精度の−3〜+2秒と言う業界最高レベルの歩度基準にこそハック機能搭載の価値があると思い続けてきた。
この二つの引っ掛かりの内、後者のハック機能は2019年新製品で大きな話題を呼んだウィークリーカレンダーRef.5212にフルローター旗艦Cal.324を徹底的に改良したCal.26-330系に搭載された。既に部分的には進行形であるが、今後は324搭載モデルにはランニングチェンジでこの新エンジンが積まれるのであろう。
今回紹介の6119に積まれる新キャリバーには、この二つの憂いが見事に解消されていてハックはテンプ(振り子)に直接ストッパーで停止・発進する非常に実用的なスタイルが採用され、ロングパワーリザーブは香箱を2個上下に重ねてひたすら駆動の長時間化を計るのでは無く、同一面上に横並びにして安定して高トルクを与えながら現代のライフスタイルに適用し週末乗り切り可能な65時間の絶妙なパワーリザーブの延長を実現した。必然的にムーブ径(ケーシング径)は30.4mmと大き目だが厚さは2.55mmと薄い。両者のサイズからムーブメント名称はCal.30-255 PSとされた。尚、3919や5119等を始めレディースモデルにも広範囲に積まれている従来の主力手巻きエンジンCal.215系もその名称はそのケーシング径21.5mmに由来する。ツインバレル化で新エンジンは直径で約9mmもサイズアップしたが、驚くべきはその厚み2.55mmが従来機と同一に抑えられている事だ。結果としてケース厚(上下サファイヤガラス部分)は8.08mmと5119の7.43mmに対して僅か0.65mmしか増していない。1900年代半ばから各ブランドのメンズの主要機械式ムーブメントの主要サイズの多くが30mmであった事からすれば、この新しいエンジンはメンズ専用と見れば大き過ぎるという事は無く、逆に今日的にはケース径30mm半ばの大振りレディースの出現も珍しく無い事からすれば、新エンジン搭載レディースの登場もあながち否定は出来ない。
しかし、この時計はRGとWGで別物に見えるくらい文字盤周りの化粧仕様が異なる。RGは何処までもコンサバでクラシック。対してWGはアバンギャルドでスポーティ、いわゆる"チョイ悪"風と言えば良いのか。個人的な空想レベルでは、来年に東京で開催予定のパテックが世界の主要都市をラウンドする"ウォッチアート・グランドエグジビジョン・東京"の日本限定モデルでステンレス素材にブルーからブラックにグラデーションするダイヤル"サムライブルー"なんぞが出たりせんかいなァ。

Ref.6119G-001
ケース径:39mm ケース厚:8.1mm 防水:3気圧
文字盤:縦サテン仕上げチャコールグレー ゴールド植字インデックス
ストラップ:ブリリアント(艶有)ブラックの手縫い風アリゲーター
価格:お問い合わせください

Ref.6119R-001
ケース径:39mm ケース厚:8.1mm 防水:3気圧
文字盤:グレイン仕上げシルバー ゴールド植字インデックス
ストラップ:ブリリアント(艶有)チョコレートブラウンの手縫い風アリゲーター
価格:お問い合わせください

Caliber 30-255 PS
直径:31mm 厚み:2.55mm 部品点数:164個 石数:27個
パワーリザーブ:最小65時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動

文責:乾 画像:パテック フィリップ

毎春、時計に関わる全ての人々が心を弾ませる各ブランドの新製品発表。昨年は新型コロナのために未発表としたパテック フィリップ、とりあえずオンラインで発表したブランドなどバラバラな対応であった。ともかくリアルな実機を手に取れる展示会は全て蒸発してしまった。
その当時、翌年2021年の今春もリアル開催が不可能となると誰が想像していただろう。一向に衰えを見せない人類の脅威は、今年も我々の楽しみを早々と奪ってしまった。
ウォッチーズ&ワンダーズと言うジュネーブでのSIHHの発展系の展示会に、パテック フィリップやロレックス等のバーゼルワールドの中核ブランドが新規参加して開催される予定だったが、昨年秋頃にリアル開催不可能の決定がなされ、各ブランドともオンラインでの新製品発表を模索進化させる事となった。我が国の感染状況も予断を許さないが世界の現況からして、来年度も現地開催ができるのかどうか、誰にもわからないまさに非常事態な状況である。
パテックに関して言えば、昨年度はまさに手探りで夏ごろから小出しに何度か分けて新製品発表をした。ただ現実性のあったレディースモデルの新製品に対して、メンズは数千万円以上の非常に特殊な雲上モデルのみの発表であり、多くのパテックファンにとって事実上、新製品発表の無い欲求不満の溜まる一年であった。

今年はウォッチーズ&ワンダーズ初日の4月7日に同ブランドの最も人気のあるシリーズのノーチラスの4モデルを新製品として発表した。さらに4月12日にはカラトラバやコンプリケーションで5モデルを追加発表した。すべてオンラインであり実機を見られない状況でのインプレッションを今回は考察してみたい。尚、スペック等の商品詳細はリンクを貼った当店HPを参照願いたい。

5711_1A_014_9.jpg

まず最初にノーチラス4モデルのうち超絶人気のステンレスモデル5711のシンプルな3針モデル5711/1A-014とステンレスながらバゲットダイヤをベゼルに敷き詰めると言うパテックでは"快挙?、壮挙?、暴挙?"と言うしかない特殊モデル5711/1300A-001の2型。採用されているオリーブグリーンの文字盤は、今年の時計業界の大トレンドだがおよそ一般的な色目とは言い難い。記憶の限りでパテックのグリーンダイヤルは、かなり前のレディース・アクアノート・ルーチェと一昨年ダイヤルカラーバリエーションが追加されたアクアノート《ジャンボ》WGカーキグリーンの2モデル。現行ラインナップでもある後者は、"抹茶"と言う表現がピッタリな艶感とは全く無縁なマットな文字盤とコンポジット(ラバー)ストラップの構成で初見時に、あまりの個性の強さに購買希望者が絞られる印象を受けたが、新作人気が落ち着いた2年後の今現在もコンスタントにご注文が有り、同モデル初出でより一般受けするブラック・グラデーションのブルー文字盤と受注数はほぼ変わらない。個人的予測が見事に裏切られている。
新作オリーブグリーンの色目はモニターで見る限り、濃淡のレベルと艶の有無が判然としない。ただアクアノート《ジャンボ》のカーキグリーンの様なアクの強さでは無くオールマイティに着用者を選ばない安心感を感じる。いつでもパテックは紙でもWEBでも現物が必ずあらゆる媒体表現を凌駕するので、モニターでさえ充分な魅力を発揮しているオリーブの現物は相当な美味しさを期待出来そうだ。

5711_1300A_001_9.jpg

ベゼル仕様違いの5711/1300A-001も時計としては素材も含め全く同じスペックながら異色度合いは過去記憶に無いレベルだ。SS素材にダイヤセットは永らく時計業界では御法度であった。その理由は素材特性的にジェムセッティングが困難とされてきた。しかし本音は素材的に低価格であるステンレスのジェムセットモデルの実現化が18金WGやプラチナ素材の同様モデルを駆逐するのではという恐れからであった。その禁を破って最初にパンドラの箱を開けたのは、確かショーメだった様に思うが、物凄くうろ覚えに過ぎない。その直後からメジャーなカルティエをはじめ様々なレディースウォッチではSSケースにダイヤセットが、瞬く間に当たり前の仕様となった。パテックもこの潮流で1999年にSSのレクタングラーケースの両サイドにダイヤを配したTwenty~4®︎を発表。昨年文字盤等のマイナーチェンジを受けたが今なお現行バリバリのロング&ベストセラーモデルに育っている。
だがメンズウォッチにおいて、インデックスはともかくベゼルにダイヤがセットされるステンレスモデルは作例は有るものの今日でもメジャーとは言えない。もちろんパテックとしてもブランド初の事であり、しかも存在感あり過ぎな大粒バゲットダイヤモンドをセットしてきたのは異例中の異例である。還暦も過ぎた個人的にはこの組み合わせに違和感がないわけではない。しかし時計業界の最高峰ブランドであるパテック フィリップにとっては成立してしまう組み合わせなのだろう。早々とお問い合わせが殺到している。仮に著名であってもミドルレンジブランドが近似モデルを発表しても全く市場の反応は見込めないであろう。
ちなみにこれらオリーブグリーン・ダイヤルの2モデルについては今年度のみの生産と発表されており、通常の新製品発表と言うより特殊な限定モデル的意味合いを持つように思う。発表直後から様々なお問い合わせやご注文が殺到しているが、入荷量が全く不明なのでどこまでご対応できるかは、例によって例のごとくご勘弁頂きたい。

5990/1R-001ノーチラス・トラベルタイム・フライバック・クロノグラフは、ステンレスバージョンで既に現行の人気モデルとしてラインナップされているが、今回素材追加としてローズゴールドバージョンが追加発表された。

5990_1R_001_9.jpg

文字盤はブルー・ソレイユと呼ばれる青文字盤が採用されている。これまた個人的には赤味のあるローズの色目と青の組み合わせはかなり個性的であって、我々日本人にとってはちょっと勇気の要る選択と思われる。ところが現行ラインナップにある自動巻クロノグラフのノーチラスのSSとRGのコンビネーションモデル5980/1AR−001が近似のブルー文字盤でありながら一定の人気を保ち続けている事からすれば、生産量次第では人気の希少ノーチラスとなるのかもしれない。

レディース・ノーチラスからも1モデル7118/1450R-001が発表された。メンズに既に総ダイヤモデル5719/10G-001が用意されている事からすれば、もっと早くリリースされるべきモデルだと思う。

7118_1450R_001_8.jpg

価格的にもそれなりに凄いのだが、時計と言うよりもこの手のものはジュエリーに時計がついているものなので特に紹介のしようもない。ただ従来の7118モデルには6時位置にカレンダーが付くが、当然?のごとくこのハイジュエリー・モデルでは省略されている。ついでに秒針すら無くても良かった気がする。

続けて4月12日に発表されたニューモデルについても書き連ねようと思ったが、ノーチラスだけで想定以上の文章量となってしまったので、やっとこさ補強されたカラトラバや画期的な永久カレンダー等については、改めて後日の紹介にしたいと思う。

文責:乾 画像:パテック フィリップ

久々の更新である。大変残念ながら実は個人的な健康上の理由でしばらくの間当ブログを休止せざるをえなくなった。

2月上旬に本年の生産中止モデルについて発表はされているが、昨年度より詳細の公表を控えているため、目下の最大のトピックスは4月上旬にジュネーブで開催されるウォッチ&ワンダーズでの新作発表と言うことになる。昨年までのバーゼルワールドは結果的に消滅してしまい、今年はパテックを始めロレックス等の主な時計ブランドがジュネーブに合流集結することとなった。  
ただ残念ながら、依然として新型コロナの収束が見えない中、各ブランドともオンラインでの新作発表と言う異例の状況である。もちろんブログもまともに書けない体ではジュネーブへの訪問はかなうはずもないのだが...
パテックについてもウォッチ&ワンダーズ開催初日4月の7日には新作がウェブ上で確認することができる。
そのために皆様と同じウェブ上の情報のみにて新作についてのインプレッションを起稿出来ればと思っているが、体のコンディションとの相談と言うことになりそうだ。
手指の障害もあるために実機撮影のめどが立たないため、従来のようなブログ記事の定期配信はかなり先のことになりそうだ。それでもこれは書かねばと言うトピックスについては、貧相な画像であっても書き連ねていきたい。
個人的な思い入れ、あるいは勘違いなども多々ありながらもありがたいことに読み続けてくださるブログファンも少数ながらあるようなので、なんとか不定期になりながらも続けていければと思っている今日このごろである。

あまりにも早い開花のソメイヨシノはすでに葉桜になっているであろう4月7日まで、たったの2週間余り、2年ぶりのパテックのニューフェイス達を世界中のファンが待ちわびている。もちろんその気持ちについては誰にも負けない思いを持っている。

文責:乾

なお、店頭でのご面談は当分できませんがメール等でのお問い合わせについては、自身が責任を持って監修したご返信を、スタッフよりいたします。
開業パテック フィリップ・コーナーを開設して6年、店舗自体は2001年の新規開店からおかげさまで20周年を迎えました。今年は年末までアニバーサリーイヤーとして様々なご購入特典もご用意して、皆様のご来店を心からお待ちいたしております。

パテックの何が売りたいって?聞かれれば、"永久カレンダー搭載手巻クロノグラフ"と"ミニット・リピーター"が個人的には一・二番だ。天文時計の"セレスティアル"や"スカイムーン・トゥールビヨン"も凄い時計なのだけれど愛用する年次カレンダーの月齢さえもテキトーにしか付き合っていないし、昨年末の"ふたご座流星群"や"土星と木星の大接近"も睡魔と寒さにあっさりスルー。天文系は奥が深すぎて入口の扉のノブにさえ手が掛けられない。
レア・ハンドクラフト群も勿論パテックの顔ではあるが美術・工芸品の趣が強いし、意匠毎の好き嫌いも各人各様あり過ぎる。時計道なる主流とは別の道を歩んでいる偉大過ぎる傍流だと思っている。
主流にはさらに、超絶コレクションのグランドマスター・チャイムやトゥールビヨンとミニットの合わせ技や、クロノグラフと永久カレンダーとミニットなんて組み合わせも或るわけだが、過去のアーカイブの分厚さで冒頭の二つが同ブランドの金字塔だと思っている。さらに言えば2015年6月の当店パテックコーナー開設以来、まだ販売が叶っていないながら、近未来的に商売が出来そうな可能性が有りそうなのもこれらであって、さらなる超絶系は販売出来るという予感が今現在は湧きそうにもない。
ところがこの両者にも格の違いがあって、永久カレンダー搭載クロノグラフには定価設定が有って販売用の店頭在庫品としてごく稀にご覧頂ける事もある。それに対してミニット・リピーターは時価の扱いで、厚みのある既存パテックコレクターからの発注をスイスのパテック社が審査し、ほぼ受注生産にて納品されるので店頭に売り物が並ぶ事は無い。ゆえに実機編記事は当店がミニットを受注・納品しなければ書きようが無い。今般機会を得て前者の実機編を綴るチャンスがやってきた。2020年は新型コロナ禍に明け暮れたぶっそうな年だったが、新年早々お年玉よろしく願ってもない幸運がやってきた。
5270_800.png
パテック社が永久カレンダー搭載クロノグラフを最初に発売したのが、スターン兄弟時代である1941年発表のRef.1518で、ムーブメントはバルジュー社製エボーシュを当時パテック社と強固な関係にあったヴィクトラン・ピゲ社が徹底的にチューニングしたもので、そのケース径は35mmしかなかった。現役の5270用自社ムーブメント径が32mmなので機械内部のパーツ密度は当時の方が高かった可能性がある。閏年や昼夜表示が当時は無かった事を差し引いても凄い技術力があったのだろう。現代と較べて工作機械や設備がかなり劣っていた環境で人的な技は上回っていたのかもしれない。
1518の総生産数は281個とされていて、1944年製のSSモデルが11,002,000スイスフランという腕時計落札の世界記録を2016年11月に達成している。このSSモデルは確認されている個体がたったの4個しかない稀少性が当時の日本円(同年平均レート110.39円)にして12億1450万円(ホンマかいな!)というとてつもない高額レコードを生み出したのだ。
1518SS_2499_100EC_b.png
さてさて超人気モデルのノーチラスSS3針5711/1Aは今現在でこそとんでもないプレミア価格が2次マーケットで闊歩しているが、1リファレンス最大年産数1,000本以下というパテック社の社内ルールから推し量って、2006年デビューから14年間で恐らく1万本以上は生産されていると想像すれば、将来のアンティークとしての市場価値は非常に疑わしい気がする。個人的には生産数が限られるプラチナ製の今回の紹介モデル系統を購入したいが、先立つものが無いのと、同じベースキャリバー搭載でプラチナケース製の"素"の手巻クロノグラフを清水の舞台やら、東大寺二月堂などから10回ぐらい飛び降りて愛機にした経緯が有るので、多少持ち重なるという言い訳にて無理やり封印・納得する次第。
皆さん!子供・孫の為なら絶対コッチですよ。そしてゲットしたら一日も早い生産中止を祈る事です。愛機のプラチナクロノRef.5170Pはたった2年でディスコン、あぁ万歳!

閑話休題、アンリ・スターン時代初期の1951年にモデルチェンジしたRef.2499が同じくバルジュー製ムーブメントでリリースされた。生産数は349個。ケース径は37.5mmで、有名な落札記録は1987年製プラチナ素材の現存2点もので、長らくギタリストのエリック・クラプトン氏が愛用していた個体で2012年11月に3,443,000スイスフラン(同年平均レート85円で2億9265万円程)で高額落札されている。尚、残る1点はジュネーブのパテック フィリップ・ミュージアムに所蔵されている。
現名誉会長フィリップ・スターン時代の1986年にはRef.3970がヌーヴェル・レマニア製ムーブメント CH 27-70 Qを搭載してケース径36mmで発表された。2004年迄製造されたが、生産数等の公表はされていない様だ。
2004年にはティエリー・スターンのマネジメントで後継機Ref.5970がムーブメント継続で発表された。ケース径は時代を映して少し大ぶりな40mmとされた。ティエリーが社長就任した2009年にはレマニア社からのムーブメント供給問題もあって同モデルは5年というやや短命で生産中止となった。
3970_5970_5270_b.png
2011年クロノグラフムーブメントの完全自社開発生産プロジェクトの総仕上げとして自社クロノグラフムーブメント第3段の手巻CH 29-535 PS Q搭載のRef.5270がケース径41mmWG素材で発表され現在に至っている。
スイス機械式時計の暗黒時代(1960年頃~1990年頃あくまで自説・・)にあっても生産数量を絞りながらもパテック社は永久カレンダー搭載クロノグラフというグランド・コンプリケーションを作り続けた。ところがミニット・リピーターやワールドタイム、トラベルタイム等の現行ラインの人気シリーズの生産記録がこの期間には殆ど見当たらない。個人的には細々ではあっても途切れずに生産が継続されつづけた事が、パテックにおける永久カレンダー搭載クロノグラフの位置付けを別格なものにしていると思っている。やっぱり、ほっ!欲しい!
2499はケースデザインや文字盤によって世代交代が有り、前述の1518と併せて両方で僅か630個しかない個体群に蘊蓄や夢やロマンなどが詰まった一大世界がある様だ。パテック フィリップ・マガジンの人気ページであるオークションニュースで出場回数が最も多いのがこの2モデルでは無いだろうか。たぶん一番追いかけられているアンティークパテックである様に思える。最初はこの両モデルについて詳細に調べ上げて書き連ねようと思ったが、アンティークやヴィンテージは門外漢なので上記の様な世俗的で気になるトピックスのみをご紹介し、以下は実機を子細に見てゆきたい。尚、永久カレンダー搭載クロノグラフの参考資料(2499以降)としてWeb Chronosの記事が面白い。
5270b_800.png
好きな時計の撮影は何故か上手く撮れると言うジンクスは時として崩れる。実機からはオーラの様な凄みが放たれているが画像には全くそれが写し込めていない。特に文字盤カラーのヴィンテージローズっぽい色目がどうにも写ってくれない。現物はもっと発色があってオレンジとサーモンピンクの中間の様な絶妙な色目。因みにPPの公式カタログではダイアルカラーをゴールデン・オパーリンとしているが個人的にはけっこう違和感が有る。その他にも後述するが現物と違うのではないか、と思わせる色絡みの記述が少し有って、ひょっとして撮影した実機が微妙な仕様変更を受けているのかと疑ってしまった。尚、5270のデビュー当時2011年頃のダイアル外周部は外から秒インデックス、分インデックスの2重レール表示サークルだったが、現在は画像の様に秒と分サークルの間にタキメーターが入って3重のサークルとなっている。その為6時位置の日付表示サークルの視認性を確保するために分サークルとタキメーターサークルの一部が削られ、3時から9時までの植字インデックスも非常に小型化された結果、独特の進化を遂げた顔になった。また閏年と昼夜の表示をそれぞれ独立した窓表示とし視認性を向上させているが、これについては後程ムーブメントと絡めて説明したい。
5270c_800.png
18金WG製の針と植字のインデックスは、ひとつ前の文字盤全体画像では全てマット調の黒仕立て・・に見える。とこらが直上画像では針に関しては全てがシルバーカラーの鏡面仕上げの様にも見える。公式カタログには確かに針表記としてBlackened leaf-shaped in white goldとあるのでPPJに確認をしたが、全針がブラック処理でありカタログ記載通りの仕様だった。実機を今一度見直したが、見れば見る程まるで白黒判然とせぬミステリアスで magic handとでも呼びたくなってしまった。また4・5時のピラミッド状の極小インデックスの左側面はシルバーっぽく見えるがこれも照明の反射によるものだ。この豆粒の様な小さいブラックインデックスはサイズ的には視認性が悪いが、ゴールデン・オパーリンの独特な文字盤カラーには非常に映えている。
5270d.png
今回の撮像で一番ましなカットが上の一枚。伝統の逆ぞり(コンケーブ)ベゼルは初代の1518でも採用されている個体があり、2499ではお約束になっていたデザイン。段付きのラグも2499からの流れ。肩パッドの様なウイングレットラグはティエリー監修の5970からの採用。今回の撮影で初めて気づいたのがケースサイドの凸状の段仕様だ。四ヶ所のラグで分断されるがケース全周に渡って施されている。過去どのモデルからの意匠なのか知りたかったが、適当な参考画像が無く不明である。しかしいづれの特徴的意匠もパテックの永久カレンダー搭載クロノグラフのアイコン的デザインであり、ダイヤルの表現が仮に酷似していても他ブランドと見間違う事は無いだろう。
5270e.png
段付きケースサイドの6時側にはプラチナ製パテックの証である一粒ダイアモンドが埋め込まれている。他モデルに比べて少し大ぶりな気がするが多分気のせいだろう。左側のおへそはムーンフェイズ調整用ボタン。
5270f.png
背中姿の写りもショボいナァ。ほぼ全身が鏡面仕上げの中でクロノグラフのプッシュボタンの下面(上面も)のサテンフィニッシュが実に良いアクセントなのだが残念な画像からは伝わって来ません。
パテックはクロノグラフ・ムーブメントの自社化に際して、古典的なキャリングアーム(手巻と相性の良い水平クラッチ方式)の芸術的ともいえる見た目の美しさはそのままに数々の工夫を凝らして非常に進化した中身の濃いムーブメントを設計した。例を挙げるとスケルトン面の左半ばにある黒く円盤状のパテックのクロノグラフに特徴的なコラムホイールシャポー(帽子)の偏芯化。またクロノグラフ関連歯車の形状を一般的な三角歯からウルフティース(狼歯)と呼ばれるより噛み合いの良い形状にしたり、その歯数を増やして針飛びの影響を低減させている。また一般的な永久カレンダー機構では、うるう年の2月29日表示の為に4年で一周する48ヶ月カムが組込まれているが、この自社キャリバーでは1年で一周する12ヶ月カムにうるう年調整用の突起を設ける事で2月29日を表示している。
そんなこんな各種新設計がダイアル下部にスペースを生み出し、自社ムーブ以前のモデルでは3時と9時のインダイアルに同軸の針表示としていた閏年表示と24時間表示を4時半と7時半に独立した小窓表示にして、視認性を格段に向上させている。尚、窓表示化によって24時間表示は2色(白と)の昼夜表示に変更されている。
5270g.png
カレンダー調整用のファンクション・ペンシルの金属部分はPTでは無くWG製。パテックのグランド・コンプリケーションカテゴリーに属す裏スケルトンモデル全て付属するソリッドなノーマルケース・バックは5270Pでは25グラム。ところで25グラムは、昨今のプラチナ地金買取価格は1グラム3,700円前後なので9万円強となる。ちなみに金は6,800円前後なので「なぜプラチナ製時計の方が高いのだ?」と言う疑問が湧く。ところで水は1㎤で1g、24金なら19.32g、プラチナ21.45g、銀10.5g、銅8.5g。この比重だけを較べると同じ体積の時計ケースの原材料費としては金の方が高くなりそうだが、時計の素材としての金は18金なので25%は銅や銀等の低比重の金属が混ざっていて、その比重は15~16g(合金比率で変化する)とされている。残念ながら18金の価格と言うのが良く解らないので乱暴だが6,800×75%=5,100円とし、18金の比重を仮に15.5gとすれば、プラチナは比重比で21.45÷15.5=約1.38倍、価格比では逆に3700÷5100=約0.73倍となる。両者を掛けて1.38×0.73=約1.0となるが実際には25%の銀や銅等の素材代が加わるのでプラチナケースの原材料代は少し18金よりは安価に思われる。ではなぜプラチナ時計は同モデル18金素材よりも高いのか。咋秋に発表された5270の18金YGモデルと較べて本作は約17%弱高額だ。これには両者の加工の難易度が大きく影響していると思われる。18金は非常に扱いが容易だが、プラチナは叩く(鍛造)、切る(切削)、磨く(研磨・仕上げ)と何をするのもやり辛くコストがかかる素材だ。
ところで思いついて手元の2000年のカタログで当時の永久カレンダー搭載クロノグラフRef.3970の両素材の価格比較をするとプラチナが約14%高額だった。そして当時の年平均プラチナ相場はグラムあたり1,963円。純金はたったの1,014円。前述の乱暴な18金換算で75%掛けなら760円。プラチナは約2.6倍もしていた事になる。つじつまが合わない話だ。これでは3970時代は圧倒的にプラチナがお得だった事になってしまう。いやはや困った事になってしまった。迷宮に入り込んで頭を抱えているのは「おまえだけだ!」という話かもしれないが・・
そこで5270Pの総重量を計ってみた。ソリッドの裏蓋も含めて153g。この中にはムーブメントやストラップ、上下のサファイアクリスタル等のケースとバックル以外の重量も含まれるので実際の素材の重さはもっと少ないはずだ。そもそも3970と5270の重さが違う。それらの誤差や様々な無茶を承知で両者を無理やり比較してみた。

名称未設定-1.gif繰り返しになるが、上図は相当に無理があると断ったうえで細かい金額はともかく四捨五入して2千万円クラスの超複雑腕時計の原材料費は、時代による相場変動が有ろうが上代の5%未満かもという事だ。ちなみに表の右端Rhは通常プラチナ製時計やジュエリーの表面にメッキされる白色金属のロジウムの価格。従来はWG製品にもメッキされる事が常であったが、昨今はメッキ無しで良好な白色にWGを仕上げるブランドが増えて来た。ちなみにパテックも大半のWGモデルでロジウムメッキを現在は施していない。このロジウム元々高価な金属だが最近高騰が著しい。非常に産出量が少なく、殆どが車両エンジンの排ガス処理の触媒として利用されている様だ。
実に乱暴な原材料費の分析だが、他素材に較べてプラチナモデルは生産数がかなり少なく、素材特性上の加工費が想像以上なのだろう。高騰するロジウムをメッキする手間も費用もかかるし、小粒ながら6時位置のケースサイドにはダイアも埋め込まねばならぬし・・
少しプラチナウォッチの値付け解析が長くなり、無理やり納得した部分も有るがともかく昔も今も貴重で高価な"パンドラの箱!"という事にしておこう。
5270h.png
ケース厚は12.4mm。ベースキャリバー CH 29-535 PSの5.35mmに僅か1.65mmしかない永久カレンダー・モジュールを乗せてムーブ厚合計は7mmに仕上がっている。さてこのサイズ感は他ブランドと比較してどうだろうか。

永久カレンダー比較_b.gif
手巻かつ現行モデルに限って探してみたが、上記以外オーデマピゲやブレゲ等にもありそうだったが見当たらなかった。サイズ的には各ブランドよく似たものだがムーブ径はヴァシュロンに譲るが、その他はパテックが微妙に優っている。ランゲにはパワーリザーブが搭載されるが、24時間表示ないし昼夜表示はパテックしか採用していない。尚、画像も含め検索結果ではほぼパテックの独壇場で、このジャンルに於いての王者の位置付けは盤石である。
5270i.png
プラチナ製のフォールドオーバークラスプ。カラトラバ十字部分を押さえて装着するが、真上からまっすぐ下に押すのではなく若干斜め(画像では右から左側の方向)に押すのが正解。敢えてまっすぐにしていないのは、カラトラバ十字のロウ付け部4ヶ所が真上からの圧力での抜け落ちる事を予防する為である。尚、斜め度合いにはかなり個体差が有る。同形式のクラスプをご愛用のオーナー様はご参考頂ければ幸いである。
手巻永久カレンダー搭載クロノグラフは1941年のシリーズ生産初代から様々な素材で生産されているが、18金の王道であるイエローゴールドが当然主流であった。5270に於いてはWG、RG、PTの順で発表され主流YGを欠いていたが昨2020年秋に待望のYG素材モデルが追加されたのは喜ばしいニュースだ。

Ref.5270P-001
ケース径:41mm ケース厚:12.4mm ラグ×美錠幅:21×16mm 
防水:3気圧
ケースバリエーション:PTRGYG
文字盤:ゴールデン・オパーリン ブラック仕上げ18金WG植字アラビアインデックス
裏蓋: サファイヤクリスタル・バック(工場出荷時)と通常のソリッド・ケースバックが付属
針:ブラック仕上げの18金WG時分針
ストラップ:シャイニ―(艶有)・チョコレートブラウン手縫い・アリゲーター 
バックル:PTフォールデイング(Fold-over-clasp)
価格:お問い合わせください

Caliber CH 29-535 PS Q:手巻永久カレンダー搭載クロノグラフ
直径:32mm 厚み:7mm 部品点数:456個 石数:33個
パワーリザーブ:最大65時間(クロノグラフ非作動時)最小55時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:ブレゲ巻上ヒゲ
振動数:28,800振動
※古典的なブレゲ巻上げ髭ゼンマイは、現代パテックでは採用が非常に少なく稀少な仕様。単なるノスタルジックかもしれないが、何となく保有する楽しみが有る様な・・ターボじゃなくてキャブレター仕様の自然吸気と言えば良いのか。

PATEK PHILIPPE INTERNATONAL MAGAZINE Vol.Ⅱ No.05 Vol.Ⅲ No.8 Vol.Ⅳ No.03,05
COLLECTING PATEK PHILIPPE WRIST WATCHES Vol.Ⅱ(Osvaldo Patrizzi他)
文責、撮影:乾 画像修正:藤本


最近、シンプルなメンズカラトラバが店頭に並ぶ事が無くなった。数年前までは考えられなかった現象だ。原因は幾つかある。まずシンプルカラトラバの"顔"と言うべき代表モデルRef.511951535296が2019年にごっそり生産中止になり、その後継モデルが発表されていない事で現在のカラトラバの選択肢は、同シリーズのマイルストーン的な手巻スモールセコンドの通称"クンロク"Ref.5196、または自動巻センターセコンド・カレンダーを裏蓋ハンターケースに搭載したRef.5227のたったの2モデル7本しかなく、ほぼ絶滅危惧種の感すらある。
ノーチラスとアクアノートの需給バランスの崩れ方も加速度的に酷くなっているが、呼応するようにパテック フィリップのブランド全体の価値そのものが上がってきている様に思われる。新型コロナ禍の様な社会不安が安全でしっかりした価値の裏付けを有す高級な時計や車に投資先を見失った手元資金が集中的に向かっているような気がする。パテックやロレックスのスポーツ系のモデル、フェラーリやポルシェの特に"役モノ"と言われる特別な車がその具体的な受け皿の様だ。
そして、最近増えて来たのが将来のノーチラスやアクアノート購入の為にパテックの購入実績が有った方が望ましいとの想定で、その取っ掛かりモデルとしてシンプルなカラトラバを希望される方が徐々に増えているのも店頭在庫を幻にしてゆく原因の一つだ。
個人的には2020年の新製品にはきっとシンプルな自動巻の3針カレンダーモデルRef.5296の後継機が用意されていたのではと予想していたが、新型コロナに水を差されて今春へと答え合わせは持ち越しとなってしまった。

そんなこんなで今やノーチ&アクアに次ぐレアシリーズとなったメンズカラトラバ。で本日のご紹介は過去にもローズゴールドでは紹介済みながら素材と文字盤の違いで"此処まで違うモデルに見えるんかい!"というパテックには時々見られる同床異夢?モデルのRef.5227G-010。
_DSC9731改.png
画像ではこの時計文字盤の放つ艶っぽさは、残念ながら殆ど感じられない。それでも画像修正は相当やっていて単純な撮影だけではこの画像にはならない。この経験をすると雑誌やWEBでプロカメラマンが提供している画像が、どれほど工夫されて撮られて、いかほどに執念深い修正がなされているかが伺い知れる。
このダイアルは一般的なラッカー仕上げなのだけれどひょっとすると最近のパテックの本黒七宝文字盤よりツルピカ度合いは強いかもしれない。実物はそれほど魅力的なオーラを放っている。
実は5227のファーストインプレッションはあまり良いものでは無く、凝ったケースの形状と仕組みで積み上がった価格に割高感を感じていた。2013年初出の5227は現在も継続しているYG、RGに加えてシルバー系のダイアルのWGの3モデルでスタートした。2年後の2015年にWGに今回紹介の黒文字盤タイプが追加され、2019年のカラトラバ大量ディスコン発表時にシルバー系ダイアルWGも鬼籍に入ってしまった。
2015年の夏に当店で開催した『パテック フィリップ展』でその年にデビューしたWG黒文字盤の展示サンプルを見ていて、何とも言えない大人の色気の漂いにすっかり悩殺され、それまでの5227感が激変されてしまった。
5227G010side.png
ケース形状は特徴的だ。逆ぞりのベゼルにケースサイドからラグにかけての大胆な掘り込み。これらはグランド・コンプリケーションやコンプリケーションのどちらかと言うと前衛的なモデルに好んで採用されるデザインで、見た目がこれほどシンプルな時計に施される事は珍しい。ただ見た目は"シュと!"していても実に巧妙なハンター構造が仕込まれていてダイアル正面からでは全くその存在が判らない。9時側ケースサイド(上画像)からは小さいインビジブル(見えない)ヒンジ(蝶番)を確認する事が出来る。尚、この時計は現社長のティエリー・スターンが開発を主導し、実父の現名誉会長のフィリップ・スターンが初めて見た時に"すぐにはハンター構造に気づけなかった"と言う逸話がある。
5227G010CSback_3.png
見た目涼やかで、押出しも強くないが手間暇とコストがコッソリ、ゴッソリ掛かっていて、前衛的と言うよりも挑戦的でギミックが効いたいぶし銀の様な趣を持つ5227。現在のメンズパテックのカタログモデルは一部の例外を除いて殆どが裏スケルトン仕様となっている。それをわざわざ手を掛けてハンター仕様にするのは趣味性以外の何ものでもないが、高級機械式腕時計が今や趣味趣向、拘りに裏打ちされたステータスなアイテムなのだからこの遊び心はアリなのだ。しかし、カラトラバ同様にハンターケースモデルも激減していて今や永久カレンダーRef.5160/500との2モデルになってしまった。こちらも絶滅危惧種と言える。
5227g010CSback2.png
上の画像でリューズのすぐ右にハンターケースの裏蓋を開ける為の出っ張りがある。裏蓋の仕上げは数少ないノーマルケースバック仕様を採用するゴールデン・エリプスと同様に縦方向の筋目仕上げが施されている。逆に開いたケースバックの内側は刻印一つない完璧な鏡面仕上げでバニティミラーとして充分使用可能なクオリティーだ。
個人所有の愛用時計の素材バリエーションはPT、RG、YG、SS、チタンそして樹脂(カシオ)も・・何故かWGだけ欠けている。リシャールやウブロのサファイアクリスタルケースなんてのはとても手が届きませんが、WGなら5227Gが有力候補である事は間違いない。

Ref.5227G-010
ケース径:39mm ケース厚:9.24mm ラグ×美錠幅:19×16mm 防水:3気圧
ケースバリエーション:、WGの他にRGYG 
文字盤:ラック・ブラック ゴールド植字インデックス
ストラップ:ブリリアント(艶有)ブラックのハンドステッチ・アリゲーター
価格:お問い合わせください

Caliber 324 S C
直径:27.0mm 厚み:3.3mm 部品点数:213個 石数:29個 受け:6枚
パワーリザーブ:最小35時間~最大45時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動
ローター:21金ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)
尚、ムーブについての過去記事はコチラから

文責 撮影:乾 画像修正:藤本




またしてもメンズは超絶系だった。11月に発表された第五弾目のニューモデル6301P。鳴り物系と言えばミニット・リピーターがポピュラーであるが、あまりなじみの無い"グランドソヌリ"とは驚いた。もちろん時計好きなら名前ぐらいはご存じだろうが、その定義をしっかり把握している方は少数派だろう。かく言う私もグランドソヌリとプティットソヌリの違いを必要な度に調べるが、いつの間にやら忘却し、曖昧模糊となってしまうのが常だ。
ミニット・リピーターがスライドピース等を自ら操作する事によって、現在時刻をゴング(鐘)とハンマーによる音階と回数で表現するのに対し、グランドソヌリ・プティットソヌリはそれぞれのモードに設定されていれば毎正時と各クォーター(15、30、45分)をやはり音階と回数の組合せで時計が勝手にお知らせしてくれる機能だ。尚、プティットソヌリの場合は毎正時には時刻が知らされるが各クォーターでは時刻は省略され、15、30、45分の違いだけが打ち分けられる。各クォーター3回分(1日24時間なら72回分の)時刻用のゼンマイ消耗が防がれる事になるのだが、今現在が何時台かを常に覚えておく必要がある。一見不便なようだが何時頃かは1時間おきに知れば良いけれど、「出来れば15分で会話は終了しましょうね!」というコロナ共存時代には最高のスペック?に違いない。冗談はさておいて、作家、画家、芸術家、研究者、アスリート、料理家などのクリエイター系の方々には案外求められる機能なのかもしれない。因みにデートモード(サイレントモード)にすれば普通の無音時計になるのでご心配なく。また、3時位置のリューズに備えられたボタンをプッシュすれば任意時刻を分単位まで打刻するミニット・リピーター機能も当然備わっている。
さて超セレブのコロナ対策ウォッチのお値段は如何ほどだろうか?勿論定価設定は無く、時価なのだが1億円を超えるのか、越えないのか、ぐらいしか想像出来ない。まず、販売する事は無さそうなので実機編記事を書く事も無いだろう。

それにしても今年のメンズの新作は異様だ。いわゆる普通の時計が全く発表されていない。6月にカラトラバSS限定6007Aが出たが、世界1000本限定で国内正規販売30店舗全部に行き渡っていない"超"に"激"が付く稀少モデルだった。
左:6月発表カラトラバSS限定(完売)6007A 右:11月発表グランドソヌリ6301P
6301P_001_8.png
そして7月に発表のグランド・コンプリケーション3点も"超"がつく複雑機能モデル。トゥールビヨンを装備したミニット・リピーター5303R、従来モデルの素材バリエーションとは言ってもスプリット秒針クロノグラフ5370Pや永久カレンダー搭載クロノグラフ5270J。定価設定は5270Jのみ有るが税込で2000万円超となっている。
7月発表 左:ミニット・リピーター・トゥールビヨン5303R 中央:スプリット秒針クロノグラフ5370P  右:永久カレンダー搭載クロノグラフ5270J
5303R_001_8.png
ところがレディスの新作は少ないながらも現実的で普通の時計ばかりだ。9月に人気のコンプリケーションモデルのカラトラバ・パイロット・トラベルタイムのミディアムサイズ素材バリエーション7234G。翌10月には前回記事で紹介したベストセラーのクォーツSSブレスレットモデルの新規文字盤採用のトゥエンティフォーが2色ダイアルバリエーションで発表された。
左:9月カラトラバ・パイロット・トラベルタイム7234G 中央:10月トゥエンティフォー4910/1200A
7234G_001_8.png
パテック フィリップの年度は毎年1月末迄なので今年度は残すところ2ヶ月弱しかない。一方来年度の新作発表の場は従来のバーゼルワールドが中止となり、4月にジュネーブで開催される「ウォッチーズ&ワンダーズ(従来通称ジュネーブサロン、SIHH)」にロレックス等と共に新規参入を決めていたが、ヨーロッパのコロナ禍の現状から早々と現地でのリアル開催は見送りが決定した。結果パテックもオンラインでの新作発表(例年公式HPで実施している形と推測)となって2021年4月9日またはその前日辺りにはWEBでのチェックは可能になりそうだ。勿論、今後の世界的な感染状況次第とは思われるが・・

そのスケジュール通りになれば、2020年度の新作をさらに近々追加発表するとは思えず、来年度への持ち越しが濃厚だろう。レディスはともかく今年の偏り過ぎたメンズ新作は5720Jを除いて、完売当然の限定希少品とほぼ受注生産品ばかりで計画生産が不要。まさに先の見えない混沌とした今年のコロナ市場下に柔軟な対応をパテック社はしたのだろう。ノーチラス、アクアノート、カラトラバと言う超人気シリーズを筆頭に幅広く人気定番モデルを多数有するが故に取りえた王道戦略だったと思う。
6月にはコロナ第一波後の製品入荷が再開されたが、心配していた程には入荷状況は悪くなく例年同様かむしろ少し良いかもしれない。日本を含めてアジア市場が欧米に比較して経済環境が良好という事も影響しているかもしれない。ひょっとすると従来定番モデルのビジネスは、世界で市場毎の温度差を許容せざるを得なかったのかもしれないが、(普通の)新製品ではそれをすべきでは無いという経営判断が有ったのかもしれない。
では来年の普通の新作はどうなのか。メンズは2年分が一気に出てくるのか。個人的には期待したいが、奇跡の様なワクチンが完成して「東京五輪も開催可能ですよ!」ぐらいの状況改善が2月迄ぐらいに有って、ポストコロナ復興景気の予感があれば、1年半分位のモデル数での発表を
期待したいが、急に増産体制を敷けるブランドでも無いので案外例年通りぐらいなのかもしれない。
今年はコロナ禍のせいで本当に早い1年だったが、来年新作発表までは4ヶ月の我慢。2年越しのニューモデルが今から楽しみで楽しみで仕方が無い。


文責:乾 画像:PATEK PHILIPPE

すっかり秋だ。コロナ禍は依然として終息の行方が見えないが、季節は律義に粛々と巡って来る。時には終わりという事が無さそうだ。しかし我々の廻りには終わりの或るものが圧倒的に多い。人の人生はその最たるものだろう。そして形あるもの"時計"にも生産終了が遅かれ早かれやってくる。特にパテックの場合には人気の度合いに関わりなく、突然それはやってくる。特にここ数年で顕著な気がする。印象深いメンズのディスコンモデルは、カラトラバのド定番であった手巻Ref.5119、自動巻Ref.5296。レディスではトゥエンティフォーとノーチラス、アクアノートのクォーツモデルがゴッソリお蔵入りになった。中でもトゥエンティフォーシリーズの1999年デビューモデルにして超ロングセラーのレクタングル(縦長の長方形)にしてマンシェット(腕帯)型のRef.4910系は年を追うごとに人気が高まりパテックのレディスモデルの顔となっていた。飽きの来ないデザインに使い勝手の良いクォーツでSS製ならお手頃価格で圧倒的な支持を得たベストセラーだった。現在メンズモデルにクォーツは一切無い。高級にして恒久なタイムピースは機械式であるべし!の傾向は1990年代後半からずっと続いている。そしてこの10年程でレディスにもそのトレンドは浸透しつつある。パテックはその先陣を切るが如く、レディスのメカニカル化を一気呵成に進めたブランドである。2018年秋にイタリアで発表されたラウンドシェイプのトゥエンティフォー・オートマチックRef.7300。同シリーズ初のオートマチックは大ぶりな36mm径と視認性抜群のアラビアインデックス、センター秒針に窓表示のカレンダー・・とどこまでも実用性が追求されている。
まるで魔女狩りの様な"クォーツ排除"、何処まで行くのだろうと、個人的には少しやり過ぎ感を抱いていた。と思っていたら、まさかの文字盤アレンジ2色での復活モデルとして先日ラインナップに帰ってきた。
4910_old_new.png
文字盤以外のケースとブレス等は全く仕様変更無し。と思っていたら検品担当から間違い探しの様なリューズの違いを指摘された。旧タイプではブラック・オニキスのカボションがセットされた丸味の有るエレガントなリューズだった。新タイプではソリッドでごく実用的な普通のリューズになっていてメカニカルっぽく見えなくもない。文字盤も同様で12時、6時のインデックスがローマ数字から丸形オートマティックで採用されたアラビア数字となり、その他のインデックスはダイヤから《トラペーズ》と呼ばれる台形の植字インデックスとなっている。素材は時分針も含め18金WG製で夜光塗料スーパールミノバがしっかりと塗られていて昼夜共に読み取り易くトゥエンティフォーの名にふさわしい。
文字盤カラーは画像のグレー・ソレイユ、ブラック・グラデーションとブルー・ソレイユの2色があり、いづれもラウンドのステンレスモデル2型と同じカラー構成となっている。尚、公式HPのカタログ画像のグレー・ソレイユ・・の色目はラウンドと今回のクォーツで全く別色に見えるが同色で、クォーツ画像の色目が現物に近い。
_DSC0109.png
トゥエンティフォーの全てのブレスレットに共通するとても有用な仕様が通称"1.5駒"と言われる2駒のデフォルトでの採用だ。ブレス中央のカラトラバ十字駒両側がその駒。厳密には1.2倍程度の長さなので見た目の違和感はあまりない。言われなければ気付かないかもしれない。しかしその2駒によるブレス調節能力は非常に高く、あらゆる腕廻りにアジャスト可能である。この便利な駒がなぜかノーチラスやアクアノートのブレスレットには組み込まれていない。必要に応じて有料で別途手配となってしまう。経験的に3人に一人は調整駒が必要な気がするのに・・

ところでこの時計は入荷時にリューズが引かれている。要は針が止まって運針していない。埃の混入しない真空パック状態でスイスの工場から販売店に届けられるパテックならではの配慮で、かなりの電池消耗を防げる。過去国産・輸入を問わず他ブランドのクォーツ時計では見当たらない。
10月1日に久々に価格改定を実施したパテック。今回紹介のモデルは旧タイプからの値上がり幅が結構大きかったが、それでも100万円台半ばで購入可能なパテックの時計は男女を通じてこのモデルのみであり、この復活は本当に大きい。
異例尽くしの今年の新製品。婦人用はパイロット・トラベルタイムの素材違いWG製Ref.7234Gが追加されたし、今回はクォーツ トゥエンティフォーが復活したりと実に手堅くビジネスに速結する歓迎すべき中身だ。対して紳士用はお客様を絞るのに悩ましい限定モデルRef.6007Aや、超絶に近いグランド・コンプリケーション3モデルと普通の新作がまだ無い状態だ。パテックの年度末である1月末までもう3ヶ月しかない。ヨーロッパは新型コロナ感染状況が現在も非常に悪く商売の行方も不透明だが、せめて1型ぐらい"売り易く、買い易い"メンズニューモデル出て来んかい!!

Ref.4910/1200A-010
ケース径:25.1 x 30 mm ケース厚:6.8mm 防水:30m
ケースにダイヤモンドをセッティ ング(36個 約0.42カラット)     
ケースバリエーション:SS(別文字盤有) 
文字盤:グレー・ソレイユ、ブラック・グラデーション 蓄光塗料付ゴールド植字インデックス 
価格:お問い合わせ下さい

Caliber E15
サイズ:25.1 × 30mm 厚み:1.8mm 
部品点数:57個 石数:6個
電池寿命:約3年

PATEK PHILIPPE INTERNATONAL MAGAZINE Vol.Ⅳ No.08
文責、撮影:乾 画像修正:藤本

5172g_main_a.png
8月にはとうとう記事を一度も投稿出来なかった。酷暑のせいか、新型コロナ禍のせいか?はたまたネタ切れか?まあ全部と言えば、全部。言い訳にしかならないが"ストレスフルな夏"であったのは間違いない。おっかなびっくりの出張や面会、外食を再開し始めるも、扉は常に半開き状態で危険と背中合わせを感じつつも天照大御神のように閉じ籠り続ける事も無理が有る。奈良県もクラスターが次々発生し死者8名、累計感染者は500名を超えてしまった。当たり前の対策をしつつ生き残りは運次第という諦観も覚悟するしかないのか・・
6月にSSカラトラバ限定モデル、7月にはグランド・コンプリケーション3モデルの新製品が発表された今年のパテック。てっきり8月にもコンプリケーションかカラトラバ辺りを何点かリリースすると思いきや、その後音沙汰なし。そんな折に入荷して来たのが2019年ニューモデルの手巻クロノグラフRef.5172G。この時計は残念ながら昨年度の入荷予定が見送られた1本。入荷予定新製品が見送られるのは結構珍しいケース。勿論お客様の注文が紐付いていてが原則だけれど。と言う訳で当店初入荷の実機を撮影してご紹介の運びとなった。
パテック フィリップは決してクロノグラフ時計の専業メーカーではない。しかし歴史的にも偉大なクロノグラフを輩出してきた事実があり、中途半端なクロノグラフ専業を謳っているブランドより重厚なアーカイブを持っている。さらに言えば1920年頃から腕時計に搭載された主要な複雑機構(クロノグラフ、ミニット・リピーター、永久カレンダー、ワールドタイム等)の全てに於いて業界のパイオニアであり常にトップランナーとして走り続けてきたと言っても過言ではない。敢えて外したトゥールビヨンについてはあまり過去に製作例が無い様に思う。現行ラインナップに於いてもトゥールビヨン搭載モデルは現行3モデルに今年7月発表の5303Rが加わったに過ぎない。推察するにパテックはトゥールビヨンそのものにさほどの有効性を感じていない様に思う。
トゥールビヨンは1800年前後に仏の天才時計師アブラアム=ルイ・ブレゲが発明したとされ、機械式時計の精度安定を計る為にテンプをキャリッジと呼ばれる籠に収めて一定時間に一定速度で籠自体を回転運動させるという構造になっている。当時は懐中時計時代であり、その携帯精度の平準化には有効とされ、時計開発の歴史を何十年も早めた発見とされている。しかし常に一定の姿勢で携帯されるポケットウォッチと異なり、腕時計は手首に巻く特性上から様々なポジションを取り易いので、コストを掛けてテンプを回転させなくても精度はそもそも平準化しやすい。現代では各ブランドがその技術的優位性を誇示するために製作されている面がある。
ところで他ブランドのトゥールビヨン・キャリッジは通常ダイアル側にオープンワーク仕様で見せる構造になっている。確かに繊細で美しいキャリッジが優雅に回転する様は見栄えがある。だがパテックは伝統的に紫外線によるオイル劣化を嫌って裏蓋側からしか見えない様にしてきた。雲上機構であるトゥールビヨンでさえも見た目よりも実用性を優先するパテックらしい配慮だ。尚、今年発表(正確には昨年のシンガポール・グランド・エキジビションが初出)の5303Rは時計の裏表両面がオープン・アーキテクチャー(全面スケルトン)の為に、敢えて見栄えのする表側にキャリッジが配置された知る限りパテックでは初めての試みだが、サファイアクリスタルに無反射コートならぬ紫外線防止加工を施すというこれまた初耳の対策で悪影響を防いでいる。
さて、脱線はこのくらいにして本題のクロノグラフに話を戻しヒストリーを少しおさらいしてみたい。パテックが手巻クロノグラフをジュー峡谷のヴィクトラン・ピゲからエボーシュ供給を受けて造り始めたのが1920年代半ばである。当時はキャリバーも完成品も名称や品番が無くそれぞれ固有番号で管理されていた。またリューズ1本で操作をするシングルプッシュ方式が採られていた。さぞや良く壊れたのではないかと思われる。1932年のスターン・ファミリーへの事業継承を経て1934年9月には、ジュー峡谷のクロノグラフ専門エボーシュのヴァルジュ―社の23VZをベースにパテック向けにカスタマイズされた専用キャリバー13'''搭載の名機Ref.130が登場している。ツープッシュボタン型は遅くとも1936年製造機には登場している。今回の紹介モデル5172のルーツと言えよう。
23vz_13_130.png
因みに当時からパテックのクロノグラフに共通する仕様であるコラムホイールとそのカバーであるシャポーが採用されていた。このキャリバーは供給が途絶えた3年後の1985年まで搭載され続けた"超"の着くロングライフなエンジンだった。様々な搭載機の中で特に著名でアンティークウオッチ市場で高評価なのが永久カレンダーを組み合わせたRef.1518(1941-1950)とRef.2499系(1951-1985)である。
それ以降の後継キャリバーには同じくジュー峡谷のヌーベル・レマニア社が選ばれ、同社のCal.2320をパテック社自身が大幅にカスタマイズしたCH 27-70が誕生した。これも名機の誉れが高く今現在も追い求められる人気モデルを続出した。やはり永久カレンダーを併せ持ったRef.3970(1986-2004)とその後継機Ref.5970(2004-2011)。そしてシンプルなツーカウンターとヴィンテージテイストの表情を持ち大ぶりなケースを纏ったRef.5070(1998-2009)は記憶に新しい。2000年のYGモデルがたったの税別410万円。でも当時の高級時計相場からすればかなり高目だったが絶対に買っておくべきモデルだった。参考に出来そうな後継機5170( 製造中止モデル)は倍以上の価格設定になっていた。こちらは5172に至るシンプルな手巻クロノクロノグラフの中継ぎ機種的な存在だ。
5070_CH2770_b.png
そして2009年まで四半世紀に渡り搭載され続けたCH 27-70だが、時代の流れでスウォッチ・グループ傘下に組み込まれていたヌーベル・レマニア社はグループ外へのエボーシュ供給を絶たざるを得ない圧力が掛けられていた。その為に2000年頃からパテック社はクロノグラフの完全マニュファクチュール化計画を進めて2005年には、量産は効かないが古典的な手巻極薄スプリット秒針・クロノグラフ・キャリバーCHR 27-525 PSをリリースした。代表的搭載モデルはRef.5959Pだろう。さらに2006年には実用性に溢れシリーズ生産(量産タイプ)に向く現代的な垂直クラッチを搭載した自動巻フライバック・クロノグラフ・キャリバーCH 28-520系を発表。年次カレンダーがカップリングされた初号機Ref.5960Pは、市場でプレミア価格が横行してしまう大ヒットモデルとなった。14年が経つがつい先日の様に克明に覚えている。
7041_5170_c.png
そして2009年秋にはマニュファクチュール化プロジェクトの総仕上げとなる第三段として手巻のシンプルクロノグラフ・キャリバーCH 29-535 PSが初搭載されたのは、クラシカルな婦人用クッションケースのRef.7071Rだった。同キャリバー搭載のメンズモデルとしては翌年春のバーゼルワールドで正当なラウンドシェイプでRef.5170Jが発表された。幾つかの素材・顔で製造された5170は2019年春に生産中止となり、後継機として今回紹介の5172Gが、その任を引き継いだ次第である。一気のおさらい、あぁ~しんど!5172g_side_a.png

兄貴分であったRef.5170との違いは多々あるが、最も顕著なのはケースと風防ガラスのデザインだろう。段差付きの特徴的なラグは1940年代半ばから60年代にかけて採用されていた歴史がある。最近で2017年発表の永久カレンダーRef.5320Gで久々に採用され、昨年2019年には今回紹介のクロノグラフの他にカラトラバ・ウィークリー・カレンダーRef.5212Aでも採用されている。ただ5212のケースはラグの段差が1段であり、ケースサイドも上画像の様にエッジィな出隅と入隅を伴った出っ張りは無く、少し官能的ともいえるシンプルなカーブ状に仕上げられている。この点永久カレンダー5320はケース形状的に5172とはほぼ同じである。ボックス状のヴィンテージ感漂うサファイア・ガラスが少し特殊な手法でケースに固定されるのは3モデル共通である。ケースサイドの鏡面仕上げは素晴らしい為に平滑面には顔を全く歪まずに映す事が可能だ。
1463_b.png
放射状にギョーシェ装飾された菊の御紋の様な丸形プッシュボタンは、同じエンジンを積む婦人用クロノグラフRef.7150/250が一年先んじて2018年に採用している。デザイン的な出自を探すと1940年代に製造された手巻クロノグラフRef.1463のプッシュボタンに酷似した意匠が見られる。ただラグは一般的な形状であって段差などは無い。
パテックのデザイン的アーカイブの活用には2通りあってクンロクやクロノメトロ・ゴンドーロの様に、ほぼオリジナルモデルのデザインを忠実にトレースする場合が一つ。その他に今回の様に過去採用してきた様々なディティールを組合せる事で新味を作ってしまうやり方が有る。前者では歴史的デザインそのものが売りであり誰もが復刻モデルと認識出来る。後者はアンティーク・パテック愛好家以外の現代パテック・コレクターには全くの新規意匠と映る。温故知新とも言えるし、実に巧妙で賢いが、分厚いアーカイブが存在し、尚且つブランドとして途切れなかった歴史に守られた資料。さらに自ら重厚なミュージアムを運営継続できる膨大なコレクションの収集があってこそ可能な事である。
5172g_face_a.png
文字盤の構成も永久カレンダー5320に共通部分が多い。やや大振りで正対したアラビア数字の植字されたWG製インデックスと注射針形状と呼ばれる太目のWG製時分針にはたっぷりと夜光塗料(一般的にはスーパールミノバと呼ばれる蓄光塗料、パテックは敢えて夜光と表示)が塗布されカジュアルでスポーティな印象を与えている。ダイアルのベースはニス塗装によるブルー文字盤となっており、カラトラバ・パイロット・トラベルタイムRef.5524Gと同じ化粧がなされている。
5172g_night_b.png
もう少し文字盤のディティールがそこはかとなく写り込んで欲しかったが、ただの夜光画像になってしまった。最近ロレックス社の公式インスタグラムを見ていたら、9/3投稿のオイスターパーペチュアル画像に素晴らしい文字盤と蓄光インデックスの競演画像があって感動した。ともかく画像が凄まじく美しい。実物以上に仕上がっているのが良いのか悪いのか。翻って基本パテックはカタログ等印刷物の仕上がりは絶対に現物を超えない。カタログ画像よりはずっと良い公式インスタ画像でもそれは意識されている様な気がする。まるで醜いアヒルを狙っているのかと思ってしまう。しかしまあ稚拙な画像を掲載してしまった。
因みにパテックはじめ現代時計で主流となっている蓄光というのは、光源によって蓄えられた光を発光するが時間と共に照度は弱くなり明け方にはほぼ光れない状態になる。1900年代初頭から1990年以前迄は自発光する夜光塗料が時計には主に使われていた。著名なのは軍用として開発されたパネライのオリジナル・ラジオミールで放射線物質のラジウムを含む塗料がその命名の所以だ。後期にはトリチウム等を含有した塗料が主になる。ヴィンテージ・ロレックスのダイアル6時辺りの"T<25"の表記などが有名。しかし今現在は特殊な透明ケース等に閉じ込めて放射線が洩れない構造にしなければ一切使用できなくなっている。現在この特殊方式に則って採用しているのはボールウオッチやルミノックス等である。夜光は放射性物質の長い半減期の間は昼夜関係なく常に光っている働き者だ。しかしその基本照度は低く、優れた蓄光塗料の最高輝度にはとてもかなわない。実際には一寸先が闇という漆黒でないと見づらい。まあ昔の夜は今よりずっと暗かったはずだ。ミニット・リピーターも実用性があったに違いない。
さて、今回も脱線しまくりのRef.5172G紹介だが、ストラップにも触れないわけにゆかない。2015年にカラトラバ・パイロット・トラベルタイムRef.5524まで滅多に採用される事が無かったパテックでのカーフスキン・ストラップ仕様。昨年度からは5172に加えて55205212など複数のモデルに採用されるようになった。5172の文字盤のニス塗装仕上げに質感・色共にマッチした表面感を出したブルーストラップによって、前身機の5170には全く無かったカジュアルな印象が全面に出て来た。ケース径と厚みが若干増してラグ巾が1mm絞られたのもカジュアル指向だ。ブルーデニムにTシャツでも余裕で大丈夫だろう。制服指向のかっちりしたクラシックなスーツが不振を極めており、ビジネスシーンでの服装のカジュアル化が鮮明だ。コロナ禍と酷暑でそれは益々加速されたようにも思う。隆盛を極めるラグスポ以外のクラシカルで保守的なシリーズの時計にも、カジュアルな装いを用意し始めた老舗メゾンのパテック フィリップの今後に大いに期待したい。そんなカラトラバが今年は出てくる気がしていたのに・・

Ref.5172G-001
ケース径:41mm ケース厚:11.45mm ラグ×美錠幅:20×16mm 
防水:3気圧
ケースバリエーション:WGのみ
文字盤:ニス塗装のブルー 夜光塗料塗布したゴールド植字アラビアインデックス
針:夜光塗料塗布の18金時分針
ストラップ:手縫いブルーカーフスキン 
バックル:18金フォールデイング(Fold-over-clasp)
価格:お問い合わせください
5172gback_a.png
いつ、どの角度から見ても惚れ惚れする美しい手巻クロノグラフ・ムーブメント。しかし必要十分にしてやり過ぎていない仕上げが施されたがっしりした受けとレバー類からは、繊細ではなく骨太で質実剛健な印象を受ける。実用性に溢れた頼もしいエンジンである。パテックの中ではロングパワーリザーブと言える最小65時間駆動も嬉しい。
また現在手巻クロノグラフ・モデルはカタログ上では、シリーズ生産が原則のコンプリケーション・カテゴリーに分類されているが、このキャリバーの製作方法はグランド・コンプリケーション並みの熟練技術者による2度組みが採用されている。四段時代に歴戦の上段者を撃破し続けた藤井聡太現二冠の様なポテンシャルタップリの素晴らしいムーブメント。パテックファンの所有欲を掻き立てるエンジンでもある。

Caliber CH 29-535 PS:コラムホイール搭載手巻クロノグラフ・ムーブメント
直径:29.6mm 厚み:5.35mm 部品点数:270個 石数:33個 受け:11枚 
パワーリザーブ:最小65時間(クロノグラフ非作動時)クロノグラフ作動中は58時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:ブレゲ巻上ヒゲ
振動数:28,800振動

PATEK PHILIPPE INTERNATONAL MAGAZINE Vol.Ⅱ No.08 Vol.Ⅲ No.11 Vol.Ⅳ No.09
COLLECTING PATEK PHILIPPE WRIST WATCHES Vol.Ⅰ,Ⅱ(Osvaldo Patrizzi他)
文責、撮影:乾 画像修正:藤本

決して前回記事の続編ではない。あまりにも蜘蛛の糸が短すぎたのか。一気に極楽浄土への扉の取っ手を掴んでしまった。6月20日にPPJに申請をして、七夕の7月7日に出荷された異例尽くしのカラトラバSS限定モデル。天国よりは近そうな天の川から来たにしても呆れるほど早い。モダンな顔した特別モデルにはワープ機能が備わっていた様だ。
当店に始めてやって来る時計は、検品前に先ず撮影をする。理由は汚れ(微細な埃)がほぼ無い最高のコンディションだからだ。前にも触れたが、PPJはかなり前から日本着荷時点の検品を取り止めている。理由は初期不良率が限りなくゼロであって、むしろ検品時にキズ等の瑕疵を発生させるリスクの方が優るからと聞いている。結果、スイスパテック社で出荷検品後に真空パックされたタイムピース達は国内30店舗の着荷時まで無菌?最低埃レベルが保たれている訳だ。
これは何を意味するかというと今回の様な限定モデルの場合、PPJのスタッフですらプロトサンプルではない最終形の販売用実機を生では見ていないと言う事になるはずだ。勿論、当店が国内第一号入荷では無いと思うので、もう既に何人かの正規販売員と強運のVIP顧客様がご覧になられている事はお断りしておく。
_DSC0031.png
前回のネット画像情報のみでの印象は、あくまでも個人的見解として少々懐疑的と表明した。しかし実機を前にしてこの予測は見事に裏切られてしまった。この時計の紹介はかなり難しい。その理由は後述してゆくが各部をパート毎に見てゆくと「はて?」と首を傾けざるを得ない思いが強い。ところが全体を総合的に見た時にバランスが取れていてデザインの完成度が高く感じさせられてしまう不可思議さが、パテックらしくないこの時計にはある。
_DSC00400.png
バックルは定番のピンバックルSSなので特に説明はない。文字盤やケース、ムーブメントを飛ばして脇役とも言えそうな画像を持ち出したのは、この限定モデルの最大の特徴と言えそうな風変わりなストラップを、ぐぐっと寄りで見て頂きたかったからだ。
textileとfabricという英語はいずれも繊維を意味するが、前者が加工前の素材を後者が加工後の製品状態を表わすと初めて知った。その伝でゆくとザックリと平織されたテキスタイルを加工してこのファブリック製のストラップは作られたとなる。誰もがそう思ってしまうだろう。でもこれは物凄く良く出来たgimmickだ。ギミックの日本語訳はしっくりする言葉があまり無く『仕掛け、トリック、からくり』等が検索されるが、個人的にもギミック以外に適当な表現が、エッシャーのだまし絵の様なこの型押しカーフストラップには見い出せない。カーフ表皮にアリゲーターの文様が型押しされたなんちゃってストラップは、とうの昔に市民権を得ているので、それはギミック(だまし)では無くフェイク(模倣、模造)と呼びたい。因みにRさんに多い(しょっちゅう見ている様な気がするが)決して見た事の無い時計はコピー(偽物)と言う。
言葉遊びはこの辺りで止して、画像上はまさかの型押し?(パテック的にはエンボス)と見える。実際に起稿しながら今一度金庫から現物を出して子細にキズミで再確認せざるを得なかった。画像より実機の方がだまされ感は若干弱いが、予備知識なしの初見では誰もが化かされてしまうくらい、このキツネは凄い。
しかしこの色目には既視感が有る。前世代のメモリーしか搭載されていないオツムゆえ引き出しの数も数える程しかないが、色目の既視感が直球過ぎて間髪置かずに、ブルージーン或いはヴェールボスフォールと呼ばれるエルメスがお得意にしている青系カーフレザーの近似色ではないかとの曲解に至る。さらに白く太目なステッチが1.5mm弱の巾で粗目に施されている為に、単純迷?解な頭の中はもうHERMÈS、HERMÈS・・となってしまった。_DSC00370.png

もうこうなると何でもかんでもブランディングせずに済まされなくなってしまう。まっ、チョッとブランディングの意味は取り違えているのだが・・で、これまた何処かで見た顔ではないか?いや、何処かで絶対見ているはずだ!となってしまう。どうです、見えてきましたか?そう、そうなんですよ、"L"で始まるブランドの"T"で始まるアレですョ。
ブランドとそのアイコン、パテックでは例えばノーチラス、ルイヴィトンだと例えばモノグラム、エルメスなら例えばバーキン、それらの事である。そしてそれらの所有スタイルは乱暴に言って、完全に2種族に分類される。実に判り易いメジャーなアイコン種族は、何を所有しており、その価値も出来るだけ沢山の人々に確実に認知される事を希望しているコスパ意識が高い方々で構成されている。数的には圧倒的にマイナーな少数民族であるアンチアイコン種族は真逆であって、非常にニッチな限られたごく少数の同類、極端な例では自分しかその価値が判らないという時計やカバンを好む複雑な思考回路を持っている方々と言えよう。筆者がいづれに属するかはご想像にお任せする。
閑話休題、文字盤の色についてもう少しだけ見てゆきたい。時計を横置きした画像と文字盤に迫った直上の画像で随分と色目の違いを感じる。これは完全にライティングの差でしか無い。このブルーカラーは一見爽やかで若々しさが強調された色目なのだが、快晴の太陽光や色温度の高い蛍光灯の下ではその本来持っている青色の特性をしっかり発揮する。ところが一方でホテルのロビーやレストラン等の色温度が低く低照度の下では少し妖しさを漂わせた艶っぽい藍色の顔がちらついてくる。お日様の似合う健康的な昼の顔だけでは無く、それなりに大人のお付き合いもさせて頂きますというから驚いた。個人的にはこの時計の最大の魅力ではないかと思う。まるでカメレオンの様な二面性を隠し持つ不思議なタイムピースだ。
話を少し脱線させるがこの限定モデル、そのままダウンサイジングしてレディスモデルに仕立てたら滅茶滅茶売れそうな気がする。ケース径35mmくらい、素材は18金WGでベゼルにダイアを纏わせてやる。物凄く良い感じに仕上がりそうだ。

_DSC00460.png
紛れもなく6000系のサイドビュー。厚さは9.07mm(サファイアクリスタル・ガラス~ケースバック)で2020春生産中止となった6006Gの8.86mmより僅か0.2mm程厚い。ところが搭載されるムーブメント厚は限定6007がセンターフルローターCal.324 S Cで3.3mm、6006GのマイクロローターCal.240 PS Cは3.43mmである。Cal.240は本来マイクロローターの恩恵でパテックを代表する極薄自動巻銘キャリバーで2針の素(す)の状態では2.53mmしか厚みが無いが、スモールセコンドやポインターデイト・カレンダー等の付加機能モジュールが盛り込むれて若干厚みが出ている。それにしても薄いムーブなのに、最終のケース厚が出る6007。理由として考えられるのは文字盤の違いか。6006はセンター3針✚オフセンターの小秒針の構成で、全くのフラットダイアルにインデックス等のディスプレイは全て薄く仕上がるシリコン転写プリント。対して限定6007はセンター3針ながら、ダイアルは再外周部に秒インデックス、その内側に厚みの出るアラビア数字アワーインデックスが植字され、さらに逆三角形のインデックスが細いレールに並べられたアワーサークルが来るダブルアワー表示が来て、さらにその内側文字盤センターにカーボン調の凸凹なテクスチャーが来る4つの同心円から構成されており、それぞれのサークルに微妙な高低差が見られる。この辺りに厚みの答えが有りそうだが、良くは判らない。
尚、時計本体重量は58gで標準的なピンバックル18金モデルよりも20~25gは軽い。昨年カラトラバ・ウィークリー・カレンダー5212AがSSの定番モデルでラインナップされてはいるが、パテックの非スポーツ系のSSモデルが稀な為、手に取った際に感じる驚かされる軽さのインパクトが、初見時に普通は優先する視覚を凌駕してしまう稀有なパテックだ。

_DSC00390.png
あちゃー!久々にやってしまいました。何とも締まりのない画像。原因はモチベーション不足。最近はおうちでしっかり寝るしかないので寝不足は関係ありません。
またぞろ個人の好悪を枕詞とお断りした上で、この後ろ姿は頂けません。まず裏スケじゃなくてノーマルバックにした方が好ましかった。この限定を手に出来る最上級顧客は誰もがCal.324のスケルトンバック仕様モデルを数本は持っているはずなので、白い特別装飾で中途半端に隠されてしまったムーブメントが可哀そうですらある。逆もまた真なりで21金製のフルローター始めムーブメント構成部品が、白い特別装飾を読み取り辛くしている。"一粒で二度美味しい"では無くて、二粒で互いの味を相殺してしまっている。私見ながらポリッシュ仕上げのSS製ノーマルケースバックを採用してもう少し控えめなサイズで梨地サテンフィニッシュによる刻印装飾あたりが妥当な選択だったように思える。さらに言えば顧客にとって普段それほどなじみの無い工場に起因した限定モデルなので、少々大振りなカラトラバ十字に変えて2006年のジュネーブ・サロン改装記念限定モデルのように建築物(PP6)をデフォルメしたイラストのエングレーブにしておいた方が良かったのではないか。
本日の重箱はスミがやたらと多い様で、さらに根掘り葉掘りは続く。一見この装飾は天地がキッチリ12時-6時に垂直を通してあるように見える。しかし6000系の裏蓋はスナッチ(スナップとも)では無くてスクリューバック方式の為に10角形は天地キッチリとはまずならない。それどころかメンテナンスで開閉を繰り返すたびに微妙にその位置はずれてしまう。実際この実機も特別装飾と10角形の垂線はシンクロしていない。さらに家政婦が見るが如く眼力を上げてゆくと、納品時点でほんの僅か時計回り方向に0.2度ほど装飾がずれている。この何ともイケてない装飾工程を想像するに
①一旦スクリューケースバック(裏蓋)をミドルケースに閉めてみる
②垂線を意識した何らかのマーキングを裏蓋に施してから一旦外す
③マーキングで位置決めした裏蓋の内側に装飾を転写?する
④再度、裏蓋を閉めて、マーキングを消して、終わり
ところが最後に閉め直す段で、微妙に増し締め気味になって時計回り側にズレが出たという想像だ。
パテックのスクリューケースバック構造は、ほぼ全てが日常生活防水に過ぎない。6000系リファレンスのケース構造に拘らなければ普通にスナッチ構造を採用していれば裏蓋装飾の垂直性は容易に達成できたはずだ。それともPP6繋がりで6000系採用だったのか?いづれにせよスクリューバックに拘るのであれば10角形と特別意匠の垂線の二者をキッチリ合わせて、敢えて45度位は斜めに閉められている方が私的にはスッキリする。
長くなるがもう一つ方法があって、王者パテック的にはどうかと思いつつも、ここはもうギミックついでに見た目スクリューバック裏蓋にして実は巧妙なスナッチにする手が有る。こうすれば意匠と10角形とミドルケースの全3者ての垂線がシンクロする。これなら時計通が初見して意表を突かれ、初心者には何の事やらさっぱり気付けない。究極のだまし絵タイムピースが完成していたはずだ。
attestation_c.gif"ATTESTATION"とは英語で『証書、証明‥』の意味。過去5年の当店パテック取扱いの中で唯一の限定モデルであったノーチラス発売40周年記念限定にも発行添付されてきた。でも書体が微妙に異なったり、ノーチの時は非常に特徴的で美しかったブルーダイアルに因んで、カラトラバ十字、品番やキャリバー名がシックでメタリックな濃青色で箔押しされていた。今回は全身が青を纏っているのに金色での箔押しとなっている。また前回は無かったジュネーブ・サロン(本店ブティック)イラストが薄く背景に敷かれている。なぜかここもPP6では無い。さらに今回はご購入者名前(画像はフェイク修正済)も印字されている。保証書のように連続画一的では無くて、不定期で間隔の開いてしまうアテステーションにはアレンジがなされるようである。

そろそろ、まとめにかかりたい。記事の大半が懐疑心と猜疑心のパレードようになってしまった。しかし、冒頭でも書いたように、この時計は部分で見てはいけない。さらに見方を誤ると超有名2大ブランドのハイブリッドウォッチの気配すら漂ってきてしまう。一度その先入観に捕らわれてしまうと拭い去る事が、困難かつ厄介で始末に悪い。ギミックフルでトレンドセッターブランドの既視感満載、パテックらしさほぼ皆無?作ちゃった感が凄すぎて、自分自身の持つパテックワールドの概念に収まらない、今日的で意欲的かつ挑戦的なヤバイ一本と言えそうだ。
撮影から起稿を通して、穴の開くほど実機を見倒した。「意外と思ったより良いじゃないか」「でもなんか違うナ」「コレクションとしては悪くないぞ、資産価値もタップリ有って」「でも、着用はこっぱずかしくて、チョッと・・」これだけ延々と自問自答を繰り返した時計も過去珍しい。やっぱりヤバイ一本だ。

Ref.6007A-001 ニュースリリース(日本語)
ケース径:40mm ケース厚:9.07mm(サファイアクリスタル・ガラス~ケースバック) 
※カラトラバ十字と《New Manufacture 2019》と装飾されたサファイアクリスタル・バック
ラグ巾:22mm 防水:3気圧
ケースバリエーション:SSのみ 
文字盤:真鍮製 ブルーグレー 中央にカーボン模様の浮出し装飾 夜光塗料塗布の18金植字アラビアインデックス
針:夜光塗料塗布の18金バトン形状の白ラッカー着色時分針 白塗装ブロンズ製秒針
ストラップ:ブルーグレー 織物模様がエンボス加工された装飾ステッチ入りカーフスキン


Caliber 324 S C.
センターローター自動巻 センター3針(時分秒) 3時位置
窓表示カレンダー
直径:27.0mm 厚み:3.3mm 部品点数:213個 石数:29個 受け:6枚

パワーリザーブ:最小35時間~最大45時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製) 髭持ち:可動式
振動数:28,800振動
ローター:21金ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)
価格:お問い合わせください。

文責、撮影:乾 画像修正:藤本

今年は何もかも異例尽くしだ。見送られていた2020NEW MODELが6月18日にPPJからファックスでやってきて、詳細は公式HPを参考とあって、その結果"来た!見た!驚いた!"と腰を抜かしそうになった。それでなくとも"だまし、だまし"の腰痛爆弾を抱える老体なれば、心尽くしとは言わぬが心配りぐらいの発表プロローグは欲しかった。
img_6007A_001_05_800.png
※他の商品画像はPP公式HPでご覧ください
何となく想像していたのは、今春に一旦自粛されたスイス・パテック社発信の公式インスタの公開再開タイミングでのニューモデル発表。実際6月19日(ブランド創業1839年に因み毎月18日スイス時間の18:39にUP)には6007Aをトピックスにしてインスタアップされていたので、これは予想通りではあった。もしかするとこの段取りで毎月同じタイミングでチョットづつ小出しに新製品発表をするのだろうか。それはそれでエキサイティングで楽しみではある。
そして、予想通りお問い合わせの嵐が怒涛のようにやってきて、今度は足をすくわれて溺れそうになる。現在の世界に於ける日本のマーケットシェアは5~10%と想像されるが、その割に今回のカラトラバSS限定Ref.6007A-001の日本入荷予定本数は非常に厳しく、その理由も不明らしい。結果として各正規店の最重要顧客(ベスト ロイヤル カスタマーとでも言えようか)のご要望が優先されそうだが、どの辺りがカットラインになるかは視界不良にして五里霧中という状況の様だ。実機撮影のチャンスも犍陀多(かんだた)になったつもりで蜘蛛の糸を登るが如しである。
一見、限定数1,000本はパテックとしては少なすぎるという事は無さそうだが、記事を書き進める中でまたしても、ああでもない、こうでもない、ひょっとして・・などど千路に乱れる妄想が湧き上がってくるので少しお付き合い願いたい。そもそもこの限定モデルは、2015年から建築が進められていた6番目の生産拠点となる最新工場"PP6"の完成竣工を祝って発表されたものである。サファイアクリスタルのケースバックにある2019は昨年中に既に一部の部署が移転し業務を開始していた為である。勿論コロナ禍が無ければ、4月には新工場のお披露目イベントが開催予定だったので、その際に発表されていた事は想像に難くない。ところでパテックはフィリップ・スターン時代に2度同様のストーリーを持った限定モデルを発表している。
新工房落成限定_b.png
まず最初が1997年にジュネーブ郊外のプラン・レ・ワット村に社運を掛けて竣工させた新本社工場の落成記念モデル3部作だった。上画像のパゴダ(男女各1モデル)とミニット・リピーターである。これらの紹介は過去記事よりご覧下さい。此処で興味深いのはステンレスモデルが全く無い事である。逆に今回はステンレスしかない。パゴダは上の画像以外にも素材のバリエーション等が有って、全てを合計すれば2750本という事になって今回の3倍弱という随分大盤振る舞いがなされた。当時のフィリップ・スターンが新工場構想にかけた想いの強さがうかがえる。当時と現在を比較すれば、年産数もかなり増えているが、パテックの顧客の増え方はその比ではない。そう考えれば今日の1000本限定数は相対比較をすれば凄く稀少と言える。一方、プラチナ製リピーター5029のたった10本(YGとPGも各10本)なんて直営ブティックでファミリーにごく近い雲上顧客に配給販売されたのだろう。でも、今回はそんな特殊なモデルも無い。異例尽くしと言わずしてなんと表現したら良いのか。
2番目の記念モデルは、1953年から様々な運用をし続けてきたジュネーブ・ローヌ通りのブランドの本丸とも言えるサロン(直営ブティック)を2年の歳月を掛けて2006年に全面改築がなされた際に発表された下の2モデルである。
5565_5105_c.png
記憶違いでなければ合計400本のこれらの限定モデルは、その出自からしてパテック直営のジュネーブサロンのみでの販売であったように思う。ただ(ご本人曰く)ブランドへの貢献度合いの高かったごく一部のパテック社スタッフにも授与では無いが購入が許可されたので、5565Aは時々間近で拝見している。今現在ならいざ知らず、当時に於いて、これは役得だったのか、拒絶不可能な義務だったのかは判断に苦しむところである。
今回の6007Aは過去のコレクションにデザインアーカイブが有るわけではなく、見た事もなく、馴染もなく、個人的にはおよそパテックらしからぬ顔と受け止めていたが、上画像左の5565Aと現行ラインナップからドロップ中のカラトラバ6000系を足して2で割って、さらにこれまで全く採用されてこなかった最近のスイス時計トレンドである"テキスタイル"の切り口をパテック風に解釈しました。ということかもしれない。ただある顧客様曰く
「カーフストラップにテキスタイルパターンを型押しする手法は、既にIWCが実装済みであり、見た目は織物にしか見えないが実際の触感は紛れもなく"皮革"だった」というご意見が有った。
ダイアルセンターのカーボン・パターン装飾もパターンに過ぎず、ギミックが詰め込まれているという点は、知りうる限りパテックの全く新しいアプローチとなる。ただ資産価値を無視して単純かつ純粋に時計として見た場合、かなり評価や好き嫌いは分かれる時計だろう。精神的にはともかくも年齢的に還暦を迎えた自分自身的にはこの時計を腕に巻きたい誘惑は全く無い。IWC云々の顧客様も含め相当数のブランドに渡って、幅広く時計収集されている方にこの傾向は強い。
また自身の計算違いか誤解であってほしいのだが価格設定が微妙なのである。比較すべきモデルは、昨年ディスコンになったカラトラバRef.5296。全く同じエンジンを積む3針センターセコンド・シンプルカレンダー自動巻でピンバックル仕様の18金素材モデル。ところがステンレスの限定6007Aの方が少し高いのである。またエンジンは異なるがデザインソースらしい今年のディスコンモデルRef.6006Gとの比較では、6007Aが10%ほど安いのだが、アリゲーターストラップ+WG製フォールディングバックル仕様の6006Gに対して、カーフストラップ+SS製ピンバックルの6007A。これらを足したり引いたりするとSSの6007A限定モデルはやはりチョッと割高になってしまう。限定だから大目に見て、目くじら立てずにマスクで隠して!と言われても1ロット1000本というのは、パテックの各リファレンスに於いて年産本数のマキシマムに近似と思われ、特別に小ロットとも思い難い。資料を見る限り、この限定モデルにはいわゆる限定シリアルナンバーの刻印が無い事もケースの加工・管理という点でコストが省かれており少し気になる。
重箱と老婆心はさておいて、パテック フィリップの顧客層はこの10数年で非常に若くなったと言われている。実際、当店でも30代前半のカスタマーもニューゲストも増えてきている。この方達には今回の6007Aは直球ド真ん中でノックアウトだろう。この若く新しいニューカマーに対して「しっかり頑張ってパテックを収集する事で、いつかこんな特別モデルを手にしてください」というメッセージがこの特殊なカラトラバには込められているのではないか。勿論、既にコレクションを充実させている若きロイヤルカスタマーにとっては、目の前にある、手を伸ばせば届く現実的な"夢"である。
今は、どうか蜘蛛の糸が切れずに「酒が旨くて♪、ネーちゃんが綺麗な♪♪」天国の撮影スタジオまで登り切れる事を願うばかりである。

Ref.6007A-001 ニュースリリース(日本語)
ケース径:40mm ケース厚:9.07mm(サファイアクリスタル・ガラス~ケースバック) 
※カラトラバ十字と《New Manufacture 2019》と装飾されたサファイアクリスタル・バック
ラグ巾:22mm 防水:3気圧
ケースバリエーション:SSのみ 
文字盤:真鍮製 ブルーグレー 中央にカーボン模様の浮出し装飾 夜光塗料塗布の18金植字アラビアインデックス
針:夜光塗料塗布の18金バトン形状の白ラッカー着色時分針 白塗装ブロンズ製秒針
ストラップ:ブルーグレー 織物模様がエンボス加工された装飾ステッチ入りカーフスキン


Caliber 324 S C.
センターローター自動巻 センター3針(時分秒) 3時位置
窓表示カレンダー
直径:27.0mm 厚み:3.3mm 部品点数:213個 石数:29個 受け:6枚

パワーリザーブ:最小35時間~最大45時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製) 髭持ち:可動式
振動数:28,800振動
ローター:21金ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)
価格:お問い合わせください。

PATEK PHILIPPE INTERNATONAL MAGAZINE Vol.Ⅰ No.2
文責:乾

「多分、今年はまだ無理だと思いますが駄目モトでエントリーしときましょう」
パテック フィリップのコレクションには購入しにくいモデルが多々あるが、さらに購入方法が一筋縄でゆかない物もある。正直なところ我々販売店にも明確な基準が掴めているわけでも無い。さらに突っ込んで言えば輸入元であるPPJ(パテック フィリップ ジャパン)のスタッフですら、納期は勿論の事、入荷の可否が薄ぼんやりとしか予想出来ない事も間々ある様だ。
判り易いのは通常のカタログに未掲載の限りなくユニークピース(一点もの)や或いはそれに近い一桁しか製作されないレア・ハンドクラフト群。当然時価であり、現物はショーケースのガラス越しに年一回のスイスの展示会(昨年まではバーゼルワールド)の際にパテックのブース内展示を見るしかない。PPJ経由で注文を入れても大半が却下され極少数しか入荷していないようだ。
次がカタログUPされているが価格設定が、時価となっているグランド・コンプリケーション群。ミニット・リピーターとスプリットセコンド・クロノグラフが代表モデルで、永久カレンダーやトゥールビヨンが追加搭載されたハイブリッドな超複雑モデル等も有る。さらには現代に於いては新月の夜を選んで、人跡未踏地まで赴むかねば感動に浸る事すら難しくなった満天の星座達が生み出す一大叙事詩を、手首の上で真昼でも堪能できる"どこでもプラネタリウム!"の様な天文時計が組み合わさったドラえもんウオッチの様なモデル等もそれである。
アレや、コレや、ソレらの時計達は、注文そのものは一応可能だ。ただ経験的に複数のパテック フィリップのタイムピースを購入している実績の有る店舗からのオーダーでないとまず購入の見込みは無いと思われる。では、どの程度の実績が必要か?という事が判然としない。基準と言うものが無い。しかし無い無い尽くしで、取りつく島もなく溺れる人を見捨てる訳にもゆかず、個人的な独断でロープ付きの浮き輪を投げる事とする。
本数的な実績(同一店舗限定)は、8本から10本程度かと思われる。その内には定価設定有りのグランド・コンプリケーションが2本位(永久カレンダーと永久カレンダー・クロノグラフとか)含まれるのが望ましそうだ。さらにはノーチラス&アクアノート比率が半分以下と言う辺りだろうか。さらに言えば理由の如何を問わず、購入品が間を置かずに夜店の屋台などに並んでいたりすると実に面倒で難儀な話になって・・・1970年代のジャンジャン横町のようなラビリンスに迷い込み生還はおぼつかなくなるのである。
では、皆さんが高い関心を持たれているノーチラス&アクアノートの購入基準はどうか。過去何度かこの難問には触れてきた経緯があるが、コロナがやって来ようが、世界各地でデモの嵐が吹き荒れようが、お問い合わせの電話とメールと来店は引きも切らない。増える一方の狂喜乱舞にして百花繚乱なのである。2015年という微妙な最近にパテックの取り扱いをスタートした当店の最初の2年ぐらいは、今にして思えば"パラダイス"と呼んで差支え無かった。狂喜乱舞の温度が今現在より低温だった事もあるが、運よく知名度の低い天国に辿り着かれた幸運な方がおられた。しかし今は、この2年弱位で天国は、地獄とは言わずとも荒涼な荒野になってしまった。店頭限定での購入希望登録は受け付けているが、過去と将来のパテックご購入実績がお有りの顧客様へ優先的に販売したいので、中々ご登録だけのお客様にまで現在の入荷数では廻らない状況になってしまった。パテック社の方針として生産数を増やす事は考え辛いので、現在の異常人気が落ち着かない限り荒野を襲う嵐の厳しさは増すばかりではなかろうか。ただし、アレやコレやソレやの時価モデルの購入が棒高跳びレベルとすれば、ノーチやアクアはモデルによっては少し高目のハードル程度の高さだと言えなくもない。
毎回の事ながら長い前置きはさておいて、本題に入ろう。前述の棒高跳びレベルにはもう一群あって、定価設定の有るカタログモデルながら、本日冒頭の「駄目モトでエントリーしときましょう」というややこしいモデル。エントリー過程は、もっとややこしい話になるので、僭越な言い方になるが棒高跳びの半分くらいまでよじ登って頂ければご説明申し上げます。そんな意味深な本日の紹介モデルRef.5231J-001YG製ワールドタイム・クロワゾネ文字盤仕様。
5231J.png
通常の現代ワールドタイム第三世代Ref.5230と何がどう違うのか。結論から言うと品番末尾と見た目が違うだけである。具体的には素材が、5230には設定の無いイエローゴールドである事。次に文字盤センターがギョーシェ装飾ではなくクロワゾネ(有線七宝)と称される特殊なエナメル加工で装飾されている事。最後が時針の形状がパテック特有の穴開き針(Pierced hour hand)では無くてRef.5130(2006~2015年、現代ワールドタイム第二世代)で採用されてファンも多かったアップルハンドが採用されている。分針はリーフハンドでほぼ同じ形状だ。個性的で押出の強いクロワゾネの印象によってレギュラーモデルの5230との相違感が圧倒的で、見落としてしまいそうになるがアップルハンドも特別感の醸成に大きく貢献している。
過去にベースモデルの5230を始め、第2世代5130も紹介してきた。さらにレア・ハンドクラフトの一つであるエナメルも或る程度(完璧に理解出来ているわけでは無いが・・)記述している。まさかの入荷に発注されたお客様同様にビックリして意気込んで撮影し、記事を書き始めたものの、さて一体何を書こうかしらん。
一体全体どうしてこのタイムピースがそれほど希少で追い求められるのか。これは重要な考察になりそうである。思うに幾つかの要素がありそうだ。まずレア・ハンドなのでそもそも年間の製作数が非常に限られる。価格がそこまで高額ではなく、永久カレンダーや手巻クロノグラフより手頃である為に購入を検討をする方が多い。カタログ外のユニークピース・クラスの文字盤全面クロワゾネ2針のシンプル自動巻時計よりも手頃で、購入過程はややハードルが低い(あくまで今回感じた事だが・・コロナが影響したか)。そんなこんな諸事情が有るが、恐らく最大の理由はその歴史に有りそうな気がする。ワールドタイムの父とも言えるジュネーブの時計師ルイ・コティエは、1937年~1965年の間にワールドタイムを400個あまり製作しているのだが、当時製作された世界地図をモチーフにしたクロワゾネ装飾のセンターダイアルを持つヴィンテージな個体が、2000年頃以降のオークションで「そら、もう、なんで?」だったり「・・・・・?」だったりが続いた。いつの世も数寄者のガマ口は、熱気球クラスだという事らしい。

WT1415_2523_5131.png
28年間で400個は平均年産数は約14個。『パテック フィリップ正史』によれば、アンリ・スターンが社長就任した1959年の年産が6,000個とあるので、わずか2.3%に過ぎない。その中でクロワゾネ技法による地球装飾バージョンはどの程度あったのかは判然としない。さらに上図の中央は北米大陸であり、左はユーラシア大陸とアフリカ、さらにオセアニアまでが広く描かれたバージョンとなっていて図柄にはかなりバリエーションがある。現代よりはクロワゾネに携わる職人が多かったと思われるが、手仕事ゆえ量産は利かなかっただろうからモチーフ毎の個体数は限定的と想像される。
単純比較は出来ないが6月1日の為替レート(1CHF≒112円)として、左の1415の売価が約219,000円。49年後の落札額が約3億840万円で単純計算では1,400倍。中央の2523は売価不明ながら1989年にCHF36万(4千万円強)で落札された経緯を持ち、その後23年で約3億1千万円に大化けしている。
2000年に40年以上の時を経て復刻された現代ワールドタイムのRef.5110にはクロワゾネバージョンが用意されなかった。2006年にその第2世代としてRef.5130がデビュー。さらに2年後の2008年に待望の現代版クロワゾネダイアル・バージョン(上画像右端)が蘇った。大西洋を中心に両側にヨーロッパ・アフリカ大陸と南北アメリカ大陸が描かれている。今回紹介の5231とほぼ図柄は重なるが、使用されている七宝釉薬の多彩さでは5231の方が上回っている様に見られる。同モデルでは他にWG・PT素材も製作された。図柄は全て異なっており、PTはメタルブレス仕様で今現在も継続生産販売されているが入手の困難度合いは、やはり棒高跳びの世界となっている。
生産中止YGモデル5131Jの市場価格だが、個体によって非常にばらつきがある様だ。OSVALDO PATRIZZI他の資料では上記の60万ユーロ(約7,400万円)等というとんでもない見積もりもあるが、一方で18,000ユーロ(220万円余り)と言うにわかに信じがたい見積もりもある。ネット検索での国内2次マーケットでは税込1,100~1,200万円辺りが多いようだ。現代ワールドタイムもクロワゾネ仕様になるとプレミア価格にはなっている。ただ、なってはいるもののノーチラスSSの様な狂乱相場ではない。これはやはり実用性の延長にある時計として捉えられるばかりでは無く、嗜好、趣味、鑑賞といった芸術的側面を有している事で、良くも悪くも対象顧客が絞り込まれてしまうからだろう。平たく言えばニッチマーケットの稀少モデルなのであろう。
5231jdial.png
さて、クロワゾネ(仏:cloisonné、有線七宝)等のエナメル技法について書きだすとキリがない。そしてまた何度も繰り返しになるが、製作現場をおのれのマナコで確と見た事も無いので資料を探してきて、ふわふわと書き綴っているに過ぎない。上画像の左右を較べると右側で有線の何たるかが何となく判るだろうか。
久々のエナメル紹介なので、製作工程のおさらいを少し。まず文字盤素材(大体18金)
に図柄を描いて(鉛筆なのかペンなのか、良く知らない)、高さ0.5mmの金線(銀、銅の事も)をスケッチに従って、辛気臭く曲げながら接着剤で文字盤に貼り付けてゆく。次にフォンダンと呼ばれる透明の釉薬(粉状ガラスの水溶液)を塗布し摂氏750~800度辺りの決められた温度に熱した窯で焼く。時間は極めて短い様だ。焼結の状態を常に目視して焼き過ぎを防ぐ。この際に文字盤裏側にも透明釉薬の捨て焼をする。これは表側の塗布・焼成を繰り返す事で表裏の膨張率が異なって文字盤が反る事を防止するためである。金線で囲まれた部分に様々な色の釉薬を焼成後の色滲みを想像しながら塗布してゆく。これを焼成するが、釉薬は焼成で目減りするので、何度も塗布と焼成を繰り返して金線の高さまで焼成面を盛り上げてゆく。勿論、この時点で表面は凸凹なので金線もろとも全体を均一にポリッシュ(恐らく砥石と水)する。平滑になったら最後にフォンダン(透明釉薬)を塗布焼成し保護膜を作って完成。
15分、30分等のクォーターインデックスはかなり早い段階で植字されていると思われる。時分針用のセンターの針穴は元々開いているだろうが、焼結後にエナメル層を穿って開け直す必要があるはずだが、クラックが入るリスクがある。その他にも焼成時のトラブルもあるので、エナメル文字盤は歩留まりがとても悪い。ゆえに生産数が限られてしまう。幾多の艱難辛苦を乗り越えて完成した良品文字盤にPATEK PHILIPPE GENEVEのブランドロゴをシリコン転写してお疲れさまとなる。かなり書き込んだ過去記事はコチラから。
日本に於いてシルクロードから伝わった七宝が盛んに作られるようになったのは17世紀と割に遅い。さらに有線七宝は、明治時代になってから急速に技術発展したが、現在は後継者難もあり存続が危ぶまれている。
愛知県には2010年まで七宝町という町があって、現在も僅かに数軒が七宝を製作している。前から信州に行くときにでもどちらかの窯元?さんを訪問して、見学したいものだと思いつつ未だ実現できていない。彼の地の若き有線七宝職人達の挑戦が紹介された動画が有ったのでご興味のある方はコチラから。スイスのクロワゾネダイアルそのものの製作工程動画は、残念ながら適当なものが見つからなかった。

Ref.5231J-001
ケース径:38.5mm ケース厚:10.23mm 
ラグ×美錠幅:20×16mm 防水:3気圧
ケースバリエーション:YGのみ
文字盤:18金文字盤、クロワゾネエナメル(中央にヨーロッパ、アフリカ、アメリカ大陸)
ストラップ:ブリリアント(艶有り)チョコレートブラウン手縫いアリゲーター
バックル:18金YGフォールドオーバークラスプ
価格:お問い合わせください

マイクロローター採用の極薄自動巻Cal.240をもう何度撮影した事だろう。でもこの角度から捉えたのは初めての気がする。初見でどうという事なく、必要な仕上げをぬかりなく極めてまじめに、そう必要にして充分に施されているのはパテックのエンジン全てに共通である。奇をてらっておらず、飽きが来ないのは表の顔だけじゃなくパテックのデザイン哲学の土台なのだろう。
世の中に彼女にしたい美人時計は一杯あるが、雨の日も、晴れの日も、健やかなる時も、病める時も、絶品の糠漬けを作り続けてくれる愛妻時計の趣を持っているのがパテック フィリップの最大の魅力だと思う。
5231jbackskelton.png

Caliber 240 HU

直径:27.5mm 厚み:3.88mm 部品点数:239個 石数:33個 
パワーリザーブ:最低48時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:21,600振動 
ローター:22金マイクロローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)

PATEK PHILIPPE INTERNATONAL MAGAZINE Vol.Ⅱ No.01
PATEK PHILIPPE INTERNATONAL MAGAZINE Vol.Ⅲ No.07
PATEK PHILIPPE THE AUTHORIZED BIOGRAPHY パテック フィリップ正史(Nicholas Foulkes ニコラス・フォークス)
COLLECTING NAUTILUS AND MODERN PATEK PHILIPPE Vol.Ⅲ(Osvaldo Patrizzi他)

文責・撮影:乾 画像提供:PATEK PHILIPPE S.A.

ようやく峠を超えた感がある新型コロナ禍。何も良い事が無かった様だが、パテック フィリップの2020年新作発表が、一旦見送られた事で個人的には助かった事が一つ。昨年秋から今春に渡って悪戦苦闘して連続投稿してきた『パテック フィリップ正史』の為に遅れてしまった2019の新作モデルを今頃でも紹介が出来る。まあコロナのデメリットと拙ブログのメリットでは全く勘定は合わないのだけれど・・・

本日のご紹介は、とてもユニークなカラトラバ・ウィークリー・カレンダーRef.5212A-001。2015年に良くも悪くもパテックらしくないと話題を振りまいたカラトラバ・パイロット・トラベルタイム5524G-001初見時の驚愕と同じ様なファーストインプレッションを覚えた。ただパイロット・トラベルがパテック フィリップ・ジャパンのトップN氏から「ハミルトンじゃありません」と紹介され、巷では"ゼニス?"と噂されたようにパテックらしくないが、何処かで見たような既視感が有り過ぎたのに対して、ウィークリー・カレンダーは中期出張者向けのレンタルマンションカテゴリーの様な既聴感は何処となく感じたが、それまで全く見た事の無い顔をしていた。
これはパテックを始めあらゆるブランドのタイムピースに於いて既視感が全く無いという事であった。しかしながら伝統に則った正統カラトラバケースの品の良さから来るのか個人的には"今迄に見た事も無いパテックなのだが、とてもパテックらしい"と言うパラドクシカルな好印象を初見から抱かせた時計だった。
5212A_001_a.png
ラグは最近のパテックで好んで採用される段差付ラグ。永久カレンダーRef.5320Gや手巻クロノグラフのRef.5172G等は2段仕立てだが、ウィークリー・カレンダーに採用されたスッキリ一段仕様も、この時計の全体から来るカジュアル感には好もしい様な気がする。尚、このラグ形状はPPマガジン(Vol.Ⅳ No.6)のRef.5320紹介記事に記載が有り、PATEK PHILIPPE GENEVE Wristwatchesに掲載されている下画像左のRef.2405(1945年)に辿り着く。1960年代にも結構採用されたデザインで下画像右のシリーズ生産されたらしいクロワゾネ(有線七宝)モデルで顕著なようだ。
2405_2481.png
ストラップも最近のパテックお好みのカーフ、しかも明るめのオレンジっぽいギリギリのライトブラウン系統のお色目。少し太めの白っぽくラフなステッチ。アクアとノーチ以外のシリーズではチョッとお久のステンレス素材仕様。と全てのお膳立てはカジュアルだ。
機能は大きく異なるが、ステンレスモデルの前任者とは年次カレンダー・フライバック・クロノグラフRef.5960/1Aの白文字盤(2014-2017)・黒文字盤(2017単年度)の2モデルになる。
しかし、このモデルは元々2006年に画期的にして現代的なパテック社自社開発設計・製作のマニュファクチュール・フライバック・クロノグラフ・キャリバーCal.CH 28-520系を初搭載しプラチナケースを纏ってセンセーショナルなデビューを果たしたRef.5960Pの素材違い・ストラップ仕様違いであって完全なオリジナルモデルとしてステンレス素材で唐突いきなりリリースされたわけでは無かった。しかし素材を問わず5960は売れに売れたクロノグラフモデルだった。特に初期のプラチナモデルは結構長期間に渡りプレミア価格が2次マーケットで発生した。個人的にはそれまでのプレミアパテックというのはアンティーク市場を除いて、現行モデルではノーチラスSS3針Ref.5711/1Aにほぼ絞られていたが、このプラチナ・クロノグラフが今日のプレミアパテック一杯状態の引き金になった印象がある。そう強烈な印象がある。

そういう意味ではラグジュアリースポーツ系でも無く、素材バリエでも無く、SSにもかかわらず限定モデルでも無いウィークリー・カレンダーは現行パテックラインナップに於ける異端児である。発表資料によればRef.5212と言う品番にはルーツがあるとされ、1955年製作のユニークピース(世界に唯一つ)Ref.2512の品番数字順の入替がリファレンスに反映されたとある。このルーツモデルは現在ジュネーブのパテック フィリップ・ミュージアムに所蔵されている。後述するがルーツモデルの品番2512には1952年製と言うのもあって、1955年製モデルの資料が乏しく画像もすぐ見つからず、ミュージアムの資料にも見当たらない。
一体どちらがウィークリー・カレンダーの原点なのか判然としなかった。最終的にPPJからアドバイスで昨年秋発行のPPマガジンVol.Ⅳ No.7の現代ウィークリー・カレンダー紹介記事にて下のルーツモデル画像(左)を得た。既読の記事でありインデックスを貼ってPPマガジン記事まとめエクセルにも書き込んでいるのにこの様だ。コロナで自宅での早飲み・深酒がアルチューハイマ―を進行させたのかもしれない。ともかく色々と厄介でお騒がせな奴だ。
2512_1.png
正確なリファレンスは2512/1となっている。現行パテックの品番概念なら"/1"が末尾に付くと金属ブレスモデルをまず想定するのだけど、何ともシックなストラップ付のドレスウォッチだ。文字盤も漆黒なのでYG製にしては地味な仕上がりでウィークリー・カレンダーRef.5212Aとの類似点は、我が家には未着のアベノマスクの様な小さな段差付きラグが一段仕様になっている点とベゼルがミドルケースに合体する部分が巻き込まれた様な個性的なデザインとなっているケース形状にある。PATEK PHILIPPE GENEVE Wristwatchesの巻末資料にある1952年?製ラージラウンドケースに手巻センターセコンドCal.27 SC搭載モデルの記載があり年号は違うがこのモデルと思われる。過去のタイムピースにまつわる蘊蓄話の年号のあやふやさと言うのは良くある話で、過去ファミリー継承がたったの一度しか無く、資料の散逸が少なかったであろうパテック社ですら避けられぬのだから、他のブランドは推して知るべきだろう。
しかし驚かされるのが時計ケース径で46mmもある。当時の時計としては馬鹿でかいのでユニークピースという事からして、当時の何処ぞの超セレブリティからの特注品だったのかもしれない。尚、PPマガジンVol.Ⅲ No.8のオークションページに、この個体の落札記事(右側画像)が有る。事前見積りを6倍上回る962,500USドル(2020/6/1レートで1億を少し超える!当時のレートでも9千万超)。
ところで、各種資料で簡単に確認できる2512は、YG製スプリットセコンドクロノグラフ(Cal.13''')であり、ダイアルは黒でアラビアインデックス。ミュージアム資料によれば1952年製とあり、1998年に発表された超人気大振り手巻クロノグラフモデルRef.5070のルーツとも記載があり、こちらの説は確かに頷ける。

5070_2512.png
右画像のRef.2512は、ミュージアム公式ブックには1950-1952年(ユニークピースなので2年かけて一個作った?)とあり、左のRef.5070のデザインモチーフになったと記載がある。さらにアンティーク資料(OSVALDO PATRIZZI著)によれば1950年に製作され1952年7月14日にイタリア・トリノの時計店ASTRUA&C.,にて販売されたとある。
枝葉末節はさておき上画像の両者は瓜二つと言って良い。しかし5070の42mmもミレニアム前後頃には充分に大きかったのだが、50年代当時の45mmって異様にでかい。OSVALDO著のキャプションにはAVIATOR'S WRISTWATCHとあってパイロット仕様ならではという事か。尚、30分計の針形状が凝ってますナァ。
脱線ついでに全くの個人的戯れとして想像するに、近似の品番、YGケース+黒文字盤、一段の段付きラグ、ほぼ同寸の巨大なサイズ、製作年代も同じとくれば、相当恰幅の良いイタリアはトリノの大旦那が地元の贔屓時計店を通じて同時、或いは前後して発注された時計達ではないのかと思うのは穿ち過ぎだろうか。まあ、あれやこれや気の済むまで妄想を膨らませる事が出来るのもコロナのメリットと言うべきなのか。
5212A_e.png
最近の新製品に採用が多い段付きラグとケース。冷間鍛造で鍛えられたケースを自社で切削加工し全面に複雑なポリッシュ仕上げがなされている。ボックス・タイプのサファイア・ガラスが"風防"を彷彿とさせてヴィンテージテイストを与えている。
5212A_b.png
暖かみのあるクリーム系の文字盤色はパテックお得意で、他ブランドがこの系統の色目使いで成功する事があまり無い様に思われる。しかし何と言ってもこのダイアルの最大の特徴は個性タップリの手書き文字に或る。勿論製造過程はシリコンスタンプによる転写方式によるが、原稿は全てパテック社所属デザイナーの描き起しだ。彼の地の人々の手書き文字と言うのは我々日本人から見ると殆ど謎解き象形文字にしか見えない。しかしこの新規描き起こし文字は素晴らしく読みやすく暖か味に溢れている。ヨーロッパ人によるアラビア数字とアルファベットの楷書体?と言えばよいのか。
我らアジア人には年間を50数週で表現したり把握したりはなじみが薄いが、例えばコロナ自粛が一段と緩和されそうな6月1日は23週目となって、文字盤上の26分辺りを指針する。見ようによっては今年も早くも半分間近と焦らせられるという塩梅である。意外に便利なのか、ストレスフルなのか。因みに5~6年に一度53週目の有る年がやってくるらしい(詳細は面倒で不明)が、2020年の本年がそれにあたるらしいので縁あってご購入された方は年末に是非ともお確かめあれ。
そして、個人的にこの文字盤で出色は読み取りの良さである。カレンダーの要素は内側から、曜日、週、月と3本の針表示が有り、3時位置にはノーマルな日付窓表示。さらに時分針とセンター秒針もあって、針は全部で5本ある。これだけのプリント表示と針が有りながら決して視認性は悪くない。これはバトン型アワーインデックスとドフィーヌ形状の時分針(いづれもWG製)両者が酸化処理でマットな漆黒に仕上げられている事と、残るPfinodal(銅合金の一種)製の3針もロジウム・プレート加工されており、非常に文字盤のベースカラーとのコントラストが良好な事による。また各針の長さ設定が絶妙である事も大きく視認性に寄与している。

Ref.5212A-001
ケース径:40mm ケース厚:10.79mm ラグ幅:20mm
防水:30m サファイアクリスタル・バック
ケースバリエーション:SSのみ 
文字盤:シルバー・オパーリン文字盤、転写によるブラック手書き書体
インデックス:4面ファセット酸化ブラック仕上18金WGインデックス
時分針:2面ファセット酸化ブラック仕上18金WGドフィーヌハンド
曜日、週、月の各指針:赤い塗装先端を備えたロジウムプレートPfinodalハンマー型表示針
ストラップ:ハンドステッチ・ライトブラウン・カーフスキン
クラスプ:ステンレス素材のピンバックル

5212A_c.png
解像度一杯いっぱい、愛機Nikon D300ではこれが限界。ウィークリー・カレンダーの売りの一つがこの新キャリバーCal.26-330 S C J SEだ。全くの新設計では無く現行の主力フルローター自動巻エンジンであるCal.324系を徹底的に改良している。大きな改良ポイントは2つ。まずはサファイアクリスタル・バック越しに目を奪われる上記画像の中心部の金色のムカデっぽい奇妙な3番車。従来は4番車(秒針)に付く秒カナをベリリウム製のバネで抑える事で秒針の挙動安定を図っていたが、LIGA製法(独語:X線を利用したフォトリソグラフィ、電解めっき形成での微細加工)によって製造されたバックラッシュ防止機能を持った画期的な歯車を3番車に採用している。歯車一つ一つがバネ構造になっている為にこの歯車には従来のアガキ(微細な隙間)が無い。
Cal.26_330_th_image_b.pngもう一つが自動巻機構の見直し。従来の巻上げシステムの中に新たなクラッチ機構を加え、さらに手巻時に於ける自動巻上げ機構へのダメージを緩和する減速歯車が導入されている。元々熟成度合いが高かったCal.324は信頼度と耐久性、さらにメンテナンス性も高められた。またこれまで採用に積極的でなかったハック(時刻合わせ時の秒針停止機能)が採用されている。携帯精度が恐ろしく良いムーブメントなのでこれは嬉しい。さらに新規のウィークリー・カレンダーは瞬時では無いがトルクをため込んでの半瞬時日送り式が採用されている。尚、リューズ操作で行う日付調整は禁止時間帯の無いエブリタイムストレスフリーとなっている。これら全てが相まって324の派生キャリバー名では無く、Cal.26-330系として新たな名称を与えられた。でも、26.6mmの直径と3.3mmの厚さからの命名発想そのものは1960年頃までパテック社で日常的に採用されていたわけだから"温故知新キャリバー"と言えそうだ。ただこの秀逸新エンジンにも唯一残念があって、何度も触れているが現代自動巻としてはパワーリザーブが少々短い。せめて72時間を近い将来のマイナーチェンジで実現される事を切に願う。
5212A_d.png

Caliber 26-330 S C J SE
自動巻ムーブメント センターセコンド、日付、曜日、週番号表示
直径:27mm 厚み:4.82mm 部品点数:304個 石数:50個
※ケーシング径:26.6mm
パワーリザーブ:最低35時間~最大45時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動
ローター:21金ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)

PATEK PHILIPPE INTERNATONAL MAGAZINE Vol.Ⅲ No.8
PATEK PHILIPPE INTERNATONAL MAGAZINE Vol.Ⅳ No.7
PATEK PHILIPPE GENEVE Wristwatches (Martin Huber & Alan Banbery)
COLLECTING PATEK PHILIPPE Vol.1(Osvaldo Patrizzi)
文責・撮影:乾 画像提供:PATEK PHILIPPE S.A.

※似たような内容で重複も有りますが、参考ブログ記事はコチラ 

【お知らせ】
最後までお読みいただきまして有難うございます。
先日、パテック社より気になる情報が来ましたのでご紹介いたします。
日本を含め世界に於いて、コロナ禍を悪用した詐欺まがいの悪徳な販売提案事例が散見されているとの事です。特に入手が困難なモデルを餌に、あたかも正規ルートであるかのようなドメインを使用して販売代金をだまし取る手口の様です。疑わしき事案に遭遇されましたら下記あてご確認をされる事をお勧め致します。

パテック フィリップ ジャパン・インフォメーションセンター:03-3255-8109

【お詫びと訂正】2020/6/13
本文中のラグの仕様説明について誤りがありました。当初記載のウイングレットラグでは無く、段差付きラグ(特に固有名称無し)が本モデルラグの仕様となります。6/13付にて訂正加筆致しました。

結構行楽日和が多かった自粛GWも終わった。しかしながら新型コロナ感染拡大との戦いは、まるで第三次世界大戦の様相となっている。GDP第2位の中国は、どうやら終息を迎えた様だが1位のアメリカやG7に名を連ねる先進国は満身創痍としか言いようがない。途上国はこれからのように見えるが、実態の把握がどこまで出来ているのか疑わしい。検査数の少なさで叩かれている我が国だが、個人的には首都圏を始めとした大都市圏も含めて、まあまあ頑張っていると思う。ごく一部の例外を除いて、流石に日本人は自主的自粛が出来る素晴らしい民族なのだろう。しかし経済への影響は想像すら出来ない。戦後の復興期が何時から始まるのか判らないが、たぶん秋ぐらいからしかまともな商売は出来そうな気がしない。
今年はホワイトアスパラもソーセージも楽しめなかった異常な春だった。さらに来年1月に延期?を決めたバーゼルワールドからパテックやロレックス等のメジャーブランドがそっくり撤退を決める異常事態となった。結果的にこの流れを受けてバーゼルワールド自体が開催の中止を決定した。
来春の新作発表は4月にジュネーブで開催予定の"Watches & Wonders 2021"(旧名称:S.I.H.H.,通称:ジュネーブサロン)がジュネーブ空港直近の見本市会場のパレ・エクスポ(モーターショーで有名)で開催される。カルティエを筆頭としたリシュモン・グループが、その核を成しているが、バーゼルワールド同様に昨今は、集客に陰りもあって開催期間を短縮したり、一般客を入場させたりしていた。正式な話としては聞いていないが、パテックやロレックス等のバーゼル撤退組も同時期にパレ・エクスポ内での開催を検討しているようだ。ただ既存のW & W 2021に組み込まれるのか、別の枠組みを目指すのかは不明である。
世界の時計業界に於ける大激震真最中なのだが、今現在注目しているのが2020年新作発表の扱いである。大御所のロレックスとパテックが相談したのかどうかは知らないが、新作の発表を見送っている。来年まで持ち越すのか、世界が有る程度落ち着きを取り戻して商売も普通に出来るような状況を待っているのか。いづれかは判らないし、落ち着くタイミング次第という事も有ろう。ただ個人的には賢明だと思うのが、現状でWEBのみ使って生産の裏付けも無いままに中途半端に発表しても勿体ないだけではないかという事だ。
カルティエを筆頭にしたリシュモンや、ウブロやゼニス等を要するLVMHグループ、この二大時計コングロマリット傘下のブランドがニューモデルをこぞって発表している。スォッチグループでは代表的なオメガは発表を控えている様だが、ブレゲやブランパンは新作発表をしていて対応が分かれている様だ。

しかし、第二次大戦の戦後復興以来の経済不況がやって来そうな中で、ラグジュアリーウオッチの価値と言うものはどこまで担保されるのだろうか。想像するにあらゆる商品分野で必要最低限の実用性を備えた低価格な商品が求められるようになるだろう。給与生活者をメインターゲットにしてきたミドルレンジ(そこそこのステータス、若干オーバースペックな実用性、購入顧客の半分は分割支払いが前提な価格設定)は、そもそも厳しい状況であったが、総崩れになる可能性が高い。ではハイエンドはどうなるか。此処は元々の価値がしっかり裏打ちされているブランドやモデルはある程度売れ続けるが、そうでない物は一気に成長したブランドが多いのでストンと落ち込んでしまう可能性がある。兆候が出始めると投げ売りが発生し、ブランド価値が大きく損なわれるかもしれない。
パテック フィリップに関しては、価値の裏付けがかなりしっかりしている。むしろ、今現在世界中で若干デフレ気味と言われているが、戦後は過去いづれもハイパーインフレになっているので保有価値がさらに上がる可能性がある。商品トレンドは保守傾向に傾くと思われるが、パテックは元々がコンサバ志向なので路線変更は不要に思われる。

暗い話ばかりで申し訳ないのだが、せめて興味を共有して面白く楽しみたいのが棚上げになった2020パテック フィリップ新作予想!尚、ブランドからは全く情報は頂いておりませんし、例年若干のリーク情報が聞こえるのだが、今年は全くそれも無し。完全な個人的想像、むしろ願望に近い。
1、ノーチラス 永久カレンダー ローズゴールド 5740/1R-001
現在WGで人気モデルとなっている5740/1G-001のRG素材追加、文字盤は普通ならブラウンだが、個人的希望は艶感の有るブラック。この追加で多少なりとも人気分散されスムーズな受注と納品に繋がれば嬉しい。
2、カラトラバ クンロク 自動巻3針カレンダー 5596G,R-001又は6296G,R-001
昨年、生産中止となったド定番だった5296の後継モデル。ここ数年のカラトラバシリーズのダイエットは個人的には少し異常。実用時計最右翼のモデル復活は絶対必要。最近の傾向でYGは無い様な気がする。
3、ノーチラス 年次カレンダー SS 追加文字盤 5726/1A-015
こちらも異常人気で、生産中止迄に恐らく納めきれない2019年新作5726/1A-014の状況を少しでも改善してもらえたらのリクエストモデル。文字盤カラーはシックな濃い目のグレーだと復活になるのでブラックか。
4、アクアノート ・ルーチェ自動巻 SS 5069A-001,010,011
此処数年のレディースコレクションの見直しトレンドがクォーツからメカニカルへの移行。特に実用レディス筆頭だったTwenty~4®に大ナタが振るわれ、レクタングルケースの人気クォーツモデル群が全廃された。
さて同じく今年全モデル生産中止が発表されたアクアノート・ルーチェのクォーツSSモデルの5067Aは毎年のようにニューカラーを追加しながらソールドアウト確実なベストセラーだった。仮にメカニカル化されれば価格は200万円台前半になりそうだが需要は凄くある。カラーはホワイト、ブラックはマストで他に1~2色出れば嬉しい限りだ。
5、ゴンドーロ メンズ レクタングラ―
一番無さそうなシナリオだが、今現在ゴンドーロにはメンズモデルが存在しない。しかし終盤のリストラモデルが売れていなかったかと言うとそこそこ売れていた。素晴らしい角型のキャリバー2型がお蔵入り状態は一体どうした事だろう。具体的な時計像は想像困難だが、何か出てきても良いと思うので、敢えて。

拙ブログを見て頂いてのメールや電話でのお問い合わせを、時々頂いているのですが、コメントが来た事が有りません。今回はご興味があれば、是非とも新作予想をされてみませんか?勿論単なる希望モデルで構いません。今回記事で予想した同一モデルでも嬉しい限りです。実際のモデル発表が、いつどのような形になるかは判りませんが、見事正解の方にはパテックのオリジナルノベルティーをプレゼント予定です。ご応募は今月末までとさせて頂きます。
実はこの企画は4月に当店の一軒隣にオープン予定だった奈良県初の高級ホテル『J.W.マリオット ホテル』(未だに開店時期未発表)の施設を活用しながら『パテック フィリップ展』をバーゼルワールド2020直前に開催し、会場で新作予想をして頂く予定でした。残念ながら新型コロナ過で展示会は中止しましたが、せめて新作予想企画だけでも楽しんで頂けたらと思う次第です。

文責:乾

日々、新型コロナウイルス関連のバッドニュースが相次いでいる中、4月30日から開催されるスイス時計最大の祭典"バーゼル・ワールド"と、それに先立つ4月下旬に開催予定だった"従来の通称ジュネーブ・サロン"の開催も早々と中止が決定された。来年はかつてない無いほど早い1月末の厳冬のバーゼルワールドとなる様だ。今年は久々に2大時計見本市が良い季節に連続開催される事になって、大きな盛り上がりを期待していただけに大変残念だ。新型コロナウイルスのリスク拡大の現状況では致し方ない。
ところで今安全な場所の一つとしてクリーンルームに近い時計のファクトリーが考えられる。白衣を着用し、エアーシャワーを浴びて入室する。高められた室内圧によって常時換気されている。そこそこ隣と距離も或る作業机で指サックを嵌めた手を黙々と動かす時計師達。会話もほぼ無いのでこれほど安全な環境は無さそうだ。ひょっとしたら今年は商品の入荷はスムーズかもしれない。

前回までの"パテック フィリップ正史"要約をモタモタと時間を掛け過ぎて、2019年の新製品紹介が今回からとなってしまった。
5168G_010main.png
2017年に発表されたジャンボサイズのアクアノートの新色追加モデルRef.5168G-010。ケース素材はホワイトゴールドで変わらないが、何とも大胆なカーキグリーンなる緑色が採用されている。昨年の公式HP上でのモニター画面初見では「個人的にはこれは無い!」の印象だった。好き嫌いがはっきり分かれるモデルで初出のブラック・グラデーションがかかったブルー文字盤に比較してご希望者はかなり少ないだろうと思っていた。バーゼルで実物サンプルを見た印象もほぼ同じで、この色違い2モデルは同じ時計では無い感じがする。
勿論色が違うのだが、最大の違いは"艶"感の有無だ。ブルーはグラデーション効果も有ってダイアルの艶感がしっかりある。通称"トロピカル"と呼ばれ紫外線による劣化に強いコンポジット素材のパテック フィリップ独自の特殊なラバーストラップにも少し艶がある印象だ。対してグリーンの方は、「良くぞ此処まで」と言いたいほど艶が取り除かれている。ストラップの表面加工は同じだと思うが、色目のせいなのか艶っ気が全く感じられない。この緑色は和風では"国防色(古っ!)"、英語では"ミリタリー・グリーン"とも言えそうだが、個人的には或る顧客様がおっしゃった"抹茶色"が一番しっくりする。ただし、このトロピカルストラップは着用を重ねると、どの色でも表面が次第に磨かれ艶が出る。恐らく関心を持たれるのはアウトドア好きでミドルエイジ迄と予想していたが、見方によっては"枯れた"感を求めるご年配の方まで幅広い年齢層に受けが良い。
5138G_010_backlec.png
バックルは一昨年2018年にデビューしたジャンボサイズ仲間のクロノグラフモデルRef.5968A-001から新規採用が始まったニュータイプの両観音仕様。4か所に増えたキャッチで外れにくいが、両側2か所のプッシュボタンで外しやすい優れモノだ。ただ、やや大きめのボタンが、人によっては着用時に少し手首に不快に接触して着け心地を損ねると言う意見もある。特に旧タイプバックルのご愛用経験の有るオーナー様は気にされる方が多い。
5168G_010_CB_b.png
見慣れてはいるけれど、撮影の度に惚れ直すムーブメントの後ろ姿。21金ローターも地板もやり過ぎていないけれど上質極まりない装飾(ペルラージュやコート・ド・ジュネーブ)が施されている。完全に熟成期を迎えたCal.324系は徐々に昨年発表されたニューキャリバーCal.26-330系に積み替えられると思われる。でも画期的なシステムを盛り込んだ新エンジンには無い信頼感が最終期のエンジンにはあって、これはこれで捨てがたい。

Ref.5168G-010
ケース径:42.2mm(10-4時方向)ケース厚:8.25mm ラグ×美錠幅:22×18mm
防水:120m ねじ込みリューズ仕様
ケースバリエーション:WG(カーキグリーン) WG(ブルー) 
文字盤:カーキグリーンにエンボス加工 夜光塗料付ゴールド植字インデックス
ストラップ:カーキグリーンコンポジット《トロピカル》ラバーストラップ アクアノート フォールドオーバー クラスプ付き
価格:お問い合わせ下さい 


Caliber 324 S C

直径:27mm 厚み:3.3mm 部品点数:213個 石数:29個
パワーリザーブ:最低35時間~最大45時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動
ローター:21金ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)
尚、ムーブについての過去記事はコチラから

文責・撮影:乾





今回も随分と日が空いてしまった。例年2月前半は商売が暇な時期という事で、各ブランドが展示会やらミーティング、イベント等を仕込んで来るので、やたらと出張が多い。特に今年は1月下旬から4週連続で東京往復をした為、まとまった時間が取れなかった。
それは言い訳であって、いよいよ残り僅かになってきた正史のまとめは、ほぼ直近20年間の出来事なのだが、何だかとっても書き辛いのが遅延の大きな理由だ。この時期はフィリップからティエリーへの権限移譲がなされた大切な時期なのだが、フィリップ自身は徐々に黒子を決め込んで行く。かといってティエリーの色が全面に出てくるにはまだ少し移行期間が必要だという事もあるのだろう。
フィリップの敷いたレールに乗っかって生産体制の垂直統合化がより一層進化した時期とは言い過ぎだが、景況に多少の波は有っても高級機械式時計市場への追い風が常に吹いていた良い時代だった。20世紀までのピンチとチャンスがジェットコースターのようにやってきた波乱と背中合わせではない比較的順風満帆な20年を語っても、面白みには欠けてしまうのは止むを得ないかも知れない。
大きなトピックスとしては2009年にパテック フィリップ社独自の品質基準であるパテック フィリップ・シール(以下PPシール)を発表・採用し、それまでの基準として採用していたジュネーブ・シールの使用中止がある。そもそもジュネーブ・シールは1886年にジュネーブ市議会が同地で製造された機械式ムーブメントの製造技術を保護するために「ジュネーブ天文台の時計作動検査に関する法律」を可決した事に始まるとウィキペディアにはある。基準は12条からなり認定されたムーブの地板にはジュネーブ州の紋章の刻印がなされた。
5146gevevastamp.jpg
高級機械式腕時計のお墨付きとしてCOSC(Controle Officiel Suisse des Chronometres)いわゆるクロノメーターと並ぶ2大基準であることは有名だ。
実はパテック社が、ジュネーブ・シールに関しては最長にして最大の擁護者であり、記憶違いでなければ高級時計ブランドの中で、検査や認定過程を経ずに全ての機械式ムーブメントにジュネーブ・シールを自社の製造過程で刻印が許可された唯一のブランドであると聞いた。逆にクロノメーター基準に関してパテックは過去全く基準として採用していないのは興味深い。実際随分長きに渡って-3秒~+2秒を出荷基準としている彼らにとって費用と時間を掛けてCOSCを取りに行くメリットは無いのだろう。
さて、なぜ独りよがりにも聞こえそうな自社基準PPシールなのか?フィリップ・スターンは、いくつかの理由を挙げている。まずジュネーブ・シール基準の最終見直し年度は、半世紀以上も前の1957年であまりにも時代にそぐわない基準になっている。ムーブメントの美的基準が中心で、時計精度の規定が無い事。さらにジュネーブ州内での製造・調整という制限が、現在のスイス時計産業の製造拠点分布の現状にはそぐわない事。

PP_seal.png
個人的には、COSCもジュネーブ・シールもさらに新参のカルテ・フルリエ(2004年にショパールやパルミジャーニ等が共同設立した独立検定機関)も今日ではあまり意味を成さないと思っている。そのいづれもがコストが掛かっていて時計の価格に乗っかっている。国産も含めて中堅以上のブランドの機械は相当に高精度なので文字盤に記入されるデザイン要素だけの様な気がする。確かに見慣れたロレックスのダイアルに「SUPERLATIVE CHRONOMETER OFFICIALLY CERTIFIED」の文字列が無ければデザイン的に落ち着かないのかも知れない。でも100%クロノメーター宣言したブライトリングもCOSCが購入の決め手になっているとはとても思えない。
PPシールについては消費者や購買者へでは無くて、ブランド自身の製品基準コミットメントの意味合いが強いと思っている。
その路線を貫く事が、同社をあらゆる部品の内製化(マニュファクチュール度合いの向上)へと向かわせる事となった。2001年"カラム社"買収(ハイエンドなケース製造スペシャリストでスタッフ80名)、2006年"ポリアート社"取得(ポリッシング専門工房でスタッフ60名)、同年SHG社に投資(高度ジェムセッティング工房でスタッフ50名強)。これらの事業体はジュネーブから車で1~2時間のル・クレ・デュ・ロクルの近代的工場に収容されている。その他にも本社工場の直近にはケースとブレスの製造拠点としてペルリー工房を2003年から稼働している。
スターンファミリーのルーツは1932年にジャガー・ルクルトと競ってブランドを入手したスターン兄弟文字盤製作所の買収に遡る。2004年に古くからの名門ダイアルサプライヤーであった"フルッキガー&フィス社"(1860年創業)が財政難に陥っているのを救済すべく買収し、70名の職人を得て文字盤製造事業復活を果たした。尚、現在社名を"フルッキガー文字盤会社"として年産12万枚のダイアルを生産している。パテック社以外の著名ブランドへも供給がなされている。ちなみにパテックの文字盤はインデックスのプレス成型仕上げが一切採用されていない。シリコン転写の文字付けは勿論あるが、立体的なインデックスや装飾は全て手作業によるアップリケ(植字)仕上げである。2012年に現地見学の機会を得たが、文字盤工場と言うのは作業内容が判り易いので無茶苦茶に面白い。是非再訪の機会を得たいものだ。
fs&ts.png
上画像:2009年にPPシール発表に際して撮影されたスターン親子
さて、結構有名な事業継承の逸話は2006年のクリスマスの出来事である。一時行方不明となっていたウォッチが巧妙に仕込まれたUS10ドル金貨をフィリップ・スターンからコイントスで受け取ったティエリー・スターンへと事業は引き継がれた。まさか作り話ではなかろうが、少々芝居がかっていてこのくだりは飛ばして先を急ぎたい。※但し、
実際の社長就任は2009年だった。
US10Daller.png
新社長ティエリーの最初の大仕事は、2014年のブランド創業175周年記念イベントであり、その象徴は7年の歳月を要して開発された超複雑の音鳴り系の怪物傑作時計グランドマスター・チャイムRef.5175に尽きる。たった7本しか製造されなかったが、現在現行コレクションとしてカタログ掲載されているRef.6300Gとして販売されている。時価で2億円以上する高額時計ながら多数の注文があると言うから驚きだ。相当な購入実績が無いとまず入手は困難だろう。因みに昨年11月のオンリーウォッチ(2年に一度の難病治療目的のチャリティーオークション)にパテックは、ステンレス素材のグランドマスター・チャイムRef.6300A-010を出品。同オークションでの最高落札モデル常連であるパテックは、今回も3,100万スイスフラン(落札前日終値レートで34億弱)という腕時計史上最高額で落札されている。しかも最後まで競り合ったのが30歳前後の方々という事であり、あまりに凄すぎて言葉を失ってしまう。

二つ目のティエリーの成果は、2012年ドバイを皮切りに世界主要5都市で開催された"パテック フィリップ・ウォッチアート・グランド・エグジビション"である。昨年秋のシンガポールが記憶には新しく、真っ赤なアクアノートに興味を抱かれた方も多いと思う。
11_gallery_03.png
3_gallery_02.png
5_gallery_04.png
5168back.png
出来れば個人的に弾丸ツアーで訪問したかったのだが、都合がつかず断念した。
「レベルの高い時計愛好家が多いとされる日本(東京)が近い将来選択されても不思議はないので大いに期待したい・・」
とパテック フィリップ ジャパンのスタッフに昨年話していたのだが、2022年東京での開催が正式に決定された。会場や日程は未定ながら、絵画館で実施された2014年の175周年記念イベントの数倍の規模での開催となる。前例に従えば日本の正規販売店の最重要顧客向けに限定モデルが用意される事は間違いないだろう。この特別なモデルの争奪戦は凄い事になるだろう。パテックによる購入希望顧客の選択基準は全く想像出来ないが、全くの私見として昨今のスポーツモデルへの人気集中があまりにも酷い傾向なので、各シリーズを偏らずにバランスの良いコレクションを収集している方にご販売が出来ればと思っている。


最後はさらなる工場の拡張で"新社屋PP6"の名称で現在の本社工場に隣接して2015年から工事が始まり既に完成している。床面積5万平方メートルの5階建てで建物の長辺が200mという巨大建造物だ。これで少しは人気モデルが増産されるという事は無く、主に部品製造とレアハンドクラフトの工房や時計技術者の教育やトレーニング施設として使われる様だ。人と物の両面でさらに自社化を推進するための新社屋のようである。こちらも是非とも現地見学をしてみたい。

尻切れトンボの様な最終回になってしまったが、最後にご案内したいのが"パテック フィリップ正史"の巻末にある三つの付表である。一つ目は時計品番(リファレンス)索引で、品番管理が始まった1932年のRef.96から2015年迄の全モデルを網羅している。品番で追っかければ、キャリバー・発表年(初出)・製造素材が一目でわかる。二つ目はキャリバーナンバー毎にどの時計に搭載されていたのかが一目瞭然だ。三つ目はやはり1932年から各年に発表製造された時計の品番が網羅されている。製造終了年度が記されていないのが残念だけれど非常に便利な資料である。
list_c.gif
5カ月強に渡った正史の要約は、正直なところ何度か挫折しそうだった。でも経営者のビジョン(信念)とたゆまぬ努力がブランドや企業を構築するという当たり前すぎるが、自分自身も含めて中々出来ていない事をスターンファミリーから再認識させられた貴重な経験となった。長文にお付き合い頂きありがとうございました。


文責:乾

参考・引用:PATEK PHILIPPE THE AUTHORIZED BIOGRAPHY パテック フィリップ正史(Nicholas Foulkes ニコラス・フォークス)
「パテック フィリップ正史(日本語版)」は正規販売店にて購入可能です。在庫の有無は各自ご確認下さい。税別24,200円
正史表紙.png


出来ればフィリップ・スターン時代は前後半の2回で終わりたかった。正直9月半ばに正史要約を始めた時は2ヶ月位で終えるつもりだった。何しろ2019年新製品が徐々に入荷する時期であり、その紹介は非常に興味深いし拙ブログを構成する大事な記事だからである。しかし正史要約の途中にそれを挟む事は、煩雑となり中途半端すぎて出来なかった。かくして取り敢えず入荷してくるニューカマーについては、撮影だけ済ませてご納品という事になった。撮影から原稿着手迄の時間が長くなると、どうしても印象が薄れがちになる。撮影と相前後して手元に現物を置きながら、原稿を同時進行して行くのが理想的なのだが・・
正史要約がとうとう4か月目に突入してしまった。それ程読めば読むほど正史は奥深く面白い。特にフィリップ・スターンの功績があまりにも偉大であるため、3分割となってしまった。本稿では創業150周年祝賀を成し遂げる事でスイス機械式複雑時計の復活を確信したフィリップが、家族経営による独立路線に邁進し、確立し、そして維持継続して、将来的なティエリー・スターンへの経営継承の為に時計製造の垂直統合を図り、事業規模拡大をダイナミックに進めてゆくフィリップ・スターン経営の総仕上げ編となっている。

フィリップ・スターンは1970年代初めに将来の年間生産量を約25,000個まで増産したいと考えていた。しかし下方修正余儀無しで1990年に17,500個へと目標は定めなおされた。大きな称賛を浴びたキャリバー89の様な超複雑時計の開発は、ブランドの技術的優位の確立に貢献しても、僅か4個の市場投入では事業構築の基盤にはなり得なかった。パテックをパテック フィリップたらしめる為にこれらの超絶時計の開発と発表は必須であるがゆえに、その原動力として商業的なシンプルかつ上質な高級時計を量産する事での事業拡大が必要不可欠であった。スイス高級機械式時計の復活にフィリップが邁進した結果、急速に業界は投資家達の興味と注目を集めメゾンを貫く事が困難になって来ていた。実に皮肉な話ではある。
フィリップ・スターンが社長に就任した1993年当時のパテックの製造拠点は、歴史的なローヌ通りの本社を筆頭にジュネーブ市内の8ヶ所に点在していて極めて生産効率が悪かった。またどうしても各拠点でセクショナリズムに陥りやすくベクトルの統合も難しかったと推測される。「市内各所に散在する工房からなる小さい王国のパッチワーク」と比喩したフィリップは究極の殿様ではあったが、各拠点には封建的な城主も多々いた事を示している。

フィリップが目を付けたのは、ジュネーブ郊外の小さな村プラン・レ・ワットであった。1990年代初めのプラン・レ・ワットには車の販売代理店、荒廃した古城、数軒のレストラン以外は何もなく、およそパテックの新しい統合拠点としてふさわしい場所とは誰もが思えない辺鄙なエリアであった。
時代的には、まだまだクォーツとの戦いは継続しており、機械式時計製作への巨額な投資などは疑問視されていた状況で、人里離れた25,000平方メートル(約7,600坪)の土地にパテックの年商に等しい投資をフィリップは大英断で行った。敷地内には15世紀に築城された古城シャトー・ブランが有り、後にパテック フィリップにより完全にリノベーションされ、現在はVIP招待サロンとして用いられている。尚、その後同地には世界的に著名な時計ブランド(ロレックス、ヴァシュロン・コンスタンタン、ハリー・ウィンストン、ピアジェ等)が続々と工場を建設し、現在は一大時計工場団地と化している。
新工房とシャトー・ブラン.png
1996年に工場は落成した。巨大な新拠点は訪れる人々にブランドの世界観を見て体験する事を可能にし、それまで掴みづらかったブランドの大きさを等身大で理解させる事を容易にした。これが結果的にはパテックの知名度向上とさらなる需要喚起に結び付いた。
翌1997年には新本社工房の正式落成を記念して2種類の限定モデルが発表・発売された。一つは創業150周年記念として復刻されたシンプルなオフィサーケースモデルRef.3960(1989年)を発展させたミニット・リピーターRef.5029。もう一つは1950年を挟んで前後15年間に製作されていた"パゴダ(PAGODA:仏塔)"と称される個性的なケースシェイプを持つRef.5500(紳士用)とRef.4900(婦人用)であった。前者の限定モデルにはスイス公式クロノメーター試験COSCとジュネーブ・シール認定機関が合同して特別に発行した個別歩度証明書が、時計製作史上はじめて付けられていた。このパゴダの冷間鍛造用の金型も破棄され将来の再生産を不可能にする事で、限定モデルの希少性が約束された。
新工房落成限定_b.png
正史では話が少し横道に逸れ、この頃のティエリー・スターンの動向に触れている。祖父アンリ、父フィリップ同様にニューヨークのヘンリー・スターン・ウォッチ・エージェンシーでの見習いを終了したティエリーは、1997年にジュネーブに戻りジュネーブ・ヴィユー・グルナディエ通りのケース・ブレスレット工房のアトリエ・レユニ社(同所はパテック フィリップ・ミュージアムとして現在再活躍中)で修行を積む。1996年迄稼働していた同工房も新社屋に移転され、ティエリーは新生パテック フィリップでのキャリアをスタートさせる。この時期まだまだフィリップの時代であり、ティエリーの経営参画はもう少し後の事になる。
寄り合い所帯でスタートした巨大な新工房では、古参の棟梁達の適応に数年を要したが、創造性と発明の才が一気に開花して、それまでのベーシックでシンプルな時計群(カラトラバ、エリプス、ノーチラス・・)とグランド・コンプリケーション・コレクション(永久カレンダーやミニット・リピーター等)の間を埋める(有用な)コンプリケーションが誕生した。1996年発表の年次カレンダーRef.5035がそれである。
現在では各ブランドが様々なアニュアル(年次)・カレンダーを製作しているが、パテックは間違いなくその先駆者である。アニュアル・カレンダーを製作する一番簡単な方法は、実に単純で乱暴に言えば従来の永久カレンダーから48カ月で一回転する歯車を省くだけでよい。パテックが凄いのは全く別のアプローチで従来の永久カレンダーを構成する主要パーツであるレバーやカムを使わずに歯車の組み合わせによる新設計で特許技術を獲得し完成させた点にある。機械式時計に於いて歯車の増加=摩擦の増大なので、高トルクのゼンマイパワーが必要となりパワーリザーブ的には厳しくなる宿命を負っている。この課題をパテックの技術陣は歯車の歯型曲線の新設計と開発、さらにお家芸である徹底的な歯型研磨で摩擦の増加を極力抑える事で乗り切った。このプロセスの成就は、単に年次カレンダーモジュール製作に留まらず、それ以降のパテック フィリップ製品の様々なコンプリケーション化に大きく寄与したと推察している。
さらには温故知新と言えるトラベルタイムRef.5034が1997年に発表される。このモデルは約40年前に遡る1959年にジュネーブの時計師ルイ・コティエによる特許の下で製造開始されたRef.2597HSが原点である。
レディス用コレクションにも、それまでのパテックには全くラインナップされた事の無い画期的なタイムピースがリリースされた。1999年発表のTwenty~4®は、時代を反映し自立した女性が、自分自身での購買を決意する高い実用性を備えた時計の提案だった。現在に続くこのレクタングラ―のベストセラーレディスウォッチは、女性達にパテック フィリップ・ブランドへの門戸を開く大きな役目をはたした。
5035_5034_4910_c.png
ミレニアムイヤーの2000年には2つの香箱を搭載した10日間のロングパワーリザーブモデルの10デイズRef.5100が限定製作された。その独特なケースシェイプは、1954年に発表されマンタ・レイ(鬼イトマキエイ)と呼ばれたトノ―ケースを持つRef.2554からインスパイアされた。尚、同モデルのエンジンは2018年2月に生産中止が決まったゴンドーロ8デイズRef.5200に引き継がれていた。現行ラインナップには同エンジンの系譜に連なるモデルが無いが、個人的にはきっと近い将来に新機軸でリバイバルされるものと信じている。
5001_10days_c.png
特別な年に過去の膨大な遺産から想起されるケースやダイアルデザインを用いて最先端のパテック技術を盛り込んだエンジンを積むというスタイルは、熱狂的な時計愛好家の渇望を生みブランドをさらに高みへと導いていった。
しかし何と言ってもミレニアムイヤーモデルの極め付きは"スターキャリバー2000"である。150周年記念モデル"キャリバー89"開発時と同様にパテック時計師の頂点であるポール・ビュクランを含むドリームチームが1993年に結成され開発・設計・製作に当たった。
star_caliber_2000.png
135個の歯車、73個のスプリング、33枚の受けを含む1,118個のパーツからなるムーブメント、21の複雑機能と6つの特許技術革新を誇るスターキャリバー2000の相当に複雑な詳細をここに記述するのは割愛するが、4素材(YG,WG,RG,PT)のセットが4つ、さらにPT素材のみが4つセットされた特別なセットが一つ製作された。製作時計合計数は20個という事になる。これはプロトタイプを含めてたった5個しか製作されなかった(出来なかった?)キャリバー89に較べて、部品点数と複雑機能数で若干劣るとは言え凄まじい技術革新の10年間があったと言わざるを得ない。

マニュファクチュール・パテック フィリップは激動の20世紀を次のように総括している。「この1世紀の間に、機械式タイムピースは懐中から手首へと移動し、電子的に動くクォーツ・タイムキーパーの前で消滅の危機に直面し、次いで辛くも破滅を免れ、そして世紀末になって評価され重んじられるオブジェとして再興した」と・・
新しいミレニアムの初め数年間には、トゥールビヨンをいくつかのタイムピースで精力的に復活させている。まず2001年にスカイムーン・トゥールビヨンRef.5002をケース径わずか42.8mmという実着用サイズでリリースした。さらに2003年にはミレニアム・ウォッチであった10デイズ・レクタングラ―Ref.5100の系譜である10日巻トゥールビヨンRef.5101を発表。
10daystb_skaymoontb.png
上画像:左10デイズ・トゥールビヨンRef.5101(2003)、右スカイムーン・トゥールビヨンRef.5002(2001)
これらのテーマ性を持った複雑時計製作と並行して、フィリップ・スターンが情熱を傾けたのが、約1000点に及ぶ個人コレクションを展示・紹介する博物館の開設であった。彼はパテック フィリップによって製作された時計展示に留まらずに時計製作史の全期間にわたって歴史的に重要な傑作を網羅陳列する事をも画策した。これはヨーロッパ、特にジュネーブの希少な時計群と自社ブランドの創業以来の傑作時計の展示という2つのテーマ性を持ったミュージアムに他ならなかった。これらの崇高で貴重なタイムピースを収める箱としてケース・ブレスレット工房アトリエ・レユニ社の為に、1975年に購入されたジュネーブ市内ヴィユー・グルナディエ通りの建物が大規模にリノベーションされた。このリノベーション事業を委ねられたのは、フィリップの妻ゲルディ・スターンであった。「展示品の品質とその展示方法において、世界で最も美しく誉れ高い、時計製作のみに捧げられた時計博物館」をコンセプトに2年間に渡って改装は進められ2001年に落成した。
musium.png
フィリップ・スターン夫妻の情熱が込められたミュージアムには過去2回訪れている。時期は定かではないが開館後の間も無い頃に駆け足で見た。確か早春でSIHH(ジュネーブサロン)の最中に見たはずなのだが、短時間かつ知識不足過ぎて歴代クンロクモデルぐらいしか印象になかった。2度目はパテック社の招きによってファクトリー見学ツアーのメニューとして訪れた2012年11月。この時はガイドが付き、さらに正史の翻訳家でもある小金井先生のライブ通訳と解説も聞けた贅沢極まりない見学で、ほぼ全体像を把握する事が出来た。しかしである。もう一度じっくり一人で訪れたいのである。この4年半、手元でダイナミックにパテックの現行モデル販売に関わり、拙ブログを書き込む内に知らずと身に付いたブランドと傑作タイムピースの知識。さらに今回四苦八苦しながらも書き進めてきた正史の要約を通じて得られた数々の情報。これらを携えて一日腰を据え、時計史とブランド史を堪能出来るか否か、どこまで理解度合いが進行しているのかを確かめてみたいのである。

ミュージアムの開設によって時計製作の遺産は強固に守り継がれる事になったが、フィリップは「全く新たな地平線」と表現すべきプロジェクトも並行して進めていた。彼はそのことを「技術革新を通じて伝統を永続させる選ばれた者の宿命」であるとした。2005年100個のみ製作された極めて特別な年次カレンダーRef.5250Gからそれは始まった。極めて特別であったのは従来金属製であったガンギ車にシリコン素材を採用した事である。
スイスレバー式に代表される脱進機の完成以降、機械式時計の進化の焦点は、その殆どが機械式の心臓部とも言われるテンプ廻り及びそれに連なるアンクルとガンギ車からなる脱進機の改良に明け暮れていたと言っても良いだろう。テン輪に於いては1800年代末期から1900年代前半にかけてスイス人物理学者シャルル・エドワール・ギョームが開発したインヴァール合金、エリンヴァール合金さらにはベリリウム青銅グリュシュデールが、画期的な進歩を機械式時計にもたらした。パテック フィリップ社独自のテン輪への技術革新の大きな足跡としては、1949年/1951年に特許を取得したジャイロマックス・テンプであろう。髭ゼンマイの進化では1933年に開発されたステンレス系新素材ニヴァロックスがある。
長きにわたり金属素材が独占していた心臓部廻りの主要パーツは、非磁性・耐衝撃・耐変形・耐温度変化を高度に実現するための開発競争が続いていたが、ミレニアムを迎える頃から各ブランドがこぞってシリコン素材の可能性に注目し、実用化競争が始まった。これに対するパテック社の解答が、汎用的な定番製品への搭載に先立つ試験的採用モデルへの限定的な搭載、すなわちアドバンストリサーチと呼ばれる特別な商品群の製作であった。手始めのRef.5250Gのガンギ車へシリコン素材の試験搭載に続いて、翌年の2006年にはSilinvar®と称してシリコン・ベースの新素材を開発して髭ゼンマイへの採用がなされSpiromax®と命名された。これを同年に搭載し300個限定で発表されたのが年次カレンダーRef.5350Rである。さらには2008年に第3弾としてアンクルもシリコン素材Silinvar®を用いて300個限定の年次カレンダーRef.5450Pを発表。
5250_5350_5450P_b.png
完全にシリコン化された脱進機はPulsomax®脱進機と命名された。進化はまだまだ止まらなかった。シリコン化の総仕上げとして2011年にSilinvar®素材を主材として24金を部分的にインサートした砂時計形状のGyromaxSi®テンプと名付けられた全く新しいテンプが、組み込まれた永久カレンダーRef.5550Pが300個限定でリリースされた。
5550P_osillomax_b.png
このGyromaxSi®テンプ+Pulsomax®脱進機+Spiromax®髭ゼンマイの3者の組合せによるシリコン製心臓部全体パッケージを総称して、パテック社はOscillomax®と命名した。その構成部分には17件の特許技術が盛込まれている。Oscillomax®が組込まれたベースキャリバーには、1977年以来同社の実用的な基幹エンジンとして活躍してきた極薄自動巻Cal.240が採用された。従来素材の心臓部で構成される既存の240のパワーリザーブは48時間であるのに対し、高いエネルギー消費効率を誇るOscillomax®ベースのスペシャルチューンのハイスペックエンジンCal.240 Q Siでは、70時間のロングパワーリザーブへと画期的な駆動時間の延長が実現した。

ところで全くの私見ながら、現在のパテック フィリップの実用的基幹自動巻ムーブメント群の唯一の弱点は、パワーリザーブの物足らなさにあると思う。10年前までは48時間パワーリザーブも標準的ではあったが、今日に於いては最低70時間近くは欲しいのである。実際に使い比べるとスペック上では1.5倍程度の違いが、使い勝手の上で倍ほどの違いを感じてしまう。特にパテックオーナーの大部分の方に取っては、複数個の愛用時計をTPOに応じて使い分けるのは日常的であろうから、3日間放置しても"即!"再着用出来るか否かは重要である。しかしながらパテック社はOscillomax®という素晴らしい答えを導きながら、ダイナミックな定番コレクションへの搭載を見送り続けている。さらに言えば手巻の8日巻Cal.28-20系も2018年春に一旦お蔵入りさせている。1996年発表の年次カレンダー開発から始まり、アドバンストリサーチ開発を通じて、飽くなきエネルギー効率化を推進させて来た同社の流れからして、少し違和感を覚えるのは筆者だけであろうか。

文責:乾

参考・引用:PATEK PHILIPPE THE AUTHORIZED BIOGRAPHY パテック フィリップ正史(Nicholas Foulkes ニコラス・フォークス)
PATEK PHILIPPE GENEVE Wristwatches (Martin Huber & Alan Banbery)
PATEK PHILIPPE INTERNATIONAL MAGAZINE Vol.Ⅰ07,08,10 Vol.Ⅱ 01,07 Vol.Ⅲ 05 Vol.Ⅳ 01
COLLECTING PATEK PHILIPPE Vol.1(Osvaldo Patrizzi)

皆様、新年あけましておめでとうございます。本年も拙ブログにお付き合いの程、宜しくお願い申し上げます。
約30年近く時計に関わる商いをしてきたが、昨年の12月ほど消費マインドの低下を感じた事は過去無かった。パテックの客注分の入荷で売り上げと利益だけは、お陰様でなんとか最低限確保できたが、購入目的のご来店がこの時期としては極端に少なく歳末感やクリスマス商戦感が全く感じられ無かった。まるで店は暇だったのだがスタッフを含め何かとバタバタと忙しく、12月はとうとう記事が一本も公開できなかった。
そして気が付けば令和2年が既に始まって居り、また一つ齢を重ねる宿命が待っている。同時に店舗は老舗としての年輪を加える事になり、いつも複雑な心境にさせられる年頭である。

今回は、この時期のフィリップ・スターンの記述に有る"ライフスタイルの変化"から始まるノーチラスの話題から始めたい。彼自身も父アンリ・スターンの血を受けてスキーやヨットの愛好家であり、セミプロ級の腕前で数々の優勝タイトルに輝いた経歴を持っており、一早くフィットネスや健康に関する時代の変化を察知したのであろう。1968年4月のニューヨーク・タイムズが『最新流行のスポーツ、ジョギング』と題された記事を報道。フィットネスへの熱狂が始まるきっかけとなった。
多くの人々が、健康の為に運動し、スポーティで頑丈な時計が求められるようになった。
このニーズに最初に答えたのが、1972年に天才時計デザイナーのチャールズ・ジェラルド・ジェンタにより考案されたオーディマ・ピゲのロイヤル オークであった。遅れること4年の第二弾が、同じくジェンタデザインを採用したパテック フィリップのノーチラスである。デビュー当時の両者は同じデザイナーによって考案され、ジャガー・ルクルト社が開発したエンジン(AP/Cal.2121、PP/Cal.28-255)もほぼ同じ物であり、まるで兄弟の様であったが決定的に違ったのは、その防水性の差である。ロイヤル オークがそのケースの薄さゆえ僅か50m防水にあったのに対して、ノーチラスは125mもの防水性を確保した。
ジェンタはエレガントな薄いケースデザインを優先したため、ロレックスの厚いオイスターケースに代表されるスクリューバックと言う裏蓋構造を取る事が当時の技術では出来なかった。その解決策として彼はケースを2ピース構造とし、ベゼルとケースの間にゴムパッキンを挟む事で防水性能を確保し、薄いケースデザインを実現した。防水に対する基本的な考え方は両者同じながらロイヤル オークが特徴的な8本のビスでベゼルとケースを合体させていたのに対して、ノーチラスは3時と9時の"耳"と呼ばれる部分の採用でベゼルとケースをより強固に圧着固定する事に成功した。
nautilus.png
いつの時代も時計と車の流行は、連動している様でエレガントなスポーツウオッチ誕生と呼応するように1970年にデビューしたのがエレガントなSUV"砂漠のロールスロイス"と呼ばれたイギリスの名車レンジローバーである。パテック社内でも「レンジの時計バージョン、ラグジュアリーSUVにふさわしい防水スポーツウォッチ」の位置づけとしてノーチラスは開発された。後付けで知った話ながらレンジオーナーとしてはくすぐったい気持ちではある。
この時期、まだまだスイス機械式時計は冬の時代が続いていたが、1930年代ほどの深刻さでは無かったようだ。ただ強いスイスフランと金価格の高騰と乱高下によって、創業140周年を盛大に祝う事が、はばかられる代わりに1989年の150周年を特別な祝賀にする事をフィリップ・スターンは決心する。時を同じくして当時パテック社内で最高の時計師であったマックス・ステュデールから過去にない最も複雑な携帯用機械式時計製作の打診を受けたのである。後述するキャリバー89開発のプロジェクトの種はこの時蒔かれていたのかも知れない。

1980年の年末、フィリップ・スターンは極東への長期出張などを通じて、時代を席巻し機械式時計を駆逐してきたクォーツ時計が目新しさを失いつつあり、思慮深い時計購入者は真に永遠の価値を持ち偉大な芸術作品同様の陳腐化しない価値を維持出来るのは見事に設計された複雑な機械式時計である事を再認識し始めたと推察するようになった。
1980年の広告コピー「コンプリケーテッド・ウォッチ:昨日の名人芸、今日のコレクターズアイテム、明日のミュージアムピース」は現在にも立派に通じるパテック フィリップのブランド価値を表現する名言だと思う。
アンリ・スターンが個人的な趣味として収集していた七宝細密画コレクションは非常に僅かな物であったが、現社長ティエリー・スターンが子供時代に時計に興味を持つきっかけとなった。また今日のパテック フィリップ・ミュージアムの膨大なコレクションの始まりでもあった。アンリで始まったコレクションの収集はフィリップに引き継がれてより本格的になってゆくが、そこには重要なキーパーソンであるアラン・バンベリーの存在が有った。
grace&banbery.png
ロンドン出身の彼はジュネーブの時計学校で時計製作を学び、苦労して完璧なフランス語を習得する。ユニバーサルで1年働いた後、ロンドンに戻り兵役を経て王室御用達宝飾店ガラード社に5年間勤める。このガラード時代にパテックの時計を含むジュエリーセットを展示会でモナコ大公妃のグレース(元アメリカの著名女優グレース・ケリー、エルメスのケリーバッグの命名は彼女に由来)に販売した。このジュエリーセットの納品を通じて、バンベリーはパテック社に直接の繋がりを持った。さらに彼の能力に興味を持ったアンリ・スターンとロンドンで面談をするチャンスを得た。これが転機となり1965年3月にパテック社に入社し、アジア・アメリカ市場の営業担当として活躍、さらにフィリップ・スターンのミュージアム・コレクション収集を精力的にサポートした。特に著名な収集品として正史には、創業時の共同経営者であったフランソワ・チャペック製作の掛時計とスイス人俳優ミッシェル・シモンが所有していたリピーター系の懐中時計2点が紹介されている。
simon&chapek.png
これらの宝物は、大半がオークションハウスのカタログから丹念に探された。収集はまず懐中時計からスタートし、1975年頃からは腕時計もその対象となった。収集の基本はパテックがかつて製作した異なるタイプのムーブメントを集める事だった。また保存状態や所有者の来歴、さらに彫刻・七宝などの特別な装飾なども主要な評価基準とされた。最終的にはフィリップとバンベリーは1000点以上のコレクションを集めている。ちなみにアラン・バンベリーは、拙ブログでほぼテキスト的に熟読している『PATEK PHILIPPE GENEVE』(絶版)の著者の一人である。同書は現在要約している"正史"にも多数の画像等が引用されており、共通の記述も多々ある。

コレクションの充実に伴って、販売店の店内で開催される特別展示会の目玉として出品され、注目を集めると共に新作商品の販売にも大きく寄与した。これはかつて万国博覧会時代に受賞時計が果たした広告塔の役割に通じる物であり、それらのシナジーをフィリップ・スターンはまるでフラッシュバックのように感じていたのかもしれない。
創造的な手.png
1979年当時のパテック社の一日当たりの生産量は平均43個であり、数年で倍増されたと言っても非常に少量であり量産化されたとは言えない。1個当たりの製作期間は8ヶ月も掛かっており、著名バイオリンのストラディバリウスのそれよりも長い期間を要した。正に時計師の忍耐、献身、誇りが、世代を超えて継承可能な生きた芸術作品を生み出したと言えよう。

1974年にフィリップ・スターンは『独立宣言』なる小冊子を制作し、販売店に配布した。冊子では家族企業としての独立を再宣言し、長年のパートナーである販売店に安心を与えると同時に、当時の時計業界を取り巻いていたクォーツショックやそれに伴う流通の激変についても躊躇なく大胆に言及し警告している。
前回記事でニコラス・G・ハイエックが巨大な時計コングロマリットであるスウォッチ・グループを築き上げたいきさつに触れたが、その他にネガティブな話として1930年代にスターン兄弟文字盤会社よりも先に、パテック社の買収を試みたジャガー・ルクルト社が筆記具の部品製造に手を出したり、IWCが玩具用のモーターを製造した事などがある。さらにはブライトリング社の1979年の休業とアーネスト・シュナイダー経営のシクラ社へのブランド譲渡。1986年には元サウジアラビア石油相アハマド・ザキ・ヤマニがヴァシュロン・コンスタンタンの全株式の取得を完了。1988年のカルティエによる家族企業ピアジェの買収・・等々の目や耳を塞ぎたくなる様な惨憺たる大嵐が吹き荒れる多難な時代が続いた。

そんな中、パテックの創業150周年である1989年が近づいてきた。フィリップは家族的でアットホームであるが、古風で古めかしい社内体制を、より現代的であったユニバーサル社出身のジェラルド・ブックスの助けを得て、コンピューター・システムの導入などを始めとして近代化する事に乗り出す。だが短期的な財政的ビジョンしか持たない投機的な株主に会社の方向性をゆだねるのは無責任だとして、あくまでも株式上場は望まなかった。これを実現するためは時計を増産して財務状況を盤石にする必要があったが、時代背景もあって、実にゆっくりとしかそれは進められなかった。しかしながらフィリップは経営方式は近代化しても、創業以来続くブランドのポリシーである技術的パフォーマンスと美的完成において世界最高とされる時計を少量製作し、独立を保持し高級な手づくり時計に集中するという意思を変えることは無かった。
時代の変化は顧客層の変化も伴っていた。ブランドに高い認知度を持っていた世襲の裕福層が衰退し、ブランドを知らないが高い購買力を持つ新興な裕福層が台頭してきた。この新しい顧客層に対して流行やトレンドを超えた工業製品ではない何ものかを、パテック フィリップが独自性溢れる時計製作を通じて体現している事を理解させる必要があった。その為にはブランドをより親しみやすくする必要性が有り、それまで品番のみで管理されていたコレクションが、大きく4つのファミリーに分類された。当時の名称とは少し異なるが、今日で言うカラトラバ、ゴールデン・エリプス、ノーチラス・・等々にそれは引き継がれている。アイデンティーを得た各ファミリーは、それぞれにふさわしい戦略的なマーケティング・プランが導入され、より時代に即したブランドへとブラッシュアップが進められた。
そのような施策が成果を上げ始める中、一方では複雑な機械式時計への需要に回復の兆しをフィリップ・スターンは先取りする。他の名門時計ブランドがブランドの売却や譲渡を余儀なくされる真最中にジュー渓谷に、小規模ではあったが新たな複雑機械式時計製作の為の工房を開いた。

1988年9月12日、パテック フィリップは、新作時計の発表では無く、反対に過去に製作した時計の購入についての記者発表をした。60年前に著名なアメリカ人時計コレクターであったジェームス・ウォード・パッカードから発注され16,000USドルで販売した天文表示懐中時計No.198 023を1,300,000USドルで買い戻すと言うとんでもない事がなされた。
JWP_pocket_W.png
この事は自社の遺産に対して持つ誇りの大きさを示し、翌年の創業150周年の偉大な記念イベントや記念モデル発表に繋がるテーマでもあった。
1989年のパテック フィリップのブランド創業150周年は世界中の販売店がジュネーブに招待された。またキャリバー89を始め様々な記念限定モデルは熱狂的な祝福を受けた。
89両面.png
キャリバー89(上画像)は5年に及ぶ研究開発期間を含めて完成まで9年の歳月を要した超複雑な傑作天文懐中時計である。裏面に9種類の天文表示を持つだけでなく、28世紀まで調整不要の世紀永久カレンダー、ムーンフェイズ、スプリットセコンドクロノグラフ、GMTを備え、さらには鳴り物系として5本のゴングでミニット・リピーターを始めグランドソヌリ、プティットソヌリ、アラームチャイムを鳴らすと言う化け物時計である。33種類の複雑機能を搭載し、合計1,726個の部品から構成され、4点の限定製作でプロトタイプをパテック フィリップ・ミュージアムで見学可能である。
ジャンピングアワーダブル.png
上画像左は同じく150周年記念モデルのRef.3969トノーケースのジャンピングアワーウォッチ。RG450個、PT50個の限定製作。製作後にムーブメント・エボーシュ(素材ムーブメント)とツールが破棄され、将来に於いて真の限定製作モデルで有り続ける事が保証された。パテックはこの後同様の手法を用うる記念的な限定モデルを製作する様になる。右画像は25年後の2014年に175周年記念限定モデルとして発表されたRef.5275。PT製175個限定製作はRef.3969の流れを汲んでいると推察される。
他にも150周年記念モデルは多々有るが、個人的に思い入れを持っているのが、腕時計黎明期に思いを馳せる事が出来る軍用オフィサータイプの手巻キャリバー215を搭載したRef.3960モデルである。
_DSC9922.png
当時は、実家の時計家業を継ぐ前の時代で実父が経営していた百貨店テナント数店舗でパテックを扱っており、このYGバージョンの限定モデルを5本仕入れ、4本を販売したが何故か1本が中々旅立てずにいた為に、めったに自分では時計を買わない親父が珍しく購入し、ずっと手元にあって使われていなかったもの(上画像)を、2000年頃に無理やり奪い取った経緯がある。購入当時の価格は語呂合わせもあったらしく、たった150万円(消費税導入前)だった。尚、箱は有るが時計に付属していたはずの小冊子の行方は不明である。実に惜しい!しかし、もし購入可能だったのなら限定数150本のWGか、50本のPTにしておいて欲しかった。YGは限定本数が2000本とパテックにしては多い為か、現在のプレミアはそれ程でも無い。

1989年は、ヴィンテージウォッチのオークション市場にも大きな変革がもたらされた。4月9日にジュネーブのホテル・デ・ベルグでオークショナ―のオズワルド・パトリッジが開催した『パテック フィリップの芸術(THE ART OF PATEK PHILIPPE Legendary Watches)』は初めて単一のブランドのオークションであった。300点以上の時計が出品され、合計落札額が驚異的な1,510万USドルとなった。最高落札価格をつけたモデルはキャリバー89で320万USドルで、合計落札価格の1/5以上を占めていた。尚、当時の日本は平成元年でバブルの最盛期であり、かなりの円高(1USドル120~140円)であった。仮に130円として試算すると当時の価格で総落札合計額は19億6,300万円となり、キャリバー89は4億1,600万円で落札された事に成る。
オズワルド・パトリッジ主催のオークションハウスは、後にアンティコルム(Antiquorum) としてよく知られるようになる。パテック フィリップの単一ブランドオークションの大成功を機に、1991年ブレゲ、1994年ヴァシュロン・コンスタンタンと単一ブランドのテーマ・オークションが開催される事となった。
art_of_PP&collection_privee.png
大きな関心を集めたイベントは、他にもあってパテック社自身が1989年4月から9月の半年の間にジュネーブ時計七宝博物館の2階フロアを借り切って、アラン・バンベリーの企画・運営によって開催された展示会である。会場が手狭だった為に収集品の約半分である433点の展示となったが、期間中6万人を動員する人気イベントとなった。これらのオークションや展示会がもたらした効果は絶大で、それまで販売店があまり積極的な興味を示さなかった150周年記念モデルの人気が高騰する事となった。またそれ以前には無かった"時計を収集品として購入する"という新しい概念を生んだのである。
後にニューヨークのヘンリー・スターン・ウォッチ・エージェンシー社長となるハンク・エーデルマンは「創業150周年はコンプリケーティッド・ウォッチの魅力を広げた」と語る。それは彼らのビジネスを前進させる明確な方向性であり、大量生産による販売拡大ではなく、製作が困難で高付加価値を持つ高価な時計を開発製作する事であった。言いかえれば複雑であっても消費者が高く評価する芸術的な時計作りが、パテック社の独立を維持しながらの発展に大きく寄与する道だと判明した事に他ならない。

1989年当時の同社の社員数は、まだ319名。しかし複雑な機械式時計の復活を確信したフィリップ・スターンは、偉大なる未来を予想していた。「私は可能性を感じる事ができました。1989年、パテック フィリップは真に生まれ変わったのです」

文責・撮影:乾
参考・引用:PATEK PHILIPPE THE AUTHORIZED BIOGRAPHY パテック フィリップ正史(Nicholas Foulkes ニコラス・フォークス)
PATEK PHILIPPE GENEVE Wristwatches (Martin Huber & Alan Banbery)
パテック フィリップ創業175周年記念(2014年)

どこの家業(ファミリービジネスはこう呼びたい)でも世代交代は難しく、悩ましく、複雑になりがちだ。パテック フィリップのスターンファミリーの場合も明確な時期や出来事と言う節目が判り辛い。一応アンリ・スターンの有終の美的な記述は下記である。
1980年:ル・サンティエの時計工房ヴィクトラン・ピゲ社(1880年創業)の創業100周年記念祝賀会にアンリ・スターン(当時69歳)が主賓で出席。
※アンリは相当なパイプ煙草愛好家であったらしいが、2002年で91歳で他界されるまで長生きをされた。好きなレマン湖の船遊び等で随分と充実した余生を過ごされたのであろう。当然ファミリー意識溢れるスターン家の遺伝子からして、フィリップ・スターン名誉会長も最低でも2027年迄は頑張れるという事で、正規販売店としてこんなに心強い事はない。

1969年:老舗ジラール・ぺルゴ社(1791年創業)がスイス時計業界で初の株式上場。クォーツ時計の量産にも成功。
1969年、機械式時計最後の開発競争であった自動巻クロノグラフが2社+1グループから発表される。セイコー、ゼニス、4社共同(ブライトリング、ホイヤー、ハミルトン、ビューレン)
1969年:クリスマスにセイコーウォッチ株式会社がクォーツ駆動腕時計初代「アストロン」を発売
1970年:家族企業ホイヤーを、創業者の曾孫であるジャック・ホイヤーが株式公開する。
1970年:フィリップ・スターンが経済金融誌へのインタビューで、業界で巨大化してゆくグループへの参加を、現在も将来も否定する見解を発表。

前回記事の最後の方で、セイコー発信のクォーツショック(クライシスと言う呼び方も有)、さらに家業の集合体であったスイス時計業界の法人化への移行の兆しに触れた。しかし良く理解できないのが、当時アストロンが発売されたと言っても1969年12月に200個生産し、100個程度を日本市場で売ったに過ぎない。45万円(当時の中型車価格)と当初は非常に高級時計であり、量産とコストダウンには数年は掛かっている。にもかかわらず、ほぼ時を同じくして1970年前後にスイス時計業界に一気に暗雲が立ち込んできたというのは少し解せない。
そこで巨大化してゆくグループなるものを自己考察してみた。まずは1930年発足SSIH(Société Suisse pour l'Industrie Horlogère、スイス時計工業株式会社:中核ブランドはオメガ)。それと1931年発足ASUAG(Allgemeine Schweizrische Uhrenindustrie AG、スイス時計総合株式会社:中核ブランドはロンジン)。この二つあたりの事だと思われる。元々これらのグループは第一次世界大戦時の不況対策でグループ化され、その後ライバルとして成長をして来た。ちなみに両グループは、クォーツショックにより経営危機に陥って合併し、紆余曲折を経て現在スウォッチグループとなっている。余談になるが、このグループ統合の立役者が、かの有名なスウォッチブランド(スイスウォッチ略がブランド名由来)の創業者ニコラス・G・ハイエックである。
さらに1970年当時スイス時計工業界には、比較的近代的な一貫メーカーもあったが、まだまだ家内的手工業に毛の生えたような工場も多数あった。その保守的な体質の改善、合理化や近代化を銀行が主導して大胆に推し進めていった過渡期でもあった様だ。
フィリップの父アンリも"独立と自由"の維持を強く望んでいたが、他グループの傘下に入らずに実現する為には、自らが家業を大きく成長させ、圧倒的に健全な財務状況を構築する事が必須だった。これを真剣に考えやり遂げたのが、ちょうどその時期に事実上は、経営トップを担うようになったフィリップだった。
1970年代初期の年産量は15,000個、社員数366名とある。明確な時期の記載は無いが、当時は借入金額が年間利益を上回っており、健全な企業体質への早急な改善もフィリップの課題であった。以下少々、前回の記述を繰り返す。

1970年:フィリップ・スターンに長男ティエリー・スターン(現パテック フィリップ社長)誕生
1970年:パテックがスイス時計会社21社で共同開発したクォーツムーブメント"ベータ21"を搭載したRef.3597/2や3603/2を発表。
Bata21_3592_2_3603_2.png
しかし、パテックはこの共同開発ムーブに満足できず、次のトレンドになりそうだったデジタル表示タイプの非採用をも決定し、自社のメカニカルムーブメントと同等の品質基準を満たすアナログ表示のクォーツムーブを独自で開発した。

CHE_Bata21_P332&E15_23b.png
この際に開発された小型で樽型のE 15クォーツキャリバー、丸形のE 23は実は今も現役である。前者はレディスのベストセラーTwenty~4®Ref.4910系に、後者のE 23はレディスノーチラスRef.7010系に搭載されている。しばらくの間はメンズコレクションにクォーツモデルも生産・販売実績が有ったが、現在はラインナップされていない。パテックはムーブメントも経営者同様に長寿だが、クォーツに於いてはギネス級の長寿キャリバーだ。
以前は、個人的に何故にそんな古臭いムーブを使い続けるのか不思議だった。精度も現代の最先端クォーツは年差であり、今年のバーゼルワールドに於いて"最高傑作"ではないかと秘かに時計評論家達の注目を集めたのはシチズンの年差±1秒の(GPSや電波の助けを借りない)純粋クォーツムーブ搭載モデル0100(ゼロイチゼロゼロ)だった。
随分以前にフィリップ・スターン名誉会長に直接会話するチャンスが有って、メカニカルウオッチのハック機能(秒針停止)の必要性について尋ねた事が有った。
「日差数秒の機械式時計にその機能は必要だとは思いません」フィリップは返す刀のごとく回答した。しかし今年発表されたパテックの最新の基幹ムーブメントCal.26-330系は、群を抜く高精度ならではの長所を活かせるハックを、満を持して搭載してきた。それぐらいパテックのメカニカルの精度は向上をし続けたという事だ。逆に精度的に「ハック、本当に要りますか?」というレベルの機械式時計が、世の中にはたくさん有ると言うべきなのかもしれない。
そんなパテックにとってクォーツキャリバーの月差数秒の精度は、必要十分の実用性であり、むしろアンティークの様なオールドクォーツムーブを使い続けるメリットが彼らにとっては優っているのだと思う。それは"創業以来リリースした全てのタイムピースに対して修理・修復の確約"というブランドの根幹を成すとも言える重要な社是である。
もっと簡単に言えば「セイコーの初代アストロン(1969年)はとっくにムーブの交換をするような修理は出来ない」という事だ。ベータ21に早々に見切りをつけたのもその辺りの思惑が有ったからかもしれない。

1971年:アメリカがベトナム戦争に疲弊し、不況が鮮明になってきた。いわゆる8月のニクソン・ショック以降、金と米ドルの兌換が停止される。
米ドルも下落が鮮明になる。70年代半ば1USドル=4.33CHF、70年後半には約1.60CHFと̠マイナス63%もの大暴落となった。この結果米国市場でのスイス時計は3倍価格へと値上がりをした。いつの世も悪い事は重なる様で、スイス時計業界の金融団主導の構造改革の流れ、米景気の悪化と金融危機に加えて"クォーツショック"と言う三重苦に見舞われたのが1970年~1990年頃のスイス時計業界だった。
世紀永久カレンダー.png
上)1972年、世紀永久カレンダー搭載懐中時計を米工業家のコレクターに受注生産品として101,650CHFで販売。関連過去記事あり

ルサンティエ&アンリ・ダニエル・ピ.png
上)ル・サンティエ村とアンリ・ダニエル・ピゲ

この世紀永久カレンダーは超ベテランのパテック社の古参時計師数名が、ル・サンティエのアンリ・ダニエル・ピゲ工房(PPエボーシュ専用のパテックの子会社)にてオーソドックスな職人技によって製作された。尚、パテック フィリップ・ミュージアムにはこのプロトタイプが現在展示されている。

1973年:パテック フィリップ過去最高の売上5000万CHFを達成。
1973年:世界初のデジタル腕時計「パルサー」がハミルトンから登場。
1975年:シチズンが世界初、年差±3秒の高精度クォーツウォッチ「クリストロン・メガ1975」発表。
1976年:シチズンが世界初、太陽光を動力源とするアナログ式クォーツ腕時計「クリストロンソーラーセル」発表
1978年:シチズンが世界初、クォーツでムーブメント厚1mm未満を達成し、実機搭載に成功。
1980年:シチズンが世界最小の女性用アナログクォーツ腕時計を発表。

同時期にはウォルサムがワンクロン・エレクトロニック(時計の詳細不明)やエルジンがデジタル腕時計に進出。アメリカ発の大量生産のノンメカニカルウォッチの攻勢が始まる。
パテックを始めスイスの老舗時計メーカーが天文台コンクール競争に明け暮れていた1950年代後半には、もう既に「腕時計の電子化」の熾烈な開発競争が始まっていた。1957年には米国ハミルトンによる"テンプ駆動式電池腕時計"、1960年には同じくアメリカのブローバが、日差わずか2秒の音叉時計"アキュトロン"を発売している。調べ始めるとこれまた興味深く、時計屋のオヤジとしては捨て置けないが、本稿の主題と外れるのでまたの機会としたい。尚、ご興味が有れば各社HPをご覧ください。
https://museum.seiko.co.jp/knowledge/Quartz01/
https://www.citizen.co.jp/ir/investor/history.html

1973年:第一次石油危機発生
スイス時計の市場占有率は1977年の43%から1983年の6年間で15%まで下落した。製作拠点としての地位も日本、香港に次ぐ3位へと転落。スイス国内の業界労働者数は9万人から4万人と大量の失業者が溢れかえった。1974年に最高数量を記録した完成時計とムーブメント合計数8,440万個から、1983年には3,020万個へとマイナス64%減少した。
アジア(香港、シンガポール)での低賃金、長時間で過酷な労働環境での時計生産が急速に発達し、スイス時計に壊滅的な打撃が顕著になる。

1977年:そんな最悪状況の中で、パテック社はマイクロ・ローターを搭載した極薄型自動巻ムーブメントCal.240を開発・発表。
当時世界で絶好調のクォーツムーブが全盛期を迎え、さらに薄型化競争が進んだ結果、ケースデザインの自由度が増して、エレガントな時計作りが可能になっていった。
スターンファミリーは、これに対して敢えて機械式で対抗すべく実用性に優れる自動巻でありながら徹底した薄さを追求するムーブメント開発を設計陣に求めた。その答えがCal.240。
発表依頼40年以上が経過した今日も、Cal.240はパテックの基幹キャリバーであり続けている。40年もの長期間に渡って,このムーブメントを搭載して発表された傑作モデルは物凄く多い。
それまで手巻ムーブ(Cal.23-300)でしか薄さを確保しえなかったゴールデン・エリプスの後継エンジンとして、初搭載されデビューする事で、実用性と極薄エレガントケースを両立したタイムピースを、センセーショナルにアピールする事に成功した。
現行ラインナップではセレスティアル系、ワールドタイム、ノーチラスでは通称"プチコン"と呼ばれるRef.5712系がそうだし、ひょっとしたら当店では、生産中止までに納めきれないかもしれない"超"がつく人気のノーチラス永久カレンダーRef.5740/1もこの熟成エンジンを積んでいる。また様々な装飾が施される事で文字盤が厚く成りがちなレアハンドクラフトの多くのモデルも、この傑作極薄エンジンが積まれている。さらに言えば、このキャリバーの構造レイアウト上、4時半辺りにしかスモールセコンドを配置出来ないのがCal.240の特徴だが、装飾性を楽しむレアハンドクラフトに秒針は不要であり、デザイン的に全くハンディとはならない。


240b.png
元々、マイクロ・ローター式自動巻の特許はスイスの時計会社ビューレン(Buren Watch Company)が1954年に開発・所有をしたが、1955年にユニバーサルがその特許を買い取ったいきさつがある様だ。またアンリ・スターンがアメリカでユニバーサルの販売権を持っていた経緯からして両社は浅からぬ関係で有ったのかもしれない。
現役レジェンドとも呼べそうな偉大なムーブメントCal.240。当時パテックでその開発に当たったのが、ユニバーサル・ジュネーブでの在籍経験が有った1968年入社の技術部長(ベレ氏)であった事が、半年以内での試作品テストを可能にし、短期間での設計開発完成の要因であったのだろう。
少し不思議なのが、この逸品キャリバーがデビュー時のゴールデン・エリプス以降、1985年の永久カレンダーRef.3940発表まで、これと言った搭載モデルが無かった事だ。
全くの私見ながら、恐らく当時経営者として油が載りだしてきたフィリップ・スターンにとって、圧倒的な自信作でもって高級機械式時計の"復活の狼煙"とすべき作品を模索し、市場投入のタイミングを計ったが為の空白期間だったのではないかと推察している。来年のバーゼルなどでフィリップ・スターンご本人にお会い出来れば、是非自ら確認してみたい。
BAYER3940.png
上)パテック社と非常に長い信頼関係を持つ、チューリッヒの超老舗時計店"ベイヤー"の225周年(1985年)記念限定モデルのRef.3940。限定本数不明ながら画像の裏蓋刻印からNo.1である事が判る。→参考記事

誕生以来、今日に至るまでCal.240を搭載した名品は数えきれない程ある。ご興味のある方は拙ブログで過去紹介した記事を、ご笑読頂ければ幸いである。
Ref.5230ワールドタイム凛々しい三男2019番外編(希少な手仕事 レア・ハンドクラフト)5740/1G-001実機、やっと来たお宝!ノーチラス永久カレンダー5738R-001ゴールデンイリプス新作珍客!レギュレーター5235G5327G-001永久カレンダー極薄自動巻キャリバー40周年記念モデル-6006G-0015230R・G ワールドタイム第三世代5712/1A-001ノーチラス プチコン ステンレス

文責:乾
参考・引用:PATEK PHILIPPE THE AUTHORIZED BIOGRAPHY パテック フィリップ正史(Nicholas Foulkes ニコラス・フォークス)
PATEK PHILIPPE GENEVE Wristwataches (Martin Huber & Alan Banbery)
PATEK PHILIPPE INTERNATIONAL MAGAZINE Vol.Ⅳ 03 

スターン兄弟の両親(父アンリ・エドアール・スターン、母マリー・ルイーズ・スターン)は、ベルン州の古い家系の七宝細密画家で、いづれもベルンの近郊のグルツェレン(Gurzelen)村の出身であった。ブランドの現経営ファミリーの原点であるから、一体どんな場所なのかとググってみた。
スイスの首都ベルンは過去バーゼル出張の際に宿泊拠点にしていたお気に入りの古都。コンパクトな主要市街が世界遺産登録地であり、徒歩か自転車散策がシックリで、どことなく奈良に似た落ち着ける街である。スイスの観光ルートには入っていないが、個人旅行の際には是非訪問をお奨めしたい。
そのベルンの南方には名峰の誉れ高いユングフラウやアイガーで有名な観光基地インターラーケンやグリンデルワルドがある。この地方への入り口に位置する町がトゥーン(Thun)。 グルツェレン村はその北北西7~8km、ベルンから南南東に約20kmに或る。グーグルマップで見たが、本当に何にもないのどかそうな田舎の村である。良い機会なので、パテックにゆかりの場所をマッピングしてみた。
PP_map_c.gif
ル・サンティエ
:古くからの時計作りで知られたジュー峡谷の村の一つ。1880年創業のヴィクトラン・ピゲ社が100年に渡ってパテック社にグランドコンプリケーション・クラスを含んだエボーシュを供給していた。
ラ・ショード・フォン:ジュラ地方のとても有名な時計産業の町。有名時計ブランドの近代的な工場が立ち並ぶ工業団地の様相を成している。パテックの他にもブライトリング、カルティエ、タグホイヤー等々の大手に加えて、ジラール・ペルゴ、グルーベル・フォーセイ、ジャケ・ドローの様な工房的規模のブランドも多数存在する。
サン・ティミエ:ラ・ショード・フォンの西隣の村?PP子会社のフルッキガー文字盤製作会社が現在パテックの文字盤の大部分を製造している。同社は1860年創業の伝統的な文字盤製作の老舗であったが、2004年にパテックが破綻を回避すべく救済的に買収しスターンファミリーのルーツであった文字盤事業を復活する形となった。

1898年、両親エドアールとルイーズが故郷グルツェレンから直線距離で120km南西のジュネーブに出て工房を開く。1900年頃には6名の職人を擁するようになる。父エドアールは20世紀初頭に病死するが、気丈な母親ルイーズとシャルル・アンリ・スターンとジャン・スターン兄弟によって継続された文字盤製作事業は成功を収めた。
starn_factory.png
上、1912年のスターン兄弟文字盤製作所。10年あまりで6名からかなり大所帯になっている。1920年代には近代的な工場を設立している。急成長と言って良いだろう。

1932年、初のリファレンスモデルである96モデルを発表。
※買収の年に、現代に至るスターン時代の象徴と言っても良い"クンロク=96"を発表してきた事が凄いと思う。1926年初代"オイスター"をロレックスが発表したように当時各社がニックネームを採用し始めていた頃である。当初ルクルトムーブメントが積まれたクンロクは、2年後の1934年から初の腕時計用に開発された自社キャリバー12'''120に積み替えられた。

1933年、技術部長にジャン・フィスター(50代半ば)を迎える。1940年代半ばから取締役会会長(様々な年代の様々な肩書?の記述有り)
1934年、スイスで生産される腕時計が懐中時計の2倍となる。
※1930年にはその比率は50%であり、4年で完全に主客が入れ替わっている。パテックの経営刷新は本当に綱渡りだった事が伺える。
96&130_c.png
上:クンロクの初出1932年の個体の画像を過去見たことが無い。左端のゴールドモデルはストラップをオフィサータイプのように貫通パイプをビス留しているようだ。真ん中のステンレスの96はセンターセコンド仕様の12'''120キャリバーを積み、スイス南部イタリア語圏ルガノの"SOMAZZI"という時計店とのダブルネーム。右のクロノグラフ130モデルもステンレス製、結構早くから加工の難しいSS素材も使われていたようだ。価格的メリットなのか実用性なのか・・

1934年、アルフレッド・G・シュタイン死去
1935年、アンリ・フェリックス・スターン(シャルル・アンリ・スターンの息子、彫金家1911-2002)が、スターン兄弟文字盤製作所勤務を経て、24歳で入社。
1936年、ヴァルジュ―ベースの自社クロノグラフキャリバー13'''製作。搭載モデルのRef.130の初出は1934年なので、恐らく当初はヴァルジュ―エボーシュでスタートしたものと思われる。
※その他にも1934年~1939年のたった5年間で10種類のニューキャリバーが矢継ぎ早に製作された。これは当時各時計会社が得意分野の時計に事業集中する傾向の中で、パテックは逆に幅広い商品群の生産を目指したからである。またかつて懐中時計で成功したのと同様に、腕時計でのコンプリケーション化を目標に据えていたからである。

1937年、アンリ・スターン26歳でアメリカに渡り、パテック フィリップ・アメリカ社長代理に任命される。以降20年以上アメリカ市場を統括する。
1937年~1939年、画期的な新素材を採用したニヴァロックス髭ゼンマイやベリリウム青銅テンプの搭載が進み、多湿なエリア(主にアメリカを想定)での調速装置の酸化や帯磁への対策が進む。
1937年、飛行機による新しい時代の到来を見越して初めてのワールドタイム発表
worldtime_cotie.gif
上:最初のワールドタイム腕時計Ref.515 HUとマルチタイムゾーン機構の開発者である時計師ルイ・コティエ(どことなく英王室の誰かに似ているような・・)

1938年、アンリ・スターンの長男フィリップ・スターン(現パテック フィリップ名誉会長)誕生
1939年、創業100周年、社員数107名規模
1939年ー1945年、第二次世界大戦勃発。
※アンリ・スターンが渡米するまでの数年間、新生パテックは北米及び南米の市場が崩壊していた為、主戦場を仏・西・伊・英に戻して立て直しを試みた。経営状況は少しずつ好転しつつあったが、第二次世界大戦が始まると戦場となったヨーロッパ市場が未曽有の混乱に陥る。この状況をヨーロッパは戦後も何年も引きずった。パテックはアンリが精力的に営業活動を北米と南米で行い、戦後の好景気への備えを着実に行っていった。一方、スターン兄弟には文字盤以外の時計製作のノウハウが無かったにも関わらず、事業継承当初から上質な自社主導のエボーシュ開発を志向し、その実現策として経験豊かで優秀なマネージャーを技術部門のトップとして外部から招聘する。これらの市場の選球眼、人材登用と投入、そしてそのスピード感は素晴らしい経営センスだと思う。

retoro_1526_1518_b.png
上:事業継承後、エボーシュの自社化を進めながらも外部エボーシュも活用して、腕時計に於ける複雑機構の先駆者となる事でブランドの地固めがなされた。

1941年、アンリ・スターン中南米を訪問。永久カレンダークロノグラフ1518モデル生産開始
1942年アメリカ参戦、アンリ・スターンがユニバーサル・ウォッチのアメリカ輸入代理店となる。永久カレンダー1526モデル生産開始
1944年、シャルル・アンリ・スターン永眠
1944年、天文台コンクールのカテゴリーに腕時計(ムーブメント直径30mm以下)が加えられる。
1946年、アンリ・スターン・ウォッチ・エージェンシー株式会社設立(パテックとユニバーサルの合衆国の独占的ディストリビューター)
1948年、アンリ・スターンが早くもクォーツの将来性を見越して電子部門を創設した。
1949年、1951年ジャイロマックス・テンプの特許取得。
※パテックの開発した独自技術は本当に寿命が長い。70年後の現行モデルの機械式腕時計の全てが、この画期的なテンプを採用している。

1953年、バーゼル産業見本市で自動巻機構搭載ニューキャリバー12'''600 ATを積んだ2526モデルを発表。
2526_12-600_27-460_c.png

上:パテックの自動巻導入は遅めで1953年4月のバーゼル産業見本市だった。特許取得した自動巻機構とジャイロマックス・テンプ、さらにソリッドゴールド・ローターを備えたニューキャリバー搭載のRef.2526として発表された。尚、この新しいパッケージが主力エンジンとして製品への搭載が盛んになるのは1960年開発のCal.27-460(1960年)からとなる。

1950年代後半、盛んに対磁時計が開発される
1950年代半ば、アルベール・ジルベール(1930年生まれ)が宝飾工房の責任者となる。
1958年、ニューヨークとヨーロッパ(ロンドン、パリ)を結ぶ大西洋横断のジェット旅客機による定期路線就航開始
1958年、電子部門が世界初のミニュチュア・クォーツ・クロノメーター(クロック)を完成。
anri&fister.png
上:1958年撮影の47歳のアンリ・スターンと技術部長ジャン・フィスタ―

1959年、ジャン・フィスタ―社長(何時から社長なのか未記載)82歳で引退、アンリ・スターンが48歳で社長就任、当時の日産は23個(年産6,000個)
1959年、ジュネーブの時計師ルイ・コティエが発明したトラベルタイム機構をパテックが特許取得
1960年、ニューヨークでアルベール・ジルベールの功績により3年連続で「ダイヤモンド・インターナショナル・アワード」受賞
耐磁コブラトラベル_b.png
上:電気の普及、ジェット旅客機の就航が新しい実用時計のニーズを生んだ時代。一方で独創的なデザインや宝飾性に富んだ時計作りも同時に進行した世界的好景気の時代。

1960年代、時計に於ける七宝装飾技法の衰退が顕著
1963年、西ベルリン(当時)市長が公式訪問をしたジョン・F・ケネディにパテック フィリップ製のピース・クロノトーム(クォーツクロック)を贈呈。
1964年、ラ・ジャンクション工場落成、創業125周年
1966年、パテックが天文台計時精度コンクールへの参加を打ち切る。精度コンクール自体も1968年に終了。
※PP正史には1900年代初頭から此処に至るまでの他の時計メーカーを全く寄せ付けない輝かしいコンクールでの成績が列挙されている。特に1944年~1966年迄は優秀な時計師(精密歩度調整師)のメンバー個別の成果を丁寧に紹介している。本稿では割愛するが、当時のパテックのアンティークピースの高騰理由の一つである事は間違いなさそうだ。

1967年、バチカン市国のローマ法王庁に日差1,000分の1秒の電子マスタークロックを納品する。
クォーツクロック.png
上:1969年発表のセイコー初代アストロン成功の陰には他ブランドのクォーツや音叉時計等の開発ストーリーがあった。アメリカのブローバやスイスのロンジン、ジラール・ペルゴ、CEH( Centre Electronique Horloger/電気時計研究)が知られるが、パテックもクロックに関しては結構頑張っており、新時代到来を見越していた様だ。

1967年、女流七宝細密画家シュザンヌ・ロールがパテックで七宝細密画を描き始める。2002年迄在籍。
1968年、ゴールデン・エリプス発表。10年間ベストセラーとなる。
エリプ_ジルベー_シュザンヌ_.png
上:1950年代後半以降、アンリ・スターンはデザインと美の境地を開いてゆく。それはデザイン性の高い宝飾や革新的で大胆なケース形状や文字盤の採用、または伝統的な七宝技法の継承努力など多岐に渡っていた。

1969年、老舗ジラール・ぺルゴ社(1791年創業)がスイス時計業界で初の株式上場。クォーツ時計の量産にも成功。
1969年、機械式時計最後の開発競争であった自動巻クロノグラフが各社から発表される。セイコー、ゼニス、4社共同(ブライトリング、ホイヤー、ハミルトン・ビューレン)
1969年セイコーウォッチ株式会社がクォーツ駆動腕時計初代「アストロン」を発売
1970年、家族企業ホイヤーを創業者の曾孫であるジャック・ホイヤーが株式公開する。
1970年、フィリップ・スターンに長男ティエリー・スターン(現パテック フィリップ社長)誕生

※「第二次世界大戦に続いた四半世紀は、パテック フィリップの黄金時代であった。」(PP正史203P)とあって、まずアメリカで好景気は始まり、次いでドイツ・フランス・イタリア等のヨーロッパでも経済が再生された。テレックス、ジェット旅客機、テレビなど画期的な文明の利器が誕生した。これらの副次的産物として耐磁性能や容易な時差表現(トラベルタイム)が、腕時計の新たな機能として開発されるようになった。しかしながらこの時代のパテックの最大の技術革新は1950年前後の特許ジャイロマックス・テンプの発明だろう。1960年代後半にマイクロステラナットを開発したロレックスを例外として、他の高級時計ブランドが、2000年代以降こぞって採用し始めたフリースプラング方式の圧倒的な先駆者であった。
PP正史195Pでは文献を引用して、第二次世界大戦直後の1947年・1948年の合衆国向けスイス時計輸出価値は開戦前年1938年の6倍に増加とある。また1940年~1960年代初めの間に生産されたパテックの約半分が、裕福なアメリカ人に国内外で購入され、1965年頃までドイツ・イタリア・イギリスでの販売は難しかったらしい。

今回の章は殆ど近代史のおさらいだった。スターンファミリーの時代はもっとまとめやすいと思っていたが、この時期は谷から始まって山が来て、また谷の予感が最後に来ている。その間、加速度的な文明と技術革新に呼応してパテックは躍進し、アンリ・スターンは実に多方面に経営手腕を発揮するので、幹と枝と葉っぱがコンガラガッテいて正直大変だった。

文責:乾
参考・引用:PATEK PHILIPPE THE AUTHORIZED BIOGRAPHY パテック フィリップ正史(Nicholas Foulkes ニコラス・フォークス)
PATEK PHILIPPE GENEVE Wristwataches (Martin Huber & Alan Banbery)

今回は二人の創業者没後(1894年)から、現在経営の舵取りをしているスターンファミリーが経営権を取得する1932年迄の40年間弱のストーリー。
1901年にパテック フィリップは株式会社へと法的な枠組みを変更する。一応、ジャン・アドリアン・フィリップの子孫が社長を歴任してゆくが、複数の役員による合議制スタイルが取られたようだ。世間一般的には個人商店から手堅い経営陣が円滑に運営をする企業として捉えられていたのかもしれない。

ところが、この時期は創業者の有形無形の財産を食い潰しながら表面的には栄光の時代を築きながら、リスクを取れるリーダーの不在から、時代の流れを直視せずに、新しい市場開拓や技術革新への挑戦も怠って、最終的にはアメリカ発の世界恐慌で止めを刺され、売却の危機に至る正にパテック フィリップ ブランドの栄光と挫折の時代である。

「パテック フィリップ正史(以下PP正史)」ではこの時期の栄光の側面を前編として、挫折の部分を後半に紹介している。何度も読み返すのだが、このジキルとハイドの様な両面性は交互では無く、同時進行しているので、本稿では明暗の側面にかまわず時系列で年表風に編集し直してみた。
1872年:ゴンドーロ&ラブリオ社との取引開始(※活発な取引は1900年以降だった様だ)
1882年:ジャン・アドリアン・フィリップの息子ジョセフ・エミール・フィリップ(体質虚弱な時計師であった)社長就任。
※当時ジャンは60代後半、ジョセフは20代前半。ジャンは娘婿を補佐役にしたようだが、ジェネレーションギャップが凄い!
1884年:ジュネーブ天文台の計時精度コンクールでパテック フィリップが首位から5位を独占。
1885年:アントワーヌ万国博覧会で選考審査員を務めたジャン・アドリアン・フィリップが出品された時計にパテック・ブランドの偽造品を発見。
1886年:ジュネーブ・シールの採用開始
1888年:低グレードの時計ブランド「ケタップ」の製造開始。
1892年:40年近く賃借していたグラン河岸ローヌ通り168番地を自社物件として購入し、当時の先進ビルへと大改装実施。
同年:ジョセフ・エミール・フィリップが米国の主要顧客ティファニー他を訪問。

下画像:ベルグ河岸から1853年に移転した賃借時代の工房。2フロアを使用し水力で工作機を稼働させた。隣のホテル「クロンヌ」は1871年の大火事で焼失したが工房は焼けなかった。グラン河岸ローヌ通り168番地(後に41番地に家屋番号変更)
1855_Couronne.png
1892年にパテック、フィリップ社は、それまで40年近く賃借していた工房を自社物件として購入。著名建築家により内外装から電気による照明、セントラルヒーティングが導入されるなど最先端の設備とスタイルで見事な改装がなされた。
1800end_koubou.png
上画像:1800年代末の自社物件となった新社屋。下写真とほぼ同時代の様なので完成予定イラストだったのかもしれない。屋上の時計周りの仕様が異なっている。
1839_1892.png

1892年頃:米ウイスキー王ジャック・ダニエルがスプリット秒針搭載ミニット・リピーターNo.90 455所有(下画像)
Jackdaniel_pocket.png
1893年:シカゴ万博博覧会に出展
1894年:創業者ジャン・アドリアン・フィリップが79歳で死去。
1895年:アルフレッド・G・シュタイン(ティファニーの元社員)を米国代理店とする契約調印、6年後の1901年には役員就任。

※1870年から1900年の30年間でアメリカ合衆国の国富は4倍になり、実業界に少数の絶大な富を手にする大立者が相次ぎ登場した。アンドリュー・カーネギー(鉄鋼)、ヘンリー・クレイ・フリック(カーネギー共同経営者)、ジョン・D・ロックフェラー(石油)、J・P・モルガン(証券)、ヘンリー・ゴールドマン(証券)、ヘンリー・フォード(自動車)、ジェームズ・ウォード・パッカード(自動車)、ジャック・ダニエル(ウイスキー)、ヘンリー・グレーブス・ジュニア(鉄道・御曹司)

1900年:パリ万国博覧会に出品された仏:パリのルロワの25種類の複雑機能付き懐中時計でグランプリ受賞(当時で世界最高の複雑時計)
1901年:パテック,フィリップ社(Patek, philippe & Cie)を資本金160万スイスフラン(CHF)で株式会社化し、社名を、伝統ある時計メーカー・パテック フィリップ株式会社(Ancienne Manufacture d'Horlogerie Patik Philippe & Cie,S.A.)に変更した。複数の古参社員が役員に就任。
5person.png
上:1895年から1934年迄アメリカ市場を統括したアルフレッド・G・シュタイン(左端)と役員達。当時社長をバトンタッチしていったジャン・アドリアン・フィリップの子孫はPP正史に名は有れど、どこにも写真が無い。何となく状況が読めてくる。

1903年:低グレードの時計ブランド「ケタップ」の製造中止
1904年:ルイジアナ万国博覧会へ出展
1907年:ジョセフ・エミール・フィリップ社長が40代半ばで永眠、その息子アドリアン・フィリップ(やはり時計師からスタート)が社長業を継ぐ。

※1900年頃から1920年代半ばにかけては二つの潮流が有った。一つ目は南米ブラジルのリオにあったゴンドーロ&ラブリオ社顧客向けの特注時計クロノメトロ・ゴンドーロと呼ばれる時計(懐中時計から徐々に後半は腕時計)の販売が盛況となる。
chronometro_pocket_watch.png
上:1900年代初頭は懐中時計、1920年代はシンプルな腕時計がクロノメトロ・ゴンドーロとして製造販売された。
gondolo_picnic.png
上:ゴンドーロ&ラブリオ社はリオのブルジョア階級顧客を「パテック フィリップ・クラブ」として組織化し、巧みな販売戦略で当時790CHFのクロノメトロ・ゴンドーロ・ウォッチを拡販した。

しかし、第一次世界大戦(1914年-1918年)はブラジルにも市場の停滞をもたらしビジネスも急速に不調になっていった。もう一つは女性用で先行していた腕時計が男性にも普及していった時代で、カルティエが製作したアルベルト・サントス・デュモン(ブラジル)の飛行船乗船用腕時計や第一次世界大戦で将校が求めた懐中時計にラグを溶接したオフィサーと呼ばれた腕時計など即効性かつ実用性が追求された必然の結果であった。

1922年:1923年にかけてリオデジャネイロ万国博覧会に出展し、グランプリを受賞。

※時計業界に於ける腕時計(特に男性用)への舵の切り換えにパテックは乗り遅れてしまう。1914年の第一次世界大戦開戦時の同社の腕時計生産比率はたったの7%に過ぎず、その大半は婦人用であった。1920年以前に製造された男性用腕時計はほぼブラジルのゴンドーロ&ラブリオ社向けであった。1924年に於いても腕時計はパテックの生産量全体の28%でしかなかった。このころからポツポツと複雑機能付きの時計も作り始めるが、30年以上も前に作られた婦人用時計の改装版であったり、ヴィクトラン・ピゲ・キャリバーやルクルト等の外部サプライヤー製エボーシュに頼ったものであり、それは質・量ともに不十分なものでしかなかった。1920年代後半には時代遅れになりつつあった高級な懐中時計に注力し始める。そのことは米国の著名な時計コレクター向け複雑時計の開発と納入の事実から明らかである。1930年スイス時計産業全体で腕時計比率が50%に達していたが、パテックのそれは僅か13%でしかなかった。
さらにこの時期、最大市場のアメリカを長く担当していた役員のアルフレッド・G・シュタインは病身で高齢でもあり、新たな腕時計向けの市場開拓は困難であった。さらに彼は非常に頑固で短気であったらしく、スイス本社への忠誠も衰えてきており、後進への権限移譲にも消極的であった。
このように後々に客観的な視点から振り返れば、明らかな時代の変化や危機の芽は見えるが、オンタイムでマネージメントに携わる雇われ経営者達の場合、ある者は目を反らし、また別の者は目を塞いでしまうのが世の常なのかもしれない。

1923年:時計収集家ジェームズ・ウォード・パッカード(1863年-1928年)デスククロック(No.197 707永久カレンダー、ムーンフェイズ、8日巻)を購入。
1927年:ジェームズ・ウォード・パッカードが12,815CHFで懐中時計(No.198 023日昇・日没、均時差、ミニット・リピーター、ムーンフェイズ、永久カレンダー、PP初の星座表)を購入、。翌1928年にパッカード永眠。
JWP_pocket_W.png
1927年:時計収集家ヘンリー・グレーブス・ジュニア(1868年-1953年)パッカード所有のデスククロックに外観が酷似する時計(No.197 707永久カレンダー、ムーンフェイズ、8日巻)を常に贔屓としたティファニーから購入。
JWP&HGJ_tableclock.png
1929年10月ウォール街大暴落

※暴落後一週間で300億米ドル超の損失があり、諸説で「第一次世界大戦でのアメリカの損失額」に等しいとある。

1931年:給与削減開始。このころ在庫のゴールド・ケースを溶かして売却し給与に充てていた。ゴンドーロ&ラブリオ社の債務が65,000CHFを超加する。
1932年:遂に売り出されたパテック フィリップ株式会社を文字盤サプライヤーであったスターン兄弟文字盤製作所が同年6月14日に買収。
シャルル&ジャン.png
※これに伴い社名は、現在のパテック フィリップ株式会社(Patek Philippe S.A.)とされた。この買収、当初は完成時計メーカーでは無くムーブメントのみを生産供給するエボーシュであったルクルトが有力であった。結果的にスターン兄弟の買収は、現代パテックのシンプルだけれど手抜きの無い美しく比類の無い文字盤作りに帰結している。

1933年:ヘンリー・グレーブス・ジュニアが1932年秋に完成した24個の複雑機能を備える超複雑な「グレーブス・ウォッチ」を6万CHFで購入。
HGJ_pocket_W.png

1933年:アドリアン・フィリップがスターン兄弟を筆頭とした株主により総会で社長を解任される。
1934年:ゴンドーロ&ラブリオ社の未払債権回収不能決定。

※会社の存亡の危機と、ブランド史上最高に複雑なコレクター向け超絶懐中時計の完成と納品が、ほぼ同時期と言うのは皮肉が効きすぎていて滑稽ですらある。5年の歳月とジュー渓谷に名を馳せた名工達を結集して作られた他力本願の結晶。勿論それはそれで(自社主導製作である限りは)素晴らしいマニュファクチュールの到達点ではあるが、現代に置き換えれば
「Ref.5175グランドマスター・チャイムの様なレア物は、天才的な独立時計師達に頼んででも一握りのマニア向けに作るけれど、市場性のあるラグジュアリー・スポーツのノーチラスやアクアノートは適当なレベルで作ったが為に、競合に勝てなかったので本気で作りません」
と言う状況で、手厳しく言えば「裸の王様」か「堕ちた偶像」と言うべきだろう。

本稿を書いていて印象的だったのが、"髭"。創業者2名も立派な髭を蓄えていたが、この複雑な中継の時代もほぼ髭自慢のオンパレードだ。ところが最後の方になるとパッカードやグレーブス、次代を担うスターン兄弟には髭が無い。リオのパテック フィリップ・クラブのピクニック風景も良く見ると、若手には髭無しがポツリぽつりと混じっている。これも時代の流れを表している様で興味深い。

文責:乾
参考・引用:PATEK PHILIPPE THE AUTHORIZED BIOGRAPHY パテック フィリップ正史(Nicholas Foulkes ニコラス フォークス)

例年の事ながら、この時期はブログ端境期でネタ不足に悩まされる。そろそろ入荷し始めるはずの新製品が次々来てくれれば、実機編として紹介できるのだけれど・・
そんな中でやってきたのが2年前にご紹介したPATEK PHILIPPE THE AUTHORIZED BIOGRAPHY」日本語タイトル「パテック フィリップ正史」の日本語翻訳版。 544ページに及ぶ長編なので、さすがに英語版は多数掲載されている写真等を眺めているしかなかった。日本語訳に関してはパテックオーナーの楽しみである「パテック フィリップ・インターナショナルマガジン」をずっと翻訳されているジュネーブ在住の小金井良夫氏の訳文をベースに、PPJ(パテック フィリップ ジャパン)のスタッフが1年以上かかって手を入れた力作と聞いた。原作はロンドン在住で芸術をテーマに幅広く執筆をされているニコラス・フォークス氏。インターナショナルマガジンの時計関連記事の常連執筆者でもある。2011年にスイス・パテック社から執筆打診を受け、5年の歳月を費やして2016年にイギリスで初版が発行された。
3日ほど掛けてザっと読破したが、とても一度では収められないメモリー&CPUの初老脳ミソなので、内容的にブログに向かないのを敢えて承知で何度かに分けてあらすじを紹介する事にした次第。ほぼ自分自身の為の備忘録用である。
尚、当店初め各正規店経由でのご購入も可能なので、ネタバレ御免の方は本稿は飛ばしていただきたい。2019年9月現在の書籍価格は税別24,200円、現在在庫切れ入荷待ち。
まず最初に創業年1839年から2015年10月までの約175年に及ぶブランドの歴史を、自分なりザックリと整理してみた。まずは現経営ファミリーのスターン家による1932年からの経営権移行を最大の節目としてその前と後に分けたい。そしてその前半期は創業者の一人であるジャン・アドリアン・フィリップの死亡した1894年以前の創業とブランド確立期とそれ以降に分けたい。後半期のスターンファミリー時代はその時々の経営状況や時計業界の推移で分けるよりも経営の主軸を担ってきたファミリーの4世代の主役時代で分割出来そうだ。

で、初回は1800年代初頭からの約100年弱を足早に辿ってみたい。創業期はとても大事なのだろうけれど、時代が古すぎるし、ほぼ馴染の無いナポレオン時代の東ヨーロッパが舞台であり、ほぼ懐中時計全盛期なので正直なところ半眼になってコックリする事、半端では無かった。
創業者の一人アントワーヌ・ノルベール・ド・パテック(1812年、ポーランドにて誕生、本名アントニ・パテック・プラヴヅツから1843年頃ジュネーブで改名)は、皇帝ナポレオン率いるフランスが攻め込んだ超大国ロシアに翻弄されたポーランドの独立の為に、若き日には革命に身を投じる軍人であった。しかし1831年にポーランド革命は頓挫し、祖国を追われるようにパテックは19歳で亡命を余儀なくされた。
一時期フランスで植字工を経験し、1835年にはスイス・ジュネーブ州レマン湖岸の村で絵画を学ぶ内に、近隣のジュネーブ市の中心商業である時計産業に興味を持つようになった。彼はジュネーブ市に於いてポーランド人社会での交友関係を通じて20個の時計を販売する事からビジネスをスタートさせた。1839年5月1日にやはり東欧からの移民であり時計の製作技能を持つフランソワ・チャペック(チェコ・ボヘミア生まれで後にポーランドに帰化)と共同で小さな時計事業をジュネーブ市内のベルグ河岸29番地(ローヌ河北岸)でパテック、チャペック社をスタートさせた。同年7月にはチャペックの紹介で伴侶を得たパテックは、ポーランド人社会を基盤に徐々にビジネスを発展させる。しかし時計製作を担当していたチャペックの浪費癖等の理由から両者の関係が悪化し、1845年には6年間の契約期間満了を持って二人は決別した。
相前後して、将来の市場拡大の為に1844年12月、パテックはパリの工業製品見本市であるパリ産業博覧会に出展した。この際に当時画期的な発明として産業博覧会の銅賞を受賞した「鍵なし巻上げ機構」を考案した時計師ジャン・アドリアン・フィリップの存在を知る。フィリップは1815年にフランス人時計製作者の息子として生まれ、父から時計製作の手ほどきを受けたのち単身ロンドンで修行を積んだ。帰国後は政府認可のマニュファクチュール工房を、ベルサイユに開設して時計製作をしていた。
patek&phillppe_b.png
チャペックと決別した1845年、パテックはパリでフィリップと共同経営契約の交渉を開始し、ベルグ河岸15番地に新しいパテック社を設立した。同じ年にフィリップは「鍵なし、リューズ巻上げ・時刻合わせ機構の特許」を登録した。
尚、馬の合わなかった最初のパートナーのチャペックとジャン・アドリアン・フィリップは共に時計師であったが、両者には決定的な違いがあったようだ。チャペックは「ルパサージュ」と呼ばれる購入エボーシュ(ムーブメント)に仕上げと精度向上のみを施す職人的時計師であったのに対し、フィリップはムーブメントを設計し製作する創造的時計師であり、常に最新の技術動向を追い求め、技術革新への情熱を持っていた様である。1850年にパテック社は自社に工作機械を導入し、エボーシュの製作を開始している。
この1840年代後半の記述は、大層に難しく書き辛いのである。1848年にフランスで始まったヨーロッパで吹き荒れた革命の嵐、その経済的混乱に伴う創業間もないパテック社の経営危機、それでも革命の余波によるポーランド独立を願って止まないパテックの背反する想い。パテック氏の性格と言うのは中々興味深い。経営者に必須の先見の明はある。同時に自己顕示欲も強かったようで、新しいパートナーのフィリップ氏ともその点で結構ギクシャクしたところが有ったようだ。ともあれ1851年1月には社名が「パテック、フィリップ社」へと変更された。
1851年のロンドン・ハイドパークで開催された世界初の万博(6ヶ月、600万人集客)に出展したパテックは決定的大成功を収めた。その象徴はヴィクトリア女王と夫君で万国博覧会自体を発案したアルバート公によるパテック フィリップ製懐中時計購入であり、博覧会からパテックには金メダルが贈呈された。結果的に画期的なマーケティング手法となった博覧会事業への参加・出展は今現在でも継続されている経営方針となっている。
img20190914_18505851.png

img20190914_18354958.png
ロンドン万博の成功からスタートした1850年代は、パテック フィリップにとって順調に事業が拡大した。1853年には8年で手狭になったベルグ河岸15番からローヌ河対岸南側のグラン河岸に位置するローヌ通り168番地(現在は本店ブティックであるジュネーブ・サロン)に工房を移転した。しかしパテック フィリップ社は好調であったが、1850年代もヨーロッパ自体の景気は安定せずスイス時計産業は順調では無かった様だ。
パテックは既にニューヨークのティファニー等の取引先が有り、1849年にカリフォルニアで始まったゴールドラッシュに湧くアメリカへの長期単身出張に1854年11月中旬に出発した。翌年の4月頭にロンドンに戻るまで、彼はニューヨークを皮切りに東海岸と中東部の主要都市を精力的に訪れている。マサチューセッツではウォルサムの近代的な蒸気機関を動力源とした安価かつ大量生産される時計製造工場を視察し、高品質で美的かつ独自性を有する高級時計メーカーとして生き残る経営方針を確信している。市場調査と営業を目的とした出張だったが、盗難や移動中の事故などで相当に肉体的にも精神的にも非情にタフな旅で疲労困憊に陥っている。それでもこの大国には将来性があり、限られたアメリカンドリーマーが有する巨万の富の存在を知り、非常に有望で大事な高額品マーケットである事に気づいていた。
この悲惨な旅の経験にもかかわらず1858年には、さらに広範なヨーロッパ各地への長期出張を敢行し営業活動を行っている。アントワーヌ・ノルベール・ド・パテックは過酷なアメリカ出張で患ったひどいリウマチに悩まされながらも、常に新しいマーケットと顧客を渇望する熱心なビジネスマンだったようだ。

ビジネスパートナーのジャン・アドリアン・フィリップは、創造的時計師として様々な改良をアイデアし自身もしくは法人として数々の特許を登録した(1840年代後半~1880年代初頭)。
img20190914_18293620.png
また1860年代には永久カレンダー機構等を搭載したグランドコンプリケーションの生産も始まり、多くがアメリカ向けに出荷された。さらに1868年にハンガリーの貴族夫人の発注によってスイス製初の腕時計も作られている。
img20190914_18521359.png
そのころ事業は順調に伸びていたが、1872年にはアメリカの最重要顧客であったティファニーが、パテック社のお膝元であるジュネーブのコルナバン駅直近に米国流のハイテクな時計工場を建設した。しかし、この違和感のあると言わざるを得ない大胆な挑戦は4年で頓挫する。その跡片付けに関わったパテック フィリップ社には、その名残としてジュネーブ本店に当時の巨大な金庫が飾られている。そんな経緯が有りながらも両社のビジネス上の繋がりは強固で、特別なパートナーシップは今日も続いており、現在でも生産されているパテックとのダブルネームのタイムピースは、知る限りでティファニーだけしか無いはずだ。
自身の名前を冠したビジネスの名声を獲得する事に邁進した創業者アントワーヌ・ノルベール・ド・パテックは1877年にこの世を去る。しかし彼の息子レオン・ド・パテックは、パテックと言う姓の使用料を年収として受け取るのみで、同社の経営を引き継ぐ事は無かった。さらに17年後の1894年には、もう一人の創業者ジャン・アドリアン・フィリップが穏やかに永眠した。
このフィリップの晩年20年間にもパテック フィリップ社は様々な博覧会や万博に驚異的なタイムピースを出展し、その地位を不動の物とした。その一方でウォルサムを代表としたアメリカの安価で大量に生産される時計への対抗手段として、ジュネーブ天文台の計時精度コンクールが1873年から開催され、パテックは精度における圧倒的優位性を発揮し続けた。
geneveシール&十字_b.png
当時のもう一つの厄介な問題は、パテック フィリップの偽造品の横行であった。この対策の一つが1880年代の終わりにカラトラバ十字を商標登録する事であった。またジュネーブ州としても州内で製造され、新たに発足された検査機関で良好な品質基準を満たした時計にのみ、州の紋章刻印を許可する制度を敷いた。いわゆる「ジュネーブ・シール」の始まりである。

書きはじめは、もっと凝縮するつもりだったが、あらためてエピソードの多さを思い知らされた。創業期の"生み"の苦しみや、戦乱による不況にも何度も経営は揺さぶられている。1830年代からはイギリス以外の国々で産業革命が始まった時代背景にあり、近代的な大量生産に成功するアメリカが重要な市場になると同時に、競合として台頭してきたジレンマもあったようだ。普通この手のブランドストーリーは好調時(山)が主で、不遇時(谷)を従として綴られる事が多いが、この"正史"は苦境を主体に書かれている気がする。共同経営者の有り方にも赤裸々で歯に衣着せぬ表現が多々されており興味深い。ともあれ二人の創業者時代の後半生は、確固たる高級時計ブランドが確立され、良好な経営状況であった様だ。

文責:乾
参考・引用:PATEK PHILIPPE THE AUTHORIZED BIOGRAPHY パテック フィリップ正史(Nicholas Foulkes ニコラス フォークス)

今年は7月が涼し目で8月はお盆迄が酷暑、盆明けはずっと雨ばかりで少し暑さもやわらぎ秋の風情。ところが9月に入って残暑?とは言えない猛暑に逆戻り。世界的にもハリケーンや台風が年々その猛威を増している様で、天候不順を通り越して徐々に住みにくい地球化が進んでいるような気がする。経済、政治、宗教、移民などに端を発する世界各地での諍いにもこの異常気象による人々のいらだちが拍車をかけているのかも知れない。
前回に引き続き紹介するワールドタイムには、そんな世界でのパワーバランスの変遷が反映されてきた歴史が詰まっている。タイムピースであると同時にタイムカプセルの一面を持っている。
7130R_dial_b.png
最新の文字盤を装備したRef.7130R-013レディス・ワールドタイム。判り易いターニングポイントはTOKYOとBANGKOKの間に存在する。パテック社が表示都市名の変更を決めたのは昨年度で、よもや変更前の都市が一年以内にアジア最大の政治問題を抱える事になろうとは想像も出来なかっただろう。前回紹介したメンズ同様にセンターギョーシェには透明なエナメル焼結処理の上からSWISS MADEとプリントされるが、なぜなのか文字間隔がかなり開いている(特にM A D E)。気になって他のレディスモデルの実機やカタログを見たが、どうもこのワールドタイムだけの特殊仕様のようだ。
下記画像はModèle 1415 HU(1939)、現在1時間の時差を持つLONDONとPARIS、古くは同じ時間帯を採用してきた。文字表記もLONDRESだったり、東京はTOKIOとなっていて興味深い。
1415HU.jpg
当時は一つのタイムゾーンに対して2~3都市の表示がざらにあって、デザイン的な座りの良さよりも主要な都市を出来るだけ盛り込む実用性が優先されていたようだ。アラスカとタヒチが同じ時間帯を共有しているという面白い発見も出来る。さしずめ東京と併記されそうなお友達は親日国のパラオだろうか。
_DSC9671.png
メンズの現代ワールドタイムは第3世代(2000年/第1世代Ref.5110、2006年/第2世代Ref.5130、2016年/第3世代Ref.5230)まで進化している中で、レディスは2011年に初出となっている。どのメンズともペア仕様ではなく、カラトラバの素直なクンロクケースにダイアルはメンズ初代Ref.5110に似た顔が与えられた。針の形状はほぼ同じだ。
7175_5575.png
ワールドタイムのほぼ完全なペアモデルとしては2014年の175周年記念としてムーンフェイズ付きの限定モデルが発表されている。もちろん凄まじい争奪戦だった。(上の画像)
_DSC9684.png
メンズと全く同じ極薄自動巻キャリバー240 HUを搭載するがケースの厚みは8.83mmで紳士用(10.23mm)より1.4mm薄く仕上げてある。ベゼルへのダイヤセッティングは見るからに滑らかで衣類への引っ掛かりを防止するパテックらしい実用的な設計だ。
7130R_backle.png
ピンバックルにも27個のダイヤが同様にセットされている。ところでレディスにはいわゆるメンズのフォールディングバックル(二つ折りタイプ)が初期設定されているモデルが非常に少ない。ノーチラスやアクアノートのレディスには専用のメンズ同様の両観音バックルが初期設定されているのだが、今回のワールドタイムの様なクラシックなモデルではほぼ全てピンバックル仕様でリリースされている。別売アクセサリーとして11mmや14mmの各素材の二つ折りフォールディングバックルは用意されているし、2014年リリースの175周年記念限定レディスモデルにはフォールディングバックルが初期設定だった。対応は出来るにもかかわらずピンバックル主流はなぜか。
少し前までブライトリングのストラップモデルは男女ともピンバックルとフォールディングバックルを購入時に選択する事が出来た。男性は殆どが少し高くなるフォールディングタイプを選び、女性はほぼ全員がピンタイプを選択した。着脱時の万が一の落下を嫌がる男性、一方女性は見た目同じなら少しでも財布に優しい方が良いという意見だった。パテックの場合は18金素材が圧倒的に多いので両バックルの価格差は結構あるのだが、それがレディスをピン主流にしている理由かどうかは判然としない。個人的には女性は少しでも軽くて、細めの腕にはフォールディングタイプの曲線カーブの形状が個人個人にフィットし辛いからではないかと思っている。


Ref.7130R-013
ケース径:36mm ケース厚:8.83mm 
ラグ×美錠幅:18×14mm 防水:3気圧
ケースバリエーション:RG,WG
ダイヤセッティング:ベゼル(62個 約0.85ct) ピンバックル(27個 約0.21ct)
文字盤:アイボリー・オパーリン、ハンドギョーシェ ゴールド植字インデックス
ストラップ:ブリリアント(艶有り)・ダーク・チェスナット手縫いアリゲーター
価格:お問い合わせください
_DSC9673.png

ケース径36mmもメンズより2.5mm絞られている。手巻きクロノグラフなどもそうだが男女共通のエンジンを積むモデルでは、ケースとムーブのタイト感がレディスの方が勝るので後ろ姿に於いては見返り美人の婦人物に軍配を上げたい。

Caliber 240 HU

直径:27.5mm 厚み:3.88mm 部品点数:239個 石数:33個 
パワーリザーブ:最低48時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:21,600振動 
ローター:22金マイクロローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)

文責、撮影:乾
参考:Wristwatches Martin Huber & Alan Banbery P.243
2014年刊行-パテック フィリップ創業175周年記念 P.28,29

PATEK PHILIPPE 公式ページ
PATEK PHILIPPE 公式インスタグラム
※毎月19日未明に新規投稿有り(スイス時間18日18:39ブランド創業年度由来)月一投稿なので作り込みスゴイです。
当店インスタグラムアカウントinstagram、投稿はかなりゆっくりですが・・

さすがに何度目かの紹介となると蘊蓄を書く事は難しい。だがインスタ用に取り直した下の画像が結構気に入ってしまって、無理やりしつこい紹介をそのイケメンな造形を切り口に挑戦する事にした。お暇な方はお付き合いください。
_DSC9638.png
個人的にはとても好印象な2016年デビューのハンサムウオッチ。ただ長男(Ref.5110、2000年発表)と次男(Ref.5130、2006年発表)に備わっていたチョッとボテッとした平たいお餅か饅頭を想像させる親しみやすいケース形状と比べると、凛々しさが災い?してか求める方が少しだけ厳選されている感じがする。このところビジネスシーンでのドレスコードのトレンドは、かなりカジュアルになって来ていてスーツよりジャケパンが主流になって来ている事なども影響しているのかもしれない。
5230r_caseside.png
しかし、自分自信の本性が全く凛々しくなく軟弱なので個人的にはクンロクケースっぽい三男坊の折り目正しさに惹かれてしまう。真正面から見たサイドラインが、長男と次男は柔らかくまるで女性の姿態を思わせるシルエットをラグからリューズにかけての描き(リューズガードのお陰で)凸凹無く反対側のラグまで流れてゆく。対して末っ子はウイングレットラグでまずエッジを効かせリューズもしっかり露出させて、どこまでもメリハリがついている。本当にマッチョで端正なのである。まるで異母兄弟か種違い(下品な表現ですみません!)の様だが、搭載されるエンジンは全く同じであり血統は守られている。ちなみに年子?の2017年リリースのRef.5930ワールドタイムクロノグラフのケース形状も厚さが増すもののほとんど三男と同じである。

ところで不勉強の故、最近まで気付いていなかったのがギョーシェ装飾におけるフランケエナメルの存在。これはギョーシェの掘り込みが施された上に透明な釉薬(ブルーやグレー・ブルーの金釉)を焼成し、研磨を掛けてギョーシェの美しさを封じ込めると共に透明な平滑面を得る手法である。この手の文字盤をじっくり観察すれば宙に浮くシリコン転写プリント部分によって誰でも簡単にそれを確認できる。
Franque.png
白色のSWISS MADEの転写プリントはどう見ても平滑面に乗っかっている。さらに文字の影がギョーシェ表面に写っている。もっとダイナミックな以前に紹介済みのレディスカラトラバRef.4897の参考画像をもう一枚。
_DSC8156b.jpg
勿論パテック フィリップの専売特許では無くて、スイス時計ではよく知られた技法ではある。しかし良好なエナメル焼成を文字盤に施せるのは非常に限られたダイアルサプライヤーに限られており、文字盤に妥協の無いパテックならではと言える。現行ラインナップで同様のギョーシェ文字盤が採用されているモデルは限られておりメンズのワールドタイム系のメンズRef.5230、5930、レディスRef.7130と上記画像のRef.4897のみとなっている。ワールドタイムの歴史、機能や機械については繰り返しとなるので過去紹介記事をご参考されたい。
尚、都市表記が一か所(HONG KONG→BEIJING)に最近変更されている。


Ref.5230G
ケース径:38.5mm ケース厚:10.23mm 
ラグ×美錠幅:20×16mm 防水:3気圧
ケースバリエーション:WG,RG,
文字盤:ラック・アントラサイト、ハンドギョーシェ ゴールド植字インデックス
ストラップ:ブリリアント(艶有り)ブラック手縫いアリゲーター
価格:お問い合わせください


キャリバー名Cal.240 HU末尾のHUはHeures Universelles(仏:時間 世界)の頭文字だ。ちなみにパテック社のHP内には用語解説ページがあって時々御厄介になっている。1977年開発の極薄型自動巻キャリバー240(厚さ2.53mm)にワールドタイムモジュールを組み込んだ240 HUは3.88mm。これは厚み的には永久カレンダーキャリバーの240 Qと全く同寸である。たった1.35mmの各モジュールに地球やら100年やらが封じ込められている。
_DSC8236.jpg

Caliber 240 HU

直径:27.5mm 厚み:3.88mm 部品点数:239個 石数:33個 
パワーリザーブ:最低48時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:21,600振動 
ローター:22金マイクロローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)

PATEK PHILIPPE 公式ページ
PATEK PHILIPPE 公式インスタグラム
※毎月19日未明に新規投稿有り(スイス時間18日18:39ブランド創業年度由来)月一投稿なので作り込みスゴイです。
当店インスタグラムアカウントinstagram、投稿はかなりゆっくりですが・・

【2019パテック フィリップ展のご案内】
とき:2019年8月31日(土)・9月1日(日)11:00-19:00
ところ:カサブランカ奈良 2階パテック フィリップ・コーナー

文責、撮影:乾

ppnc_0010.png
パテック フィリップ展を開催いたします。今回はコレクションの中核であるコンプリケーションを代表する年次カレンダー、ワールドタイム、トラベルタイム等を中心に展示いたします。レディスも最新作であるTwenty~4 Automaticを始め普段はご覧いただけない品揃えで皆様をお待ちいたします。

とき:2019年8月31日(土)・9月1日(日)11:00-19:00
ところ:カサブランカ奈良 2階パテック フィリップ・コーナー

出品予定モデルをピックアップでご紹介(都合により変更になる事が有ります。予めご了承ください)

Ref.5320Gー001 自動巻永久カレンダー

PP_5320G_001_800.png
一昨年発表の永久カレンダー。凝ったラグ形状やヴィンテージ感漂う立体的なボックスサファイアクリスタルなのにお得感の有る嬉しい価格設定。此処の所ずっと年次カレンダー専用の顔だったダブルギッシェスタイルが採用された古くて新しい永久カレンダー。
ケース径:40mm ケース厚:11.13mm ラグ×美錠幅:20×16mm 
防水:3気圧
ケースバリエーション:WGのみ 
文字盤: クリーム 色ラック 夜光塗料塗布ゴールド植字インデックス
ストラップ:ブリリアント(艶有)・チョコレートブラウン アリゲーター
バックル:フォールデイング(Fold-over-clasp)
価格:お問い合わせください。
関連ブログ記事

Ref.5205G-013 自動巻年次カレンダー_DSC9474.png

この時計については、2017年春の初見前の期待感の大きさが災いして、現物の印象を随分低く見てきた時期が有った。しかし今現在は素直に美しく深みのある文字盤カラーは、パテックの現行ラインナップに増えている青色系のダイアルの中で個人的には、一、二を争う出来だと思っている。
ケース径:40.0mm ケース厚:11.36mm ラグ×美錠幅:20×16mm 
防水:3気圧
ケースバリエーション:WGRG別ダイアル有
文字盤:ブルー ・ブラック・グラデーション、ゴールド植字インデックス
ストラップ:ブリリアント(艶有)・ブラック アリゲーター 
バックル:フォールディング(Fold-over-clasp)
関連ブログ記事


Ref.5230G-001 自動巻ワールドタイム
_DSC9638.png

近代ワールドタイムとしては第三世代(2016年発表)となるこの時計は、初代(2000年、Ref.5110)や二代目(2006年、Ref.5130)と比較して最も筋肉質で引き締まった印象を持っている。エッジの効いたケース形状、微妙なダウンサイジング、絞り切った針の形状、複雑で凝った今迄にないセンターギョーシェパターン、と全方位から隙の無いイケメンウオッチに仕立てられた。歴代で最もビジネススーツに合わせたいのがこの三男坊。
ケース径:38.5mm ケース厚:10.23mm 
ラグ×美錠幅:20×16mm 防水:3気圧
ケースバリエーション:WG,RG,
文字盤:ラック・アントラサイト、ハンドギョーシェ ゴールド植字インデックス
ストラップ:ブリリアント(艶有)・ブラック アリゲーター
関連ブログ記事

新製品 Twenty~4 Automatic Ref.7300/1200R-010
PP_7300_1200R_010_800.png

新製品 Twenty~4 Automatic Ref.7300/1200A-001
PP_7300_1200A_001.png
女性だけのシリーズであるTwenty~4Ⓡ。デビューから約20年を迎え新たにラウンドシェイプ(丸形)にしてカレンダー搭載の自動巻のTwenty~4 Automaticが新たにラインナップ。アラビア数字のインデックスや針等も全てが視認性向上を最優先したデザイン。大人の女性の為に誕生した究極の実用レディスウオッチ。
ケース径:36mm ケース厚:10.05mm 防水:30m
ダイヤ付ベゼル(160個 約0.77カラット)     
ケースバリエーション:RG(別文字盤有)、SS(別文字盤有) 
文字盤:ブラウン・ソレイユ 夜光塗料付ゴールド植字アラビアインデックス
関連ブログ記事

イベント・特典

1、特別イベント:ポルシェ試乗会
多くのパテックオーナーにも愛されている高級スポーツカー"ポルシェ"。最新ラインナップの試乗車を当店駐車場にご用意します。真のスポーツカーの走りをお試しください。

13:00~18:00 カサブランカ奈良駐車場にて受付
ご協力店:奈良県ポルシェ正規販売店 PORCHE Center Nara ㈱タジマモーターコーポレーション

2、ご成約特典:カサブランカ奈良 ミシュラン
期間中、ご成約で、当店お勧めの注目レストランでご利用いただけるぺアお食事券をプレゼントいたします。
ご協力店:懐石/奈良而今(ナラニコン)、フレンチ/la forme d' eternite(ラ フォルム ド エテルニテ)、イタリアン/banchetti(バンケッティ)

文責:乾

メンズブランドの印象が強いパテック フィリップだが、近年はレディスウオッチの存在感が徐々に増している。昨年度のスイスの出荷本数の男女比率が約70対30%と聞いた記憶が有る。最新の2019カタログへの掲載モデル数(時計のみ)では97対66本で約40%がレディスだ。グランドコンプリケーションには2モデルしかレディスが無いので、グラコンを除いたラインナップでの男女比率は65対64本となって半々になっている。
昨年、パテックの現行ラインナップには存在しなかったペアウオッチが新規に提案された。カラトラバ ・パイロット・トラベルタイムのローズゴールドモデル(5524R7234R)である。2015年度迄はクルドパリベゼル装飾が特徴的な7119と言うカラトラバのレディスモデルがあった。このモデルには全く同デザインのメンズで5119(2019年2月生産中止発表)が有り、シンプルかつベーシックな非常に好ましいペアウオッチがあったが残念な事に消滅してしまった。
何となくペアになりそうな時計はノーチラスやアクアノートに存在するが文字盤が異なったり、ケースやストラップが異なったりで"なんちゃってペア"と呼んだ方が良さそうだ。どうもパテックはメンズとレディスに求められる時計デザインは異なるという考えを持っている様だ。ただサイズの大小だけで対応するという考え方を避けている様に思う。
その最たる現象がレディスだけのシリーズが存在している事だ。1999年に登場した『Twenty~4』は一見全く新しいデザインに見えるが、明らかにレクタングラ―(縦長長方形)ウオッチであるゴンドーロの遺伝子を引いている。これはケースのみならずブレスレットにもその特徴が取り込まれている。同シリーズはデビュー以来ハイジュエリーを含む様々なモデルが生産されてきた。その殆どがクォーツムーブを搭載したが、一部手巻きの機械式モデルも存在した。現在は随分整理されステンレスとローズゴールド各4型がラインナップされている。ステンレスモデルはクォーツゆえの魅力的な価格と安定的な供給が相まってロングセラーかつベストセラーモデルである。
誕生から20周年を迎えたTwenty~4に自動巻の基幹エンジンCal.324 S Cを搭載したラウンドシェイプのニューモデルが加わった。昨年秋にミラノで大々的に発表され、一部の店舗で先行販売されていたが先日から当店でも取り扱いがスタートしている。_DSC9627.png

ケース径36mmは最新のサイズトレンドを反映し実に見やすい。ダイアルデザインは従来の長方形の第一世代とは大きく異なる。視認性抜群のアラビアインデックスは前述の唯一のぺアウオッチであるパイロット・トラベルタイムの字体から想起されている。縁取りされた見やすいカレンダーもこれまでは備わっていなかった。従来は良くも悪くもアバウトだった分(ミニット)の読み取りも分専用インデックスによって容易になった。何よりメカニカルな秒針の動きがこの時計の実用性を決定づけている。此処まで視認性を高めた女性専用時計はブランドを問わず大変珍しい。
第一世代のTwenty~4の広告は少しセクシーなイメージで女性特有の魅力を打ち出していたように思う。新しいTwenty~4 Automaticの訴求ではそんなテイストは微塵も無く、キャリアや完全に自立した大人の女性としての打ち出し方になっている。日本でも徐々に企業での女性管理職や役員が増えつつあるが、欧米ではこの20年間でそこが激変したのだろうなと思わせられる。第一世代のTwenty~4はプレゼントされるケースも多い時計だけれど、新しいTwenty~4 Automaticはステンレスモデルでも結構な価格ながら女性が自分自身で購入する時計なのだろう。
_DSC9632.png
バックル部分は少し改良されて完全な左右対称の両観音方式となり、リリースも両側から同時にプッシュ(青い保護シール部分)する最新方式に改められた。ティエリー・スターン社長が従来のデザイン継続に強く拘ったブレスレットは、この時計で一番美しい部分かもしれない。※左側の赤い部分は保護シール
_DSC9635.png
後ろ姿からは太いラグが特徴的な頑丈そうなケース構造が見て取れる。日常生活防水の時計には見えない安心感が漂う。画像下部でケースが少し段付きで凹んでいる部分が有る。どうやらスナップ形式の裏蓋を開封する為のスリットの様だ。これは中々見た事の無い珍しい細工である。個人的にはいっそのこと裏蓋は捻じ込みにして防水性能を高めてより実用性を獲得しても良かったのではないかと思う。この時計はベゼルのダイア装飾が無ければ本当にジェンダーレスだと思う。事実、数日前に来られた新規の男性のお客様は、最初は真剣に自分用として見ておられた。
恐らくパテック フィリップの中でメンズも含めて、最高に読み取りに優れる最強装備品的なレディスウォッチであろう。素材違いのステンレスタイプや、ラグやブレスレットにもダイア装飾されたモデル、フルパヴェと呼ばれるダイアモンドテンコ盛りのゴージャスな物まで多様なラインナップがいきなり揃って居る。詳しくはHP等でご覧頂きたい。

Ref.7300/1200R-001
ケース径:36mm ケース厚:10.05mm 防水:30m
ダイヤ付ベゼル(160個 約0.77カラット)     
ケースバリエーション:RG(別文字盤有)、SS(別文字盤有) 
文字盤:ブラウン・ソレイユ 蓄光塗料付ゴールド植字アラビアインデックス 
価格:お問い合わせ下さい

Caliber 324 S C
直径:27mm 厚み:3.3mm 部品点数:213個 石数:29個
パワーリザーブ:最低35時間~最大45時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax(Silinvar製)
振動数:28,800振動
ローター:21金ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)
尚、ムーブについての過去記事はコチラから

PATEK PHILIPPE 公式ページ

参考資料:PATEK PHILIPPE INTERNATIONAL MAGAZINE Vol.Ⅳ No.7
文責 撮影:乾

例年、今時分は湿気と暑さで閉口するのだけれど、今年は網戸越しの心地良い涼風で、寝心地が良い日々が続く奈良。ついつい寝すごして早朝トレーニングをサボってしまうのが、頭の痛いところだ。
記録的に梅雨入りが遅れていた西日本。先日出張した愛媛では、主要河川が既に干上がって十数年ぶりの水不足が心配されている。本格的な給水制限が始まると、街にゴーストタウンの時間帯がやってきて商売どころでは無くなってしまう。自然の気まぐれもお国が変われば、悲喜こもごもである。

さて、少し前に取り上げたストラップ仕様のノーチラスのクロノグラフには同じローズゴールド素材でメタルブレスレット仕様も用意されている。どちらも入荷数が非常に少ないので目にする機会に中々恵まれない。一番大きな違いは勿論ストラップとブレスレットながら、文字盤のベースカラーと6時側のクロノグラフ積算計のインダイアルの色使いと60分積算針が赤では無く12時間積算針と同色の白系となる。
文字盤ベースカラーは、カタログや公式HPカタログでは両者で異なる。ストラップ仕様がブラック・ブラウン、ブレス仕様はブラック・グラデ―ションとなっていて印刷でもモニターでも黒っぽく表現されている。ところが入荷時のブレス仕様の現物は結構ブラウン系の色目に見える。バキュームパックから出して剥き出しにすればダークグレーっぽく見えてくる。両者を並べて見比べる事はまず不可能なので記憶だよりになるが、個人的には少し似た色目に思える。フランジ(文字盤廻りの土手部分)に結構な高さが有って、ローズゴールドの赤目の色味がダイアルに写り込んで茶系統の色目に錯覚させられている可能性がある。
ちなみにプチコンのRGストラップ仕様5712Rもブラック・ブラウンでクロノのストラップと同色である。でも同じブラウン系でもRG3針ブレスモデル5711/1Rはブラウン・ブラック・グラデーションで違う色目となる。
いづれにせよメンズ・ノーチラスの横ボーダーの濃色ダイアルはややこしくて、怪しくて、不可思議でミステリアス。皆さんコイツにノックアウトされてしまう。いつの日かベゼルダイア仕様のプチコン5724Rも含め、夢の競演ノーチラスRG5兄弟全員集合!で胸のつかえを落としてみたいものだ。
5980_800_b.png
※画像にすると結構グレーに写り、ストラップモデルとの文字盤カラーの違いに気づかされる。
積算計廻りの色使いの違いは好みが別れるが、個人的には同色でまとめられたブレス仕様により高級感を感じる。このクロノグラフモデルの草分けは2006年秋のノーチラス発売30周年で発表された5980/1A-001に遡る。その際に採用された積算計インダイアルの色遣いがスポーティーな2色コンビネーション。2010年にはローズゴールド仕様の現行5980Rのストラップモデルがデビュー。初めて同色のインダイアルが採用されたのは2012年に追加されたステンレス素材のシルバー・ホワイト文字盤5980/1A-019からだ。2013年にはSSとRGコンビネーション5980/1ARとRGブレスタイプの5980/1Rが同色インダイアルで発表され現行ラインナップとなっている。
5980_1a_800_a.png
搭載されるベースキャリバーCH 28-520系を積むノーチラス以外のモデル(例:5960等、全て59始まり)に関しても2011~2012年頃から積算計インダイアルのモノトーンへの移行がなされている。どうやらその時期を境にパテックの自動巻クロノグラフの顔は第一世代と第二世代に分けられそうだ。

ところで、この時計は相当に重い。手元の量りでは254g。これは大人気のSS3針5711/1Aの123gの約2倍である。これまで触れてきたパテックの時計の中では二番目の重さだ。一番は40周年記念限定のWGクロノグラフノーチラス5976/1Gで312gの超ヘビー級だった。一般的な現行コレクションに於いて、5980/1Rが最も重いモデルと思われる。
そしてお値段も結構ヘビー級なのだが、此処のところ人気上昇中で購入希望登録は増えつつある。
5980_side_800.png
ケースの厚みは12.2mm。ピン穴が見えているバックル周辺のサイズ調整用駒部分の厚みはメンズ・ノーチラス全てが共通(ピン仕様の場合)で非常に薄い。ケース厚さ8mm台の3針モデル5711やプチコン5712の場合は、同じ薄さの駒が時計部分まで連続している。しかしご覧のように複雑機能を搭載する厚めのモデルでは徐々に駒が厚くなって、ラグ厚と調和するようになっている。
ステンレスの5711/1A等は上の画像の状態にセットしても自立するが、トップが重すぎる5980/1Rは左右どちらかに倒れ込んでしまうので撮影時には少し工夫をして画像にはかなり加工を加えてある。お暇な方は違和感をヒントに間違い探しをお楽しみください。
5980caseback_800.png
18金RG素材の色目は結構赤く見える。21金のセンターローターとの違いがはっきり出ている。正面と側面の画像ではそこまで赤味を感じない。恐らく光の当たり方に加えて、異なるポリッシング手法によって仕上げられた表面状態の違いも大きく影響しているのだろう。実際ノーチラスのポリッシングの多様性は凄い。
シリーズ発売40周年の2016年秋に刊行されたパテック フィリップ インターナショナルマガジン VOL.Ⅳ 2の記事では聞きなれない手法、サティナージュ、ポリサージュ、シュタージュ、アングラージュ、アヴィヴァージュ、サブラージュ、フートラ―ジュ、エムリサージュ、ラヴァージュ、ラピタージュ等の記載がある。全部フランス語だろうけれど、最初の2つがサテン仕上、ポリッシュ仕上ぐらいしか見当もつかないが、ノーチラスの魅力的なナイスバディの完成には飛んでもない手間暇と情熱が注がれているのは間違いなさそうだ。

Ref.5980/1R-001
ケース径:40.5mm(10時ー4時方向)
ケース厚:12.2mm 防水:12気圧 ねじ込み式リュウズ
ケースバリエーション:RGのみ 他にRGストラップSS/RGブレス仕様有 
文字盤:ブラック・グラデーション、蓄光塗料付ゴールド植字インデックス
価格:お問い合わせください

Caliber CH 28-520 C/522 フルローター自動巻フライバック・クロノグラフムーブメント コラムホイール、垂直クラッチ採用

直径:30mm 厚み:6.63mm(ベースキャリバー5.2mm、カレンダーモジュール1.43mm)
部品点数:327個 石数:35個 
パワーリザーブ:最低45時間-最長55時間(クロノグラフ作動時とも)
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動
ローター:21金ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)

文責、撮影:乾

此処1年ぐらいでノーチラスとアクアノートの人気がさらに過熱して来た様に思う。それまでは限られたSS(ステンレススチール)モデルだけに集中していたが、そこが無理なら別のSSモデル、それも無理なら18金モデルとまるで連鎖し伝染するかのように人気と飢餓感が、縦に横に広がってきた。さらには女性モデルへもじわじわと影響が出て来ている。恐らく当店だけでなく他の正規店にも同じか、それ以上に希望者が殺到していると思われる。
_DSC7553.jpg
これに伴って毎日のようにお電話やメールで国内外からノーチラスを中心に在庫確認と予約の可否へのお問い合わせを頂いている。3年ほど前に『あぁノーチラス、されどノーチラス』とのタイトルで一番人気のRef.5711/1A-010(ブラック・ブルー文字盤)の紹介と予約に関する方針めいたものを書かせて頂いた。実は今現在でもこの記事へのアクセスは非常に多い。トータルページビューでは断トツぶっちぎり状態である。この時計への皆さんの情熱が想像以上に熱いのだろう。

あまりにもお問い合わせが多いので改めて当店の方針を説明させて頂きます。まずシリーズ等に無関係で全てのパテック フィリップのモデルに関して順番をお約束する予約はお受けしておりません。ただいつでも、どなたでも店頭に限ってお名前、ご住所とお電話番号等を頂戴するご購入希望の登録は、基本的にご本人様からは受け付けております。ただ販売の優先順位は、過去及び将来の当店でのパテック フィリップご購入実績(本数・金額等)から判断させて頂いております。
年間の入荷本数はモデル毎にほぼ決まっており、実績顧客様からの新たなご希望数が入荷数を上回っているモデルは、実績顧客様であっても全ての方には販売出来ないかも知れません。必然的にご登録だけのお客様への販売はさらに難しくなってしまいます。
この説明で再検討される方も、取り合えず来店され登録される方もおられます。誤解をされては困りますが、たまたま登録のための来店時に店頭で出会った別のモデルを購入されて実績顧客としてウエイティングされ、その後に登録モデルも購入と言う様なケースも無いわけではありません。ただし、決して無理にお奨めする気はありませんし、また時計は無理やり購入するものでもないでしょう。時計や車は"出会いと縁"が大切だと思います。
ご注意頂きたいのは他の正規店様とのダブルブッキング。パテック フィリップ ジャパンと我々正規店との受発注の詳細は控えますが、複数の店舗から同時期に同じ希望者名でのオーダーは受け付けられずキャンセルとなる事があります。明らかにあの店の方が早いと確信めいたものを持てない限り、安易なオーダー店舗の乗り換えにはリスクが伴いかねません。
全てのノーチラスやアクアノートとは言いませんが、今現在の状況が続く限りは全国のどの正規販売店であっても希望モデルのみをピンポイントで購入相談に行かれても難しいのかもしれません。
非常に辛口のお話しが続きました。ところでノーチラスとアクアノート以外のモデルではだいぶ状況が異なります。例えば立て続けに生産中止発表されたカラトラバシリーズも、コレクションの減少からなのか非常に人気が高まっています。しかし現時点なら登録だけでも、ご購入はある程度見込めると思います。ただ今後の生産の縮小や中止等もありますので100%のお約束は出来ませんが・・


ロレックスのスポーツモデルも良く似た状況と聞く。フェラーリ、ランボルギーニやポルシェなどの限定車などの特殊車両も中々簡単には買えないらしい。片方で数年前まで結構売れていたミドルレンジと言われる時計ブランドが全般的にやや苦戦気味である。車も日常の足としての軽はそれなりに売れているらしいが国産普通車はずっと厳しい状況だ。
平成の約30年は日本の社会構造を大きく変えた。一億総中流はとっくに夢まぼろしとなり、貧富まで行かぬとも格差は確実に広がった。国際情勢もゆっくり確実にきな臭くなって来た。当然世界経済も無関係ではない。
高級時計、高級車と言った贅沢品を購入する多数の方が企業経営に携わり今現在資産をお持ちの方が多い。弱いデフレがずっと続いてきたが、もし世界レベルに緊張が走る様な事態になれば一気にインフレに振れる事だって有るから、全額現金での資産保有が必ずしも安心とは言えない。見通しのきかない不透明な近い将来に備える為にも確実に価値を維持し続けそうな投資先を選びたい。あまり大きくなく持ち運びが容易で多少使用しても価値を減じず、ライフが長くて維持費もそこそこで簡単に子孫その他に手渡せて、当局の把握もしづらいパテック フィリップやロレックスの人気高級腕時計がその対象になるのも当然の流れかもしれない。そしてこの傾向はしばらくは続きそうな気がしてならない。
でも投資対象とは全く無縁にパテックを求められる本当の時計好きは確実におられる。その手の方々はカラトラバもグランド・コンプリケーションも気に入ったパテックを購入されスポーツ系に偏り過ぎることが無い。また価格帯に関わらずSEIKOやG-SHOOKの限定モデルも嬉々として購入するし、手に入らないと本気で悔しがる。何時でも愛用の時計や気になっている次のターゲットウオッチについて何でも知りたいと思っている。素晴らしい名経営者も大先生と呼ばれる医療関係者でも、皆さん時計選びを始めると完全に少年の目になっている。そして実際に日常的に使う事が前提なので、装着感、サイズバランスや自分のライフスタイルとの相性をとても大事に考えている。そんな彼らも勿論ノーチラスが大好きだ。ただそれは後付けの資産価値に惹かれているのでは無く、純粋に時計としての魅力にぞっこんなのだと思う。
個人的にはどちらの価値観もありだと思っている。両者のバランスが重要で、あまりにも資産価値ありきになり過ぎると殺伐として『売っても、買っても楽しくない』そんな不幸な展開だけは避けたいものだ。

文責 撮影:乾
690

p

ノーチラスシリーズを除くとメタルブレスレットのモデルが非常に少ないパテック フィリップのラインナップ。その中で唯一メタルブレスとラバーストラップに互換性があって、どちらの設定で購入しても、別売でもう片方を手に入れれば両方をチェンジャブルに楽しめるお得感の有る唯一のモデルがRef.5167/1Aだ。この事は意外に知られていないような気がする。
逆に現在ラバーストラップしか設定の無いアクアノートのトラベルタイムRef.5164のステンレスやローズゴールドモデルに「別途でメタルブレスの調達が出来ないか?」というご相談を受けたりもする。
同様にメタルブレスレットタイプが今年生産中止となったが、両方の設定が有った年次カレンダー等は見た目いかにも互換性があるように受け止められていた。現実は全く互換性が無く"一粒で二度おいしい"と言うわけにはいかなかったのだ。
_DSC9531.png

このモデルは既にブログ記事にしていると思い込んでいた。ラバー製のコンポジットストラップモデルRef.5167Aをずっと前に紹介済みなので、勘違いしていた様だ。元々あまり記憶には自信が無いところに加齢を言い訳にしながら物忘れが酷くなる一方だ。逆に記事にしたモデルを再度撮影するような事もある。ところが不思議なもので2度目もほぼ同じライティング、アングルでボケ加減まで酷似した絵を撮っている。記憶力と違って創造力はそんなに落ちて逝かないのかもしれない。
捉えどころのない8角形のサテン仕上げベゼルからは、この時計デザインが明らかにノーチラス由来の物であることが解る。但し、裏蓋とミドルケースを一体としてベゼル下にパッキンを挟み耳で両者を固定するジェンタ考案の特殊な2ピース構造であったノーチラスと異なり、アクアノートは逆にベゼルとミドルケースを一体化して裏蓋をスクリューバックで捻じ込み固定する一般的なケーシングとメンテナンス性に優れた構造を与えられた。防水性は両者ともに120mでスタートしている。
ノーチラスのデビュー1976年から21年後の1997年にスポーツエレガンスをテーマにケース径35.6mmのRef.5060Aでアクアノートはデビュー。翌1998年には裏スケルトンへ仕様変更されたRef.5066とクォーツのRef.5064A、同時にケース径の小さい婦人用のRef.4960A、さらに38.8mmの当時としては大ぶりなRef.5065Aが一斉にリリースされた。そのブレスタイプRef5065/1Aが下右端で今回紹介の5167/1Aの原型と言える。この他にもイエローゴールドのRef.5066Jなんかもこの年生まれだ。この年のアクアノートは本当に多産だった。しかし今日からすると本当にどれも可愛いらしいサイズだったわけだ。
old_aquanaute.png
A、1998年/4960A  29.5mm レディス クォーツ
B、1998年/5064A 35.2mm メンズ クォーツ
C、1997年/5060A 35.2mm メンズ 自動巻 ノーマルケースバック
1998年/5066A、5066/1A(SSブレス)、5066J(YG) 自動巻 裏スケルトン 
D、1998年/5065/1A、5065A、 メンズ 自動巻 38.8mm
当時の事をよく覚えていないが人気が有りすぎて一杯バリエーションを増やしたというよりは、市場でのサイズや駆動系統の要望を計る為にテスト的に投入された感が有る。ともあれ人気シリーズとしてのロングセラーを誇り、2007年には現行の第二世代Ref.5167系(ケース径40.8mm)にフルモデルチェンジ。SSブレスレットの5167/1Aは翌2008年に追加設定された。
※正確には5065と同じケースサイズ38.8mmを受け継ぐRef.5165も第二世代仕様で2007年にリリースされたが、2009年には製造が中止されている。
この第二世代へのモデルチェンジの変更点は多々あって、文字盤のエンボス形状とそれに呼応したコンポジットストラップのデザイン、ストラップとケースのアタッチメントスタイル、直線的だったメタルブレスの曲線化、視認性が向上したインデックスサイズ、等々多岐にわたる。変更後の第二世代は明らかにエレガントさが増した。ところがレディスは現在まで世代交代が無い。2004年にベゼルにダイアモンドをセットし、カラフルな文字盤と同色のコンポジットストラップの多色展開でデビューした"アクアノート・ルーチェ(伊:光、輝き)"。ケースは35.6mmへとサイズアップされたが、その基本的なデザイン仕様は20年以上に渡り今も不変である。

個人的な好みで言うとノーチラスもアクアノートも最初はあまり好きでは無かった。巷で大騒ぎされるのが少々不思議で一生腕にする事は無いだろうと思っていた。車も時計も基本的に"トラッドかつ美形でコンシャス"が好きなので、捉えどころが無く、なで肩過ぎる八角形の幅広なベゼルや、有っても無くても落ち着きが悪い印象だった両サイドの"耳"にずっと馴染めないでいた。これは奈良でパテックブランドをスタートさせた4年前でも感じていた事だった。しかし現場で販売を重ね、頻繁に実機を見て触り試着するうちに、そのお多福のような愛想笑いの絶えない顔に惹かれるようになった。さらに顧客様の着用シーンを何度も見ていて、敷居は低いが使い勝手は素晴らしい五つ星ホテルの様な物かもしれない。最高のラグジュアリーを軽やかにカジュアルに楽しめる。それがノーチラスとアクアノートという兄弟時計が持つ最大の魅力だろう。
_DSC9541.png
ノーチラスのブレスレットと異なり結構な大駒かつフレキシブルなので、時計全体をサイドビューで撮るとこうゆう情けないカットになった。ケースについて目視の感じではノーチラス3針5711/1(8.3mm)の方が薄く感じてしまうのだが、実際はほんの少しアクアノート(8.1mm)が薄い。ブレスの厚さは公表値が無いし、手元に実機が無いので比べられないが、これまた感覚的にはアクアノートが少し厚いように思う。尚、ご愛用者様のお話ではメタルブレスとコンポジットのラバーストラップでは重さが相当違うので良し悪しで無く着用感が全く違う様だ。
_DSC9530.png
入荷時の梱包状態。だいぶ前からパテック フィリップ ジャパンでは入荷検品をしていない。理由はあまりにも初期不良が無くて、むしろバキュームパックを開封して検品する事での埃の付着や微細なキズ発生等のデメリットが勝るとの判断による。結果的にスイスの工場で検品後は、仕入れた正規店が最初の開封検品者となる。4年前からの仕入れの中で、微妙なケースを除いて明らかな初期不良は今のところまだ無い。絶対的な検品数が違うので断定的には言えないが、かつて扱っていた優等生なロレックスを今のところ凌駕していると思う。
この時計の最大の欠点は、入手がかなり困難になっている事だろう。しかし当店では一年位前まで、ブレスレット仕様に関してはそこまで注文が殺到していた感じは無かった。今でもノーチラスに較べれば半分以下の問合せ件数だが、全体の底上げ感があって、日々状況はシリアスになっている。近々、そのあたりの現状を整理してご案内出来ればと思っている。

Ref.5167/1A-001
ケース径:40.8mm(10-4時方向)ケース厚:8.1mm ラグ×美錠幅:21×18mm
防水:120m ねじ込みリューズ仕様
ケースバリエーション:SSSSストラップ(ラバー)仕様RGストラップ(ラバー)仕様 
文字盤:ブラック・エンボス 蓄光塗料付ゴールド植字インデックス 
価格:お問い合わせ下さい

Caliber 324 S C
直径:27mm 厚み:3.3mm 部品点数:213個 石数:29個
パワーリザーブ:最低35時間~最大45時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動
ローター:21金ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)
尚、ムーブについての過去記事はコチラから

PATEK PHILIPPE 公式ページ

参考資料:PATEK PHILIPPE INTERNATIONAL MAGAZINE Vol.Ⅳ No.4
文責 撮影:乾

_DSC9580.png
この時計のレア感が個人的には凄い。当店の歴史は20年弱あるが、パテック フィリップを取り扱ってはほぼ4年。その間にこのリファレンスが入ってきた実績が殆ど無い。共通のエンジンCH 28-520系のノーチラスとしては3年前のノーチラス発売40周年記念限定モデルのRef.5976/1Gと定番ラインナップのトラベルタイム・クロノグラフのRef.5990/1Aがある。前者は僅か2本の入荷で勿論顧客様の予約販売、後者も片手ほどに過ぎないし、最近は客注でしか入ってこない感じだ。
搭載キャリバーのCH 28-520系は2006年にクロノグラフムーブメントの自社設計開発製造計画(いわゆるマニュファクチュール化)の第2弾として発表された。その当時各ブランドが自社クロノグラフムーブメントに競って採用した垂直クラッチを備え、リセットとリスタートを容易に行えるフライバック機能が盛り込まれた超が付くアバンギャルドなキャリバーの誕生だった。
初搭載モデルは2006年1月発表の年次カレンダーモジュールを組み込んだプラチナ製の年次カレンダー搭載クロノグラフRef.5960P。同年10月にはノーチラス発売30周年を記念してフルモデルチェンジした新生ノーチラスシリーズの一つがステンレスケースを纏ったRef.5980/1Aだった。いづれもが爆発的人気のスタートを切り、様々なダイアルチェンジや素材追加をしながらロングセラーモデルとして現行ラインナップにしっかり踏みとどまっている。
現在ノーチラスシリーズ以外で同系列のエンジンを積むのは、年次カレンダー搭載フライバック・クロノグラフRef.5960及びその派生モデルと言えるRef.5905と、ワールドタイムをモジュールで組み込んだRef.5930、昨年度の話題作アクアノート・クロノグラフRef.5968の4品番になる。今回気づいたが全品番が例外なく59で始まっている。

他の手巻クロノグラフキャリバー2種と異なり、この現代的設計の自動巻クロノグラフエンジンは、いわゆる"シリーズ生産"と呼ばれ、工場のラインである程度量産が可能なムーブメントとしてデビューした。それなりの数量が生産されていると思われるが、どの搭載モデルもそんなに入荷が良いわけではない。特にノーチラスに関しては、スポーティーな外見とクロノグラフ機能のマッチングが良いために人気が有りすぎるのか、お客様注文でないと入荷が見込めない状況が続いている。
_DSC9583.png
天才時計デザイナー、チャールズ・ジェラルド・ジェンタによる防水性能を考え抜いたユニークなケース構造に加えて、表面仕上げの切りかえによる光と影の演出。優美でエレガントなポリッシュ仕上げ、武骨で粗野なサテン仕上げ。両者がダイナミックに絡むケースの造形には色気が漂い、多くのノーチラスファンを悩殺してきた。
先にも触れたように、この時計の初出はノーチラス発売30周年である2006年に遡る。現行のノーチラス各メンズモデルはこの時のフルモデルチェンジにより始まった5000番代の系譜となる。それまでの3000番代系でのコンプリケーション搭載モデルは、テストマーケティング的だと個人的に思っている2005年度一年限りで終わったプチコンRef.3712/1Aを除けば、30年間パワーリザーブしかなかった。大半の方が一本入手すれば満足できたノーチラスシリーズが、このフルモデルチェンジを境に最初のノーチラスを何にするのか。その次はプチコンなのか年次カレンダーなのか、その次はクロノグラフ系にするのか、はたまた永久カレンダー・・と選択枝が次から次へと増えて来た。
2006年以前の第一世代も需給バランスは崩れ気味で人気は高かったが、第二世代になってモデルバリエーション増加に伴い、シリーズ全体での生産個数も増えているはずなのに需給バランスの崩れは年々酷くなっている気がする。
_DSC9590.png
ケースの厚さは12.2mmある(画像は上が裏蓋側)。ノーチラスは特殊なジェムセットタイプを除いて3針(8.3mm)、プチコン(8.52mm)、永久カレンダー(8.42mm)のケース厚8mm台の薄型グループと、11mm超の年次カレンダー(11.3mm)、クロノグラフ(12.2mm)、トラベルタイム・クロノグラフ(12.53mm)のグループとに個人的に分けている。
ジェンタが追求した着け心地の良さを実現するデザイン。すなわちケースとブレスの薄さと防水性・堅牢性の両立を手首で体感できるのは8mm台の薄型グループに軍配が上がる。他方は見るからにメカメカしく引き付けられる顔と存在感があるが、それと引き換えにする代償も或る。
_DSC9601.png
12時側と6時側が非対称な両観音バックルの接写は、ため息が出るほどセクシーな絵になる。バックルへのエングレーブを有するモデルは少ないが殆どが"PATEK PHILIPPE"であり、シリーズ名を採用しているのはノーチラスだけだ。何だかとても依怙贔屓のように感じてしまうのだが・・
尚、画像中ほどの赤い半月形のものはキズ防止用の保護シールである。
_DSC9603_d.png
付属品はこちら、ケースサイド8時位置辺りにある日付調整コレクター(プッシュボタン)の調整用ピンとノーチラス用コンポジットストラップとその収納ケース。ストラップの付け替えは、よほど腕に自慢の方以外は正規販売店にお持ち込みください。

Ref.5980R-001
ケース径:40.5mm(10時ー4時方向)
ケース厚:12.2mm 防水:12気圧
ケースバリエーション:RGのみ 他にRGブレスSS/RGブレス仕様有 
文字盤:ブラック・ブラウン、蓄光塗料付ゴールド植字インデックス
ストラップ:マット(艶無) ・ダークブラウン アリゲーター
価格:お問い合わせください

尚、このクロノグラフには主時計の秒針が無い。非常に優れた垂直クラッチ方式でクロノグラフ作動時に殆どトルクロスが無い為に、文字盤センターのクロノグラフ秒針を作動させ秒針と兼用する事が可能とされている。個人的には6時側のクロノグラフの30分と12時間の同軸積算計が連動するので少し引っ掛かりがある。
下のムーブメント画像撮影時に今まで気付かなかったパーツを見つけた。11時半頃のセンターとサファイアガラス外周部の真ん中辺りに特徴的な歯数の少ないウルフティース(狼歯車)状の車だ。手巻きクロノグラフムーブだとシンプルな丸形がお決まりのパテックお得意のコラムホイールカバー(通称"シャポー"と呼ばれている物)にしては変な形状。スタート・ストップのプッシャー操作時には、連動して動くのだが回転をしている様には見えない。確認してみたら、むき出し状態のコラムホイールとの事だった。前衛的なムーブメントに合わせて斬新な形状が採用にされたのかもしれない。
※6/3加筆、別個体のCH 28-520で再確認したところ普通に回転する様が見られた。やはり個体差が有るのだナァ。
知る限りコラムホイール(ピラーホイールとも)は文字盤側にウルフトゥースが有って、その歯車に乗っかる形で裏蓋側にピラーが円状に立ち並び、ピラーとレバーの挙動を裏スケルトンから見る楽しみがある。このムーブメントではどうも天地が逆にセットされている様だ。

_DSC9591.png


Caliber CH 28-520 C/552 フルローター自動巻フライバック・クロノグラフムーブメント コラムホイール、垂直クラッチ採用

直径:30mm 厚み:6.63mm(ベースキャリバー5.2mm、カレンダーモジュール1.43mm)
部品点数:327個 石数:35個 
パワーリザーブ:最低45時間-最長55時間(クロノグラフ作動時とも)
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動
ローター:21金ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)

文責、撮影:乾



何度か取り上げているブレスレットサイズ微調整用の1.5駒。英語では"エクステンションリンク"なので文字通りは"延伸駒"とでも言うべきか。画像はメンズ・ノーチラスの1.5駒の2種。同じもの2個ではありません。さあ問題!この2つの違いは何でしょう?
_DSC9604.png
因みにサイズは全く同じです。また右側表面に極細の筋目が有るように見えますが実際には差がありません。まずは当店スタッフに回答を求めたら、意外に殆どゼンマイ知識のない事務系も含めた女性陣は的確に違いを指摘。ウンチクたっぷりで時計大好きメンズは頭を抱えて「微妙にサイズが違う」とか「なんちゃら、かんちゃら」・・・変な先入観無しに物だけを素直に観察した『無心の勝利』。それとも『女性の直感は鋭い!』と言う事か。怖い怖い。
ではヒントです。パーツ品番は"H994.A384E.A0B"と"H994.A384D.G0B"。
ヒントその2、税抜き価格は23,000円と102,000円。
ヒントその3、重さ(パッケージ込)は5グラムと7グラム。手元のはかりがショボ過ぎて小数点以下が量れません。
ファイナルヒント、よーく色目を見比べてください。
もうお判りですね。左はステンレススチールSS、右が18金ホワイトゴールドWGという素材違いでした。自然光に近い光源で見ると明らかに色目に違いがある。WGは少しだけ柔らかい黄味が入っている。
24金はゴールド(元素記号Au)100%、18は24の75%なので18金WGもAuが主成分であり様々な白色金属(銀、パラジウム等)を25%混ぜても完全な銀色には成らない。そこで古くから白色金属のロジウムを分厚くメッキする事で銀色の表面を得ていた。詳しいレシピや製法はどのブランドも企業秘密なので良く解らないが、近年パテックでは18金WG素材自体を実に良好な銀色に仕上げる事に成功している。その結果、現在は一部のジュエリーウオッチを例外として、殆どのWGモデルにロジウムメッキはされていない。
1.5駒はSSなら東京のパテック フィリップ ジャパンに在庫がある事が多い。しかし客注だったWGは、ほぼ3ヶ月の納期が必要だった。ただしRef.5740/1Gノーチラス永久カレンダー用で従来定番モデルに無かった新たな素材設定だった為にスイスのパテック社でも新規製作とストックが必要なパーツだった事が、少し長かった納期の理由かもしれない。
ストラップやバックル等のスイスオーダーの納期は、意外にも思っているより短い傾向がある。特にスイスに在庫がある場合は、タイミング次第で翌々週着荷なんて事もあったりした。
_DSC9612.png
中駒をサイドから見るとSSの無垢に対して、WGは中空になっている。一見コストダウン?を考えるが、恐らく軽量化が主な目的だと思われる。肉抜きで得られる金のリストラ費用なんて知れているだろうし、切削加工の際に出てくるオイルまみれの削り屑から油を落として炉で溶かして・・というコストは結構なものだろう。このWGの駒が取り付けられるノーチラス永久カレンダーは205グラム、その遺伝子とも言うべきノーチラス発売40周年記念限定のジャンボサイズWGクロノグラフRef.5976/1Gが312グラムもあった。この辺りまでヘビー級になれば面倒な肉抜き工程も必要なのだろう。
ただ画像で解るように肉抜き量はそんなに多くない気がする。折角の軽量化ならばもう少し削っても良さそうだが、実用性を重んじ堅実なパテックならではの強度絶対主義なのだろう。
5740side_b.png
これは全くの私見になるが、ノーチラス永久カレンダーは全23駒を無垢駒仕様に変更しても300グラム以下には余裕で収まると思う。紳士用メタルブレスで300グラム以下は重過ぎるという事は無い。もしコスト的にもあまり変わらないのであれば無垢駒仕様の方が多少重くても購入者に対して受けが良さそうな気がする。しかしながらパテックは時として面倒かつ嫌われる道をも選ぶ孤高のブランドなのだろう。
あくまで個人的な感覚でのサイズ調整用1.5駒の必要性だが、ノーチラスご購入者では三人に一人はお奨めしている気がする。1駒のサイズが更に大きいアクアノートSSのRef.5167/1Aでは二人に一人だろうか。ノーチラスもその弟分アクアノートもケースとブレスの薄さが生み出す装着感の心地良さが最大の魅力だと思っているので、サイズ調整には出来うる限りの事をさせて頂きたい。その為に当店ではノーチラスSSメンズ1.5駒に限って常時在庫を心がけている。それ以外は時計そのものの年間入荷数が僅かなので必要に応じて取り寄せ対応としている。

注:駒や時計の重量は全て当店への納品実機測定値であり、パテック フィリップ社からの提供値ではありません。

文責、撮影、計量:乾


長かった10連休も終わり、初夏を思わせる日々が続いている。毎年この時期になると早朝の東大寺二月堂参りは沢蟹探しが楽しみとなる。今年も先日から元気な姿を見せてくれている。彼らも右利きが多いのか?右手が大きい個体が殆どだ。
2019crab.png
昨年夏まではずっと車と徒歩だったが、咋秋から思うところあってクロスバイク(自転車)で自宅から約2.5Kmの大仏殿裏を通り通称二月堂裏参道をのぼって、最後は徒歩で階段を上がり絶景の二月堂回廊へ。今が一年で最高に気持ちが良いシーズンながら、もう一か月もすれば早朝でも汗だくの修行になる。

今年は随分早く日本語翻訳版カタログが納品されたのでご案内しておきたい。
ここ数年は多めの生産中止と寡作のニューモデル発表が続いた結果、コレクション全体のスリム化が進んだ。ところが何故か今年スイスのバーゼル会場で調達した英文のカタログは例年より厚みを増していた。表紙等の外回りは例年と変わりないが、中の製品ページの紙質が従来の光沢の有るコート紙系から艶なしの落ち着いたマット紙系に変更された。また新製品を中心に主要な製品掲載ページにはカラトラバ・クロスの地模様が細かく薄めに敷かれている。かなりゆったりと製品がレイアウトされておりキーになるモデルは実物大ではなく大きく拡大されて1ページに1点の贅沢な割り振りとなっている。このレイアウト方針変更によってカタログのページ数が昨年の84ページから108ページに増量された。掲載モデル数は189点から164点に25点も絞られている。ムーブメント紹介数はほぼ変わらないので、本当に贅沢なレイアウトが採用されている。しかし一部モデルの実物大でない拡大サイズ掲載で、これまで可能であった大きさの目途がつき辛くなっている。またお目当てのモデルを探す際のスピーディーさに少々欠ける。
2019catalogu.png
マットな紙質はインクが沈みやすいので従来より若干色目が濃くなる傾向にあるが、そのことでより現物に近づく事も、そうでない場合もあるので一概に良し悪しは言えない。最近になって気が付いたが昨年までは各モデルのスペックとして駆動方式(手巻き、自動巻、クォーツ)の表示がキッチリされていたが、今年はクォーツ以外の駆動表示が無くなっている。その代わりなのか簡単な機能表示が付加されている。例えば"レトログラード日付表示針付永久カレンダー"とかなのだが、誰が見ても解る"日付"や"ムーンフェイズ"等の表示は不要だと思う。むしろ我々でも普段あまりなじみの無いモデルだと手巻・自動巻の判断が出来ない事もあるし、巻末にはある程度のスペックが記載されているので、個人的には昨年までのスタイルの方が良かったのではないかと思っている。
例年は5月中旬頃に航空便で輸入される最速少量ロットから各正規販売店に取り合えずの部数が配布される。今年は4月の中頃だったので一か月くらい早い到着だった。ただこの早期ロット分は配布数の関係上、場合によっては品切れすることが有る。店頭で常時確実にお渡しできる日本語版のカタログ到着は、船便の為に例年通りであれば夏の初め頃か。
尚、過去にご来店頂いてご住所お名前を頂戴しているお客様にも是非ご来店を頂きたいが、メールや電話でもカタログ請求には対応致します。但し前述の理由で少し日数を頂く事があります。これから新たにご来店を頂くお客様には店頭でお名前・ご住所を頂戴してお渡し、または後日郵送させて頂きます。ただ現在お渡ししている早期到着カタログのプライスリストには2019ニューモデルの価格が未掲載であり、後述の価格調整も有る為に新価格表は現在制作中と思われる。あらかじめご了承頂きたい。当面我々の為にもエクセルでオリジナルの価格表を手作りする必要がありそうだ。

来る2019年6月1日に日本標準小売価格が改定される。パテック フィリップは印象として他ブランドに比較して価格をいじらない気がする。前回は2016年11月1日だったので、なんと2年半ぶりという事になる。これは時計に限らず現在の高級ブランドビジネスに於いて異様に長い据置期間と言える。ただこの間にノーチラス3針SSブレス5711/1Aと同プチコン5712/1Aだけは、あまりにも高騰する2次マーケットの相場を鑑みてブランドとしては異例の価格調整(値上げ)がなされたが、予想に違わず『焼け石に水(露ぐらいか?)』にしかならなかった。今回の改定でもこの2品番は調整的と思われる値上げがなされ2016年改定時を基準にすれば2回の調整で20%ほど高くなるのだが、恐らく2次マーケットも連動して相場が変動するだけで人気度合いや市場での渇望感の変化は今回も無いだろう。
ただ、強調しておきたいのは今回の改定は全般的な数%アップという単純な値上げではなく、かなりの品番で税別1万円(0.数%)の値下げになっている。また変更なしで据え置きも相当にある。値上げに関しては今年の新製品でコスチュームチェンジモデルが発表された現行モデルが、現在のコストを反映をしたニューモデルの価格設定に合わせる形で値上げされているケースが目立つ。例えばアクアノート・ジャンボRef.5168Gの010(新製品カーキグリーン)001(現行品ブラック・グラデーションのブルー)。レディス・ノーチラスのローズゴールドRef.7118/1200Rなどもそうだ。手元の新価格表には大量の生産中止品番も含んでいる為にカタログ掲載数とは合致しない約345点程がリストアップされている。その中の時価(Price on request)モデル約50点を除いた内訳は値上げが20点、値下げ125点、据置変更無し約150点となっている。値上げ幅で最大は11%強だが殆どが5%迄である。値下げはとても不思議で価格帯に関係なく押しなべて税別1万円下げられている。なるほどフムフムという価格調整ではなく、過去どのブランドでも経験のない個人的には少々理解不可能な今回の価格調整である。ただハッキリ言えるのは少数の値上げも含めて、パテックブランドの我々の商売への影響は殆ど無いだろうという事である。まあ冒頭でも触れたがパテック フィリップは出来うる限り価格変更をせずに済ませたい方針なのだと思う。勿論この調整は日本だけではなく全世界的な調整になっているはずだ。
尚、リングやカフス等の時計以外のジュエリーは全て据え置かれ今回の変更はない。ストラップ、駒、バックル等のパーツも修理料金も同じく一切変更無し。

文責 撮影:乾



元号改正に伴う10日間連続の特別なGWは、予想通り眠たくなるくらいの集客状況。そこで、毎年会場で一瞥するだけで二度と再会することのないユニークピース集団を番外編としてご紹介したい。
昨年ぐらいからパテック フィリップでは新製品とともに、これらのレア・ハンドクラフトも動画でバーゼルワールドのスタート頃から公式HP内で配信している。ただ厄介なのは全モデルでなく或る程度抜粋されたモデル紹介であり、すべてを知るためにはバーゼルのパテックブース1階の展示を見るしかない。しかも展示は他のニューモデルのように一般入場者でも眺められるブース外回りのショーウィンドウではなく、ブース内に入場可能な人間しか見る事が出来ない環境に展示されている。その為に顧客様が現物を直接に見た上でオーダーする事は困難である。
では一体どうやって購入するのか?まず購入に当たっては、質と量においてかなり分厚いパテック フィリップの正規購入履歴が必要である。この履歴を重ねる段階で正規販売店とその顧客の間で相互の信頼関係が築かれるだろうし、そのロイヤルカスタマーの好みも熟知する事になるはずである。その前提を元に正規店バイヤーが、ブースを訪れて顧客に成り代わって見込み的な発注をする事になる。まあ画像を撮って送信してと言う方法もあるが時間と時差の関係からあまり現実的では無い。また画像は画像なのでバイヤーの肉眼を信頼してもらうほうが間違いがないだろう。
まあ、そのくらいの信頼関係が築けていなければ、購入は難しいという事だ。かなり理不尽な話に聞こえると思うが、1モデルについて多くても6点程度しか製作されないし、勿論文字通りのユニークピースとして1点のみ製作だってざらにある中で、それぐらいハードルを上げておかなければ製作数と注文数とのバランスがおかしくなってしまうのだろう。
ちなみに過去、日本への入荷実績は勿論あるが、昨年度などは入荷実績が非常に少なかった様だ。また昨年度までは帰国後も注文を出せたが、本年からはバーゼル期間中に受注そのものを締め切る様になってしまった。
本稿は提供画像が全く無いため、すべてiphone7、もしくはSONYα5100(ミラーレス一眼)でのノーフラッシュでの撮影画像で構成した。様々な色温度、光量等々で画質的には厳しいものが多いが我慢して頂くしかない。

5738/50G ゴールデン・エリプス JAPANESE PRINTS (和鳥)のクロワゾネ4部作
最初に動画を見た時に"JAPANESE PRINT"とは一体何なのか。という素朴な疑問を持ったが、文字通り"日本画"の事で、モチーフにはすべて原画がある。明治から昭和にかけて活躍した浮世絵師・木版画絵師"小原古邨(おはら・こそん)"(1877年ー1945年)は明治から昭和にかけて活躍した版画絵師。花鳥をテーマしたものが多く、特に海外で人気を博した。それゆえに日本国内に作品が少なく"知られざる絵師"と称されている。
今年はこれ以外にも"和"のモチーフが多々採用されているのだが、たいてい毎年数点は必ず"和"がテーマになったドームクロック、腕時計や懐中時計が製作されている。本国スイスの題材は当然として、それ以外の国やエリアが毎年常連のように作品化されている感じは無い。フランスをルーツとするカルティエに顕著な中国(シノワ)趣味があるけれども、パテック フィリップには日本への強い指向性があるように思う。ただ、作品によっては我々日本人から見て少し解釈が違うのでは無いか?と思われるビジュアルやネーミングがあって、戸惑いを覚える時もある。

hand_4birds.png
撮像に自信が無いので勢い絵が小さめになるがお許しいただきたい。4パターン全て和鳥である。原作者名で画像検索頂ければいくつかはヒットする。原画は言われなければ版画(浮世絵的手法らしい)とは思えないほど繊細で多彩だ。花、鳥の顔、腹部等に微妙なグラデーションが掛かっている。文字盤を装飾するクロワゾネ(有線七宝)は、金線で囲われた1つのエリアに単色の釉薬が焼き込まれる事が多い。微妙な焼ムラで部分的に色の諧調が変化したりグラデーションっぽくなることもあるだろう。しかしパテック フィリップへ文字盤装飾を提供しているアーティスト(職人:アルチザンとどちらが相応しいのか悩むが・・)達は完全に狙ってこのグラデーション状に複数の釉薬を流し込み焼き上げている。その点では原作の絵師とシンクロしている感じが面白い。本当にチャンスがあれば彼らの工房見学をしてみたい。まあ、門外不出で師弟関係に継承が限られた技の核心部分は見せて貰えないと思うが・・
複雑時計のムーブメント組立、エングレーブ(彫金)、ミニアチュール(細密画)等は様々なブランドのイベントで神技実演を見てきたし、エンドユーザーにもその機会が与えらる事もある。しかし釉薬の着色と焼成の現場を見たと言う話は聞いた事が無い。
尚、ホワイトゴールドケースは現行のゴールデン・エリプスの定番には設定が無い。機械はレア・ハンドクラフトだからという事ではなくゴールデン・エリプスにデフォルトで積まれる極薄自動巻Cal.240。ところで4本とも時間がバラバラである。必ずしも絵の魅力が一番引き出される針ポジションとも言えなさそうだ。一番左の時計のリューズは引き出されているようにも見える。恐らく全部実機で針止めはされておらず輸送時には運針した可能性もある。どうしても展示時に支障のある場合のみ、針ポジションを変えているのかもしれない。美しい野鳥は嫌いじゃないが、全く知識がありませんので鳥名は不明です。どなたか詳しい方がおられましたら是非コメント下さい。

5538G、5539G ミニット・リピーター ブルーアズレージョ OLD VIEWS OF GENEVA (ジュネーブの昔の風景)5部作
例年発行されているRARE HANDCRAFTS ブックによればブルーアズレージョ(BLUE AZULEJO)は16世紀にスペインとポルトガルで始まった青と白の釉薬を用いた磁器タイル装飾技法。アズレージョと言う聞きなれない言葉はポルトガル語ながらその語源はアラビア語にあり、イスラム文化圏にそのルーツがある。ただ青色に特化しているわけではなく、様々な色彩が用いられている。言われてみれば、以前モロッコのカサブランカ空港のモスク風天井にびっしりと極彩色な細かいタイルで描かれた幾何学文様に感動した事があった。確かに高温で乾燥した気候下では単純な壁画ではたちまち劣化するだろうが、高温焼結で彩色された磁器タイルは半永久的な耐久性があると思われる。
blueazlejo_a.png
しかし普通に考えれば、時計の文字盤の場合は何もタイルに書き割しなくてもエナメルで下焼した文字盤に細密画手法(Miniature:ミニアチュール)で彩色して高温で焼き上げる通常のグランフー(Grand Feu)で良いはずだ。私的には見た目に劣る格子状の構造にこだわったのは、建築物等で日常にアズレージョが存在する南欧とイスラム圏のマーケットが、意識されての事なのかもしれない。ミニット・リピーターと見た目にはわからないトゥールビヨンが全て組み込まれていて、時計一個で一戸建てが楽に建ってしまうお値段。説明プレートの冒頭にはセットと書いてありバラ売り御免とも受け取れる。各1個しか製造されない文字通りのユニークピース。
5538G_plate.png

7000/50R、G レディス ミニット・リピーター Swallow in Flight (燕の飛翔)
日本同様に欧州でも燕は縁起の良い鳥なのだろうか。レディス唯一の定番ミニット・リピーターがラインナップから外されたのが昨年だった。当社の百貨店部門のV.I.P.女性顧客様がジュネーブまで行って発注された思い出深いRef.7000。レア・ハンドクラフトに於いては以前から様々な手法で装飾され、この品番は度々ラインナップされてきた。今年モチーフが昨年とほぼ同じスタイル(ハンドエングレービングによるギョーシェ装飾✚クロワゾネ)とバードモチーフで出品された。しかし鳥と花がパテックのモチーフには非常に多い。
swallow_b.png

5077/100R、G カラトラバ Hummingbirds(ハチドリ)
こちらも例年何かしら出品されるレア・ハンドクラフトの定番?ベゼルとラグにダイヤモンドのジェム・セッティングがなされ、有線七宝(クロワゾネ)でモチーフが表現される。またしても花と鳥だ。そして機械は秒針を省けて高さを取らない極薄自動巻キャリバーのCal.240である。
bards.png

20082M ドームクロック Japanese Cranes (日本の鶴) 995/112J ポケットウオッチ Stag in a Forest(森の雄
赤鹿) 
とても全部は紹介しきれないので、これを最後としたい。左のドームクロックは、これまた日本がモチーフで画像では見えない部分に富士山が描かれている。ずっと鶴の英語訳を知らずにいたがクレーン(CRANE)と言う表現は、言われてみれば解り良いネーミングである。装飾技法としては、あまり聞きなれないLongwy enamel(ロンウィーエナメル)。ググってみればフランスロレーヌ地方のロンウィと言うところで1800年頃から作られている焼き物。特徴が絵柄の背景部分の不規則なクラック。焼成したエナメルをわざと急冷することでクラックさせているという。ちなみにドームクロックは機械式だが巻上げは手巻きではなく、電気モーターでの巻上げ式となっている。個人的には普通に手動巻き上げで良いと思うのだけれど・・

dome&pocket.png
右の懐中時計はミニュアチュール(細密七宝)、有線に対して無線七宝と呼ばれている。さらに大胆な彫金(ハンド・エングレービング)が施されている。モチーフの鹿は我々奈良市民にとっては大変お馴染みである。描かれている鹿は、日本には生息していない大型のアカシカである。
rarehand_books.png
冒頭で少し触れたように、バーゼル会場以外でこれらの特別な作品を見る事は出来ないが、その年のコレクションを網羅した図書"RARE HANDCRAFTS"が刊行されている。その年の作品からインスパイアされた表紙そのものが、レア・ハンドクラフトを意識した凝りまくった装丁で例年楽しみにしている。性質上、ご販売は出来ないが当店パテック フィリップ・コーナーの本棚には数年分を並べておりいつでもご覧いただけます。どうぞお気軽にお越しください。

文責、撮影:乾

人生で改元は2度目だ。当時官房長官だった小渕元首相が"平成"の色紙(だったと思う)を掲げていたのをTVで見たのが昨日のような31年前。今年還暦を迎える身なれば30年周期で元直しをしている事になる。
前回は昭和天皇の崩御、続く大喪の礼で全メディアをはじめエンタテーメントは言うに及ばず、大規模小売業等も軒並み喪に服した後、平成は厳かに始まったように思う。当時は11年少し経験したサラリーマン生活に終止符を打ち、稼業を継ぐために時計業のイロハを勉強し始めた頃で、改元をめぐっての景気の浮き沈みを肌で感じることはなかった。でも、恐らくシビアな景況感だっただろうと思われる。
今回も予想はつかないが当店に限って言えば、今月の店頭状況が非常に悪いのは10連休のGWを乗り切るための節約志向が一つ。もう一つは新元号下での記念的な初買いに備えての買い控えは無いだろうか。特に日常の必需品でもなく趣味性が高い高級腕時計は、その対象になりやすい気がする。
いづれにせよ平成から令和への切替の中には、どこにも自粛ムードは無くどちらかと言えば歓迎のムードであり前回とは大いに異なる。生前のバトンタッチを促された平成天皇は聡明で経済感覚のあるお方だと思う。
さて、2019ニューモデルの最終稿はレディス。ほぼすべてがコスメティックチェンジであり、完全なニューモデルは無かった。

レディス 8型

4899/901G-001 カラトラバ・ハイジュエリー レア・ハンドクラフト
PP-4899_901G_001_a.png
今年2月に生産中止になったピンクサファイアとダイヤモンドで構成されたピンクトーンのモデルがブルーサファイアで置き換えられたブルートーンモデルがデビュー。ケース、ダイアルとバックルにはダイヤモンド348個とブルーサファイアが354個セットされている。さらに大胆な手彫り(ハンド エングレービング)装飾がなされた真珠母貝(マザーオブパール)で文字盤の約7割近くが構成される贅沢なお仕立て。
PP-4899_901G_001_b.png
以前にも書いたがパテック フィリップのジェムセッティングは、実用性を重んじる観点からきらめきを引き出す以上に、セット用の爪が衣類等に引っかからない様にスムーズさを優先したセットになっている。またダイヤはデビアス社から調達したトップウェッセルトン・ダイヤモンド(クラリティIF及びFLのみ)が両眼顕微鏡を使用して手作業でセットされる。その際隣り合うジェムのテーブル面の高さと上から見た軸方向を揃えてゆかねばならない大変骨の折れる根気のいる職人技である。
機械はレア・ハンドクラフトモデルの定番エンジンCal.240が素で積まれている。この極薄の自動巻は様々な装飾によって文字盤に厚みの出やすいレア・ハンドクラフトと、とても相性が良い。また鑑賞と言う観点からもセンターローターより美しいと思う。
かなりデコラティブなルックスなので好き嫌いはあると思う。ただ此処まで手作業をして素材にもコストをかけているのにプライシングは魅力的だ。詳しくはお問い合わせください。

4899/901G-001
ケース径:35.8mm ケース厚:7.8mm ラグ×美錠幅:17×14mm 防水:3気圧
      348個のダイヤモンド(1.66カラット)ケース、文字盤、バックルの合計
      354個のブルーサファイア(2.69カラット)ケース、文字盤、バックルの合計
ケースバリエーション:WGのみ 
文字盤:真珠母貝(マザーオブパール)、ダイヤモンドとブルーサファイア付エングレービング入り、18金製文字盤プレー卜
ストラップ:マット・ブルーラベンダー、ラージスクエアのアリゲーター
バックル:ダイヤモンドとブルーサファイア付ピン
価格:お問い合わせください。

Caliber 240
直径:27.5mm 厚み:2.53mm 部品点数:161個 石数:27個
パワーリザーブ:最低48時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:21,600振動
ローター:22金マイクロローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)


4978/400G-001 ダイヤモンド・リボン・ジュエリー

PP-4978_400G_001_a.png
こちらもローズゴールド4968/400R-001の生産中止に伴うホワイトゴールド版の生まれ変わりと思いきや、微妙に品番が変わっている。よく見るとムーンフェイズとスモールセコンドが省かれている。それに伴ってだろうか通常エンジンである手巻きのCal.215系からスモセコ位置に癖のある極薄自動巻Cal.240にサクッと積み替えられている。それゆえかケース径が3mm強サイズアップしている。ちなみに2つの機能省略に伴ってカタログ上の分類はコンプリケーションでは無くてカラトラバに組み込まれている。顔はローズゴールドバージョンよりオリジナルの4968に近く感じるのはアラビアインデックス仕様だからか。
PP-4978_400G_001_b.png
ベゼルからケースサイドにかけては9種類のサイズの異なるダイヤがセットされて美しいスパイラルが描かれている。
PP-4978_400G_001_c.png
バックル部は従来のものとは異なってつく棒を受ける部分にもブランドロゴのエングレービングでは無くてダイヤがセットされるようになった。積まれたエンジンと言い全体で800個近いダイヤモンドが手作業でセットされている事も考え合わせると、殆どレア・ハンドクラフトと言ってもいいような時計だ。昨年度までのローズゴールドバージョンに較べてケースサイズアップもあってかダイヤの数で約15%、カラットでは28%近く増量されている。にもかかわらず価格は約8%アップに抑えられている。エンジンのスペックアップも考慮すれば、この時計もプライシングが素晴らしい。

Ref.4978/400G-001
ケース径:36.5mm ケース厚:8.23mm 防水:3気圧
      679個のグラデーションサイズのダイヤを渦巻状にセッティング(ケースとダイアル約3.99カラット)
      48個のダイヤ付ラグ(約0.17カラット)
      16個のダイヤ付リューズ(約0.03カラット)
      27個のダイヤ付ピンバックル(約0.21カラット)
      合計770個(約4.4カラット)のダイヤモンド
ケースバリエーション:WGのみ 
文字盤:18金文字盤プレート、全面にダイヤをパヴェ・セッティング、ブルー仕上げの18金植字アラビアインデックス
ストラップ:ブリリアント(艶有り)ダスクブルー 、ラージスクエアのハンドステッチ・アリゲーター
バックル:ダイヤ付ピンバックル
価格:お問い合わせください。

Caliber 240
直径:27.5mm 厚み:2.53mm 部品点数:161個 石数:27個
パワーリザーブ:最低48時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:21,600振動
ローター:22金マイクロローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)


7118/1200A-001、010、011 レディス ・オートマチック・ノーチラス

PP_7118_1200A.png
既存ステンレスコレクションのベゼルダイヤバージョン。文字盤カラーの3色展開もその枝番号もすべて同じ。ただノーマルベゼルモデル7118/1Aに較べて、その価格はかなり高目の設定になっている。
PP-7118_1200A_001_d.png

Ref.7118/1200A-001(ブルー)、010(シルバー)、011(グレー)
ケース径:35.2mm(10時ー4時方向) ケース厚:8.62mm 防水:6気圧
ジェムセッティング:ベゼルに56個のダイヤモンド約0.67カラット
ケースバリエーション:SS(ブルーシルバーグレー)の他にRG(別文字盤有) 
文字盤:ブルー・オパーリン シルバー・オパーリン グレー・オパーリン、夜光付ゴールド植字インデックス
価格:お問い合わせください。

Caliber 324 S C
直径:27.0mm 厚み:3.3mm 部品点数:213個 石数:29個 受け:6枚
パワーリザーブ:最低35時間~最大45時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動
ローター:21金ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)

Ref.7118/1R-001、010 レディス・オートマチック・ノーチラス
PP_7118_1R.png
ステンレスのベゼルダイヤバージョン追加と逆パターンで、ローズゴールドでは従来は設定が無かったソリッドなジェムセッティングの無いケースバリエーションが追加された。個人的にはメンズはともかくレディスで18金無垢ブレスレットモデルに全くの石無し設定が必要なのか少々疑問。それよりも興味深いのはその価格設定。詳細はここでは避けるが、或る思いに現地で至りメンズの新製品(特にコスメティックチェンジ)の中にも不思議なプライシングが多々あり、或る思いに確信を持つに至った。まあ現地に行くまで気づかなかった自分自身がおバカでした。

Ref.7118/1R-001(シルバー)、010(ゴールド)
ケース径:35.2mm(10時ー4時方向) ケース厚:8.62mm 防水:6気圧
ケースバリエーション:RG(別文字盤有)の他にSS(ブルーシルバーグレー) 
文字盤:シルバー・オパーリン ゴールド・オパーリン 夜光付ゴールド植字インデックス
価格:お問い合わせください。

Caliber 324 S C
直径:27.0mm 厚み:3.3mm 部品点数:213個 石数:29個 受け:6枚
パワーリザーブ:最低35時間~最大45時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動
ローター:21金ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)


7300/1450R-001 トゥエンティフォー オートマチック ハイジュエリー

PP-7300_1450R_001_D.png
総ダイヤと言うのはフルパヴェなどとも呼ばれるコテコテのラグジュアリーウオッチ。此処までくるともう受け入れられる人もかなり限られてくる。普通はこの手の時計に視認性はあまり求められ無いのだが,ソリッドなアラビアインデックスとノーマルな針で実用性は高そうだ。
キャリアウーマンに向けて実用性を追い求めて誕生したトゥエンティフォー。シンメトリーなラウンドウオッチにしてメタルブレスレット仕様。シリーズの生い立ちとコンセプトから見て、個人的にはこのタイムピースも少々首を傾けざるを得ない。しかしながら自動巻メカニカル、ラウンドケース、アラビアインデックス、18金、フルパヴェダイヤと並べれば、この時計の目指すマーケットがかなり限定されているという想像に至った。

7300/1450R-001
ケース径:36mm ケース厚:10.05mm 防水:3気圧
ジェム・セッティング:ダイヤモンドをランダム パヴェ・セッティング総計3,238個約17.21カラット     
ケースバリエーション:RGのみ 
文字盤:ゴールド植字アラビアインデックス 18金文字盤プレート
価格:定価設定はございません。お問い合わせください。

Caliber 324 S
直径:27mm 厚み:3.3mm 部品点数:182 石数:29個 受け:6枚
パワーリザーブ:最低45時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動
ローター:21金ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)

レディスで顕著なのは、非クォーツ化とサイズアップの流れだ。ノーチラスでは随分と整理されたクォーツモデルに取って代わるように、少し大振りな自動巻モデルの充実が図られた。毎年恒例だったアクアノート ルーチェの新色発表が無かった為に、今年のレディスはメカニカルのみとなった。
バーゼル会場で調達してきた英語版の2019年カタログに掲載されているクォーツモデルは、たったの18型しかない。ちなみに2015年には34型もがラインナップされていた。発表される機械式レディスモデルの大半が自動巻(Cal.324系 ケース径27mm、Cal.240系 ケース径27.5mm)なので、いきおい婦人物コレクションの大型化が進む傾向にある。
体格が良くなったと言っても我が国の大和撫子達には小柄な方も多く、出来ればリューズ操作はご勘弁というご意見もあるので、まだまだ小ぶりなクォーツモデルの必要性は有るように思う。少し残念なトレンドだ。
何とかバーゼルからほぼ1か月で新作の全モデルを紹介できた。寡作な今年でこんなに時間がかかるのだから、頼むから来年以降も大量発表は避けて頂きたい。

文責:乾 画像提供:PATEK PHILIPPE SA



さて、やっとメンズ紹介が本稿で終了する。PATEK PHILIPPE SA 提供画像は確かに美しいが、手撮りのリアル感がやっぱり良いのではというのが相方のご意見。恐らく来年は3年ぶりに同伴でのバーゼル詣でになりそうだが、この口うるさい相方は、ひたすら時計を眺めて「ああだ!こうだ!」と批評ではなく単なる好悪をのたまうだけだ。決してメモ取りする訳でもなく、ましてや撮影やその補助なんてとんでもない。むしろ気になるサンプルを独り占めしてジャマされる事すらある。結局一人で撮って、説明はボイスレコーダーで録って、後で聞いてノートに書き下ろす"お一人様状態"は何も変わりそうにない。
さて、今年のメンズ パテック フィリップの一押しはどれだろう。色んなご意見があるだろうが、あくまで個人的には見た目ではノーチラス年次カレンダーのコスメティックチェンジRef.5726/1A-014。機械的にはアラーム・トラベルタイムRef.5520Pと迷うところながら、私的には本稿最後にご紹介するカラトラバ・ウイークリー・カレンダーRef.5212Aを押したい。

5726/1A-014 ノーチラス年次カレンダー
だいぶ前から噂では聞かされていたステンレスブレスレットモデルの従来カラー2色のディスコン、それと置き換えるかのような超人気色ブルー、ブラック・グラデーション文字盤のデビュー。元々それなりの人気モデルではあったが、パテック フィリップ公式HPで公開されるや翌日には朝から電話とメールの対応に追われまくった。結局バーゼル出発前で既に片手で足りないご登録が入り、帰国前には両手を超えてしまった。ブラックブルーマジックが此処までとは予想できなかった。
※提供画像には全体が写っているものが無く、下の横位置画像が文字盤をほぼ取り込んでいる
5726_1A_014_800.png
で、現物はどうかと言うと"滅茶苦茶に良い!"。正直なところ個人的にコレクションしたいレベルで良い顔をしている。時計とは面白いもので全く同じ文字盤カラーでもケース素材や文字盤内の構成要素(インデックス、針、カレンダーやクロノグラフ等の付加機能の表示)で微妙に違う色に見える事が多々ある。SSノーチラスでは3針の5711/1A、プチコンプリケーション5712/1Aそして新製品年次カレンダー5726/1Aの各ダイアルは全く同じ色で塗装されているが、個人的には少しづつ異なって見えてしまう。
5726_1A_014_b.png
年次カレンダーのシンメトリックなレイアウトと適度な表示量が相まって何とも言えぬええ感じのお色目がたまりません。

Ref.5726/1A-014
ケース径:40.5mm(10時ー4時方向) ケース厚:11.3mm 
防水:12気圧
バリエーション:SS SS(ブラック・グラデーション文字盤 ストラップ仕様)
文字盤:ブルー、ブラック・グラデーション 蓄光塗料付ゴールド植字インデックス
ブレスレット:両観音クラスプ付きステンレス3連ブレス 抜き打ちピン調節タイプ
価格:お問合せ下さい

Caliber 324 S QA LU 24H/303
自動巻ムーブメント センターセコンド、日付、曜日、月、24時間表示 ムーンフェイズ
直径:33.3mm 厚み:5.78mm 部品点数:347個 石数:34個 受け:10枚 
パワーリザーブ:最低35時間~最大45時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動 
ローター:21金ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)

5168G-010 アクアノート・ジャンボ3針カレンダー
何とも言えないこの色目。好き嫌いがハッキリ別れるモノほど、のめり込む人のはまり込み度合いも強くなる。時計に限らず嗜好品的なモノに対する感情とはそんなものではないだろうか。
5168G_010_800.png
このカーキグリーンと言う色目は2年前に発表され大きな話題を呼んだデビューモデルのブラック・グラデーションのブルーダイアルとは大いに異なる点が二つある。まず全くグラデーションが無いモノトーンカラーである。もう一点は完全なマット(艶無し)仕上げである事。
5168G_010_b.png
個人的にはステンレス素材でこの文字盤設定であれば、それはえらい争奪戦になっていただろうと思う。一般的にはこのミリタリーイメージ全開の色目は実用性の高いステンレスにこそふさわしいと思うが、プレシャスな18金素材と組み合わせてしまうのがパテック フィリップ流。両素材の価格差がどうこうという問題ではなく、敢えてやってしまうところが凄い。誤解を恐れずに言えば、パテック フィリップだから変な意味で上から目線にはならずに、これもまた一興と受け止めて頂ける顧客層が存在するという事なのだろう。確かにこのモデルに魅せられた或る顧客様が表現された「抹茶色」という和の表現は実に言い得て妙で、酸いも甘いも知り尽くした良い意味で少しだけ"枯れ"感を備えた方にピッタリなのかもしれない。
5168G_010_c.png
ストラップは熱帯地方でも劣化しにくい意味から《トロピカル》の名称で親しまれるラバーを主体としたコンポジット素材。カラーはカーキグリーンでこちらも文字盤同様に完全マット仕上げに徹している。但し、従来の経験から愛用の程にストラップには徐々に艶が出てくると思われる。と此処まで書いて、このストラップカラーに既視感が或る事に気づいた。 顧客様のお一人がアクアノート3針5167A(もちろん黒文字盤)用の付け替えストラップとしてこの色でご購入頂いていた事があった。何故か2018年度のストラップカタログにはメンズでの設定が無くなっていて、レディスのクォーツ3針アクアノート・ルーチェのみ注文可能とされている。さらに記憶を辿れば、確かにルーチェにはこのカーキという文字盤が過去にあったハズだ。うかつにも同系色の既存ストラップがあった事に此処でやっと気づかされた。そしてどちらかと言えばメンズ向けの色目ではないかという事にも。
バックルはアクアノート・ジャンボ・フライバック・クロノグラフやノーチラス永久カレンダー等の最近のモデルに採用されている新しい両観音クラスプが採用され、脱着の安全性と操作感が向上している。

Ref.5168G-001
ケース径:42.2mm(10-4時方向)ケース厚:8.25mm ラグ×美錠幅:22×18mm
防水:120m ねじ込み式リューズ仕様
バリエーション:WGWG(別文字盤有) 
文字盤:カーキグリーン 蓄光塗料付ゴールド植字インデックス
ストラップ:カーキグリーン・コンポジット《トロピカル》ストラップ(ラバー)
クラスプ:アクアノート フォールドオーバー 

Caliber 324 S C
自動巻ムーブメント センターセコンド、日付表示
直径:27mm 厚み:3.3mm 部品点数:213個 石数:29個
パワーリザーブ:最低35時間~最大45時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動
ローター:21金ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)
尚、ムーブについての過去記事はコチラから

5212A-001 カラトラバ・ウイークリー・カレンダー
この時計の評価は分かれそうである。顔(文字盤)は表示がテンコ盛りで好き嫌いが出そうだし、年間の第何週目という表示に世界中でなじみのある文化圏がどの程度或るのか良くわからないからだ。
5212A_001_800.png
日本には明確な四季がある。落ち葉が寒風に舞って、居酒屋に"おでん、鍋もの始めました"等の品書きが出始めると嫌でも、新年までの短くなった日数を思い煩う日々がやってくる。でも、赤道直下の雨期乾季しかないところなら確かにこの手の時計は実用的かもしれない。特に一周360度で一年の針表示は、直感的に一年間の消化度合いがつかみ易いだろう。55秒辺りを針が指せば、これはこれで気忙しい日々の到来を嫌でも実感させられるだろう。
それで個人的にはどうかと聞かれれば、エンジンを大いに評価したい。ウイークリーカレンダーのモジュール部分では無くて、センターローター自動巻のベースムーブメントCal.324系に多大なる改良が加えられて誕生した新キャリバーCal.26-330系が素晴らしいと思う。
ポイントは3つあって、まずハック(時刻合わせ時の秒針停止機能)を備えた事。従来、日差の出る機械式時計に秒まで合わせる為のハック機能の必要性を疑問視していたパテック フィリップ。しかしシリコン系素材のスピロマックス製髭ゼンマイが殆どのムーブに搭載された今日では、元々優秀な精度を誇ったパテック フィリップのムーブメントは、衝撃や帯磁といったトラブルから来る精度不良とどんどん無縁になって来ている。実際に愛用のCal.324ベースの年次カレンダーは、悪夢の様な落下事件後も日差2秒以内と抜群の精度を保っている。此処まで高精度を保てればハックの意味は充分にあるだろう。
2番目はカレンダー調整の禁止時間帯を無くして24時間いつでもカレンダー変更を可能にした事。この部分はロレックスやブライトリングの自社ムーブメントが先行していたのでキッチリとキャッチアップしてきた感じだ。
最後は使用するオーナー様側には解り難いがメンテナンス性の向上に繋がるテコ入れが多々ムーブメントに加えられた事。中でも特徴的なのがサファイアケースバックからもしっかり視認出来る3番車の形状。従来は歯車に必要不可欠なアガキが引き起こしてしまう秒針のバックラッシュを防ぐ為に4番車のステンレススティール製の秒カナにベリリウム製の摩擦バネを押し付けるスタイルを採用していた。そのためにメンテナンス時には両者の耐久性度合いの優劣から摩耗しやすいベリリウム製押えバネの交換が頻繁に発生していた。

Cal.26_330_th_image_b.png
新キャリバーではLIGAプロセス(X線を用いて微細な部品を形成加工する手法、詳しくは難解すぎて理解に至らず)で作られた全く新しい歯を持つ3番車を採用。従来の一つの歯を二つに分離することで従来のアガキと言う概念がこの歯には無い。また分離された片方の歯がバネの役割を果たすため噛み合う秒カナ(4番車)との摩擦を大きく低減させつつ秒針のバックラッシュを完全になくしている。上のイメージ図(左側)からは何となく歯医者さんを想像させる感じで機能美的なものは無いが、実際に目視可能な右画像の歯車はユニークで機能美もしっかりある。その他にも改良は多々あって主ゼンマイの手動巻き上げ時のムーブメントへのセーフティ機構が随分とスペックアップされている。個人的には一旦アドバンストリサーチで出して話題性を盛り上げれば良いくらい先進的な技術革新テンコ盛りだと思うのですが・・
それにつけても思うのは、セイコーがアンクル・ガンギ製作に採用しているMEMS(メムス)の技術もLIGAプロセスに似ており、従来の微細で高精度な部品作りが工作機械による型抜きや、優秀な職人による手作業と言う物理的かつアナログ的だったものに対して、様々なブランドが化学的などちらかと言うとデジタル的な新手法を駆使して、アナログの権化のような機械式腕時計作りを競っている状況は、アイロニーと言うかユーモアが効いている感じだし、とても素敵なことだと思う。
因みにこのムーブメントは既存の超人気モデルノーチラス3針Ref.5711にもベースキャリバーCal.26-330 S Cとして搭載され始めている。
両機の主要部を上下に並べて比較してみよう。
324bc_2.png
上は従来機Cal.324 S C系 、下が新しいCal.26-330系。ローター軸左の下層部に覗く特徴的な3番車の違い以外もじっくり見てゆくと面白い。ローターの固定方法が全く違う、その固定部分の下側の切替車の形状とその固定方法は逆に今までのローター固定仕様と入替った様に見える。
尚、新型機では一般的な自動巻時計が苦手としてきたリューズの手動ゼンマイ高速巻上げ時の高トルクによる巻上げ機構への負荷から来るトラブルをクラッチ形式の見直しや減速歯車を投入することで大きく改善している。

26-330_bc_1.png
今後はノーチラスRef.5711のみならず色んなリファレンスでCal.324からCal.26-330への置換えがなされるのだろう。性能は確かに進化形のCal.26-330がよさそうだが、Cal.324には2004年の初出からセンターローター自動巻基幹キャリバーを担ってきた実績と言うアドバンテージがある。車で言えば「新しいエンジンの搭載車は一年間様子を見てから・・」という格言がある。
ただ先に触れたように本当に市場でのテストが必要であればアドバンストリサーチと言う引き出しが有るのだから、パテック フィリップの技術陣はこの新しいキャリバーに相当の自信を持っているのだろう。
そして324の進化としながらも1970年のCal.350に遡る300番代の三桁のキャリバー名称ではなく、同社の自動巻初号機1953年初出Cal.12-600ATの2桁ハイフン3桁スタイルへとまるで先祖帰りしたような名付けをしてきた事は実に興味深い。
やはり300系列のマイナーチェンジではなくて完全なフルモデルチェンジとの意気込みが感じられる。ちなみに26はキャリバーのケーシング径26.6mmから、330は厚さである3.3mmに由来する。但し総径は27mmなので従来機Cal.324と変わらない。
26-330&324BC.png
左がCal.324、右がCal.26-330。画像が小さく見づらいが、TWENTY・NINE 29 で始まる石数の表示が新エンジンでは30石に変更されている。また"高低温下6姿勢での歩度調整済み"の文字刻印のレイアウトも微妙に変わっている。ちなみ基幹ベースキャリバーの総部品数は新しいCal.26-330が212個と1つ少なくなった。
飛躍を遂げた新キャリバーも、熟成を重ねた従来機も、それぞれに素晴らしいのだが、そのパワーリザーブが最長で45時間に留まっている事には少し改善を希望したい。多くの時計愛好家にとって全てのコレクションを日々順繰りに愛用してゆくというよりは、メインの実用モデル数個をその日の気分、服装、場面や会う人などを想定して着替えるというのが現実ではなかろうか。その際に昨今増えてきた自動巻キャリバーの70時間前後のパワーリザーブと言うのは凄く実用性が高い。個人的にはたった1日分程度の延長が凄く便利だと思う。ワインダーの弊害が色々なブランドで指摘されるようになった最近は、なおさらそれが望まれる。

5212A_001_b.png
カレンダー部分のメカニカルなうんちくは有るがパテック フィリップの技術力からしてこの部品数92個からなるウイークリーカレンダーモジュールの設計・製造はそんなに困難だったとは思えない。それよりも機械の事ばかりになったので独特な文字盤について見てゆきたい。
面白いのは暖かみのあるクリーム色っぽい文字盤上に転写された手書き風の文字達だ。実際にパテック フィリップの社内デザイナーが手書きで書き起こし、ティエリー・スターン社長自らが採用を決めたという肝入りの書体である。曜日も月もその天地左右のスペースは同じなのだが描かれる文字数は異なる。そのために同じ文字、例えば"Y"でも様々な横幅の"Y"が出て来て実に面白い。一般に目にする外国の方々の手書き文字と言うのは癖が非常に強くて読みづらく感じる。でもこの書体は習字の楷書レベルに感じるし、何より読みやすく親しみを持てる。そして数字の"7"のお腹に横バーが入っているのも何とも微笑ましい。
書き込むほどに自分自身が、このニューモデルのファンになって来ている。初見でピンと来ずとも、やがて徐々に気になって声を掛けて・・いや、違う。そうではなくて、このモデルもまぎれもなくそんな"パテック マジック"を持ち合わせていると言う事だ。いつしか気に入ってしまう顔や姿かたちは、飽きの来ない恋女房になってしまうと言う訳だ。

Ref.5212A-001
ケース径:40mm ケース厚:10.79mm ラグ幅:20mm
防水:30m サファイアクリスタル・バック
ケースバリエーション:SSのみ 
文字盤:シルバー・オパーリン文字盤、転写によるブラック手書き書体
インデックス:酸化ブラック仕上18金WGインデックス
時分針:酸化ブラック仕上18金WGドフィーヌハンド
ストラップ:ハンドステッチ・ライトブラウン・カーフスキン
クラスプ:ピンバックル 

Caliber 26-330 S C J SE
自動巻ムーブメント センターセコンド、日付、曜日、週番号表示
直径:27mm 厚み:4.82mm 部品点数:304個 石数:50個
※ケーシング径:26.6mm
パワーリザーブ:最低35時間~最大45時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動
ローター:21金ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)

文責・撮影:乾 画像提供:PATEK PHILIPPE SA 





今年の桜もそろそろ見納め。中々に続編が書けない。ネタはたっぷりあり、店もそんなに多忙でないが何かしら時間が無い。いや、時間の作り方が加齢に従って下手くそになってくるのだろうか。わずかな空き時間を利用して、細切れでもともかく書き進めよう。
尚、本稿の使用画像は全てパテック フィリップ社からの提供画像である。今年は商談室に持ち込んだミラーレスデジタル一眼のホワイトバランス調整に失敗し、ロクな絵が撮れなかった。従来から供給されてきた公式カタログ等に掲載されている時計正面画像は修正されまくりでシズル感がほぼ無く全く好みでは無いのだが、今回入手した画像は修正がなされているものの非常にクオリティが高くバリエーションも結構あって、来年からはサンプル撮影は不要じゃないかと思っている。

Ref.5235/50R-001 レギュレーター・タイプ年次カレンダー
昨年度からパテック フィリップはバーゼルの数日前に新作のチョイ出し(昨年はカラトラバ トラベルタイム ローズゴールド ペアモデル)をやるようになった。今年も3月19日にインスタグラムで今年2月にディスコンになったRef.5235Gレギュレータースタイル年次カレンダーの後継モデルとしてローズゴールド仕立てのRef.5235を、それは心憎いほどに、魅力的に思わせぶりタップリに露出させてきた。画像と動画を見た限りでは、えらく艶っぽい色気のある印象を受けていた。
5235_50R_001_a.png
現物はかなりギャップがあって、極端に言うと文字盤はほぼダークグレー(グラファイト)とブラックのツートンながら色差があまり無い印象で、黒文字盤と言えなくもない。画像では違いが際立っているが、実際には12時と6時側のインダイアルと文字盤ベースカラーとの色差が非常に少なく(下図:乾撮影、質感ボロボロ)感じる。
_DSC0549.png
また生産中止になったホワイトゴールドのシルバー系ダイアル同様に3時位置にPATEK PHILIPPE GENEVEロゴが無着色でエングレーブされているが、これまた本当に目立たない。新作ローズはなおさらその感が強いように思う。大半のパテックコレクションで文字盤センター上に位置されるブランドロゴが、右側にオフセットされている事で左右非対称になるパテック フィリップでは珍しいモデルなのだが、目立たぬロゴでほぼシンメトリーウオッチに仕立直しされているようにも思えた。

5235_50R_001_sv.png
最近、腕時計専門誌のクロノスを読んでいて初めて知ったが、時計自体変更が無くて素材やダイアルの変更だけの場合を"コスメティックチェンジ"と言うらしい。言いえて妙な気もするが、個人的にはこの"cosmetic"という言い回しには少し違和感があるものの他にピッタリくる言い方も思い浮かばないので、当分はこの表現を使わせて頂きます。まさしく今年追加のローズゴールドバージョンがコスメティックチェンジ(お化粧直し版)である。
5235_50R_001_b.png
Ref.5235/50R-001
ケース径:40.5mm ケース厚:10mm ラグ×美錠幅:20×16mm 防水:3気圧
ケースバリエーション:RGWG
文字盤:グラファイト/エボニーブラックのツートーン バーティカル サテンフィニッシュド ホワイト転写インデックス
ストラップ:ハンドステッチ ラージスクエア マット(艶無)ブラックアリゲーター
バックル:PATEK PHILIPPEの刻印付ピン(穴止め式)
価格:お問い合わせください

尚、この時計は少し特殊な専用エンジンを積んでいる。その詳細については過去記事をご参考頂きたい。

5235_50R_001_cb.png
Caliber 31-260 REG QA
年次カレンダー機構搭載マイクロローター自動巻ムーブメント
直径:33mm 厚み:5.08mm 部品点数:313個 石数:31個 受け:10枚
パワーリザーブ:最低38時間~最大48時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
脱進機:パルソマックスPalsomax® アンクル、ガンギ車共にSilinvar®製
振動数:3.2Hz 23,040振動
ローター:22金ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)


Ref.5231Jー001 ワールドタイム クロワゾネダイアル レアハンドクラフト
2016年にフルモデルチェンジしたワールドタイム。現代ワールドの2代目Ref.5130の円みを帯びたチョッと丸餅が押しつぶされた様なケース形状から1mmケース径をシェイプアップし、クンロクに似たエッジの効いたケースにトラディッショナルなウイングレット(翼状)ラグを持つRef.5230に移行がなされた。
5231J_001_wr.png
両者は針もセンターギョーシェ紋様も全く違うし、その他にも細かい差異は多々あるがここでは省く。詳細は過去記事をご覧頂きたい。これらワールドタイムにはセンターギョーシェ部分にグローバルな地図を有線七宝(クロワゾネ)で描かれた特別バージョンの設定があり、代々4桁リファレンス末尾が0でなく1とされてきた。現行では第2世代のままでRef.5131/1P-001のプラチナブレスモデルがあるが、本年は現行の第3世代バージョンにもレザーストラップ仕様でイエローゴールドケースが新たに設定された。センターに描かれる地図モチーフはモデルごとに違っており、今回は大西洋をセンターにヨーロッパ、アフリカそして南北両アメリカがチョイスされている。

5231J_001_b.png
ところでこのモデル初見時に最新世代の5230感がなぜか無かった。帰国後に顧客様と資料をじっくり見ていてご指摘を受けたのが針形状。ありゃりゃ第二世代で採用されていた非常に特徴的な通称アップルハンドではないか。そりゃ古い既視感を覚えたはずだ。
さらに細かい変更点はダイアル外周のシティディスクの都市名で、従来はTokyoと1時間時差のHongkongがBeijingに変更されている。この変更はニューモデルに限らず現行3モデル5230G、5230R、5131/1P-001全てに加えてRef.5930Gワールドタイムクロノグラフも対象で、ランニングチェンジ期間は両方のダイアルが市場に混在することになる。変更理由の詮索は物議を醸しそうなので控えたい。
ところで文字盤の仕様がギョーシェ装飾とは思いっきり異なるがこのモデルもまたコスメティックチェンジと呼んで良いのだろうか。
閑話休題、それでですね皆さんご想像がつくと思われますが、こちらの特別モデルはRef.5131のプラチナブレス同様に買ったり注文したりが中々に困難で、なじみの店を作って相談をするところから始めることになります。目的を果たすために困難を乗り越える過程にこそ楽しみがあるのかも・・・

Ref.5231J-001
ケース径:38.5mm ケース厚:10.23mm 
ラグ×美錠幅:20×16mm 防水:3気圧
ケースバリエーション:YG,
文字盤:センターにクロワゾネ(有線七宝)装飾
ストラップ:ハンドステッチ ラージスクエア(竹符) ブリリアント(艶有) チョコレート・ブラウンアリゲーター
バックル:フォールドオーバー(折畳み式)
価格:お問い合わせください

Caliber 240 HU
ワールドタイム機構搭載マイクロローター自動巻ムーブメント
直径:27.5mm 厚み:3.88mm 部品点数:239個 石数:33個 受け:8枚 
パワーリザーブ:最低48時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:21,600振動 
ローター:22金マイクロローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)


Ref.5905R-001 年次カレンダー搭載クロノグラフ

コスメティックチェンジバージョンを続ける。これまでプラチナのみで展開していた年次カレンダー・フライバック・クロノグラフ。新たにローズゴールドが加わった。ダイアルは濃いめのブラウン。昨年のペアトラベルタイムもそうだが、どうも素材とダイアルカラーにこの組み合わせが増えてきた。
5905R_001_800.png
この時計のルーツは2006年初出のRef.5960Pにまで遡る。パテック フィリップ独自設計開発製造のクロノグラフムーブメント第2弾CH 28-520系の初搭載モデルとしてセンセーショナルなデビューをした初代は数年間は異常な人気が続いた。そして8年が経過した2014年にプラチナ素材モデルがディスコンとなった代わりにステンレスブレスモデルにリプレースされるという大胆なマイナーチェンジがなされた。
翌年の2015年には素材としてプラチナが復活したが、パワーリザーブ、昼夜表示そして12時間計が省かれたスッキリしたニューフェースのRef.5905Pとして登場した。そのデビュー当時はあまりにも文字盤が"シュッと(関西弁:スッキリしたとかコンシャスなの意味)"としすぎてあまり好みでは無かった。だが良いお値段なのに当社の百貨店部門で、この時計はポツポツと嫁いでゆく。今回のローズは18金で多少お財布的にも優しいし、何より色使いがヤバい。暖か味のあるローズの色味と表面が艶っぽい仕上がりのこげ茶ってのは何とも言えぬ色気があって個人的には秘かに好ましい新作だ。

Ref.5905R-001
ケース径:42mm ケース厚:14.3mm ラグ×美錠幅:22×16mm 防水:3気圧
ケースバリエーション:RGPT別ダイアル有
文字盤:ブラウン・ソレイユ、ブラック・グラデーション
ゴールド植字バーインデックス
ストラップ:ハンドステッチ ラージスクエア(竹符) ブリリアント(艶有)ブラック アリゲーター
バックル:ピン(穴止め) 
価格:お問い合わせください。

Caliber CH 28-520 QA 24H 
年次カレンダー機構 コラムホイール 垂直クラッチ搭載
フルローター自動巻フライバック・クロノグラフムーブメント
直径:33mm 厚み:7.68mm 部品点数:402個 石数:37個 受け:14枚 
パワーリザーブ:最低45時間-最長55時間(クロノグラフ作動時とも)
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動
ローター:21金ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)

Ref.5172G-001 手巻クロノグラフ
今年廃番になったプラチナ素材の手巻きクロノグラフRef.5170から品番的に連想されうるバリエーションモデル。エンジンは完全自社設計開発製造(いわゆるマニュファクチュール)の手巻クロノグラフCH 29-535 PS。そして特徴的なラグ形状を持つケースと一段盛り上がったサファイアガラスは一昨年発表され一気に人気永久カレンダーモデルになったRef.5320Gとそっくり。ついでに言うならアラビアインデックスの書体と非常にとんがったペンシルハンド(針)。それらに塗布されている蓄光塗料スーパールミノバの加減もウリふたつだ。
5172G_001_800.png
そして好みが分れるかもなのが、クロノグラフのプッシュボタンの形状。ヌーベルレマニア最終搭載のRef.5070から自社エンジンに積み替えられたRef.5170に至るパテックの手巻きクロノグラフのアイコンとも言えたスクエア形状に上下両面サテンフィニッシュ。ところがニューフェイス5172では小ぶりな丸いプッシュボタンが採用されている。プッシュ面には放射状のギョーシェ装飾がなされてアクセントになっている。
5172G_001_b.png
現行のクロノグラフラインナップではRef5960/01Gや5961系の自動巻フライバッククロノグラフもこの形状のプッシュボタンを持つ。しかし前述もした派生モデルと言えるRef.5905系はケース形状は5960に酷似するがプッシュボタンはスクエアシェイプが採用されているので厳密なルールがあるわけではなさそうだ。さらにもう一つ大事な永久カレンダー5320との共通点が割安に感じる価格設定。詳細はお問い合わせ頂きたいが、なぜかこのケース形状が採用されると同じエンジンを搭載する兄弟モデルより結構お得感があるプライシングとなっている。ストラップはカラトラバ・パイロット・トラベルタイムから採用され始めたカーフスキンの濃紺にかなり太めの白糸がラフな感じでステッチされており、全体の印象はかなりカジュアルな仕上がりとなっている。
5172G_001_c.png
当店でもパテック フィリップの顧客にかなりお若い方が増えてきている状況を考えると、これまでの手巻きクロノモデルは少し古典的な印象があって、50歳半ば以上がターゲットだったのかもしれない。尚、文字盤はニス塗装ブルーとマットな表面感でカラトラバ・パイロット・トラベルのホワイトゴールドと同色の青、ストラップは文字盤に近似な青色で表面感もマットな仕上がりとなっている。しかし、最近のパテックは青が多いなァ~

Ref.5172G-001
ケース径:41mm ケース厚:11.45mm 3気圧防水
ケースバリエーション:WGのみ
裏蓋:サファイアクリスタル・バック
文字盤:ニス塗装ブルー文字盤 タキメーター目盛
蓄光塗料(スーパールミノバ)付きゴールド植字アラビアインデックス
ストラップ:ネイビーブルー・ハンドステッチ・カーフスキン
バックル:フォールドオーバー(折畳み式)
価格:お問い合わせ下さい。

5172G_001_cb.png
Caliber CH 29-535 PS:コラムホイール搭載手巻クロノグラフムーブメント
直径:29.6mm 厚み:5.35mm 部品点数:270個 石数:33個 受け:11枚 
パワーリザーブ:最低65時間(クロノグラフ非作動時)クロノグラフ作動中は58時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:ブレゲ巻上ヒゲ
振動数:28,800振動

この調子だと4月中に新製品全部を紹介できるのだろうか。たぶんあと2回は必要で、次回はメンズの完結編を予定。まあ気長によろしくお付き合い下さい。

PATEK PHILIPPE 公式ページ 

文責:乾 画像:PATEK PHILIPPE SA提供(※一部加工有)

バーゼルからは3月26日の火曜日に帰国した。現地3泊4日だが実際には3泊2日?とした方が正しい弾丸ツアー。使い慣れたキャリアKLMでアムステルダム経由バーゼル空港への往路は、オンラインチェックイン時にわずか5万数千円でビジネスにアップグレードで楽々だった。復路も大いに期待したが、これが叶わず昨年末に予約済みのEXIT ROW SHEET(非常口横の離着陸時に客室常務員とお見合いする特別席)。関空からの帰りは、数年前から恒例にしている帰国報告を兼ねた墓参りで大阪市内の菩提寺にワンバウンド。さらに帰路途中の「うなぎの豊川(東花園駅近の本店の方)」で特上うな重を頂き思いっきり″和"モードに切り替えて店に戻った。

予想はしていたが留守中にあっちコッチから、メールや電話で「あのモデルは予約できるか?」「こっちはどうやねん?」かしましくも嬉しいお声がかりを多数頂戴していた。帰国当日は時差ボケひど過ぎで返信しきれず、翌日は定休日ながら出社する羽目になった。ここの処のパテック人気は本当に"うなぎ登り!!"有難いかぎりだ。
長すぎる前置きはこの程度にして、バーゼル訪問記も後日として、とにかくニューモデルをご紹介。

メンズ:時計10型+カフリンクス1型

グランドコンプリケーション

Ref.6300G-010 グランドマスター・チャイム  レア ハンドクラフト


6300G_010.png
今年2月に生産中止発表された(黒文字盤)のニューカラーの青文字盤仕様。この手の超絶系やレアハンドクラフトは展示はされているが我々もガラス越しに鑑賞するだけで商談室で手にする事は無い。帰国後6300G新色の画像を取っていない事に気付いたがもう遅いのでPPの提供画像。サボっとるナァ!
ところで下のスペックを書くために調べていたら意外にもこの腕時計がコレクション最厚ではなかった。Ref.6002Gスカイムーン・トゥールビヨンが17.35mmでチャンピンだった。

Ref.6300G-010
ケース径:47.7mm ケース厚:16.07mm 反転機構搭載(リバーシブルウオッチ) 非防水
ケースバリエーション:WGのみ
時刻側文字盤:ブルー・オパーリン ゴールド植字ブレゲ数字インデックス
センターに手仕上げのギヨシェ装飾(クルー・ド・パリ) 
カレンダー側文字盤:ブルー・オパーリン
両面共に18金製文字盤
ストラップ:ブリリアント・ネイビーブルー・アリゲーター
バックル:フォールドオーバー
価格:定価設定はありませんので少しお時間を頂きますが、目安についてはお問い合わせください

Caliber 300 GS AL 36-750 QIS FUS IRM
直径:37mm 厚み:10.7mm 部品点数:1366個 石数:108個
パワーリザーブ:時計機構72時間 チャイム機構30時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:25,200振動 手巻きさらに詳細なスペックについては公式HPにて

Ref.5078G-010 ミニットリピーター レアハンドクラフト

5078G_010_600.png※画像はパテックブースのウインドウディスプレイをガラス越しにiPhone7で撮影。撮影環境としては厳しい!
2005年からのロングセラーミニットに新顔が追加された。文字盤は黒本七宝(エナメル加工)をした上からレーザー加工で紋様が浅く刻まれている。過去にこの手法は記憶に無い。あくまで個人的にはあまり好きではないが、簡単には発注のできない激レアモデルである事には間違いない。

なぜか昨年までは無かったRare Handcraftsの表記がカタログに記載されるようになったが、上記2点は人の手でギョーシェマシンやレーザー加工具を操っているとはいえ、純粋な手彫りでは無いし、見た目もレアハンドと言うには個人的に多少違和感が有る。本来のレアハンドは全てがユニークピースのはずで、焼きムラや色ムラ、そして彫りムラ・・とムラッ気が有ってこそな気がする。それぐらいクロワゾネやハンドエングレーブには人の手によるぬくもりが宿っていて、ガラス越しであってもビンビンとそれが伝わって来る。至福のひと時を年に一度味わえる幸せがバーゼル詣の楽しみの一つだ。

Ref.5078G-010
ケース径:38mm ケース厚:110.18mm 非防水
ケースバリエーション:WGのみ
裏蓋:サファイアクリスタルバック ※ノーマルケースバック付属
文字盤:マット仕上げと光沢仕上げの本黒七宝 ゴールド植字 18金製文字盤
ストラップ:ブリリアント・ブラック・アリゲーター
バックル:フォールドオーバー
価格:定価設定はありませんが、少しお時間を頂き目安については問い合わせいたします

Caliber R 27 PS
直径:28mm 厚み:5.05mm 部品点数:342個 石数:39個
パワーリザーブ:最低43-最長48時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:21,600振動 
ローター:22金マイクロローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)


Ref.5520P-010 アラーム・トラベルタイム
5520P_b.png

現行モデルでアラームウオッチは今回黒から青に文字盤チェンジしたグランドマスター・チャイムRef.6300だけである。ここに2番目のアラームウオッチとしてトラベルタイム機構とドッキングさせた非常に実用性の高いタイムピースが完成した。近い将来に実機を撮影したり、記事を作成する可能性が無いとは言わないが簡単では無い気がする。その点では昨年のノーチラス永久カレンダーとは人気の質は異なるだろう。今、書いておかねば・・
この時計で最も感心したのがセーフティ機構と言うか、取扱いでそんなにデリケートにならなくても良い点だ。超絶グランドコンプリのグランドマスター・チャイムは操作上で13のしてはいけないお約束があって、説明する側も聞く側も結構大変らしい。アラームのセットだって15分後とかは無理で最短でも30分以上はあとの時間しかセット不可能だ。まあサイズからしても実際に使用するというよりコレクションして愛でるお宝であろう。それに対してGMT機能+アラームというのは旅のお供としては相性抜群の組合せだ。
言わずもがなデザインは2015年ホワイトゴールドで初出し、昨年ローズゴールドが追加された人気モデルRef.5524に瓜二つだが、ニューモデルに特徴的な4本の角?を説明しよう。時計に向かって左側2本は従来のトラベルタイム操作用プッシュボタン。右側の上はアラームONとOFFをプッシュの度に切り替えて、ON時には12時下の小さ目のベルマーク窓が白くなる。OFFは黒でベルは見えない。このプッシュボタンにもトラベルプッシュ同様に誤作動防止の為に90度回転ロックシステムが採用されている。
文字盤上部にあるチョッと小ぶりなダブルギッシェ窓には特許申請中のアラームセット時間がデジタル表示される。4時位置のリュウズは時計回りでアラーム用ゼンマイを反時計回りで時計本体用のゼンマイを巻き上げる。さらに一段引きでアラームを15分刻みでセットするが、昼夜の判断はダブルギッシェ直下のこれまた小ぶりな●窓が白で昼、夜間はトラベルタイム丸窓同色の紺色となる。尚昼夜は朝と夕いづれも6時で切り替わる。驚く事にこのアラームセットは、例えば1時14分に一分後の1時15分のセットが可能。実際にはセットにもたつくだろうから数分前のセットが現実的だろう。時刻変更と組み合わせて使えばグランドマスター・チャイムには出来ないカップヌードルの3分待ちにだって使える優れものである。防水性もパテックの鳴り物系時計としてはパテック初の3気圧を獲得している。
この鳴り物アラームには時計ケース内側を一周するクラッシックゴングが通常のリピーターの様にムーブ側では無く、ケース側に取り付けられる事で、密閉度の高い防水ケースよる音質の劣化が防がれている。音質はミニットリピーターの2種類の音源の高音側のハンマーがセットされていて35秒から最大40秒間(個体差が有る)でほぼ2秒当たり5回の割でチャイムを打つ。音はゼンマイのトルク変化にかかわらず等間隔で鳴らされる。これはパテックがミニットリピーターで磨き上げてきた遠心ガバナー(フィギュアスケートのスピンで両手を体に密着させるほどに高回転になるのと同原理)技術によるものだ。加えて言えば、高回転するガバナーはどうしても空気摩擦で雑音を発するが、パテックはこれを独自の技術で究極に排除する事で澄み渡ったリピート音を獲得している。この点において他ブランドを圧倒的に凌駕している。と、個人的に思っている。
5520_c.png
※上下画像はいづれもパテックブース外周りの全ムーブメント(圧巻)展示コーナーで搭載するキャリバーNo.をセレクトすると10秒程度流れるデモ動画(下参照)から


通常のシンプルなミニット リピーター ムーブメントの構成部品が大体300個強に対して、Ref.5520のそれは574個というとんでもない構成部品で作り上げられている。それでいて兄弟モデルとも言えるアビエーションスタイルのRef.5524カラトラバ・トラベルタイム(42mm径、10.78mm厚、部品総数294個)とに比較してわずかに大きく収めてきたパテックの技術陣は凄い。採用ケース素材がプラチナでありながらミニットリピーターのエントリーモデルを結構下回る価格がPOR(Price on request)ではなく定価設定されている事も驚異的で、「いつかはパテックの鳴り物を」という方は是非とも検討に値するであろう今年の絶品モデル。

Ref.5520P-010
ケース径:42.2mm ケース厚:11.6mm 防水性:3気圧
ケースバリエーション:PTのみ
裏蓋:サファイアクリスタル・バック ※ノーマルケースバック付属
文字盤:エボニーブラック・ソレイユ 蓄光塗料塗布ゴールド植字アラビアインデックス
ストラップ:マット・ブラック・カーフスキン
バックル:クレヴィス・プロング・ピンバックル
価格:お問い合わせください

Caliber AL 30-660 S C FUS
直径:31mm 厚み:6.6mm 部品点数:574個 石数:52個
パワーリザーブ:最少42時間 最大52時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動
ローター:21金センターローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)

最初は一回で新作をすべて紹介と思っていたが、グランドコンプリケーションだけでふらふらになっとりますので、次回はコンプリケーションからとしたいが、さて一体何回で終われるのやら・・

撮影、文責:乾













IMG_0990.png
バーゼルワールドまで一週間を切った。例年のことながらソワソワと落ち着かない今日この頃。毎年バーゼル開催初日(本年は3月21日木曜日)にはパテック社の公式HPにて発表されるニューモデルについて即日ブログ記事を書いてきた。実機サンプルの初見前なので過剰な期待モデルがあれば、秀作モデルを見落したりもする。
本当は出発前のPCモニター画像ではなく、現地でいきなりご対面が先入観なしに評価でき、それが一番と思っている。でも、どうしても我慢できずに見てしまうのが人情であり、パテックラバーの性ではある。
しかしながら本年は出来るだけ初見での素直な評価を大事にして変な先入観を排除すべく、敢えて出発前に速報をブログアップしない事にした。
寡作傾向は今年も継続されるのか、大量の生産中止が発表されたカラトラバの再構築はどうなるのか。昨年、久々に新作がリリースされたノーチラスとアクアノートは、また数年間の新作ブランクとなるのか、アニバーサリーとしての創業180周年、トラベルタイム(1959年初出)の60周年はチョッと弱い気がするし昨年パテック唯一のローズゴールドのペアモデルが発表されているし・・・興味の種は尽きないのだ。
でも今年は帰国後に現地での撮影画像も添えて、念入りに新作紹介ブログとバーゼル訪問記を書きたいと思っている。年間のブログ記事で最もアクセスも多いニューモデル紹介、鮮度も大事だが、実機を拝見しながら説明も聞くことで充実した実のある記事にできれば・・と思っております。

前回記事のノーチラス永久カレンダーと同様に2018新作で納期が遅れ気味で入荷が悪かった年次カレンダーの新色文字盤モデルRef.5205G。文字盤上半分に円弧形で3個の窓表示(aperture:アパーチャー)のカレンダーディスプレイがレイアウトされた独特な年次カレンダースタイルの初出は2010年。
_DSC9474.png
1996年に年次カレンダーファーストモデルが永久カレンダーの省略版ではなく、全く新しい歯車で構成する設計で開発された経緯は何度も紹介してきた。その進化系として針表示からよりトルクの必要なディスク表示によるダブルギッシェ(文字盤センター直上に左右隣接窓)スタイルのRef.5396が2006年に年次カレンダーの次男として追加リリースされた。ダブルギッシェレイアウトは1940年代から約40年間に渡って、永久カレンダーの代表的な顔として採用され続けたパテックの看板スターのマスクだ。その偉大なレジェンドを現代パテックの実用時計最前線に投入してきた事にパテック社の年次カレンダーに掛ける本気度合いを思い知らされた。

第3世代の5205のダイアルレイアウトでは、大きな窓枠が用いられる事で視認性がさらに高められた。またケース形状も大胆なコンケーブ(逆ぞり)ベゼルが表裏とも採用され、4本のラグには大胆な貫通穴が穿たれており、すこぶるモダンでスタイリッシュな3男が登場したわけだ。この斬新なケースデザインは、2006年の自社開発クロノグラフムーブメント第2弾CH 28-520 IRM QA 24Hを搭載して登場し、一躍人気モデルになったRef.5960Pにそのルーツを持つ。以降パテックコレクションの革新的なモデルに次々と採用され続けているアバンギャルドなフォルムだ。
_DSC7219.jpg
画像は2015年撮影分(5205G-010)流用。
実はこのブルー・ブラック・グラデーションという文字盤カラーに極めて近いダイアルカラーを持つモデルがある。残念ながら今年生産中止発表されたプラチナ製手巻クロノグラフRef.5170P。2017年に発表され個人的に大好きなこのモデルの文字盤色(日本語表記:ブラック・グラデーションのブルー・ソレイユ、英語表記では同一)と同じだろうという事で、昨年の発表時には大きすぎる期待を持ってバーゼルでの出会いを楽しみにしていた。履歴書や釣書(今や死語か)の写真でもよくある事ながら期待過剰で現物と対面すると今一つピンと来ない事が多い。この5205Gも同様で、実は対面後の個人的評価はあまり芳しい物ではなかった。恐らくバーインデックス内側の極細に抉られた円周サークルで内と外が分断される事で、面積的に5170Pのように濃青から黒色へのグラデーションがリニアに感じられないからだと思う。

この事は昨年夏の当店展示会で再開した展示サンプルでも、ほぼ同様の感触を得ていた。ところが改めて実機を撮影するために、じっくり眺めなおしてみると結構いい色なのである。一枚目の画像は結構にグラデーションが出た写り方なのだが、むしろグラデをさほど意識せずに単純なモノトーンカラーとして見た時に実に秀逸で高貴な濃紺の文字盤である事に改めて気づかされた。
従来機の文字盤チェンジモデルなのに入荷スピードが今一芳しく無かった要因は、文字盤供給だとしか思えない。たしかグラデーションを表現する吹付塗装はすこぶる微妙な手作業と聞いた。歩留まりも非常に悪いのだろう。


この時計敢えて欠点を言えば、少しスタイリッシュに過ぎる文字盤が、結構ファッションスタイルを絞り込んでしまう事かもしれない。フォーマル過ぎず、カジュアル過ぎずのスーツスタイルが基本。でも白シャツに濃紺スーツというビジネスシーンでの普遍にして王道に、これ以上心強い相棒はいないだろう。

Ref.5205G-013 年次カレンダー
ケース径:40.0mm ケース厚:11.36mm ラグ×美錠幅:20×16mm 
防水:3気圧
ケースバリエーション:WGRG別ダイアル有
文字盤:ブルー ・ブラック・グラデーション、ゴールド植字インデックス
ストラップ:ブリリアント(艶有)・ブラック アリゲーター 
バックル:フォールディング(Fold-over-clasp)
価格、在庫:お問い合わせください


搭載キャリバーは21金フルローターを採用したパテックを代表する自動巻きCal.324に年次カレンダーモジュールを組込んでいる。
カレンダー系の操作は禁止時間帯等あって気を使うが、パテックの場合は殆どの物が午前6時(例外あり)に時刻を合わせてプッシュ操作を行う。ムーンフェイズはいつもネット検索して確認していたが、パテックHP内にある確認ページが結構便利である。
5205GBC.png

Caliber 324 S QA LU 24H/206

直径:32.6mm 厚み:5.78mm 部品点数:356個 石数:34個 受け:10枚 
パワーリザーブ:最低35時間~最大45時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動 
ローター:21金ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)
PATEK PHILIPPE 公式ページ

撮影、文責:乾

_DSC9455.png
ノーチラスの撮影はいつも簡単。ほんとに早い。ケースとブレスにサテン仕上げが多くて映り込みが非常に少ない。文字盤も微妙にマット調の仕上がりなので何も工夫せずともしっとりと美しく写ってくれる。上の画像も下の少し寄り気味にしてダイアルのグラデーションを少し表現したカットも埃の除去以外は、全く画像修正をしていない。もちろん時計そのものが抜群に美しく、素晴らしいブルーカラーがあってこそなのは言うまでもない。ちなみに画像中央下部の青い奇妙な映り込みはバックルの保護シール。

パテック社の期初は2月からなので今期の初荷が、待ちに待ったノーチラスの永久カレンダーだったのは何とも喜ばしい。本来は昨年のニューモデルなので、前期末の1月末までに入荷予定だった。しかし入荷状況が非常に悪いとはPPJからは聞いていたので、ご注文者様にもしばしのご辛抱をお願いしていた。結果的には10日程度の納期遅れでの入荷となった。
ところが残り物には副が有るようで、このたったの数日の遅れには小さなサプライズが付いてきた。チョッと此処には書けないが、店頭でならお相手次第ではお話出来るかも。
_DSC9461.png
このモデルの遺伝子は3年前のノーチラス発売40周年に当たる2016年に記念限定でリリースされた2モデル。すなわちWG素材でジャンボサイズが採用されたフライバッククロノグラフRef5976Gとノーマルサイズでプラチナ素材の3針モデルRef.5711/1Pの両モデルと全く同一な文字盤色となっている。上の画像では人気のSSノーチラス5711と5712のブラックブルーダイアル程ではないがブルーの濃淡がハイライトとシャドウに浮いて出ており魅惑的な表情を見せている。
さて複雑機能を備えている事とWGでの同一素材という点で今回の永久カレンダーモデルは、3年前の限定クロノグラフモデルにより近しいと言える。しかしながら決定的に違うのはそのケースサイズである。クロノグラフはセンターローター自動巻機構と垂直クラッチ方式でクロノグラフへトルクを伝達するスタイルが採用された厚み(6.63mm)のあるCal.CH28-520が搭載された。結果ケースの厚みも12.16mmとノーチラスでは最厚に近い厚みが有った。さらに定番のクロノグラフ5980系が機能付きノーチラスの主要サイズである40.5mmに収まっているのに、敢えて44mmというジャンボサイズにアップサイジングされた。かくして312グラムという筋トレにも使えそうなヘビー級の時計が出来上がった。これに対して5740はグランドコンプリケーションにもかかわらず40mm径というシンプル系ノーチラスと同サイズが採用された。さらに驚くのはその厚みで、シリーズ最薄モデルの3針5711にたった0.12mm加えただけの8.42mmに仕上げられている。これは従来の永久カレンダーモデルにも多用されている極薄ベースキャリバーCal.240の貢献が大きい。この22金のマイクロローター方式の名キャリバーの設計は1977年にまで遡り、40年以上もパテックコレクションの主要エンジンとして現役バリバリである。パテックムーブメントには本当に長寿命のものが多い。

このCal.240ベースの永久カレンダームーブは通常ケースサイドにあるコレクターと呼ばれるプッシュボタンで各カレンダーの調整を行う。下図の左が従来のラウンドケースの永久カレンダー。四か所にプッシュボタンA~Dがあるが、C,Dのボタンは曜日と日付ディスクの直近にあってアクセスが非常に良さそうだ。A,Bは対応する日付と月・閏年ディスクから離れてはいるがプッシュボタンを押す方向はムーブメント内側に向かっている。
corrector.gif
右のノーチラスケースではその独特なケース形状から9時位置の曜日調整のCボタン以外の三つのボタンは、ブレスレットの付け根付近にリプレースされている。さらにBボタンの矢印のようにあくまでプッシュ方向はケース面に垂直にせざるを得ないのでムーブメントの外縁辺りしかアクセスしえない。パテックはこれを解決するために直線的にディスクへ直接アクセスするのではなく、途中で方向転換する為の特殊な伝達機構を設けてこの問題を解決したようだ。恐らくこのニューモデルの納期が、遅れ気味になったのはこの調整部分の作りこみに手間と時間を取られたのではないかと思っている。
5740side.png
左が9時側、右がリューズ側のケースサイドビュー。コレクタープッシュボタン位置とケースとブレスレットの薄さに注目。3針モデルの5711/1Aと見た目に違いが無い。ちなみに同じベースキャリバーCal.240にパワーリザーブとムーンフェイズを乗せた人気モデルの"5712通称プチコン"のケース厚は8.52mm。カムやらレバーやらメカメカしい大道具が詰め込まれたモジュールが組み込まれた永久カレンダーの方が僅かながら0.1mmケース上で薄く仕上がっているのが凄い。さらに言えば現行のパテックフィリップ永久カレンダーラインナップで最薄モデルである。今年生産中止が発表されたクッションケースのRef.5940の8.48mmがそれまでのチャンピオンだったが、僅かながらそれを凌いでいる。スポーティなスタイリングや防水仕様から何となく骨太で厚みもありそうな印象をノーチラスは漂わせているが、ジェンタ考案の耳付き構造ケースは薄いムーブを究極に追い込んで包み込んでしまうようだ。
さて、一昨年(たぶん)迄はパテックの永久カレンダーには通常モデルのコレクションボックスではない少し大きめのワインダー内蔵タイプのボックスが用意されていた。昨年度からはこのボックス型ではない専用の独立したワインダー(SELF-WINDER CYLINDER)が用意されるようになった。
Silinder.png
交流電源ではなく単4リチウム/アルカリ電池を4本内蔵しておりその寿命は2500時間。フルローター自動巻キャリバー324ベースの永久カレンダーでは一日当たり960回転でおよそ2年で電池交換。巻き上げ効率で多少劣るマイクロローターのCal.240とR27ベースの場合は1日に1440回転となっているので、記載は無いが一年半という事になるのか。尚、出荷段階のデフォルト設定は1440回転で、本体のスイッチはスタートのオンオフだけしかできない。324ベースキャリバー用の960回転への設定変更は、スマートフォンにAPPまたはグーグルプレイから"PP Cilinder"のアプリをダウンロードし、ブルートゥースを介して操作することになる。個人的には何で此処だけ急にデジタルチックにするのかが不可解である。単純に切り替えスイッチ一個で済ませば良いのに・・まあ個人所有のスマホには既にアプリはダウンロード済みではあります。いやいや、永久カレンダーは持っていません。あくまでお客様サポート用です。

今回はご購入のお客様のご了解を得て、実機撮影が叶い記事も書けた。本当に感謝しております。ありがとうございました。
尚、かなりの高額商品にも関わらず顧客様のウエイティングがそこそこ有って、ご新規様の新たなご予約は困難な状況です。ご販売を必ずしもお約束出来ないご登録は店頭でのみ受けております。悪しからずご了承ください。

Ref.5740/1Gー001 自動巻永久カレンダー
ケース径:40mm ケース厚:8.42mm(永久カレンダーラインナップ中最薄、2019年2月時点) 
防水:60m 重量:205g
ケースバリエーション:WGのみ 
文字盤: ブルー サンバースト 蓄光塗料塗布のゴールド植字インデックス
バックル:ニュータイプ両観音クラスプ
裏蓋:サファイアクリスタルバック ※ノーマルケースバックは付属しません。
付属:セルフ-ワインダー シリンダ―(自動巻き上げ機)
価格:お問い合わせください

_DSC9470.png
肉眼だと
並べなければステンレスとの色目の違いが解りづらいが、画像撮影すると結構な黄味を帯びていることがわかる。個人的にはステンレスやプラチナのピュアな銀色と違って温かみがある色だと思っている。永久カレンダー機構は総て文字盤側に組まれているので、スケルトンバックから望むのはCal.240の見慣れた後ろ姿だ。

Caliber 240 Q 

直径:27.5mm 厚み:3.88mm 部品点数:275個 石数:27個 受けの枚数:8枚
パワーリザーブ:最低38-最長48時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:21,600振動 
ローター:22金マイクロローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)

撮影、文責:乾

インスタグラムアカウントinstagram作成しました。投稿はかなりゆっくりですが・・

今年は少し早かった。昨日、次の記事が生産中止だろうと書いたが、翌日(2/2)に早くも通達がやってきたわけだ。皆さんご興味のある所なので、例年のごとく後日加筆覚悟でさっそくご紹介。

斜体文字のRef.は今日現在で当店在庫有り。尚、生産中止発表後にひょっこりと対照モデルが入荷することがある。客注の場合も、そうでない場合もある。あくまで2019年のどこかで生産を打ち切る予定リストなので、現在仕掛かっている製品もあるだろうし、これから仕掛かり年度内に出荷もあるかもしれない。希望的とは言えないが本発表が、即絶望とも言い切れない。一生懸命探しますので、ダメもとのお覚悟ならお声がけください。よろしくお願いします。(2/3加筆)


メンズ31型


超絶系?
6300G-001グランドマスターチャイム
ミニットリピーター
5539G-0105304R-001
※3モデル全て時価(Price on riquest)
6300_5539_5304_341_b.png
スプリットセコンドクロノグラフ
5204P-0115950R-001 ※2モデル共に時価(Price on riquest)
永久カレンダー
5940R-001
5204_5950_5940.png
年次カレンダー
5146P-0015146/1J-0015146/1R-0015146/1G-0015146/1G-010
5235G-0015396R-0125396G-0145396R-014
5146_PJR_b.png
5146_G_001_010_5235.png
5396G_014_R_012_014.png
クロノグラフ
5170P-001
5170P-001.png
カラトラバ
5119J-0015119G-0015119R-001
5296G-0015296R-0015296G-0105296R-010
5227G-0015153J-0015153G-0105153R-001
5119JGR.png
5296G_001_R001.png
5296G_010_R010_5227G_001.png
5153JGR.png
ゴンドーロ
5124J-0015124G-011
5124JG.png
ノーチラス
5726/1A-0015726/1A-010
5726_1A_001_010.png
2017年度27型、昨年2018年度が20型、そして今年が31型。今年は大量ディスコンの年だ。永久カレンダーまでのグランドコンプリケーション6型はこんなもんでしょう。6300グランドマスターチャイムは恐らく世界中で現実的にオーナーになりたい方(なれる方)の受注が一通り終わったのか。通称TVスクリーンと呼ばれる個性的かつ人気の永久カレンダー5940はリファレンスそのものが姿を消すことになった。ラトラパンテの5950も無くなってクッションケースがラインナップからグッバイする事態になった。
年次カレンダーはややマニアックなモデルとそんなにご要望のなかったメタルブレスがごっそりと鬼籍に入った。ノーチラスを除きメタルブレスは、ほぼ絶滅危惧種になりつつある。
個人的にお気に入りの手巻きクロノ5170Pは2年で姿を消す。結構将来の資産価値が期待できるレアモデルだったりして。
そして衝撃のカラトラバ。11型のドロップが今年の大量ディスコンの根幹だ。昨年の5116Rに続いてクルドパリベゼルの名作5119が全モデル生産中止。同じくド定番のクンロク自動巻5296も4型全廃となった。あまりにお気の毒で掛ける言葉もありません。ハンターケース系はオフィサータイプの5153が全部サヨウナラ。
ゴンドーロはメンズで唯一残留していたレクタンギュラーケースの5124が消えてレディスオンリーのシリーズとなってしまった。ああバッサリ!(2/3加筆)
さらに衝撃はノーチラスにも、しぶとい人気の年次カレンダーステンレスブレス2色が鬼籍に入ってストラップモデルのみ徳俵で残った。

レディス12型

コンプリケーション(ムーンフェイズ)
7121/1J-0014968/400R-001
7121_1J_4968_400R.png
カラトラバ
4899/900G-0017122/200G-0017122/200R-001
7122_200G_7122_200GR.png
ノーチラス
7018/1A-0017018/1A-0107018/1A-011
7014/1G-0017014/1R-0017021/1G-0017021/1R-001

7018_1A_001_010_011.png

7021_1GR_7021_1GR.png
レディスの12型も、2017年度10型、昨年2018年の6型から見て結構な見直しとなった。ただその内半分はかなりな宝飾モデルで目垢も付きやすく、買うべき方が一巡すればあまり長く継続すべきではないだろう。個人的にはステンレスノーチラス自動巻で33.6mmと小ぶりで日本人にグッドサイズだった7018全廃は残念だ。

数年に渡る大胆なラインナップ見直しの一方で、昨年の新製品はメンズ12型、レディスはたった3型。一昨年2017年はそれぞれ17型と8型なので近年は寡作化が進行している。結果コレクション全体がシェイプアップされ続けている事になる。かといって生産能力はリストラされている訳ではなく、新工場を現本社工場に隣接して建設中であり、二年ほど前のスイス時計産業不振時期には他の時計コングロマリットが放出した技術者達を積極的に雇用したパテック社の生産余力はむしろ充実傾向にある。
理由として考えられるのは、P社自身も唱えているさらなるクオリティアップ。そしてアフターサービスの充実あたりだろう。決して1モデル当たりの生産本数を全体に底上げするような事はして欲しくないと願っている。
しかし毎年感心するのは、どこの誰がリーク元か知らないが、年末あたりから真しやかに流れている根も葉もない(と言い切れるのか?)生産中止の怪情報がほぼ十中八九的中している事である。そして僅かながら2019新製品の怪情報も添えられているのだが、さすがに現段階では立場上言及できない。ただし本当ならとっても嬉しい内容なのだが・・
今年のバーゼルは3月21日(木)から開催される。例年通りであれば9時間時差のある現地21日午前0時(たぶん)、日本時間午前9時にはP社公式HPで新製品の全貌が発表されるはずだ。個人的には大きなまとまりを欠いたカラトラバシリーズのラインナップ再構築が最も気になるところである。(2/3加筆)

今年はカタログへのリンクだけではなく、判りやすく商品画像も貼る予定。考察ももう少し書き足したい。でもこの手の情報は鮮度が命なので取り急ぎひとまずアップ致します。明日以降加筆予定。速記記事ゆえ多少の誤字・リンク誤りはご容赦ください。

文責:乾

インスタグラムアカウントinstagram作成しました。投稿はかなりゆっくりですが・・

ついこの間、雑煮とおせちを頂いたばかりなのに目も前に鰯と恵方巻がちらついている。なんという時の流れの早いこと。一か月は1時間で言えば5分に値するが、この間何をしたと言う訳でもないが、店は結構賑わいもあってお陰様な結果が残せそうである。感謝!感謝!
一月末はパテックフィリップにとっては節目で会計年度の年度末に当たる。ロレックスなどは年度末(12月末)が近づくと入荷が少なくなる傾向があったが、パテックはこの12月から1月にかけて入荷がすこぶる良かった。多くが客注分とイレギュラーの店頭分の入荷。パテックの売上げというのは客注商品の入荷次第というところがあるので全国的にここ数ヶ月は相当な売上げに成っているはずだ。

今回はそんな状況で入荷してきた年次カレンダー2本を紹介したい。まずは1996年の年次カレンダーデビューモデルRef.5035のダイアルレイアウトを引き継ぐ血族直系であるRef.5146。ローズゴールドケースにクリーム色のラッカーで仕上げられた文字盤がセットされた何とも優し気なカラーリングの一本。
_DSC9441.png
このモデル自体は既に紹介済みなので細かくはそちらを見ていただくとして今回は文字盤のデザインについて少々掘り下げてみたい。
文字盤中心から少し上に左右に並ぶ"曜日"と"月"の指針表示は古くからパテックが永久カレンダーで採用してきたレイアウトパターンなのだが年次カレンダーのそれは、両サークルがかなり寄り目でかつセンター指針と一直線では無く上側にシフトされている点で、似て非なる印象を受ける。
5035.jpg
1996年にファーストモデルとして発表されたRef.5035からこの部分は変更がなく、このモデル系列の決定的な遺伝子的要素と言える。6時位置のディスクスタイルの日付表示も同様である。進化した点は1998年に業界に先駆けて初採用された12時直下のパワーリザーブ機構である。パテックにはともかく"時計業界初"が多い。同時にムーンフェイズも追加されて、それまでの24時間表示位置に取って代わって備えられるようになった。その結果パワーリザーブ表示に追いやられたブランドロゴが行き場を失ってダイアル下部の6時位置に配された為に24時間表示が、そのとばっちりで消去されてしまった。
しかし、中央より下側にブランドロゴがレイアウトされるのはかなりレアケース。現行モデルではセレスティアルシリーズとノーチラスのトラベルタイムクロノグラフRef.5990のみだ。ダイアルセンターの右側にエングレーブでロゴ配置されるのが、12時側にも6時側にもスペースが全くない年次カレンダーレギュレーターのRef.5235G。また超絶系のリバーシブルウオッチのグランドマスターチャイムRef.6300はカレンダー側(裏側?)にはスペースが全く無く、時間表示サイド(表側?)のセンター指針の両側に振り分けてかろうじてロゴを表示している。極めつけは文字盤に全くスペースが無いためにベゼルに無理やりっぽく刻印されるプラチナのワールドタイムRef.5131P。多軸やディスプレイが多すぎるのも悩みのタネのようでデザイナーの苦労もさぞやと思う。
PPlogo_etc_800_b.png
最後にこのモデルのセールストークを少し。現在年次の定番は3型あるが、パワーリザーブ付きの5146が価格的には一番お買い得である。他の2モデルは同素材なら価格も同じでケースが凝っているRef.5205が通常尾錠、ごくノーマルなクンロクケースを纏うRef.5396(後述)が折畳み式バックルの違いがある。折畳みバックル付きの5146はRG・WG素材なら両者に比べ税別約70万円以上お安い価格設定。この価格差は魅力だ。


Ref.5146R-001 年次カレンダー

ケース径:39.0mm ケース厚:11.23mm ラグ×美錠幅:20×16mm 
防水:3気圧
ケースバリエーション:RG WG(別ダイアル有YG(別ダイアル有) PT ※別途ブレスレットモデル有り
文字盤:クリームラッカー、ゴールド植字インデックス
ストラップ:マット(艶無)チョコレートブラウンアリゲーター
バックル:フォールデイング(Fold-over-clasp)
価格:お問い合わせください。
在庫:2019年2月1日現在有ります。

5146R_cs_800.png
Caliber 324 S IRM QA LU

直径:30mm 厚み:5.32mm 部品点数:355個 石数:36個 受け:10枚 
パワーリザーブ:最低35時間~最大45時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動 
ローター:21金ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)


さて、今回は二番煎じで中身が薄い分、もう一服としてさらに年次カレンダー入荷モデルを追加紹介。
5396_1901_800.png
2006年に年次カレンダーの2番目のシリーズとして発表されたRef.5396。通称ダブルギッシェ(二つの小窓)と言われるセンター指針の直上に左右に狭い間隔で"曜日"と"月"が並ぶレイアウト。もともとは1900年代半ばから1980年代までもっぱらパテックの永久カレンダーのド定番顔として採用され続けていた由緒正しいマスクである。その特徴的なレイアウトはそのままに6時側インダイアルで針表示していた日付をより実用的な小窓のディスク表示にし、インダイアル指針は24時間表示として時刻合わせをすこしでも容易にする機能を持たせた。この伝統的なレイアウトはクロノグラフと組み合わされる永久カレンダーではずっと採用され続けている。しかしシンプル永久カレンダーとしては2017年発表のRef.5320で久々にリバイバルされたのが記憶に新しい。
さて、しばしば触れているがわが愛機はこのモデルのローズゴールド版である。早いもので愛用歴は3年半になる。精度も調子もすこぶる良いのだが、少し小言もあって、まず搭載キャリバーののCal.324は現在パテックの主流のフルローター自動巻ベースムーブメント。だがパワーリザーブが最大で45時間しかない。10年前なら常識的な長さだが今日に於いては少々短い気がする。72時間駆動するグランドセイコーの愛機と交互に着用することが多いが、たった28時間の差が実用度合いに大きく影響する。
2番目には時間合わせ運針がローギヤで辛気臭い。輪列保護の為にはこのローギヤードが良いのだろうけれど高級実用ブランドであるロレックスやグランドセイコーと比べ非常に遅い。車で言うと2速と4速くらいの違いを感じる。特に年次カレンダーの場合パワリザ不足からの止まった場合は1~2日の遅れであれば一々小さなコレクターを何か所も調整するよりも時刻を手動で進めた方が楽なのだが、忙しい出勤前などはこれが何ともまどろっこしい。近い将来の改良を願う。
そして自分の不注意から一か所不調を抱えている。月齢の調整コレクターがサクサクと押せないのだ。おそらく原因は安価な爪楊枝でコレクターを押した際に先端が微細に砕けてコレクター内に粉末として混入したのだろう。パテックフィリップの取扱説明書には必ず付属の調整ピン(金属製)の使用を限定している。しかし現実的にはコレクターとその周辺のケースにも傷がつきそうな付属ピンはチョッと使う気になれない。当店では原理原則をご説明した上で、自身の失敗から考察して現在は女性がネイルケアの際に使用する木製のスティックを個人責任で使っていただくようにお渡ししている。だがさらに良いものがないか常に日ごろから目を凝らしている。多分非常に硬い竹製で先端がごくわずかに丸められていて軸にはそれなりの太さと長さのある様なものがほしいと思っている。どなたかおすすめのツールがあれば是非コメントください。
閑話休題、現在5396のバリエーションは6型。その内4型は2016年以降の発表なのでバリエーションが増えているモデルである。それと対照的にアバンギャルドなデザインのRef.5205は昨年発表のWG素材のブルーブラック文字盤を入れて僅か3型に集約されてしまっている。個人的にはいづれも甲乙つけがたい素敵な年次カレンダーだと思っているのだが・・

何とか本稿は1月中に今年2本目として掲載したかったのだが、月末に"どうしても源泉かけ流しに行きたい病"を発症して臨時休業をいただき本日のアップとなった。そして例年通りであれば、次の記事は生産中止モデルの発表という事になる。これも例年のことながら年末くらいからディスコンにまつわる色々な詮索話をお客様から伺うことがあった。さすがに此処には書かないが興味深いお噂もあって、あと数日を心待ちにしている。

Ref.5396G-011年次カレンダー
ケース径:38.5mm ケース厚:11.2mm ラグ×美錠幅:21×16mm 
防水:3気圧
ケースバリエーション:WG別ダイアル有)、RG別ダイアル1

文字盤:シルバーオパーリン ゴールド植字インデックス
ストラップ:シャイニー(艶有)ブラックアリゲーター 
バックル:フォールデイング(Fold-over-clasp)
価格:お問い合わせください。
在庫:2019年2月1日現在有ります。

5396g_bc.png

Caliber 324 S QA LU 24H/303

直径:33.3mm 厚み:5.78mm 部品点数:347個 石数:34個 受け:10枚 
パワーリザーブ:最低35時間~最大45時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動 
ローター:21金ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)

PATEK PHILIPPE 公式ページ

文責、撮影、修正:乾

インスタグラムアカウントinstagram作成しました。

新年あけましておめでとうございます。元旦恒例の二月堂初詣、今年の御籤は"吉"。亥年は人生6回目、そう年男の今年は還暦を12月に控えて、一杯良い事が起きそうな予感が有りながらも過去かなり裏切られてきたこの身は、今のところは身構えとくしかない。とりあえず奈良の三が日は日本晴れで、二日からの初売りもそこそこ好調なスタート。晴れ男効果があったようで気分は悪くない。本年もどうぞ宜しくお付き合いください。月2回で年24本の投稿を目指して・・
結局、昨年12月はたったの1回しか記事投稿出来なかった。一年間では23本でまあまあながら、生産終了とバーゼルでの新作発表へと話題が連続する2月~4月に大半が偏っている。例年5月以降がネタもスタミナも切れてきて失速してしまう。新作の入荷は早くて8月後半からなので、初夏から秋口まで紹介済みの定番モデルを再度、別の切り口で取り上げる事とでもしようか。まあ「美味しい二番煎じ茶をどうぞ」てなもんです。

で、平成31年の書初めネタは手前味噌なストラップ話。愛用機Ref.5396R-011年次カレンダーのストラップは、折畳み式のフォールドオーバークラスプ(以後:FD)にシャイニー(艶有り)のチョコレートブラウンがデフォルト。実は見た目はそのままでいじっておりまして、まず寸短ストラップを調達し6時側のみ1cm短くしてケース本体が手首内側(親指側)に来るようにいじってみた。ところがクラスプの曲がり形状のせいか思ったように手前にケースが寄ってくれない。仕方がないので逆に12時側を短くし直した上で12時側と6時側を逆に着けてみた。脱着時に違和感があるが、かなり装着感は改善した。
しかしひょっとしたらピンバックル(通常尾錠、以後:BD)の方が、きっと着け心地が良いのではないか?という疑問がムクムク湧いてきた。ローズゴールドの16mm巾ピンバックル(税別82,000円)とチョコレートブラウンの21-16mm巾ピンバックル用ラージスクエア(竹符)アリゲーターストラップ(税別47,000円)を調達した。因みにマシンステッチタイプで、ハンドステッチ手縫いタイプは税別4,000円高くなる。見分け方は簡単で、ストラップの裏地に"Cousu main"とあれば手縫い(ハンドステッチ)という事になる。Cousuは仏語で"縫う"、mainは"手"の意味。
_DSC9343.png
_DSC9374.png_DSC9385.png
ところで価格表には記載のある玉符(ラウンドスケール)だがデフォルト(初期設定)で装備されているモデルは無い。パテックフィリップジャパンにも在庫が全く無い。ストラップカタログには画像付きでそれなりのページが割かれているのだから、スイスオーダーをすれば忘れた頃に入荷はするのだろうけれど・・要は実体が備わっていない幻のラインナップのようで、これはこれで気になる。竹符に較べて高級感に欠けると言われている玉符、殆どのブランドで使われている感じが無いが、メリットとしては竹符のように符の部分での割れトラブルが少なく、しなやかで丈夫だとも聞く。いつか試してみたい素材ではある。
round_scale.png
そして価格面もメリットがあった(過去形)。今回調達のストラップなら税別34,000円と3割近くお安かったのだ。ところが話はコレで終わらない。昨年の後半から初期設定の無いストラップは完全な1本づくりのスペシャルオーダー料金税別13,000円が加算されるので、結局税別47,000円と同額になるようになってしまった。これで益々玉符のオーダーは、限りなく非現実的になった。まるで日陰者が奈落に突き落とされて、もう二度と日の目を見ることが出来なくなった様な印象だ。
ついでにシャイニーブラックのFD用ハンドステッチアリゲーターが、訳あって手元に余っていたのでブラックのビジネスシューズに併せられるようにFDに装着してセカンドストラップとする事にした。パテックフィリップの殆どのレザーストラップ仕様は、いわゆるイージークリック方式が採用されており、誰でも爪を使って簡単に脱着が可能だ。只し外したストラップから専用のバネ棒を一旦抜いて、新たに着替えるストラップに差し替えてやらないといけない。大して面倒ではないが、何となく貧乏くさいのと毎回抜き差ししていると傷みが進行しそうな気がしたので思い切って18金ローズのバネ棒2本(1本が税別1万円)を追加調達。これでトータルの調達コストは税抜149,000円。
_DSC9402.png
左がブラウンBD、右がブラックFDを装着した5396R-011。
で、肝心の着け心地だが思い通りピンバックルのBD仕様が一番しっくりしている。ブラックのFDもブラウン時代よりフィットする感覚がある。天然素材なので硬さは個体差があるし、竹符の場合は符と符の境界線で曲がりやすいので、着け心地は個体ごとに微妙に変わる。厚みも重要で、薄いケースに厚みのあるストラップは合わないし、その逆もまたしかりである。厚さはパテックの初期設定を絶対に守るべきである。最初は見慣れないブラックと5396Rの組み合わせに違和感を覚えるスタッフもいたが、これは慣れの問題で、ムーンフェイズディスクが黒ベースなので合わないわけがない。大変気に入っている。所有する紳士靴ラインナップは黒:茶:その他=5:3:2なので出勤の最大8割での出番が可能となった。因みにストラップ交換に要する時間は私で約30~40秒程度。慣れない人でも1分もあれば十分だろう。

年の初めに細かい小ネタですみませんが、折角の愛用機の出番を増やしてやりませんかというご提案でした。

文責、撮影:乾

今年も残りわずか。一体いくつ記事が書けるのか?いつもは枯渇気味のネタが珍しくある。11月に客注品がまとめて入ってきたお陰で新製品で2本は書けるし、些末な事ながら自身の5396R年次カレンダーのストラップ&バックル交換という小ネタもある。無いのは気力と時間。手つかずの年賀状も気が重いけどお歳暮は済ませた事だし、まあやれるとこまでやりますか。
今年は新作が寡作でメンズ8型、レディス3型。そのメンズもゴールデンイリプスのプラチナはたった100本限定の激レアだったのでレギュラー的なニューモデルはわずか7型しかなかった。ところがどっこい、寡作にして珠玉品度合いが高くその密度は大層に濃厚であった。特にノーチラス初の永久カレンダーとアクアノート初のクロノグラフには本当に多くの方からお声を掛けていただいた。
このうちノーチラス永久は相当に入荷状況が悪いらしく既に日本入荷の実績はあるもののコンスタントとは言えないらしい。今期末の来年1月末が迫る中、かなりのバックオーダーを残しつつもスイスパテック社から次年度への明確なキャリーオーバー(持ち越し)宣言は未だ無いとの事なので、ここは残り僅かの日々を気短に待つしかない。

と言う訳で、今回ご紹介は先に入荷してきた人気のニューモデル5968A-001アクアノート ジャンボ フライバッククロノグラフ。
5968a_001.png
サイズは大きく通称"JUMBO"と言われるジャンボサイズの42.2mmである。これは昨年発表されて話題の人気モデルRef.5168G-001と同サイズなのだが、各ブランドのケース径拡大化戦略によって、今日ではメンズの普通サイズである。逆に言えば従来のアクアノートレギュラーサイズ40.8mmがスポーツラグジュアリーウオッチのジャンルにおいてはやや小ぶりと捉えたほうがコンテンポラリーな認識と言えよう。
男女関係同様に顔の好き嫌いはしっかりあるフェイスだろう。いわゆる灰汁のの強い顔立ちで「一目惚れ系」のご尊顔(おっと!殺しちゃいけない・・けど、悩殺される色気が漂うのだナァ~)ダークグレーにフラッシュオレンジの差し色は、漆黒のチャイナドレスのスリットからチラリと覗くセクシーダイナマイト(古っ!)な怪しい蝋蜜の太腿のようである。まだトロピカルラバーが出荷設定の黒はチラリズムの世界に収まっているが、付属のオレンジはいけない。危ない。やばい。やりすぎやでお嬢ちゃん!ナイスバディのくびれ全開のビキニ状態やん。
_DSC9352.png
今回お買い上げのお客様のご希望でオレンジストラップにチェンジして納品をさせて頂いたが、このストラップチェンジはバネ棒位置が結構深めで、それなりの工具と経験が必要である。全国の正規販売店にはパテック社からは必要工具セット(多分自費購入すれば数十万円はしそう)が貸与されているのだが、不思議なことにこの作業用の工具が含まれていない。当店ではブライトリングから購入した専用工具(ベルジョン製でブランド名入り)で対応した。お客様の撮影許可も頂けたので黒とオレンジ両色での撮像が可能となった。
このモデルはパテックには珍しく個性がバリバリに強く押し出されている。好き嫌いがはっきり別れる時計であろう。でも、惚れた人にはたまらんのやろなァ~
_DSC9351.png
尚、スペアストラップ入れは従来通りのものが付属されている。

バックルは新型である。従来はS字というかZ字状のスタイルであったが左右対称のカラトラバ十字がデザインされたニュータイプが採用されている。
_DSC9355.png
バックルセンターのPATEK PHILIPPEロゴマークの左右上下に4か所の短い凸状の突起があって、ここが両サイドの両観音バックル部の凹部(下画像の青丸部)に噛み合って閉まる構造である。外す際はPPロゴ上下の長方形ボタン?を両側から抓むことでリリースされる。
_DSC9356.png
ストラップ繋がりでバックル解説へと枝葉末節気味の紹介となってしまった。心臓部分のムーブメント紹介へと話を本筋に戻したい。と言ってもこのキャリバーは初出ではなく2006年1月にクロノグラフキャリバー自社一貫設計開発製造計画の一環としてフライバッククロノグラフ年次カレンダーRef.5960Pに積まれたのが源流である。同年の10月にはノーチラス初のクロノグラフモデルRef.5980/1Aに年次カレンダーモジュールとパワーリザーブを盛り込まないシンプルなフライバッククロノキャリバーCal.CH28-520 C系として初搭載されたエンジンが、12年の実績を経て今回のモデルにも採用されている。キャリバーの詳細はコチラの過去記事よりご覧いただきたい。

Ref.5968A-001
ケース径:42.2mm(10-4時方向)ケース厚:11.9mm ラグ×美錠幅:22×18mm
防水:120m ねじ込みリューズ仕様
ケースバリエーション:SSのみ 
文字盤:ブラックエンボス 蓄光塗料付ゴールド植字インデックス
針:時分針18金WG製、クロノグラフ秒針及び60分針はいづれも真鍮製
ストラップ:ブラックコンポジット《トロピカル》ストラップ(ラバー)
オレンジコンポジット《トロピカル》ストラップ(ラバー)が付属
アクアノート フォールドオーバー クラスプ付き
コレクタープッシュピン:黒檀と18金WG製

_DSC9348.png

Caliber CH 28-520 C/528 フルローター自動巻フライバッククロノグラフムーブメント
コラムホイール、垂直クラッチ採用
直径:30mm 厚み:6.63mm(ベースキャリバー5.2mm、カレンダーモジュール1.43mm)
部品点数:308個 石数:32個 
パワーリザーブ:最低45時間-最長55時間(クロノグラフ作動時とも)
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)DRIE製法による

」」\\
振動数:28,800振動
ローター:21金ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)
価格:お問い合わせください。

PATEK PHILIPPE 公式ページ
 

文責、撮影、画像レタッチ:乾

在庫状況:お問い合わせ下さい。かなり・・・ですが




To write or not to write,That is the question?
書くべきか、書かぬべきか?文豪並みに悩む文才の無い乾です。何故か偶然に重なったご客注品の入荷。納品は保証書同時納品ルールによって定休前の火曜日以降。でも2点は新作で撮影もしたい。12月と新年1月の販促の仕込みもあるし、先日のお痛のせいで両手の親指と人差し指が突き指でネクタイも結びにくいという状態で、受注も販売も出来ない決定品を並べても他ブランドを含めてご購入希望やメンテナンスでご来店されるお客様とのバッディングも怖いし・・あァ、もうェェ、いてまぇ、いざという時は相方や、姐や、姐のケセラセラや

Ref.5968A-001 アクアノート フライバッククロノグラフ ステンレススチール 2018NEW
※バーゼル以来、改めて見た付属のオレンジラバーストラップ、まるでフラッシュカラー。衝撃的インパクト!
Ref.5524R-001 カラトラバ パイロットトラベルタイム ローズゴールド 2018NEW
※WGの文字盤は青のマット調の単色で男っぽい。対してRGの艶感ありのブラウングラデーションは色気ありまくり。
Ref.5170P-001 グランドコンプリケーション 手巻きクログラフ プラチナ 2017
※二年前のノーチラス40周年限定2型で初出だったバゲットダイアのバーインデックスの好評さから採用されたと思われるパッと見はダイアに見えない奥ゆかしいラグジュアリー仕立てと脳天からコテンと悩殺されるブルグラ・・ホ、ホッ、欲し~い、心から想う久々の一本。気持ちは一杯いっぱいでもなんせお財布が・・・
Ref.5712/1A-001 ノーチラス プチコンプリケーション ステンレススチール 2006
Ref.5711/1A-010 説明不要
Ref.5167A-001 説明不要

誤解無きように書き添えますが、ほぼ全員に展示了解を得ていますし、許して下さる方の分しか展示しません。もちろんご了解を得られない方の納品待商品を並べるつもりもございません。
ご来店いただきケース内のみでのご対応で、手に取って頂いたり、ご着用はご遠慮いただきますのであらかじめご了解の程、お願いいたします。
受注可能なものもありますが、実績顧客様優先モデルが殆どです。
また、スタッフも少量限定?で充分なご対応がかなわない場合もございます。ご容赦下さい。

文責:乾

気がつけば平成で始まる最後の新年がもうそこまで・・例年の事と言いながら本当に年々過ぎ去る速度が速くなる。時の流れに携わる生業でありながら逃げるものを追い駆けているような気分に捉われる事しばしばである。そんなことだからブログもインスタも頻繁に空転期間が空いてしまう。
_DSC9336.png
さて、相変わらず人気の続くノーチラスシリーズ。最近はステンレスだけではなく素材や機能を問わずに人気が拡大しアクアノートも含めて不人気モデルが探せない状態である。正直言って加熱し過ぎ感が強い。
当店にはレアな旅行者のお客様も国籍を問わず全く同じ傾向にある。中国本土を例とすると現在2店舗(上海、北京)が正規店舗だが、非正規も含めてもう本当に手配が絶望的らしい。人口に対しての供給量のバランスが悪いのかもしれない。
さて、今回紹介はそんなレアノーチラスの中でもレア素材であるステンレス製年次カレンダーのブレスレットモデルRef.5726/1Aで文字盤は白(シルバリィホワイト)。強いて言えば人気はグレー(ブラックグラデーテッド)の方が高いのだが3針の5711同様に若々しさや清潔感が強く別モデルに見えてしまう。
グレーに設定があるレザーストラップモデルが白文字盤には無くステンレットブレスレットのみ用意されている。またメンズではステンレス素材のみの展開はこの年次カレンダーとトラベルタイムフライバッククロノグラフRef.5990の2モデルのみとなっているのも興味深い。
ちなみに当店では少し値の張る5990の方がチョッと人気が高い。ただカラトラバケースに収まったダブルギッシェ(12時下方に左右横並びに曜日と月がレイアウト)スタイルの年次カレンダーモデルRef.5396を愛用する我が身としては親しみを感じざるを得ない可愛いノーチラスである。
でもノーチのアイコンともいえる横ボーダーと角の取れ切ったひょうひょうとした八角形の緩いケース形状(個人的には"ナマズ顔"と密かに思っチョります)に収まりますと同じ時計が此処まで違う表情になってしまう面白さ。「似て非なるもの」では無く「似ずして同じもの」と言えばよいのだろうか。
_DSC9339.png
くどい程語ってきたノーチラスの魅力"薄さが実現する装着感"、流石にフルローター自動巻きCal.324ベース(厚さ3.3mm)に年次カレンダーモジュールを積み重ねて仕上がりムーブ厚5.78m、ケース厚11.3mmは3針の5711より3mm厚くなっている。ピンが覗く調整駒の厚みは全てのノーチラス(5990でさえも)で共通であり、シリーズ最薄の3針5711は見た目(実寸は?未検証の為)ケース側まで全駒が同厚であるのだが、5726ではケース側から5コマ目あたりはテーパーしながら厚みを減じているように見える。
「たかが3mm、されど3mm・・」両者の装着感は明らかに異なる。異なるが個人的には許せると言うかノーチラスの装着感自慢を実感できるレベルに充分収まっていると思う。明らかにシリーズ最厚のRef.5990の12.53mmケース厚とは着けた感は別物になっている。
フルローター自動巻をベースとしながら、ただでさえ厚みを食う垂直クラッチのフライバッククロノグラフとトラベルタイムと言うダブルファンクションを重ねれば当たり前の事で、むしろ良くこの厚さにまとめたパテックの技術力に脱帽かと思う。勿論この事は若干薄い年次カレンダー5726ではより顕著となる事は言うまでもない。
横顔の比較写真はRef.5990の過去記事よりどうぞ。

Ref.5726/1A-010

ケース径:40.5mm(10時ー4時方向) ケース厚:11.3mm 
防水:12気圧
ケースバリエーション:SS(白文字盤) SS(グレー文字盤) SS(グレー文字盤ストラップタイプ) 
文字盤:シルバリィホワイト 夜光付ゴールド植字インデックス
ブレスレット:両観音クラスプ付きステンレス3連ブレス 抜き打ちピン調節タイプ
価格:お問合せ下さい

Caliber 324 S QA LU 24H/303

直径:33.3mm 厚み:5.78mm 部品点数:347個 石数:34個 受け:10枚 
パワーリザーブ:最低35時間~最大45時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動 
ローター:21金ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)

PATEK PHILIPPE 公式ページ

文責:乾

在庫状況:11月20日時点あり




一年おきに開催されるオンリーウオッチのオークションはパテックファンにはお馴染みで過去にもご紹介してきた。難病(デュシェンヌ型筋ジストロフィー)の研究費捻出のためにパテックフィリップを始めとする著名ブランドが特別なユニークピース(一点もの)を製作しチャリティーオークションで競られた売上が寄付されるというものだ。
欧州には古くからノブレス・オブリージュなる言葉もあり、富める者は社会貢献の義務を・・と言う土壌がある。アメリカにもドリームを成し遂げた大富豪の莫大な寄付活動は一般的である。我が国にも立派な篤志家もいらっしゃるが金額の桁が比較にならないし、時々有言不実行?の方もいらっしゃる。むしろ災害時に駆け付ける一般庶民のボランティア精神の方が世界に誇れそうである。
オンリーウオッチ以外にもパテックフィリップは1994年からジュネーブに本拠としてChildren Actionなる世界7か国で医療・教育面等での支援活動を支えるために2005年から2年または3年おきにユニークピースを作っていたようだ。公式HPを見ていて最近初めて気がついた。勉強不足甚だしい。今年度の作品は先日紹介したカラトラバパイロットトラベルタイムRef.5524ベースのチタニウム素材モデル。英文のリリースが既に6月に発表されており、5月以降ジュネーブ・香港・ニューヨークで展示下見がなされつい先日ジュネーブのオークションハウス「クリスティーズ」監修で競られ230万スイスフラン(近日レートで約2億5800万円)で落札されている。仮に定番として市販されれば4~500万円?と推測するのでまあ凄まじい。
5524T_010_2018_1.png
公式に詳細説明があるが、過去に5モデル製作実績があり、2009年のRGトゥエンティフォー4920が18万CHF(約2千万円)、2012年のYGワールドタイムクロワゾネ5131が100万CHF、2015年年次カレンダーチタニウム5396Tが100万USDと共に1億円越えでエスカレートの一途だ。
このスペシャルピース、文字盤が変わっていて真鍮に黒色のニッケル仕上げに加えて縦に極細の筋目加工が手仕事でなされている。インデックスは18金WG植字アラビアでスーパールミノバがしっかり塗布されている。時分針は酸化処理で黒くされた鉄針。その(ローカル)時針に
隠されているホーム時針はスケルトンスタイルのスティール製、秒針はアルミニウム製で白黒ラッカー仕上げとある。
ストラップはVintage black calfskinとあって、知る限りパテックのコレクションでは初めてのエイジングトレンドが採用されている。サファイアの裏スケルトンクリスタルにはチャリティーの特別モデルである刻印「Children Action 2018」がエングレーブされている。

比売品なので商品スペック等は割愛いたします。

文責:乾



_DSC9276.png
パテック フィリップは同一デザインのペアウオッチと言うのが非常に少ないブランドだ。2015年度まではカラトラバのクルドパリベゼルが特徴的な手巻メンズRef.5119をダウンサイジングしたレディスRef.7119というズバリのペアモデルが存在した。そしてここ2年はカップルモデル根絶状態だったが、今年想像もしなかったペアウオッチの提案がなされた。
2015年に発表され、良くも悪くもパテックらしからぬ風貌でバーゼルワールドで最も話題を振りまいたWGのカラトラバ・パイロット・トラベルタイムRef.5524。賛否両論があったこのモデルは結局大人気となり今現在も品不足が続いている。このユニークなコンプリケーションにRGケースが追加素材として今年のバーゼルで発表された。特筆すべきは4.5mmサイズダウンされたパートナーとなるレディスモデルを伴っていたことだ。厳密に言えばローズゴールドの色目がレディスの方が微妙に赤く仕上げられているのだが見た目殆ど判らない。
さて、コンプリケーションとしてのトラベルタイムの歴史は既に60年近く有り、初出は1959年でジュネーブの天才時計師ルイ・コティエ氏が考案しパテックが特許取得した画期的でシンプルで操作性に優れたGMT機構。当時は1950年代に実用化が進んだジェット旅客機が一般化していった時代であり、裕福層旅行者に各ブランドからトラベル用腕時計の提案がなされていた。1957年ロレックスGMTマスター、1958年ブライトリングトランスオーシャン等が有名だが、単純な回転ベゼル機能やデザイン上でのイメージ訴求に過ぎなかった。その点においてパテックのトラベルタイム機構は画期的であったと思われる。1960年代後半から1990年代半ばまではトラベルタイムは殆ど生産されなかったようだが、スイス機械式時計の復活と共に再生産されるようになった。驚くのは初出の頃のシステムを殆どいじる事なしに現代に充分通用している事だ。
_DSC9271.png
5524カラトラバ・パイロット・トラベルタイムの詳細はホワイトゴールド5524Gの過去記事をご覧頂くとして、従来のトラベルタイムから工夫されているのがローカルタイムを1時間ずつ進みまたは遅らせるプッシュボタンのロック機構である。従来機のアクアノート・トラベルタイム等はこのプッシャー部が大振りである事もあって、時計の脱着時に意図せず押されてしまった結果の時間ずれトラブルがあった。5524ではねじ込みではないが90度回転のロック機構が備わりこのトラブルが解消されている。
顔はパイロット(アビエーション)と言うよりもミリタリー調で、スーパールミノバ(夜光塗料)がタップリと盛られた個性的なアラビアインデックスと太く武骨な時分針が抜群の視認性を生んでいる。6時側サークルの指針制カレンダーも大きくて読み取り易い。日付の調整はリューズでは無くケース外周の6時半辺りにあるコレクター(プッシュボタン)でおこなう。3時9時に振り分けられたホームとローカルタイムの表示窓はさりげない大きさながら文字盤色とのカラーコントラストで判別は容易だ。パテックのコレクションには珍しいカーフ素材のストラップは武骨すぎる事がない絶妙な太さの白いステッチが粗野にならない程度に適度なミリタリー感を醸している。文字盤はホワイトゴールド版の艶消しの均一な仕上げの濃い青とは対照的にセンターからダイアル外周に向かって濃茶にグラデーションする艶有の仕上げでローズゴールドケースの赤味と合わさってしっかり色気がある。両者の価格は同じながら好き嫌いは別にして明らかに高級感はローズにあるように思う。
尚、サイズ違いのペアになるレディースモデルに分類される7234Rは、ケースサイズは異なれども機械は全く同じCal.324が搭載されて約10%もお買い得である。外径37.5mmは小ぶり好みの日本人男性なら充分検討の余地があるサイスだと思う。

Ref.5524R-001 カラトラバ パイロット トラベルタイム
ケース径:42mm(10-4時方向)ケース厚:10.78mm ラグ×美錠幅:21×18mm 防水:30m 
ケースバリエーション:RG, WG 
文字盤:ブラウン サンバースト、ブラックグラデーテッド 夜光塗料付ゴールド植字インデックス
ストラップ:ヴィンテージ ブラウン カーフレザー クレビスプロングバックル付き 
価格:お問合せ下さい

Caliber 324 SC FUS

直径:31.0mm 厚み:4.9mm 部品点数:294個 石数:29個
パワーリザーブ:最低35時間~最大45時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動 拘束角51°
ローター:21金ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)

PATEK PHILIPPE 公式ページ

文責:乾

在庫:お問合せ下さい




_DSC9246.png
ご無沙汰ブログとなってしまった。先日入荷した本年新作の色気ムンムンのローズゴールドケースのゴールデンイリプス。古くから建築物等に採用されてきた完成されたプロポーションである黄金比率に則ってケースデザインがなされたオリジナルイリプスRef.3546は1968年の発表。天地32mm✖左右27mmのかなり小ぶりなケースは当時としてはごく普通だった。ちなみに現行モデルは39.5mm✖34.5mmと20%以上大きくなっている。今春生産中止となったやや小ぶりなRef.3738ですら約10%大きかった。手巻ムーブCal.23-300が積まれたファーストイリプスのケース厚は判然としないがムーブメント厚たった3mmからして薄型であったことは間違いないと思う。現行モデルのRef.5738は極薄自動巻Cal.240搭載でパテックの現行ラインナップ中最薄ケース厚5.9mmを誇っている。さすがにこの薄さで裏スケルトンは厳しいのか希少なノーマルケースバックが採用されている。
_DSC9258.png
※画像はシールが貼られたサンプルを撮影
ちなみに現行モデル(レディスクォーツモデル除く)でノーマルケースバックはイリプス5738と手巻カラトラバ5196のたった2型のみである。そしてこの両者の金属製裏蓋は見事なまでそっけない。イリプスが縦筋目サテン、5196が鏡面で表面仕上されているのみで文字や数字、紋章等の意匠などが全く無い。知る限りではあるがグランドコンプリケーションの裏スケルトン仕様の永久カレンダー等に付属するノーマルケースバックもそっけない縦目サテンで無装飾。婦人クォーツの裏蓋も同様である。普通現代時計でノーマルな裏蓋にはどちらのブランドも何らかの装飾を施す事が殆どである。むしろエングレーブが深すぎたり、でっぱりが有って着用時に腕廻りに跡形がついてしまうような物も結構ある。装着感上は無装飾な方が良いので、この点でもパテックは実用性を優先しているのかもしれない。その点では実用性を最優先させているロレックスの裏蓋も手首に触れる部分が円形の筋目サテンのみになっている。
尚、これまでコバルト照射に由来するブルー サンバースト カラー文字盤のみに採用されていた18金素材のダイアルがこの黒文字盤には使用されている。現行のプラチナも含めイリプスは全てゴールドダイアルとされた。
_DSC9260.png
冒頭でも触れた薄いケースサイドの画像。このニューモデルで従来のイリプスには無かった新たな仕様が加わった。リューズの頭にカボションのブラックオニキスがジェムセットされている。今年イリプスで唯一の継続モデルとなったプラチナの5738も含め見られなかった仕様。カタログを繰る限りではメンズコレクションでリューズジェムセットはこのモデルのみとなっている。たったこれだけの装飾ながらこの時計の色気度合いをグッと引き上げている。さらに同時発表された別売のカフリンクスを併せれば完璧なフォーマルが決められるだろう。
この時計はパテックには珍しくチョッとつける人を選んでしまう大人の男専科だと思う。

Ref.5738R-001
ケースサイズ:横34.5mm✖縦39.5mm ケース厚:5.9mm ラグ×美錠幅:21×15mm 
防水:3気圧
ケースバリエーション:RGの他、PT有り 
文字盤:エボニー ブラック サンバースト 18金植字インデックス 18金製文字盤
ストラップ:シャイニー(艶有) ブラック アリゲーター

Caliber 240

直径:27.5mm 厚み:2.53mm 部品点数:161個 石数:27個
パワーリザーブ:最低48時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:21,600振動
ローター:22金マイクロローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)

PATEK PHILIPPE 公式ページ

2018年9月27日現在 在庫についてはお問合せ下さい。

インスタグラムアカウントinstagram&Facebookアカウントfacebook作成しました。ぜひフォローをお願い致します。

ppnc_0001.png
来る9月頭にパテックフィリップ展を開催します。今年度の新作も含め約70点以上をご用意し、50点程度を展示致します。人気モデルの素材違いや文字盤違いを一度に見較べられるまたと無いチャンスであり、普段はあまりご紹介出来ないレディスモデルやカフス等も沢山ご覧いただけます。是非この機会をお見逃しなくご来店下さいますようお願い申し上げます。

日時:2018年9月1日(土)・2日(日) 11:00-19:00
場所:カサブランカ奈良 2階パテック フィリップコーナー

※ご覧になりたい気になるモデルの出品の有無についてはお気軽にお問合せ下さい。

出品モデルをピックアップでご紹介 

ゴールデンイリプス Ref.5738R-001 2018新製品
5738R_001_800.png
1968年デビューするや一躍当時のパテック フィリップを代表するアイコンウオッチとなったゴールデンイリプス。今年は50周年のアニバーサリーイヤーでレギュラーサイズのRef.3738が全て生産中止となり、40周年の2008年にプラチナ素材でデビューした大振りなRef.5738サイズのローズゴールドがラインナップされた。自動巻ムーブメント搭載ながら厚さ5.9mmは現行全ラインナップで最薄となる。少しマット調のブラック文字盤とローズの組み合わせはとてもシックで大人の色気が漂う逸品だ。→PP公式詳細ページ 関連記事(3738/100J-012

年次カレンダー Ref.5205G-013 2018新製品
5205G_013_800.png
モダンな顔の年次カレンダーRef.5205のホワイトゴールドケースは今年人気のグレー系ダイアル2モデルが生産中止となり、根強いトレンドカラーとなったブルー系の濃紺文字盤が新たにラインナップされた。今年スイス・バーゼルで初対面を最も期待したモデル。文字盤の内側サークル部はネイビーカラーがグラデーションしているように画像では見えるがソリッドな一色である。深みの在る青から濃紺のダイアルは従来プラチナモデルへの採用が多かったが、今年はこのモデルを含めホワイトゴールド素材でグランドコンプリケーションやノーチラスにも新製品投入がなされた。まさに旬なトレンドモデルである。→PP公式詳細ページ 関連記事(5205G-0105205R-010

年次カレンダーレギュレーター Ref.5235G-001
5235G_001_800.png
こちらは殆ど入荷のないとてもレアなモデル。 センターに分針を置き、オフセンターに時針と秒針を別々に配置する特殊な針使いでレギュレーター(標準時計)タイプと呼ばれている。他の時計の時間合わせの際に基準とされる時計で、非常に正確無比で調整が良くされたムーブメントが搭載されなければいけない。昔の時計屋さんには必ずあったものだ。当店一階エントランス脇にも非常に正確で一ヶ月巻きにして月差数秒精度の機械式掛け時計(独アーウィン・サトラ―社製メタリカ1735)があって、その顔もレギュレーター仕様でシルバー文字盤なのでどこどことなく5235Gに似ている。ただ実際の時刻合わせの為の標準時計には国産の電波時計を使っている。尚パテックのコレクションでレギュレーター仕様と言うのはこの5235Gが唯一であり、パテックコレクターには必須所有のモデルである。→PP公式詳細ページ 紹介記事

カラトラバクンロク 5196P-001
5196P_001_800.png
当店スタッフのI君が2015年6月のパテック取扱い開始以来ずっと個人的に渇望し続けているモデル。こちらも相当にレアな時計でご注文以外の店頭仕入は困難なモデル。そもそもプラチナ素材モデルの生産数そのものがとても少ない。解り易い飛び道具(複雑機構)が顔を飾っている訳でもなく、ダイア等の石付宝飾系でも無い。行儀の良いアラビックなアワーマーカーと同色系シルバーのツートーンでシンプルにまとめられた文字盤からは貴金属よりもむしろステンレスケースが似合うのではとさえ思ってしまう。現行パテックには珍しいソリッドメタルのノーマルケースバックの装飾の無いツルンとした仕上げも素朴で控えめな印象を受ける。わかる人だけに向けたさりげない超高級なシンプル時計が5196P。→PP公式詳細ページ紹介記事

レディスムーンフェイズ Ref.7121J-001
7121J_001_330.png
先日ご紹介したばかりの夏向けレディスコンプリケーションウオッチ7121J。今や18金と言えばローズやピンク、そしてレッドゴールド等様々な名称で呼ばれる赤味の強いものが圧倒的。従来からのイエローゴールドはまるで絶滅危惧種のような扱いだけれどもパテックはメンズもレディスも正統でクラシカルなモデルにはYGの品揃えが残されている。何代にも引き継がれるタイムレスな時計ブランドは一時の流行り廃りに振り回されず一線を画すと言う事だろう。→PP公式詳細ページ 紹介記事

この他にも魅力的なパテック フィリップ コレクションを多数ご用意してお待ちしております。尚、出品内容は都合により変更する事が有ります。

文責:乾


ppnc_0010.png

今夏の異常気象は本当に厄介だ。予想外地域への地震、記録破りの大雨に一転しての酷暑、そして逆走台風。被災された方々は本当にお気の毒。心よりお見舞いとお悔やみを申し上げます。
相方の出が広島県。しばらく断水で難儀を強いられた血縁もいた。また百貨店部門は愛媛の松山市にあって直接被害等は無かったが県南部(南予)は報道が少ないものの結構な被災をされており、地縁と血縁強固な地方特有の事情もあって経済的影響も色々出ている。
そんな過酷な日々ながら奈良県北部の大和盆地は本当に災害が少ないエリア。日本最初の都に定められた天命を災害の報を聞くたびに強く思う。

さて、この時期は少しでも凉を感じられるモデルを紹介したい。それでいて夏色感もあるレディスコンプリケーションがRef.7121J-001。コンプリと言っても本当にプティ(小さい)コンプリでムーンフェイズ(月相)しか付いていない。実用面から言えばカレンダーの方が必要なはずだが、月の満ち欠けなどと言うロマンティックな表示が優先されているのはいかにも乙女時計らしい。
ちなみにメンズには全くラインナップされていないムーンフェイズのみという乙女時計仕様はレディスでもう一型Ref.4968があり素材やブレス違いを含めると2型で5つもバリエーションがある。
現在でこそ永久カレンダーを始め手巻きクロノグラフ、年次カレンダー、ワールドタイム、トラベルタイム等でパテックに於けるご婦人用のコンプリケーションウオッチは百花繚乱と言えるが、それはここ10年位の話でそれ以前から長きに渡って作られて来たレディス用のコンプリケーションはシンプルムーンフェイズモデルだった。
スイスでは永久カレンダー(1800年頃)よりも古くから搭載された機能で、当時は航海や狩猟、漁猟に欠かせないものだった。月齢の周期は29日12時間44分。これを29.5日として59日で2個の月が描かれたムーンフェイズディスクを一周させている。0.5歯という歯車を刻めないので倍数処理されたわけだ。
ただ、その周期だと数年で調整が必要な誤差が出てしまう。パテック フィリップを始め現代の高級時計の標準的なムーンフェイズは、複雑な歯車機構により構成されており122.6年掛けてたった1日分の誤差が蓄積して要修正となっている。前言撤回でPetitとは言えない立派なコンプリケーションだった。
7121j_800.png
針の形状はユニークだ。ちゃんと名前が有って"スペード針"と言われている。分針が途中でくびれていて女性のセクシーなボディーラインの様に見えなくもないが、スペードの形状を限りなく伸ばした形でメンズウオッチにもこの針はそこそこ採用されている。ブレゲ数字インデックスとの相性がとても良い。
女性向けムーンフェイズの特徴の一つはムーンフェイズディスクだけでなくスモールセコンドと供用されているサークルの未開口部分にもお星さまが装飾としてプリントされている事だ。これもメンズでは見られない乙女仕様か。
ケースは腕時計黎明期を思わせるオフィサー(将校)スタイルのユニークなラグ形状。女仕立てにすると結構可愛らしい。ベゼルには0.52カラットになる66個のダイアモンドが輝いている。あまり知られていないがパテックのタイムピースにはデビアス社のトップウェッセルトン・ダイヤモンド(クラリティIF及びFLのみ)が使用されていて極めて質が高い。そしてジェムセッティングは実用性を重んじるパテックらしく滑らかな表面を意識し、衣類の袖口の繊維が引っかかったりしない手法が採用されている。
ストラップはMatte pearly beige alligator。パーリィとあるように車のパール塗装の様に光沢があってとても上品。暖色系の色目ではあるが、薄めのサンドカラーに光沢感が効いて涼しさを感じさせる夏時計に仕上げられている。

Ref.7121J-001 レディス コンプリケーション ムーンフェイズ

ケース径:33.mm ケース厚:8.35mm ラグ×美錠幅:16×14mm
防水:3気圧 66個のダイア付ベゼル(約0.52ct.)
ケースバリエーション:YGのみ 
文字盤:シルバリィ グレインド 18金植字ブレゲ数字インデックス
ストラップ:ハンドステッチのマット(艶無)パーリィベージュアリゲーター
      18KYGブレスレットのバリエーション有り
価格:お問合せ下さい
7121j_cb_2_800.png
少しでも涼し気な印象に出来ないかとフォトショップでチョッと悪戯。ムーブメントNoもあり得ないくらいラッキーな・・・不変の長命ムーブメントCal.215。人生もこうであって欲しいナァ!

Caliber:215 PS LU

ムーブメントはパテックを代表する手巻キャリバー215にスモールセコンドとムーンフェイズを組込んでいる。2006年に発表されたシリコン系素材Silinvar®「シリンバー」採用の革新的なSpiromax®スピロマックスひげゼンマイが搭載されたことで耐磁性と耐衝撃性が格段に向上している。まさにパテック フィリップの哲学"伝統と革新"を体現した頼もしいエンジンが搭載されている。

直径:21.9mm 厚み:3.00mm 部品点数:157個 石数:18個 
パワーリザーブ:最短39時間-最長44時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動

PATEK PHILIPPE 公式ページ

文責:乾

2018年7月31日現在
7121J-001   店頭在庫有ります
関連ブログ:着物でパテックフィリップ、ショパール(2017/8/29記事)





2018年のパテック フィリップカタログに掲載されるモデル数は181本。これを無理やり主観的に機能別で分類すると下記の様になっている。
20180629_4.jpg複数の機能を併せ持つモデルがあるため181モデルが216に膨れている。パーセントはあくまで181モデルを分母としてある。"コンプリにあらねばパテックにあらず"の様に捉われがちだが半分弱はシンプルな2・3針モデルで構成されている。そしてコンプリでは永久と年次のカレンダー系とクロノグラフの比率が高く合計で50%を超えている。ただクロノグラフには一般的ではないスプリットセコンドのモデルが7型含まれるので、年次カレンダーこそが現在のパテックを代表するシリーズと言えそうだ。
当店の店頭在庫においてはカラトラバやゴンドーロのシンプル系が大変充実すると共に年次カレンダーとワールド/トラベルタイムも良く揃っている。特に年次カレンダーは代表3Ref.の5146、5205、5396に加えて、滅多に入荷しないレギュレーター仕様のRef.5235Gや生産中止ながら希少なステンレスブレスのフライバッククロノ搭載のRef.5960/1A黒文字盤等の6モデルが横一列に並んでいるのは中々圧巻。
_DSC7248.jpg
Ref.5205G-010年次カレンダー
詳細は過去記事からご覧頂くとして今年度ディスコン発表がなされた一本。インデックスも針も12時の窓も凄くエッジが効いていてツートンの文字盤カラーも実に渋い色目で都会的な風貌。アバンギャルドと言うフレーズがこれほど似合う時計も珍しいのではないかと思う。

_DSC9178_b.png
Ref.5960/1A-010 フライバッククロノグラフ年次カレンダー
詳細は6月の記事及び文字盤色違いモデル紹介過去記事からご覧頂くとして。スポーツシリーズ(ノーチラス&アクアノート)以外で唯一だったメンズステンレスモデル。たった一年でディスコンになった希少デッドストック。正直なところ白文字盤のデビューが印象的過ぎたからかブラックダイアルの人気は今一つだった。短命に終わった理由かもしれないが、スポーティな時計の顔は基本的に黒なので先に黒が出ていれば全く人気度合いは異なっていたかもしれない。結果的黒文字盤の個体数は相当少ないのではないだろうか。

_DSC8446tiff修正.jpg
Ref.5205R-010 年次カレンダー
過去記事より詳細は見て頂くとして・・現行パテックで一番色気が際立っているモデルだと思う。良く似たモデルに超絶系の5208Rやダイア付の5961Rがあるが色々と凄い物を着込んでいるのでセクシーではなくてどこまでもゴージャスな世界。5205Rはストイックに引き締められた体躯と健康的に色づいた肌でこそ存在感が際立つ色男時計。

5235_logo.png
Ref.5235G-001 年次カレンダー・レギュレーター
展示会用貸出サンプルとして来たことが無いので、PPJにサンプルがあるのか無いのか?すら分からないモデルの一つがこちらレギュレータータイプの年次カレンダー5235G。つい先日の記事から詳細はどうぞ。
今年発表のニューモデルで断トツ人気の一番がノーチラスの永久カレンダーWG、二番目がアクアノートジャンボのフライバッククロノグラフSSだと思われる。この2点のサンプルも恐らくどの正規店の展示会場にも並ばないと思われる。あまりにもご注文が多い人気モデルは熱が冷めて落ち着くまで追加オーダーを出来るだけ避けるために未出品となる。数年後にこの新作2モデルがどうなっているかは予想がつかないが、定番でもずっと展示会を欠席し続けているノーチラスやアクアノートのSS系はそれなりの数が製造されている。にもかかわらず熱が冷めるどころか益々加熱しているので永久欠番になりそうだ。
パテックコレクション唯一のレギュレーター5235Gにそこまでの人気は無い。どちらかと言えば通好みであり、個性的な顔は好き嫌いもあろう。もちろんネットで騒がれる事もお問合せを始終頂くわけでもない。しかし展示会を毎回欠席するのは生産が非常に少なく供給が不安定な為である。理由は恐らくアドバンストリサーチがらみの前衛的な素材を心臓部である脱進機廻りに採用しているためだろう。直ぐにブランドがわからない方が良い方や人と被るのが嫌な方にお勧めの一本。

_DSC6770.jpg
Ref.5396R-011 年次カレンダー
運命のいたずらで我が愛機となった5396R。たぶんあの事件が無ければ未だにこの価格線のパテックを手にしていたか怪しい。はぼ3年愛用しての感想は本当に飽きの来ない顔だなと・・4つのプッシュコレクターによるカレンダー合わせは好き嫌いが有りそうだ。自分自身でもムーンフェイズは合わせず着用も多い。ご面倒な方にはクロノグラフ搭載の5960系やレギュレーターの5235等のお月様無しの方が使い勝手が良いかもしれない。まあ正装における蝶ネクタイのようなものなので・・

5146_kakou.png
Ref.5146G-010 年次カレンダー
今は無き大原麗子さんがサントリーCMのセリフに「少し愛して、長~く愛して!」と言うのが有ったが、この時計を見る度にこのセリフを思い出してしまう。
パテックの年次カレンダーは1996年にRef.5035でデビューした。ダイアルレイアウトはそれまでに在りそうで無かった3カウンターで、あまり押し出しの無い地味な印象だった。正直なところまさかこの顔がマイナーチェンジを受けつつ現行のRef.5146に脈々と受け継がれながら超ロングセラーになろうとは思いもしなかった。年次機能が時代にマッチしていた事がロングライフの最大の理由だろうが、パテックらしいある意味そっけないが厭きない顔つきが良いのだとしか思えない。まああと2つの顔がクラッシックな5396、アヴァンギャルドな5205なので年次専用でルーツでもあるこの顔は今後も無くせないような気がする。

まさか大阪での地震に続いての未曽有の豪雨災害。どうも東日本大震災頃から日本列島はあまりにも頻繁に災害に見舞われている気がする。そんな中でも当店の有る奈良県北部は地震も噴火も洪水も・・本当に災害が少ない。さすが1300年前にこの国で初の都と定められただけの事はある。ただたった70数年でその座を京都に譲り渡してからは、ほぼ時間の流れが止まったかのようで住処とするには安全で良いのだが商売っけが無いと言うか、危機感が欠如していると言うか、いらちな大阪生まれ育ちの我が身も此処数十年でそんなリズムに染まってしまった。思いっきりユッタリのんびりと時計を見て楽しんで頂ける空間である事は間違いございません。

文責:乾

腕時計の商品寿命は比較的長い。使われ方次第ではあるが半永久的とも言える(オーナーの元で愛用される)製品としての寿命では無く、我々流通業者が販売をする期間であるデビューから生産中止(ディスコン)までの店頭での販売期間の方の寿命である。時計ビジネスに携わり始めた30年程前より今の方がどのブランドも少し短めになった気はするけれども・・
もちろんパテック フィリップのタイムピースにもこの寿命はあって感覚的ながら長い物は十数年、平均は5年から7年くらいか。短いものはたった一年という短命モデルもある。パテックでは同一モデルの年間生産数はある程度決まっているので寿命が短ければ短いほど市場投入された個体数が限られる。オークションにおけるアンティークウオッチの落札価格がその希少性によるところが最も大きいのは明らかなので、将来のお宝度合いは数量限定モデルの次に来るのが短命モデルと言う考え方も出来る。
本日ご紹介は既に文字盤違いや素材違いで取り上げ済みながらもそんなお宝2点。共通点は今年生産中止発表後に入荷してきた事と短命モデルだった事だ。
_DSC9180.png
Ref.5710R-001は2016年デビューから2年しか生産されなかった手巻きクロノグラフ。商品詳細は紹介済みの5170G-001(廃番)及び5170P-001(唯一の現行)をご覧いただきたい。ローズゴールドの優し気な色合いに暖か味の有るクリーム系の文字盤上に2カウンターの目玉、このクロノグラフ実にあっさりスッキリしている。ブレゲ数字がカジュアルさを演出するので、さりげなく普段使いという究極に贅沢な一本だと思う。

Ref.5170R-001
ケース径:39.4mm ケース厚:10.9mm ラグ×美錠幅:21×16mm 
防水:3気圧
ケースバリエーション:RG、PT
文字盤:シルバリィ オパーリン ゴールド植字ブレゲ数字インデックス
ストラップ:手縫いシャイニー(艶有)チョコレートブラウンアリゲーター 
バックル:フォールデイング(Fold-over-clasp)
_DSC9183.png
Caliber CH 29-535 PS:コラムホイール搭載手巻クロノグラフムーブメント
直径:29.6mm 厚み:5.35mm 部品点数:269個 石数:33個 受け:11枚 
パワーリザーブ:最低65時間(クロノグラフ非作動時)クロノグラフ作動中は58時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:ブレゲ巻上ヒゲ
振動数:28,800振動

2018年6月18日現在 店頭在庫あります。価格はお問合せ下さい。

もう一点はわずか一年で今年ディスコンとなったRef.5960/1A-010年次カレンダー搭載フライバッククロノグラフ。昨年まで人気を博した白文字盤5960/1A-001と入れ替わりでデビューしたばかりの黒文字盤。いづれもがスポーツ系のノーチラスとアクアノート以外ではパテック フィリップ唯一のメンズステンレスモデルだった。昨今ノーチラスとアクアノートのスポーツ系の人気が凄すぎて、我々も含めてパテックのステンレスモデルは当たり前の様な錯覚をしているがスポーツシリーズ以外にステンレスモデルは現行でラインナップが無くなってしまった。逆にRef.5960のステンレスバージョン誕生が例外的だったと言うべきで、限定などを除いてステンレスは殆ど作らないブランドがパテックである。その意味でこのディスコンモデルの希少性はとても高い。
_DSC9178_b.png
センターローターに垂直クラッチ、さらに年次カレンダーモジュールを組み込めば流石に厚みはそれなりとなる。画像は使い回しですみません。
_DSC7622.jpg

Ref.5960/1A-010 年次カレンダー自動巻きクロノグラフ

ケース径:40.5mm ケース厚:13.5mm ラグ×美錠幅:21×16mm 
防水:3気圧
ケースバリエーション:SS、WG
文字盤:エボニーブラックオパーリン ゴールド植字バーインデックス
ブレスレット:両観音クラスプ付きステンレス5連ブレス 抜き打ちピン調節タイプ 

ムーブ画像も使い回しです。
_DSC7623.jpg

Caliber CH 28-520 IRM QA 24H:年次カレンダー機構付きコラムホイール搭載フルローター自動巻フライバッククロノグラフムーブメント

直径:33mm 厚み:7.68mm 部品点数:456個 石数:40個 受け:14枚 
パワーリザーブ:最低45時間-最長55時間(クロノグラフ作動時とも)
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動
ローター:21金ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)

2018年6月18日現在 店頭在庫あります。価格はお問合せ下さい。


文責:乾

カラトラバ5196P

_DSC9148.png
今月はユニークなレアモデルが連続で入荷してくる。前回の年次カレンダーレギュレーターRef.5235と同様に展示会サンプルが無い(来た事が無い)手巻きカラトラバのクンロクケースのRef.5196P。モデル的にはパテックを代表するシンプルウオッチの極みでどちらの正規店でも最低一本は何色かの18金モデルが並んでいるド定番。ところがプラチナは製造数が極めて少ないらしく入荷予定が全く読めないレアモデルとなっている。
上の画像でリーフ針とブレゲスタイルのアラビアインデックス、さらにベゼルもほぼ黒に見合える。だが、ラグを見るとケースはポリッシュ仕上げされており撮影時にブラックアウトしたものと判る。
_5196_2_800.png

角度を変えて実機に迫って撮るとブラックアウトするもののだいぶ印象は変わる。ともかくこの仕様は撮影が困難なので実機を見るに限るが、殆ど並ばないので今は"チャンス!"
6時の真下にはケースにラウンドダイアモンドがプラチナ製である証として埋め込まれている。これは現会長のフィリップ・スターン氏が1970年代にご自分のプラチナウオッチにカスタムで埋め込んだものが社内で評判になり標準仕様となったものである。
さて、この少しノスタルジックな文字盤は完全な復刻デザインである。カラトラバ初号機Ref.96がリリースされた1932年のわずか6年後の1938年から1960年代にかけて長く製造されたRef.570の40年代の代表的な文字盤だったようだ。
Ref.570.png
右のプラチナ製は1992年にパテック社によって文字盤交換されているミュージアムピースで、針もインデックスも18金製で極めて現行の5196に近い。それもそのはずで注釈に2004年バーゼルでのRef.5196デビューの際の原型と説明されている。機械は当時の手巻きCal.12'''-120。厚さ4mm、直径26.75mm。現行のCal.215と比べると1.45mm厚く、4.85mmも大きいがケース径は35~36mmとわずかに小さい。厚みは現代の方が若干薄い。まあ当時は薄く小さくを心掛けたムーブを素直に頃合いのケースで包み込んでいた時代だったと思われる。今気づいたが1940年代初頭と言うのは第二次世界大戦の戦時下である。アラビアインデックスの採用には影響が有ったのかもしれない。
_DSC9166.png
久々に撮るソリッドな裏蓋。現行のほぼすべての機械式モデルが裏スケルトン仕様であるパテックコレクションの中で、正に希少なノーマルケースバックモデル。今年40周年のアニバーサリーイヤーを迎えたゴールデンエリプスの定番2型(RGとPT)とこちらの5196のみの特別仕様?になっている。
僅かに空気が入ったかのような保護シールもスケルトンモデルには無い特別感?が・・・
ラグの裏4か所には、下のピンバックル裏側と共にPT950のホールマーク等がしっかり刻印されている。
_DSC9157.png
イエローゴールドモデル紹介時にも撮ったサイドビューを再撮影。個人的には最もパテックを代表する優美なフォルムだと思っている。リューズ左下側の不自然な修正はフォトショギブアップしました。修行の一環と言う事で・・
5196P_side.png
18金モデルのバーインデックスに較べてアラビアインデックス+2トーンカラーダイアルの組合せは上品やエレガントと言うよりも遊び心が有って個性的である。それを敢えてプラチナケースでやると言うのがパテックの余裕。決して万人受けするモデルでは無いと思うが、一目惚れの人には堪らない魅力を感じさせる一本に違いない。

Ref.5196P-001

ケース径:37mm ケース厚:7.68mm ラグ×美錠幅:21×16mm 防水:3気圧
ケースバリエーション:PTの他にYG,WG,RG,
文字盤:ツートーンシルバリィグレイ ゴールド植字インデックス
ストラップ:シャイニー(艶有)ブラックアリゲーター
価格:お問い合わせください

Caliber:215 PS

ムーブメントはパテックを代表する手巻キャリバー215PS。構成部品たった130個の完全熟成の名機に2006年に発表されたシリコン系素材Silinvar®「シリンバー」採用の革新的なSpiromax®スピロマックスひげゼンマイが搭載されたことで耐磁性と耐衝撃性が格段に向上している。まさにパテック フィリップの哲学"伝統と革新"を体現した頼もしいエンジンである。

直径:21.9mm 厚み:2.55mm 部品点数:130個 石数:18個 パワーリザーブ:44時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動

PATEK PHILIPPE 公式ページ

文責:乾

2018年5月20日現在
YG 5196J-001 店頭在庫有ります
WG 5196G-001 お問い合わせください
RG 5196R-001 お問い合わせください
PT 5196P-001 店頭在庫有ります