前回のエントリー(2016生産中止情報)で手巻ラトラパンテクロノCal.CHR27-525搭載モデルの絶滅について、世界最薄ムーブの一斉ディスコンはなんで?? と書いたが、パテックフィリップマガジンをさらに読み返してみると行間に隠されているただならぬご事情があったような無かったような・・
※今回は相当なゼンマイ話です。憶測だらけでもあります。お暇な方だけお付き合いください。
2001年にスタートしたクロノグラフムーブメントの自社内製化の開発プロジェクトで、当時社長であったフィリップ・スターン氏が下したミッションは2つ。出来るだけ薄いコラムホイール式スプリット秒針クロノグラフ及びブランド初の自動巻クロノグラフを同時並行で開発する事であった。あくまでも全く新しいムーブメント2種類の開発であり、けっしてレマニアの手巻クロノグラフエボーシュCH27-70の後継機種開発ではなかった。
いづれは供給不足に陥るであろう手巻のシンプルクロノグラフをまず作って、スプリット秒針機能のモジュールを乗っけるのが普通の流れなのに・・・
ここからは相当勝手な憶測。頭からスプリット秒針機能ありきで2005年に完成された少量生産のコレクター向けのCHR27-525はひょっとしたら、より生産効率が高く付加機能の拡張性も有って意匠的美観など全てにおいて名機レマニアCH27-70を上回るスーパーキャリバー(CH29-535)を確実に開発するための試金石だったのではないか。
恐らく2006年に発表されたモダンでスポーティな垂直クラッチ方式+フライバック機能を持つ自動巻クロノグラフムーブCH28-520開発過程さえも追い肥とした事で待望の手巻クロノキャリバーCH29-535は2009年に完成した。派生キャリバーとして2011年に永久カレンダーが組み込まれ、2012年にはさらにスプリットセコンドを組みこんだCHR29-535PS Qを搭載したRef.5204が発表された。結果的には高い次元の完成度を与えられたCH29-535が、モジュール方式であってもより進化したスプリットセコンド機能を備える事になった。
パテック社の参考記事は→コチラ
昨年バーゼルでスプリット機能のみに特化したCHR29-535PS搭載のRef.5730が発表された時点で一種のアドバンスドリサーチ的?だった自社キャリバーCHR27-525はその役割を全うしたのか・・
これまた目的(完璧な完成度の追及)の為には手段(遠回り)をいとわないパテックのこだわりだったのかもしれない。
でも仮に総生産数もかなり少量であったCHR27-525(2005-2015?)が今後再登場しなければ、搭載モデルのバリエーションが結構あったし、マイナーチェンジも頻繁だっただけにリファレンス毎の個体数は極端に少ないはず。実際1Ref.に付き10個生産とか聞いた記憶もある。
もちろん販売価格(時価)も半端ではなかったはずだが、将来のプレミア価格はもっとヤバい事になりそうだ。しかしこれらを敢えて限定としなかったのがパテック流なのか・・
2016年1月の記事一覧
2009年発表の古典的な水平クラッチ コラムホィール手巻クロノグラフキャリバーのエンジンCH29-535 PSは、同年まずメンズに先駆けて婦人向けコンプリケーションRef.7071に搭載されデビューした。その名も"レディス ファースト クロノグラフ"。同モデルを皮切りにパテックは矢継ぎ早にレディス ファーストの名を冠した婦人用コンプリケーションを発表してゆく。このレディス複雑時計開発ストーリーは別の機会にぜひまた紹介したい。
新たなレディスマーケット開拓のマイルストーンとなったCH29-535 PSは、翌2010年にメンズモデルRef.5170に積み込まれ、まずはYG素材で発表。さらに3年後の2013年にはWG素材の白文字盤、昨年2015年には今回の紹介実機である同WG素材でダイアルデザイン違いの黒文字盤が登場した。
この文字盤変更でパルスメーター(脈拍測定計)が無くなり、針の形状と色使いが微妙に変更されスッキリした。漆黒を背景にブレゲ数字インデックス、クロノ秒針を除く4本の針全てが鏡面仕上げされている為にブラックアウトした際は、真っ白のクロノ秒針と外周秒レールとサイズアップされた2カウンターのみが強烈に浮き出るインパクトたっぷりのスポーティな顔に仕上がっている。
同時に発表されたクロノ秒針がもう一本多いスプリットセコンドクロノグラフRef.5370Pと似通った色使い、サブダイアル比率、リーフの針形状、さらにベースキャリバーまで同じと来れば、下世話ながらお代は三分の一弱の血を分けた兄弟分と言えないだろうか・・・
運良く撮影がかなった白文字盤。イメージがかなり異なるので好き嫌いは、はっきり別れるところかも知れない。当店のスタッフでも若手になるほど黒人気となっている。個人的にはオーソドックスで落ち着いた印象のホワイトに惹かれ気味。どっちにしても贅沢な悩みには違いない。
ホワイトダイアルはインデックスとペンシル形状の時分針と小秒針が鏡面、クロノ関連のセンター秒針と30分針が黒でまとめられている。よってブラックアウトになると下のように全部が暗転する。
ところで以前に掲載画像についてはデジタル処理を避けたい意向を表明した。しかし最近は誤解を招きそうな画像には必要に応じて修正を加えている。実は上画像のオリジナルは下である。文字盤の色目を確保した為にブラックアウト状態にしか写せなかった。
しかし実際の仕様と異なって見えるのは困る。そこでコンピューターにめっぽう強い当店スタッフの竹山のゴッドハンド?でたちまち下写真が上の写虚!となった。ちなみに珍しくハック機能が付いていたリューズにも手品?がチョッピリ・・・ ネタバレついでに黒文字盤も竹山謹製である。
ちなみに必殺検品担当の岩田は、スクエア形状のプッシャー上下面が鏡面では無くヘアライン仕立てな事とリセットプッシャーの押し心地にすっかりやられてしまった様だ。
※本稿の作成中に2016年生産中止予定リストが届き、シルバリィホワイトダイアルのディスコンが決まった。残念だ!
Ref.5170G
ケース径:39.4mm ケース厚:10.9mm ラグ×美錠幅:21×16mm
防水:3気圧
ケースバリエーション:WG(ブラック010、ホワイト001)
文字盤:エボニィ ブラック オパーリン010、シルバリィ ホワイト001 ゴールド植字ブレゲ数字インデックス
ストラップ:手縫いシャイニー(艶有)ブリリアントブラックアリゲーター
バックル:フォールデイング(Fold-over-clasp)
価格:税別 9,110,000円(税込 9,838,800円)2015年7月現在
搭載キャリバーは何度見ても惚れ惚れする美人ムーブのCH 29-535 PS。古典的と言われる水平クラッチ(キャリングアーム方式)は美観に優れ、クロノ操作を見る楽しみを与えてくれる。ところがクロノグラフスタート時にドライビングホイール(A、クロノグラフ出車)と常に咬み合っているトランスミッションホイール(B、中間車)が、水平移動してクロノグラフホイール(C、クロノ秒針車)と噛み合う際に、タイミングによって歯先同士がぶつかるとクロノ秒針が針飛びや後退を起こす弱点がキャリングアームにはある。これを解消するためにパテック社ではクロノグラフ輪列(前述のA~C)に特許による新しい歯型曲線を採用している。その他にもコラムホイールカバー(D、偏心シャポー)やレバーやらハンマー等々あっちゃこっちゃに、これでもかと特許技術を投入することで、古典的美観はそのままに時代を先んずる革新的かつ独創的な手巻クロノグラフキャリバーを完成させている。
※パテック社によるCH29-535の解説は→コチラから
Caliber CH 29-535 PS:コラムホイール搭載手巻クロノグラフムーブメント
直径:29.6mm 厚み:5.35mm 部品点数:269個 石数:33個 受け:11枚
パワーリザーブ:最低65時間(クロノグラフ非作動時)クロノグラフ作動中は58時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:ブレゲ巻上ヒゲ
振動数:28,800振動
PATEK PHILIPPE 公式ページ
文責:乾
Patek Philippe Internaional Magazine VolⅢ No.6 及び11
2016年3月12日現在
5170G-010 店頭在庫あります
5170G-001 お問合せ下さい
(パテック フィリップ在庫管理担当 岡田)
前回の続編クロノグラフ実機編を書いている最中にニュースが届いたので割り込みで取り急ぎご紹介・・・徐々に肉付け?予定
※斜体太字のRefは今日現在で当店在庫あり。
※当然現在製造仕掛かりの物もあるだろうし、2016年度(2月~2017年1月)中に生産が中止になるリストなので、たちまち全てが一切手配不可という事もないらしい。ご希望品は精一杯探したい。もちろん簡単ではないけれど・・・
メンズ
ミニットリピーター
5074R-001,012 5074P-001 5217P-001 6002G-001 5207R-001 5207P-001
スプリットセコンドクロノグラフ
5959P-001,011 5950/1A-012,013 5951/500P-001
永久カレンダー
5140G-001 5140J-001 5140R-011 5940G-001 5940J-001 5496P-014 5160R-001
ワールドタイム
5130R-018 5130J-001 5130G-019 5130P-020 5130/1R-011 5130/1G-011
クロノグラフ
5170G-001
カラトラバ
5153G-001 5123R-001
今年は例年になく廃番が大量だが、中でもいわゆる超絶系が目立つ。特にスプリットセコンドクロノは、直前のエントリーでも紹介した2005年に初めて完全自社開発・製造された世界最薄コラムホイール割剣クロノキャリバーCHR27-525系搭載全モデルがごっそりディスコンとなった。
後年開発の手巻キャリバーをスプリットへ拡張化させたCHR29-535系があるのだが、直径が29.5mm(Ref.5370)と27-525系27.3mm(Ref.5959)より2.2mm大きい。ひょっとしたら時代の要請として少し大ぶりなクラシカルデザインのスプリットクロノがラインナップされるのであろうか。
つい先日撮影したばかりで、近日アップ予定の手巻クロノの5170G-001(シルバーリィホワイトアラビック)の廃番もさみしい限り。
慢性品不足のワールドタイムが超希少なクロワゾネRef.5131を除いてバッサリ製造中止もちょっとビックリだ。スタッフの中には175周年記念限定ワールドタイム同様にムーンフェイズが付加された新型を予想する者もいて、想像は膨らむばかりだ。
レディス
スプリットセコンドクロノグラフ
7059R-001
年次カレンダー
4936G-001 4936J-001 4936R-001 4937R-001 4937G-001
スケルトン
7180/1G-001
ダイアモンドリボン
4968G-001
トラベルタイム
7134G-001
カラトラバ
7119J-010 7119G-010 7120R-001 7120G-001
ノーチラス
7010G-011, 012 7010/1G-011,012
アクアノートルーチェ
5067A-011
トエンティフォー(Twenty~4)
4908/11R-010 , 011 4908/101G-001 4908/101R-001 4908/200G-001 , 011 4909/50R-001 4909/50G-001 4910R-001 4910G-001 4910/52G-001 4911G-001 4920G-001 , 010
レディスの年次カレンダーは予想通り。ただカラトラバは予想外でRef.7119はパテック フィリップ唯一のペアモデルだったのに・・ノーチラスで最も人気があったRef.7010Gも心残りだ。
Twenty~4は22Ref.の内、半数以上の14Ref.がドロップ。売れ筋ステンレス4色文字盤とローズゴールド18Kのブレスとサテンストラップそれぞれ各2色文字盤のみへと大ナタが振るわれ、超の付くゴージャスラインが大掃除された。次なる一手に興味津々だ。
いつものことながらパテックの廃番はサプライズありすぎ!しかしこれだけ(60ref.)いさぎ良ければ、逆にニューコレクションの大豊作が期待できる。こうなればテロリストと一戦交えても俄然バーゼルへ行く気満々になってきた。まるでカンフル剤のような今回のリスト。いやいや3月が待ち遠しい。
文責:乾
新年あけましておめでとうございます。2016年頭のブログは書こう書こうと思いつつ半年前のパテックスタート後、相次いで早々と皆嫁いでしまったクロノグラフ達。昨年末に久々に入荷したのが心待ちにしていた手巻のシンプルクロノグラフ。きっと書き出せばきりが無い事になりそうだが・・・
パシャ、パシャ・・いつのまにかスマホの撮影会になってしまった年末のカサブランカ。しかも文字盤ではなく裏蓋側。スタッフ全員が見惚れてしまう。それほどに美しいパテック フィリップの手巻クロノグラフムーブメント。初入荷のRef.5170は今年発表のWGニューダイアルである漆黒2カウンターの実にシンプルな顔である。スタートストップのプッシャーの感触はしっかり感を保ったしっとり系、リセットは触れれば戻るという春風のように柔らかいタッチである。
意外な事にマニュファクチュールのキングであるパテック フィリップは正確に言えば自社製クロノグラフムーブメントをつい最近まで持たずエボーシュ(素材ムーブメントサプライヤー)を自社の高度な技術で仕上げるスタイルを採用してきた。
まず最初のエボーシュとして1900年代前半にクロノグラフを含む大量のベースムーブメントをパテックに供給していたジュー渓谷ル・サンティエの"ヴィクトラン・ピゲ"が、同社の腕時計黎明期に非常に大きな役割を果たしてきた。著名コレクターのグレイブス氏やパッカード氏の特注複雑時計もピゲ家三代(創業者ヴィクトラン、息子ジャン、孫アンリ・ダニエル)の時計師が中心になって作り上げている。
今回は実機の紹介の前にパテック フィリップの輝かしいクロノグラフの歴史について100年を超えるエボーシュの時代と、近年急速に進められた完全マニュファクチュール化について記しておきたい。
1929年以降のクロノグラフエボーシュはバルジュー社のValjoux23vzに変更され、1941年に記念碑的タイムピースとなる永久カレンダー・ムーンフェイズ・クロノグラフRef.1518が誕生した。その後継モデルRef.2499も伝説的モデルとして人気を博したが、Valjoux23vzのパテック社におけるストックが尽きた1985年に生産終了となった。
次に後続キャリバーの役目をになったのが最終エボーシュとなったヌーベル・レマニア社のパテック専用に特別生産されたキャリバーCH27-70である。1986年発表の永久カレンダークロノグラフRef.3970に初搭載されたヌーベル・レマニアの名キャリバーCH27-70は、様々な派生キャリバーを伴って最終2011年まで26年間活躍する伝説的エボーシュとなった。
少し画像が見辛いが手巻クロノグラフキャリバーというのはどれも良く似ている。そして美しい。機械式時計に初めて接する人でも見惚れてしまう魅力を放っている。これは他エボーシュにも共通だ。ただパテックに特徴的なのは最も古いヴィクトラン・ピゲ時代からずっとコラムホイールをカバー付で採用し続けている事である。
2005年にパテックのクロノグラフは転機を迎える。完全自社開発・製造(マニュファクチュール)の世界最薄コラムホイール式スプリット秒針クロノグラフキャリバーCHR27-525PSを搭載したRef.5959Pが発表される。完全自社化の背景にはヌーベル・レマニア社を傘下に置くスウォッチグループのグループ外企業へのムーブメント供給制限方針があった。元々スプリット秒針クロノグラフ機構をはじめ複雑機構を自社生産していたパテック社にとってエボーシュ調達方式から完全自社生産への切り替えに困難は無かったとフィリップ・スターン名誉会長は語っている。
自社化2年目の2006年には全く趣の異なる自動巻+垂直クラッチの自社製クロノグラフ・キャリバーCH28-520を発表。さらに2009年には前述のレマニア製人気キャリバーCH27-70の後継機として自社製化したCH29-535(冒頭の画像)を発表して自社クロノ3部作をわずか4年で完成。その後は毎年のようにこれらの派生キャリバーを発表し製品化がなされ2012年からは全クロノグラフモデルが自社製となっている。
今回も長々となり実機は後日第2部でご紹介に。それにつけても5170の源流ともいえるレマニア時代の手巻クロノRef.5070、初出の1998年の価格が確か500万円弱だった記憶があり、個人的に販売実績もあった思い入れのあるモデル。借金してでも愛機にしておくべきだった・・・後の祭りはいつもむなしい
→実機編(後半)につづく
文責:乾
主な出典
Wristwataches Martin Huber & Alan Banbery
Patek Philippe International Magazine Volume Ⅲ Number 9