さて、ほぼ全モデルがいつでも人気品薄のノーチラスは発売30周年を迎えた2006年にフルモデルチェンジがなされている。この再デビュー時ラインナップは3針、プチコン、クロノグラフの3種類が用意された。2010年に年次カレンダーが追加され、2014年発表の5990トラベルタイム クロノグラフがモデル的にも機能的にも最新の製品となる。偶然なのか4年毎に新機軸が発表されている。
ノーチラスは見た目より相当薄く感じる時計であると以前に書いた。確かにフルローター自動巻Cal.324(3.3mm厚)の3針モデルRef.5117やマイクロローター自動巻Cal.240(3.98mm厚)をベースキャリバーとするプチコンRef.5712は本当に薄くて手首へのフィット感の良さは無類と言える。ただフルローターに加えて垂直クラッチを採用したクロノグラフCal.28-520にトラベルタイムのモジュール積むとムーブ厚で7mm近くなりケーシングされればそれなりの厚みが出て来る。ケース厚12.53mmはノーチラス最厚モデルである。
顔はどこまでもモノクロームの世界である。トラベルタイムの昼夜表示2箇所の窓に夜間わずかに濃紺が出て来るのみである。同じようなグレーベース文字盤のプチコンWGや年次カレンダーには月齢ディスクのネイビーやカレンダー等に部分的刺し色として赤が使われているのに対して、あまりにもメカメカしい。ノーチラスの中で最も質実剛健な印象である。
文字盤上部のサークルは針表示のカレンダー。下部のサークルはクロノグラフ連動の60分積算計。8時位置のスケルトン針がホームタイムを指す。4時位置のHOME窓の紺色夜表示とあわせて午後8時を示している。通常時針は8時のLOCAL窓と合わせ午前10時と読む。このローカル用時針は9時位置のヒンジ(耳)形状の上下に分割されたボタンで1時間単位での前進と後退が可能である。リューズガードを兼ねた3時のヒンジ部分の上側ボタンがクロノグラフのスタート&ストップ。下がリセットボタンだが、クロノグラフ運針中に押せば瞬時に帰零(リセット)し、放せば(リリース)即時再スタートさせられるフライバック機能の制御ボタンでもある。
このフライバックは元々軍用目的に開発された。例えば戦闘チームが分かれて多方面から戦闘任務を遂行する際に、フライバックを利用して簡単に共通の経過時間を共有する為に使われたのである。
では平時の現代においてどう使うかであるが、この時計に関しては極めて正確な秒針として利用する事が可能である。大抵のクロノグラフにはスモールセコンド形式で時計秒針が備えられている。しかしこのRef.5990には時計秒針は見当たらない。パテックが誇る最先端クロノグラフキャリバーCal.CH28-520の垂直クラッチが優れもので、クロノグラフ作動時のエネルギーロスがほとんど無い為に、クロノグラフ秒針を回しっ放しにして通常秒針として使用する事が出来るからだ。その秒針運針時にフライバックを使って秒針をゼロリセットさせれば簡単に秒単位での時刻合わせが可能となる。
細かいことながらRef.5990は他のノーチラスとケース構造が決定的に異なっている。3針のシンプルなRef.5711を始め普通は捻じ込み式の裏スケルトン仕様の裏蓋、本体を構成するミドルケース、このミドルケースとヒンジ(耳)部分で噛み合ってビス留めされるベゼルの3ピース構造となっている。Ref.5990とほぼ同じ12mm強のケース厚が有って同系列のクロノキャリバーCal.CH28-520 Cを積むRef.5980ですらこのスタイルは変わらない。そしてベゼルとミドルケースの隙間には黒くて分厚い防水パッキンがしっかり確認できる。ジェラルド・ジェンタ考案のユニークだがシンプルな構造だ。下画像はRef.5711/1A
ところがトラベルタイムの2つのボタンを9時側のヒンジ(耳)部にレイアウトする大胆な発想でスタイリッシュなデザインに仕上げられたRef.5990では必然的にヒンジ(耳)を利用したミドルケースとベゼルの固定が不可能となった。そこで3時のリューズ側のヒンジ(耳)部分はベゼルではなくミドルケース側に成形される複雑な構造になっている。2つのクロノグラフプッシュボタンもビスが無いのに便乗して?ヒンジ(耳)寄りに配置されておりシンプルクロノグラフのRef.5980よりも操作性が向上している。通常可視できる前述のパッキンも見えずよりエレガンスな新種のノーチラスと言えそうだ。
ついでながらノーチラスで最薄のRef.5711と最厚のRef.5990の断面画像を比較。5711ではブレスレットの各駒の厚みがすべて均一だが、5990はケースの厚みとのバランスを取るためにケース本体に向かって段階的に駒が厚くなっている。
この微妙な駒の厚みでケース寄りのブレス部分は良い意味で若干バングルっぽい剛性感があり、5990の大き目で重たいケース本体をしっかりホールドしている。
店頭のトラベルタイムのラインナップが充実してゆく。アクアノート トラベルタイムRef.5164がステンレスと今年素材追加されたローズゴールドの2本。2015バーゼルワールドで話題をさらった5524G-001カラトラバ パイロット トラベル タイム。そして今回ご紹介のトラベルタイムクロノのノーチラス。レディス唯一のトラベルタイムRef.7134G(未紹介・2016生産中止)のお宝在庫とあわせるとパテックのトラベルタイムコレクション全7モデルの内5モデルが揃った事になる。在庫切れはRef.5175グランドマスターチャイム(175周年記念限定品・下画像)と2016新作のRef.6300Gだが、これらは残念ながら永久に在庫にならないので暫定でフルラインナップという事になる。
この原稿は2月の初旬の初入荷時に書き始めたのだが、8ヶ月間アップすることが出来なかった。実は入荷検品で機能的に初期不良を疑わせる症状が見られたために何度かのやり取りを経て、最終的にはスイスパテック社の見解付きで今回の入荷となった。誤解を避けるためにそのいわくつきの詳細は店頭でご説明させていただきたい。
Ref.5990/1A-001 ノーチラストラベルタイムクロノグラフ
ケース径:40.5mm(10-4時) ケース厚:12.53mm 防水:12気圧
ケースバリエーション:SSのみ
文字盤:ブラックグラデーテッド 夜行付ゴールド植字インデックス
ブレスレット:両観音クラスプ付きステンレス3連ブレス 抜き打ちピン調節タイプ
尚、2014BASEL発表の商品リリースはコチラから
価格:税別 5,990,000円(税込 6,469,200円)2016年7月現在
搭載されるムーブのベースキャリバーCal.CH28-520は、それまで頑なに手巻きの水平クラッチに拘っていたパテックのクロノグラフ史を2006年に塗り替えたエポックメイキングなエンジンである。前年発表の完全自社クロノキャリバーCal.CHR27-525は確かに最初の100%自社製造ではあったが、それまでの伝統的製造手法でコツコツと工房で少量生産される手作り的エンジンであり、搭載されるタイムピースも商品というより作品と呼ばれるのがふさわしいユニークピースばかりだ。対してCal.CH28-520は"シリーズ生産"と呼ばれる或る程度の工場量産をにらんだ商業的エンジンであり、パテックフィリップが新しいクロノグラフの歴史を刻み込むために満を持して誕生させた自信作なのだろう。
パテックの自社クロノキャリバー3兄弟の価格は、その搭載機能や構成部品点数に比例せず、どれだけの手仕事が盛り込まれているかで決定される。金銭感覚抜群で働き者の次男CH28-520 C(自動巻、垂直クラッチ、フライバック、部品点数327点)、次がクラシックだけどハイカラな3男坊のCH29-535 PS(手巻き、水平クラッチ、部品点数269点)、そして金に糸目をつけない同楽な長男CHR27-525 PS(手巻き、水平クラッチ、ラトラパンテ、部品点数252点)の順となる。(5960/1A-001記事より転載)
下画像:本機に積まれるトラベルタイム搭載のCal.CH28-520 C FUS
下画像:従来型の年次カレンダー搭載Cal.CH28-520 IRM QA 24H
上記2枚の画像でローターで隠された部分は3枚の受けがあるが、この部分はどの派生キャリバーもほぼ変化が無い。それに対してテンプ左のPPシールの有る受け、さらに左の複雑なレバー類がレイアウトされた空間は派生キャリバー毎にけっこう異なる。必要なミッションに応じて搭載モジュールがダイアル側で単純にチェンジされるだけでなく裏蓋側の基幹ムーブメントへもアレコレと手が入れられている。(5960/1A-001記事より転載)
Caliber CH 28-520 C FUS トラベルタイム機構付きコラムホイール搭載フルローター自動巻フライバッククロノグラフムーブメント
直径:31mm 厚み:6.95mm 部品点数:370個 石数:34個
パワーリザーブ:最低45時間-最長55時間(クロノグラフ作動時とも)
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動
ローター:21金ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)
又スピロマックス等のパテック フィリップの革新的素材についてはコチラから
PATEK PHILIPPE 公式ページ
文責:乾
2016年10月2日現在
5990/1A-001 店頭在庫有ります
(パテック フィリップ在庫管理担当 岡田
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