
この時計のレア感が個人的には凄い。当店の歴史は20年弱あるが、パテック フィリップを取り扱ってはほぼ4年。その間にこのリファレンスが入ってきた実績が殆ど無い。共通のエンジンCH 28-520系のノーチラスとしては3年前のノーチラス発売40周年記念限定モデルのRef.5976/1Gと定番ラインナップのトラベルタイム・クロノグラフのRef.5990/1Aがある。前者は僅か2本の入荷で勿論顧客様の予約販売、後者も片手ほどに過ぎないし、最近は客注でしか入ってこない感じだ。
搭載キャリバーのCH 28-520系は2006年にクロノグラフムーブメントの自社設計開発製造計画(いわゆるマニュファクチュール化)の第2弾として発表された。その当時各ブランドが自社クロノグラフムーブメントに競って採用した垂直クラッチを備え、リセットとリスタートを容易に行えるフライバック機能が盛り込まれた超が付くアバンギャルドなキャリバーの誕生だった。
初搭載モデルは2006年1月発表の年次カレンダーモジュールを組み込んだプラチナ製の年次カレンダー搭載クロノグラフRef.5960P。同年10月にはノーチラス発売30周年を記念してフルモデルチェンジした新生ノーチラスシリーズの一つがステンレスケースを纏ったRef.5980/1Aだった。いづれもが爆発的人気のスタートを切り、様々なダイアルチェンジや素材追加をしながらロングセラーモデルとして現行ラインナップにしっかり踏みとどまっている。
現在ノーチラスシリーズ以外で同系列のエンジンを積むのは、年次カレンダー搭載フライバック・クロノグラフRef.5960及びその派生モデルと言えるRef.5905と、ワールドタイムをモジュールで組み込んだRef.5930、昨年度の話題作アクアノート・クロノグラフRef.5968の4品番になる。今回気づいたが全品番が例外なく59で始まっている。
他の手巻クロノグラフキャリバー2種と異なり、この現代的設計の自動巻クロノグラフエンジンは、いわゆる"シリーズ生産"と呼ばれ、工場のラインである程度量産が可能なムーブメントとしてデビューした。それなりの数量が生産されていると思われるが、どの搭載モデルもそんなに入荷が良いわけではない。特にノーチラスに関しては、スポーティーな外見とクロノグラフ機能のマッチングが良いために人気が有りすぎるのか、お客様注文でないと入荷が見込めない状況が続いている。

天才時計デザイナー、チャールズ・ジェラルド・ジェンタによる防水性能を考え抜いたユニークなケース構造に加えて、表面仕上げの切りかえによる光と影の演出。優美でエレガントなポリッシュ仕上げ、武骨で粗野なサテン仕上げ。両者がダイナミックに絡むケースの造形には色気が漂い、多くのノーチラスファンを悩殺してきた。
先にも触れたように、この時計の初出はノーチラス発売30周年である2006年に遡る。現行のノーチラス各メンズモデルはこの時のフルモデルチェンジにより始まった5000番代の系譜となる。それまでの3000番代系でのコンプリケーション搭載モデルは、テストマーケティング的だと個人的に思っている2005年度一年限りで終わったプチコンRef.3712/1Aを除けば、30年間パワーリザーブしかなかった。大半の方が一本入手すれば満足できたノーチラスシリーズが、このフルモデルチェンジを境に最初のノーチラスを何にするのか。その次はプチコンなのか年次カレンダーなのか、その次はクロノグラフ系にするのか、はたまた永久カレンダー・・と選択枝が次から次へと増えて来た。
2006年以前の第一世代も需給バランスは崩れ気味で人気は高かったが、第二世代になってモデルバリエーション増加に伴い、シリーズ全体での生産個数も増えているはずなのに需給バランスの崩れは年々酷くなっている気がする。

ケースの厚さは12.2mmある(画像は上が裏蓋側)。ノーチラスは特殊なジェムセットタイプを除いて3針(8.3mm)、プチコン(8.52mm)、永久カレンダー(8.42mm)のケース厚8mm台の薄型グループと、11mm超の年次カレンダー(11.3mm)、クロノグラフ(12.2mm)、トラベルタイム・クロノグラフ(12.53mm)のグループとに個人的に分けている。
ジェンタが追求した着け心地の良さを実現するデザイン。すなわちケースとブレスの薄さと防水性・堅牢性の両立を手首で体感できるのは8mm台の薄型グループに軍配が上がる。他方は見るからにメカメカしく引き付けられる顔と存在感があるが、それと引き換えにする代償も或る。

12時側と6時側が非対称な両観音バックルの接写は、ため息が出るほどセクシーな絵になる。バックルへのエングレーブを有するモデルは少ないが殆どが"PATEK PHILIPPE"であり、シリーズ名を採用しているのはノーチラスだけだ。何だかとても依怙贔屓のように感じてしまうのだが・・
尚、画像中ほどの赤い半月形のものはキズ防止用の保護シールである。

付属品はこちら、ケースサイド8時位置辺りにある日付調整コレクター(プッシュボタン)の調整用ピンとノーチラス用コンポジットストラップとその収納ケース。ストラップの付け替えは、よほど腕に自慢の方以外は正規販売店にお持ち込みください。
Ref.5980R-001
ケース径:40.5mm(10時ー4時方向)
ケース厚:12.2mm 防水:12気圧
ケースバリエーション:RGのみ 他にRGブレス、SS/RGブレス仕様有
文字盤:ブラック・ブラウン、蓄光塗料付ゴールド植字インデックス
ストラップ:マット(艶無) ・ダークブラウン アリゲーター
価格:お問い合わせください
尚、このクロノグラフには主時計の秒針が無い。非常に優れた垂直クラッチ方式でクロノグラフ作動時に殆どトルクロスが無い為に、文字盤センターのクロノグラフ秒針を作動させ秒針と兼用する事が可能とされている。個人的には6時側のクロノグラフの30分と12時間の同軸積算計が連動するので少し引っ掛かりがある。
下のムーブメント画像撮影時に今まで気付かなかったパーツを見つけた。11時半頃のセンターとサファイアガラス外周部の真ん中辺りに特徴的な歯数の少ないウルフティース(狼歯車)状の車だ。手巻きクロノグラフムーブだとシンプルな丸形がお決まりのパテックお得意のコラムホイールカバー(通称"シャポー"と呼ばれている物)にしては変な形状。スタート・ストップのプッシャー操作時には、連動して動くのだが回転をしている様には見えない。確認してみたら、むき出し状態のコラムホイールとの事だった。前衛的なムーブメントに合わせて斬新な形状が採用にされたのかもしれない。
※6/3加筆、別個体のCH 28-520で再確認したところ普通に回転する様が見られた。やはり個体差が有るのだナァ。知る限りコラムホイール(ピラーホイールとも)は文字盤側にウルフトゥースが有って、その歯車に乗っかる形で裏蓋側にピラーが円状に立ち並び、ピラーとレバーの挙動を裏スケルトンから見る楽しみがある。このムーブメントではどうも天地が逆にセットされている様だ。

Caliber CH 28-520 C/552 フルローター自動巻フライバック・クロノグラフムーブメント コラムホイール、垂直クラッチ採用
直径:30mm 厚み:6.63mm(ベースキャリバー5.2mm、カレンダーモジュール1.43mm)
部品点数:327個 石数:35個
パワーリザーブ:最低45時間-最長55時間(クロノグラフ作動時とも)
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動
ローター:21金ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)
文責、撮影:乾
何度か取り上げているブレスレットサイズ微調整用の1.5駒。英語では"エクステンションリンク"なので文字通りは"延伸駒"とでも言うべきか。画像はメンズ・ノーチラスの1.5駒の2種。同じもの2個ではありません。さあ問題!この2つの違いは何でしょう?

因みにサイズは全く同じです。また右側表面に極細の筋目が有るように見えますが実際には差がありません。まずは当店スタッフに回答を求めたら、意外に殆どゼンマイ知識のない事務系も含めた女性陣は的確に違いを指摘。ウンチクたっぷりで時計大好きメンズは頭を抱えて「微妙にサイズが違う」とか「なんちゃら、かんちゃら」・・・変な先入観無しに物だけを素直に観察した『無心の勝利』。それとも『女性の直感は鋭い!』と言う事か。怖い怖い。
ではヒントです。パーツ品番は"H994.A384E.A0B"と"H994.A384D.G0B"。
ヒントその2、税抜き価格は23,000円と102,000円。
ヒントその3、重さ(パッケージ込)は5グラムと7グラム。手元のはかりがショボ過ぎて小数点以下が量れません。
ファイナルヒント、よーく色目を見比べてください。
もうお判りですね。左はステンレススチールSS、右が18金ホワイトゴールドWGという素材違いでした。自然光に近い光源で見ると明らかに色目に違いがある。WGは少しだけ柔らかい黄味が入っている。
24金はゴールド(元素記号Au)100%、18は24の75%なので18金WGもAuが主成分であり様々な白色金属(銀、パラジウム等)を25%混ぜても完全な銀色には成らない。そこで古くから白色金属のロジウムを分厚くメッキする事で銀色の表面を得ていた。詳しいレシピや製法はどのブランドも企業秘密なので良く解らないが、近年パテックでは18金WG素材自体を実に良好な銀色に仕上げる事に成功している。その結果、現在は一部のジュエリーウオッチを例外として、殆どのWGモデルにロジウムメッキはされていない。
1.5駒はSSなら東京のパテック フィリップ ジャパンに在庫がある事が多い。しかし客注だったWGは、ほぼ3ヶ月の納期が必要だった。ただしRef.5740/1Gノーチラス永久カレンダー用で従来定番モデルに無かった新たな素材設定だった為にスイスのパテック社でも新規製作とストックが必要なパーツだった事が、少し長かった納期の理由かもしれない。
ストラップやバックル等のスイスオーダーの納期は、意外にも思っているより短い傾向がある。特にスイスに在庫がある場合は、タイミング次第で翌々週着荷なんて事もあったりした。

中駒をサイドから見るとSSの無垢に対して、WGは中空になっている。一見コストダウン?を考えるが、恐らく軽量化が主な目的だと思われる。肉抜きで得られる金のリストラ費用なんて知れているだろうし、切削加工の際に出てくるオイルまみれの削り屑から油を落として炉で溶かして・・というコストは結構なものだろう。このWGの駒が取り付けられるノーチラス永久カレンダーは205グラム、その遺伝子とも言うべきノーチラス発売40周年記念限定のジャンボサイズWGクロノグラフRef.5976/1Gが312グラムもあった。この辺りまでヘビー級になれば面倒な肉抜き工程も必要なのだろう。
ただ画像で解るように肉抜き量はそんなに多くない気がする。折角の軽量化ならばもう少し削っても良さそうだが、実用性を重んじ堅実なパテックならではの強度絶対主義なのだろう。

これは全くの私見になるが、ノーチラス永久カレンダーは全23駒を無垢駒仕様に変更しても300グラム以下には余裕で収まると思う。紳士用メタルブレスで300グラム以下は重過ぎるという事は無い。もしコスト的にもあまり変わらないのであれば無垢駒仕様の方が多少重くても購入者に対して受けが良さそうな気がする。しかしながらパテックは時として面倒かつ嫌われる道をも選ぶ孤高のブランドなのだろう。
あくまで個人的な感覚でのサイズ調整用1.5駒の必要性だが、ノーチラスご購入者では三人に一人はお奨めしている気がする。1駒のサイズが更に大きいアクアノートSSのRef.5167/1Aでは二人に一人だろうか。ノーチラスもその弟分アクアノートもケースとブレスの薄さが生み出す装着感の心地良さが最大の魅力だと思っているので、サイズ調整には出来うる限りの事をさせて頂きたい。その為に当店ではノーチラスSSメンズ1.5駒に限って常時在庫を心がけている。それ以外は時計そのものの年間入荷数が僅かなので必要に応じて取り寄せ対応としている。
注:駒や時計の重量は全て当店への納品実機測定値であり、パテック フィリップ社からの提供値ではありません。
文責、撮影、計量:乾
長かった10連休も終わり、初夏を思わせる日々が続いている。毎年この時期になると早朝の東大寺二月堂参りは沢蟹探しが楽しみとなる。今年も先日から元気な姿を見せてくれている。彼らも右利きが多いのか?右手が大きい個体が殆どだ。

昨年夏まではずっと車と徒歩だったが、咋秋から思うところあってクロスバイク(自転車)で自宅から約2.5Kmの大仏殿裏を通り通称二月堂裏参道をのぼって、最後は徒歩で階段を上がり絶景の二月堂回廊へ。今が一年で最高に気持ちが良いシーズンながら、もう一か月もすれば早朝でも汗だくの修行になる。
今年は随分早く日本語翻訳版カタログが納品されたのでご案内しておきたい。
ここ数年は多めの生産中止と寡作のニューモデル発表が続いた結果、コレクション全体のスリム化が進んだ。ところが何故か今年スイスのバーゼル会場で調達した英文のカタログは例年より厚みを増していた。表紙等の外回りは例年と変わりないが、中の製品ページの紙質が従来の光沢の有るコート紙系から艶なしの落ち着いたマット紙系に変更された。また新製品を中心に主要な製品掲載ページにはカラトラバ・クロスの地模様が細かく薄めに敷かれている。かなりゆったりと製品がレイアウトされておりキーになるモデルは実物大ではなく大きく拡大されて1ページに1点の贅沢な割り振りとなっている。このレイアウト方針変更によってカタログのページ数が昨年の84ページから108ページに増量された。掲載モデル数は189点から164点に25点も絞られている。ムーブメント紹介数はほぼ変わらないので、本当に贅沢なレイアウトが採用されている。しかし一部モデルの実物大でない拡大サイズ掲載で、これまで可能であった大きさの目途がつき辛くなっている。またお目当てのモデルを探す際のスピーディーさに少々欠ける。

マットな紙質はインクが沈みやすいので従来より若干色目が濃くなる傾向にあるが、そのことでより現物に近づく事も、そうでない場合もあるので一概に良し悪しは言えない。最近になって気が付いたが昨年までは各モデルのスペックとして駆動方式(手巻き、自動巻、クォーツ)の表示がキッチリされていたが、今年はクォーツ以外の駆動表示が無くなっている。その代わりなのか簡単な機能表示が付加されている。例えば"レトログラード日付表示針付永久カレンダー"とかなのだが、誰が見ても解る"日付"や"ムーンフェイズ"等の表示は不要だと思う。むしろ我々でも普段あまりなじみの無いモデルだと手巻・自動巻の判断が出来ない事もあるし、巻末にはある程度のスペックが記載されているので、個人的には昨年までのスタイルの方が良かったのではないかと思っている。
例年は5月中旬頃に航空便で輸入される最速少量ロットから各正規販売店に取り合えずの部数が配布される。今年は4月の中頃だったので一か月くらい早い到着だった。ただこの早期ロット分は配布数の関係上、場合によっては品切れすることが有る。店頭で常時確実にお渡しできる日本語版のカタログ到着は、船便の為に例年通りであれば夏の初め頃か。
尚、過去にご来店頂いてご住所お名前を頂戴しているお客様にも是非ご来店を頂きたいが、メールや電話でもカタログ請求には対応致します。但し前述の理由で少し日数を頂く事があります。これから新たにご来店を頂くお客様には店頭でお名前・ご住所を頂戴してお渡し、または後日郵送させて頂きます。ただ現在お渡ししている早期到着カタログのプライスリストには2019ニューモデルの価格が未掲載であり、後述の価格調整も有る為に新価格表は現在制作中と思われる。あらかじめご了承頂きたい。当面我々の為にもエクセルでオリジナルの価格表を手作りする必要がありそうだ。
来る2019年6月1日に日本標準小売価格が改定される。パテック フィリップは印象として他ブランドに比較して価格をいじらない気がする。前回は2016年11月1日だったので、なんと2年半ぶりという事になる。これは時計に限らず現在の高級ブランドビジネスに於いて異様に長い据置期間と言える。ただこの間にノーチラス3針SSブレス5711/1Aと同プチコン5712/1Aだけは、あまりにも高騰する2次マーケットの相場を鑑みてブランドとしては異例の価格調整(値上げ)がなされたが、予想に違わず『焼け石に水(露ぐらいか?)』にしかならなかった。今回の改定でもこの2品番は調整的と思われる値上げがなされ2016年改定時を基準にすれば2回の調整で20%ほど高くなるのだが、恐らく2次マーケットも連動して相場が変動するだけで人気度合いや市場での渇望感の変化は今回も無いだろう。
ただ、強調しておきたいのは今回の改定は全般的な数%アップという単純な値上げではなく、かなりの品番で税別1万円(0.数%)の値下げになっている。また変更なしで据え置きも相当にある。値上げに関しては今年の新製品でコスチュームチェンジモデルが発表された現行モデルが、現在のコストを反映をしたニューモデルの価格設定に合わせる形で値上げされているケースが目立つ。例えばアクアノート・ジャンボRef.5168Gの010(新製品カーキグリーン)と001(現行品ブラック・グラデーションのブルー)。レディス・ノーチラスのローズゴールドRef.7118/1200Rなどもそうだ。手元の新価格表には大量の生産中止品番も含んでいる為にカタログ掲載数とは合致しない約345点程がリストアップされている。その中の時価(Price on request)モデル約50点を除いた内訳は値上げが20点、値下げ125点、据置変更無し約150点となっている。値上げ幅で最大は11%強だが殆どが5%迄である。値下げはとても不思議で価格帯に関係なく押しなべて税別1万円下げられている。なるほどフムフムという価格調整ではなく、過去どのブランドでも経験のない個人的には少々理解不可能な今回の価格調整である。ただハッキリ言えるのは少数の値上げも含めて、パテックブランドの我々の商売への影響は殆ど無いだろうという事である。まあ冒頭でも触れたがパテック フィリップは出来うる限り価格変更をせずに済ませたい方針なのだと思う。勿論この調整は日本だけではなく全世界的な調整になっているはずだ。
尚、リングやカフス等の時計以外のジュエリーは全て据え置かれ今回の変更はない。ストラップ、駒、バックル等のパーツも修理料金も同じく一切変更無し。
文責 撮影:乾