今年は何もかも異例尽くしだ。見送られていた2020NEW MODELが6月18日にPPJからファックスでやってきて、詳細は公式HPを参考とあって、その結果"来た!見た!驚いた!"と腰を抜かしそうになった。それでなくとも"だまし、だまし"の腰痛爆弾を抱える老体なれば、心尽くしとは言わぬが心配りぐらいの発表プロローグは欲しかった。
※他の商品画像はPP公式HPでご覧ください
何となく想像していたのは、今春に一旦自粛されたスイス・パテック社発信の公式インスタの公開再開タイミングでのニューモデル発表。実際6月19日(ブランド創業1839年に因み毎月18日スイス時間の18:39にUP)には6007Aをトピックスにしてインスタアップされていたので、これは予想通りではあった。もしかするとこの段取りで毎月同じタイミングでチョットづつ小出しに新製品発表をするのだろうか。それはそれでエキサイティングで楽しみではある。
そして、予想通りお問い合わせの嵐が怒涛のようにやってきて、今度は足をすくわれて溺れそうになる。現在の世界に於ける日本のマーケットシェアは5~10%と想像されるが、その割に今回のカラトラバSS限定Ref.6007A-001の日本入荷予定本数は非常に厳しく、その理由も不明らしい。結果として各正規店の最重要顧客(ベスト ロイヤル カスタマーとでも言えようか)のご要望が優先されそうだが、どの辺りがカットラインになるかは視界不良にして五里霧中という状況の様だ。実機撮影のチャンスも犍陀多(かんだた)になったつもりで蜘蛛の糸を登るが如しである。
一見、限定数1,000本はパテックとしては少なすぎるという事は無さそうだが、記事を書き進める中でまたしても、ああでもない、こうでもない、ひょっとして・・などど千路に乱れる妄想が湧き上がってくるので少しお付き合い願いたい。そもそもこの限定モデルは、2015年から建築が進められていた6番目の生産拠点となる最新工場"PP6"の完成竣工を祝って発表されたものである。サファイアクリスタルのケースバックにある2019は昨年中に既に一部の部署が移転し業務を開始していた為である。勿論コロナ禍が無ければ、4月には新工場のお披露目イベントが開催予定だったので、その際に発表されていた事は想像に難くない。ところでパテックはフィリップ・スターン時代に2度同様のストーリーを持った限定モデルを発表している。
まず最初が1997年にジュネーブ郊外のプラン・レ・ワット村に社運を掛けて竣工させた新本社工場の落成記念モデル3部作だった。上画像のパゴダ(男女各1モデル)とミニット・リピーターである。これらの紹介は過去記事よりご覧下さい。此処で興味深いのはステンレスモデルが全く無い事である。逆に今回はステンレスしかない。パゴダは上の画像以外にも素材のバリエーション等が有って、全てを合計すれば2750本という事になって今回の3倍弱という随分大盤振る舞いがなされた。当時のフィリップ・スターンが新工場構想にかけた想いの強さがうかがえる。当時と現在を比較すれば、年産数もかなり増えているが、パテックの顧客の増え方はその比ではない。そう考えれば今日の1000本限定数は相対比較をすれば凄く稀少と言える。一方、プラチナ製リピーター5029のたった10本(YGとPGも各10本)なんて直営ブティックでファミリーにごく近い雲上顧客に配給販売されたのだろう。でも、今回はそんな特殊なモデルも無い。異例尽くしと言わずしてなんと表現したら良いのか。
2番目の記念モデルは、1953年から様々な運用をし続けてきたジュネーブ・ローヌ通りのブランドの本丸とも言えるサロン(直営ブティック)を2年の歳月を掛けて2006年に全面改築がなされた際に発表された下の2モデルである。
記憶違いでなければ合計400本のこれらの限定モデルは、その出自からしてパテック直営のジュネーブサロンのみでの販売であったように思う。ただ(ご本人曰く)ブランドへの貢献度合いの高かったごく一部のパテック社スタッフにも授与では無いが購入が許可されたので、5565Aは時々間近で拝見している。今現在ならいざ知らず、当時に於いて、これは役得だったのか、拒絶不可能な義務だったのかは判断に苦しむところである。
今回の6007Aは過去のコレクションにデザインアーカイブが有るわけではなく、見た事もなく、馴染もなく、個人的にはおよそパテックらしからぬ顔と受け止めていたが、上画像左の5565Aと現行ラインナップからドロップ中のカラトラバ6000系を足して2で割って、さらにこれまで全く採用されてこなかった最近のスイス時計トレンドである"テキスタイル"の切り口をパテック風に解釈しました。ということかもしれない。ただある顧客様曰く
「カーフストラップにテキスタイルパターンを型押しする手法は、既にIWCが実装済みであり、見た目は織物にしか見えないが実際の触感は紛れもなく"皮革"だった」というご意見が有った。
ダイアルセンターのカーボン・パターン装飾もパターンに過ぎず、ギミックが詰め込まれているという点は、知りうる限りパテックの全く新しいアプローチとなる。ただ資産価値を無視して単純かつ純粋に時計として見た場合、かなり評価や好き嫌いは分かれる時計だろう。精神的にはともかくも年齢的に還暦を迎えた自分自身的にはこの時計を腕に巻きたい誘惑は全く無い。IWC云々の顧客様も含め相当数のブランドに渡って、幅広く時計収集されている方にこの傾向は強い。
また自身の計算違いか誤解であってほしいのだが価格設定が微妙なのである。比較すべきモデルは、昨年ディスコンになったカラトラバRef.5296。全く同じエンジンを積む3針センターセコンド・シンプルカレンダー自動巻でピンバックル仕様の18金素材モデル。ところがステンレスの限定6007Aの方が少し高いのである。またエンジンは異なるがデザインソースらしい今年のディスコンモデルRef.6006Gとの比較では、6007Aが10%ほど安いのだが、アリゲーターストラップ+WG製フォールディングバックル仕様の6006Gに対して、カーフストラップ+SS製ピンバックルの6007A。これらを足したり引いたりするとSSの6007A限定モデルはやはりチョッと割高になってしまう。限定だから大目に見て、目くじら立てずにマスクで隠して!と言われても1ロット1000本というのは、パテックの各リファレンスに於いて年産本数のマキシマムに近似と思われ、特別に小ロットとも思い難い。資料を見る限り、この限定モデルにはいわゆる限定シリアルナンバーの刻印が無い事もケースの加工・管理という点でコストが省かれており少し気になる。
重箱と老婆心はさておいて、パテック フィリップの顧客層はこの10数年で非常に若くなったと言われている。実際、当店でも30代前半のカスタマーもニューゲストも増えてきている。この方達には今回の6007Aは直球ド真ん中でノックアウトだろう。この若く新しいニューカマーに対して「しっかり頑張ってパテックを収集する事で、いつかこんな特別モデルを手にしてください」というメッセージがこの特殊なカラトラバには込められているのではないか。勿論、既にコレクションを充実させている若きロイヤルカスタマーにとっては、目の前にある、手を伸ばせば届く現実的な"夢"である。
今は、どうか蜘蛛の糸が切れずに「酒が旨くて♪、ネーちゃんが綺麗な♪♪」天国の撮影スタジオまで登り切れる事を願うばかりである。
Ref.6007A-001 ニュースリリース(日本語)
ケース径:40mm ケース厚:9.07mm(サファイアクリスタル・ガラス~ケースバック)
※カラトラバ十字と《New Manufacture 2019》と装飾されたサファイアクリスタル・バック
ラグ巾:22mm 防水:3気圧
ケースバリエーション:SSのみ
文字盤:真鍮製 ブルーグレー 中央にカーボン模様の浮出し装飾 夜光塗料塗布の18金植字アラビアインデックス
針:夜光塗料塗布の18金バトン形状の白ラッカー着色時分針 白塗装ブロンズ製秒針
ストラップ:ブルーグレー 織物模様がエンボス加工された装飾ステッチ入りカーフスキン
Caliber 324 S C.
センターローター自動巻 センター3針(時分秒) 3時位置窓表示カレンダー
直径:27.0mm 厚み:3.3mm 部品点数:213個 石数:29個 受け:6枚
パワーリザーブ:最小35時間~最大45時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製) 髭持ち:可動式
振動数:28,800振動
ローター:21金ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)
価格:お問い合わせください。
PATEK PHILIPPE INTERNATONAL MAGAZINE Vol.Ⅰ No.2
文責:乾
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