パテック フィリップに夢中

パテック フィリップ正規取扱店「カサブランカ奈良」のブランド紹介ブログ

2021新作 一覧

ほんの僅か前、そうたった5年程前まで初めてのパテックにカラトラバの選択は当たり前だった。勿論ラグジュアリースポーツモデル人気は10年以上前からずっと継続し、加熱加速しているのでノーチラスとアクアノートからパテックを始める方も非常に多い。ただパテックと言う山に登るのではなく、ノーチラス丘陵とアクアノート渓谷のみをひたすらトレッキングするばかりでは少し残念なのである。"木を見て森を見ず"とも言えようか。
話を戻そう。このパテックと言う偉大な独立峰を登るに際して、拙いけれど個人的な登山経験からすれば、それはもうクラシックな代表的登山道であるカラトラバ尾根登山ルートを登るのが王道かつ最良の選択に間違いない。従来この表口的登山口は門戸が広く、ベテランは勿論、ビギナーでも優しくアプローチが可能だったのだが、この5年程で年間の入山者数に制限が掛かるが如く、展開モデル数が大いに絞られてしまった。理由は良く解らない。パテック社からの公式見解も無いし、個人的で勝手な推測も特に無い。気がつけばゴンドーロとあわせてカラトラバが絶滅の危機に瀕していたわけだ。
ところで毎年パテックが発行しているユーザー向けカタログの巻頭にザックリとウオッチの展開モデル数が記されている。2018年版(2019年1月迄)ではその数200とある。手元にある一番古い2015年版も200である。ところが2019年版は一気に減って160となり、2020-2021年版(コロナ禍で合版された)と2022年版では150と記されている。一体何が減ったのか。性懲りもせず"正の字"を書く事に・・
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今回は数えた甲斐があった。まずはパテックカタログ巻頭文の記載モデル数の実に"ええ加減!"な事。234(2015)と183(2018)が200個はまとめ過ぎだし、137個(2022)を150個で済ませるのも乱暴だ。それにしても改めてビックリしたのがたったの137モデルしかカタログアップされていない事。一体いつの間にであり、気がついたら知らぬ間に、7年で半分強まで減らして、いやいや100モデル近くもお見送りした記憶も無いままに・・
TVの誰かさんに「ボーッとカタログ見てるんじゃねーョ!」と怒られそうだが、パテックはずるい。比較した5冊のカタログで一番掲載品番の多い2015年版が一番薄い。正確には50モデルも減った2018年版も同じ厚みだが時計のレイアウトにかなりゆとりをもたせてページ数を稼いでいる。この膨らし粉を効かせた様なゆとりっ子政策は2019年版からはさらに露骨となり、新作や重要モデルはお一人様/1ページなるゆるゆるの掲載手法が取られるようになった。この結果商品掲載ページだけに限れば2019年は84P、たったの137モデル掲載の2022年は驚愕の96Pとなっている。対して234モデルも載っていた2015年は60Pしかないのだ。ず、ずるい。姑息に過ぎるでは無いか。尚、2015年版時代のギュウギュウ詰め時計画像原寸での羅列レイアウトがカタログ的には絶対見易く使い勝手も良かった。

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上はカラトラバ主要モデルでの新旧カタログ比較で、左側見開きは18モデルすし詰め状態の2015年版。右は5品番がソーシャルディスタンス?状態の2022年版で世相を反映しすぎている。
ではこのモデル数の減少に伴って生産数も減じたかと言えば、それは無いはずだ。現在非公表ながらパテック社の年産数は66,000本あたりだろうと言われている。長きに渡るパテックとのお付き合いの中で知りうる限り減産話は聞いた事が無く、記憶違いでなければ2006年には35,000本ぐらいと聞いたはずで、ゆっくり着実に増産傾向のはずだ。つまり1モデル当たりの平均生産個数はここずっと年々増えていなければおかしい。
次にこの7年間で各シリーズの構成本数(シェア)はどうなったかをみてみよう。アクアノート以外は全部実数は減っている。でもグランド・コンプリケーション、コンプリケーションとトゥエンティフォーのシェアは紆余曲折あれどもあまり変化はない。人気のノーチラスは約4%シェアアップ。アクアノートは大躍進のシェア倍増だ。実数も13→17モデルと唯一増えている。割を食ったシェアダウン組はゴンドーロ&エリプスが7.4%→4.4%と割合は軽微なようでも17→6本は激減で、もう後が無い崖っぷちだ。そして哀れなるかなカラトラバはシェアで半減の8%、モデル数で39→11本!。ゴンドーロとカラトラバには手巻モデルが多かったという理由はあるけれども、個人的にはシンプルウオッチハラスメント?の横行を疑わざるを得ない。
そんなこんなを考えると、トータル年産数が減らない中でシェアが増えたノーチラスとアクアノートは年間の供給量が相当増え続けている可能性がある。はぼ間違いなく1モデル当たりの供給数は増えているはずだ。モデル当たりの年産数上限が有るらしいのでひたすら増産は無理でも加熱一方の需要過多にパテック社も結構対応をしているという事だろう。
でも繰り返しになるが短期間に4割も品番を整理し年産数は変わらずか微増で、需要はうなぎ登りで年々ヒートアップ。昨年はスイスからの出荷数を世界の販売数が上回り、その結果どこもかしこも店頭在庫がシュリンクという異常事態。これはブランドとしては黄金時代到来だと言えよう。勿論、我々販売店もその恩恵に浴していない事はないが、有難く貴重な配給品をせっせと流通している感じで、やはり今は戦時下なのかなあと時々思ってしまう。いやもう罰当たりな事です。

カタログ分析の脱線が長くなった。本題に戻って今や超希少品種であるカラトラバの昨年度デビューRef.6119の紹介である。今や肩身の狭い狭い手巻きである。既存エンジン流用では無く全くの新設計開発の手巻きムーブメントである。待ち焦がれたロングパワーリザーブ採用である。もうまぶたから溢れるモノを止められないのである。十数年前に買いそびれたRef.3919(33mm径)のまごう事なき直系の孫である。栄養事情が良いせいかちょっとガタイは大きい(39mm径)のである。
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この孫機6119のスタミナは凄い。ひとたび巻き上げれば最小でも3日間弱の65時間も働き続けてくれる。祖父3919や父5119(36mm径)世代は2日間弱の最小39時間から最大44時間でバテていた。ただし巻上げの手間はそれなりに面倒である。日々愛用するファーストウオッチなら追い巻上げは大抵毎朝でその巻上げ回数に新旧ムーブメントでの差はなく、平日の使い勝手に大差は無いだろう。スタミナの差が露見するのは週末で土日の2日間を放置すると週明けの月曜の出勤前には旧世代ムーブメントは止まっているはずだ。一からの巻上げに加えて時刻合わせが必要だ。現行の孫世代6119のスタミナタップリの新エンジンは平日の朝より巻上げ回数が増えるだけで運針は継続している。ただ今機の様なカレンダー機能の無い手巻き時計が、カレンダー必須搭載される自動巻時計にビジネス用途で勝るとは思えない。かつての8日間持続の瞬時DAY&DATE送りカレンダー搭載のレクタングラ―ウオッチRef.5200は手巻きであってもその存在理由が明快だった。今回の手巻きロングパワーリザーブ仕様も個人的は歓迎だが、客観的に言えばセンター3針カレンダースタイルの自動巻でのロングパワーリザーブの開発が必須かつ急務かと思う。後発になるので出来ればセイコーがハイビートでも実現している80時間程度は最低でも欲しいのだ。これを満たすカラトラバ・コレクション(Ref.6296とか?)を一日も早くラインナップして欲しい。Ref.5296の2019年春のディスコン以来、欠員のまま次世代型リプレースメントモデルのラインナップされない理由が全く不明である。
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受けに施されたコート・ド・ジュネーブ(畑の畝状のストライプ模様)仕上げの美しさを最大限に見せつける仕様を持つ手巻ムーブメントCal.30-255 PS。ケーシング径30.4mm(総径は31mm)✖厚さ2.55mmが名称の由来で、最近パテックで良く採用されるいにしえのネーミング方法だ。例えば1976年デビューの初代ノーチラスRef.3700/1にジャガールクルトからエボーシュ供給で搭載されたムーブメントがCal.28-255 Cとされた如くである。旧世代搭載機Cal.215は時計を駆動する主ゼンマイの巻上げを担当する丸穴車と角穴車(香箱と一体)が剥き出しのレイアウトだった。1970年代半ばから今日に至るまで延々と50年近く搭載されており、裏スケルトンの概念が一般的では無かった時代に設計されたヴィンテージ・エンジンなので当時の競合機も似たような仕様であった。今日でも古臭さを感じないが化石的な風貌になってしまった。裏スケルトンがパテックの標準仕様?になった今日ではテンプや磨き上げた装飾性の高い特殊な歯車以外はほとんど受けで隠して見せない様になった。でもチャイナドレスのスリットのごとくほんのチョットだけ切り欠き部(上画像で5時と9時辺り)を設けて2つの香箱車をチラ見せしている。人間同様に露出部分が有ればボディを磨き上げる必要があるわけだ。でもこの後ろ姿は知る限りパテックで初見であり、他ブランドでも近似の仕様を知らない。特にこれ見よがしな見せ方でも無く、とても?パテックらしいそっけなさが見飽きる事も無くて良いのかもしれない。さて2個の香箱(バレル)活用のロングパワーリザーブ化には一般的に2つの方式がある。ただひたすら運針駆動の延命を目指すタイプが一つ目。それとは異なりパテックが本ムーブメントで採用したのは、駆動時間を多少犠牲にしても2個のバレルから同時にゼンマイトルクを貰って調速並びに運針の各機構をより安定した精度で駆動する事を目指したシステムである。まぁパテックなら絶対コッチだなという安心の設計だ。
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もう少しキレ良く撮ったつもりだった眠たい画像。上の上の画像とあわせて見較べて欲しい。12時-6時方向の縦サテン仕上げのグレー文字盤が光の当たり方でシルバーからグレー、さらには黒に近いダークグレーと鼠八百のごとく実に多様なねずみ色を楽しませてくれる。それに対して6時位置のスモールセコンド(小秒針)には非常に細かい同心円仕上げ(サーキュレーションフィニッシュ)が施されているが、光をどの様に当ててみてもほぼ安定した同色のライトグレーを呈す。この文字盤のミステリアスで多彩な表情は実機でご覧いただくともっと興味深く、この時計の最大の魅力だと思っている。尚、素材違いのローズゴールドバージョンは文字盤全体がアイボリーっぽい均一なグレイン仕上げ(非常に細かい粒状なザラっとした仕上げ?)なので何のマジックも無くシンプルでストレートな印象だ。本当に両者は同じモデルなのだろうか。凝った素振りを全く見せないで文字盤に拘り尽くすパテックでは良くある事だけれど・・
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上と似たような絵ながらもう少し深掘りを。この時計で真っ先に飛び込んで来るデザインメッセージはクルー・ド・パリ(仏clous de paris)とかホブネイル・パターン(英hobnail pattern)と呼ばれる2重のピラミッド形状のベゼル装飾だ。clous及びhobnailの意味は"靴底に施される鋲"とある。仏語の方は"パリの敷き石"と言う訳もある。この装飾に出くわす度に語源的にいつもスッキリはしないが気にしない。何もパテックの専売特許の装飾意匠では無いし、パテックに限っても6119の直系血族のみばかりでなく最高峰モデルのグランド・マスターチャイムや今春発表のヴィンテージ・ルックの年次カレンダー・トラベルタイム5326Gなどにも採用される一般的な装飾技法である。しかしながらカラトラバと言えばRef.96(クンロク)系という固定概念を1980年代に覆し、新たな大黒柱に成るべく誕生してきたのがクルー・ド・パリを纏ったRef.3919だった。そのインパクトは強烈で我がオールドファン世代でクルー・ド・パリと言われれば3919,5119となる。"イチキュウ"と言う通称は無いけれどもクンロクと並び立つ存在感を覚えてしまう。
デジャブのようなクルー・ド・パリ装飾の押出しがあまりにも強烈なので"19系"御曹司と誰もが納得させられるが、実は"96系"のDNAが今作6119には圧倒的に多くみられる。まずインデックスは"19系"お約束のシリコン転写のローマンインデックスでは無く"96系"に多用されるエッジの効いたファセットで構成されるオビュ(仏:砲弾)型18金素材のアプライド(植字)タイプである。時分針も"96系"のイメージに連なるドフィーヌ(パリのシテ島に存在する特異な地形から)ハンドだ。但しファセット(面取り)は少し複雑になっている。ケース形状に至っては直線的でロー付けされたラグが目立つオフィサーケースを特徴とする"19系"とは全く異なり、冷間鍛造と切削加工でケース一体として生み出された優美で色気すら漂うラグとケースからはクンロクの正統な後継者の匂いしかしない。
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ケースの横っ面を見てみよう。上の撮像が7年ものキャリアを積んだものとは思えないが、ハンディキャップも抱えているので見逃して貰いたい。今更感心するのも変だが初心の頃の丁寧さが下の比較画像の出来映えから伝わる。
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撮影アングルの違いで6119にはクルー・ド・パリが少しも写り込んでいないし、5196は反リューズ側だったりで絵の統一感はないが、6119と5196の横顔を見ればその血統の濃さは一目瞭然だ。ところで5196ケースサイドのへアラインのサテン仕上げが好もしく感じるのは何故だろう。好き嫌いだけかもしれないがシンプルでベーシックな時計にはポリッシュよりも相応しい様な気がする。
さて繰り言の様になるが、今回じっくりと6119を見ていて気づいたのは、品番的にはいかにも5119の後継っぽいが、実は5196の跡継ぎがベゼル部分だけ冬眠中のクルー・ド・パリ装飾を纏ったとも言えそうな事だ。苗字の異なる近親者が養子縁組で家名を受け継いだ様な感じか。ひょっとするとカラトラバの手巻きシンプル腕時計は"96"を品番末尾に備える本家本元的モデルの復活がしばらく無いかもしれない。それまでは代表的2モデルの良いとこ取りした6119がずっと一人二役で頑張るのだろうか。

Ref.6119G-001
ケース径:39mm ケース厚:8.08mm ラグ×尾錠巾:21×16mm 防水:3気圧
ケースバリエーション:WGRG
文字盤:縦サテン仕上げグレー。 ゴールド植字インデックス
ストラップ:手縫い風アリゲーター・バンド、ブリリアント・ブラック、 ピンバックル。
価格:お問い合わせください

Caliber 30-255 PS
手巻 スモールセコンド
直径:31mm ケーシング径:30.4mm 厚さ:2.55mm 部品点数:164個 石数:27個 
パワーリザーブ:最小65時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動

撮影、文責:乾

※Ref.96系、19系をカラトラバを代表する2系列としたが1932年の誕生以来、1934年の96Dは96ケースにクルー・ド・パリベゼルを備えた6119のルーツ的存在だし、1972年の3520Dは19系の元祖的モデルだ。シンプルなカラトラバは詳細に見てゆくと実に多様な近似モデルが存在する。本稿ではその辺りはバッサリ割愛して主観的に判り易くした。

先頃生産中止が決定されたノーチラス・フライバック・クロノグラフ・トラベルタイムRef.5990のステンレスモデルは、2014年から長きに渡り生産されたロングセラーモデルだった。特に此処2年程前からは人気が急上昇して購入がドンドンと困難なモデルとなっていた。昨春にはローズゴールドの素材追加モデルが発表され、一年のランニングチェンジを経てバトンを譲った訳だ。
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この時計で印象的なのは何と言ってもグラマラスな厚みだ。ケース厚12.53mmはパテックの最厚モデルではないし、デカ厚トレンドがまだまだ巾を利かせている現時点で一般的に厚過ぎる時計とは言えないだろう。だが8mm台の薄いケースで装着感の良さをノーチラスに与えようとしたジェラルド・ジェンタの設計思想からすれば"結構厚いナァ"という話だ。パテックの時計作りは決して薄さ至上主義ではない。しかし装着感の良さを追求する点で、出来れば薄い方が望ましいと考えている。よってムーブメント設計も強度を保った上での薄さを求めている。厚さ話のついでに最新カタログ2020-2021で厚さランキング表(上位・下位の各5位)を作ってみた。全部をチェックした訳では無いので、たぶん?というええ加減な表ではある。そして実に見難く解り難い。
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切れ味の鈍い頭でアレコレと考えた結果、作った本人しかあまり利用価値の無さそうな表になった。品番の素材や枝番と基本キャリバーも後半部分をバッサリ省略した。自動巻Mとはマイクロローター搭載の略である。まあ折角作ったし、スタッフの協力も有ったので・・参考までに本稿末尾に全体の表も掲載しておく。因みに今回紹介の5990/1の12.53mmはケース厚14番目でコレクション全体では決して厚すぎる訳では無い。但し、ノーチラスの中では最厚である。上の表で意外なのは年次カレンダー・フライバック・クロノグラフRef.5905が第5位の厚みを持っている事で、多分にフルローター自動巻に垂直クラッチが組み合わさった構造の基本キャリバー CH 28-520の厚さ6.63mmに年次カレンダー・モジュールが乗っかるとこうなる訳だ。薄い方ではクオーツ搭載のレディスでは無く、機械式しかも自動巻を積んだメンズが薄さで1~3位を占めている事だ。さすがのキャリバー240、"極薄"と称されるだけの事は有る。
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上の画像で両者の厚みがデフォルメされている様に見えるが、比率は実寸比の3:1程度となっている。この両極の中に全コレクションの厚みが収まっている。今回の作表は素材違いや文字盤違い等のいわゆるコスメティックのチェンジモデルを無視した個人的基準でケース形状バリエーションを独断で84種とした。最新カタログ掲載モデル数が151点(懐中時計除く)なので、二つに一つは別のケースという事になって、パテックの多品種少量生産がうかがえる。生産効率は当然ながら非常に悪いだろう。そう考えればパテックの価格設定は決して高すぎるとは思えない。ただ、すみません。他ブランドを殆ど考察していません。手始めにAPの公式HPを見に行ったのですが、何と言うか疲れてしまいましたので・・
尚、個人的にケース厚9mm~12mm台は現代の時計として普通の厚みと考えていて、今回の考察の場合は84種中39種で約半分。薄さ際立つ8mm台以下が35種も有って、厚めな13mmアップがたった10種しかない。ちなみに世の中にはピアジェの様に3mm台と限界の薄さに挑戦するブランドもあるが、パテックは実用的な強度からか極端な薄型を作ってはいないけれど全般に薄く仕上げられている。ずっと気になって仕方ないのが電話での問い合わせや店頭商談の際に、皆さんケース径は気にされても、ケースの厚みを話題にする方が殆どおられない。でもサクッと見にいったロレックス・オメガ・リシャール等のHPで径は有るが、厚さ表示が見当たらない現状なら仕方の無いことかもしれない。ナンデヤネン?
ところで薄いケースは着け心地に貢献すると言われているが、必ずしもそうとは言えない気がする。幸運にも最薄ケースのゴールデン・エリプス(ディスコンの5.8mm厚Ref.3738)を愛用しているが、ケース径も小さめなので少しでも緩めに着用すると自由自在にスルスルとどこにでも、あっちこっちへと腕の廻りを散歩するのでしょっちゅう手首の上に戻してやる事になる。腕廻りの形状が特別仕様という事も無い。小型で薄型のエリプスに限らず腕時計はどれもこれも12時側に行きたがる。ブレス調整時に駒取りを工夫したり、皮ベルトの12時側と6時側を入れ替えたり、長さを別誂えしたりと様々に工夫する事二十数年になるが、納得できる回答は得られていない。個人的に言えば、トゥールビヨンやリピーターの様な超複雑機能よりも常に手首の上で理想のポジションを保ち続ける構造を開発して欲しいのだ。時計業界のノーベル賞ものだと思うのだが、どうだろうか。
この時計の強烈な印象はまだ他にもあって、「天地間違えてすみません!」という奴だ。本稿の5990は12時位置に6時側と同サイズのインダイアルが配されるのだが、恐らく3時位置に日付窓が無く6時側にブランドロゴが有る為なのか、天地がひっくり返っても違和感が無い。現実に何度かご納品時にうっかり逆向きで差し出す事が何度も有った。
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パテックには同様のダイアルレイアウトのモデルが現行でRef.6300グランドマスター・チャイムとRef.5235レギュレーター・タイプ年次カレンダーの2モデルある。どちらも同様に間違えそうな顔だが、ショーケース内の鎮座を拝むだけで触る機会さえ無いグランドマスター・チャイムへの心配は杞憂でしかない。年次カレンダーも危なそうだが、曜日と月(month)表示窓が10時と2時辺りに有るので大丈夫なのだ。文字盤デザインはかくもデリケートで難しいものである。その事を過去最高に強く教えてくれたのが5990だ。
そして多少ネガティブな事ながら、リセットプッシュボタンがチョッと曲者というのがある。このモデルのプッシュボタン形状が結構横長な為に引き起こされる現象で、ボタン中央をまっすぐ押さずに両側どちらかに片寄って押してしまうとクロノグラフ秒針が"バシッ!"と0位置にキッチリ戻らず、変な位置に"フワッ"とだらしなく止まる現象が稀に起きる。当店は仕入検品で何度か初期不良として返品をした苦い経験があるが、結局この現象はノーチラスのケースにCal.CH28-520系を搭載し、特徴的な長方形プッシュボタンを組み合わせた場合、少しだけデリケートに操作すべき注意事項であるが初期不良では無い事を学んだ。
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※上の画像で左二つがプッシュボタン押し方が多少デリケートなタイプ。
故にトラベルタイムを積まないシンプルクロノグラフバージョンのRef.5980でも注意すべき留意点となる。同じエンジンを積んでいるコンプリケーションカテゴリ―の年次カレンダー・クロノグラフRef.5961はプッシュボタン形状が大きく異なり、芯でしか押せないタイプなので全く心配なさそうだ。しかし派生モデルRef.5905のボタン形状は幅広なので注意が必要だ。ところがアクアノートのクロノグラフRef.5968も形状的にはいかにも危なそうで何度か試してみたが、ケースにプッシュボタンが少し埋もれる構造のお陰?なのか大丈夫そうだ。でも過去に販売したSSの5990でこの現象のご指摘を受けた事は皆無で、普通に使っていれば問題はないのでご心配なく、万が一遭遇しても決して慌てないで下さいというお話。

今回も時計そのものには殆ど触れず、結構ネガティブな辛口気味の紹介となった。でもラグジュアリースポーツジャンルを代表するノーチラスコレクションのダブルコンプリケーションがローズゴールドに滅茶苦茶映えるブルーカラーのダイアルでの登場は話題にならないはずがない。実に軽く1,000万円を超える価格にも関わらずこのモデルの人気は凄まじく中々新規のご納品が困難である。受注もどこまでお応え出来るのか・・まあ昨年後半からシリーズに関わらずパテックのメンズは品不足が激しい。入荷が決して悪いのではなく、ご購入希望が非常に増えている為だ。今年になってからはレディスモデルもかなり厳しくなっている。そんな状況下で世界を震撼させる紛争が勃発し"すわっ!入荷アブナイ"と心臓が止まりそうになったが、今のところパテックの日本向け物流は止まっていない。でもまたしても地震が東北を襲うし、ラグジュアリーブランドの異様とも言える好況感とは裏腹に世界も日本も実にきな臭い事になって来た。新製品発表直前の今は、どうかこれ以上何にも起こらない事を願うばかりである。


Ref.5990/1R-001
ノーチラス・トラベルタイム・クロノグラフ
ケース径:40.5mm(10-4時) ケース厚:12.53mm 防水:12気圧
ケースバリエーション:RGのみ
文字盤:ブルー・ソレイユ 夜行付ローズゴールド植字インデックス
ブレスレット:ノーチラス折畳み式バックル付きローズゴールド3連ブレス 
価格:お問い合わせください

Caliber CH 28-520 C FUS
トラベルタイム機構付きコラムホイール搭載フルローター自動巻フライバック・クロノグラフムーブメント
直径:31mm 厚み:6.95mm 部品点数:370個 石数:34個 
パワーリザーブ:最小45時間-最大55時間(クロノグラフ作動時とも)
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動
ローター:21金ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)

撮影、文責:乾

付表:品番別ケース厚一覧(非公式・我流) ※自動巻Mはマイクロローター搭載の意味case84.gif

今年は11月頭にオンリーウオッチのオークションが過去同様ジュネーブで開催される。オンリーウオッチとは難病であるデュシェンヌ型筋ジストロフィー症におかされた息子を持った父親が、その難病克服研究の資金を賄うべく、2005年以降の奇数年に開催している時計のチャリティーオークションである。各著名(ニッチもあるけど・・)ブランドが、一点物のユニークピースを出品し、落札額の99%がその難病研究プロジェクトに投じられるという一大イベントだ。
パテックはその常連であり、知る限り毎回最高落札額となっていて、貢献度合いNO.1である。ちなみに前回2019年度はグランドマスター・チャイムRef.6300のステンレスバージョンを出品し、2名の落札者が競り合って邦貨換算30数億円という記録的な価格で落札された。ちなみにカタログに掲載される同一モデルのWGはザックリ3億円なので、とんでもないプレミア価格だ。ちなみに今年のオンリーウオッチとしてパテックが用意したのはコチラの伝説的デスククロック。落札予想価格はCHF400,000(123.61円換算で49,444,000円)なので、今回は天井知らずの競り合いにはなり難そうな?玄人向けの選択をしてきた感がある。
そんなことより此処しばらく110円台で動きの少なかったスイスフランに対してえらい円安が進んでいた事にビックリした。現コロナ禍で空前のヒートアップとなっているパテックを筆頭とした高級時計の人気状況と併せて価格改定が有るかもしれない。
閑話休題。オークション向けの特殊モデルを新製品と言えるかは別として、今年の新製品は6月のグランド・コンプリケーションのミニット・リピーター4点迄で終了かと思っていたら、まさかのクロノグラフ3点が先月発表された。さすがに年度末(2022年1月末)まで3ヶ月を切って、さらに今後の新製品発表は無いと思われる。6月の4点についてはあまりにも超絶系だったので記事にしなかった。今回も全て広い意味でのコスメティックチェンジ(既存モデルの派生バージョン)なのでパスしようかと思ったが、1点だけ予想を遥かに上回るお問い合わせを頂いたステンレスモデルについて遅ればせながら雑談風に印象を述べたい。
5905_1A_001_8.png年次カレンダー搭載フライバック・クロノグラフRef5905の初出は2015年だが、2006年に発表されたRef.5960Pのマイナーチェンジを受けた後継機なので、個人的にはもう15年もたったのかという時の流れを感じざるを得ない。特に2014年から2018年迄の短期間に生産された5960/1Aが、最高にプレシャスな素材であるプラチナからパテックのコンプリケーションカテゴリ―では、滅多にラインナップされないステンレスへと驚愕の素材変更コスメチェンジモデルとして印象的で、今回は後釜SSモデルがトレンドカラーの緑を纏ってデジャブの様に再来してきた。これがファーストインプレッションである。
今年のグリーントレンドはチョッとどうしたの?と言うぐらいブランドを問わず多作である。先日、2年ぶりぐらいに大阪市内に買い物に行ったが、アパレルもカーキのオンパレードだった。これは果たしてコロナ禍癒しのヒーリンググリーンなのか。はたまたパンデミックと戦うミリタリーグリーンなのか。当店のイメージカラーもグリーンなのだが、個人的には少しゲップが込み上げてくるホウレン草を食べ過ぎたポパイの心境だ。今回紹介モデルの緑の色目について、良し悪しや好き嫌いの判断はモニターチェックのみなので実機待ちとする。
で、ここから辛口も混ざった個人評価となる。時計そのものはスッキリと言う意味では5905でも良いのだが、スチール素材が持つスポーティーな質感をより際立たせるならパワーリザーブとクロノグラフに同軸12時間計が加わった2針表示を持つ5961の顔で5960/1200A(/1Aは後述のブレス違い理由で使用不可っぽいので)なんぞと言うリファレンスにした方が個人的にはストンと言う感じだ。5905顔はSSにはチョッとエレガントなんですよ。そしてブレスレットが全く同じでは無いのだろうけれど、どう見てもアクアノートのブレスにしか見えない。以前の5960/1A系は5連ブレスで現行モデルではRef.5270/1R5204/1Rに採用されているタイプだった。これら一連の5連ブレス(仕様は微妙に異なっている)は、今回の3連中駒サテン仕上げのスポーティーなアクアノートタイプより、5連フルポリッシュ仕上げと言う点でもずっとエレガントだ。何が言いたいのかと言うと、ステンレスで敢えて5905にするならエレガントに優る5連ポリッシュブレスレットが良かったと思う。でもベストチョイスは5961の顔でオリーブグリーンカラーに3連のアクアノートタイプブレスレットならグッと締まった戦闘的な面構えのステンレスモデルになったのではないかと思う。
5905_1A_001_12.pngしかしである。そんな事はおかまいなしに"鉄"の人気は想像以上で、公式HP発表の1時間後に顧客から最初のお問い合わせ電話が入り、閉店までに追加でお二人、翌日は4人様、そしてその後もTo be continued・・・

今現在パテックとロレックスが共に異常人気である。2次マーケットで見る価格もうなぎのぼりであり尋常では無い。コロナ禍が原因でごく一部の高級な時計と車に、裕福層の行き場を失った手元資金が集中している為だと思われる。それらに共通するのは物として楽しめて、いつになっても資産価値が減らないという安心感だろう。これは勿論"転売ヤー"と呼ばれる人達を論外として、"ロイヤルカスタマー"が保有目的でコレクションする際の普通の心理だと思う。
だが突出している2ブランドには様々な共通点もあるが、決定的に大きな違いがある。それはラインナップの素材構成比率とそれに起因する生産数量が大きく異なっている事だ。ロレックスは年間生産数を公表していないが70万~100万本と世間では推測されている。そしてステンレスの構成比が圧倒的多数で、私見ながら半分以上ではないかと思っている。参考の為、久々にロレックス公式HPを覗いて、ゴールドコレクションの数を見たが28ページもあって凄いリファレンス数で数えるのをあきらめた。SSは一体どうなっているのだろう。5年程前まで当店でもロレックスを販売していたが、物凄くラインナップが膨らんでいる様で驚いた。ロレックスの平均単価が決して安いとは言わないがステンレス主体なので、18金が主体で年産10万本以下のパテックと較べて生産数で稼ぐ必要がある。勿論年商はロレックスが多いのだろうが、この本数を製造し続ければいずれは市場に溢れてくる可能性を感じる。実際、2000年頃と較べて市中での着用者を目にする事が非常に多くなった。
実用時計の王者ロレックスの複雑時計はスカイドゥエラーに搭載される年次カレンダー迄であり、一番人気はデイトナに積まれている自動巻クロノグラフだろう。シンプルな3針カレンダーを始めどのムーブメントも非常に耐久性が高く信頼もおけるが、製造個数が多い為にバリエーションを増やすのが難しく、特に手作業が必須となる超複雑機能時計の製造は困難だろう。パテックは真逆の理由で年産数を大きく増やせない。もし仮にステンレスモデル比率を増やせばゴールドに積むムーブメントが減って、年商に影響が出る事態になりかねない。これが超人気のノーチラスとアクアノートのSSモデルが、需要を大きく下回ってしか供給されない理由なのだろう。
ところで何となくこの新作時計の製造はあまり長くないような気がする。理由はダイアルカラーの特殊性で、例えば赤や黄色の文字盤はブライトリングなど他ブランドで過去に採用実績があるが売れ筋になって長らく継続するという事が無い。緑も数年前から幾つかのブランドで前のめりトレンドとして市場投入されてはいるが絶好調とは言い難い。個人的には定番化する色目では無く、刺し色感の側面が強い様に思う。その意味に於いて今すぐゲットして腕に巻くべき旬のモデルなのだろう。

Ref.5905/1A-001 年次カレンダー搭載フライバック・クロノグラフ

ケース径:42mm ケース厚:14.13mm ラグ×美錠幅:22×16mm 
防水:3気圧
ケースバリエーション:SS
文字盤:オリーブグリーン・ソレイユ ゴールド植字バーインデックス
ブレスレット:ステンレススチール仕様 両観音フォールドオーバークラスプ 

搭載されるキャリバーCal.CH 28-520は、それまで頑なに手巻きの水平クラッチに拘っていたパテックのクロノグラフ史を2006年に塗り替えたエポックメイキングなエンジンである。前年発表の完全自社クロノキャリバーCal.CHR 27-525は確かに最初の100%自社製造ではあったが、それまでの伝統的製造手法でコツコツと工房で少量生産される手作り的エンジンであり、搭載されるタイムピースも商品というより作品と呼ばれるのがふさわしいユニークピースばかりだ。対してCal.CH 28-520は、"シリーズ生産"と呼ばれる或る程度の工場量産をにらんだ商業的エンジンであり、パテック フィリップが新しいクロノグラフの歴史を刻み込むために満を持して誕生させた自信作だ。
パテックの自社クロノキャリバー3兄弟の価格は、その搭載機能や構成部品点数に比例せず、どれだけの手仕事が盛り込まれているかで決定される。金銭感覚抜群で働き者の次男CH 28-520 C(自動巻、垂直クラッチ、フライバック、部品点数327点)、次がクラシックだけどハイカラな3男坊のCH 29-535 PS(手巻き、水平クラッチ、部品点数269点)、そして金に糸目をつけない道楽な長男CHR 27-525 PS(手巻き、水平クラッチ、ラトラパンテ、部品点数252点)の順にお勘定は大変な事になってゆく。
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上記画像でローターで隠された部分は3枚の受けがあるが、この部分はどの派生キャリバーもほぼ変化が無い。それに対してテンプ左のPPシールの有る受け、さらに左の複雑なレバー類がレイアウトされた空間は派生キャリバー毎にけっこう異なる。必要なミッションに応じて搭載モジュールがダイアル側で単純にチェンジされるだけでなく裏蓋側の基幹ムーブメントへもアレコレと手が入れられている。

Caliber CH 28-520 QA 24H:年次カレンダー機構付きコラムホイール搭載フルローター自動巻フライバック・クロノグラフムーブメント

直径:33mm 厚み:7.68mm 部品点数:402個 石数:37個 受け:14枚 
パワーリザーブ:最低45時間-最長55時間(クロノグラフ作動時とも)
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動
ローター:21金ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より) 

文責:乾
画像提供:パテック フィリップ

追記
リハビリを兼ねて?のPC操作なのでとにかく時間が掛かる。本稿も10月下旬から書き始めて推敲などしている内に公開が、11月も中旬となってしまった。そして公開前にONLY WATCHの落札結果記事を見つけてしまった。今年は最高落札をわざと外しにいったな、と思っていたパテック。でもやっぱり・・見事に裏切ってくれました。なんと落札予想額の19倍の950万スイスフラン(約11億7725万円、1スイスフラン=123.79円、2021年11月9日レート)、他ブランドも軒並み凄まじい落札のオンパレードだった。此処でも時計バブルは顕著なようだ。

前回記事で本年度新製品発表は月刊誌状態?とした。確かに毎月のお楽しみには違い無いが、発刊日が決まっている定期刊行物ではないのでもう頭の中は、もうゴチャゴチャのおもちゃ箱状態である。ともかく備忘録として時系列に発表モデル内容を確認・記録しておこう。

4月7日ウォッチーズ&ワンダーズ初日:ノーチラス4型 5711/1A-014 5711/1300A-001 5990/1R-001 7118/1450R-001

4月12日ウォッチーズ&ワンダーズ最終日:カラトラバ2型6119R-001 6119G-001、永久カレンダー1型5236P-001、年次カレンダー1型4947/1A-001

5月27日:アクアノート7型5968G-001,010 5267/200A-001,010,011 5268/200R-001 5269/200R-001

6月16日:ミニット・リピーター4型5304/301R-001 5374G-001 6002R-001 7040/250G-001、その他2型5738/51G-001 7118/1450G-001 2021年レアハンド・クラフト多品種かつ極少数

今回は発表から随分と日が経ってしまったアクアノートの新作を考察するつもりだが、その前に発表済みの新作モデルの内容を少し分析してみたい。上記の発表済新製品はレア・ハンドクラフトを除けば21型で、その内2型のノーチラスはほぼ限定なのでいわゆる定番ニューモデルは19型となる。内訳はメンズ9型でレディスは10型、分類ではグランドコンプリケーション5型にコンプリケーション1型、カラトラバ2型、エリプス1モデルでノーチラス3型のアクアノート7モデルとなる。今後の追加発表は不明ながら、昨年の少な過ぎる発表も考え合わせるとやはり少なめで、やや偏った構成に思える。でも何となく今年はこれで一旦おしまいの様な気がする。まあ新型コロナ・パンデミックの世界情勢と各エリアの景況の推移による特別な隠し玉は有っても、パテックに於いての普通?の時計はもう無さそうな気がする。まあ此処は、ゆっくりと腰を落ち着けてWEBによる情報だけでアクアノートの新作を見てゆこう。

2019年に一旦姿を消したアクアノート・ルーチェは絶対に復活すると信じていた。コレは見事な当たりくじかと思ったら、SSはまさかのクォーツ再登板と3.2mmもの大口径化での38.8mm径(10時-4時)と言うサイズアップは全くの予想外。おみくじで言えば吉は吉でも"末吉"レベルか。さてアクアノートは1997年にメンズモデルが僅か35.6mm径でデビューしている。翌1998年には裏スケやらクォーツやらレディスとか一気にバリエーションを増やした際に、当時としては大振りなラージサイズモデルで、今日で有れば"ジャンボ"と称されたであろうケース径が38.8mmのRef.5065Aがリリースされ、2007年迄アクアノートの最大モデルとして君臨した。正確には2009年迄は後継機種Ref.5165が同サイズで生産継続された。しかしメンズのメインモデルは2007年に第二世代へとフルモデルチェンジし現行のRef.5167(40.8mm径)へ移行した。

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上段メンズの5167のみホワイトでの展開が無いので黒いがダイヤルのエンボスパターンを比較されたし。画像が少々不鮮明なのはご容赦。エンボスの出っ張っている部分を畑の畝とすればその畝間の溝が狭いか広いか、下段3点のレディスは初代からの少し幅広ファニーな"おかめ顔"を受け継いでいるが、根強い人気が有って個人的にもいつの間にかふくよかな初代エンボス(そりゃ福娘ですから・・)にすっかりしてやられているわけですヨ!

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サイズやらメンズアクアの生い立ち、はたまた福娘の登場やらで脱線気味だが、この様な生い立ち故に個人的には38.8mmサイズのレディスは何とも衝撃的だった。さらに今回のニューアクアノート・ルーチェRef.5267は、品番的には先代の5067の後継機種なのだがサイズ以外にも違いが有る。それはケースとストラップの接合方式などが現行メンズ同様の第二世代仕様にアップデートされた事だ。これに伴ってストラップの格子状のエンボスパターンのデザインも世代交代されメンズとペアのスタリッシュな意匠に統一された。もうテーブルの上にペッタリと180°開脚してくれる床運動系アスリートでは無いのだ。少し粗削りなスポーティーさと引換にさらなるエレガンスさを獲得したとも言える。興味深いのは前述の様に文字盤の格子状エンボスパターンは第一世代のまま据え置かれた事だ。トータルの見た目では1.8世代あたりと呼ぶのが相応しいのか。さて新旧モデルの正面画像を見比べた相違点は、ストラップ周りを除けば思いの外少なく感じる。ケース形状は新旧違いがほぼ無さそうだが、ベゼル部分に占めるダイヤの存在感がニューモデルが若干勝っている様に見える。実際には個数で2個増えて48個、カラット合計で0.11増量の1.11ctとごく僅かながら数字以上に輝きが一段と増した気がする。文字盤も間違い探しの様に瓜二つだが、まず12時のバーインデックスが2本からスッキリと1本に変更され、ミニットマーカー共々に大径になったにも関わらず何故か短く切り詰められた。その結果として最も顕著な相違としてカレンダー窓の位置がそれらのインデックスとは干渉せずに内側のアラビアアワーインデックスの3時定位置にきっちり収まっていてレイアウトとデザインバランスが向上している。ダイヤル部分のみの新旧サイズ比べは実機を並べないと難しそうだが、ケースのサイズアップに伴い文字盤径もそれなりにアップしているはず、でもクォーツのエンジンは持ち越しなのでカレンダー位置変更には制約が有る中で間伸びさせずに良い顔に仕上げられたと思う。

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尚、枝番010のマット・ホワイトのみはカレンダーディスクを黒、日付を白文字という従来機とは逆配色となり、窓枠も白色塗装されていてチョッとした特別感が有る。他の文字盤(真上画像)は白ディスクに黒い日付文字で変更は無い。カラーバリエーションは人気の定番色の黒、白に加えて今年のトレンドカラー緑のカーキグリーンの3色展開と手堅い。旧モデルの拡張パターンを踏襲なら来年度以降は新色追加を楽しめそうだ。大いに期待しておきたい。

Ref.5267/200A-001
ケース径:38.8mm(10時−4時) ケース厚:7.9mm 防水:12気圧
ケースバリエーション:SS
文字盤:ブラック、アクアノート・エンボス・モチーフ、ゴールド植字数字
裏蓋:ソリッド・ケースバック
ストラップ:コンポジット素材、ブラック
バックル:アクアノート折り畳み式バックル
価格:お問い合わせください

Caliber E 23‑250 S C
直径:23.9mm 厚み:2.5mm
部品点数:80個 石数:8個
電池寿命:約3年

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尚、マット・ホワイトのみの一色展開ながら旧世代のルーチェ同様に18金ローズゴールド素材バージョンも用意されている。こちらはエンジンも旧世代同様の機械式で最新型の自動巻キャリバーに換装されている。クォーツキャリバーとはカレンダーディスクのレイアウトが異なる為に3時のアラビアインデックスは省略されずに若干文字盤センター寄りにシフトされた為に"2,3,4"のインデックスがほぼ縦一直線となり全体を俯瞰した時に気付けるか否かのアシンメトリーレイアウトが、なんと言うかその良い意味での引っ掛かりとなっている。これは好き嫌いの問題であろう。尚、そのミステリアスな3時インデックスの外側にはRG素材の窓枠を備えたスタンダードな白地に黒文字での日付けカレンダー表示が設置されSSとはあきらかに一線を画した表情となっている。このカレンダー周りのデザイン処理は旧世代と同じながらサイズアップが良い意味でゆとりのあるバランスを生んでいる様に見える。

Ref.5268/200R-001
ケース径:38.8mm(10時-4時) ケース厚:8.5mm 防水:12気圧
ケースバリエーション:RG
文字盤:マット・ホワイト、アクアノート・エンボス・モチーフ、ゴールド植字数字
裏蓋:サファイヤクリスタル・バック
ストラップ:コンポジット素材、マット・ホワイト
バックル:アクアノート折り畳み式バックル
価格:お問い合わせください

Caliber 26-330 S C
直径:27mm 厚み:3.30mm 部品点数:212個 石数:30個
パワーリザーブ:最小35時間~最大45時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動
ローター:21金ゴールド中央ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)

同じくRG素材のモデルバリエーションとして、新機軸であるクォーツのトラベルタイムという意表を突いたレディスモデルが、3針と同径サイズ38.8mmで同時発表されている。しかしながら従来の機械式トラベルタイムの最大の特徴であるケースサイド左側二箇所のプッシュボタンによるローカルタイム操作では無く、メインリューズの引出しセカンドポジションで調整する方式になっている。この操作性向上の為にパテックは敢えて手間取る捻じ込み式リューズを採用しなかった。その分防水性能は捻じ込み式である3針モデルの120mに対して半分の60mとなっている。2ヶ月ごとのカレンダー修正よりもローカルタイム操作が頻繁なオーナープロファイルが想定されているわけだろう。

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尚、プレスリリースには"globetorotting Aquanaute Luce" との表記が有る。自らも愛用する英国の著名旅行鞄ブランド名称の由来に無頓着でいたが、文字どおり"地球を駆け巡る"との語意で有り、どちらかと言えばあくせく駆け足のビジネストリップよりも純粋な物見遊山的な旅、観光寄りのニュアンスが"Globetrotting"には強いらしい。確かにカラー・素材・デザインと何処から見てもアクアノートは"OFF"限定だろう。
ところで少しまた道草をするが、トラベルタイムの源流は1950年代終盤なのだが、第二次世界大戦の戦後処理も一段落し、欧米各キャリアの旅客機による世界的な長距離移動競争が盛んになっていった時代だった。R社がパンアメリカン航空の要望でGMTマスターを開発したのもこの頃である。1999年迄超ロングセラーとなったGMTマスターⅠだが、構造的には非常に単純で時分針と連動した24時間GMT針と24時間インデックス表示の両方向回転可能ベゼルを組合わせると言うシンプル極まりないがゆえに、頑丈この上無いスポーツモデルだった。だが技術面に於いてはジュネーブの伝説的時計師ルイ・コティエ氏考案パテック特許申請のプッシュボタン方式の機械式トラベルタイムが圧倒していたと言って差し支え無いだろう。R社も1982年にようやくローカルタイム用12時間針を独立操作して時差修正出来るGMTマスターⅡを発表し現在に至っている。今やこちらはスイス時計を代表するロング&ベストセラーウオッチと呼ぶべきだし、GMT機能のスタンダード仕様としてミドルレンジ以上の各ブランドがこぞって採用しているGMTスタイルだ。リューズの回転方向で時差修正のプラスマイナスは勿論、日付けのバックデイトも可能な良く出来た完成度の高い仕組みで、自分自身もR社エクスプローラーⅡやO社デビル・クロノスコープGMT等で愛用し、その使い勝手の良さには感心している。ところで同格クラスの少なからぬブランドで価格戦略の為か、ETA社系の廉価モジュールを積んだGMTモデルが結構散見される。リューズ中間ポジションで片一方に回して時針単独の一方通行修正、逆方向に回すと何とカレンダー日付け早送りと言う代物だ。正直言ってこんなに使い辛いものは無く、使用方法の説明さえ鬱陶しい"なんちゃってGMT"と言うべきものである。本音では店頭に置きたくも、売りたくも無いのだが、様々な義理人情やしがらみも有って、デザイン優先で最小限のご提案はご容赦頂いている。
さて閑話休題、脱線から戻って主張すべきは二つ。パテックは機械式に於いてはトラベルタイムの名称で独自のGMT機能ウォッチを60年以上採用しており、全く古びていない事。さらに本年度クォーツでのトラベルタイム初搭載に際して、使い勝手の良さが広く認識されている操作スタイルをサックリと採用した事だ。但し、機械式同様にホームタイムの昼夜表示を6時位置に持つがカレンダー機能は無い。やはりビジネス寄りでは無い旅人"Globetrotter"の道連れに相応しい。

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もう少々トラベルタイムにお付き合い願いたいのが、ムーブメントの部品点数という些末で枝葉の話なのでスキップはご自由に。現行アクアノートの機械式トラベルタイムはフルローター自動巻主力機Cal.324 S C(部品点数217点)にトラベルタイムモジュールを載っけてCal.324 S C FUS(同294点)が搭載されている。両者を比較すると部品点数で35%アップ、価格はSS素材で約二倍であり、メカニカルはトラベルタイムを積むと「結構するなァ・・」と言う印象が強い。ところでレディス・アクアノートの3針クォーツ版ベースキャリバーE 23-250 S Cの部品点数は80点、初お目見えのトラベルタイム化されたCal.E 23-250 S C FUS 24Hは96点。たったの16点で出来てしまうクォーツのトラベルタイム。価格は同一素材の比較モデルが無いので何とも言えない。ただ正直言って18金アクアノートのクォーツ・コンプリケーションの市場性とは如何ほどか?と測りかねていた。ところがちゃんとご注文はやって来るのだ。素材に関わらずGMTニーズは有るのだと思っていたら、18金のレディスアクアノートは欲しいが、面倒な機械式はイヤというご要望が有った。恐らく金額と機能のバランスがどうのこうのよりもデザインさえ気に入ればという好例なのだろう。いやいや同一素材RGの3針メカニカルの約8掛けでGMT付きはお買い得とも思える。さらに言えば価格にシビアな女性のクォーツニーズの根強さを改めて確信した。レディスの自動巻メカニカル化を急速に推進してきたパテック社だが、昨年度に初代Twenty ~4®︎のレクタングルケースのクォーツモデルの復活があり、今年度まさかのアクアノート・ルーチェSS復活でのクォーツ再登板はその見直しの潮流を象徴していないか。その段でゆくと18金RGで僅か4品番となっているレディス・ノーチラスのクォーツモデルのディスコンも時間の問題と思っていたが、しばらく様子見もあるかもしれない。でもビッグサプライズとなるSS素材でのクォーツ・ノーチラスの復活劇は、残念ながら多分無さそうな気がする。以上でようやく豊作だったレディスのニューモデル紹介は終了。

Ref.5269/200R-001
ケース径:38.8mm(10時-4時) ケース厚:8.77mm 防水:6気圧
ケースバリエーション:RG
文字盤:マット・ホワイト、アクアノート・エンボス・モチーフ、ゴールド植字数字
裏蓋:ソリッド・ケースバック
ストラップ:コンポジット素材、マット・ホワイト
バックル:アクアノート折り畳み式バックル
価格:お問い合わせください

Caliber E 23-250 S FUS 24H
直径:23.9mm 厚み:2.95mm
部品点数:96個

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やっとこ唯一の貴重なメンズに到着。メンズ・アクアノートのニューモデルRef.5968Gフライバック・クロノグラフは品番的には人気SSモデルの素材バリエーションなのでコスメティックチェンジで間違いないのだが、受け止めるイメージとしては色遣いと18金WG素材が全く同じ3針の通称"ジャンボ"Ref.5168Gのクロノグラフ版と言われた方が納得しやすい。2018年発表の5968SSモデルは文字盤・針・コンポジットストラップ等の多色使いの競演が既存のメンズ・アクアノートには全く無かった断トツの若々しいスポーティモデルとして発表3年後の今も"超"の付く人気が続いている。しかし今年のWG素材追加二色と選択を悩ませるのは「ブルーにするか、それともグリーンか?そして目玉の必要は有りや無しや?」の4択であって「既存のSSか今年のWGどちらかにするか?」では無さそうに思われる。パテックはケース形状(厳密には冷間鍛造の金型か)が品番を決定するので、素材略称のAがGとなるだけだが、妙な違和感を感じてしまう。2006年初出のベストセラー年次カレンダークロノRef.5960Pと10年後に発表されたステンレスブレスモデル5960/1Aにも同じ様なくすぐったさを感じた。で、面白いのはご注文カラーの選択で3針とクロノの両方をたすき掛けという方が多い。今のところSSクロノに加えてWGクロノのマテリアル横断のご注文はまだ無いが、有っても全然不思議が無さそうなくらいに"似て非なる"では無く、真逆の"似ず同なる"異母兄弟?"なタイムピースと思っている。

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今回、上に掲載したアクアノートファミリーの文字盤画像を見続けていて、改めてパテックのダイヤルデザインに関するレベルの高さに感心させられた。もうすぐ時計業界に身を置いて30年にならんとする中で、上記下段右側の偏芯した日付カレンダーディスクのレイアウトパターンを恥ずかしながら初めて拝見した。このクロノグラフムーブの初出は2006年なので正確には今頃やっと気付いたと言うべきか。2006年はノーチラスシリーズ発売30周年であり、現行モデルの原点で有るフルモデルチェンジの特別な年だった。同時に同年はパテック社が全てのクロノグラフムーブメントをマニファクチュール・メゾンとして自社化を進めていた真最中であり、第二弾目のクロノムーブとして時代の最先端を行く垂直クラッチを搭載したフルローター自動巻フライバック・クロノグラフムーブCH 28-520系を二つのニューモデルに搭載させた年でもあった。その一つが年次カレンダーとのダブルコンプリケーションRef.5960Pであり、もう一つがそれまで本格的な複雑機構を積まなかったノーチラスシリーズに於けるフライバック・クロノグラフRef.5980/1A(上段画像左)だった。特殊なカレンダーレイアウトの前者5960と異なりシンプルなデイトカレンダーを王道の3時位置に持つ後者5980は、どう見ても理想的な位置に日付窓が陣取っている。決して大き過ぎるとは言えない40.5mmのノーチラスのケース。さらに特徴的なナマズの口の様な捉え所の無い撫で肩の8角形の幅広ベゼルに追い込まれたダイヤルエリアは実は少し小ぶりだ。さらに真円では無い為に12時-6時と3時-9時方向の縦横十文部分は10時-4時方向より僅かにコンパクトなのだ。一方で搭載エンジンCH 28-520 Cの直径30mmは自動巻コンプリケーション用としては標準だが、3針自動巻等に比べれば明らかに大きい。ここからは全く個人的な推測だが、オフセンターレイアウトのデイトカレンダーディスクは技術的には難易度は高くは無いと思われるが、普通はまずやらない。それを敢えて採用した理由は30周年を迎えた新生ノーチラスの象徴的モデル5980の顔を完璧なプロポーションにする為の秘策だったのでは無いだろうか。そして10数年後の大振りなケースモデルへの搭載に際して、上段画像右2点の文字盤デザインに悩ましい(苦し愉しい)様々な工夫が施される事態になった様な気がする。技術屋では無い我が身が思うに、カレンダーディスクなんぞチョチョイと設計変更して大振りモデル用の派生キャリバーを用意すれば良いような気がするのだが・・ボディや内装と比較して車体やエンジンの部分設計変更は格段にハードルが高いと言うことなのだろうか。それともどうせボディや内装は新たに設計するのだから、そこで視覚的工夫で乗り切ってこそプロたる矜持・・たぶんそっちなのかなァ、何年間も全く違和感を感じる事なく、疑う事すら無くジャンボ・クロノグラフ5980に見惚れてきた。"女"や"人"というのは"たらし"の接頭語としてスラングな日本語の代表格だが、パテックは稀代の"時計屋たらし"だったわけだ。お見事です!ヤラレましたヨ!

Ref.5968G-001
ケース径:42.2mm(10時-4時) ケース厚:11.9mm 防水:12気圧
ケースバリエーション:WG
文字盤:ブラック・グラデーションのミッドナイトブルー、アクアノート・エンボス・モチーフ、夜光付ゴールド植字数字とアワーマーカー
裏蓋:サファイヤクリスタル・バック
ストラップ:コンポジット素材、ミッドナイト・ブルー
バックル:アクアノート折り畳み式バックル
価格:お問い合わせください

Caliber CH 28-520 C/528
直径:30mm 厚み:6.63mm 部品点数:308個 石数:32個
パワーリザーブ:最小45時間~最大55時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動
ローター:21金ゴールド中央ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)

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今回記事も長い。くそ暑い夏本番もまだまだ続くし、迷走気味の五輪も開幕してしまったし、もうええ加減にせなあかんなと思いつつも、伸ばし伸ばしにして、正直かなり勇気を振り絞ってどうしても書かざるを得ないのが、今回バリエーションも増えたアクアノート・フライバック・クロノグラフRef.5968のコンポジットストラップ用に2018年に新規開発採用され、それ以降の新製品に標準装備化されているバックルに関するの憂鬱だ。左側の5168Gのバックル画像でも想像がつくが、バックル開閉用の両側2箇所のよく目立つプッシュボタンに「装着中に当たるので痛くて不快」とのご指摘が絶えない。位置が下過ぎると言うか肌寄り過ぎるのかも知れない。チョッと大きい気もする。最近、レディスモデルを運良く入手し愛用を始めた相方も「ともかく痛い」「でも、カッコいいから我慢」"お洒落はがまんヨ!"は有名なおスギ(いや、ピーコだったか?)のセリフ。確かに正しく同感で有る。例えばスタイリッシュでコンシャスな立体裁断効きまくりのお洋服は、腕は挙らぬ、肩は周らぬ、パンツの上げ下げはひと汗かきそうだし、太れないので食べれない飲めない、ワークアウトは欠かせません。その点和服はかなり楽で制約は少ないが、袖口の引っ掻け常に注意、歩き方制約有り、走るなんてとんでも無い。其れはそれで見える以上に見え無い我慢も一杯ある。その理屈でゆけばバックルの着け心地など我慢!我慢!。そんなに嫌なら時計なんぞ最初から着けるな!とも言える。ただ問題だと思うのは一世代前のバックルの着け心地に劣っている様なのだ。現行モデルではアクアノート3針モデルRef.5167等が採用しているのが旧世代のバックル(画像右側)である。何がどう違うのか比較出来る画像が見当たらず、撮影も困難なので"百聞は一見に・・・"とはいかないが、新旧の両世代を併用されている顧客様の殆どから同様のご指摘を頂いている。たぶんプッシュボタンの厚みと出っ張り度合いの微妙な差異かと思われるので、出来れば自分自身でその装着感の違いを確かめたいが、販売困難度ずっと上昇中のモデルを購入出来るはずも無い。パテック社では新規のブレスレット等はティエリー社長がご自身で入念に着用テストする旨を以前に伺った記憶もあるのだが・・・。腕まわりの形状は千差万別ゆえに人によってはしっくりしないケースも有ろうが、個人差が多様で有ればあるほど着け心地の最大公約数が求められるべきかと思う。今後のどこかで両者の実機比較が出来るチャンスを待ちたい。

文責:乾 画像:パテック フィリップ

人生には"登り坂"もあれば"下り坂"もあるが、"まさか!"もあると言うのはよく知られた親父ギャグ。そしてあろう事か今現在、自分自身でその"まさか"をヨチヨチと這う様に登る日々を過ごしている。一方で浮世離れした時の流れに身を任せてもいるのでグズグズとブログ記事を書き連ねていたら、今年の新製品発表はマンスリー?『アクアノート、その復活とバリエーション』的な代物やら『超絶系ミニットリピーター&レアハンドクラフト』なんぞもダメ押し的にどんどん出て来て、いつもの様に"最新記事・・・"とドヤ顔での公開がはばかられる事態となってしまった。新型コロナ禍の影響は「いったい、何処まで、何すんねん!」とニューモデル発表までが全く予想不可能であって、もうコレは開き直って"なるようになれ、勝手にしやがれ、気分はLet it be!"と思うままに時系列を無視して書き連ねるしかあるまい。

我ら現存世代にとって初遭遇となったパンデミックイヤーの昨年2020年に於いても、パテックはレディスに限っては普通(変な表現だが)の新製品をリリースした。とは言ってもたったの3モデル。それもコスメティックチェンジ(ダイヤルや素材等の仕様変更)に過ぎず、とてもまともな新作発表とは言い難いが・・・そしてパンデミック2年目?の今年もレディスニューモデルのコスメティックチェンジ傾向は継続している。5月27日リリースされたニューアクアのクォーツ・トラベルタイムについては、その例外として改めて考察出来ればと思っている。しかしながら2018年秋にミラノでトゥエンティフォー・オートマチックRef.7300を華々しくデビューさせてから、パテックのレディス市場にかける意気込みにより一層のドライブがかかってきた様に思う。誤解を恐れずにあくまでも個人的な意見(偏見?)だが、女性はファッションやアクセサリー等の身の周りの装飾品(勿論、腕時計も)に関して男性に比べて、圧倒的にトレンドに敏感にして速攻で反応する。一方でブランドに対するロイヤリティや拘りも有りそうな顔して平気で浮気する。例えば新しい美容室を試す女性は意外に多いと聞いた事がある。男性は理容室(美容室派も含めて)をよほどのトラブルでも無い限り、まず変える事はない様に思う。何故か?の追求は面倒な事になりそうなので止めておくが、腕時計に当てはめるとトレンドよりも我が道の追求に重きを置くパテックはレディスに関して、自らハードルを高くしている感があるように思う。

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年次カレンダー4947/1Aは、既存の18金ストラップモデルをステンレス素材ブレスレット仕様へのコスメティックチェンジモデルと言うことになるが、デイリーユースな素材のステンレスブレス仕様に加えてダイヤが何処にも無いからか、予想外のご注文を発表直後から複数本頂戴した。コレが何と男性からなのである。考えてみればRef.7300/1200Aトゥエンティフォー・オートマチックのステンレスモデルも「ベゼルにダイヤが無ければ」と言う男性の引き合いは結構多かった。7300の36mmに対して年次カレンダー4947/1Aは38mm。先月発表されたニューアクアノート・ルーチェに至ってはリバイバルのサイズアップで何と3.2mmも大きい38.8mm径が採用された。そのニューアクアノート・ルーチェの実機を見る機会がまだ無いが、メンズのレギュラーサイズ40.5mmとその差はたった1.7mm。ちなみにそのレギュラーサイズには女性からのご注文も頂いている。
面白いのは男性のダイヤに対する視点で、簡潔に言えば(パテック限定かも知れぬが)バゲットサイズまで迫力が上がれば抵抗感が薄れる事である。現行ラインナップでベゼルダイヤ絡みのメンズモデル全8型その内6点がバゲットダイヤで、さらに今年ノーチラスSSが年度限定で追加され"そんなに来ますか?"レベルのご注文を頂いている。ちなみにラウンド形状のダイヤベゼルモデルはカラトラバRef.5297Gと年次カレンダーRef.5147Gの2モデルだが当店の販売実績はともかく結構なロングセラーなのでニッチな根強い人気モデルなのだろう。ちなみにR社ではメンズにも根強い人気のポイントダイヤインデックス的な仕様が現行品メンズパテックには無い。2000年以前には有った様な気もするが、今世紀は記憶に無い。しかし此れまたバゲットダイヤでのバーインデックスは僅かながら現行生産されている。思い出深いのは2016年のノーチラス発売40周年記念限定モデル2型(5976/1G,5711/1P)で採用されたWGの土台に埋め込まれたバゲットダイヤインデックス。間近で見れば見事なダイヤなのに遠目には普通のバーインデックスに見える抑制の効いたダンディズム仕様には、それまでのメンズダイヤの概念が撃ち下かれてしまった。ちなみにパテック社が使用するダイヤは全てデビアス社でピュア・トップウェッセルトンと格付けされた上質な物に限られている。

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この年次カレンダーSSブレスは既存モデルのバリエーションなので時計としての紹介は省くが、今春の生産中止でメンズ年次カレンダーの元祖系モデルRef.5146が、とうとう、ゴッソリ、一気に、パテックらしい潔ぎよさで、お蔵入りしたので1996年デビューの際に与えられた年次カレンダーオリジナルの顔が婦人用年次カレンダー4947の専用となった。いや、前述のダイヤベゼル仕様5147Gも辛うじてサバイブしているが、そのケース径39mmは4947に僅か+1mmでしかなく、メンズ専用と言うよりも大振りレディスとの兼用モデルと見るべきなのかもしれない。その段でゆくと自動巻カラトラバクンロクの唯一のサバイバーRef.5297Gもダイヤベゼル+ブラックダイヤルが5147Gと共通仕様、そしてケース径38mmは今回紹介のレディス4947と全く同じ・・・

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なんかもう、ケース径に関しては35mm〜39mm辺りのジェンダー属性がカオス状態になって来ている気がする。昨今の世界的なLGBTへの意識の高まりが高級時計の世界へも影響を与えたのか。その辺りのサイズレスパンデミック状況については38.8mm径のアクアノート・ルーチェ等を紹介予定の次回の投稿記事で掘り下げてゆきたい。

Ref.4947/1A-001
ケース径:38mm ケース厚:11mm 防水:3気圧
ケースバリエーション:SS
文字盤:縦横サテン仕上げ(山東絹仕上げ)ブルー、ゴールド植字インデックス
裏蓋:サファイヤクリスタル・バック
ストラップ:ステンレススチール仕様
バックル:折り畳み式バックル
価格:お問い合わせください

Caliber 324 S QA LU
直径:30mm 厚み:5.32mm 部品点数:328個 石数:34個
パワーリザーブ:最小35時間~最大45時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動
ローター:21金ゴールド中央ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)

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もう一点のレディスニューモデルもアップサイジングされた超美形カラトラバ4997/200G-001。オリジナルモデル4896G-001は15年遡る2006年初出で、バーゼルのサンプル初見時にあまりの美しさにノックアウトされた記憶が今なお鮮明だ。当時は文字盤製造法の基礎知識なんぞもほとんど無く、ともかくその美し過ぎるギョーシェ装飾と長くて繊細だが厚みの有る銀色のインデックスの印象が凄かった。ただ問題はそのサイズ感で、当時はその33mm径が女性にはあまりに大きく思われ、ボーイズ的に小柄な日本人男性に薦められそうだと本気で考えていた。同モデルは2009年に見た目ほぼ変わらずの4897G-001へと引き継がれ、2020年までの長きに渡り生産された。RGの素材追加や様々なダイヤルカラーのバリエーションも加えられた。ストラップは一貫してラグジュアリー感溢れる文字盤同色のサテン調テキスタイル素材(表面)が採用された。ブラウン、シルバー・・どの色目も魅力的で使い勝手の多様性も増したが、デビューから君臨するギヨシェ・ナイトブルーダイヤルモデルの秀逸さが抜き出ていて、2016年には同色のバゲットダイヤバージョン4897/300Gも追加された。そして今春2年間のブランクを経て2mmのサイズアップと手巻から自動巻にエンジンを積み替えて4997/200Gとしてリバイバルデビューした。

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特筆すべきはサテン(シルク)の風合いを持つ合成繊維でシンセティックと呼ばれる表面素材で高級感を演出していたストラップが、高級な表面感はそのままに丈夫なカーフ(牛革)素材に置き替えられた事。相方が違うモデルでシンセティック素材ストラップを永らく愛用しているが、まあ"贅沢この上ない"。極端に言えば一回でも着用すれば"使用感"が出るし、デイリーに愛用すればほんの数ヶ月で"使えるけれども、見せられない"のでしょっちゅう交換となる。まあこの素材に限らず高級感の劣化と言う代物は、徐々にでは無く一気にみすぼらしくなり易い。ロールスロイスには擦り傷はおろか僅かな泥汚れすら受け入れ難いのと同じである。ところが最近はスタンダードな素材であるカーフのイミテーション化なるトレンド?が有って、昨年のカラトラバSS1,000本限定Ref.6007Aではザックリとした平織のコットンキャンバスにしか見えないエンボス(型押し)加工が施されたカーフ・ストラップが採用された。今回も平織テキスタイルは同じだがシルクサテンレベルの微細なテクスチャーと高級な光沢感(一体何をどうやったらこうなるの?)を見事に実現したカーフ・ストラップが採用されている。さてさて耐久性がどの程度なのか興味津々だ。
何度も書いているが、男女問わず美形過ぎるのは"人も時計も"実は考えもので、どちらも寄り添う際に"気合いと緊張"を求められ過ぎて、疲れ果ててしまうなんて事になりかねない。その点ではパテックの時計に超の付く美男と美女はほとんど無く、一生連れそうにピッタリな"女房と亭主"タイプが非常に多い。"パテックマジック"と勝手に呼んでいるが「初めはピンと来なかった」「どこが良いのかわからない」から気がつけばドップリと信者になっていたと言うパターンが結構多い。2年間のブランクなのかバケーションを経てカムバックした4997/200Gは、そのパテックマジックには当てはまら無い稀有な美人時計である。良くも悪くも愛用者が限られてしまうし、インパクト大な個性的なカラーリングはスタイリングの許容度も狭めだ。さらに言えばシチュエーション迄もが、夜間の室内こそ輝ける"最強の夜の蝶(昭和の死語)"とは全く勝手な個人的思い込み。けれども足掛け15年以上に渡り、恐らくこの先もずっと"チラ見"せずにはいられ無いパテック銀幕の超スターウォッチであり続けて欲しいのだ。

Ref.4997/200G-001
ケース径:35mm ケース厚:7.4mm 防水:3気圧
ケースバリエーション:WG
文字盤:ギヨシェ装飾のラック塗装ミッドナイトブルー、パウダー仕上げのゴールド・インデックス
裏蓋:サファイヤクリスタル・バック
ストラップ:サテンの風合いを持つ、ブリリアント・ネイビーブルーの起毛仕上げカーフスキン・バンド
バックル:ピンバックル
価格:お問い合わせください

Caliber 240
直径:27.5mm 厚み:2.53mm 部品点数:161個 石数:27個
パワーリザーブ:最小48時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:21,600振動
ローター:21金ゴールド中央ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)

文責:乾 画像:パテック フィリップ

"IN LINE"を辞書で引けば、一列とか一線となっている。さらに横一列等とは有っても"縦"的な表現は見当らない。2021新製品紹介第三弾は、パテックの腕時計としては初登場(他ブランドでも記憶に無いが・・)となるインライン永久カレンダーRef.5236P。見た目は渋くてコンサバ、地味と言う見方もあろう。しかし中身は非常に前衛的で革新的だ。

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新規で画期的な複雑機能を搭載するニューモデルは、昨今は過剰なまでにデコラティブな装飾表現でアピールするブランドが多い。3次元や複数のキャリッジを"これでもか!"と見せつけるトゥールビヨン等はその代表選手だ。保守派の代表格パテックと言えども、この手のトレンドに全く無縁では無く、"コソッと、シラッと"発表しているモデルもある。例えば2019年シンガポールでパテックが開催した"ウォッチアート・グランド・エグジビション"で現地VIP顧客向け限定モデルRef.5303R-010は、パテックらしからぬ"オープンアーキテクチャー(両面スケルトン仕様)にしてトゥールビヨン機構(裏面)とミニット・リピーターのハイライト部(ハンマー&ゴング)をこれでもか!と見せつけている。パテックにとって初めてでありながら一般的にはウルトラDとかE級の超大技を特別に協調してPRしなかった。尚、同モデルは購入不可能なシンガポール以外の顧客からの要望が強かったからか、昨年2021年夏にレギュラーモデル(と言っても購入ハードルは高いが)Ref.5303R-001が、コロナ禍もあってか粛々と発表された

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此処で話はさらに脱線して行くが、2019年のシンガポール限定モデルのリファレンス枝番が"010"で2020年の後追い定番のそれが"001"って・・・。後追い定番化が既定路線だったか否かは不明ながら、"001"が先行して開発され完成していた可能性を感じる。

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デジャヴ?この既視感?そうそうまだ有ったゾ!2017年秋にニューヨークで開催されたウォッチアート・グランド・エグジビションでは初出のグランド・コンプリケーション、ミニット・リピーター・ワールドタイムRef.5531Rが、マンハッタンの昼(010)夜(011)の顔をクロワゾネ(有線七宝)で文字盤装飾され現地向け限定モデル(たったの各5本)で発表された。そして翌年2018年春にバーゼルワールドでクロワゾネ・ダイヤル装飾部をレマン湖岸の風景に置き直した新製品Ref.5531R-001(文字盤表示改訂で現行012)が後追いリリースされた。それ以前の2014年のロンドンでは、その手の"最初はグー(001)では無くチョキ(010)"的なモデルなど無かった。毎回のように寄り道を書き連ね、アーカイブを遡り再確認し今頃やっと気付いた直近過去二回連続の超絶新機軸モデルの現地向け限定モデルの先出しリリース。こういう流れでいけば"THE WATCH ART GRAND EXHIBITION TOKYO 2022"の日本向け限定モデルに未知なる超複雑時計が、定番化(001)に先駆けてサプライズ提案(010・・)される可能性は大なのである。2022年東京のウォッチアート・グランド・エグジビションへの期待は高まるばかりなのである。

で、一体何の題材だったっけ?いや、何が書きたかったと言うと画期的なインラインでのカレンダー表示方式はオープンアーキテクチャーにしてインライン部分を横長長方形の窓枠で囲むと言う手もあったハズで、その手の表示方式なら嫌でも左右にメガネ状に分離された十位と一位の日付表示回転円盤のダイナミックな仕組みとパフォーマンスを愉しませる選択も有ったのになァ。

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もう一つの興味は、さてインライン形式の年次カレンダーを開発するのかどうか?コレはかなり否定的に見ている。そもそもパテックの年次カレンダーは、永久カレンダーモジュールの簡素化では無く、全く新規開発され1996年にデビューしている。そのデビュー時の顔は新機軸ムーブメントに呼応させて、それ以前のパテックアーカイブには全く見られない特徴的なV字型三つ目インダイヤルで新世代的パテックとしてデビューさせている。そして10年後の2006年に年次カレンダー第二世代の顔として採用されたのが、機械式時計全盛期の1900年台半ばに永久カレンダーと永久カレンダー・クロノグラフの殆どに用いられたダブルギッシェスタイルだ。文字盤中央の少し上に左右二つの窓を設け、左に曜日、右に月として日付は6時側にインダイヤル針表示と言うものである。かつてのブランドを代表するカレンダーフェイスを二の矢として投入された事は、当時パテックが如何に年次カレンダーに製品的にフォーカスしたかの証だと思う。背景には1980年代半ば以降のフィリップ・スターン現名誉会長が主導したパテックブランドの機械式複雑機能時計の復活活動の中で、恐らく偶然の結果として永久カレンダーにはダブルギッシェが採用されなかった。その事が年次カレンダー第二世代が由緒ある伝統のフェイスを纏えた理由ではなかろうか。それゆえ2017年新作としてダブルギッシェ・フェイスの永久カレンダーRef.5320発表には実は少なからずショックを受けた。このモデルは個人的にはコスパの良さを感じたし、実際販売面でも良いスタートを切ったモデルだった。以降、パテックは同じ顔を持つ年次と永久の両カレンダーモデルを併売してきた。

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実は此処んところがチョッピリ奥歯に何とか状態で引っ掛かり続けていた。現行の永久カレンダーのラインナップ(永久機能単一モデル)は極薄型自動巻Cal.240の長所を生かした針表示タイプ(Ref.532757407140)とフルローター自動巻Cal.324ベースではレトログラード日付表示タイプのRef.5160/500と前述のダブルギッシェRef.5320とあって、近年かなり整理されていた感があったところに、今回の見た目地味ながらも渋さ抜群のインライン永久カレンダー5236は投入された。大昔に大ヒットした国産スポーツ車の広告コピーに『羊の革を被った狼』と言うのが有ったが、外観は決して純正のスポーツカーでは無く、大半が4枚ドアのスポーティーな中型セダンに最新の脚と最強の心臓(エンジン)を搭載していた。但し、彼女の乗車拒否を防ぐ為?なのか、"赤頭巾ちゃん"の様な前述の"ドキッ!"とさせられたキャッチコピーとは裏腹にTVCMはいかつさとは無縁なほんわかロマンティック仕立てであったと記憶している。此処で「そう、そう、懐かしい・・」と頷いて頂けるご同輩年代層には、とあるパテック首脳陣いわく「一般的に視力の加齢からコンプリケーションはご卒業頂き、シンプルウォッチがベター・・」をアドバイスとしたい。勿論、発言者ご自身が同年代であるのは言うまでも無い。しかしながら今回のインライン形式のカレンダー表示なら我々世代でも、抜群の視認性で充分使えそうだ。話が二重に脱線してしまったが、個人的解釈としては今後パテックのダイヤルセンター窓表示系カレンダーモデルは、5320を除いて永久カレンダーはインライン、年次カレンダーは伝統のダブルギッシェと棲み分けるのでは無いだろうか。もしそうなれば5320の希少性がクローズアップされる可能性もある。

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さてプレスリリースによればこの新製品は、レギュレーター・レイアウトダイヤルの年次カレンダーRef.5235/50Rから幾つかの面でインスパイアされている。まず第一に全体的にエッジの効いた骨太かつシャープな男っぽいカラトラバシェイプのケース形状だ。これについては好き嫌い・・有るかもしれない。ダイヤルは此処ずっとパテックにお馴染みのブルーでセンターから外周に向けてブラックにグラデーションする人気の仕様ながら、凝っているのが5325/50同様に縦方向のサテン(筋目)仕上げを施してから塗装されている点で、記憶の限りではこの組合せ技は覚えが無い。シリコン転写プリントされた6時側スモールセコンド及びダイアル外周のレール状のミニットスケール(シュマン・ド・フェール)等も共通仕様。さらに大きな共通の遺伝子がムーブメント。元々5235/50Rのエンジンは個性的な専用設計で、極薄自動巻基幹ムーブメントCal.240以外で唯一マイクロローターを採用し、ムーブ心臓部のアンクルとガンギ車にはデビュー当時には試験的最先端素材であったシリコン素材を使用。さらに振動数が毎時23,040回(6.4振動、3.2Hz)という不可思議極まり無い挙動のテンプを与えられている。今回5236(やっとレファレンス番号に合点が・・)への搭載にあたっては、ベースムーブメントにも種々改造がなされ振動数は標準的なエイトビート(28,800振動)となっている。

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両者を並べて見比べるとブリッジ(受け)の数や形状が結構異なっている事が判る。最も注目すべきはマイクロローターの色目が永久カレンダーの5326Pは銀色で従来の22金ローターがアクセントカラーだったのが地板や受け同色で、これまた地味仕立て。22金より高比重のプラチナをローターに採用し、主ゼンマイの巻上げ効率を上げて複雑多様な新規カレンダー機構の駆動トルク向上を計ったのである。このプラチナ製と言うのもマイクロやフルのローター形状を問わず現行品ではパテック初(2017年ONLY WATCH 5208Tに搭載実績有)となる。ただ欲張りかも知れないが、新規改良ムーブメントのパワーリザーブが最大48時間とパテックの標準機より延ばせなかったのは、若干振動数を上げたにしても残念だ。さらに無茶な要求を言えば、カレンダーが漸次日送り式では無く小股の切れ上がった瞬時式になっていればインラインと言う表示の魅力は倍増していたであろう。そんな個人的な我が儘はともかく2019年に出願した3件のカレンダー関連の特許に加えて、同年から実機(Ref.5212ウィークリー・カレンダー等)搭載され始めた自動巻ムーブに於ける手動巻上げ時の負担を軽減する減速歯車も盛り込まれたCal.31-260 PS QLは凄く複雑なムーブである事は間違い無い。何しろ総部品点数503個というのはハンパでは無い。自動巻ベースキャリバー部分205個、インライン永久カレンダーモジュール部分が298個がその内訳だ。改良のベースエンジンとされたレギュレーター年次カレンダー5325のCal.31-260 REG QAの総点数が313個なのでザックリ年次カレンダー・モジュール部分は約100個で三分の一に過ぎない。先輩格であるマイクロローターの名キャリバー240に指針形式の永久モジュールを載せたパテックのド定番永久カレンダーRef.5327の部品総数はたった(それでも凄いが・・)275個。ダブルギッシェ永久カレンダー5320が367個。レトログラード日付表示の永久カレンダーRef.5160で361個・・・こう見てゆくと同一平面上にインラインで月と曜日に加えて日付を表示するのがどれだけ面倒くさい事かが良く解る。

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実は画像でインライン部を最初に見た時、少し残念な印象があった。それは日付の十の位と一の位の表示回転ディスクが左右に遠く離れた回転軸を持つ為に両者の間にわずかな逆エンタシス形状の隙間が妙に目立って気になってしまったのだ。画像で見る限り左側の曜日と日付及び右側の日付と月それぞれの隙間は構造上狭くて目立ち難い。さらにカレンダーと同色の白色系の隙間目隠しまで仕込まれて入る様に見える。ところが形状的により目立つ日付2桁を分ける隙間にはその手の目隠しは無さそうで、暗っぽく落ち込む為に妙に気になる印象だった。普通ならこの部分こそカモフラージュ優先度合いNo.1!のはずだし、技術的にも多分容易だろうに敢えて何もされていない。最初は不思議でしょうが無かったが、これはひょっとすると、押し付けがましく無くこの部分に無意識に視線を呼び寄せるパテックの高度な企みでは無いかと疑い始めた。そう考えると記事冒頭で触れたカレンダー各表示部に窓状の枠組み等を一切与えず、文字盤を直接土手状に面取り仕上するというシンプル極まり無い意匠を採用したのも意図的なものではないかと勝手に納得出来た。いわゆる"ビッグデイト(日付)"と呼ばれる時計が多くのブランドで造られているが、その殆どで十と一の位の表示部それぞれを囲う窓枠が設けられ仕切られている。その理由は両者の隙間を隠したい意図も有るが、両者を同一平面状にレイアウト出来るのが文字盤内で非常に限定的な位置しか無く、段差を付け部分的に重ねざるを得ない多くの場合では伊達メガネ的な窓枠が必然となる為だ。コレ、やっぱりパテックお得意のギミックなんだと思う。ただ後方二回転半ひねり・・レベルのウルトラQ技で、素人受けとは別次元で見た目とは裏腹にチョットやソッとでは模倣困難な孤高の技術的王者である事を再認識させてくれる恐るべきニューモデルのデビューだったようだ。

毎度の事ながら道草、寄り道激しく、遭難寸前の迷走となってしまった。今回は特に外ヅラからのネタが正直無さ過ぎて、来年夏(予定)に迫るTHE WATCH ART GRAND EXHIBITION TOKYO 2022と超絶系コンプリケーションの考察などして廻り道しているうちに"一見、変哲も無いモデルが実は・・"といういつもながらのパテックマジックの底無し沼に囚われてしまった。本稿はインラインカレンダー部以外を殆ど紹介していないが、そういう時計なのである。地味なインラインを主役にするという矛盾?から針もインデックス、ケース等のその他全てが主張しない脇役に徹しているので、敢えて何も書かなかった。只々、起稿前にはさほど無かった今の想いは「実機を手に取って、インラインに穴が開くまで見てみたい!」それだけで有る。

Ref.5236P-001
ケース径:41.3mm ケース厚:11.07mm 防水:3気圧
ケースバリエーション:PT
文字盤:ブラック・グラデーションのブルー、縦サテン仕上げ、ゴールド植字インデックス
裏蓋:サファイヤクリスタル・バックと通常のソリッド・ケースバックが共に付属
ストラップ:ブリリアント(艶有)・ネイビーブルーハンドステッチ・アリゲーター
バックル:PTフォールディング(Fold-over-clasp)
価格:お問い合わせください

Caliber 31-260 PS QL
直径:34mm 厚み:5.8mm 部品点数:503個 石数:55個
パワーリザーブ:最小38時間~最大48時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動
ローター:PT製偏心マイクロローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)

文責:乾 画像:パテック フィリップ

パテックはウォッチーズ&ワンダーズ終了前日の4月12日にカラトラバとコンプリケーション系でメンズとレディースの各1モデル計4型を発表した。先行発表されたノーチラス4モデルが生産量の大小はあれども、需要が供給を圧倒的に上回るのは誰の目にも明らかだろう。パテック社からは何ら発表は無いが、新型コロナ禍が時計市場に及ぼしている影響度合いは、世界各地で相当まだら模様の様で有る。想像するにスイスを含めてヨーロッパはかなり悪いのではないかと思われる。北米と中南米もかなり厳しいのでは無いだろうか。恐らく中国本土、日本、台湾、シンガポール等のアジア諸国とオーストラリアやニュージーランドなどのオセアニアは大半の販売拠点が何とか営業出来ているのではないか。正式なコメントは無いが、例年では考えられない客注商品の特別入荷が昨年秋頃から今なお続いている。今年初めにはいつまでもこんな(嬉しい)異常な状況が続く事は無いと覚悟していた。しかし変異によって繰り返し寄せ来る大波の様な新型コロナ禍は一向に改善される気配が無く、我が国も過去最悪の状況に追い込まれそうな第4波に襲われている。それでも何とか経済活動が制限されていないので、イレギュラーな入荷基調は今現在も続いている。そして有難い事にパテックに関しては、ご客注のキャンセルが殆ど無いので経営的には非常に貢献して貰っている。
しかしながら、パテックの様に新型コロナの影響を感じさせないブランドは少数派であり、ロレックスのスポーツモデル全般とオーデマ・ピゲのロイヤルオーク等がその筆頭である。特に1970年代に天才時計デザイナーのチャールズ・ジェラルド・ジェンタが考案した、ロイヤルオーク及びノーチラスとアクアノートを代表格とする全く新しい時計コンセプト、いわゆるラグジュアリースポーツカテゴリーに異様に人気が偏っている。1990年頃から始まった機械式時計の復活劇の中で、2000年頃以降はクロノグラフウォッチが人気牽引の先頭を走ってきた印象が強いが、2008年のリーマンショックを機に徐々に再販価格の価値が高級機械式腕時計の選択基準での最優先項目へと移行してきた様に思う。此処数年、"何で?"と聞きたい程にあらゆるブランドから類似するラグジュアリースポーツタイプの時計が雨後のタケノコの勢いで発表されているのは、これ如何に!
そんな状況下で特別感を持たせた2モデルを含むノーチラス4本のみ発表したパテックに、安心感と同時に"トキメキとワクワク感"皆無のフラストレーションにも揺れた5日後。4月12日に実にこれぞパテック フィリップという新製品が追加発表された。"Simple is the best"1932年に発表されパテックのみならず現代メンズウォッチデザイン原器とも評されるRef.96。只々時刻を知らせる表示機能に徹しきった"引き算の極地"カラトラバのメンズ1型2素材とレディース1型。そしてこれらとは対極に有りながらもパテックならではのお家芸としか言えない"足し算の極地"複雑時計もメンズとレディース各1モデル。

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Ref.6119は、縮少し続けていたカラトラバ・メンズコレクションへの待望のニューフェイス。品番的には2006年にマイナーチェンジデビューし2019年迄ベストセラーで有り続けたRef.5119のアップサイジングモデルと分かり易い。カラトラバを代表するモデルのひとつと言っても差し支え無い決め手の意匠は、古くは1934年のRef.96Dや、1985年のRef.3919などにも見られる特徴的なベゼルデザイン。

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"Clous de Paris"(クルドパリ 仏語 意:パリの爪または鋲釘)英語表現では"hobnail pattern(ホブネイルパターン)"で靴底用の鋲釘文様の意味なのでピラミッド状突起の連続パターンが二重円周状に装飾されている。奇をてらう事無くシンプルで派手過ぎない意匠ながら一目で、パテックお手製のタイムピースである事を証明してくれる。コピーやデフォルメを他ブランドに想起する事を考慮させ無いない程に、ブランドとして唯一無二のデザインとして確立しているのだ。歴代モデルとの外観の違いは、まずサイズで39mmは前作5119にプラス3mm、前々作3919からは5.5mmもデカい。1985年から36年でケース径で約16%だが、面積比では36%弱も巨大化している。この期間に人類の栄養事情が大きく改善し体格が、同様に向上したとも思えない。但しブランドを問わず価格だけは、間違いなく貨幣価値の変動を考慮しても大きく上回って高価格化している。ラグ形状はロー付けされた華奢なオフィサータイプからケース一体の鍛造削り上げ仕上げでシャープな形状(勿論カラトラバ普遍デザインの一つ)に変更された。

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またインデックスもシリコン転写プリントのローマンインデックスから現行手巻きカラトラバのRef.5196と同様の18金素材の四面ファセットの弾丸(オビュー)型形状のアップリケ(植字)仕様となり、針形状も呼応する様に3面のファセットから生まれるエッジの効いた尾根を持つドフィーヌ(語源はイルカDolphinでは無く、パリのシテ島内の地名)針が採用されている。文字盤の一番外側にはレール(仏:シュマン・ド・フェール)形状の分スケールがプリントされている。スモールセコンドもシンプルながらも存在感の強い新意匠でプリントされているが、何より後述する新型ムーブメントがケースのアップサイジングに追随するかの様に大型化された事での秒針(=四番車)の位置取りが良くなった要素が素晴らしい。そして目立ち難いが二重円周の"Clous de Paris"クルドパリの内側にフラットでスリムな円周縁がボックスタイプのサファイヤクリスタル・ガラスを取り巻く様に設けられている点も見逃せない。

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アリゲーターストラップとピンバックルは前モデル5119と同じ仕様だ。尚、この現行カラトラバに装着されているピンバックルが、アメリカ市場を開拓した故アンリ・スターン前々社長の同市場向け発案の賜物であった事を初めて知った。
軽く紹介のつもりが、初見の印象以上にアレもコレもと従来機に無い意匠が次々と攻め立てて来るので長文ダラダラになってしまった。サイズがデカい兄貴モデルの出現かと思ったら、クラシックなデザインの組合せではあっても実は似て非なるこれ迄に無かった時計に仕上げられていた訳だ。で、結局の処こやつのハンサム度合いを個人的にどう見るかだが、2006年に本気で購入する気だったRef.3919Gを買いそびれ生産中止に指を咥えていた身なのでオフィサーケース+プリントブラックローマンインデックスに大いに後ろ髪を惹かれっ放しだし、実機を手に取って見れていないので正直判らないが本音だ。でも画像を見れば見るほど既視感も覚える訳で、特にサイドビューは現行5196にそっくりだ。

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インデックスと時分針もほぼウリだ。しかしクルドパリ・ベゼルもしっかり主張してくる。乱暴に言えば廃番5119と現行5196を足してニで割ってサイズアップしたモデルと言えなくも無い。これは肯定的に受止めるべきで両モデルが並存していた2019年迄は、手巻きカラトラバの選択で誰もが多いに両者で悩み抜いたものだった。6119は両者の良いとこ取りでより今日的にアップデートされたクラシックなエレガンスウォッチだと思う。対して5196はカラトラバの原点Ref.96に何処までも忠実なマイルストーン的なオリジナル時計と呼びたい。今後はこの両者で悩まされる事は無さそうだ。

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尚、WG素材の6119Gの文字盤仕様はチャコールグレーの縦サテン仕上げにスモールセコンド部はブラックの微細な同心円ギョーシェ装飾の組合せで、2019年にいわゆるコスメティックチェンジでWGからRGに素材変更され発表されたレギュレーター・スタイルの年次カレンダーRef.5235/50Rの文字盤と酷似している。これは好き嫌いがはっきり出る様に思われる。

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サイズや外観の好き嫌いは別にして、手巻きのエンジンは全くの新設計だ。最近のパテックでは音鳴り系の超絶複雑時計用ムーブやクロノグラフムーブの新設計は有ったが、いわゆる汎用機に広く使い回しされるベーシックムーブメントの完全な新規開発は絶えて久しかった様に思う。2019年にウィークリーカレンダー用に開発された自動巻ムーブメントCal.26-330系も従来の主要機Cal.324系をベースに大改造が加えられたもので完全な新キャリバーとは言い難い。3919や5119に搭載されていた手巻Cal.215系も源流を遡れば1939年頃に登場したCal.10系をその遺伝子に持ち、1970年代後半に時代の要請から薄型化が計られ生み出された名機である。
ひょっとすると完全なベーシックムーブメントと言うのは、1970年代初期に短期間で開発されたマイクロローター搭載の超薄型自動巻キャリバーCal.240まで約50年程も遡るのではないか。何もパテックが開発をサボった訳ではなく、現代腕時計製作に必要な手巻きも自動巻も基幹ムーブメントをブランドとして早々と完成していたので、主ゼンマイ等の主要部品の素材見直しや部分的な設計修正で充分今日まで実用的対応が容易だったのだ。しかしながら此処10年くらいは多くの他ブランドのパワーリザーブの延長化トレンドに対して、パテックのシンプルなベーシックキャリバー群にあまりにもハンディを感じずにはいられなかった。この点は拙ブログでも個人的に何度も改善希望を訴えてきた。
但し、決してパテック社がロングパワーリザーブを敬遠していたのでは無く、ミレニアムイヤーの2000年にCal.28-20/220と言う当時最長レベルの10日間の超ロングパワーリザーブを持つ手巻きキャリバーを開発し、10-Days・Ref.5100として製品発表している。

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さらに2006年にはこのCal.28-20/220をベースに2日間のパワーリザーブをカレンダーの瞬時変更に転用し、傑作レクタングラー8-Days・Ref.5200をリリースしている。
もう一点の気掛かりが有って、現在の機械式時計でほぼ標準装備であるハック(時刻合わせ時の秒針停止)機能も"日差数秒レベルの機械式には不要"との思想がパテックには有り、未搭載での時計作りを継続して来た。だが今や業界標準に比べてあまりにも孤高に過ぎるし、自社基準精度の−3〜+2秒と言う業界最高レベルの歩度基準にこそハック機能搭載の価値があると思い続けてきた。
この二つの引っ掛かりの内、後者のハック機能は2019年新製品で大きな話題を呼んだウィークリーカレンダーRef.5212にフルローター旗艦Cal.324を徹底的に改良したCal.26-330系に搭載された。既に部分的には進行形であるが、今後は324搭載モデルにはランニングチェンジでこの新エンジンが積まれるのであろう。
今回紹介の6119に積まれる新キャリバーには、この二つの憂いが見事に解消されていてハックはテンプ(振り子)に直接ストッパーで停止・発進する非常に実用的なスタイルが採用され、ロングパワーリザーブは香箱を2個上下に重ねてひたすら駆動の長時間化を計るのでは無く、同一面上に横並びにして安定して高トルクを与えながら現代のライフスタイルに適用し週末乗り切り可能な65時間の絶妙なパワーリザーブの延長を実現した。必然的にムーブ径(ケーシング径)は30.4mmと大き目だが厚さは2.55mmと薄い。両者のサイズからムーブメント名称はCal.30-255 PSとされた。尚、3919や5119等を始めレディースモデルにも広範囲に積まれている従来の主力手巻きエンジンCal.215系もその名称はそのケーシング径21.5mmに由来する。ツインバレル化で新エンジンは直径で約9mmもサイズアップしたが、驚くべきはその厚み2.55mmが従来機と同一に抑えられている事だ。結果としてケース厚(上下サファイヤガラス部分)は8.08mmと5119の7.43mmに対して僅か0.65mmしか増していない。1900年代半ばから各ブランドのメンズの主要機械式ムーブメントの主要サイズの多くが30mmであった事からすれば、この新しいエンジンはメンズ専用と見れば大き過ぎるという事は無く、逆に今日的にはケース径30mm半ばの大振りレディースの出現も珍しく無い事からすれば、新エンジン搭載レディースの登場もあながち否定は出来ない。
しかし、この時計はRGとWGで別物に見えるくらい文字盤周りの化粧仕様が異なる。RGは何処までもコンサバでクラシック。対してWGはアバンギャルドでスポーティ、いわゆる"チョイ悪"風と言えば良いのか。個人的な空想レベルでは、来年に東京で開催予定のパテックが世界の主要都市をラウンドする"ウォッチアート・グランドエグジビジョン・東京"の日本限定モデルでステンレス素材にブルーからブラックにグラデーションするダイヤル"サムライブルー"なんぞが出たりせんかいなァ。

Ref.6119G-001
ケース径:39mm ケース厚:8.1mm 防水:3気圧
文字盤:縦サテン仕上げチャコールグレー ゴールド植字インデックス
ストラップ:ブリリアント(艶有)ブラックの手縫い風アリゲーター
価格:お問い合わせください

Ref.6119R-001
ケース径:39mm ケース厚:8.1mm 防水:3気圧
文字盤:グレイン仕上げシルバー ゴールド植字インデックス
ストラップ:ブリリアント(艶有)チョコレートブラウンの手縫い風アリゲーター
価格:お問い合わせください

Caliber 30-255 PS
直径:31mm 厚み:2.55mm 部品点数:164個 石数:27個
パワーリザーブ:最小65時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動

文責:乾 画像:パテック フィリップ

毎春、時計に関わる全ての人々が心を弾ませる各ブランドの新製品発表。昨年は新型コロナのために未発表としたパテック フィリップ、とりあえずオンラインで発表したブランドなどバラバラな対応であった。ともかくリアルな実機を手に取れる展示会は全て蒸発してしまった。
その当時、翌年2021年の今春もリアル開催が不可能となると誰が想像していただろう。一向に衰えを見せない人類の脅威は、今年も我々の楽しみを早々と奪ってしまった。
ウォッチーズ&ワンダーズと言うジュネーブでのSIHHの発展系の展示会に、パテック フィリップやロレックス等のバーゼルワールドの中核ブランドが新規参加して開催される予定だったが、昨年秋頃にリアル開催不可能の決定がなされ、各ブランドともオンラインでの新製品発表を模索進化させる事となった。我が国の感染状況も予断を許さないが世界の現況からして、来年度も現地開催ができるのかどうか、誰にもわからないまさに非常事態な状況である。
パテックに関して言えば、昨年度はまさに手探りで夏ごろから小出しに何度か分けて新製品発表をした。ただ現実性のあったレディースモデルの新製品に対して、メンズは数千万円以上の非常に特殊な雲上モデルのみの発表であり、多くのパテックファンにとって事実上、新製品発表の無い欲求不満の溜まる一年であった。

今年はウォッチーズ&ワンダーズ初日の4月7日に同ブランドの最も人気のあるシリーズのノーチラスの4モデルを新製品として発表した。さらに4月12日にはカラトラバやコンプリケーションで5モデルを追加発表した。すべてオンラインであり実機を見られない状況でのインプレッションを今回は考察してみたい。尚、スペック等の商品詳細はリンクを貼った当店HPを参照願いたい。

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まず最初にノーチラス4モデルのうち超絶人気のステンレスモデル5711のシンプルな3針モデル5711/1A-014とステンレスながらバゲットダイヤをベゼルに敷き詰めると言うパテックでは"快挙?、壮挙?、暴挙?"と言うしかない特殊モデル5711/1300A-001の2型。採用されているオリーブグリーンの文字盤は、今年の時計業界の大トレンドだがおよそ一般的な色目とは言い難い。記憶の限りでパテックのグリーンダイヤルは、かなり前のレディース・アクアノート・ルーチェと一昨年ダイヤルカラーバリエーションが追加されたアクアノート《ジャンボ》WGカーキグリーンの2モデル。現行ラインナップでもある後者は、"抹茶"と言う表現がピッタリな艶感とは全く無縁なマットな文字盤とコンポジット(ラバー)ストラップの構成で初見時に、あまりの個性の強さに購買希望者が絞られる印象を受けたが、新作人気が落ち着いた2年後の今現在もコンスタントにご注文が有り、同モデル初出でより一般受けするブラック・グラデーションのブルー文字盤と受注数はほぼ変わらない。個人的予測が見事に裏切られている。
新作オリーブグリーンの色目はモニターで見る限り、濃淡のレベルと艶の有無が判然としない。ただアクアノート《ジャンボ》のカーキグリーンの様なアクの強さでは無くオールマイティに着用者を選ばない安心感を感じる。いつでもパテックは紙でもWEBでも現物が必ずあらゆる媒体表現を凌駕するので、モニターでさえ充分な魅力を発揮しているオリーブの現物は相当な美味しさを期待出来そうだ。

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ベゼル仕様違いの5711/1300A-001も時計としては素材も含め全く同じスペックながら異色度合いは過去記憶に無いレベルだ。SS素材にダイヤセットは永らく時計業界では御法度であった。その理由は素材特性的にジェムセッティングが困難とされてきた。しかし本音は素材的に低価格であるステンレスのジェムセットモデルの実現化が18金WGやプラチナ素材の同様モデルを駆逐するのではという恐れからであった。その禁を破って最初にパンドラの箱を開けたのは、確かショーメだった様に思うが、物凄くうろ覚えに過ぎない。その直後からメジャーなカルティエをはじめ様々なレディースウォッチではSSケースにダイヤセットが、瞬く間に当たり前の仕様となった。パテックもこの潮流で1999年にSSのレクタングラーケースの両サイドにダイヤを配したTwenty~4®︎を発表。昨年文字盤等のマイナーチェンジを受けたが今なお現行バリバリのロング&ベストセラーモデルに育っている。
だがメンズウォッチにおいて、インデックスはともかくベゼルにダイヤがセットされるステンレスモデルは作例は有るものの今日でもメジャーとは言えない。もちろんパテックとしてもブランド初の事であり、しかも存在感あり過ぎな大粒バゲットダイヤモンドをセットしてきたのは異例中の異例である。還暦も過ぎた個人的にはこの組み合わせに違和感がないわけではない。しかし時計業界の最高峰ブランドであるパテック フィリップにとっては成立してしまう組み合わせなのだろう。早々とお問い合わせが殺到している。仮に著名であってもミドルレンジブランドが近似モデルを発表しても全く市場の反応は見込めないであろう。
ちなみにこれらオリーブグリーン・ダイヤルの2モデルについては今年度のみの生産と発表されており、通常の新製品発表と言うより特殊な限定モデル的意味合いを持つように思う。発表直後から様々なお問い合わせやご注文が殺到しているが、入荷量が全く不明なのでどこまでご対応できるかは、例によって例のごとくご勘弁頂きたい。

5990/1R-001ノーチラス・トラベルタイム・フライバック・クロノグラフは、ステンレスバージョンで既に現行の人気モデルとしてラインナップされているが、今回素材追加としてローズゴールドバージョンが追加発表された。

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文字盤はブルー・ソレイユと呼ばれる青文字盤が採用されている。これまた個人的には赤味のあるローズの色目と青の組み合わせはかなり個性的であって、我々日本人にとってはちょっと勇気の要る選択と思われる。ところが現行ラインナップにある自動巻クロノグラフのノーチラスのSSとRGのコンビネーションモデル5980/1AR−001が近似のブルー文字盤でありながら一定の人気を保ち続けている事からすれば、生産量次第では人気の希少ノーチラスとなるのかもしれない。

レディース・ノーチラスからも1モデル7118/1450R-001が発表された。メンズに既に総ダイヤモデル5719/10G-001が用意されている事からすれば、もっと早くリリースされるべきモデルだと思う。

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価格的にもそれなりに凄いのだが、時計と言うよりもこの手のものはジュエリーに時計がついているものなので特に紹介のしようもない。ただ従来の7118モデルには6時位置にカレンダーが付くが、当然?のごとくこのハイジュエリー・モデルでは省略されている。ついでに秒針すら無くても良かった気がする。

続けて4月12日に発表されたニューモデルについても書き連ねようと思ったが、ノーチラスだけで想定以上の文章量となってしまったので、やっとこさ補強されたカラトラバや画期的な永久カレンダー等については、改めて後日の紹介にしたいと思う。

文責:乾 画像:パテック フィリップ

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