パテック フィリップに夢中

パテック フィリップ正規取扱店「カサブランカ奈良」のブランド紹介ブログ

2021年9月の記事一覧

ミニット・リピーターを分かり易く単純には言えないが、乱暴強引に言うなら"ゼンマイ仕掛けの物凄く精工なからくり人形か、複雑極まりないオルゴール"辺りになろうか。時計を運針する主ゼンマイとは別のリピーター機構専用のゼンマイを時計左側(9時側)側面に備えられたスライドレバーを慎重に下から上に操作して、現在時刻を高音と低音の二音階の組合せで表現するという代物である。
前編でも触れたが、時(Hour)は低音、四分の一時間(15分・Quarter)は高音と低音の連続音、分(Minute)は高音という構成だ。一番鳴る数が少なくって短いのは1時ジャストで、低音一回のみ。数が多く最長時間を要するのが、12時59分で低音12回・高低連続音3回(打刻数は6回)・高音14回となり総打刻数は32回にもなる。そして18秒以内に32回を打ち終えなくてはならないと言う自社ルールがあり、もったいぶった記事タイトルの言われは此処にある。僅か1分の違いで関東風の一本締め!、はたまた賑やかな三本締めすら上回る大太鼓と小太鼓のチョッとしたマーチングバンド風にすらなる。"地獄と天国"では例えが悪いが、特に人に聴いて貰う際には或る程度以上の鳴り数が欲しいのがオーナーの心理。多くの場合12時50分以降に時刻をセットする事が殆どだ。「シーンと」静まりかえる空間に電子音では絶対に表現不可能な暖かく味の或るアコースティックな2音階のシンフォニーが響いてゆく。そして大抵がアンコールリクエストの喝采を浴びて、ミニットは連続演奏を繰り返す羽目になり易い。しかし時計は運針しているのでクライマックスの12時59分が過ぎてさらに期待感が増せども、「ティン!」休養を要求するかの様な1時のワンゴングでコンサートは閉幕となる。
尚、ミニット・リピーター機構の保護の為に演奏と演奏の間には必ず30秒以上の休養のインターバルを取らなければならない。さらに言えば30秒のレストを遵守しても頻繁(どの程度か決まりは無いが・・)に鳴らし過ぎるのはご法度だ。日本の実例で納品初日に嬉しさのあまり演奏を繰り返しすぎて、ドック入りになったケースも有ったと聞いた。でも、その気持ちは実に良く解るナァ。
特に今回納品した5178G-001等は見た目が普通の時計過ぎるので、想像を超えた深淵なるシンフォニーを奏でるという意外性をついつい披露したくなる。痛いほど、そのお気持ち理解できる。でもストラディバリウスも一日中休みなしにこき使われてはご機嫌斜めになりかねない。ほどほどに節度を持って、グッと我慢してこらえて頂きたい。

さて同一の職人が手作りする木製のヴァイオリンの音色が全て微妙に異なる様に、素材が金属であっても同一品番のミニットも同じ音色にはまずならない。同じ18金ケース同士であってもイエロー・ローズ・ホワイトで微妙に音は異なるし、プラチナは誰が聞いても硬い音質となる。でもティエリー社長はプラチナを好んでいるし、フィリップ名誉会長は18金ローズゴールドがお好みで、結局のところ全ての個体で音は異なり、それは好みの世界となるが、購入に際して複数の個体を聴き比べて選ぶという事は出来ない。その為に全個体に対して非常に厳しいレベルでのティエリー・スターン社長の試聴テストがなされている訳だ。自身の視聴経験に限って言えば「これはチョッと・・」と言う個体は皆無で、複数モデルを同時に聴き比べる際に、ケースが小ぶりな婦人用なのに音量が豊かでビックリと言う様な意外性などはあっても、良し悪しと言う様なレベルで悩む様な個体はそもそも無く、あくまでも好みの強弱がどの位かだと思う。しかし、それも複数個のミニットを所有し試聴歴をかなり積んだ方という前提で有って、パテックのミニットを初めて購入する際に当てが外れて落胆し、後悔する事などあり得ない様に思う。尚、パテック公式HP内カタログページ下部の"チャイムを聴く"からネット経由で(なんちゃって)試聴も可能である。
なにゆえにパテックのミニット・リピーターがそれほど優秀なのか。それは前編でも触れた1900年代後半の極僅かの期間を例外として、創業当初から途切れる事なくミニット・リピーターを製造し続けてきた唯一と言ってよいヒストリーを持つブランドという事がベースになっている。その基盤の上に1980年代から現名誉会長フィリップ・スターンの大英断によって現代的な技術の開発や音質の管理手法の採用などを積み重ねる事で、他ブランドを寄せ付けない今日の重厚かつ孤高なミニット・リピーター王国が着実に作られた。

その技術革新の一例を挙げると、遠心ガバナーの開発採用がある。現代ミニット初号機であるキャリバー 89以前の従来型ミニット最大の課題をパテックは、リピーター打刻時にゴングの制御装置が発生する雑音に有るとした。想像して頂ける酷似音としては、現在でも一部のブランドで製造されているアラームウオッチの音である。具体的にはジャガー・ルクルトのメモボックスであり、歴代アメリカ大統領が好んだという逸話(具体的にどなたが愛用したかは未調査)の有るレビュー・トーメン(バルカンとのブランド名称も有ったりしたような・・)のクリケット(コオロギの英名)等がある。テキスト本によれば19世紀末に特許申請された無音の制御装置があり低知名度ブランドが低価格ミニットに採用していたが、装置自体がかさ張るという致命的な欠点があって、著名な高級ブランドでは採用される事が無かった。その為に長きに渡り、オークションに出品される無音のミニットは疑いの目で見られると言う奇妙な状況が有ったが、新機軸の無音化装置"遠心ガバナー"を搭載したミニット・リピーターの初出であったキャリバー 89が、1989年にその奇妙な概念を覆した。

ミニット・リピーター機構の説明が難解なのと同様に遠心ガバナーの説明も難しい。正直に言えば、完全に理解できていないのが本音だ。言えるのはゼンマイのパワーでゴングを叩くハンマーの打つ間隔をゼンマイトルクの減衰に関わらず一定に保つ無音の制御機構である。

6301P_001_13.jpg上画像は2020年新作のRef.6301Pの画像を参考に拝借、右側の2つのおたまじゃくしが追いかけっこしているようなのが遠心ガバナー。従来のミニット・リピーターではカラトラバ十字の装飾で隠されていたが、この最新作では存分にその動きを見ることができる。
(個人的には微妙と思いながらも)判り易い例としてはフィギュアスケートのスピンの演技が挙げられる。スピンの最初にスケーターは両手を優雅に伸ばしてゆったりと回転を始めるが、徐々に両腕が折り畳まれるにつれて回転速度が上がってゆく。最後はチョッピリ可哀そうな程に窮屈に両腕を体に密着させたり、頭の真上でこれでもかと密着させて突き上げ体をともかく棒状にする事で、常人なら目が廻って転倒確実な駒廻しさながらの高速回転に加速して行くがなぜかニッコリと微笑んで突如ピタリとストップしスピン演技は終了する。全スケーターが微笑むかは知らない。羽生結弦選手がどうかも知らない。しかし間違いなく一度もサボらず浅田真央ちゃんは微笑んでくれた。見る側からは最高回転時にパワフルさを感じるが、実際には緩やかにスピンし始める時の回転トルクが最大であり、その後にスケーター自身は追加のトルクを加える事は不可能なので、氷と空気の摩擦で減ずる回転トルクを両腕を縮める事で回転中心軸にウェイトを集中させ慣性モーメントを減らして回転速度を調達している仕組みなのだ。だから縮め切って回転が落ち始める直前に"ニコッ、パッ!と"急ブレーキを掛けるわけだ。う~ん、書いていてやっぱり判り易いとは言えず難解ではある。ええぃ!ともかく作動中のミニット・リピーターの中では浅田真央ちゃんや羽生結弦選手がともかく頑張ってスピンをしまくっているので、くれぐれも無理をさせずに労わってやって欲しいわけですョ。

パテックが購入者に出荷する全てのミニットのサウンドは単に録音されるだけでは無く、様々な観点から計測され記録される。或るものは数値化されて記録される。このサウンドデーターの保存は、分解掃除等のメンテナンス目的でスイス・パテック社にドック入りした際に初出荷時のリピーター音を出来うる限り忠実に再現する為に必要不可欠な工程となっている。
この随分と科学的な手法も現代版ミニット・リピーターの開発設計が進められた1980年代にローザンヌ連邦工科大学(スイスの全時計ブランド御用達ではないかと思われるほど他との協業を聞かない)との共同研究の成果であり、ずっと以前(1960年代より前)のコオロギが頑張っていたアンティークな個体には音の再現性は求めようもない。しかし、ティエリーが19歳でパテックに入社したばかりの頃からミニット・リピーターの試聴訓練はフィリップから相伝され始め、一人前となってからは親子で、そして今現在はティエリー・スターン社長がその任を背負っている。この出荷前試聴テスト自体も科学的な音の管理手法の進化と共にブラッシュアップしている様で、しっかり科学的なふるいにパスした個体のみ試聴すれば良いという事なのだろう。但し、最も重要なのは科学的なサポートは1989年以降の現代的な生産に多大に寄与してきたのは確かだが、その微妙に過ぎる音色を調整出来るのは経験豊かな一握りの職人の耳と手の技で有って将来もロボットが取って代わる事は無さそうだし、どこまでも最終判定はアナログな人間の耳によって良否が決定され続けてゆくのだろう。否、それ以外に決定方法は無いという事だろう。パテックがミニットに於いて大切にしているのが"ぬくもりのある音"だが、確かにぬくもりを創り出したり判定するのは機械には不可能だろう。

5178G_001_2.jpg

さてテキスト本からの抜粋ダイジェストのつもりで書き始めた本稿だが、覚悟していた奥深さの質・量ともに半端ではない。例えばスライドピースの操作感一つとってもスターンファミリーが理想にしている"バターを切る様な柔らかさ"とはポルシェのマニュアルシフトフィールで有名な"バターにナイフ!"との共鳴を感じ、一流は一流と相通じるのだなァ。という具合にアレを書けば次にコレにも触れずにはおられず、正直際限が無い。もっと言えばテキスト本でさえもミニットの全てを書き切れているわけでは無いだろう。知れば知るほど底なしの井戸の様に興味が湧き、魅了される時計を超えた存在。それがパテックのミニット・リピーターだと言う事を書き進む程に知らされた。到底この交響曲は第二楽章では終わりそうに無く『未完成』へとタイトル変更止む無しとなりそうだ。すみません。やっぱりこれ以上はMinute Repeaterをご一読いただくのをお勧めいたします。かと言って読み切るのは案外簡単で、面白いゆえに疲れも無いと言う何とも不思議な書物です。でも深い・・

なんでこんなにミニット・リピーターは解説困難なのだろう。きっとそれは単なる時計という時を正確に刻めば良いという世界だけでは無く、音楽同様に音の芸術域に立ち入って行かねばならないからだろう。似た経験はレア・ハンドクラフトの一つエナメル装飾でも感じた絵画同様のアート領域の説明が困難を極めたのと同質だ。ただ必要な時を音で知らせるだけなら確かに時計の延長でしかないが、芸術的な音そのものを主役として聴き取る楽しみが主目的となっているリピーター系鳴り物は、レア・ハンドクラフトとひっくるめてタイムピースと呼ぶよりアートピースと呼ぶのが相応しいと思う。そう考えればゴッホやフェルメール、琳派や北斎を文字で表現説明する事と同じく無理がありそうな事に納得できる。

自らは手の届かぬ憧れのグランド・コンプリケーションであるミニットの実機納品が起稿動機なので本来はRef.5178そのものをもっとクローズアップせねばならないが、やはり実際に納品立ち合いが出来ず、撮影は勿論、触れる事すら叶わなかった為なのか、詳細が書けません。不器用な事この上ない。ご勘弁。ご容赦。本稿は単なるPPミニットの触りになってしまった。でも、そんなに遠く無いいつの日か奈良でご対面する事が出来れば、『再挑戦、実機編5178G』有るかなァ。一応スペックだけはいつも通りに・・

Ref.5178G-001
ケース径:40mm ケース厚:10.53mm 防水:非防水(湿気・埃にのみ対処)
ケースバリエーション:WG
文字盤:クリーム色七宝文字盤、ゴールド植字ブレゲ数字
裏蓋:サファイヤクリスタル・バックと通常のケースバックが共に付属
ストラップ:ブリリアント・チョコレート・ブラウンのハンドステッチ・アリゲーター・バンド
バックル:折り畳み式バックル
価格:お問い合わせください

Caliber R 27 PS
直径:28mm 厚み:5.05mm 部品点数:342個 石数:39個
パワーリザーブ:最小43時間~最大48時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:21,600振動
ローター:22金偏心マイクロローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)

文責:乾 画像:パテック フィリップ
『Minute Repeater』Jean Philippe Arm, Tomas Lips 共著 2012年『邦題:ミニット・リピーター』小金井良夫 翻訳

本人にその気が無くとも、毎回あたかも時計やパテックのオーソリティーのごとく書き連ねているブログ。しかし何度もお断りしているが、いずれについても生まれ落ちた"家業"という縁もあって、三十路を過ぎてから聞きかじりと読みかじりで知識の断片をアレやコレやツギハギをしてようやく何とか起稿しているに過ぎない。画像だけは下手の横好きで思いっきり自己流の撮影でオリジナリティを加味してきたが、今春からは己の不徳の致すところでソレも儘ならない状況となってしまった。"カンヌキ、オシドリ、鼓クルマ、ガンギ、遊星車・・・"なんぞと言う機械式時計ムーブメントの様々な部品名称も知ってはいるが、その働きとポジショニングは、怪しい限りであって時計師との会話はネイティブとは程遠い。当店(株式法人なので当社?)の創業者祖父も継承者実父も商いの人であって技術は齧る事すら無かった。しかしその祖父の配偶者であった祖母の末弟(私の大叔父)は時計師の道を歩み、戦前大阪市内に有った祖父の時計屋(個人商店時代)の彩光の良い最上階で活躍するスイス風に言えばキャビノチェだった。この人は、当時の超高級品である腕時計をアッセンブルする実にハイカラな職人であった。最晩年は何のえにしか当店至近で独り住まいをされ数年前に90歳近くで他界された。その引退生活ぶりが独居老人の寂寥感とは無縁で"孤高の孤独"を日々見事にお洒落に楽しみ、縁深き筋からの依頼であれば分解掃除を80歳過ぎまで引き受けておられた。お連れ合いを早くに亡くされたが、ご子息等の誘いにも甘えず・・正にダンディズムがかくしゃくと歩いていると言った風で、男やもめの人生終盤は斯くあるべし!と思わずにいられぬ憧憬すべき血縁者だった。今思えばご自宅の工房で分解掃除のイロハをなぜ手ほどきして貰わなかったのか、心残りでならない。
何でこんな個人的な昔話を持ち出したのかと言うと、前回記事までの今年の新製品紹介を一旦中断して、ずっと引っかかっていた今春納品をした当店初の超複雑タイムピースの紹介を先にしたくなったからである。タイトルからもお分かりのように今回は機械式時計の頂点のひとつであるミニット・リピーターの納品実績を踏まえた紹介となる。いわゆる音鳴り系時計の仕組みを完璧にわかりやすく説明をすると言うのは至難の業である。これは複雑機械式時計に精通したトップ技術者であってもその難しさは同じであろう。にも関わらず時計技術者の端くれでもない自分が、後述するテキストに全面的に頼りながら書き進める事を冒頭にお断りすべきだと思ったからである。それにしてもいつもながら長文の前触れになってしまった。

ミニット・リピーターが機械式時計の頂点の一つで有る事は論を待たないが、唯一無二で有るか否か?については、好き嫌い?も含めて諸説有りそうだ。個人的な立ち位置からの購入可能性の有無確認をする以前に、価格的に購入検討の限度額を潔くかつ即決で諦めがつくレベルで超越している為に妙な安心感?が有る。しかし販売に関しては「いつの日にかきっと・・」という"夢"では無く、あくまで"目標"と定めていた。パテック取り扱い開始から5年弱で受注し1年と少しで入荷納品。勿論、購入履歴等々の発注ハードルは存在するし、納期も今回は比較的早目かと思われる。しかしその受注プロセスの詳細は、判り易く明確なものでは無い。非常に極端な言い方をすれば、発注は可能で有ってもスイスパテック社が受注出来るか否かが我々は勿論、パテック フィリップ ジャパンにも決定権は無い。但し、過去の経験的に絶対に無理そうな注文(極端な例としてご購入履歴が無いとか)は当店では独自の判断でお受けしていない。ヒョットしたらイケるかも以上で取り敢えず発注を出すも「残念ですが・・」もしくは運が良くても「キャンセル待ち」と成ることが多い。キャンセル待ちとは、今現在の生産枠では見通しが立たないがスイス本社の受注待ちリスト末尾に記録され、文字通りキャンセルが出るか、先約者の納品が進んで、生産枠に見通しが立てば正式受注に移行する可能性があると理解している。尚、正式受注となった場合は目安としてのザックリした納期が提示される。以上がミニット・リピーター発注購入の基本的な流れとなるが、後述する様に年間の生産数が非常に少なく、経営トップ自ら(ティエリー社長)の出荷検品の厳しさが有り、いわゆるシリーズ生産とは全く異なる次元のプロセスを経る為に、納期も価格(日々変動する為替レートや原材料価格の為)も予定と未定が常にスムージー状態で有る。
でも、我々の「いつの日にかきっと・・」は何処までも販売に関してだが、皆様には発注購入を「いつかはきっと・・」として頂きたい。特殊で好き嫌いも有るけれども、腕時計蒐集を生涯の嗜みとされるのであれば、最高峰時計ブランドである"パテックのミニット"所有はこれ以上は無いチャレンジングで判り易い"目標"では無かろうか。ただし登山家に於けるエベレスト登頂が一応"上がり"でもうそれ以上となると、難度の高い未登攀ルートであったり無酸素単独行登山と言う様な冒険的山行になるが、時計蒐集に於いてのミニット・リピーターは少し違う様に最近は思っている。その"最近"とは立ち会えては居なかったが、今春に初ミニットを納品してからだ。いや、さらに想い起こせば一年以上前の受注時は現場で担当販売員として様々な見聞きを自ら体験したからかも知れない。誤解をしっかりと恐れて(恐れずはとても無理)言えば「最初のミニットはこのあたりにしておこうか」ぐらいの感覚を普通に持てる蒐集家の為にミニット・リピーターというコレクションは存在するという様な感覚か。現行ミニットのスターティングプライスモデルはRef.5078でザックリと言っても税込4,500万円程度はする。ちなみにミニットの様なパテックの時価(POR;Price on request)モデルは、驚くなかれ実はバーゲンプライスなのである。詳細はご勘弁頂くが、価格設定が定価モデルと異なって、実は商売上の旨味はあまり無い。仮に定価設定がなされた場合は為替リスク等回避からさらに高額になるだろう。まあ分母となる金額が金額なので其れなりのプロフィットは勿論有るが、儲け以上にPORを販売出来た事の達成感や満足感が個人的にはずっと大きい。念の為に言えばPORは決して販売店では無く、作り手の事情故に取らざるを得ない価格システムなのである。ちなみに最終の販売価格は、スイスでの製品出荷準備完了時の為替などにより決定される。また販売店への納品も定価モデルと異なり、配送では無く納品時の初期不良を確認出来るPPJスタッフが持参して立ち会う事になっている。今回はコロナ禍という特殊事情とお客様都合も有って、当店スタッフが上京し東京のPPJオフィスにて製品確認後にご納品という形を取らせて貰った。

5178G_5078G_a.png

冒頭で前述した様に納品実機に触れる事も、見る事さえして居ないので、具体的な時計の紹介は実に書き難いのだが今回納品した当該モデルは、Ref.5178G−001。ミニット・リピーター機能のみを単独で搭載するシンプルウォッチで有る事に加えて、好き嫌いは別にして現行ミニット・リピーターコレクションで唯一のカセドラル・ゴング(後述)を採用した"鳴り"の解り易さを最も追求しているモデルだ。文字盤のクリームがかった優しい色目の本七宝仕上げについては、何らかの音質的影響を与えているかもしれないが、プラス要因になっているという事は無いと思われる。このモデルにはRef.5078という一回り小さくクラシック・ゴング(後述)を搭載した弟的なモデルがあって、現行のミニットコレクションでは価格的にエントリーモデルとなる。この兄弟モデルの違いは、ハンマー(撞木)で打たれるゴング(鐘)の違いだけと言っても良く、5178のカセドラルが5078のクラシックタイプの倍(一重と二重の差)の長さが有り、打音の際に独特な残響(音の余韻)を奏でる。日常的にミニットを試聴するパテック社オーナーのフィリップ、ティエリー父子はクラシック・ゴングが好みの様だが、次回はいつ聴けることやらという凡人の身にとっては、独僧が突く小振りで著名な鐘の音色が如何に素晴らしくとも、17名もの僧侶が盛大に突く豪快な知恩院の巨大な梵鐘の方が、年にたった一度ゆえに感動を覚え易いのだ。このクラスの時計についてコスパを論ずる意味は不明だが、5178はミニットとしてはエントリープライスゾーンに有りながら、判り易い感動的なカセドラル・ゴングを堪能出来、さらには複合機能が付加されていない為に音質的には価格的上級機種をほぼ確実に上回るはずで有る。絶対に上回ると断定出来ないのは、試聴経験の質と量が残念ながら少な過ぎるからと、併載される複雑機構によってケース内の部品密度が増しても絶対に音質低下要因に成るとは言い切れない(たぶん?)からだ。という事で5178はミニット受注初心者"乾"が購入検討中の皆様に自信を持ってお勧めしたいコスパ抜群(普通にマンション買えそうですが・・)のミニット・リピーター入門機である。
さて、ミニット・リピーターの歴史的やら機械的な紹介を何処までするかは実に悩ましい。でも、たった一行で済ませると言う手品も有る。
『Minute Repeater』Jean Philippe Arm, Tomas Lips 共著 2012年『邦題:ミニット・リピーター』小金井良夫 翻訳

20210820181621817_0001.pngこの本は名著です。ミニット・リピーターに少しでも興味のある方には是非ともご一読をお薦めしたい。個人的には十読はいかないが五読以上はしている。当店2階PPコーナー奥の書棚にその蔵書は有るのだが、日本の多湿な気候に滅法弱い合皮素材の装丁はもうボロボロだ。パテックは多数の書籍を発行しているが、何回読んでもこの本は最高に面白い一冊で、何より読み易い。本の後半半分強は年表や主要モデルが掲載された資料部分だが、前半は現名誉会長フィリップと現社長ティエリー両者へのインタビュースタイルの読み物となっている。何度でも読めるし、その度毎に発見がある。とても平易な文章なのにミニットへの興味が尽きる事無く湧き出てくる何とも不思議な文献なのだ。尚、当店では時計在庫は無理なので、この名著の在庫だけは店頭にご用意し、税込9,468円で販売している。尚、お近くの正規販売店経由でも購入相談は可能だろう。

以上で一般論は終わって実機紹介に進んでも良いのだけれど、思いっきり端折ってヒストリーとメカニズムを一応紹介。リピーター機構そのものの歴史は相当古く17世紀末迄遡る。その詳細は省くが、当初用いられていた青銅の鐘では無い現在の様な細長い環状のゴングで小型化と同時に音量の確保を実現したのは、かの有名なアブラアン・ルイ・ブレゲである。時計という山はどのルートから登っても何処かでほとんどこの"ブレゲ尾根"ルートをたどる事になり、改めてその偉大な足跡に脱帽するしか無い。また19世紀末迄のミニットはほぼ懐中時計であったが、オーソドックスな2ゴング仕様の場合、時を低音、クォーターを高低音の組合せ、最後の分は高音と言う表現手法が、不文律として腕時計主流の現代まで受け継がれている事。この2点に関しては個人的に驚異的な事だと思っている。そしてパテックに顧客リストが残る最初のリピーター(15分打刻の懐中時計で、他社エボーシュ仕上げ)が製作・販売されたのは創業年1839年9月と非常に早い。同年5月の創業後19個目の時計とある。初のミニット・リピーターの完成は1845年。同年にはグランドソヌリとプティットソヌリ搭載懐中時計も早々と製作された。その後の60年間で懐中時計としてのリピーターには永久カレンダーを始め様々な複雑機構が組み込まれ熟成発展した。腕時計搭載化の萌芽も早く、1896年にはミニット・リピーター搭載の婦人用ペンダント・ウォッチを製作できるまでムーブメント小型化に成功していた。1906年からは当時北米での重要得意先であったティファニーへの完成ムーブメントでの供給がなされ、1925年からはパテックブランドとして定番コレクション化がなされた。チョッと待てよ!1916年に婦人用ながらパテック社によるプラチナ製ケース&ブレス完成品リピーター腕時計・・我々パテック販売員には割と良く刷り込まれた?逸話が抜けているが、この有名な腕時計は5分リピーターであって、ミニット・リピーターでは無いのでお間違いなく。また定番化の1年前の1924年にはクルーズコントロールの発明(1945年)で知られた盲目の米国人エンジニア"ラルフR.・ティートゥー"の注文によりプラチナ製クッションケースのミニット・リピーターが製作され、翌年1925年に販売されている。現在この個体はパテック フィリップ・ミュージアムに所蔵されている。このラルフ何某氏はWikipediaでも探せぬ無名の人だが、皆様がクルーズコントロールのお世話になる際には憧れのミニットに想いを馳せるのも一興ではなかろうか。この頃から1960年以前(書籍中程の年表では1958年のRef.2524/2と2534迄)はパテック社のみならずミニット・リピーターは数ブランドで製作されていた。この中には永久カレンダー等との複合コンプリケーション・ウォッチの製作実績も有るが、腕時計として複合機能ミニットは極めてまれであった。ただ懐中時計におけるリピーターウォッチでの複雑機能のてんこ盛り化は1900年台前半に進み、パテックに於いてはスターン兄弟が経営権継承後の1933年に米国人著名コレクターのヘンリー・グレーブス・ジュニアに納入した通称"グレーブス・ウォッチ"(1999年に当時のオークションレコードの1,600万強スイスフランで落札記録有り)に昇華・代表される。

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ただ現代も含めてミニット・リピーターはどの時代にも生産数は非常に少ない。そして「灯りのない時代には・・」とか「オペラやコンサートの会場は暗くて・・」とか「ああだ!、こうだ!、こんな説もあるぞ・・」と散々リピーター誕生秘話は数々有るのだけれど、あくまでも個人的にはどれもこれもが、眉唾或いはこじ付けっぽくって、きっと最初はオタクっぽい天才時計職人が、かつて実用時計の代表であった教会の鐘の音を何とか携帯出来ないものかという崇高かつ壮大な遊び心をときめかせ、それに膝を打ったどこぞのパトロンがバックアップして・・辺りのシナリオを疑って本稿をしたためている。

さて、前述の年表では1958年から24年後の1982年Ref.3615迄ミニット・リピーターの製作は途切れている。ほぼ真ん中の1969年にはSEIKOが世界初のクォーツ市販モデルが発表され、複雑な機械式時計がお呼びで無いどころか、スイスの名門時計ブランドの存続が危うくなり、破綻や売却が相次いだスイス機械式時計の大暗黒時代だった。勿論、パテック社もその影響を受けたが、1968年には当時トレンドであった薄型時計のゴールデン・エリプス。そして1976年には現代に続く画期的で全く新しい腕時計コンセプト"ラグジュアリー・スポーツ"の金字塔ノーチラスシリーズを開発リリース。相次ぐヒットモデルが独立したファミリービジネスの牙城を守った。

そして、時代は1980年台。主役はフィリップ・スターン現名誉会長(1993年社長就任ながらも当時既に実質的経営トップ)。1970年台に瞬く間に大量生産で低価格化が進んだクォーツ・ウォッチは大衆の実用的な生活必需品として広く普及した。さらに日常使いの腕時計の主要素材もそれまでの18金やプラチナ等のプレシャスメタルから安価で丈夫なステンレスへと置き換わった。その一方で死に絶えてしまうかと思われた職人技に裏打ちされた複雑機能や美術工芸品的な希少性のある高級なタイムピース需要の復権の萌芽を、フィリップは世界の各市場から嗅ぎ取っていた。彼は先ずパテック社に運良くストックされていたミニット・リピーターのエボーシュ(ベースムーブメント)を当時まだ現役だった修復部門の時計師達に託し、過去の技術保全をはかった。と同時にその修復技術の継承と同時並行で将来のより近代的な複雑時計製作の為の設計・開発部門を隣接して開設した。前者のレストアのスペシャリスト達はフィリップ・スターンの為にパテック最後のジュー渓谷エボーシュによる伝統的製作手法による最期の2つのミニット・リピーターを組み上げた。そして後者新規部門は来るべきブランド創業150周年を記念し、世界一複雑な時計はどちら?とされた1900年パリ万博に出品された《ルロワ01》とパテック社が1933年グレーブス・ジュニアに販売した"グレーブス・ウォッチ"両者の頂上対決に決着をつける目的でキャリバー89と言う、とてつも無いポケットウォッチが開発・製作された。150周年の記念限定モデルの詳細は省くが、キャリバー89の複雑機能と新規開発された製作ノウハウを踏まえ同時発表されたミニット・リピーター2モデル(Ref.3974,3979)は、その後の今日に連なる現代的ミニット隆盛の原器として重要な足跡を残した。非常にわかり良い例をあげると、それまでのミニットのキャリバーに固有名称は無く、単に13```(リーニュ)とサイズ表示でしか無かった。ジュー渓谷からの供給エボーシュの宿命なのだろう。しかしキャリバー89以降の自社開発の再現性を重視した現代ミニットのキャリバーはR 27を命名始祖として、次にR TO 27・・と一連の合理的名称発展化を辿ってゆく。その後2000年迄はシンプル又は永久カレンダーとの複合モデルがリリースされた。ミレニアムイヤーの2000年には懐中時計のスターキャリバー2000が5ゴングでのウェストミンスター・チャイムを実現し、腕時計では2001年に当時最高に複雑なダブルフェース・ウォッチのスカイムーン・トゥールビヨンRef.5002に初のカセドラルゴングを搭載して発表した。

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今現在に於ける最高に複雑なミニット機能付き腕時計はブランド創業175周年発表のRef.5175(現行カタログRef.6300)である。1989年以降のパテックのミニットコレクション説明は割愛するが、次回にダイジェストで紹介予定の時計機構と合わせて、それらの全貌を知れば知る程にパテック社のミニット・リピーターが他ブランドと比較すべき対象とは言い難い全く別次元の世界観を形成している事を思い知らされる。まあ、何度もでしつこい様ですが詳しくは名著"Minute Repeater"をぜひご覧ください。

本稿は、複数回にするつもりは全く無かった。ミニット・リピーターの歴史もごくアッサリとなぞるだけのつもりが、いつもの悪い癖で書き出せば、アレもコレもと書かずにおられず、何とも自身の断捨離下手を露呈するばかりの長文になってしまった。結局、時計機構そのものと起稿のキッカケであったRef.5178の詳細については次回とさせて頂く事になってしまった。お赦しアレ!
その結果、タイトル中の"18秒"は時計機構に関わる話題なので、内容説明が後日のお楽しみとなり「一体何の事やねん!」となってしまった。でも「そんな事は聞かなくても知っていますョ」と言うお方は、既にかなりのミニット通でいらっしゃいますね。

文責:乾

画像:パテック フィリップ

『Minute Repeater』Jean Philippe Arm, Tomas Lips 共著 2012年『邦題:ミニット・リピーター』小金井良夫 翻訳

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カサブランカ奈良

〒630-8013 奈良市三条大路1-1-90-101
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