右手に障害が結構残っているので腕時計の各種操作がままならない。とは言っても自分の時計だけは、何とか無理やり左手も使ったりして時刻調整をしている。特別な箸で食事もゆっくり摂ったりしているわけで全く使えない事も無い。楽しく時に苦労もする実機時計の撮影もたぶん無理なのだろうと思っていたが、退院後取り敢えず愛用時計から試して、どうにか簡単なカットなら時計によっては何とか撮れそうかもとなった。
で、最初がパテック今年最大の話題作ステンレススチール製3針ノーチラスの緑文字盤の実機撮影という幸運から再出発する事になった。撮像の出来栄えは、「あチャ~!」ピントが少々甘かった。しかし小傷がほぼ無い素晴らしい個体コンディションのおかげで結構満足の絵が撮れた。当店直近にお住いのごく親しい顧客様のご愛用品を、ご厚意によって撮影協力頂いた賜物。本当にありがとうございました。ご購入当初は普通に着用されていたらしいが、最近は繁華街とかには着用がためらわれるらしい。そりゃそうだ!2次マーケットをググる度に"驚愕"をこえ"寒気"がしてくる。
ノーチラスはとても撮りやすい時計で助かるが、緑の色目の出方がカメラのモニターでは判然としなかった。幸いPCモニターではまずまずの再現が得られホッとした。ところが原稿を書きながらPP公式サイトの画像と較べると相当に色目の差が有る。だいぶ違う。どちらが正しいのか。いや、これは見え方の差であって、いずれも正しい気がする。公式サイトの画像は思いっきり太陽光が当った感じだ。正式な色名称のオリーブグリーンの表記通りで抹茶系の色目とも言える。しかしながら室内のやや暗めの光源下では今春生産中止になったブラックブルー同様に、非常にダークで若干青味を帯びた複雑かつ色気の或る緑色と化す。残念ながら起稿中の今現在手元には無いので現物の再確認が叶わない。
実はこの原稿を書き始めたのは11月の下旬頃だった。手指のせいで恐ろしく遅筆になった事、11月末頃から12月が思いのほかバタバタした事、しかもありがたい事にその殆どがパテック絡みの商いだった。そんなこんな理由付けも有るのだが、一体何を続けて書けば良いのかネタ切れが書き進められない大きな理由だった。
時計そのものはとうの昔に紹介済み。それ以降での5711がらみの大きなトピックスは、エンジンがCal.324 S Cからストップセコンド機構新規搭載を始め様々な大幅改良がなされたCal.26-330 S Cへ積み換えられた事だろう。この新ムーブメントは2019年新作のウィークリー・カレンダーRef.5212Aのベースキャリバーとして初めて搭載されたもので、これまた昨年度モデル紹介時に詳しく書き込んでいる。さて何を書き綴ればよいものか、思い悩みながらアレコレと言い訳の日々が過ぎ、このまま越年かと思いきや、"5711ラストイヤー"を締めくくるかの様に"GOOD BYE 5711"モデルですか?というティファニー・コラボ170本限定Ref.5711/1A-018などと言うとんでもない物が発表された。さらにその最初の1本がチャリティー目的のオークションとして、12月11日にティファニー本店所在地であるニューヨークで、オークションハウス:フィリップスにより、予想落札価格5万ドルの約130倍650万3500ドル(約7億3489万5500円、1ドル=113.4円、2021年12月11日現在)という驚愕の金額で落札されたのだ。ちなみにwebChronosの12月14日、同18日、26日の記事が詳しい。
本稿の書き出しは春本番に発表された"これでおしまいのはずだった5711"のグリーンダイアルであったが、実はおしまいでは無く、年末にさらにこれでもかのサプライズ爆弾が仕込まれていた訳で、これについては色々思うところ多々あって、全部なんもかんもひっくるめて5711話を書く事がラストイヤーの年の瀬に相応しいという事になってしまった。
画像はPHILLIPSサイトのPressページから頂戴した。同サイトをさらに深く見てゆくと同日に限定では無い廃番になったノーマルの5711/1Aのブラック・ブルー(010)とシルバー・ホワイト(011※画像には表示無)もオークションに出品されていた。
new-old-stockは辞書で新古品とある。いわゆる転売なのだろうが、その辺りの詮索は置いといて、誰が考えても安すぎるEstimateもほっといて、青と白が約28万ドルと約23万ドル(同上円換算、青3200万円弱、白2600万円弱)。また今回冒頭でご紹介の緑(枝番014)も初夏の頃だったかオークション実績の記憶が有って約5400万円だったはず。パテックのリファレンス毎の年産制限数は非公表ながら1,000本程度と想像していて、仮に014が最大の1,000本だとしてもティファニーダブルネーム(同018)170本の6倍には満たない。だが落札額は14倍弱となる。う~ん、直感的には018が高すぎ!と思った無理やり比較だが、チョッと待てよ。所有権が登録されたブランド固有の著名なカラーリングをダイアルに採用している事。さらには一旦これでおしまい?のパテック製品の最終ダブルネームで有る事。それらを考慮してゆくとこれは決して法外な馬鹿騒ぎハイパーインフレ落札では無いのかもしれない気がしてきた。
青(最終枝番010)は2006年~2020年の14年間で仮にフル生産されていれば最大14,000本、同一の考察で白(011)は2012年~2019年の最大7,000本と想像している。この2色は稀少度合いと落札価格が逆転しており、青人気の凄さを裏付けている。その青だが018の80倍以上生産された可能性を考えれば、約3,200万円という落札額がいかに凄まじいかが判る。あくまで個人的な結論ながら、一見信じ難い落札金額のティファニー限定018や、皆が度肝を抜かされた今春の緑014よりもノーマルの青010や白011の方が今現在は資産価値が有りそうにも見える。ただ将来的には稀少性に応じた価格に収れんして行くのではないだろうか。確かに2021年2月の生産中止発表で青010の2次マーケット価格は急上昇した。そりゃ生産打ち止めなので当然ではある。しかしそれにしても他のノーチラス等も含めて、今はあまりにも異常なプレミアが付き過ぎていると思う。間違いなく何かおかしい!
※上記の青・白ノーチラスの金額は、市中の2次マーケット価格は無視している。あくまでティファニーとのダブルネームノーチラスとの比較の為に12月11日落札額を採用した。
しかしそれにしてもパテックとティファニーの久々のコラボ、しかも超人気モデルのフィナーレとしての特別演出は何故なのだろう。確かにティファニーとパテックの蜜月と言うのは半端では無いのは良く解る。創業者の一人であるアントワーヌ・ノルベール・ド・パテックがニューヨークのティファニーを訪れたのが取引き開始3年後の1854年。それぞれの創業から15年、17年しかたっておらず、まだまだ誕生間も無く血気盛んなファウンダー同志が馬が合ってスタートしたパートナーシップだったと想像できる。ティファニーは1870年代には自社ブランドの時計事業をヨーロッパにも拡大すべく、微妙ながらパテック社のお膝元ジュネーブに時計工場を建設するが、わずか4年でこのプロジェクトは頓挫した。パテックはその際にも、その後始末に関わり手を差し伸べている。その名残(駄賃と言うべきか)が、今もジュネーブのパテック本店サロンに鎮座している巨大な金庫である。1900年代前半の米著名時計収集家のヘンリー・グレーブス・ジュニアもティファニーを通じての購入で重厚なコレクションを築いた。
ダブルネームについては昔はロレックス、ヴァシュロンコンスタンタン、オーディマピゲ等の様々な名門時計ブランドも含めて地域一番店等とのダブルネームが普通に有った。それだけ川下の小売店が力強く自らをブランディングしていた時代があったのだ。あぁ、何と羨ましい!今や小売店舗と著名時計ブランドとのダブルネームコラボは、皆無では無いにせよ耳にする事がほぼ無い。そんな背景からしても今回のパテック&ティファニーのコラボの稀少性は大きい訳だ。なぜその発表タイミングに違和感を感じるかと言うと、ティファニーは紆余曲折を経て2021年初めにルイ・ヴィトンを筆頭にした仏高級ブランドのコングロマリットであるLVMHグループに円換算1兆6千億円ほどで完全買収されているからだ。同グループはウブロ・ゼニス・ブルガリ・タグホイヤー等を擁する一大時計ブランド群も保有しており、我々から見るとパテックの競合先であり、決してお友達の立場とは思えない。買収決定時には、今後のティファニー各店舗内でのパテック商品の取扱いはどうなるのだろう?と思ったほどだ。しかしよくよく考えてみると買収交渉中にはとてもダブルネームを出せる様な友好的買収劇では無く、双方が裁判沙汰に持ち込んだ泥沼仕合だった。
HODINKEEの記事によればこのノーチラスの裏蓋のサファイヤクリスタル・バックには両社のパートナーシップを意味する幾つかの刻印がなされていて、その中の"1851-2021"部分の最後の"1"には"LVMH"と隠し文字?まで確認出来る画像が掲載されている。この解釈として同記事は、今後も変わる事の無いティファニーとのパートナーシップの証であるとしている。その通りであれば今後も節目のアニバーサリーイヤーには同様のダブルネームウオッチがリリースされても不思議は無い。でも本当にそんな事になるのだろうか。個人的には凄く違和感があって、今後のダブルネームは簡単には出して欲しくないのが本音だ。だいぶ前にニューヨークのティファニー本店を訪ねパテックの売り場を視察したが、色々な点でガッカリがあった。詳細は省くが他の米国内ティファニー店舗でのパテック販売に関しても興味深いお話を顧客様から聞く事があった。アメリカのリアル小売業全般の問題点の様な気もするが、ティファニーも経営的に大丈夫ですか?感はずっと持っていた。だからLVMHへの移行完了をもってパートナーシップ解消が決定したので、個人的には特別なダブルネームを170年連れ添ったベターハーフへの格別なる慰謝料!としたのだろうと解釈した。ティエリー・スターン社長の大盤振る舞い。スゴイ!と思ったのですが・・
それにしても買収企業名の隠し文字、それも"1"の数字に横書きでは無く、実に不思議な縦書きの4文字が妙に離れて記されているのが、全く隠し文字ではなくてどちらかと言うと妙に目立っている。これではまるで慰謝料の帯封に別れたパートナーの再婚相手のイニシャルを印刷しているようではないか。どうも今後の展開が読めなくなってきて、アレコレ探っていたら米ニュースメディアCNBCにティエリー・スターン社長の動画コメント付きの下記の記事が有った。
『パテック フィリップは、170人の幸運なバイヤーのために時計の「聖杯」を復活させました』
この記事を見て結論として思うのは、5711ティファニー・ブルー限定はダブルではなく限りなくトリプルネームだったのではないか。パテック社は2019年から米市場で正規販売店約160店舗を大胆に見直し、現在(2021/12/26)の公式サイトでは実に65店舗にまで絞り込んでいる。憶測ながらティエリー社長は最近のティファニーに微妙な印象を持っていて、実はアルノー家がファミリービジネスとして展開しているLVMH対して、ラグジュアリーメゾンとしてティファニーを傘下に収めてくれる優秀なホワイトナイトの様な印象を持ったのではないだろうか。もしそうであれば今後もダブルかトリプルかは知らないがコラボモデルの可能性は有るかもしれない。でも全米で95店舗もあるティファニーの内、パテックを扱っているのは今回の限定ダブルネームを売る3店舗(ニューヨーク本店、ビバリーヒルズ、サンフランシスコ)に加えてホノルルのロイヤルハワイアン店のたったの4店舗しかない。一方では大鉈を振いながら、スイス人がこんなに義理堅いとは知らなかった。
いずれにしてもノーチラス5711/1Aは完全に終わりだと確信した。まてよ、RGの3針5711/1Rはまだラインナップに踏み留まっているぞ。しかしもうすぐに年度切り換えの2月だ。生産終了発表もある。個人的な勝手予想は、一旦RGもドロップして数年の冷却期間を空けて、コロナも落ち着いたら後継機種Ref.6711とかが発表されればナァ、とか思う新年の今日この頃でございます。そう気が付けば年が明けての公開となってしまった。本年も長文になりがちな拙ブログですが、どうか宜しくお付き合い下さい。
一応備忘録代わりにスペックも
Ref.5711/1A-014
ケース径:40.0mm(10時ー4時方向) ケース厚:8.3mm
防水:12気圧
ケースバリエーション:SSの他にRG
文字盤:オリーブグリーン・ソレイユ 夜光付ゴールド植字インデックス
Caliber 26-330 S C
自動巻ムーブメント センターセコンド、日付表示
直径:27mm 厚み:3.30mm 部品点数:212個 石数:30個
※ケーシング径:26.6mm
パワーリザーブ:最低35時間~最大45時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動
ローター:21金ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)
Ref.5711/1A-018
※ティファニー・コラボ限定は文字盤とケースバック・サファイヤクリスタルのみ上記と異なるという事で・・
余談ながら或るお客様からお聞きしたのが、ノーチラス・ティファニーブルーの高額落札を受けて、ロレックスのオイスターパーペチュアルSSのターコイズブルーダイアルの2次マーケット価格が異常に高騰しているというお話。確かに色々ググるとエライ事になっていました。コレはもう全く理由がわかりません。
文責、撮影:乾
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