「トリスを飲んでHawaiiへ行こう!」は1961年の寿屋(現サントリー)のキャンペーン広告コピー。当時僅か2歳児に過ぎなかったが、なぜか鮮烈な記憶で残っている。当時若干20歳で新人ドリンカーとなられた先輩方も早80代半ばであり、現役バリバリの吞兵衛世代の方々には全く意味不明のエピソードだろう。だが今回紹介の最新型ワールドタイムの実機操作中、至極当然に「パテックを持ってHawaiiに行こう!」と思いついたので、ここはお付き合いいただくしかない。実はスイスには職業がら毎年のように通ったが、過去の海外訪問地は多くない。実はハワイも未訪問でビックリされたりする。ずっと南国の楽園には食指が動かなかったが、最近は食わず嫌いは止めて一度は訪れてみようかなどとも思っていた。そこにこの飛んでもないワールドタイムの出現である。行きも帰りもこの時計の醍醐味を手っ取り早く味う為に日本から日付変更線をまたいでの旅となると、最短の五つ星クラスの目的地は間違いなくHawaiiという事になるだろう。余談ながら還暦越えの今日まで"Hawaii"ではなくずっと"Hawai"で末尾の i は一個だと信じていた。実機撮影時点ですら「パテックはひょっとしたら大変なミステイクをしでかしたのではないかと・・」本気でドキドキと心配したほどだ。そんなわけでRef.5330は興味深いその出自は後回しにして、約70点の新規追加パーツが組み込まれ特許取得された手品の様なカレンダー機能を真っ先に見てゆきたい。
10時位置のワンプッシュスタイルで短針を時計回りに進ませる。と同時にシティリングと24時間リングは反時計回りに一方通行で回し続けるのがおなじみのパテック方式。その実用的なワンウェイスタイルにカレンダー機能はそもそも馴染まないと思っていた。仮にカレンダー機能を付加するならば他ブランドの様に逆進用プッシュボタンを8時位置辺りに追加するしかないと信じていた。その為に実機を操作するまでは必要に応じてのカレンダーの早送り操作も覚悟をしていた。正直便利なのか面倒なのかという疑心暗鬼すらあった。と、こ、ろ、が、である。松田優作の「なんじゃぁ~、こりゃ~」だったのである。さすがに永久や年次等の特殊なカレンダーウオッチではないので小の月超えにはケアが必要だが、時差修正に関しての日付変更は全自動ノーケアの無頓着でいられる。実機を操作すればシンプルな僅かなルールで成り立っている事が判り、素直に理解できる。まず一つ目のルール、日付は24時間リングのお月様マーク(0時=24時)が時計真上の12時位置に来れば翌日に進む。ところがシティリングの日付変更線マーク(AUCKLANDの"N"あたりの赤いドット)がその12時位置を超える際には前日に戻る。そして1959年にワールドタイムの魔術師と呼びたいジュネーブの著名時計師ルイ・コティエ氏考案の特許であるワンプッシュ一方向回転時差修正機構がこれらをまとめて制御する。一方向とは地球の自転方向で北極側から見て反時計回りだ。考案から60数年後にベストマッチングなカレンダー機構とペアリングするとは大御所も想像出来なかっただろう。実際に画像で説明を試みよう。ただ解り難い、説明下手、100%自信ありまへん。
サイズ的にとても見づらくてご容赦、一応クリックで拡大します。左側はシティリングの天辺はTOKYOなのでタイムゾーンは日本時間。時計の時分針は12時正午を指している状態。しかし赤い"TOKYO"は実に見難い。日の丸限定にちなんだ赤が濃い目の紫に実に良く溶け込むのだ。画像右側の10時位置なら充分見やすいが、上方からの光源でシャドウ気味になる12時位置で読みづらいTOKYOはこの時計の数少ない弱点だ。それはさておきボタン4PUSHでタイムゾーンは4時間分進むので午後4時のMIDWAY、右側状態になる。ところが午後3時のAUCKLANDとMIDWAYの間には、これまた見づらい極小の赤丸で示された日付変更線マークがあって最後の1PUSHでバックデイトした日付は6日となる。文字盤最外周部を指し示すのは先端に(これまた少し見難い)赤いポインターデイトを有する透明な日付針だ。この特殊なスケルトン針は雑誌クロノスの記事によれば切断面の仕上がりの関係でお馴染みのサファイアガラス製ではなくミネラルガラス製との事だ。
さてここからはまるで手品?なので落ち着いて集中願いたい。先程の前日6日夕方4時(16時)のMIDWAY時間帯から、さらに反時計回りひたすら東に地球の自転方向に追い付け追い越せでプッシュを重ねると、1PUSHで17時Hawaii、2PUSHで18時ANCHORAGE・・8PUSHで0時B.AIRESで24時間リングの三日月マーク(深夜0時)が天辺に来て、あららっ!見事に日付は7日に進んだ。日付針は此処から15PUSH(15時間進む)はずっと7日を指し続ける。そしてその途中の12PUSH目で正午12時TOKYOとなる。見事に地球を一周して無事に振り出しに戻ったわけだ。下手くそな説明なので深く考えず次に進みませう。
なんせ約70点もの複雑なメカニズムが織りなすカラクリ的芸術なので詳しい構造説明はご容赦下さいナ。ともかく難しい事は考えずにアナタの到着地時間帯の記載都市名まで単純にぷっしゅ、プッシュ、PUSH・・・それでイイのだ。あとは時間も日付も5330にお任せナノダ。実は此処が凄い。考えなくてイイというパテックの一方通行逆進なしがエライ!大多数の他ブランドが採用する+ボタン(進む)&-ボタン(戻す)のダブルボタン方式はどっちを押すか頭に地球儀を描いた上で間違いなく操作する必要がある。時差ボケの時はもとより正気であっても結構厳しい。較べてパテックのONE WAY方式だとプッシュ回数が多くなったり、行き過ぎてもう一周分の追加プッシュというデメリットもあるが、間違えたり混乱してフリーズなんて事にならない。AWAYで泥酔して乗り込んだタクシーに「自宅(HOME)まで!」とさえお願いすれば、道順などの面倒臭い説明は不要なのである。爆睡zzzz無事ご帰還となる頼もしい便名がパテック フィリップ航空Ref.5330便なのである。
時計の天辺12時位置に対してシティリングの日付変更線マークで後退する日付、24時間リング(時分針と連動)の深夜三日月マーク越えは日付前進。それならば上図の様にボタン1PUSHで両者が同時超えとなったらどうなる。AUKLAND時間帯で23時台(画像は23時半)状態で1プッシュすればMIDWAYタイムゾーンの深夜0時台(0時半)になるが、両リングの日付に関する前進と後退の両要因が打消しあって結果的に日付は変わらない。この状態(例えば天辺TOKYOの日本時間帯で午後8時半)でのぷっしゅ、プッシュ・・はひたすらむなしい。まるでボタン操作の耐久検査にしかならず、シオカラトンボの儚く透き通った羽根の様な芸術的日付針は打ち震える事さえしない。なおボタンの押し加減というか感触は従来のワールドタイムモデルとほぼ変わらずとても良く、耐久検査が苦になる事は無い。文字盤に隠されたメカニズムは水面下の白鳥の脚の様に複雑な仕事をしているはずなのに・・。他ブランドのワールドタイムで泣きたいくらい残念な感触を味わった事はございませんか?皆さん。 ついでに褒めておきたいのが日付早送り調整コレクターボタンの感触だ。たまたま良い個体に当たったのかは知れないが、過去触ったパテックの中でピカイチの心地よさ。スコッ、スコッ、スコッ、全く変な遊びが無くリニアなクリック感は『バターにナイフ』と評されるポルシェのマニュアルシフトゲートの恍惚感に近いとは大袈裟か。
書いている当人もしばしば混乱しながらの時間差旅行とはこの辺りでおさらばして、別角度からもこの傑作を見てゆきたい。
ケース形状は従来のワールドタイムモデルとは異なる。かといって既視感の無い全くのおニューでも無い。横顔が酷似しているのが右側のRef.5212Aカラトラバ・ウィークリー・カレンダーだ。今春の新製品Ref.5224Rカラトラバ・トラベルタイム(とても個性的な24時間表示タイプ)もそのケース形状から同族と言えよう。いづれも個性的な顔は似ても似つかないけれど体形がそっくりな3兄弟の様だ。どうもティエリー・スターン社長が陣頭指揮を取るようになってから、このような新しいケースデザインへの挑戦が増えたように思える。1段の段付ラグからすっきり繋がるシンプルなドーム状のケース側面からの印象は、ほっこりと緩めのカジュアル。前作?の現代ワールドタイム第3世代Ref.5230が凛々しく少々エッジの効き過ぎた?スーツ御用達ウォッチであった事を思えば、コーディネートの巾が広がって実にパテック的なゆるめのフォルムに仕上がっている。
6月中旬に開催された" Watch Art Grand Exhibition東京2023"。この日本では初めての一大イベントで注目の的だったのが6点の『東京2023スペシャル・エディション』なる限定モデルだ。この中で個人的にじわじわとやられてしまったのが今回の5330だった。その特別な出自を嫌でも判らせる特別な装飾『PATEK PHILLIPE TOKYO』が施されたサファイアクリスタルバック。フロステッド仕上げによるグレーカラーの文字は、小ぶりなマイクロローター採用で銀色の受けや地板が広い背景となって目立ちにくいのだが、個人的にはこの控え目感は好もしい。ちなみにこのエングレーヴ(刻印)仕様にしか見えない『PATEK PHILLIPE TOKYO』だが東京2023から初採用された転写技法によるものとはビックリだ。でも開催年『2023』の表示が無いのは一体どうした事だろう。
公式HPで確認可能な2019年秋開催のシンガポールでのグランド・エキシビションでリリースされた同様の限定モデル(画像左)にはしっかり年号が入っている。さらにほぼ同時期に落成した最新工場PP6の記念限定Ref.6007A-001(画像中央)ではフルローターの背景に白色転写プリント仕様の限定各表現が少々うるさいくらいだ。下方の『2019』の年号表示も勿論しっかり目立っている。この限定モデルは2020年4月に大々的なお披露目イベントを現地で開催し発表の予定だった。ところが2月からの急速な新型コロナ感染拡大でイベントはドタキャンとなり、6月にWEBにてバタバタと発表され、我々も実機を拝めぬままエクスクルーシブな販売をした経緯がある。新型コロナ禍によるこの未曾有の発表延期ショックが、開催時期が見通し辛くなってしまったTOKYOバージョンから敢えて年号を外した理由だったのだろうか。面白いのはパンデミックがまだまだ暴れまくっていた2021年12月に発表のノーチラス5711/1Aのティファニーコラボレーション限定(画像右)では年号が主役よろしくド真ん中に表示されている。これはパンデミックと相性の悪い集客イベントを伴わないリリースだったからなのか。こう見てゆくとパテックでは異例と言えそうな年号無し仕様は、人類を揺さぶった歴史が封じ込められた超稀少バージョンという見方が出来そうだ。2025年開催予定のミラノ限定の仕様が早くも気になるところだ。
新宿の初見では、少々視認性に躊躇したのだが、プッシュ、PUSHで実用性抜群のワールドタイム新機構に感動してから惚れ込んだ一本。過去のグランド・エキシビション・スペシャル・エディションに於いてコンプリケーションのカテゴリ―絞りで、5330の様に斬新な新規機能を搭載したモデルが発表された記憶が無い。特殊な超絶グランド・コンプリケーション(2017ニューヨーク系譜のRef.5531、2019シンガポール系譜のRef.5303や東京Ref.5308等)ではなく、パテックファン全てが購入検討可能なベターゾーンからの提案が好印象だ。「えっ!日本市場の300人しかチャンスが無いのに・・」と嘆く事なかれ。きっと近いタイミングで、恐らく2024年の春?いや早ければ今秋とかにも新製品としてレギュラー追加が有りそうな予感がする。色目次第ではローズゴールド素材でのバリエーションも充分有りそうだ。待てよ!そうなると早晩Ref.5230Pは生産中止でレアモデルの殿堂入り確定なのか。レアハンド・クロワゾネ仕様の5330は一体いつ頃から投入されるのか? どこまでも興味の種が尽きないワールドタイムは、まるでパテックメゾンの屋台骨を支える重要な梁の様な存在と言えるのではないだろうか。
Ref.5331G-010
ケース径:40.0mm ケース厚:11.77mm(ガラス~ラグ)、11.57mm(ガラス~ガラス)
ラグ×美錠幅:20×16mm 防水:3気圧
ケースバリエーション:WG
文字盤:真鍮、プラム・カラー、中央に手仕上げギョシェ装飾
ストラップ:ブリリアント(艶有り)ブラックアリゲーター、プラム・カラーの手縫い仕様
バックル:18金WGフォールドオーバークラスプ
価格:お問い合わせください
Caliber 240 HU C
自動巻日付指針付ワールドタイム
直径:30.5mm 厚み:4.58mm 部品点数:306個 石数:37個
パワーリザーブ:最少38時間、最大48時間
テンプ:Gyromax® 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:21,600振動 ローター:22金マイクロローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)
文責・撮影:乾 画像修正:新田
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