パテック フィリップに夢中

パテック フィリップ正規取扱店「カサブランカ奈良」のブランド紹介ブログ

カラトラバ 一覧

_DSC0408.png
まさかこのミノルタをブログ用に撮影する事になろうとは思わなかった。記憶に定かではないが祖父が存命だった1970年代頃、実家で愛用されていたファミリーカメラで、当時のミノルタはニコンやキャノンを上回る国産カメラ最高峰ブランドだった。現在は法人そのものが存続しておらず、ソニーにそのカメラ事業の遺伝子は受け継がれている。この35mm銀塩フィルムカメラが小学生だった私に写真の面白さを目覚めさせてくれたのだった。もう今は壊れてしまいガラクタに過ぎないが断捨離がかなわず今に至っている。
なぜこんなかび臭いぼろカメラを紹介するのかは、もうお判りであろう。今春パテックがリリースした新製品に採用され非常に大きな話題を巻き起こした文字盤のデザイン的ルーツとされたからだ。ザラザラでデコボコなまるで像の皮膚を思わせる黒いカメラボディを模したダイアルはパテックだけで無く他ブランドも含め全くの初見である。
_DSC0399.png
いやいや何とも斬新でダイナミックな面構えである。本来はカメラ本体をしっかり保持して、手振れを防ぐための滑り止め表面加工なのである。外装の為の専用仕上げを普段触れる事が出来ない内側のパーツである文字盤に施すという意外性が、今までに無かった不思議な魅力を生み出した。昨今のパテックが好んで採用しているアラビア数字フォントのインデックス、並びにシリンジなる聞きなれない表現の注射器形状の時分針もアナログ時代のカメライメージと妙にマッチしている。蓄光タイプの夜光塗料が施されたインデックスと時分針、転写プリントのブランドロゴとカレンダー日付、(恐らく?)焼付け塗装仕上げであろう秒針、これらすべての色が見事に統一されている。モニターの画像では分かりづらいが、その色目はヴィンテージコンセプトにふさわしい微妙な紫外線焼けを感じるエイジングカラーとなっている。渋くてにくい。
_DSC0397.png
先程、黒いカメラボディと書いたが、正確に真っ黒なのは凸凹仕様の最外周部のみであって、センター部の複雑なダークグレーから外側に向かってグラデーションしながら濃度を増して真っ黒へと変容している。このブラック・グラデーションと呼ばれる塗装職人の熟練の手技は、これまた昨今のパテックで多々見られる流行りの文字盤芸だ。尚、このグラデーションは文字盤に光が当てられた状態で正面から向き合うと最大の見え方となる。ところが暗めの室内で斜め45度辺りから見ると凹凸の無い平板で均一な黒い別人の顔を見せる。撮影し忘れたけど・・怪しく魅惑的な表情変化だ。一見すると新機軸で意表を突いた表面加工ばかりに眼がゆくが、シンプルでありながら深くて高度な技を駆使する文字盤へのこだわりはパテック伝統のお家芸だろう。
_DSC0407.png
何ともあまいフォーカス、何処にもピントが合っていない。ご容赦いただいて特徴的な横顔の紹介。ベゼル装飾としておなじみのクルー・ド・パリ(ミラミッド文様の繰返し)をケースサイドに使っているのは現行モデルではグランドマスター・チャイムRef.6300とワールドタイム・ミニット・リピーターRef.5531の超絶系グランドコンプリケーション2モデルのみ。今新作5226は時計機能としては3針カレンダーのいわゆるベーシックとかエントリーと言うべき入口的なモデルである。にもかかわらずブランドの最上位レベルの外装仕様が与えられている。特筆すべきはこの手作業のギョシェマシンによるクルー・ド・パリ装飾がケース外周に途切れなく全周に渡って施されている事だ。それが為にストラップを固定する4つのラグは特殊仕様としてケースバックと一体型で鍛造削り出しで作られている。この仕様でなつかしく思い出すのはクルー・ド・パリつながりのカラトラバの名作Ref.5119(生産中止)である。ただし同機では華奢なラグがケースバックにロウ付けされていた。
凝った造りの今作のケースは完全な新規設計で、クラシックな装飾が施されながらもとてもカジュアルな印象である。まったく新しい仕上げのダイアルやインデックスなどもカジュアル路線であり、デフォルトで装着されるヌバック仕上げのカーフストラップが一層そのイメージを高めている。また同梱されるファブリック柄を型押しした黒いカーフストラップは汚れが目立ちにくい点で個人的にはお勧めだ。
100年ぶりのパンデミックである新型コロナ下でビジネスシーンでのドレスコードが大きくカジュアル方向に振れた影響もあってか、腕時計デザインもスポーティーやカジュアルがより一層求められている様に思う。ラグジュアリースポーツの雄であるノーチラス等がその代表選手なのだが、オーセンティックでドレスアップ御用達であったカラトラバにも今作の様な提案がされるようになった。よくある事ながら今回紹介の5226も初見では、さほど自分自身の琴線に触れる時計では無かった。むしろ同じデザインコンセプトのダブルコンプリケーションである年次カレンダー・トラベルタイムRef.5326に完成度の高さを感じていた。でも個人的な諸事情で腕に負担の少ない軽量で、近頃仕事着にしている作務衣にも合うバタ臭過ぎない時計として5226は気になって来ている時計だ。でも結構なお値段以上に人気のハードルが高すぎて当分コレクションになる事は無さそうだ。最後に引きの画像で時計全体をご覧頂いて・・
_DSC0403.png

Ref.5226G-001
ケース径:40mm ケース厚:8.53mm ラグ×美錠幅:21×16mm 防水:3気圧
ケースバリエーション:、WGのみ 
文字盤:ブラック・グラデーションのテクスチャード・ラック・アントラサイト
インデックス:夜光付ゴールド植字アラビア数字
ストラップ:手縫いヌバック仕上げベージュ・カーフスキン(装着)、 手縫いエンボス加工ファブリック柄ブラック・カーフスキン(同梱) ピンバックル
価格:お問い合わせください

Caliber 26-330 S C
画像はパテック公式のものである。すっかり撮り忘れていた。このムーブメントは2019年初出のウィークリィー・カレンダーRef.5212でお目見えした。基幹自動巻エンジンCal.324に大改造を加えて、名称も刷新されて新型は無理でも新世代エンジンとは名乗れそうな画期的ムーブメントだ。判り易い2大特徴は、パテックがずっと採用に及び腰だったハック(時刻調整時秒針停止)機能の搭載、ならびにカレンダー早送り操作時における禁止時間帯の撤廃である。その他詳細は繰り返しになるので過去記事(後半部分)をご覧頂きたい。
この新世代エンジンは、従来のCal.324を搭載していたノーチラスやアクアノートのシンプルモデルに現在どんどん換装されているが、全くのニューモデルに(複雑機能の無い)ベースムーブメント状態で積まれるのは今回の5226が初めてだ。だから後ろ姿の撮影はマストだったのだ。でも27mmのムーブメントを40mmのケースで包むと裏ベゼルとガラス部分のバランスがチョッと厳しい。パテックの流儀でベゼル部への刻印も一切ないので余計だ。個人的には他ブランドも含めて、そろそろ何でもかんでも裏スケルトンは見直すべき時期だと思う。
5226G_001_12.png
直径:27.0mm 厚み:3.3mm 部品点数:212個 石数:30個 受け:6枚
パワーリザーブ:最小35時間、最大45時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動
ローター:21金ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)
尚、ムーブについての過去関連記事はコチラから

文責 撮影:乾 画像修正:新田

ほんの僅か前、そうたった5年程前まで初めてのパテックにカラトラバの選択は当たり前だった。勿論ラグジュアリースポーツモデル人気は10年以上前からずっと継続し、加熱加速しているのでノーチラスとアクアノートからパテックを始める方も非常に多い。ただパテックと言う山に登るのではなく、ノーチラス丘陵とアクアノート渓谷のみをひたすらトレッキングするばかりでは少し残念なのである。"木を見て森を見ず"とも言えようか。
話を戻そう。このパテックと言う偉大な独立峰を登るに際して、拙いけれど個人的な登山経験からすれば、それはもうクラシックな代表的登山道であるカラトラバ尾根登山ルートを登るのが王道かつ最良の選択に間違いない。従来この表口的登山口は門戸が広く、ベテランは勿論、ビギナーでも優しくアプローチが可能だったのだが、この5年程で年間の入山者数に制限が掛かるが如く、展開モデル数が大いに絞られてしまった。理由は良く解らない。パテック社からの公式見解も無いし、個人的で勝手な推測も特に無い。気がつけばゴンドーロとあわせてカラトラバが絶滅の危機に瀕していたわけだ。
ところで毎年パテックが発行しているユーザー向けカタログの巻頭にザックリとウオッチの展開モデル数が記されている。2018年版(2019年1月迄)ではその数200とある。手元にある一番古い2015年版も200である。ところが2019年版は一気に減って160となり、2020-2021年版(コロナ禍で合版された)と2022年版では150と記されている。一体何が減ったのか。性懲りもせず"正の字"を書く事に・・
2015_22catalogue_c_800.gif
今回は数えた甲斐があった。まずはパテックカタログ巻頭文の記載モデル数の実に"ええ加減!"な事。234(2015)と183(2018)が200個はまとめ過ぎだし、137個(2022)を150個で済ませるのも乱暴だ。それにしても改めてビックリしたのがたったの137モデルしかカタログアップされていない事。一体いつの間にであり、気がついたら知らぬ間に、7年で半分強まで減らして、いやいや100モデル近くもお見送りした記憶も無いままに・・
TVの誰かさんに「ボーッとカタログ見てるんじゃねーョ!」と怒られそうだが、パテックはずるい。比較した5冊のカタログで一番掲載品番の多い2015年版が一番薄い。正確には50モデルも減った2018年版も同じ厚みだが時計のレイアウトにかなりゆとりをもたせてページ数を稼いでいる。この膨らし粉を効かせた様なゆとりっ子政策は2019年版からはさらに露骨となり、新作や重要モデルはお一人様/1ページなるゆるゆるの掲載手法が取られるようになった。この結果商品掲載ページだけに限れば2019年は84P、たったの137モデル掲載の2022年は驚愕の96Pとなっている。対して234モデルも載っていた2015年は60Pしかないのだ。ず、ずるい。姑息に過ぎるでは無いか。尚、2015年版時代のギュウギュウ詰め時計画像原寸での羅列レイアウトがカタログ的には絶対見易く使い勝手も良かった。

2015_22catalogue_800.gif
上はカラトラバ主要モデルでの新旧カタログ比較で、左側見開きは18モデルすし詰め状態の2015年版。右は5品番がソーシャルディスタンス?状態の2022年版で世相を反映しすぎている。
ではこのモデル数の減少に伴って生産数も減じたかと言えば、それは無いはずだ。現在非公表ながらパテック社の年産数は66,000本あたりだろうと言われている。長きに渡るパテックとのお付き合いの中で知りうる限り減産話は聞いた事が無く、記憶違いでなければ2006年には35,000本ぐらいと聞いたはずで、ゆっくり着実に増産傾向のはずだ。つまり1モデル当たりの平均生産個数はここずっと年々増えていなければおかしい。
次にこの7年間で各シリーズの構成本数(シェア)はどうなったかをみてみよう。アクアノート以外は全部実数は減っている。でもグランド・コンプリケーション、コンプリケーションとトゥエンティフォーのシェアは紆余曲折あれどもあまり変化はない。人気のノーチラスは約4%シェアアップ。アクアノートは大躍進のシェア倍増だ。実数も13→17モデルと唯一増えている。割を食ったシェアダウン組はゴンドーロ&エリプスが7.4%→4.4%と割合は軽微なようでも17→6本は激減で、もう後が無い崖っぷちだ。そして哀れなるかなカラトラバはシェアで半減の8%、モデル数で39→11本!。ゴンドーロとカラトラバには手巻モデルが多かったという理由はあるけれども、個人的にはシンプルウオッチハラスメント?の横行を疑わざるを得ない。
そんなこんなを考えると、トータル年産数が減らない中でシェアが増えたノーチラスとアクアノートは年間の供給量が相当増え続けている可能性がある。はぼ間違いなく1モデル当たりの供給数は増えているはずだ。モデル当たりの年産数上限が有るらしいのでひたすら増産は無理でも加熱一方の需要過多にパテック社も結構対応をしているという事だろう。
でも繰り返しになるが短期間に4割も品番を整理し年産数は変わらずか微増で、需要はうなぎ登りで年々ヒートアップ。昨年はスイスからの出荷数を世界の販売数が上回り、その結果どこもかしこも店頭在庫がシュリンクという異常事態。これはブランドとしては黄金時代到来だと言えよう。勿論、我々販売店もその恩恵に浴していない事はないが、有難く貴重な配給品をせっせと流通している感じで、やはり今は戦時下なのかなあと時々思ってしまう。いやもう罰当たりな事です。

カタログ分析の脱線が長くなった。本題に戻って今や超希少品種であるカラトラバの昨年度デビューRef.6119の紹介である。今や肩身の狭い狭い手巻きである。既存エンジン流用では無く全くの新設計開発の手巻きムーブメントである。待ち焦がれたロングパワーリザーブ採用である。もうまぶたから溢れるモノを止められないのである。十数年前に買いそびれたRef.3919(33mm径)のまごう事なき直系の孫である。栄養事情が良いせいかちょっとガタイは大きい(39mm径)のである。
6119g_b.png
この孫機6119のスタミナは凄い。ひとたび巻き上げれば最小でも3日間弱の65時間も働き続けてくれる。祖父3919や父5119(36mm径)世代は2日間弱の最小39時間から最大44時間でバテていた。ただし巻上げの手間はそれなりに面倒である。日々愛用するファーストウオッチなら追い巻上げは大抵毎朝でその巻上げ回数に新旧ムーブメントでの差はなく、平日の使い勝手に大差は無いだろう。スタミナの差が露見するのは週末で土日の2日間を放置すると週明けの月曜の出勤前には旧世代ムーブメントは止まっているはずだ。一からの巻上げに加えて時刻合わせが必要だ。現行の孫世代6119のスタミナタップリの新エンジンは平日の朝より巻上げ回数が増えるだけで運針は継続している。ただ今機の様なカレンダー機能の無い手巻き時計が、カレンダー必須搭載される自動巻時計にビジネス用途で勝るとは思えない。かつての8日間持続の瞬時DAY&DATE送りカレンダー搭載のレクタングラ―ウオッチRef.5200は手巻きであってもその存在理由が明快だった。今回の手巻きロングパワーリザーブ仕様も個人的は歓迎だが、客観的に言えばセンター3針カレンダースタイルの自動巻でのロングパワーリザーブの開発が必須かつ急務かと思う。後発になるので出来ればセイコーがハイビートでも実現している80時間程度は最低でも欲しいのだ。これを満たすカラトラバ・コレクション(Ref.6296とか?)を一日も早くラインナップして欲しい。Ref.5296の2019年春のディスコン以来、欠員のまま次世代型リプレースメントモデルのラインナップされない理由が全く不明である。
6119cb_1.png
受けに施されたコート・ド・ジュネーブ(畑の畝状のストライプ模様)仕上げの美しさを最大限に見せつける仕様を持つ手巻ムーブメントCal.30-255 PS。ケーシング径30.4mm(総径は31mm)✖厚さ2.55mmが名称の由来で、最近パテックで良く採用されるいにしえのネーミング方法だ。例えば1976年デビューの初代ノーチラスRef.3700/1にジャガールクルトからエボーシュ供給で搭載されたムーブメントがCal.28-255 Cとされた如くである。旧世代搭載機Cal.215は時計を駆動する主ゼンマイの巻上げを担当する丸穴車と角穴車(香箱と一体)が剥き出しのレイアウトだった。1970年代半ばから今日に至るまで延々と50年近く搭載されており、裏スケルトンの概念が一般的では無かった時代に設計されたヴィンテージ・エンジンなので当時の競合機も似たような仕様であった。今日でも古臭さを感じないが化石的な風貌になってしまった。裏スケルトンがパテックの標準仕様?になった今日ではテンプや磨き上げた装飾性の高い特殊な歯車以外はほとんど受けで隠して見せない様になった。でもチャイナドレスのスリットのごとくほんのチョットだけ切り欠き部(上画像で5時と9時辺り)を設けて2つの香箱車をチラ見せしている。人間同様に露出部分が有ればボディを磨き上げる必要があるわけだ。でもこの後ろ姿は知る限りパテックで初見であり、他ブランドでも近似の仕様を知らない。特にこれ見よがしな見せ方でも無く、とても?パテックらしいそっけなさが見飽きる事も無くて良いのかもしれない。さて2個の香箱(バレル)活用のロングパワーリザーブ化には一般的に2つの方式がある。ただひたすら運針駆動の延命を目指すタイプが一つ目。それとは異なりパテックが本ムーブメントで採用したのは、駆動時間を多少犠牲にしても2個のバレルから同時にゼンマイトルクを貰って調速並びに運針の各機構をより安定した精度で駆動する事を目指したシステムである。まぁパテックなら絶対コッチだなという安心の設計だ。
6119twin_b.png
もう少しキレ良く撮ったつもりだった眠たい画像。上の上の画像とあわせて見較べて欲しい。12時-6時方向の縦サテン仕上げのグレー文字盤が光の当たり方でシルバーからグレー、さらには黒に近いダークグレーと鼠八百のごとく実に多様なねずみ色を楽しませてくれる。それに対して6時位置のスモールセコンド(小秒針)には非常に細かい同心円仕上げ(サーキュレーションフィニッシュ)が施されているが、光をどの様に当ててみてもほぼ安定した同色のライトグレーを呈す。この文字盤のミステリアスで多彩な表情は実機でご覧いただくともっと興味深く、この時計の最大の魅力だと思っている。尚、素材違いのローズゴールドバージョンは文字盤全体がアイボリーっぽい均一なグレイン仕上げ(非常に細かい粒状なザラっとした仕上げ?)なので何のマジックも無くシンプルでストレートな印象だ。本当に両者は同じモデルなのだろうか。凝った素振りを全く見せないで文字盤に拘り尽くすパテックでは良くある事だけれど・・
6119dial.png
上と似たような絵ながらもう少し深掘りを。この時計で真っ先に飛び込んで来るデザインメッセージはクルー・ド・パリ(仏clous de paris)とかホブネイル・パターン(英hobnail pattern)と呼ばれる2重のピラミッド形状のベゼル装飾だ。clous及びhobnailの意味は"靴底に施される鋲"とある。仏語の方は"パリの敷き石"と言う訳もある。この装飾に出くわす度に語源的にいつもスッキリはしないが気にしない。何もパテックの専売特許の装飾意匠では無いし、パテックに限っても6119の直系血族のみばかりでなく最高峰モデルのグランド・マスターチャイムや今春発表のヴィンテージ・ルックの年次カレンダー・トラベルタイム5326Gなどにも採用される一般的な装飾技法である。しかしながらカラトラバと言えばRef.96(クンロク)系という固定概念を1980年代に覆し、新たな大黒柱に成るべく誕生してきたのがクルー・ド・パリを纏ったRef.3919だった。そのインパクトは強烈で我がオールドファン世代でクルー・ド・パリと言われれば3919,5119となる。"イチキュウ"と言う通称は無いけれどもクンロクと並び立つ存在感を覚えてしまう。
デジャブのようなクルー・ド・パリ装飾の押出しがあまりにも強烈なので"19系"御曹司と誰もが納得させられるが、実は"96系"のDNAが今作6119には圧倒的に多くみられる。まずインデックスは"19系"お約束のシリコン転写のローマンインデックスでは無く"96系"に多用されるエッジの効いたファセットで構成されるオビュ(仏:砲弾)型18金素材のアプライド(植字)タイプである。時分針も"96系"のイメージに連なるドフィーヌ(パリのシテ島に存在する特異な地形から)ハンドだ。但しファセット(面取り)は少し複雑になっている。ケース形状に至っては直線的でロー付けされたラグが目立つオフィサーケースを特徴とする"19系"とは全く異なり、冷間鍛造と切削加工でケース一体として生み出された優美で色気すら漂うラグとケースからはクンロクの正統な後継者の匂いしかしない。
6119side.png
ケースの横っ面を見てみよう。上の撮像が7年ものキャリアを積んだものとは思えないが、ハンディキャップも抱えているので見逃して貰いたい。今更感心するのも変だが初心の頃の丁寧さが下の比較画像の出来映えから伝わる。
5119&5196.png
撮影アングルの違いで6119にはクルー・ド・パリが少しも写り込んでいないし、5196は反リューズ側だったりで絵の統一感はないが、6119と5196の横顔を見ればその血統の濃さは一目瞭然だ。ところで5196ケースサイドのへアラインのサテン仕上げが好もしく感じるのは何故だろう。好き嫌いだけかもしれないがシンプルでベーシックな時計にはポリッシュよりも相応しい様な気がする。
さて繰り言の様になるが、今回じっくりと6119を見ていて気づいたのは、品番的にはいかにも5119の後継っぽいが、実は5196の跡継ぎがベゼル部分だけ冬眠中のクルー・ド・パリ装飾を纏ったとも言えそうな事だ。苗字の異なる近親者が養子縁組で家名を受け継いだ様な感じか。ひょっとするとカラトラバの手巻きシンプル腕時計は"96"を品番末尾に備える本家本元的モデルの復活がしばらく無いかもしれない。それまでは代表的2モデルの良いとこ取りした6119がずっと一人二役で頑張るのだろうか。

Ref.6119G-001
ケース径:39mm ケース厚:8.08mm ラグ×尾錠巾:21×16mm 防水:3気圧
ケースバリエーション:WGRG
文字盤:縦サテン仕上げグレー。 ゴールド植字インデックス
ストラップ:手縫い風アリゲーター・バンド、ブリリアント・ブラック、 ピンバックル。
価格:お問い合わせください

Caliber 30-255 PS
手巻 スモールセコンド
直径:31mm ケーシング径:30.4mm 厚さ:2.55mm 部品点数:164個 石数:27個 
パワーリザーブ:最小65時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動

撮影、文責:乾

※Ref.96系、19系をカラトラバを代表する2系列としたが1932年の誕生以来、1934年の96Dは96ケースにクルー・ド・パリベゼルを備えた6119のルーツ的存在だし、1972年の3520Dは19系の元祖的モデルだ。シンプルなカラトラバは詳細に見てゆくと実に多様な近似モデルが存在する。本稿ではその辺りはバッサリ割愛して主観的に判り易くした。

人生には"登り坂"もあれば"下り坂"もあるが、"まさか!"もあると言うのはよく知られた親父ギャグ。そしてあろう事か今現在、自分自身でその"まさか"をヨチヨチと這う様に登る日々を過ごしている。一方で浮世離れした時の流れに身を任せてもいるのでグズグズとブログ記事を書き連ねていたら、今年の新製品発表はマンスリー?『アクアノート、その復活とバリエーション』的な代物やら『超絶系ミニットリピーター&レアハンドクラフト』なんぞもダメ押し的にどんどん出て来て、いつもの様に"最新記事・・・"とドヤ顔での公開がはばかられる事態となってしまった。新型コロナ禍の影響は「いったい、何処まで、何すんねん!」とニューモデル発表までが全く予想不可能であって、もうコレは開き直って"なるようになれ、勝手にしやがれ、気分はLet it be!"と思うままに時系列を無視して書き連ねるしかあるまい。

我ら現存世代にとって初遭遇となったパンデミックイヤーの昨年2020年に於いても、パテックはレディスに限っては普通(変な表現だが)の新製品をリリースした。とは言ってもたったの3モデル。それもコスメティックチェンジ(ダイヤルや素材等の仕様変更)に過ぎず、とてもまともな新作発表とは言い難いが・・・そしてパンデミック2年目?の今年もレディスニューモデルのコスメティックチェンジ傾向は継続している。5月27日リリースされたニューアクアのクォーツ・トラベルタイムについては、その例外として改めて考察出来ればと思っている。しかしながら2018年秋にミラノでトゥエンティフォー・オートマチックRef.7300を華々しくデビューさせてから、パテックのレディス市場にかける意気込みにより一層のドライブがかかってきた様に思う。誤解を恐れずにあくまでも個人的な意見(偏見?)だが、女性はファッションやアクセサリー等の身の周りの装飾品(勿論、腕時計も)に関して男性に比べて、圧倒的にトレンドに敏感にして速攻で反応する。一方でブランドに対するロイヤリティや拘りも有りそうな顔して平気で浮気する。例えば新しい美容室を試す女性は意外に多いと聞いた事がある。男性は理容室(美容室派も含めて)をよほどのトラブルでも無い限り、まず変える事はない様に思う。何故か?の追求は面倒な事になりそうなので止めておくが、腕時計に当てはめるとトレンドよりも我が道の追求に重きを置くパテックはレディスに関して、自らハードルを高くしている感があるように思う。

4947_1A_001_8.jpg

年次カレンダー4947/1Aは、既存の18金ストラップモデルをステンレス素材ブレスレット仕様へのコスメティックチェンジモデルと言うことになるが、デイリーユースな素材のステンレスブレス仕様に加えてダイヤが何処にも無いからか、予想外のご注文を発表直後から複数本頂戴した。コレが何と男性からなのである。考えてみればRef.7300/1200Aトゥエンティフォー・オートマチックのステンレスモデルも「ベゼルにダイヤが無ければ」と言う男性の引き合いは結構多かった。7300の36mmに対して年次カレンダー4947/1Aは38mm。先月発表されたニューアクアノート・ルーチェに至ってはリバイバルのサイズアップで何と3.2mmも大きい38.8mm径が採用された。そのニューアクアノート・ルーチェの実機を見る機会がまだ無いが、メンズのレギュラーサイズ40.5mmとその差はたった1.7mm。ちなみにそのレギュラーサイズには女性からのご注文も頂いている。
面白いのは男性のダイヤに対する視点で、簡潔に言えば(パテック限定かも知れぬが)バゲットサイズまで迫力が上がれば抵抗感が薄れる事である。現行ラインナップでベゼルダイヤ絡みのメンズモデル全8型その内6点がバゲットダイヤで、さらに今年ノーチラスSSが年度限定で追加され"そんなに来ますか?"レベルのご注文を頂いている。ちなみにラウンド形状のダイヤベゼルモデルはカラトラバRef.5297Gと年次カレンダーRef.5147Gの2モデルだが当店の販売実績はともかく結構なロングセラーなのでニッチな根強い人気モデルなのだろう。ちなみにR社ではメンズにも根強い人気のポイントダイヤインデックス的な仕様が現行品メンズパテックには無い。2000年以前には有った様な気もするが、今世紀は記憶に無い。しかし此れまたバゲットダイヤでのバーインデックスは僅かながら現行生産されている。思い出深いのは2016年のノーチラス発売40周年記念限定モデル2型(5976/1G,5711/1P)で採用されたWGの土台に埋め込まれたバゲットダイヤインデックス。間近で見れば見事なダイヤなのに遠目には普通のバーインデックスに見える抑制の効いたダンディズム仕様には、それまでのメンズダイヤの概念が撃ち下かれてしまった。ちなみにパテック社が使用するダイヤは全てデビアス社でピュア・トップウェッセルトンと格付けされた上質な物に限られている。

4947_1A_001_9.jpg

この年次カレンダーSSブレスは既存モデルのバリエーションなので時計としての紹介は省くが、今春の生産中止でメンズ年次カレンダーの元祖系モデルRef.5146が、とうとう、ゴッソリ、一気に、パテックらしい潔ぎよさで、お蔵入りしたので1996年デビューの際に与えられた年次カレンダーオリジナルの顔が婦人用年次カレンダー4947の専用となった。いや、前述のダイヤベゼル仕様5147Gも辛うじてサバイブしているが、そのケース径39mmは4947に僅か+1mmでしかなく、メンズ専用と言うよりも大振りレディスとの兼用モデルと見るべきなのかもしれない。その段でゆくと自動巻カラトラバクンロクの唯一のサバイバーRef.5297Gもダイヤベゼル+ブラックダイヤルが5147Gと共通仕様、そしてケース径38mmは今回紹介のレディス4947と全く同じ・・・

5147G_001_22.png

なんかもう、ケース径に関しては35mm〜39mm辺りのジェンダー属性がカオス状態になって来ている気がする。昨今の世界的なLGBTへの意識の高まりが高級時計の世界へも影響を与えたのか。その辺りのサイズレスパンデミック状況については38.8mm径のアクアノート・ルーチェ等を紹介予定の次回の投稿記事で掘り下げてゆきたい。

Ref.4947/1A-001
ケース径:38mm ケース厚:11mm 防水:3気圧
ケースバリエーション:SS
文字盤:縦横サテン仕上げ(山東絹仕上げ)ブルー、ゴールド植字インデックス
裏蓋:サファイヤクリスタル・バック
ストラップ:ステンレススチール仕様
バックル:折り畳み式バックル
価格:お問い合わせください

Caliber 324 S QA LU
直径:30mm 厚み:5.32mm 部品点数:328個 石数:34個
パワーリザーブ:最小35時間~最大45時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動
ローター:21金ゴールド中央ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)

4997_200G_001_12.jpg

もう一点のレディスニューモデルもアップサイジングされた超美形カラトラバ4997/200G-001。オリジナルモデル4896G-001は15年遡る2006年初出で、バーゼルのサンプル初見時にあまりの美しさにノックアウトされた記憶が今なお鮮明だ。当時は文字盤製造法の基礎知識なんぞもほとんど無く、ともかくその美し過ぎるギョーシェ装飾と長くて繊細だが厚みの有る銀色のインデックスの印象が凄かった。ただ問題はそのサイズ感で、当時はその33mm径が女性にはあまりに大きく思われ、ボーイズ的に小柄な日本人男性に薦められそうだと本気で考えていた。同モデルは2009年に見た目ほぼ変わらずの4897G-001へと引き継がれ、2020年までの長きに渡り生産された。RGの素材追加や様々なダイヤルカラーのバリエーションも加えられた。ストラップは一貫してラグジュアリー感溢れる文字盤同色のサテン調テキスタイル素材(表面)が採用された。ブラウン、シルバー・・どの色目も魅力的で使い勝手の多様性も増したが、デビューから君臨するギヨシェ・ナイトブルーダイヤルモデルの秀逸さが抜き出ていて、2016年には同色のバゲットダイヤバージョン4897/300Gも追加された。そして今春2年間のブランクを経て2mmのサイズアップと手巻から自動巻にエンジンを積み替えて4997/200Gとしてリバイバルデビューした。

4997_200G_001_13.jpg

特筆すべきはサテン(シルク)の風合いを持つ合成繊維でシンセティックと呼ばれる表面素材で高級感を演出していたストラップが、高級な表面感はそのままに丈夫なカーフ(牛革)素材に置き替えられた事。相方が違うモデルでシンセティック素材ストラップを永らく愛用しているが、まあ"贅沢この上ない"。極端に言えば一回でも着用すれば"使用感"が出るし、デイリーに愛用すればほんの数ヶ月で"使えるけれども、見せられない"のでしょっちゅう交換となる。まあこの素材に限らず高級感の劣化と言う代物は、徐々にでは無く一気にみすぼらしくなり易い。ロールスロイスには擦り傷はおろか僅かな泥汚れすら受け入れ難いのと同じである。ところが最近はスタンダードな素材であるカーフのイミテーション化なるトレンド?が有って、昨年のカラトラバSS1,000本限定Ref.6007Aではザックリとした平織のコットンキャンバスにしか見えないエンボス(型押し)加工が施されたカーフ・ストラップが採用された。今回も平織テキスタイルは同じだがシルクサテンレベルの微細なテクスチャーと高級な光沢感(一体何をどうやったらこうなるの?)を見事に実現したカーフ・ストラップが採用されている。さてさて耐久性がどの程度なのか興味津々だ。
何度も書いているが、男女問わず美形過ぎるのは"人も時計も"実は考えもので、どちらも寄り添う際に"気合いと緊張"を求められ過ぎて、疲れ果ててしまうなんて事になりかねない。その点ではパテックの時計に超の付く美男と美女はほとんど無く、一生連れそうにピッタリな"女房と亭主"タイプが非常に多い。"パテックマジック"と勝手に呼んでいるが「初めはピンと来なかった」「どこが良いのかわからない」から気がつけばドップリと信者になっていたと言うパターンが結構多い。2年間のブランクなのかバケーションを経てカムバックした4997/200Gは、そのパテックマジックには当てはまら無い稀有な美人時計である。良くも悪くも愛用者が限られてしまうし、インパクト大な個性的なカラーリングはスタイリングの許容度も狭めだ。さらに言えばシチュエーション迄もが、夜間の室内こそ輝ける"最強の夜の蝶(昭和の死語)"とは全く勝手な個人的思い込み。けれども足掛け15年以上に渡り、恐らくこの先もずっと"チラ見"せずにはいられ無いパテック銀幕の超スターウォッチであり続けて欲しいのだ。

Ref.4997/200G-001
ケース径:35mm ケース厚:7.4mm 防水:3気圧
ケースバリエーション:WG
文字盤:ギヨシェ装飾のラック塗装ミッドナイトブルー、パウダー仕上げのゴールド・インデックス
裏蓋:サファイヤクリスタル・バック
ストラップ:サテンの風合いを持つ、ブリリアント・ネイビーブルーの起毛仕上げカーフスキン・バンド
バックル:ピンバックル
価格:お問い合わせください

Caliber 240
直径:27.5mm 厚み:2.53mm 部品点数:161個 石数:27個
パワーリザーブ:最小48時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:21,600振動
ローター:21金ゴールド中央ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)

文責:乾 画像:パテック フィリップ

パテックはウォッチーズ&ワンダーズ終了前日の4月12日にカラトラバとコンプリケーション系でメンズとレディースの各1モデル計4型を発表した。先行発表されたノーチラス4モデルが生産量の大小はあれども、需要が供給を圧倒的に上回るのは誰の目にも明らかだろう。パテック社からは何ら発表は無いが、新型コロナ禍が時計市場に及ぼしている影響度合いは、世界各地で相当まだら模様の様で有る。想像するにスイスを含めてヨーロッパはかなり悪いのではないかと思われる。北米と中南米もかなり厳しいのでは無いだろうか。恐らく中国本土、日本、台湾、シンガポール等のアジア諸国とオーストラリアやニュージーランドなどのオセアニアは大半の販売拠点が何とか営業出来ているのではないか。正式なコメントは無いが、例年では考えられない客注商品の特別入荷が昨年秋頃から今なお続いている。今年初めにはいつまでもこんな(嬉しい)異常な状況が続く事は無いと覚悟していた。しかし変異によって繰り返し寄せ来る大波の様な新型コロナ禍は一向に改善される気配が無く、我が国も過去最悪の状況に追い込まれそうな第4波に襲われている。それでも何とか経済活動が制限されていないので、イレギュラーな入荷基調は今現在も続いている。そして有難い事にパテックに関しては、ご客注のキャンセルが殆ど無いので経営的には非常に貢献して貰っている。
しかしながら、パテックの様に新型コロナの影響を感じさせないブランドは少数派であり、ロレックスのスポーツモデル全般とオーデマ・ピゲのロイヤルオーク等がその筆頭である。特に1970年代に天才時計デザイナーのチャールズ・ジェラルド・ジェンタが考案した、ロイヤルオーク及びノーチラスとアクアノートを代表格とする全く新しい時計コンセプト、いわゆるラグジュアリースポーツカテゴリーに異様に人気が偏っている。1990年頃から始まった機械式時計の復活劇の中で、2000年頃以降はクロノグラフウォッチが人気牽引の先頭を走ってきた印象が強いが、2008年のリーマンショックを機に徐々に再販価格の価値が高級機械式腕時計の選択基準での最優先項目へと移行してきた様に思う。此処数年、"何で?"と聞きたい程にあらゆるブランドから類似するラグジュアリースポーツタイプの時計が雨後のタケノコの勢いで発表されているのは、これ如何に!
そんな状況下で特別感を持たせた2モデルを含むノーチラス4本のみ発表したパテックに、安心感と同時に"トキメキとワクワク感"皆無のフラストレーションにも揺れた5日後。4月12日に実にこれぞパテック フィリップという新製品が追加発表された。"Simple is the best"1932年に発表されパテックのみならず現代メンズウォッチデザイン原器とも評されるRef.96。只々時刻を知らせる表示機能に徹しきった"引き算の極地"カラトラバのメンズ1型2素材とレディース1型。そしてこれらとは対極に有りながらもパテックならではのお家芸としか言えない"足し算の極地"複雑時計もメンズとレディース各1モデル。

09234701.png

Ref.6119は、縮少し続けていたカラトラバ・メンズコレクションへの待望のニューフェイス。品番的には2006年にマイナーチェンジデビューし2019年迄ベストセラーで有り続けたRef.5119のアップサイジングモデルと分かり易い。カラトラバを代表するモデルのひとつと言っても差し支え無い決め手の意匠は、古くは1934年のRef.96Dや、1985年のRef.3919などにも見られる特徴的なベゼルデザイン。

6119G_001_10.jpg

"Clous de Paris"(クルドパリ 仏語 意:パリの爪または鋲釘)英語表現では"hobnail pattern(ホブネイルパターン)"で靴底用の鋲釘文様の意味なのでピラミッド状突起の連続パターンが二重円周状に装飾されている。奇をてらう事無くシンプルで派手過ぎない意匠ながら一目で、パテックお手製のタイムピースである事を証明してくれる。コピーやデフォルメを他ブランドに想起する事を考慮させ無いない程に、ブランドとして唯一無二のデザインとして確立しているのだ。歴代モデルとの外観の違いは、まずサイズで39mmは前作5119にプラス3mm、前々作3919からは5.5mmもデカい。1985年から36年でケース径で約16%だが、面積比では36%弱も巨大化している。この期間に人類の栄養事情が大きく改善し体格が、同様に向上したとも思えない。但しブランドを問わず価格だけは、間違いなく貨幣価値の変動を考慮しても大きく上回って高価格化している。ラグ形状はロー付けされた華奢なオフィサータイプからケース一体の鍛造削り上げ仕上げでシャープな形状(勿論カラトラバ普遍デザインの一つ)に変更された。

6119R_001_9.jpg

またインデックスもシリコン転写プリントのローマンインデックスから現行手巻きカラトラバのRef.5196と同様の18金素材の四面ファセットの弾丸(オビュー)型形状のアップリケ(植字)仕様となり、針形状も呼応する様に3面のファセットから生まれるエッジの効いた尾根を持つドフィーヌ(語源はイルカDolphinでは無く、パリのシテ島内の地名)針が採用されている。文字盤の一番外側にはレール(仏:シュマン・ド・フェール)形状の分スケールがプリントされている。スモールセコンドもシンプルながらも存在感の強い新意匠でプリントされているが、何より後述する新型ムーブメントがケースのアップサイジングに追随するかの様に大型化された事での秒針(=四番車)の位置取りが良くなった要素が素晴らしい。そして目立ち難いが二重円周の"Clous de Paris"クルドパリの内側にフラットでスリムな円周縁がボックスタイプのサファイヤクリスタル・ガラスを取り巻く様に設けられている点も見逃せない。

6119G_001_13.jpg

アリゲーターストラップとピンバックルは前モデル5119と同じ仕様だ。尚、この現行カラトラバに装着されているピンバックルが、アメリカ市場を開拓した故アンリ・スターン前々社長の同市場向け発案の賜物であった事を初めて知った。
軽く紹介のつもりが、初見の印象以上にアレもコレもと従来機に無い意匠が次々と攻め立てて来るので長文ダラダラになってしまった。サイズがデカい兄貴モデルの出現かと思ったら、クラシックなデザインの組合せではあっても実は似て非なるこれ迄に無かった時計に仕上げられていた訳だ。で、結局の処こやつのハンサム度合いを個人的にどう見るかだが、2006年に本気で購入する気だったRef.3919Gを買いそびれ生産中止に指を咥えていた身なのでオフィサーケース+プリントブラックローマンインデックスに大いに後ろ髪を惹かれっ放しだし、実機を手に取って見れていないので正直判らないが本音だ。でも画像を見れば見るほど既視感も覚える訳で、特にサイドビューは現行5196にそっくりだ。

6119R_001_31.png

インデックスと時分針もほぼウリだ。しかしクルドパリ・ベゼルもしっかり主張してくる。乱暴に言えば廃番5119と現行5196を足してニで割ってサイズアップしたモデルと言えなくも無い。これは肯定的に受止めるべきで両モデルが並存していた2019年迄は、手巻きカラトラバの選択で誰もが多いに両者で悩み抜いたものだった。6119は両者の良いとこ取りでより今日的にアップデートされたクラシックなエレガンスウォッチだと思う。対して5196はカラトラバの原点Ref.96に何処までも忠実なマイルストーン的なオリジナル時計と呼びたい。今後はこの両者で悩まされる事は無さそうだ。

09234702.png

尚、WG素材の6119Gの文字盤仕様はチャコールグレーの縦サテン仕上げにスモールセコンド部はブラックの微細な同心円ギョーシェ装飾の組合せで、2019年にいわゆるコスメティックチェンジでWGからRGに素材変更され発表されたレギュレーター・スタイルの年次カレンダーRef.5235/50Rの文字盤と酷似している。これは好き嫌いがはっきり出る様に思われる。

30255ps215ps.png

サイズや外観の好き嫌いは別にして、手巻きのエンジンは全くの新設計だ。最近のパテックでは音鳴り系の超絶複雑時計用ムーブやクロノグラフムーブの新設計は有ったが、いわゆる汎用機に広く使い回しされるベーシックムーブメントの完全な新規開発は絶えて久しかった様に思う。2019年にウィークリーカレンダー用に開発された自動巻ムーブメントCal.26-330系も従来の主要機Cal.324系をベースに大改造が加えられたもので完全な新キャリバーとは言い難い。3919や5119に搭載されていた手巻Cal.215系も源流を遡れば1939年頃に登場したCal.10系をその遺伝子に持ち、1970年代後半に時代の要請から薄型化が計られ生み出された名機である。
ひょっとすると完全なベーシックムーブメントと言うのは、1970年代初期に短期間で開発されたマイクロローター搭載の超薄型自動巻キャリバーCal.240まで約50年程も遡るのではないか。何もパテックが開発をサボった訳ではなく、現代腕時計製作に必要な手巻きも自動巻も基幹ムーブメントをブランドとして早々と完成していたので、主ゼンマイ等の主要部品の素材見直しや部分的な設計修正で充分今日まで実用的対応が容易だったのだ。しかしながら此処10年くらいは多くの他ブランドのパワーリザーブの延長化トレンドに対して、パテックのシンプルなベーシックキャリバー群にあまりにもハンディを感じずにはいられなかった。この点は拙ブログでも個人的に何度も改善希望を訴えてきた。
但し、決してパテック社がロングパワーリザーブを敬遠していたのでは無く、ミレニアムイヤーの2000年にCal.28-20/220と言う当時最長レベルの10日間の超ロングパワーリザーブを持つ手巻きキャリバーを開発し、10-Days・Ref.5100として製品発表している。

51005200.png

さらに2006年にはこのCal.28-20/220をベースに2日間のパワーリザーブをカレンダーの瞬時変更に転用し、傑作レクタングラー8-Days・Ref.5200をリリースしている。
もう一点の気掛かりが有って、現在の機械式時計でほぼ標準装備であるハック(時刻合わせ時の秒針停止)機能も"日差数秒レベルの機械式には不要"との思想がパテックには有り、未搭載での時計作りを継続して来た。だが今や業界標準に比べてあまりにも孤高に過ぎるし、自社基準精度の−3〜+2秒と言う業界最高レベルの歩度基準にこそハック機能搭載の価値があると思い続けてきた。
この二つの引っ掛かりの内、後者のハック機能は2019年新製品で大きな話題を呼んだウィークリーカレンダーRef.5212にフルローター旗艦Cal.324を徹底的に改良したCal.26-330系に搭載された。既に部分的には進行形であるが、今後は324搭載モデルにはランニングチェンジでこの新エンジンが積まれるのであろう。
今回紹介の6119に積まれる新キャリバーには、この二つの憂いが見事に解消されていてハックはテンプ(振り子)に直接ストッパーで停止・発進する非常に実用的なスタイルが採用され、ロングパワーリザーブは香箱を2個上下に重ねてひたすら駆動の長時間化を計るのでは無く、同一面上に横並びにして安定して高トルクを与えながら現代のライフスタイルに適用し週末乗り切り可能な65時間の絶妙なパワーリザーブの延長を実現した。必然的にムーブ径(ケーシング径)は30.4mmと大き目だが厚さは2.55mmと薄い。両者のサイズからムーブメント名称はCal.30-255 PSとされた。尚、3919や5119等を始めレディースモデルにも広範囲に積まれている従来の主力手巻きエンジンCal.215系もその名称はそのケーシング径21.5mmに由来する。ツインバレル化で新エンジンは直径で約9mmもサイズアップしたが、驚くべきはその厚み2.55mmが従来機と同一に抑えられている事だ。結果としてケース厚(上下サファイヤガラス部分)は8.08mmと5119の7.43mmに対して僅か0.65mmしか増していない。1900年代半ばから各ブランドのメンズの主要機械式ムーブメントの主要サイズの多くが30mmであった事からすれば、この新しいエンジンはメンズ専用と見れば大き過ぎるという事は無く、逆に今日的にはケース径30mm半ばの大振りレディースの出現も珍しく無い事からすれば、新エンジン搭載レディースの登場もあながち否定は出来ない。
しかし、この時計はRGとWGで別物に見えるくらい文字盤周りの化粧仕様が異なる。RGは何処までもコンサバでクラシック。対してWGはアバンギャルドでスポーティ、いわゆる"チョイ悪"風と言えば良いのか。個人的な空想レベルでは、来年に東京で開催予定のパテックが世界の主要都市をラウンドする"ウォッチアート・グランドエグジビジョン・東京"の日本限定モデルでステンレス素材にブルーからブラックにグラデーションするダイヤル"サムライブルー"なんぞが出たりせんかいなァ。

Ref.6119G-001
ケース径:39mm ケース厚:8.1mm 防水:3気圧
文字盤:縦サテン仕上げチャコールグレー ゴールド植字インデックス
ストラップ:ブリリアント(艶有)ブラックの手縫い風アリゲーター
価格:お問い合わせください

Ref.6119R-001
ケース径:39mm ケース厚:8.1mm 防水:3気圧
文字盤:グレイン仕上げシルバー ゴールド植字インデックス
ストラップ:ブリリアント(艶有)チョコレートブラウンの手縫い風アリゲーター
価格:お問い合わせください

Caliber 30-255 PS
直径:31mm 厚み:2.55mm 部品点数:164個 石数:27個
パワーリザーブ:最小65時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動

文責:乾 画像:パテック フィリップ

最近、シンプルなメンズカラトラバが店頭に並ぶ事が無くなった。数年前までは考えられなかった現象だ。原因は幾つかある。まずシンプルカラトラバの"顔"と言うべき代表モデルRef.511951535296が2019年にごっそり生産中止になり、その後継モデルが発表されていない事で現在のカラトラバの選択肢は、同シリーズのマイルストーン的な手巻スモールセコンドの通称"クンロク"Ref.5196、または自動巻センターセコンド・カレンダーを裏蓋ハンターケースに搭載したRef.5227のたったの2モデル7本しかなく、ほぼ絶滅危惧種の感すらある。
ノーチラスとアクアノートの需給バランスの崩れ方も加速度的に酷くなっているが、呼応するようにパテック フィリップのブランド全体の価値そのものが上がってきている様に思われる。新型コロナ禍の様な社会不安が安全でしっかりした価値の裏付けを有す高級な時計や車に投資先を見失った手元資金が集中的に向かっているような気がする。パテックやロレックスのスポーツ系のモデル、フェラーリやポルシェの特に"役モノ"と言われる特別な車がその具体的な受け皿の様だ。
そして、最近増えて来たのが将来のノーチラスやアクアノート購入の為にパテックの購入実績が有った方が望ましいとの想定で、その取っ掛かりモデルとしてシンプルなカラトラバを希望される方が徐々に増えているのも店頭在庫を幻にしてゆく原因の一つだ。
個人的には2020年の新製品にはきっとシンプルな自動巻の3針カレンダーモデルRef.5296の後継機が用意されていたのではと予想していたが、新型コロナに水を差されて今春へと答え合わせは持ち越しとなってしまった。

そんなこんなで今やノーチ&アクアに次ぐレアシリーズとなったメンズカラトラバ。で本日のご紹介は過去にもローズゴールドでは紹介済みながら素材と文字盤の違いで"此処まで違うモデルに見えるんかい!"というパテックには時々見られる同床異夢?モデルのRef.5227G-010。
_DSC9731改.png
画像ではこの時計文字盤の放つ艶っぽさは、残念ながら殆ど感じられない。それでも画像修正は相当やっていて単純な撮影だけではこの画像にはならない。この経験をすると雑誌やWEBでプロカメラマンが提供している画像が、どれほど工夫されて撮られて、いかほどに執念深い修正がなされているかが伺い知れる。
このダイアルは一般的なラッカー仕上げなのだけれどひょっとすると最近のパテックの本黒七宝文字盤よりツルピカ度合いは強いかもしれない。実物はそれほど魅力的なオーラを放っている。
実は5227のファーストインプレッションはあまり良いものでは無く、凝ったケースの形状と仕組みで積み上がった価格に割高感を感じていた。2013年初出の5227は現在も継続しているYG、RGに加えてシルバー系のダイアルのWGの3モデルでスタートした。2年後の2015年にWGに今回紹介の黒文字盤タイプが追加され、2019年のカラトラバ大量ディスコン発表時にシルバー系ダイアルWGも鬼籍に入ってしまった。
2015年の夏に当店で開催した『パテック フィリップ展』でその年にデビューしたWG黒文字盤の展示サンプルを見ていて、何とも言えない大人の色気の漂いにすっかり悩殺され、それまでの5227感が激変されてしまった。
5227G010side.png
ケース形状は特徴的だ。逆ぞりのベゼルにケースサイドからラグにかけての大胆な掘り込み。これらはグランド・コンプリケーションやコンプリケーションのどちらかと言うと前衛的なモデルに好んで採用されるデザインで、見た目がこれほどシンプルな時計に施される事は珍しい。ただ見た目は"シュと!"していても実に巧妙なハンター構造が仕込まれていてダイアル正面からでは全くその存在が判らない。9時側ケースサイド(上画像)からは小さいインビジブル(見えない)ヒンジ(蝶番)を確認する事が出来る。尚、この時計は現社長のティエリー・スターンが開発を主導し、実父の現名誉会長のフィリップ・スターンが初めて見た時に"すぐにはハンター構造に気づけなかった"と言う逸話がある。
5227G010CSback_3.png
見た目涼やかで、押出しも強くないが手間暇とコストがコッソリ、ゴッソリ掛かっていて、前衛的と言うよりも挑戦的でギミックが効いたいぶし銀の様な趣を持つ5227。現在のメンズパテックのカタログモデルは一部の例外を除いて殆どが裏スケルトン仕様となっている。それをわざわざ手を掛けてハンター仕様にするのは趣味性以外の何ものでもないが、高級機械式腕時計が今や趣味趣向、拘りに裏打ちされたステータスなアイテムなのだからこの遊び心はアリなのだ。しかし、カラトラバ同様にハンターケースモデルも激減していて今や永久カレンダーRef.5160/500との2モデルになってしまった。こちらも絶滅危惧種と言える。
5227g010CSback2.png
上の画像でリューズのすぐ右にハンターケースの裏蓋を開ける為の出っ張りがある。裏蓋の仕上げは数少ないノーマルケースバック仕様を採用するゴールデン・エリプスと同様に縦方向の筋目仕上げが施されている。逆に開いたケースバックの内側は刻印一つない完璧な鏡面仕上げでバニティミラーとして充分使用可能なクオリティーだ。
個人所有の愛用時計の素材バリエーションはPT、RG、YG、SS、チタンそして樹脂(カシオ)も・・何故かWGだけ欠けている。リシャールやウブロのサファイアクリスタルケースなんてのはとても手が届きませんが、WGなら5227Gが有力候補である事は間違いない。

Ref.5227G-010
ケース径:39mm ケース厚:9.24mm ラグ×美錠幅:19×16mm 防水:3気圧
ケースバリエーション:、WGの他にRGYG 
文字盤:ラック・ブラック ゴールド植字インデックス
ストラップ:ブリリアント(艶有)ブラックのハンドステッチ・アリゲーター
価格:お問い合わせください

Caliber 324 S C
直径:27.0mm 厚み:3.3mm 部品点数:213個 石数:29個 受け:6枚
パワーリザーブ:最小35時間~最大45時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動
ローター:21金ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)
尚、ムーブについての過去記事はコチラから

文責 撮影:乾 画像修正:藤本




決して前回記事の続編ではない。あまりにも蜘蛛の糸が短すぎたのか。一気に極楽浄土への扉の取っ手を掴んでしまった。6月20日にPPJに申請をして、七夕の7月7日に出荷された異例尽くしのカラトラバSS限定モデル。天国よりは近そうな天の川から来たにしても呆れるほど早い。モダンな顔した特別モデルにはワープ機能が備わっていた様だ。
当店に始めてやって来る時計は、検品前に先ず撮影をする。理由は汚れ(微細な埃)がほぼ無い最高のコンディションだからだ。前にも触れたが、PPJはかなり前から日本着荷時点の検品を取り止めている。理由は初期不良率が限りなくゼロであって、むしろ検品時にキズ等の瑕疵を発生させるリスクの方が優るからと聞いている。結果、スイスパテック社で出荷検品後に真空パックされたタイムピース達は国内30店舗の着荷時まで無菌?最低埃レベルが保たれている訳だ。
これは何を意味するかというと今回の様な限定モデルの場合、PPJのスタッフですらプロトサンプルではない最終形の販売用実機を生では見ていないと言う事になるはずだ。勿論、当店が国内第一号入荷では無いと思うので、もう既に何人かの正規販売員と強運のVIP顧客様がご覧になられている事はお断りしておく。
_DSC0031.png
前回のネット画像情報のみでの印象は、あくまでも個人的見解として少々懐疑的と表明した。しかし実機を前にしてこの予測は見事に裏切られてしまった。この時計の紹介はかなり難しい。その理由は後述してゆくが各部をパート毎に見てゆくと「はて?」と首を傾けざるを得ない思いが強い。ところが全体を総合的に見た時にバランスが取れていてデザインの完成度が高く感じさせられてしまう不可思議さが、パテックらしくないこの時計にはある。
_DSC00400.png
バックルは定番のピンバックルSSなので特に説明はない。文字盤やケース、ムーブメントを飛ばして脇役とも言えそうな画像を持ち出したのは、この限定モデルの最大の特徴と言えそうな風変わりなストラップを、ぐぐっと寄りで見て頂きたかったからだ。
textileとfabricという英語はいずれも繊維を意味するが、前者が加工前の素材を後者が加工後の製品状態を表わすと初めて知った。その伝でゆくとザックリと平織されたテキスタイルを加工してこのファブリック製のストラップは作られたとなる。誰もがそう思ってしまうだろう。でもこれは物凄く良く出来たgimmickだ。ギミックの日本語訳はしっくりする言葉があまり無く『仕掛け、トリック、からくり』等が検索されるが、個人的にもギミック以外に適当な表現が、エッシャーのだまし絵の様なこの型押しカーフストラップには見い出せない。カーフ表皮にアリゲーターの文様が型押しされたなんちゃってストラップは、とうの昔に市民権を得ているので、それはギミック(だまし)では無くフェイク(模倣、模造)と呼びたい。因みにRさんに多い(しょっちゅう見ている様な気がするが)決して見た事の無い時計はコピー(偽物)と言う。
言葉遊びはこの辺りで止して、画像上はまさかの型押し?(パテック的にはエンボス)と見える。実際に起稿しながら今一度金庫から現物を出して子細にキズミで再確認せざるを得なかった。画像より実機の方がだまされ感は若干弱いが、予備知識なしの初見では誰もが化かされてしまうくらい、このキツネは凄い。
しかしこの色目には既視感が有る。前世代のメモリーしか搭載されていないオツムゆえ引き出しの数も数える程しかないが、色目の既視感が直球過ぎて間髪置かずに、ブルージーン或いはヴェールボスフォールと呼ばれるエルメスがお得意にしている青系カーフレザーの近似色ではないかとの曲解に至る。さらに白く太目なステッチが1.5mm弱の巾で粗目に施されている為に、単純迷?解な頭の中はもうHERMÈS、HERMÈS・・となってしまった。_DSC00370.png

もうこうなると何でもかんでもブランディングせずに済まされなくなってしまう。まっ、チョッとブランディングの意味は取り違えているのだが・・で、これまた何処かで見た顔ではないか?いや、何処かで絶対見ているはずだ!となってしまう。どうです、見えてきましたか?そう、そうなんですよ、"L"で始まるブランドの"T"で始まるアレですョ。
ブランドとそのアイコン、パテックでは例えばノーチラス、ルイヴィトンだと例えばモノグラム、エルメスなら例えばバーキン、それらの事である。そしてそれらの所有スタイルは乱暴に言って、完全に2種族に分類される。実に判り易いメジャーなアイコン種族は、何を所有しており、その価値も出来るだけ沢山の人々に確実に認知される事を希望しているコスパ意識が高い方々で構成されている。数的には圧倒的にマイナーな少数民族であるアンチアイコン種族は真逆であって、非常にニッチな限られたごく少数の同類、極端な例では自分しかその価値が判らないという時計やカバンを好む複雑な思考回路を持っている方々と言えよう。筆者がいづれに属するかはご想像にお任せする。
閑話休題、文字盤の色についてもう少しだけ見てゆきたい。時計を横置きした画像と文字盤に迫った直上の画像で随分と色目の違いを感じる。これは完全にライティングの差でしか無い。このブルーカラーは一見爽やかで若々しさが強調された色目なのだが、快晴の太陽光や色温度の高い蛍光灯の下ではその本来持っている青色の特性をしっかり発揮する。ところが一方でホテルのロビーやレストラン等の色温度が低く低照度の下では少し妖しさを漂わせた艶っぽい藍色の顔がちらついてくる。お日様の似合う健康的な昼の顔だけでは無く、それなりに大人のお付き合いもさせて頂きますというから驚いた。個人的にはこの時計の最大の魅力ではないかと思う。まるでカメレオンの様な二面性を隠し持つ不思議なタイムピースだ。
話を少し脱線させるがこの限定モデル、そのままダウンサイジングしてレディスモデルに仕立てたら滅茶滅茶売れそうな気がする。ケース径35mmくらい、素材は18金WGでベゼルにダイアを纏わせてやる。物凄く良い感じに仕上がりそうだ。

_DSC00460.png
紛れもなく6000系のサイドビュー。厚さは9.07mm(サファイアクリスタル・ガラス~ケースバック)で2020春生産中止となった6006Gの8.86mmより僅か0.2mm程厚い。ところが搭載されるムーブメント厚は限定6007がセンターフルローターCal.324 S Cで3.3mm、6006GのマイクロローターCal.240 PS Cは3.43mmである。Cal.240は本来マイクロローターの恩恵でパテックを代表する極薄自動巻銘キャリバーで2針の素(す)の状態では2.53mmしか厚みが無いが、スモールセコンドやポインターデイト・カレンダー等の付加機能モジュールが盛り込むれて若干厚みが出ている。それにしても薄いムーブなのに、最終のケース厚が出る6007。理由として考えられるのは文字盤の違いか。6006はセンター3針✚オフセンターの小秒針の構成で、全くのフラットダイアルにインデックス等のディスプレイは全て薄く仕上がるシリコン転写プリント。対して限定6007はセンター3針ながら、ダイアルは再外周部に秒インデックス、その内側に厚みの出るアラビア数字アワーインデックスが植字され、さらに逆三角形のインデックスが細いレールに並べられたアワーサークルが来るダブルアワー表示が来て、さらにその内側文字盤センターにカーボン調の凸凹なテクスチャーが来る4つの同心円から構成されており、それぞれのサークルに微妙な高低差が見られる。この辺りに厚みの答えが有りそうだが、良くは判らない。
尚、時計本体重量は58gで標準的なピンバックル18金モデルよりも20~25gは軽い。昨年カラトラバ・ウィークリー・カレンダー5212AがSSの定番モデルでラインナップされてはいるが、パテックの非スポーツ系のSSモデルが稀な為、手に取った際に感じる驚かされる軽さのインパクトが、初見時に普通は優先する視覚を凌駕してしまう稀有なパテックだ。

6007caseback800.png
あちゃー!久々にやってしまいました。何とも締まりのない画像。原因はモチベーション不足。最近はおうちでしっかり寝るしかないので寝不足は関係ありません。
またぞろ個人の好悪を枕詞とお断りした上で、この後ろ姿は頂けません。まず裏スケじゃなくてノーマルバックにした方が好ましかった。この限定を手に出来る最上級顧客は誰もがCal.324のスケルトンバック仕様モデルを数本は持っているはずなので、白い特別装飾で中途半端に隠されてしまったムーブメントが可哀そうですらある。逆もまた真なりで21金製のフルローター始めムーブメント構成部品が、白い特別装飾を読み取り辛くしている。"一粒で二度美味しい"では無くて、二粒で互いの味を相殺してしまっている。私見ながらポリッシュ仕上げのSS製ノーマルケースバックを採用してもう少し控えめなサイズで梨地サテンフィニッシュによる刻印装飾あたりが妥当な選択だったように思える。さらに言えば顧客にとって普段それほどなじみの無い工場に起因した限定モデルなので、少々大振りなカラトラバ十字に変えて2006年のジュネーブ・サロン改装記念限定モデルのように建築物(PP6)をデフォルメしたイラストのエングレーブにしておいた方が良かったのではないか。
本日の重箱はスミがやたらと多い様で、さらに根掘り葉掘りは続く。一見この装飾は天地がキッチリ12時-6時に垂直を通してあるように見える。しかし6000系の裏蓋はスナッチ(スナップとも)では無くてスクリューバック方式の為に10角形は天地キッチリとはまずならない。それどころかメンテナンスで開閉を繰り返すたびに微妙にその位置はずれてしまう。実際この実機も特別装飾と10角形の垂線はシンクロしていない。さらに家政婦が見るが如く眼力を上げてゆくと、納品時点でほんの僅か時計回り方向に0.2度ほど装飾がずれている。この何ともイケてない装飾工程を想像するに
①一旦スクリューケースバック(裏蓋)をミドルケースに閉めてみる
②垂線を意識した何らかのマーキングを裏蓋に施してから一旦外す
③マーキングで位置決めした裏蓋の内側に装飾を転写?する
④再度、裏蓋を閉めて、マーキングを消して、終わり
ところが最後に閉め直す段で、微妙に増し締め気味になって時計回り側にズレが出たという想像だ。
パテックのスクリューケースバック構造は、ほぼ全てが日常生活防水に過ぎない。6000系リファレンスのケース構造に拘らなければ普通にスナッチ構造を採用していれば裏蓋装飾の垂直性は容易に達成できたはずだ。それともPP6繋がりで6000系採用だったのか?いづれにせよスクリューバックに拘るのであれば10角形と特別意匠の垂線の二者をキッチリ合わせて、敢えて45度位は斜めに閉められている方が私的にはスッキリする。
長くなるがもう一つ方法があって、王者パテック的にはどうかと思いつつも、ここはもうギミックついでに見た目スクリューバック裏蓋にして実は巧妙なスナッチにする手が有る。こうすれば意匠と10角形とミドルケースの全3者ての垂線がシンクロする。これなら時計通が初見して意表を突かれ、初心者には何の事やらさっぱり気付けない。究極のだまし絵タイムピースが完成していたはずだ。
attestation_c.gif"ATTESTATION"とは英語で『証書、証明‥』の意味。過去5年の当店パテック取扱いの中で唯一の限定モデルであったノーチラス発売40周年記念限定にも発行添付されてきた。でも書体が微妙に異なったり、ノーチの時は非常に特徴的で美しかったブルーダイアルに因んで、カラトラバ十字、品番やキャリバー名がシックでメタリックな濃青色で箔押しされていた。今回は全身が青を纏っているのに金色での箔押しとなっている。また前回は無かったジュネーブ・サロン(本店ブティック)イラストが薄く背景に敷かれている。なぜかここもPP6では無い。さらに今回はご購入者名前(画像はフェイク修正済)も印字されている。保証書のように連続画一的では無くて、不定期で間隔の開いてしまうアテステーションにはアレンジがなされるようである。

そろそろ、まとめにかかりたい。記事の大半が懐疑心と猜疑心のパレードようになってしまった。しかし、冒頭でも書いたように、この時計は部分で見てはいけない。さらに見方を誤ると超有名2大ブランドのハイブリッドウォッチの気配すら漂ってきてしまう。一度その先入観に捕らわれてしまうと拭い去る事が、困難かつ厄介で始末に悪い。ギミックフルでトレンドセッターブランドの既視感満載、パテックらしさほぼ皆無?作ちゃった感が凄すぎて、自分自身の持つパテックワールドの概念に収まらない、今日的で意欲的かつ挑戦的なヤバイ一本と言えそうだ。
撮影から起稿を通して、穴の開くほど実機を見倒した。「意外と思ったより良いじゃないか」「でもなんか違うナ」「コレクションとしては悪くないぞ、資産価値もタップリ有って」「でも、着用はこっぱずかしくて、チョッと・・」これだけ延々と自問自答を繰り返した時計も過去珍しい。やっぱりヤバイ一本だ。

Ref.6007A-001 ニュースリリース(日本語)
ケース径:40mm ケース厚:9.07mm(サファイアクリスタル・ガラス~ケースバック) 
※カラトラバ十字と《New Manufacture 2019》と装飾されたサファイアクリスタル・バック
ラグ巾:22mm 防水:3気圧
ケースバリエーション:SSのみ 
文字盤:真鍮製 ブルーグレー 中央にカーボン模様の浮出し装飾 夜光塗料塗布の18金植字アラビアインデックス
針:夜光塗料塗布の18金バトン形状の白ラッカー着色時分針 白塗装ブロンズ製秒針
ストラップ:ブルーグレー 織物模様がエンボス加工された装飾ステッチ入りカーフスキン


Caliber 324 S C.
センターローター自動巻 センター3針(時分秒) 3時位置
窓表示カレンダー
直径:27.0mm 厚み:3.3mm 部品点数:213個 石数:29個 受け:6枚

パワーリザーブ:最小35時間~最大45時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製) 髭持ち:可動式
振動数:28,800振動
ローター:21金ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)
価格:お問い合わせください。

文責、撮影:乾 画像修正:藤本

今年は何もかも異例尽くしだ。見送られていた2020NEW MODELが6月18日にPPJからファックスでやってきて、詳細は公式HPを参考とあって、その結果"来た!見た!驚いた!"と腰を抜かしそうになった。それでなくとも"だまし、だまし"の腰痛爆弾を抱える老体なれば、心尽くしとは言わぬが心配りぐらいの発表プロローグは欲しかった。
img_6007A_001_05_800.png
※他の商品画像はPP公式HPでご覧ください
何となく想像していたのは、今春に一旦自粛されたスイス・パテック社発信の公式インスタの公開再開タイミングでのニューモデル発表。実際6月19日(ブランド創業1839年に因み毎月18日スイス時間の18:39にUP)には6007Aをトピックスにしてインスタアップされていたので、これは予想通りではあった。もしかするとこの段取りで毎月同じタイミングでチョットづつ小出しに新製品発表をするのだろうか。それはそれでエキサイティングで楽しみではある。
そして、予想通りお問い合わせの嵐が怒涛のようにやってきて、今度は足をすくわれて溺れそうになる。現在の世界に於ける日本のマーケットシェアは5~10%と想像されるが、その割に今回のカラトラバSS限定Ref.6007A-001の日本入荷予定本数は非常に厳しく、その理由も不明らしい。結果として各正規店の最重要顧客(ベスト ロイヤル カスタマーとでも言えようか)のご要望が優先されそうだが、どの辺りがカットラインになるかは視界不良にして五里霧中という状況の様だ。実機撮影のチャンスも犍陀多(かんだた)になったつもりで蜘蛛の糸を登るが如しである。
一見、限定数1,000本はパテックとしては少なすぎるという事は無さそうだが、記事を書き進める中でまたしても、ああでもない、こうでもない、ひょっとして・・などど千路に乱れる妄想が湧き上がってくるので少しお付き合い願いたい。そもそもこの限定モデルは、2015年から建築が進められていた6番目の生産拠点となる最新工場"PP6"の完成竣工を祝って発表されたものである。サファイアクリスタルのケースバックにある2019は昨年中に既に一部の部署が移転し業務を開始していた為である。勿論コロナ禍が無ければ、4月には新工場のお披露目イベントが開催予定だったので、その際に発表されていた事は想像に難くない。ところでパテックはフィリップ・スターン時代に2度同様のストーリーを持った限定モデルを発表している。
新工房落成限定_b.png
まず最初が1997年にジュネーブ郊外のプラン・レ・ワット村に社運を掛けて竣工させた新本社工場の落成記念モデル3部作だった。上画像のパゴダ(男女各1モデル)とミニット・リピーターである。これらの紹介は過去記事よりご覧下さい。此処で興味深いのはステンレスモデルが全く無い事である。逆に今回はステンレスしかない。パゴダは上の画像以外にも素材のバリエーション等が有って、全てを合計すれば2750本という事になって今回の3倍弱という随分大盤振る舞いがなされた。当時のフィリップ・スターンが新工場構想にかけた想いの強さがうかがえる。当時と現在を比較すれば、年産数もかなり増えているが、パテックの顧客の増え方はその比ではない。そう考えれば今日の1000本限定数は相対比較をすれば凄く稀少と言える。一方、プラチナ製リピーター5029のたった10本(YGとPGも各10本)なんて直営ブティックでファミリーにごく近い雲上顧客に配給販売されたのだろう。でも、今回はそんな特殊なモデルも無い。異例尽くしと言わずしてなんと表現したら良いのか。
2番目の記念モデルは、1953年から様々な運用をし続けてきたジュネーブ・ローヌ通りのブランドの本丸とも言えるサロン(直営ブティック)を2年の歳月を掛けて2006年に全面改築がなされた際に発表された下の2モデルである。
5565_5105_c.png
記憶違いでなければ合計400本のこれらの限定モデルは、その出自からしてパテック直営のジュネーブサロンのみでの販売であったように思う。ただ(ご本人曰く)ブランドへの貢献度合いの高かったごく一部のパテック社スタッフにも授与では無いが購入が許可されたので、5565Aは時々間近で拝見している。今現在ならいざ知らず、当時に於いて、これは役得だったのか、拒絶不可能な義務だったのかは判断に苦しむところである。
今回の6007Aは過去のコレクションにデザインアーカイブが有るわけではなく、見た事もなく、馴染もなく、個人的にはおよそパテックらしからぬ顔と受け止めていたが、上画像左の5565Aと現行ラインナップからドロップ中のカラトラバ6000系を足して2で割って、さらにこれまで全く採用されてこなかった最近のスイス時計トレンドである"テキスタイル"の切り口をパテック風に解釈しました。ということかもしれない。ただある顧客様曰く
「カーフストラップにテキスタイルパターンを型押しする手法は、既にIWCが実装済みであり、見た目は織物にしか見えないが実際の触感は紛れもなく"皮革"だった」というご意見が有った。
ダイアルセンターのカーボン・パターン装飾もパターンに過ぎず、ギミックが詰め込まれているという点は、知りうる限りパテックの全く新しいアプローチとなる。ただ資産価値を無視して単純かつ純粋に時計として見た場合、かなり評価や好き嫌いは分かれる時計だろう。精神的にはともかくも年齢的に還暦を迎えた自分自身的にはこの時計を腕に巻きたい誘惑は全く無い。IWC云々の顧客様も含め相当数のブランドに渡って、幅広く時計収集されている方にこの傾向は強い。
また自身の計算違いか誤解であってほしいのだが価格設定が微妙なのである。比較すべきモデルは、昨年ディスコンになったカラトラバRef.5296。全く同じエンジンを積む3針センターセコンド・シンプルカレンダー自動巻でピンバックル仕様の18金素材モデル。ところがステンレスの限定6007Aの方が少し高いのである。またエンジンは異なるがデザインソースらしい今年のディスコンモデルRef.6006Gとの比較では、6007Aが10%ほど安いのだが、アリゲーターストラップ+WG製フォールディングバックル仕様の6006Gに対して、カーフストラップ+SS製ピンバックルの6007A。これらを足したり引いたりするとSSの6007A限定モデルはやはりチョッと割高になってしまう。限定だから大目に見て、目くじら立てずにマスクで隠して!と言われても1ロット1000本というのは、パテックの各リファレンスに於いて年産本数のマキシマムに近似と思われ、特別に小ロットとも思い難い。資料を見る限り、この限定モデルにはいわゆる限定シリアルナンバーの刻印が無い事もケースの加工・管理という点でコストが省かれており少し気になる。
重箱と老婆心はさておいて、パテック フィリップの顧客層はこの10数年で非常に若くなったと言われている。実際、当店でも30代前半のカスタマーもニューゲストも増えてきている。この方達には今回の6007Aは直球ド真ん中でノックアウトだろう。この若く新しいニューカマーに対して「しっかり頑張ってパテックを収集する事で、いつかこんな特別モデルを手にしてください」というメッセージがこの特殊なカラトラバには込められているのではないか。勿論、既にコレクションを充実させている若きロイヤルカスタマーにとっては、目の前にある、手を伸ばせば届く現実的な"夢"である。
今は、どうか蜘蛛の糸が切れずに「酒が旨くて♪、ネーちゃんが綺麗な♪♪」天国の撮影スタジオまで登り切れる事を願うばかりである。

Ref.6007A-001 ニュースリリース(日本語)
ケース径:40mm ケース厚:9.07mm(サファイアクリスタル・ガラス~ケースバック) 
※カラトラバ十字と《New Manufacture 2019》と装飾されたサファイアクリスタル・バック
ラグ巾:22mm 防水:3気圧
ケースバリエーション:SSのみ 
文字盤:真鍮製 ブルーグレー 中央にカーボン模様の浮出し装飾 夜光塗料塗布の18金植字アラビアインデックス
針:夜光塗料塗布の18金バトン形状の白ラッカー着色時分針 白塗装ブロンズ製秒針
ストラップ:ブルーグレー 織物模様がエンボス加工された装飾ステッチ入りカーフスキン


Caliber 324 S C.
センターローター自動巻 センター3針(時分秒) 3時位置
窓表示カレンダー
直径:27.0mm 厚み:3.3mm 部品点数:213個 石数:29個 受け:6枚

パワーリザーブ:最小35時間~最大45時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製) 髭持ち:可動式
振動数:28,800振動
ローター:21金ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)
価格:お問い合わせください。

PATEK PHILIPPE INTERNATONAL MAGAZINE Vol.Ⅰ No.2
文責:乾

ようやく峠を超えた感がある新型コロナ禍。何も良い事が無かった様だが、パテック フィリップの2020年新作発表が、一旦見送られた事で個人的には助かった事が一つ。昨年秋から今春に渡って悪戦苦闘して連続投稿してきた『パテック フィリップ正史』の為に遅れてしまった2019の新作モデルを今頃でも紹介が出来る。まあコロナのデメリットと拙ブログのメリットでは全く勘定は合わないのだけれど・・・

本日のご紹介は、とてもユニークなカラトラバ・ウィークリー・カレンダーRef.5212A-001。2015年に良くも悪くもパテックらしくないと話題を振りまいたカラトラバ・パイロット・トラベルタイム5524G-001初見時の驚愕と同じ様なファーストインプレッションを覚えた。ただパイロット・トラベルがパテック フィリップ・ジャパンのトップN氏から「ハミルトンじゃありません」と紹介され、巷では"ゼニス?"と噂されたようにパテックらしくないが、何処かで見たような既視感が有り過ぎたのに対して、ウィークリー・カレンダーは中期出張者向けのレンタルマンションカテゴリーの様な既聴感は何処となく感じたが、それまで全く見た事の無い顔をしていた。
これはパテックを始めあらゆるブランドのタイムピースに於いて既視感が全く無いという事であった。しかしながら伝統に則った正統カラトラバケースの品の良さから来るのか個人的には"今迄に見た事も無いパテックなのだが、とてもパテックらしい"と言うパラドクシカルな好印象を初見から抱かせた時計だった。
5212A_001_a.png
ラグは最近のパテックで好んで採用される段差付ラグ。永久カレンダーRef.5320Gや手巻クロノグラフのRef.5172G等は2段仕立てだが、ウィークリー・カレンダーに採用されたスッキリ一段仕様も、この時計の全体から来るカジュアル感には好もしい様な気がする。尚、このラグ形状はPPマガジン(Vol.Ⅳ No.6)のRef.5320紹介記事に記載が有り、PATEK PHILIPPE GENEVE Wristwatchesに掲載されている下画像左のRef.2405(1945年)に辿り着く。1960年代にも結構採用されたデザインで下画像右のシリーズ生産されたらしいクロワゾネ(有線七宝)モデルで顕著なようだ。
2405_2481.png
ストラップも最近のパテックお好みのカーフ、しかも明るめのオレンジっぽいギリギリのライトブラウン系統のお色目。少し太めの白っぽくラフなステッチ。アクアとノーチ以外のシリーズではチョッとお久のステンレス素材仕様。と全てのお膳立てはカジュアルだ。
機能は大きく異なるが、ステンレスモデルの前任者とは年次カレンダー・フライバック・クロノグラフRef.5960/1Aの白文字盤(2014-2017)・黒文字盤(2017単年度)の2モデルになる。
しかし、このモデルは元々2006年に画期的にして現代的なパテック社自社開発設計・製作のマニュファクチュール・フライバック・クロノグラフ・キャリバーCal.CH 28-520系を初搭載しプラチナケースを纏ってセンセーショナルなデビューを果たしたRef.5960Pの素材違い・ストラップ仕様違いであって完全なオリジナルモデルとしてステンレス素材で唐突いきなりリリースされたわけでは無かった。しかし素材を問わず5960は売れに売れたクロノグラフモデルだった。特に初期のプラチナモデルは結構長期間に渡りプレミア価格が2次マーケットで発生した。個人的にはそれまでのプレミアパテックというのはアンティーク市場を除いて、現行モデルではノーチラスSS3針Ref.5711/1Aにほぼ絞られていたが、このプラチナ・クロノグラフが今日のプレミアパテック一杯状態の引き金になった印象がある。そう強烈な印象がある。

そういう意味ではラグジュアリースポーツ系でも無く、素材バリエでも無く、SSにもかかわらず限定モデルでも無いウィークリー・カレンダーは現行パテックラインナップに於ける異端児である。発表資料によればRef.5212と言う品番にはルーツがあるとされ、1955年製作のユニークピース(世界に唯一つ)Ref.2512の品番数字順の入替がリファレンスに反映されたとある。このルーツモデルは現在ジュネーブのパテック フィリップ・ミュージアムに所蔵されている。後述するがルーツモデルの品番2512には1952年製と言うのもあって、1955年製モデルの資料が乏しく画像もすぐ見つからず、ミュージアムの資料にも見当たらない。
一体どちらがウィークリー・カレンダーの原点なのか判然としなかった。最終的にPPJからアドバイスで昨年秋発行のPPマガジンVol.Ⅳ No.7の現代ウィークリー・カレンダー紹介記事にて下のルーツモデル画像(左)を得た。既読の記事でありインデックスを貼ってPPマガジン記事まとめエクセルにも書き込んでいるのにこの様だ。コロナで自宅での早飲み・深酒がアルチューハイマ―を進行させたのかもしれない。ともかく色々と厄介でお騒がせな奴だ。
2512_1.png
正確なリファレンスは2512/1となっている。現行パテックの品番概念なら"/1"が末尾に付くと金属ブレスモデルをまず想定するのだけど、何ともシックなストラップ付のドレスウォッチだ。文字盤も漆黒なのでYG製にしては地味な仕上がりでウィークリー・カレンダーRef.5212Aとの類似点は、我が家には未着のアベノマスクの様な小さな段差付きラグが一段仕様になっている点とベゼルがミドルケースに合体する部分が巻き込まれた様な個性的なデザインとなっているケース形状にある。PATEK PHILIPPE GENEVE Wristwatchesの巻末資料にある1952年?製ラージラウンドケースに手巻センターセコンドCal.27 SC搭載モデルの記載があり年号は違うがこのモデルと思われる。過去のタイムピースにまつわる蘊蓄話の年号のあやふやさと言うのは良くある話で、過去ファミリー継承がたったの一度しか無く、資料の散逸が少なかったであろうパテック社ですら避けられぬのだから、他のブランドは推して知るべきだろう。
しかし驚かされるのが時計ケース径で46mmもある。当時の時計としては馬鹿でかいのでユニークピースという事からして、当時の何処ぞの超セレブリティからの特注品だったのかもしれない。尚、PPマガジンVol.Ⅲ No.8のオークションページに、この個体の落札記事(右側画像)が有る。事前見積りを6倍上回る962,500USドル(2020/6/1レートで1億を少し超える!当時のレートでも9千万超)。
ところで、各種資料で簡単に確認できる2512は、YG製スプリットセコンドクロノグラフ(Cal.13''')であり、ダイアルは黒でアラビアインデックス。ミュージアム資料によれば1952年製とあり、1998年に発表された超人気大振り手巻クロノグラフモデルRef.5070のルーツとも記載があり、こちらの説は確かに頷ける。

5070_2512.png
右画像のRef.2512は、ミュージアム公式ブックには1950-1952年(ユニークピースなので2年かけて一個作った?)とあり、左のRef.5070のデザインモチーフになったと記載がある。さらにアンティーク資料(OSVALDO PATRIZZI著)によれば1950年に製作され1952年7月14日にイタリア・トリノの時計店ASTRUA&C.,にて販売されたとある。
枝葉末節はさておき上画像の両者は瓜二つと言って良い。しかし5070の42mmもミレニアム前後頃には充分に大きかったのだが、50年代当時の45mmって異様にでかい。OSVALDO著のキャプションにはAVIATOR'S WRISTWATCHとあってパイロット仕様ならではという事か。尚、30分計の針形状が凝ってますナァ。
脱線ついでに全くの個人的戯れとして想像するに、近似の品番、YGケース+黒文字盤、一段の段付きラグ、ほぼ同寸の巨大なサイズ、製作年代も同じとくれば、相当恰幅の良いイタリアはトリノの大旦那が地元の贔屓時計店を通じて同時、或いは前後して発注された時計達ではないのかと思うのは穿ち過ぎだろうか。まあ、あれやこれや気の済むまで妄想を膨らませる事が出来るのもコロナのメリットと言うべきなのか。
5212A_e.png
最近の新製品に採用が多い段付きラグとケース。冷間鍛造で鍛えられたケースを自社で切削加工し全面に複雑なポリッシュ仕上げがなされている。ボックス・タイプのサファイア・ガラスが"風防"を彷彿とさせてヴィンテージテイストを与えている。
5212A_b.png
暖かみのあるクリーム系の文字盤色はパテックお得意で、他ブランドがこの系統の色目使いで成功する事があまり無い様に思われる。しかし何と言ってもこのダイアルの最大の特徴は個性タップリの手書き文字に或る。勿論製造過程はシリコンスタンプによる転写方式によるが、原稿は全てパテック社所属デザイナーの描き起しだ。彼の地の人々の手書き文字と言うのは我々日本人から見ると殆ど謎解き象形文字にしか見えない。しかしこの新規描き起こし文字は素晴らしく読みやすく暖か味に溢れている。ヨーロッパ人によるアラビア数字とアルファベットの楷書体?と言えばよいのか。
我らアジア人には年間を50数週で表現したり把握したりはなじみが薄いが、例えばコロナ自粛が一段と緩和されそうな6月1日は23週目となって、文字盤上の26分辺りを指針する。見ようによっては今年も早くも半分間近と焦らせられるという塩梅である。意外に便利なのか、ストレスフルなのか。因みに5~6年に一度53週目の有る年がやってくるらしい(詳細は面倒で不明)が、2020年の本年がそれにあたるらしいので縁あってご購入された方は年末に是非ともお確かめあれ。
そして、個人的にこの文字盤で出色は読み取りの良さである。カレンダーの要素は内側から、曜日、週、月と3本の針表示が有り、3時位置にはノーマルな日付窓表示。さらに時分針とセンター秒針もあって、針は全部で5本ある。これだけのプリント表示と針が有りながら決して視認性は悪くない。これはバトン型アワーインデックスとドフィーヌ形状の時分針(いづれもWG製)両者が酸化処理でマットな漆黒に仕上げられている事と、残るPfinodal(銅合金の一種)製の3針もロジウム・プレート加工されており、非常に文字盤のベースカラーとのコントラストが良好な事による。また各針の長さ設定が絶妙である事も大きく視認性に寄与している。

Ref.5212A-001
ケース径:40mm ケース厚:10.79mm ラグ幅:20mm
防水:30m サファイアクリスタル・バック
ケースバリエーション:SSのみ 
文字盤:シルバー・オパーリン文字盤、転写によるブラック手書き書体
インデックス:4面ファセット酸化ブラック仕上18金WGインデックス
時分針:2面ファセット酸化ブラック仕上18金WGドフィーヌハンド
曜日、週、月の各指針:赤い塗装先端を備えたロジウムプレートPfinodalハンマー型表示針
ストラップ:ハンドステッチ・ライトブラウン・カーフスキン
クラスプ:ステンレス素材のピンバックル

5212A_c.png
解像度一杯いっぱい、愛機Nikon D300ではこれが限界。ウィークリー・カレンダーの売りの一つがこの新キャリバーCal.26-330 S C J SEだ。全くの新設計では無く現行の主力フルローター自動巻エンジンであるCal.324系を徹底的に改良している。大きな改良ポイントは2つ。まずはサファイアクリスタル・バック越しに目を奪われる上記画像の中心部の金色のムカデっぽい奇妙な3番車。従来は4番車(秒針)に付く秒カナをベリリウム製のバネで抑える事で秒針の挙動安定を図っていたが、LIGA製法(独語:X線を利用したフォトリソグラフィ、電解めっき形成での微細加工)によって製造されたバックラッシュ防止機能を持った画期的な歯車を3番車に採用している。歯車一つ一つがバネ構造になっている為にこの歯車には従来のアガキ(微細な隙間)が無い。
Cal.26_330_th_image_b.pngもう一つが自動巻機構の見直し。従来の巻上げシステムの中に新たなクラッチ機構を加え、さらに手巻時に於ける自動巻上げ機構へのダメージを緩和する減速歯車が導入されている。元々熟成度合いが高かったCal.324は信頼度と耐久性、さらにメンテナンス性も高められた。またこれまで採用に積極的でなかったハック(時刻合わせ時の秒針停止機能)が採用されている。携帯精度が恐ろしく良いムーブメントなのでこれは嬉しい。さらに新規のウィークリー・カレンダーは瞬時では無いがトルクをため込んでの半瞬時日送り式が採用されている。尚、リューズ操作で行う日付調整は禁止時間帯の無いエブリタイムストレスフリーとなっている。これら全てが相まって324の派生キャリバー名では無く、Cal.26-330系として新たな名称を与えられた。でも、26.6mmの直径と3.3mmの厚さからの命名発想そのものは1960年頃までパテック社で日常的に採用されていたわけだから"温故知新キャリバー"と言えそうだ。ただこの秀逸新エンジンにも唯一残念があって、何度も触れているが現代自動巻としてはパワーリザーブが少々短い。せめて72時間を近い将来のマイナーチェンジで実現される事を切に願う。
5212A_d.png

Caliber 26-330 S C J SE
自動巻ムーブメント センターセコンド、日付、曜日、週番号表示
直径:27mm 厚み:4.82mm 部品点数:304個 石数:50個
※ケーシング径:26.6mm
パワーリザーブ:最低35時間~最大45時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動
ローター:21金ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)

PATEK PHILIPPE INTERNATONAL MAGAZINE Vol.Ⅲ No.8
PATEK PHILIPPE INTERNATONAL MAGAZINE Vol.Ⅳ No.7
PATEK PHILIPPE GENEVE Wristwatches (Martin Huber & Alan Banbery)
COLLECTING PATEK PHILIPPE Vol.1(Osvaldo Patrizzi)
文責・撮影:乾 画像提供:PATEK PHILIPPE S.A.

※似たような内容で重複も有りますが、参考ブログ記事はコチラ 

【お知らせ】
最後までお読みいただきまして有難うございます。
先日、パテック社より気になる情報が来ましたのでご紹介いたします。
日本を含め世界に於いて、コロナ禍を悪用した詐欺まがいの悪徳な販売提案事例が散見されているとの事です。特に入手が困難なモデルを餌に、あたかも正規ルートであるかのようなドメインを使用して販売代金をだまし取る手口の様です。疑わしき事案に遭遇されましたら下記あてご確認をされる事をお勧め致します。

パテック フィリップ ジャパン・インフォメーションセンター:03-3255-8109

【お詫びと訂正】2020/6/13
本文中のラグの仕様説明について誤りがありました。当初記載のウイングレットラグでは無く、段差付きラグ(特に固有名称無し)が本モデルラグの仕様となります。6/13付にて訂正加筆致しました。

カラトラバ5196P

_DSC9148.png
今月はユニークなレアモデルが連続で入荷してくる。前回の年次カレンダーレギュレーターRef.5235と同様に展示会サンプルが無い(来た事が無い)手巻きカラトラバのクンロクケースのRef.5196P。モデル的にはパテックを代表するシンプルウオッチの極みでどちらの正規店でも最低一本は何色かの18金モデルが並んでいるド定番。ところがプラチナは製造数が極めて少ないらしく入荷予定が全く読めないレアモデルとなっている。
上の画像でリーフ針とブレゲスタイルのアラビアインデックス、さらにベゼルもほぼ黒に見合える。だが、ラグを見るとケースはポリッシュ仕上げされており撮影時にブラックアウトしたものと判る。
_5196_2_800.png

角度を変えて実機に迫って撮るとブラックアウトするもののだいぶ印象は変わる。ともかくこの仕様は撮影が困難なので実機を見るに限るが、殆ど並ばないので今は"チャンス!"
6時の真下にはケースにラウンドダイアモンドがプラチナ製である証として埋め込まれている。これは現会長のフィリップ・スターン氏が1970年代にご自分のプラチナウオッチにカスタムで埋め込んだものが社内で評判になり標準仕様となったものである。
さて、この少しノスタルジックな文字盤は完全な復刻デザインである。カラトラバ初号機Ref.96がリリースされた1932年のわずか6年後の1938年から1960年代にかけて長く製造されたRef.570の40年代の代表的な文字盤だったようだ。
Ref.570.png
右のプラチナ製は1992年にパテック社によって文字盤交換されているミュージアムピースで、針もインデックスも18金製で極めて現行の5196に近い。それもそのはずで注釈に2004年バーゼルでのRef.5196デビューの際の原型と説明されている。機械は当時の手巻きCal.12'''-120。厚さ4mm、直径26.75mm。現行のCal.215と比べると1.45mm厚く、4.85mmも大きいがケース径は35~36mmとわずかに小さい。厚みは現代の方が若干薄い。まあ当時は薄く小さくを心掛けたムーブを素直に頃合いのケースで包み込んでいた時代だったと思われる。今気づいたが1940年代初頭と言うのは第二次世界大戦の戦時下である。アラビアインデックスの採用には影響が有ったのかもしれない。
_DSC9166.png
久々に撮るソリッドな裏蓋。現行のほぼすべての機械式モデルが裏スケルトン仕様であるパテックコレクションの中で、正に希少なノーマルケースバックモデル。今年40周年のアニバーサリーイヤーを迎えたゴールデンエリプスの定番2型(RGとPT)とこちらの5196のみの特別仕様?になっている。
僅かに空気が入ったかのような保護シールもスケルトンモデルには無い特別感?が・・・
ラグの裏4か所には、下のピンバックル裏側と共にPT950のホールマーク等がしっかり刻印されている。
_DSC9157.png
イエローゴールドモデル紹介時にも撮ったサイドビューを再撮影。個人的には最もパテックを代表する優美なフォルムだと思っている。リューズ左下側の不自然な修正はフォトショギブアップしました。修行の一環と言う事で・・
5196P_side.png
18金モデルのバーインデックスに較べてアラビアインデックス+2トーンカラーダイアルの組合せは上品やエレガントと言うよりも遊び心が有って個性的である。それを敢えてプラチナケースでやると言うのがパテックの余裕。決して万人受けするモデルでは無いと思うが、一目惚れの人には堪らない魅力を感じさせる一本に違いない。

Ref.5196P-001

ケース径:37mm ケース厚:7.68mm ラグ×美錠幅:21×16mm 防水:3気圧
ケースバリエーション:PTの他にYG,WG,RG,
文字盤:ツートーンシルバリィグレイ ゴールド植字インデックス
ストラップ:シャイニー(艶有)ブラックアリゲーター
価格:お問い合わせください

Caliber:215 PS

ムーブメントはパテックを代表する手巻キャリバー215PS。構成部品たった130個の完全熟成の名機に2006年に発表されたシリコン系素材Silinvar®「シリンバー」採用の革新的なSpiromax®スピロマックスひげゼンマイが搭載されたことで耐磁性と耐衝撃性が格段に向上している。まさにパテック フィリップの哲学"伝統と革新"を体現した頼もしいエンジンである。

直径:21.9mm 厚み:2.55mm 部品点数:130個 石数:18個 パワーリザーブ:44時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動

PATEK PHILIPPE 公式ページ

文責:乾

2018年5月20日現在
YG 5196J-001 店頭在庫有ります
WG 5196G-001 お問い合わせください
RG 5196R-001 お問い合わせください
PT 5196P-001 店頭在庫有ります

全国のパテック フィリップ正規店で開催されている年数回の展示会。皆様も足を運ばれている事と思う。いつもはどの店頭にも20~30点程度の在庫陳列が、この時はパテック フィリップ ジャパン(PPJ)からの貸出サンプルで、多ければ時計だけで70点以上の展示にもなる。
ところが絶対に並ばないモデルがあって、いわゆるP.O.R.(Price on riquest:価格はお問い合わせください)要するに"時価"モデルは並ばない。そもそもPPJにもサンプルそのものが無い。たぶんスイスパテック社には何セットか知らないが用意されていて普段はジュネーブのローヌ通りの本店サロンでなら場合(人?)によっては見られるのだろう。
一般的に展示会で見られないモデルと言うのは簡単に買えない。少し嫌な言い方をすれば、誰にでも売ってくれない特殊な時計と言える。縁が無いので良くは知らないが、車ではロールスロイス、ブガッティ、マクラーレン、ランボルギーニ、フェラーリ、ポルシェ等でも一部の特殊なモデルはいきなりは買えないと聞く。
POR_watch&car.png
ところでパテック以外にこのような販売制限をしている時計ブランドは他にあるだろうか。
普通にカタログに載っていて、数量限定でもなく買えない時計・・需給バランスの崩れからグレーマーケットでプレミアがつくノーチラスSSやデイトナの様な代物という訳でもなく・・在りそうで思い当たらない。
2018年の新製品記事でも紹介したレアハンドクラフト(希少な手仕事作品)群も普通には買えないのだが、これらは元々カタログアップされないし、通称ワンショット(超少数の生産数を作り切って、また翌年新たに提案)なので、少し性格が異なる。
さて、それではカタログに掲載されていて価格が明記されているモデルなら誰にでも買えるか?ごく一部の例外を除けば買える。今現在の例外とはRef.5131/1P-001ワールドタイムプラチナブレス・クロワゾネで購入は相当難しい。それ以外は人気度合いでいきなりだと厳しかったり、各販売店がVIP顧客のご要望を消化し切れずに結果として一見のお客様にはハードルが高くなっているモデルもある。でも、たったの数点にすぎないと思う。

_DSC9120.png
今日はずいぶんと前置きが長くなってしまった。今回ご紹介のRef.5235G-001は上記のような各諸事情により買いにくいのではなくて、単純に入荷が極端に少ないモデルだ。当店でもPPコーナーオープンから3年弱で初入荷した。もちろん計画的な入荷予定として案内されたものでは無く、突如打診があってのイレギュラーな仕入だった。
冒頭で触れた展示会用サンプルとして、このモデルは過去一度もやって来た事が無い。PPJスタッフ曰く「あまりにも入荷が少なく不規則なので、下手にご注文をお受け出来ない」
なぜそんな事になるのか?その辺りをつらつらと考えながら本稿を進めたい。

この時計、実に不思議な顔をしている。レギュレーターウオッチと言うのは普通カレンダーが付いている印象が無い。改めて画像検索すると日付カレンダー付と言うのはそこそこあるが、月、曜日を含むトリプルカレンダーと言うのはまず見当たらない。
パテックのこの時計の場合は年次カレンダーをレギュレーター仕様のダイアルレイアウトにしているのでトリカレと言う事になるが、Ref.5205の様に12時側弓状に三つ窓にせずに真反対の6時位置に日付窓としている。時間表示インダイアルのスタート位置に大きな窓を開けたくなかった気分はよくわかる。そしてミニット用の外周レールもユニークで、6時側インダイアルがスモセコ表示なので、似た感じのカラトラバオートマRef.5296のトリプルサークルの様に秒刻みがレールに無く分刻みだけのスッキリ仕様となっている。
そもそもレギュレーターとは日本では"標準時計"と訳される置・掛時計の事であった。祖父の代から時計を商う当家にも機械式の掛け時計で振り子が見えるガラス窓部分には縦書き金文字で"標準時計"と書かれたクロックが実家の居間にはあった。
1969年にセイコーが水晶振動子による正確無比なクォーツ時計を販売するまでの機械式時計主役時代には、時計店は最も正確な掛け時計を標準時計に定め、時計が売れた際にはその時計で時刻合わせをして納品をしていたと聞かされた。現代では電波ソーラーの目覚ましなどがその役を担っている。ちなみに百貨店は電波受信器を持ち込んでいない限り電波は受信できない。GPSはもっと入らない。WiFi接続中のスマホが多分一番正確だろう。

尚、当店一階入り口脇には非常に正確な標準時計仕様のエルウィン・サトラ―社(独:ERWIN SATTLER)製の機械式掛け時計を掛けてある。一ヶ月と言う超ロングパワーリザーブで月差数秒という優れもの、気圧変化による振り子の空気抵抗の影響を補正する装置が付いていて本当に正確極まりない。ご来店の際には是非自慢話を聞いてくださいナ。
クロノスイスなどの様にレギュレーターと言う3針(時、分、秒)独立表示を好んで作るブランドもあるが、普通はあまり作られる事は無い。パテックもこの1モデルのみであり、知る限りオークションニュースでも見た記憶は無い。さらにこのモデル変わり者づくめで、まず文字盤のロゴ表示がただ彫っただけで無着色である。上の画像は何気なく撮って、それなりにロゴが読めるが光線の具合によっては殆ど読めない。
5235_logo.png
横着して上画像を拡大加工してみた。文字盤表面の天地方向の筋目装飾に対して、単純に彫られただけのロゴマーク底部分の表面感の違いで何とか読み取れるが、光の具合次第で本当に見づらい。入荷時にはひょっとしたら着色忘れの世界に一点のユニークピースが点検漏れで着荷したのかと喜んだが、これが純正仕様だった。おそらくこの不思議な仕様も時刻の読み取りを最優先するのがレギュレーターの使命と考えたパテック流の解釈だろう。個人的にはレール同色の紺色シリコン転写が無難かと・・
カタログ等ではこのロゴはブラックにしか見えない。またサーキュレート(同心円筋目彫り)されたインダイアルと縦筋目彫りされた文字盤とはかなりコントラストが実物にはあるがカタログでは微妙な色差しかなく、この時計は絶対に生で見ないと駄目だ。但しこの顔の好き嫌いはハッキリあるだろう。どちらかと言えば日常用と言うよりはコレクション向きかと・・でも見どころと語りどころはまだある。

不可思議は裏側にも存在する。マイクロローター自動巻きなのでCal.240?と思うが、少し見慣れた方なら妙な違和感を感じるハズだ。そう受けの形状がかなり違うのだ。その前にムーブメントそのものが240より大きい。下に画像(12時上)を加工して並べてみたら他にも相違点は沢山あって22金ローター自体のサイズは同じようだが輪列、テンプ、ローターと全てレイアウトが違っていて当然受けもかなり異なっている。まあCal.240は構造的に小秒針が5時位置にしか付けられないので正統なレギュレーター仕様である6時スモセコにはならない。さらに通常センターに置かれる時針を12時側にインダイアル表示させる必要もあってパテックの開発陣はCal.240の良さを残しつつ完全にニューキャリバーを数年かけて開発した。

_5325back240.png
この新規ムーブメントの最大の注目点は前衛的なPalsomax®脱進機の搭載である。パテック社の技術革新のフィールドテストモデルであるアドバンストリサーチプロジェクト3部作(2005~2008年)で完成された髭ゼンマイ、アンクルとガンギ車の全てにシリコン素材のSilinvar®が採用されている事だ。そして3.2Hz(23,040振動)という実にけったいな振動数は、理屈は解らないがこれら新素材によってもたらされたものだ。またマイクロローターのベアリング素材も微小なジルコン・ボールに変更されている。さらに輪列のエネルギー伝達での摩擦ロスをたったの3%に抑えるため歯車には全く新しい歯型曲線が開発採用されている。これらの相乗効果がこのムーブの耐久性を高め、結果的にはメンテナンス期間の長期化をもたらしている。さらに通常パテックが盛り込まないハック(秒針停止)機能が、レギュレーターならではの必要性から搭載されている。
尚、上のムーブメント画像でそれぞれの厚みは年次カレンダーと永久カレンダーのモジュールを含めての厚みである。実際のベースキャリバー厚はそれぞれ2.6mmと2.53mmでたったの0.07mmの違いしか無く、この厚みもローターを若干厚くした事に由来するので新規開発のCal31-260は充分に極薄自動巻キャリバーでありながら非常に先進的で意欲的なエンジンであると言える。恐らくこの特殊で唯一無二のムーブメントの製造が小ロットで気まぐれ?な為に入荷がイレギュラーで滅多にお目にかかれない原因だと思っている。
hallclock_600.pngレギュレーターが必要とされたのは18世紀初めに遡る。当時は大航海時代で安全な航海には高精度な航海用時計(マリンクロノメーター)が欠かせなかった。この時計つくりには当時イギリスがリードしていたが、その製造やメンテナンスの為に非常に正確で安定した精度を出せる基準時計=レギュレーターが必須であったのだ。かつて1900年代前半にはパテックでもレギュレータ―の懐中時計が存在したが、腕時計としては2011年のこのRef.5235Gまでアーカイブが無い。ただホールクロック(床置き時計)タイプはパテック社内で普通に利用されていたようであり、実際名誉会長フィリップ・スターン氏の執務室に置かれていたレギュレーターホールクロック(左)から今回のタイムピース5235はインスパイアされている。ただクロックタイプの標準時計は秒針が12時側にあって、時針インダイアルは6時側にレイアウトされているものが大半である。腕時計ではRef.5235を含めブランドを問わずレイアウトが逆転し秒針は6時側となっている。ちなみに左のクロック文字盤には PATEK PHILIPPE & Cie. GENÈVE とあるが、どこかのクロック専業メーカーにオーダーしたものか自社製なのかは記載がなく不明である。
ケースサイドは文字盤同様のヘアラインのサテン仕上げで時計そのものを渋くクールな印象にしている。厚みはマイクロローターのおかげで通常の年次カレンダーより若干薄い10mmとなっている。
レギュレーター表示を邪魔するだけなので他の年次カレンダーモデルには標準仕様の月齢カレンダーが、このモデルには無い。結果的にカレンダー調整用のプッシュボタンは一つ減って3個である。その為に一般的な年次カレンダーでは4個のボタンをケース両サイドに2個ずつ振り分けているが、Ref.5235では9時側サイドに3個まとめて収められている。下画像で一番左の"月"は良いとして真ん中が"日付け"で右が"曜日"が紛らわしい。人間工学的には文字盤のディスプレイ通りに真ん中が曜日で右が日付だととても使い勝手が良いのだが・・さすがに メイド イン ヨーロッパ ですナァ
_DSC9132.png
最後にバックルも普通ではなく、特別なエングレーブ仕様になっている。レディスの装飾性の強いモデル等でPP銘入りバックルはたまにあるが、シンプルなカラトラバケース仕立てのメンズモデルでは極めて異例である。
_DSC9133.png
個性的ではあっても正統で奇をてらわないデザインでありつつ人と違ってかぶらないパテックを望まれる方にはピッタリな1本だと思う。

Ref.5235G-001年次カレンダー(レギュレーター)
ケース径:40.5mm ケース厚:10mm ラグ×美錠幅:20×16mm 
防水:3気圧
ケースバリエーション:WGのみ
文字盤:ツートーン シルバリィ バーティカル サテンフィニッシュド、青転写インディケーション
ストラップ:シャイニー(艶有)ネイビーブルーアリゲーター 
バックル:PP エングレーブド ピンバックル

Caliber 31-260 REG QA
直径:33mm 厚み:5.08mm 部品点数:313個 石数:31個 受け:10枚
パワーリザーブ:最低38時間~最大48時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
脱進機:パルソマックスPalsomax® アンクル、ガンギ車共にSilinvar®製
振動数:3.2Hz 23,040振動
ローター:22金ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)

PATEK PHILIPPE 公式ページ

文責:乾

在庫:4月24日現在 店頭在庫あります。

参考:Patek Philippe Internaional Magazine Vol Ⅲ No.4 P.18-23

インスタグラムアカウントinstagram&Facebookアカウントfacebook作成しました。ぜひフォローをお願い致します・・・

Pagetop

カサブランカ奈良

〒630-8013 奈良市三条大路1-1-90-101
営業時間 / AM11:00~PM7:00
定休日 / 水曜日・第一木曜日
TEL / 0742-32-5555
> ホームページ / http://www.tokeinara.com/

サイト内検索