パテック フィリップに夢中

パテック フィリップ正規取扱店「カサブランカ奈良」のブランド紹介ブログ

ワールドタイム 一覧

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「トリスを飲んでHawaiiへ行こう!」は1961年の寿屋(現サントリー)のキャンペーン広告コピー。当時僅か2歳児に過ぎなかったが、なぜか鮮烈な記憶で残っている。当時若干20歳で新人ドリンカーとなられた先輩方も早80代半ばであり、現役バリバリの吞兵衛世代の方々には全く意味不明のエピソードだろう。だが今回紹介の最新型ワールドタイムの実機操作中、至極当然に「パテックを持ってHawaiiに行こう!」と思いついたので、ここはお付き合いいただくしかない。実はスイスには職業がら毎年のように通ったが、過去の海外訪問地は多くない。実はハワイも未訪問でビックリされたりする。ずっと南国の楽園には食指が動かなかったが、最近は食わず嫌いは止めて一度は訪れてみようかなどとも思っていた。そこにこの飛んでもないワールドタイムの出現である。行きも帰りもこの時計の醍醐味を手っ取り早く味う為に日本から日付変更線をまたいでの旅となると、最短の五つ星クラスの目的地は間違いなくHawaiiという事になるだろう。余談ながら還暦越えの今日まで"Hawaii"ではなくずっと"Hawai"で末尾の i は一個だと信じていた。実機撮影時点ですら「パテックはひょっとしたら大変なミステイクをしでかしたのではないかと・・」本気でドキドキと心配したほどだ。そんなわけでRef.5330は興味深いその出自は後回しにして、約70点の新規追加パーツが組み込まれ特許取得された手品の様なカレンダー機能を真っ先に見てゆきたい。

10時位置のワンプッシュスタイルで短針を時計回りに進ませる。と同時にシティリングと24時間リングは反時計回りに一方通行で回し続けるのがおなじみのパテック方式。その実用的なワンウェイスタイルにカレンダー機能はそもそも馴染まないと思っていた。仮にカレンダー機能を付加するならば他ブランドの様に逆進用プッシュボタンを8時位置辺りに追加するしかないと信じていた。その為に実機を操作するまでは必要に応じてのカレンダーの早送り操作も覚悟をしていた。正直便利なのか面倒なのかという疑心暗鬼すらあった。と、こ、ろ、が、である。松田優作の「なんじゃぁ~、こりゃ~」だったのである。さすがに永久や年次等の特殊なカレンダーウオッチではないので小の月超えにはケアが必要だが、時差修正に関しての日付変更は全自動ノーケアの無頓着でいられる。実機を操作すればシンプルな僅かなルールで成り立っている事が判り、素直に理解できる。まず一つ目のルール、日付は24時間リングのお月様マーク(0時=24時)が時計真上の12時位置に来れば翌日に進む。ところがシティリングの日付変更線マーク(AUCKLANDの"N"あたりの赤いドット)がその12時位置を超える際には前日に戻る。そして1959年にワールドタイムの魔術師と呼びたいジュネーブの著名時計師ルイ・コティエ氏考案の特許であるワンプッシュ一方向回転時差修正機構がこれらをまとめて制御する。一方向とは地球の自転方向で北極側から見て反時計回りだ。考案から60数年後にベストマッチングなカレンダー機構とペアリングするとは大御所も想像出来なかっただろう。実際に画像で説明を試みよう。ただ解り難い、説明下手、100%自信ありまへん。
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サイズ的にとても見づらくてご容赦、一応クリックで拡大します。左側はシティリングの天辺はTOKYOなのでタイムゾーンは日本時間。時計の時分針は12時正午を指している状態。しかし赤い"TOKYO"は実に見難い。日の丸限定にちなんだ赤が濃い目の紫に実に良く溶け込むのだ。画像右側の10時位置なら充分見やすいが、上方からの光源でシャドウ気味になる12時位置で読みづらいTOKYOはこの時計の数少ない弱点だ。それはさておきボタン4PUSHでタイムゾーンは4時間分進むので午後4時のMIDWAY、右側状態になる。ところが午後3時のAUCKLANDとMIDWAYの間には、これまた見づらい極小の赤丸で示された日付変更線マークがあって最後の1PUSHでバックデイトした日付は6日となる。文字盤最外周部を指し示すのは先端に(これまた少し見難い)赤いポインターデイトを有する透明な日付針だ。この特殊なスケルトン針は雑誌クロノスの記事によれば切断面の仕上がりの関係でお馴染みのサファイアガラス製ではなくミネラルガラス製との事だ。

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さてここからはまるで手品?なので落ち着いて集中願いたい。先程の前日6日夕方4時(16時)のMIDWAY時間帯から、さらに反時計回りひたすら東に地球の自転方向に追い付け追い越せでプッシュを重ねると、1PUSHで17時Hawaii、2PUSHで18時ANCHORAGE・・8PUSHで0時B.AIRESで24時間リングの三日月マーク(深夜0時)が天辺に来て、あららっ!見事に日付は7日に進んだ。日付針は此処から15PUSH(15時間進む)はずっと7日を指し続ける。そしてその途中の12PUSH目で正午12時TOKYOとなる。見事に地球を一周して無事に振り出しに戻ったわけだ。下手くそな説明なので深く考えず次に進みませう。

なんせ約70点もの複雑なメカニズムが織りなすカラクリ的芸術なので詳しい構造説明はご容赦下さいナ。ともかく難しい事は考えずにアナタの到着地時間帯の記載都市名まで単純にぷっしゅ、プッシュ、PUSH・・・それでイイのだ。あとは時間も日付も5330にお任せナノダ。実は此処が凄い。考えなくてイイというパテックの一方通行逆進なしがエライ!大多数の他ブランドが採用する+ボタン(進む)&-ボタン(戻す)のダブルボタン方式はどっちを押すか頭に地球儀を描いた上で間違いなく操作する必要がある。時差ボケの時はもとより正気であっても結構厳しい。較べてパテックのONE WAY方式だとプッシュ回数が多くなったり、行き過ぎてもう一周分の追加プッシュというデメリットもあるが、間違えたり混乱してフリーズなんて事にならない。AWAYで泥酔して乗り込んだタクシーに「自宅(HOME)まで!」とさえお願いすれば、道順などの面倒臭い説明は不要なのである。爆睡zzzz無事ご帰還となる頼もしい便名がパテック フィリップ航空Ref.5330便なのである。

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時計の天辺12時位置に対してシティリングの日付変更線マークで後退する日付、24時間リング(時分針と連動)の深夜三日月マーク越えは日付前進。それならば上図の様にボタン1PUSHで両者が同時超えとなったらどうなる。AUKLAND時間帯で23時台(画像は23時半)状態で1プッシュすればMIDWAYタイムゾーンの深夜0時台(0時半)になるが、両リングの日付に関する前進と後退の両要因が打消しあって結果的に日付は変わらない。この状態(例えば天辺TOKYOの日本時間帯で午後8時半)でのぷっしゅ、プッシュ・・はひたすらむなしい。まるでボタン操作の耐久検査にしかならず、シオカラトンボの儚く透き通った羽根の様な芸術的日付針は打ち震える事さえしない。なおボタンの押し加減というか感触は従来のワールドタイムモデルとほぼ変わらずとても良く、耐久検査が苦になる事は無い。文字盤に隠されたメカニズムは水面下の白鳥の脚の様に複雑な仕事をしているはずなのに・・。他ブランドのワールドタイムで泣きたいくらい残念な感触を味わった事はございませんか?皆さん。 ついでに褒めておきたいのが日付早送り調整コレクターボタンの感触だ。たまたま良い個体に当たったのかは知れないが、過去触ったパテックの中でピカイチの心地よさ。スコッ、スコッ、スコッ、全く変な遊びが無くリニアなクリック感は『バターにナイフ』と評されるポルシェのマニュアルシフトゲートの恍惚感に近いとは大袈裟か。

書いている当人もしばしば混乱しながらの時間差旅行とはこの辺りでおさらばして、別角度からもこの傑作を見てゆきたい。
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ケース形状は従来のワールドタイムモデルとは異なる。かといって既視感の無い全くのおニューでも無い。横顔が酷似しているのが右側のRef.5212Aカラトラバ・ウィークリー・カレンダーだ。今春の新製品Ref.5224Rカラトラバ・トラベルタイム(とても個性的な24時間表示タイプ)もそのケース形状から同族と言えよう。いづれも個性的な顔は似ても似つかないけれど体形がそっくりな3兄弟の様だ。どうもティエリー・スターン社長が陣頭指揮を取るようになってから、このような新しいケースデザインへの挑戦が増えたように思える。1段の段付ラグからすっきり繋がるシンプルなドーム状のケース側面からの印象は、ほっこりと緩めのカジュアル。前作?の現代ワールドタイム第3世代Ref.5230凛々しく少々エッジの効き過ぎた?スーツ御用達ウォッチであった事を思えば、コーディネートの巾が広がって実にパテック的なゆるめのフォルムに仕上がっている。

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6月中旬に開催された" Watch Art Grand Exhibition東京2023"。この日本では初めての一大イベントで注目の的だったのが6点の『東京2023スペシャル・エディション』なる限定モデルだ。この中で個人的にじわじわとやられてしまったのが今回の5330だった。その特別な出自を嫌でも判らせる特別な装飾『PATEK PHILLIPE TOKYO』が施されたサファイアクリスタルバック。フロステッド仕上げによるグレーカラーの文字は、小ぶりなマイクロローター採用で銀色の受けや地板が広い背景となって目立ちにくいのだが、個人的にはこの控え目感は好もしい。ちなみにこのエングレーヴ(刻印)仕様にしか見えない『PATEK PHILLIPE TOKYO』だが東京2023から初採用された転写技法によるものとはビックリだ。でも開催年『2023』の表示が無いのは一体どうした事だろう。
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公式HPで確認可能な2019年秋開催のシンガポールでのグランド・エキシビションでリリースされた同様の限定モデル(画像左)にはしっかり年号が入っている。さらにほぼ同時期に落成した最新工場PP6の記念限定Ref.6007A-001(画像中央)ではフルローターの背景に白色転写プリント仕様の限定各表現が少々うるさいくらいだ。下方の『2019』の年号表示も勿論しっかり目立っている。この限定モデルは2020年4月に大々的なお披露目イベントを現地で開催し発表の予定だった。ところが2月からの急速な新型コロナ感染拡大でイベントはドタキャンとなり、6月にWEBにてバタバタと発表され、我々も実機を拝めぬままエクスクルーシブな販売をした経緯がある。新型コロナ禍によるこの未曾有の発表延期ショックが、開催時期が見通し辛くなってしまったTOKYOバージョンから敢えて年号を外した理由だったのだろうか。面白いのはパンデミックがまだまだ暴れまくっていた2021年12月に発表のノーチラス5711/1Aのティファニーコラボレーション限定(画像右)では年号が主役よろしくド真ん中に表示されている。これはパンデミックと相性の悪い集客イベントを伴わないリリースだったからなのか。こう見てゆくとパテックでは異例と言えそうな年号無し仕様は、人類を揺さぶった歴史が封じ込められた超稀少バージョンという見方が出来そうだ。2025年開催予定のミラノ限定の仕様が早くも気になるところだ。
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新宿の初見では、少々視認性に躊躇したのだが、プッシュ、PUSHで実用性抜群のワールドタイム新機構に感動してから惚れ込んだ一本。過去のグランド・エキシビション・スペシャル・エディションに於いてコンプリケーションのカテゴリ―絞りで、5330の様に斬新な新規機能を搭載したモデルが発表された記憶が無い。特殊な超絶グランド・コンプリケーション(2017ニューヨーク系譜のRef.5531、2019シンガポール系譜のRef.5303や東京Ref.5308等)ではなく、パテックファン全てが購入検討可能なベターゾーンからの提案が好印象だ。「えっ!日本市場の300人しかチャンスが無いのに・・」と嘆く事なかれ。きっと近いタイミングで、恐らく2024年の春?いや早ければ今秋とかにも新製品としてレギュラー追加が有りそうな予感がする。色目次第ではローズゴールド素材でのバリエーションも充分有りそうだ。待てよ!そうなると早晩Ref.5230Pは生産中止でレアモデルの殿堂入り確定なのか。レアハンド・クロワゾネ仕様の5330は一体いつ頃から投入されるのか? どこまでも興味の種が尽きないワールドタイムは、まるでパテックメゾンの屋台骨を支える重要な梁の様な存在と言えるのではないだろうか。

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ケース径:40.0mm ケース厚:11.77mm(ガラス~ラグ)、11.57mm(ガラス~ガラス) 
ラグ×美錠幅:20×16mm 防水:3気圧
ケースバリエーション:WG
文字盤:真鍮、プラム・カラー、中央に手仕上げギョシェ装飾
ストラップ:ブリリアント(艶有り)ブラックアリゲーター、プラム・カラーの手縫い仕様
バックル:18金WGフォールドオーバークラスプ
価格:お問い合わせください

Caliber 240 HU C

自動巻日付指針付ワールドタイム
直径:30.5mm 厚み:4.58mm 部品点数:306個 石数:37個 
パワーリザーブ:最少38時間、最大48時間
テンプ:Gyromax® 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:21,600振動 ローター:22金マイクロローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)

文責・撮影:乾 画像修正:新田

昨年は短い秋が素早く過ぎ去って、早い冬が始まった。この国はいつの間にか四季では無くて、厳しく長い夏と冬の狭間に駆け足の様な春と秋が申し訳程度に顔を出す様になってしまった。そんな貴重な"秋"の新製品第二段。ちんたら書いていたら厳寒期になり、いつの間にやら年さえ越えてしまった。今回はクロノグラフを共通項として4本のグランドを含むコンプリケーションのご紹介。発進と停止機構で経過時間を計る平たく言えばストップウォッチという代表的な複雑時計機能に関して、パテック社は長らく自社ではなく敢えて信頼できるエボーシュ(ムーブメント供給専門会社)から手巻のクロノグラフ・ムーブメントを調達してきた。詳しくは過去記事でも紹介したが、1900年前半はヴィクトラン・ピゲ、1929年以降はバルジュー社、1986年からはヌーベル・レマニア社から特別で専用のクロノグラフ・キャリバーの供給を2011年まで約100年間に渡って受け続けてきた。そしてクロノグラフに関しては自動巻に手を染める事をパテックは頑なに拒んできた。
しかし1990年代からスイス時計業界内の諸事情で多数の時計メーカーがムーブメントの自社開発と生産を進める事になった。この諸事情とその影響を詳しく書き出すとキリが無いので止めておく。クロノグラフ系キャリバーのみ外部調達していたパテック社も自社製のクロノグラフ・ムーブメントの開発・設計に乗り出し、2005年以降3兄弟とも言えそうな性格の異なる3つのムーブメントを僅か4年間で発表し現在に至っている。今回紹介するクロノグラフ達の搭載キャリバーもその3兄弟全部が使い分けられている。この役割と分担をわきまえたようなキャスティングが大変に心地よい。

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アクアノート・ルーチェ《レインボー》クロノグラフは、レディス初の自動巻仕立てのクロノグラフである。アクアノートのメンズでRef.5968なる人気クロノグラフモデルが既にあって、品番頭の5がレディス御用達"7"始まりに変更となっている。時計そのものは全く同じでクロノ3兄弟の内、2006年発表の次男のCH 28-520が搭載されている。フライバック方式と呼ばれるクロノグラフ作動時に一旦ストップする事なしにいきなりリセットし、そのリセットボタンのリリースと同時に再スタートさせる特別なクロノグラフ機能が採用されている。このクロノグラフ作動のオン・オフを担うのは現代的な垂直クラッチと呼ばれる方式で、伝達時のトルクロスが非常に軽減されておりクロノ秒針を常時作動させて時計秒針として使用する事も出来る。センター・フルローター形式の自動巻仕様の実に先進的で実用性抜群のエンジンだ。現行クロノグラフ・ラインナップで最も多用されているキャリバーでもある。
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でもこんな油臭い話はこの時計には似合わない。さてさて"レインボー"なる宝飾時計の装飾表現を普及させたのは恐らくロレックスだろう。ミレニアムイヤーだった2000年より前か後かも定かでは無いが、確かクロノグラフのレジェンドである"コスモグラフデイトナ"で初採用だった気がする。でもその後追いで様々な他ブランドが、次々というレベルでは採用していない気がする中で、パテックでの商品化は個人的に意外で少し違和感もある。ベゼルへのジェムセッティングは内側ダイヤと外側マルチカラー・サファイヤの2重取り巻きで、デイトナの一重の大胆なグラデーション・サファイヤ使いとはさすがに一線を隔している。インデックスはアクアノートお馴染みのアラビア数字18金植字に加えて、短いバーインデックスがマルチカラーのサファイヤバゲットカット仕様となっている。時計の性格からカレンダーの不採用は妥当だろう。デフォルトの真っ赤なストラップに加えて2色のコンポジット(ラバー)ストラップが付属していて公式HPカタログで確認可能だ。良いお値段なのだけれど発表直後からお問い合わせは多い。しかし立ち上がりの入荷数が極めて少ないようで初入荷はいつの事やらと覚悟している。

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従来からラインナップされていたワールドタイム・クロノグラフRef.5930と時計的には全く同じで兄弟モデルである。しかしケースは新規開発で少し1.5mm大きく、わずかに0.11mm薄い。注目すべきは何と言っても素材がステンレスである事で、昨今のパテックが地味?に仕掛けているトレンドに連なるとても気になるニューフェイスである。5935A_001_b_800.png

ダイアルカラーはローズゴールドめっきのオパーリンに《カーボン》モチーフとされている。この何とも表現しずらいモダンなヴィンテージローズとも、光沢感タップリなサーモンピンク、はたまたオレンジっぽいピンクなどと言葉遊びを繰り出しても伝えようが無い。さほどに複雑な色目をモニターの画像だけで想像出来ようもないのでネタバレすれば、幸運にも現物を手に取って凝視する機会を得たからなのだ。ところで文字盤中央部の一松格子文様(《カーボン》と表現されている)モチーフを見た瞬間に思い出されたのは2019年秋に落成したパテック社の最新工場PP6を記念して製作されたSSカラトラバの記念限定モデルRef.6007である。てっきりこれが初出と思っていた。とこらが或るWEB記事で気付かされたが、このモチーフは2013年の5004Tが初出、さらに2017年の5208Tにも既に採用されていた。この2モデルは奇数年度に開催されるチャリティーオークション『オンリーウォッチ』出品用に特別製作されるユニークピース(一点モノ)であり、通常パテックが採用しない素材であるチタンがオンリーウォッチには好んで用いられている。尚、2022年の今年は偶数年で別のオークション『チルドレンアクション』に永久カレンダー・クロノグラフRef.5270のやっぱりチタン製が寄贈出品され11月7日に970万スイスフラン(同日レート買い換算146.63円:約14億2,231万円)で落札されている。一点モノに販売時価も付けようが無いが、全く個人的にカタログ掲載モデル的に見積もればプラチナ製のRef.5270P同レベルの2000万円台後半、仮に3000万円として50倍近いとんでもないプレミアプライス、モンスター井上もビックリ!というところか。

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寄り道、脱線から話を戻そう。90度角度を変えて筋目ギョーシェ彫りされたタイル状格子モチーフの演出はかなり凄い。公式HPの画像ではイマイチそこが伝わって来ない。例えば微妙な角度で文字盤を上から俯瞰すると全く市松が消滅し、まるで平やすりの表面様にしか見えなかったりする。その状態ではダイアル外周のシティリングは光沢を発して輝き、内側の平やすり部は完全なマット状に沈むが、12時側のブランドロゴの転写スペースと6時側のクロノグラフ30分計インダイアル部は艶めき燦然と輝いており、コントラストに惚れ惚れする。これ以上書くと実機編でのネタが無くなるが、ともかくこの時計の魅力は文字盤に尽きる。そして素材がステンレスなので当然軽い。初出の5930はホワイトゴールド、第2世代の現行5930がプラチナなので当たり前に軽いのだけれど、文字盤とカーフストラップのライトウェイトなイメージの色目使いも、特別な軽やかさを5935に与えている気がする。上述のアクアノートルーチェ・クロノグラフと見た目がまったく異なるが、ベースキャリバーは同じでパテック自社製クロノグラフムーブメント第2弾のCH 28-520系にワールドタイムモジュールがトッピングされている。個人的には今回発表の全8モデル中で最もお気に入りの一本だ。

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グリーントレンドはまだまだ健在の様である。サボりサボり書いている内に年末が過ぎ新年になってしまったが、全身に渋いオリーブグリーンを纏ったこの超絶グランド・コンプリケーションの発表が、一瞬!咋春だったか、ついこの間の秋だったかのか混乱してしまった。新緑に連なるお色目が春にこそふさわしいと言う先入観のしわざかもしれない。さほどに今春の緑軍団4モデルのインパクトは大きかった。
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さてさてグランド・コンプリケーションに於いて品番末尾が"4"で終わるモデルは生産も限られ調達ハードルが非常に高い印象がある。このモデルもその気配が濃厚だ。だが今回もそうであるようにコスメティックチェンジを過去何度も繰り返してきたこの手巻の永久カレンダー・スプリットセコンド・クロノグラフは中々販売がかなわないけれど、しばしば目にする不思議なモデルだ。全てお客様の着用やご持参によるご愛用品を結構な頻度で拝見している。希望小売価格設定モデルではあるので、未設定の時価(P.O.R./Price On Request)モデル達とは生産個数レベルにかなり差が有るのかもしれない。でもご縁が無いナァ。
エンジンは前述の2022年度チャリティーオークションモデル5270Tにも採用されたベースキャリバーCH 29-535系に永久カレンダーモジュールを積み上げるのは同じながら、さらにクロノグラフ部分にスプリットセコンド機構が組み込まれた部品点数496点の超複雑なムーブメントである。実機を見ていないので断言できないが、この緑色は結構渋めで落ち着きが感じられる。スプリットセコンドではないシンプルなクロノグラフに永久カレンダ-が合体したプラチナ素材の現行モデル5270Pの鮮やかな発色のグリーンカラーとは全く異なりそうだ。勿論好き好きであって、選択技が増えた事は喜ばしい。ただし価格は18金であってもスプリットセコンドバージョンが約1.5倍とお値段も"超"がつく。

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最後の一本は非常に珍しいレフティ用の手巻クロノグラフである。現行のパテックとして左利き専用モデルは唯一だし、他ブランドを見渡してもたまにシンプルな3針タイプでのレフティは稀に散見されるもクロノグラフは記憶にない。パッと見た感じは上述の5204の色違い?、でもよく見ればダイアルのレイアウトは天地が逆さまだったり、カレンダー表示の窓位置が異なったり、プッシュボタン数が違ったりと顔つきの似て非なる他人同士である。
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素材はプラチナでケース側面の形状が独特、ラグからラグ迄全体が一段下がるように彫り込まれている。今春発表の新作で画期的な10分の1秒計測で話題を集めたクロノグラフRef.5470Pを始め時価カテゴリーな超複雑モデルでは結構おなじみのデザインだ。搭載エンジンは2005年発表のクロノグラフムーブメントとしては初めて100%自社開発・製造(マニュファクチュール)された世界最薄コラムホイール式スプリット秒針クロノグラフキャリバーCHR 27-525系に永久カレンダーが組込まれている。従来からこのムーブメントは右利き用モデルとしてRef.5372などに積まれてきた実績が有るのだが、今回は半回転180度グルっと廻し込んでサウスポー仕様として5373に搭載されたわけだ。
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う~ん・・、チョッと笑えてしまう。手塚漫画のBLACK JACKで、内臓がすべて左右逆に生まれ付いたクランケを手術する際に要領を得ず、機転を利かせたピノコが差し出したミラーで左右を戻してオペを続けたくだりを思い出してしまった。この機械の設計は非常にクラシカルだ。1900年代前半のヴィクトラン・ピゲ時代のパテック社御用達エボーシュをお手本に、スプリットセコンド・クロノグラフを設計段階から組み込んだベースキャリバーとして2005年に誕生した。自社製クロノグラフムーブメント第一弾を一番複雑なタイプから取り掛かるあたり、いかにもパテックらしい。
でも個人的には単純にムーブメントを180度廻すのではなく、同一設計をアシンメトリーに組み直して12時と6時の日付カレンダーと月齢表示は上下反転させず、何よりもスクエアシェイプのスタート・ストップ用プッシュボタンは8時ではなくて10時位置で仕上げて欲しかった。なぜ?って、スタートとストップのプッシュ操作は基本的に親指で支えて人差し指で押したいから・・レフティの為に箸置きは右に、ナイフは左に、フォークは右に・・とお願いしたいナァ。とびきりの超高額モデルなのだから縦置きに設計開発されたエンジンを単純に横に置き換える様なケチくさい事はせずに、変更設計を加えた専用エンジンが相応しいと思うのだけれど・・。それゆえに今春のWatches & Wonders 直後に発表された10分の1秒クロノグラフ(高度でダイナミックな変更設計が与えられ、5373Pより若干リーズナブルな)5470Pに個人的軍配をあげたい。

さて、コロナ禍は新製品の発表スケジュールさえも見直しを迫っているかのようだ。春のリアルな新作発表の場を失った最初の年2020年は超絶を含むグランド・コンプリケーションやPP6新工場落成記念限定カラトラバ等の特殊なモデルが少な目に時期もバラバラに発表され我々正規店もWEB確認だけの全くの五里霧中状態だった。
一昨年2021年もリアル開催は無理で発表時期も数回に分けられたが、パテック社はその状況をあらかじめ覚悟して戦略的に小出しに発表をしたように思う。そして今年2022年はかつての聖地であったバーゼルから他のビッグブランド数社と共にジュネーブの《​Watches & Wonders Geneva 2021》にて2年ぶりのリアルな新作発表会が実施された。日本からの渡航がまだまだハードルが高かった時期でもあり、勇気あるジャーナリストとごく僅かな販売店も現地参加をしたように聞いている。
我々は開催と時を同じくして東京のパテック フィリップ ジャパンでリアルサンプルを初見する機会を得た。そしててっきり今年はそれで終わりで五月雨式のまとまった追加発表は無いとばかりに思っていた。しかしもう皆さんご存じのように昨年10月18日に秋の新作軍、それも魅力溢れすぎる超強力なモデルが8型もお披露目されたのだ。欧米を中心に春のジュネーブを訪問した正規店は多々あったはずだ。2021年の様に初夏や夏にトランプのカードを配る様な発表が今年は無かったが、春のリアルと秋のバーチャルの年2回(半年間隔)が今後スタンダードとなるのだろうか。それともコロナをまだまだ慎重にとらえて半年間様子を見た結果の答えが今回の秋の8モデルなのか。個人的には恐らく前者だと思っている。慢性的な品不足はコロナ下でさらに拍車がかかり、現物を店頭で確認する事が難しい現状で、皆さまにはフラストレーションでしかないが納品時に初めてご対面が恒常化している。コロナはあらゆる消費や購買をWEBを通じてモニターで見るだけで行うという新形態を加速した。どちら側も「オンラインでもええやん!」というスキームをいつの間にやら受入れているように感じるのだ。そう考えれば春と秋の分散発表も楽しみに思えてくる自分自身が一早くデジタルの奴隷になっているのかもしれない。

文責:乾
画像:パテック フィリップ

追記-本稿の書出しは昨年11月初旬だった。諸事情で中々書きあぐねて気づけば年末ギリギリとなってしまった。さらにグズグズと校正をしている内に年越しの公開になってしまった。それゆに本文中のタイムリーでない表現もあるがご容赦願いたい。
まだまだ書きはじめだった11月中旬には完全に意表をつかれたジュエリー使いのメンズの豪華版グランド・コンプリケーション4点が発表された。それらは今後のご紹介となるが、拙ブログで書き綴るレベルを超えている様な気もする。2022年は何とも多作の年であった。トータル25モデルは昨年の22より3つ多い。手元のあやしい備忘録でコロナ前の2019年ニューモデル数が23点なので特別に増えてはいないが、印象として豊作感を感じる。しかもハイジュエリー由来の超のつく高額モデルがドンドンやってきて、バブルの匂いがした昨年でもあった。お一人様で寂しく沈み込んでいった日本円相場のあおりで3回の価格改定があり、年初比較で20%以上の値上がりとなったが、さらなる値上げ期待があるのか加熱したブランド人気に陰りは全くない。今年は日本初開催となるグランド・エキジビションが6月中旬に東京で開催される。ブランド認知の裾野はさらに広がり、その価値も一層の高まりが予想される。ああパテックよ、おまえは一体どこまで行こうととしているのか・・。







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最初にお断りから、現物は上の画像の何十倍も素敵な芸術品だ。鏡面仕上げの時分針はわざと真っ黒(ブラックアウト)に写してパテックのロゴに重ねた。日本列島を始め中国・東南アジアをカバーするユーラシア大陸極東部と豪州大陸や島しょ部を出来るだけ露出したかったからだ。しかし創意工夫も鋭意努力も報われず何とも頂けない結果だ。でも今年発表の新製品のワールドタイム・クロワゾネが今年度早速入荷し、撮影出来た幸運を喜ばずにはいられない。地道にコツコツと(購入店の)浮気をせず、フラれてもフラれても求愛をし続けるドン・キホーテのようにいつかはクロワゾネと思い続けていただいた顧客様に感謝申し上げるよりない。相当登り応えのある秀峰である事には間違いないが、登っても登っても見えてこない山頂、或いは辿り着けないピークではけっして無いと思っている。
今作に連なる現代クロワゾネ文字盤ワールドタイムの始まりは2008年発表のRef.5131からで、2019年には後継モデルの5231がYG素材でリリースされた。その詳細は入荷のご縁があって2020年6月にブログアップしている。再読すると結構書き込んでいるし、画像も数段見栄えがして、自らの過去記事がトラウマになるなんて。はて?今更、何を綴ればよいのやら。
少しだけ歴史的なおさらいをすると・・パテックにおけるワールドタイムには結構長い休眠期間があった。記憶違いでなければ1966年から1999年までの三十数年間は生産された様子が無い。ワールドタイムと同系列上にあると個人的には思っているトラベルタイムにもほぼ重なる空白期間があった。同じような空白期間はミニット・リピーターにも有るが、二十数年(1958年頃~1981年)で少し短い。いづれも1969年セイコー・初代アストロンから始まったクォーツショック等によるスイス機械式時計受難の時期と重なる。ところが永久カレンダーとクロノグラフ、特にその競演たる永久カレンダー・クロノグラフには、生産量の減少はあったが明確な空白期間は見当たらない。これらの違いは何なのだろう。それぞれのコンプリケーション(複雑機能)に対する市場の需要度合いの違いでは無さそうだと思っている。
この20世紀後半の約40年間というのは世界大戦の荒廃から勝者も敗者も関わりなく復興発展し、グローバリゼーションが急速に伸展して、相対的に地球がどんどん小さくなった時期である。腕時計の実用性からすれば永久カレンダー・クロノグラフよりもGMT機能(ワールドタイムやトラベルタイム)こそがずっと求められたはずだ。これはパテックに限った話では無いと思うが、この機械式時計受難ひいてはスイス時計産業暗黒時代でも少数ながら腕時計愛好家は存在し、実用面では無く趣味的かつ審美的に選択されたのが永久カレンダー・クロノグラフだったのだろう。逆にミニット・リピーターは浮世離れが凄すぎたのかもしれない。それでも1980年代にはGMT系に先駆けてミニット・リピーターの再生産が始まっている。これは当時の経営トップであったフィリップ・スターン氏の戦略的な狼煙だったと思っている。機械式複雑時計などが壊滅的な状況下でこそ目立つハイエンドモデルの提案でブランドの孤高化を狙ったのだろう。まったく上手く説明出来ないが自分自身は腑に落ちているので・・
さてパテックがそれまでに無い完全な新規実用的カレンダー機能として年次カレンダーを発表したのが1996年。その後実用的なリバイバル機能として1997年にはトラベルタイムが、2000年にはやっとワールドタイムの現代版が発表された。1990年代からミレニアムを経て2010年くらいまではスイス機械式時計の復興期であり、各ブランドが20世紀前半に自らが確立していた機械式時計の技術レベルにキャッチアップに勤しんだ20年弱だった。一方で携帯電話の萌芽と発展、さらにはスマートフォンの誕生と普及時期ともほぼシンクロしているのが興味深い。アナログな時計本来の実用性が益々薄れていったのと相反して、一旦冬眠状態にあった機械式時計の様々な機能が見直され復活し充実した。なんか逆説的で皮肉っぽいがクォーツショックを乗り越えて復活出来た機械式時計に取って、そもそも携帯やスマホは共存するもので、もはや敵対したり置き換わったりするものでは無かったのだろう。恐らくアップルウオッチも同類であって、実用的側面を超越した存在価値を獲得した高価格帯の機械式時計の近未来は明るい・・・と個人的には確信している。

今回の撮影画像はどれもが眠くてシャキっと感がないのだけれど自業自得なのでしょうがない。でも他には無いから嫌でも使わざるを得ない。クロワゾネ(有線七宝)等のエナメル技法は滅多に拝める機会はない。だから僅かな機会が有れば、それはもう穴が開くほど観察をする。まずは肉眼とキズミ(ルーペ)で色々な角度の光を当てながら見る。さらに撮影した画像を拡大して見るのだが、いつも答えは同じで"実際の工房で一から十まで全作業工程をつぶさに見なければ本当のところは判らない!"という事だ。パテック社の公開資料やインターナショナルマガジンの記事、一般の様々なウンチクやら情報などは大変参考にはなってもどこまでも百聞であって、工房での一見には遥かに及ばないのだ。現在の自分自身のコンディションでは物理的にそれは難しいけれども、そもそも社外のエナメル職人が請け負って自身のアトリエで孤高(ナイショで?)に製作される事も多い特殊すぎる文字盤。その製作工程がそう簡単に誰でも見られるとも思えない。仮にPP社での内製化が進んでいたとしても全てをつぶさに見せてくれるとも思い難い。
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カメラによる撮像は時として肉眼で見る実像を上回る。正確には上回る様な気がするだけで、実際には肉眼には絶対にかなわないと思っている。それどころか時々誤解を生むような表現を呈する事もある。上画像はクロワゾネエナメル部分の表面感を捉える為に撮ったもの。手仕事ならではの焼けムラを狙ったものだ。それなりのムラは撮れたけれども、色々と問題がある。クロワゾネ部分の外周部分の細い金の土手?5時から7時辺りに汚れ状の青色の釉薬の塗りムラらしきものが見えるが原因不明の映り込みであり、現物ではありえない。また昼夜ディスクの夜間部分の地色も美しい濃青色に画像上は見えるが、実際には黒色である。ところが白い昼間部分に転写プリントされた数字は見た通りの青だ。ちなみにその外側のシティーリングの各都市名も青っぽく見えるが黒で正解。ダイアルの特殊な表情を追い求めたライティングが意図しない虚実混沌を生んでしまった。
しかしパテックのシリコン転写プリントの肉厚仕上がりにはいつも感心してしまう。上の画像からもそれは見て取れるが、"これは空飛ぶ絨毯か?"としか思えないのが下画像のPATEK PHILIPPE GENEVEロゴだ。真っ青な太平洋に純白の転写プリントの筏が浮かんでいるようにしか見えない。
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それぞれのアルファベット文字の下にくっきりと影が見える。単純に海を表現した青色釉薬が焼結した表面に直接転写印字しても影など出来るはずが無い。これはクロワゾネ七宝による彩色工程終了後に仕上げとしてフォンダンと呼ばれる透明釉薬の焼結と研磨をおこない分厚い透明な表面層を作り、その上からロゴを転写して作られた巧妙なマジックなのだ。カタログや公式HPの商品紹介画像でもこの部分は表現されていない。上の画像でもかなり拡大して初めて気づいた。パテックの七宝系文字盤をじっくり手に取って見る機会は我々もけっして多くないが、今後の大事な観察ポイントで間違いないだろう。尚、のっぺりした印象の表面感ながらオーソドックスなライティングをした下画像では、ほぼ忠実な色表現となっている。
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北海道が樺太サハリンと陸続き、本州も四国も九州も分裂前とは、有史以前の古地図ですか? 当たり前の事ながら大胆すぎるデフォルメがクロワゾネの表現では必須となる。勿論手作業による金線の輪郭も個体ごとに微妙に異なるだろう。緑色の平野部分から黄色さらには茶色の山地へと溶け合った釉薬のグラデーション表現も一点一点が焼き上がり次第であって、当の七宝職人(作家と言うべきか)さえもその想像には限界がありそうだ。
ところで今作の東南アジアとオセアニアのみにフォーカスしたモチーフは記憶の限り初見である。今やとんでもない落札額が当たり前になった1950年前後のアンティークなワールドタイム・クロワゾネ地図シリーズ。実に多様なエリアがモチーフにされてきた印象があったが、改めて色々繰ってみると実は手元の資料ではそんなに多彩では無さそうだ。
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①ユーラシア大陸とアフリカに加えてオセアニアという広域、③ヨーロッパ全域、④北米大陸、以上3エリアの個体が多いようだ。②南米大陸など他のバージョンもありそうだがあまり見かけない。そもそも当時生産された個体数が30年弱で約400個とされているので同じ個体を色んな資料で何度も見ている印象だ。興味深いのはこれらアンティーク時代には見掛けなかったエリアが現代ワールドタイム・クロワゾネには採用されている事だ。
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2008年発表の⑤Ref.5131Jは、過去見た事有りそうで記憶にない大西洋を中心に右にヨーロッパとアフリカ、左に南北アメリカが描かれた。翌2009年発表のWG素材バリエーションの⑥Ref.5131Gは往年のユーラシア、アフリカとオセアニアだったが、2015年の⑦RGのバージョンでは太平洋を挟んでアジア、オセアニアと南北アメリカ。2017年にPT素材の金属ブレスレット仕様で追加された⑧Ref.5131/1Pは意表を突く北極を中心に北米とユーラシアの両大陸北方が初めてモチーフとされた。そして最新の⑨Ref.5231でも大西洋を中心に右にヨーロッパとアフリカ、左に南北アメリカのモチーフがYG素材でまず発表された。だが今回紹介の⑩WG素材バリエーションでは東南アジア+オセアニアというお初のモチーフが選ばれた。日本国民としては日本列島が12時の直下という主役的な位置取りは心地よい。相対するオーストラリアのポジションも悪くないだろう。ただ中国は内陸部で切られていてかすかに微妙な印象だ。大層かもしれないが地政学的には少し課題が残る地図取りではないかと心配してしまう。台湾という島の存在も"目立っても、そうでなくても"気を揉みそうで居心地の悪さがある。ともかく地球上をどこでも好き放題に切り取れる平和な時代が続く事を祈らずにいられない。

レア・ハンドクラフトのテーマは、いつも苦労する事になる。タイムピースよりもアートピースの側面が強いからだろうか。書き手以上に読み手はさらにつらいのかもしれない。ワールドタイムのクロワゾネ地図シリーズもエリアのモチーフは見掛ける資料以上に実は多彩な様だ。先日パテック社の公式インスタグラムはメキシコエリアにフォーカスしたクロワゾネのアンティーク置き時計を紹介していた。このように全貌と言うものは掴みようが無い気がする。恐らく大半のパテックの関係者ですらそれは難しいのではないか。勿論地図シリーズ以外にも動植物や風景などバリエーションは一杯ある。うろ覚えだけれども・・ジュネーブのミュージアムにも大量に展示されていた記憶は無い。いつかどこかで嫌になるほどお目にかかれる機会というのは、たぶん無いのだろうなァ。

Ref.5231G-001
ケース径:38.5mm ケース厚:10.23mm 
ラグ×美錠幅:20×16mm 防水:3気圧
ケースバリエーション:WGのみ
文字盤:18金文字盤、クロワゾネ七宝エナメル(中央にオセアニア・東南アジア)
ストラップ:マット(艶無し)ネイビーブルー手縫いアリゲーター
バックル:18金WGフォールドオーバークラスプ
価格:お問い合わせください

Caliber 240 HU

直径:27.5mm 厚み:3.88mm 部品点数:239個 石数:33個 
パワーリザーブ:最低48時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:21,600振動 
ローター:22金マイクロローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)

PATEK PHILIPPE INTERNATONAL MAGAZINE Vol.Ⅱ No.01
Wristwatches Martin Huber & Alan Banbery
文責・撮影:乾






「多分、今年はまだ無理だと思いますが駄目モトでエントリーしときましょう」
パテック フィリップのコレクションには購入しにくいモデルが多々あるが、さらに購入方法が一筋縄でゆかない物もある。正直なところ我々販売店にも明確な基準が掴めているわけでも無い。さらに突っ込んで言えば輸入元であるPPJ(パテック フィリップ ジャパン)のスタッフですら、納期は勿論の事、入荷の可否が薄ぼんやりとしか予想出来ない事も間々ある様だ。
判り易いのは通常のカタログに未掲載の限りなくユニークピース(一点もの)や或いはそれに近い一桁しか製作されないレア・ハンドクラフト群。当然時価であり、現物はショーケースのガラス越しに年一回のスイスの展示会(昨年まではバーゼルワールド)の際にパテックのブース内展示を見るしかない。PPJ経由で注文を入れても大半が却下され極少数しか入荷していないようだ。
次がカタログUPされているが価格設定が、時価となっているグランド・コンプリケーション群。ミニット・リピーターとスプリットセコンド・クロノグラフが代表モデルで、永久カレンダーやトゥールビヨンが追加搭載されたハイブリッドな超複雑モデル等も有る。さらには現代に於いては新月の夜を選んで、人跡未踏地まで赴むかねば感動に浸る事すら難しくなった満天の星座達が生み出す一大叙事詩を、手首の上で真昼でも堪能できる"どこでもプラネタリウム!"の様な天文時計が組み合わさったドラえもんウオッチの様なモデル等もそれである。
アレや、コレや、ソレらの時計達は、注文そのものは一応可能だ。ただ経験的に複数のパテック フィリップのタイムピースを購入している実績の有る店舗からのオーダーでないとまず購入の見込みは無いと思われる。では、どの程度の実績が必要か?という事が判然としない。基準と言うものが無い。しかし無い無い尽くしで、取りつく島もなく溺れる人を見捨てる訳にもゆかず、個人的な独断でロープ付きの浮き輪を投げる事とする。
本数的な実績(同一店舗限定)は、8本から10本程度かと思われる。その内には定価設定有りのグランド・コンプリケーションが2本位(永久カレンダーと永久カレンダー・クロノグラフとか)含まれるのが望ましそうだ。さらにはノーチラス&アクアノート比率が半分以下と言う辺りだろうか。さらに言えば理由の如何を問わず、購入品が間を置かずに夜店の屋台などに並んでいたりすると実に面倒で難儀な話になって・・・1970年代のジャンジャン横町のようなラビリンスに迷い込み生還はおぼつかなくなるのである。
では、皆さんが高い関心を持たれているノーチラス&アクアノートの購入基準はどうか。過去何度かこの難問には触れてきた経緯があるが、コロナがやって来ようが、世界各地でデモの嵐が吹き荒れようが、お問い合わせの電話とメールと来店は引きも切らない。増える一方の狂喜乱舞にして百花繚乱なのである。2015年という微妙な最近にパテックの取り扱いをスタートした当店の最初の2年ぐらいは、今にして思えば"パラダイス"と呼んで差支え無かった。狂喜乱舞の温度が今現在より低温だった事もあるが、運よく知名度の低い天国に辿り着かれた幸運な方がおられた。しかし今は、この2年弱位で天国は、地獄とは言わずとも荒涼な荒野になってしまった。店頭限定での購入希望登録は受け付けているが、過去と将来のパテックご購入実績がお有りの顧客様へ優先的に販売したいので、中々ご登録だけのお客様にまで現在の入荷数では廻らない状況になってしまった。パテック社の方針として生産数を増やす事は考え辛いので、現在の異常人気が落ち着かない限り荒野を襲う嵐の厳しさは増すばかりではなかろうか。ただし、アレやコレやソレやの時価モデルの購入が棒高跳びレベルとすれば、ノーチやアクアはモデルによっては少し高目のハードル程度の高さだと言えなくもない。
毎回の事ながら長い前置きはさておいて、本題に入ろう。前述の棒高跳びレベルにはもう一群あって、定価設定の有るカタログモデルながら、本日冒頭の「駄目モトでエントリーしときましょう」というややこしいモデル。エントリー過程は、もっとややこしい話になるので、僭越な言い方になるが棒高跳びの半分くらいまでよじ登って頂ければご説明申し上げます。そんな意味深な本日の紹介モデルRef.5231J-001YG製ワールドタイム・クロワゾネ文字盤仕様。
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通常の現代ワールドタイム第三世代Ref.5230と何がどう違うのか。結論から言うと品番末尾と見た目が違うだけである。具体的には素材が、5230には設定の無いイエローゴールドである事。次に文字盤センターがギョーシェ装飾ではなくクロワゾネ(有線七宝)と称される特殊なエナメル加工で装飾されている事。最後が時針の形状がパテック特有の穴開き針(Pierced hour hand)では無くてRef.5130(2006~2015年、現代ワールドタイム第二世代)で採用されてファンも多かったアップルハンドが採用されている。分針はリーフハンドでほぼ同じ形状だ。個性的で押出の強いクロワゾネの印象によってレギュラーモデルの5230との相違感が圧倒的で、見落としてしまいそうになるがアップルハンドも特別感の醸成に大きく貢献している。
過去にベースモデルの5230を始め、第2世代5130も紹介してきた。さらにレア・ハンドクラフトの一つであるエナメルも或る程度(完璧に理解出来ているわけでは無いが・・)記述している。まさかの入荷に発注されたお客様同様にビックリして意気込んで撮影し、記事を書き始めたものの、さて一体何を書こうかしらん。
一体全体どうしてこのタイムピースがそれほど希少で追い求められるのか。これは重要な考察になりそうである。思うに幾つかの要素がありそうだ。まずレア・ハンドなのでそもそも年間の製作数が非常に限られる。価格がそこまで高額ではなく、永久カレンダーや手巻クロノグラフより手頃である為に購入を検討をする方が多い。カタログ外のユニークピース・クラスの文字盤全面クロワゾネ2針のシンプル自動巻時計よりも手頃で、購入過程はややハードルが低い(あくまで今回感じた事だが・・コロナが影響したか)。そんなこんな諸事情が有るが、恐らく最大の理由はその歴史に有りそうな気がする。ワールドタイムの父とも言えるジュネーブの時計師ルイ・コティエは、1937年~1965年の間にワールドタイムを400個あまり製作しているのだが、当時製作された世界地図をモチーフにしたクロワゾネ装飾のセンターダイアルを持つヴィンテージな個体が、2000年頃以降のオークションで「そら、もう、なんで?」だったり「・・・・・?」だったりが続いた。いつの世も数寄者のガマ口は、熱気球クラスだという事らしい。

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28年間で400個は平均年産数は約14個。『パテック フィリップ正史』によれば、アンリ・スターンが社長就任した1959年の年産が6,000個とあるので、わずか2.3%に過ぎない。その中でクロワゾネ技法による地球装飾バージョンはどの程度あったのかは判然としない。さらに上図の中央は北米大陸であり、左はユーラシア大陸とアフリカ、さらにオセアニアまでが広く描かれたバージョンとなっていて図柄にはかなりバリエーションがある。現代よりはクロワゾネに携わる職人が多かったと思われるが、手仕事ゆえ量産は利かなかっただろうからモチーフ毎の個体数は限定的と想像される。
単純比較は出来ないが6月1日の為替レート(1CHF≒112円)として、左の1415の売価が約219,000円。49年後の落札額が約3億840万円で単純計算では1,400倍。中央の2523は売価不明ながら1989年にCHF36万(4千万円強)で落札された経緯を持ち、その後23年で約3億1千万円に大化けしている。
2000年に40年以上の時を経て復刻された現代ワールドタイムのRef.5110にはクロワゾネバージョンが用意されなかった。2006年にその第2世代としてRef.5130がデビュー。さらに2年後の2008年に待望の現代版クロワゾネダイアル・バージョン(上画像右端)が蘇った。大西洋を中心に両側にヨーロッパ・アフリカ大陸と南北アメリカ大陸が描かれている。今回紹介の5231とほぼ図柄は重なるが、使用されている七宝釉薬の多彩さでは5231の方が上回っている様に見られる。同モデルでは他にWG・PT素材も製作された。図柄は全て異なっており、PTはメタルブレス仕様で今現在も継続生産販売されているが入手の困難度合いは、やはり棒高跳びの世界となっている。
生産中止YGモデル5131Jの市場価格だが、個体によって非常にばらつきがある様だ。OSVALDO PATRIZZI他の資料では上記の60万ユーロ(約7,400万円)等というとんでもない見積もりもあるが、一方で18,000ユーロ(220万円余り)と言うにわかに信じがたい見積もりもある。ネット検索での国内2次マーケットでは税込1,100~1,200万円辺りが多いようだ。現代ワールドタイムもクロワゾネ仕様になるとプレミア価格にはなっている。ただ、なってはいるもののノーチラスSSの様な狂乱相場ではない。これはやはり実用性の延長にある時計として捉えられるばかりでは無く、嗜好、趣味、鑑賞といった芸術的側面を有している事で、良くも悪くも対象顧客が絞り込まれてしまうからだろう。平たく言えばニッチマーケットの稀少モデルなのであろう。
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さて、クロワゾネ(仏:cloisonné、有線七宝)等のエナメル技法について書きだすとキリがない。そしてまた何度も繰り返しになるが、製作現場をおのれのマナコで確と見た事も無いので資料を探してきて、ふわふわと書き綴っているに過ぎない。上画像の左右を較べると右側で有線の何たるかが何となく判るだろうか。
久々のエナメル紹介なので、製作工程のおさらいを少し。まず文字盤素材(大体18金)
に図柄を描いて(鉛筆なのかペンなのか、良く知らない)、高さ0.5mmの金線(銀、銅の事も)をスケッチに従って、辛気臭く曲げながら接着剤で文字盤に貼り付けてゆく。次にフォンダンと呼ばれる透明の釉薬(粉状ガラスの水溶液)を塗布し摂氏750~800度辺りの決められた温度に熱した窯で焼く。時間は極めて短い様だ。焼結の状態を常に目視して焼き過ぎを防ぐ。この際に文字盤裏側にも透明釉薬の捨て焼をする。これは表側の塗布・焼成を繰り返す事で表裏の膨張率が異なって文字盤が反る事を防止するためである。金線で囲まれた部分に様々な色の釉薬を焼成後の色滲みを想像しながら塗布してゆく。これを焼成するが、釉薬は焼成で目減りするので、何度も塗布と焼成を繰り返して金線の高さまで焼成面を盛り上げてゆく。勿論、この時点で表面は凸凹なので金線もろとも全体を均一にポリッシュ(恐らく砥石と水)する。平滑になったら最後にフォンダン(透明釉薬)を塗布焼成し保護膜を作って完成。
15分、30分等のクォーターインデックスはかなり早い段階で植字されていると思われる。時分針用のセンターの針穴は元々開いているだろうが、焼結後にエナメル層を穿って開け直す必要があるはずだが、クラックが入るリスクがある。その他にも焼成時のトラブルもあるので、エナメル文字盤は歩留まりがとても悪い。ゆえに生産数が限られてしまう。幾多の艱難辛苦を乗り越えて完成した良品文字盤にPATEK PHILIPPE GENEVEのブランドロゴをシリコン転写してお疲れさまとなる。かなり書き込んだ過去記事はコチラから。
日本に於いてシルクロードから伝わった七宝が盛んに作られるようになったのは17世紀と割に遅い。さらに有線七宝は、明治時代になってから急速に技術発展したが、現在は後継者難もあり存続が危ぶまれている。
愛知県には2010年まで七宝町という町があって、現在も僅かに数軒が七宝を製作している。前から信州に行くときにでもどちらかの窯元?さんを訪問して、見学したいものだと思いつつ未だ実現できていない。彼の地の若き有線七宝職人達の挑戦が紹介された動画が有ったのでご興味のある方はコチラから。スイスのクロワゾネダイアルそのものの製作工程動画は、残念ながら適当なものが見つからなかった。

Ref.5231J-001
ケース径:38.5mm ケース厚:10.23mm 
ラグ×美錠幅:20×16mm 防水:3気圧
ケースバリエーション:YGのみ
文字盤:18金文字盤、クロワゾネエナメル(中央にヨーロッパ、アフリカ、アメリカ大陸)
ストラップ:ブリリアント(艶有り)チョコレートブラウン手縫いアリゲーター
バックル:18金YGフォールドオーバークラスプ
価格:お問い合わせください

マイクロローター採用の極薄自動巻Cal.240をもう何度撮影した事だろう。でもこの角度から捉えたのは初めての気がする。初見でどうという事なく、必要な仕上げをぬかりなく極めてまじめに、そう必要にして充分に施されているのはパテックのエンジン全てに共通である。奇をてらっておらず、飽きが来ないのは表の顔だけじゃなくパテックのデザイン哲学の土台なのだろう。
世の中に彼女にしたい美人時計は一杯あるが、雨の日も、晴れの日も、健やかなる時も、病める時も、絶品の糠漬けを作り続けてくれる愛妻時計の趣を持っているのがパテック フィリップの最大の魅力だと思う。
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Caliber 240 HU

直径:27.5mm 厚み:3.88mm 部品点数:239個 石数:33個 
パワーリザーブ:最低48時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:21,600振動 
ローター:22金マイクロローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)

PATEK PHILIPPE INTERNATONAL MAGAZINE Vol.Ⅱ No.01
PATEK PHILIPPE INTERNATONAL MAGAZINE Vol.Ⅲ No.07
PATEK PHILIPPE THE AUTHORIZED BIOGRAPHY パテック フィリップ正史(Nicholas Foulkes ニコラス・フォークス)
COLLECTING NAUTILUS AND MODERN PATEK PHILIPPE Vol.Ⅲ(Osvaldo Patrizzi他)

文責・撮影:乾 画像提供:PATEK PHILIPPE S.A.

今年は7月が涼し目で8月はお盆迄が酷暑、盆明けはずっと雨ばかりで少し暑さもやわらぎ秋の風情。ところが9月に入って残暑?とは言えない猛暑に逆戻り。世界的にもハリケーンや台風が年々その猛威を増している様で、天候不順を通り越して徐々に住みにくい地球化が進んでいるような気がする。経済、政治、宗教、移民などに端を発する世界各地での諍いにもこの異常気象による人々のいらだちが拍車をかけているのかも知れない。
前回に引き続き紹介するワールドタイムには、そんな世界でのパワーバランスの変遷が反映されてきた歴史が詰まっている。タイムピースであると同時にタイムカプセルの一面を持っている。
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最新の文字盤を装備したRef.7130R-013レディス・ワールドタイム。判り易いターニングポイントはTOKYOとBANGKOKの間に存在する。パテック社が表示都市名の変更を決めたのは昨年度で、よもや変更前の都市が一年以内にアジア最大の政治問題を抱える事になろうとは想像も出来なかっただろう。前回紹介したメンズ同様にセンターギョーシェには透明なエナメル焼結処理の上からSWISS MADEとプリントされるが、なぜなのか文字間隔がかなり開いている(特にM A D E)。気になって他のレディスモデルの実機やカタログを見たが、どうもこのワールドタイムだけの特殊仕様のようだ。
下記画像はModèle 1415 HU(1939)、現在1時間の時差を持つLONDONとPARIS、古くは同じ時間帯を採用してきた。文字表記もLONDRESだったり、東京はTOKIOとなっていて興味深い。
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当時は一つのタイムゾーンに対して2~3都市の表示がざらにあって、デザイン的な座りの良さよりも主要な都市を出来るだけ盛り込む実用性が優先されていたようだ。アラスカとタヒチが同じ時間帯を共有しているという面白い発見も出来る。さしずめ東京と併記されそうなお友達は親日国のパラオだろうか。
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メンズの現代ワールドタイムは第3世代(2000年/第1世代Ref.5110、2006年/第2世代Ref.5130、2016年/第3世代Ref.5230)まで進化している中で、レディスは2011年に初出となっている。どのメンズともペア仕様ではなく、カラトラバの素直なクンロクケースにダイアルはメンズ初代Ref.5110に似た顔が与えられた。針の形状はほぼ同じだ。
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ワールドタイムのほぼ完全なペアモデルとしては2014年の175周年記念としてムーンフェイズ付きの限定モデルが発表されている。もちろん凄まじい争奪戦だった。(上の画像)
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メンズと全く同じ極薄自動巻キャリバー240 HUを搭載するがケースの厚みは8.83mmで紳士用(10.23mm)より1.4mm薄く仕上げてある。ベゼルへのダイヤセッティングは見るからに滑らかで衣類への引っ掛かりを防止するパテックらしい実用的な設計だ。
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ピンバックルにも27個のダイヤが同様にセットされている。ところでレディスにはいわゆるメンズのフォールディングバックル(二つ折りタイプ)が初期設定されているモデルが非常に少ない。ノーチラスやアクアノートのレディスには専用のメンズ同様の両観音バックルが初期設定されているのだが、今回のワールドタイムの様なクラシックなモデルではほぼ全てピンバックル仕様でリリースされている。別売アクセサリーとして11mmや14mmの各素材の二つ折りフォールディングバックルは用意されているし、2014年リリースの175周年記念限定レディスモデルにはフォールディングバックルが初期設定だった。対応は出来るにもかかわらずピンバックル主流はなぜか。
少し前までブライトリングのストラップモデルは男女ともピンバックルとフォールディングバックルを購入時に選択する事が出来た。男性は殆どが少し高くなるフォールディングタイプを選び、女性はほぼ全員がピンタイプを選択した。着脱時の万が一の落下を嫌がる男性、一方女性は見た目同じなら少しでも財布に優しい方が良いという意見だった。パテックの場合は18金素材が圧倒的に多いので両バックルの価格差は結構あるのだが、それがレディスをピン主流にしている理由かどうかは判然としない。個人的には女性は少しでも軽くて、細めの腕にはフォールディングタイプの曲線カーブの形状が個人個人にフィットし辛いからではないかと思っている。


Ref.7130R-013
ケース径:36mm ケース厚:8.83mm 
ラグ×美錠幅:18×14mm 防水:3気圧
ケースバリエーション:RG,WG
ダイヤセッティング:ベゼル(62個 約0.85ct) ピンバックル(27個 約0.21ct)
文字盤:アイボリー・オパーリン、ハンドギョーシェ ゴールド植字インデックス
ストラップ:ブリリアント(艶有り)・ダーク・チェスナット手縫いアリゲーター
価格:お問い合わせください
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ケース径36mmもメンズより2.5mm絞られている。手巻きクロノグラフなどもそうだが男女共通のエンジンを積むモデルでは、ケースとムーブのタイト感がレディスの方が勝るので後ろ姿に於いては見返り美人の婦人物に軍配を上げたい。

Caliber 240 HU

直径:27.5mm 厚み:3.88mm 部品点数:239個 石数:33個 
パワーリザーブ:最低48時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:21,600振動 
ローター:22金マイクロローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)

文責、撮影:乾
参考:Wristwatches Martin Huber & Alan Banbery P.243
2014年刊行-パテック フィリップ創業175周年記念 P.28,29

PATEK PHILIPPE 公式ページ
PATEK PHILIPPE 公式インスタグラム
※毎月19日未明に新規投稿有り(スイス時間18日18:39ブランド創業年度由来)月一投稿なので作り込みスゴイです。
当店インスタグラムアカウントinstagram、投稿はかなりゆっくりですが・・

さすがに何度目かの紹介となると蘊蓄を書く事は難しい。だがインスタ用に取り直した下の画像が結構気に入ってしまって、無理やりしつこい紹介をそのイケメンな造形を切り口に挑戦する事にした。お暇な方はお付き合いください。
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個人的にはとても好印象な2016年デビューのハンサムウオッチ。ただ長男(Ref.5110、2000年発表)と次男(Ref.5130、2006年発表)に備わっていたチョッとボテッとした平たいお餅か饅頭を想像させる親しみやすいケース形状と比べると、凛々しさが災い?してか求める方が少しだけ厳選されている感じがする。このところビジネスシーンでのドレスコードのトレンドは、かなりカジュアルになって来ていてスーツよりジャケパンが主流になって来ている事なども影響しているのかもしれない。
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しかし、自分自信の本性が全く凛々しくなく軟弱なので個人的にはクンロクケースっぽい三男坊の折り目正しさに惹かれてしまう。真正面から見たサイドラインが、長男と次男は柔らかくまるで女性の姿態を思わせるシルエットをラグからリューズにかけての描き(リューズガードのお陰で)凸凹無く反対側のラグまで流れてゆく。対して末っ子はウイングレットラグでまずエッジを効かせリューズもしっかり露出させて、どこまでもメリハリがついている。本当にマッチョで端正なのである。まるで異母兄弟か種違い(下品な表現ですみません!)の様だが、搭載されるエンジンは全く同じであり血統は守られている。ちなみに年子?の2017年リリースのRef.5930ワールドタイムクロノグラフのケース形状も厚さが増すもののほとんど三男と同じである。

ところで不勉強の故、最近まで気付いていなかったのがギョーシェ装飾におけるフランケエナメルの存在。これはギョーシェの掘り込みが施された上に透明な釉薬(ブルーやグレー・ブルーの金釉)を焼成し、研磨を掛けてギョーシェの美しさを封じ込めると共に透明な平滑面を得る手法である。この手の文字盤をじっくり観察すれば宙に浮くシリコン転写プリント部分によって誰でも簡単にそれを確認できる。
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白色のSWISS MADEの転写プリントはどう見ても平滑面に乗っかっている。さらに文字の影がギョーシェ表面に写っている。もっとダイナミックな以前に紹介済みのレディスカラトラバRef.4897の参考画像をもう一枚。
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勿論パテック フィリップの専売特許では無くて、スイス時計ではよく知られた技法ではある。しかし良好なエナメル焼成を文字盤に施せるのは非常に限られたダイアルサプライヤーに限られており、文字盤に妥協の無いパテックならではと言える。現行ラインナップで同様のギョーシェ文字盤が採用されているモデルは限られておりメンズのワールドタイム系のメンズRef.5230、5930、レディスRef.7130と上記画像のRef.4897のみとなっている。ワールドタイムの歴史、機能や機械については繰り返しとなるので過去紹介記事をご参考されたい。
尚、都市表記が一か所(HONG KONG→BEIJING)に最近変更されている。


Ref.5230G
ケース径:38.5mm ケース厚:10.23mm 
ラグ×美錠幅:20×16mm 防水:3気圧
ケースバリエーション:WG,RG,
文字盤:ラック・アントラサイト、ハンドギョーシェ ゴールド植字インデックス
ストラップ:ブリリアント(艶有り)ブラック手縫いアリゲーター
価格:お問い合わせください


キャリバー名Cal.240 HU末尾のHUはHeures Universelles(仏:時間 世界)の頭文字だ。ちなみにパテック社のHP内には用語解説ページがあって時々御厄介になっている。1977年開発の極薄型自動巻キャリバー240(厚さ2.53mm)にワールドタイムモジュールを組み込んだ240 HUは3.88mm。これは厚み的には永久カレンダーキャリバーの240 Qと全く同寸である。たった1.35mmの各モジュールに地球やら100年やらが封じ込められている。
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Caliber 240 HU

直径:27.5mm 厚み:3.88mm 部品点数:239個 石数:33個 
パワーリザーブ:最低48時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:21,600振動 
ローター:22金マイクロローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)

PATEK PHILIPPE 公式ページ
PATEK PHILIPPE 公式インスタグラム
※毎月19日未明に新規投稿有り(スイス時間18日18:39ブランド創業年度由来)月一投稿なので作り込みスゴイです。
当店インスタグラムアカウントinstagram、投稿はかなりゆっくりですが・・

【2019パテック フィリップ展のご案内】
とき:2019年8月31日(土)・9月1日(日)11:00-19:00
ところ:カサブランカ奈良 2階パテック フィリップ・コーナー

文責、撮影:乾

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昨年のバーゼルはこのモデルの話題で随分盛り上がった。音系とカレンダーを除いた2大コンプルケーションともいえるワールドタイムとクロノグラフとの夢の組み合わせ。今まで無かったのが不思議だなと発表時には思ったものだが、実は毎日のようにその原型となった時計を見ていたのだった。本ブログのテキスト的存在の「PATEK PHILIPPE GENEVE」HUBER & BANBERY著のブックカバー掲載のRef.1415HUがそれ。手巻きクロノグラフに初期型のワールドタイムを組み合わせたスペシャルオーダーのユニークピース(製造No862 442)。一番外側のシティディスクは手動で、インナーの24時間リングはリューズの時刻調整と連動して操作する形。現代では別々のLONDRES(LONDON)とパリが同じタイムゾーン。東京はTOKIOとされ隔世の感がある。
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ところでこの時計の解説文には30分計クロノグラフとの記載があるが、どう見てもそれらしき機能は見られない。ただこの時計にはパルスメーター(脈拍計)が2系統も用意されている。外側の220-20目盛が15回の脈を数えて1分間の脈泊数を知るレールで24時間計の内側60-10目盛のレールは5回の脈で1分脈拍を読むチョッとずぼらな脈拍計。他ブランド等の手巻きクロノグラフでパルスメーター付を見てみると30回脈で測定するタイプが多い。想像するにこの時計はタイムゾーン移動の多い医療関係者が積算目的ではなく脈拍測定を主な用途としてクロノグラフ機能を特注で附加したのかもしれない。
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翻って現代版にはやや小ぶりな30分積算計が付きパルスメーターは無い。タイムゾーン移動はリューズではなく10時位置のプッシュボタン一つで短針とシティディスク&24時間ディスクを連動して1時間単位で同時に変更できる。これは1959年にジュネーブの時計師ルイ・コティエ氏が開発・特許化した技術。実に60年近くにわたって使われ続ける実用的な仕組み・・誠に機械式時計の世界は息が長いと言うか何というのか・・
ダイアルセンターは定番ワールドタイムに倣ってギョーシェ装飾が施されている。紋様はシンプルかつ力強くモダンテイスト。ちなみにクロノグラフはパテック最先端の垂直クラッチ搭載のフライバック付き。キャリバーで言えば自動巻CH28-520系なのだが、初見では一瞬手巻きではないかと思ってしまった。それは各プッシュボタンの形状がスクエアかつ上下面がサテン仕上げになっているためだ。この組み合わせは現行ラインナップでは初めてのハズ。まあ30分計が6時位置なのでキャリバーは限られるのだけれど・・
ラグの形状もワールドタイム繋がりでか段差付きのウイングレットラグ。
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尚、クロノ秒針がこの時計では通常秒針として使用可能である。これはパテック開発の優れた垂直クラッチの賜物である。また24時間ディスクとシティディスクの間にある秒スケールは28800振動(4Hz)に合わせて4分の1秒で刻まれている。どうもこの時計、ケース形状はクラシカルながら顔は結構モダンである。
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フルローター自動巻きに垂直クラッチという厚みが出る組合せにワールドタイムモジュールを組み込んでいる。それでもムーブ厚を7.79mmに抑えている。構成部品数343個もあるというのに流石です。実はスペースの都合で30分計の位置がオリジナルから微妙に変更されているらしい。ケース厚さ12.86mmもスクリューバックケースに両面スケルトンなら妥当な厚みか。

Ref.5930G-001 ワールドタイム自動巻フライバッククロノグラフ
ケース径:39.5mm ケース厚:12.86mm ラグ×美錠幅:21×16mm
防水:3気圧
ケースバリエーション:WG
文字盤:ブルーオパーリン ハンドギョーシェ 蓄光塗料付きゴールド植字バーインデックス
ストラップ:マット(艶無し)ネイビーブルーアリゲーター 
バックル:フォールデイング(Fold-over-clasp)
価格:税別 8,040,000円(税込 8,683,200円)2017年8月現在

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チョッと飛び気味になってしまった後ろ姿。

Caliber CH 28-520 HU:ワールドタイム機構付コラムホイール搭載フルローター自動巻フライバッククロノグラフムーブメント

直径:33mm 厚み:7.97mm 部品点数:343個 石数:38個 
パワーリザーブ:最低50時間-最長55時間(クロノグラフ作動時とも)
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動
ローター:21金ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)

PATEK PHILIPPE 公式ページ 

文責:乾
参考:Patek Philippe Internaional Magazine Vol Ⅳ No.2
Wristwataches Martin Huber & Alan Banbery P.270




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今年の新作で最も期待値が大きかったのがワールドタイム。今春早々に超希少品で少々特殊なクロワゾネ(有線七宝)文字盤のローズゴールドケース1品番を除き全てが生産中止発表になった人気のRef.5130。当然後継モデルが出て当然なのだがローズとホワイトのレザーストラップタイプのみの2本限りは個人的には肩透かしされた感じ。
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恐らくプラチナはそのうち追加されるのではないか。ただイエローゴールドはどうなのか?今年の新作でイエロー素材は新しい永久カレンダーRef.5327Jの一点きりである。ちなみにローズは12点もあって、あまりにも差が激しい。
ここで少し脱線して、いくつかの時計ブランドを調べると、はたしてイエローゴールドケースは絶滅危惧種状態である。そんな中で今年APのロイヤルオークが新たにYGをラインナップし直してきたのはニュースですらある。パテックも随分と偏ってきているが、ド定番モデルにはほぼイエローが踏みとどまってる。2016カタログを素材別に追っかけたのが下表。
注:ノーチラスクロノRG/SSコンビ1点はSSとした。
素材分析表.gifプラチナがグラコンで最多の素材であり、全体でもステンレスと同数なのは流石にパテックならではだが、ここまでRGが多いとは正直ビックリ。特にレディースでYG貧弱化が顕著で、YG全14Ref.中でRef.7121Jのブレスストラップの2型のみしかない。断捨離好きなのに妙に物持ちが良い姐がたまたま取っていた今や貴重な2000年のカタログを開く。
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いやぁ~まあイエローだらけ真っ黄色だ。掲載モデルの7割弱がYG。右端には今回紹介の現代ワールドタイムの初代Ref.5110のプラチナとローズが居るがYG・WGが見当たらないので全モデルは掲載されていない。カタログと言っても縦30横70cmの薄手のコート紙の裏表という実に簡便な印刷物で現行カタログとは隔世の感がある。ネプチューンなど今はもう無いシリーズもあったりするので取り合えず別刷りのプライスリストから素材別に拾って見たのが下表。
注:ゴンドーロガブリオレRG/WG1型はWG、ノーチラスとネプチューンのYG/SS2型はSSとした。
素材分析表2000修正.gif
全リファレンス数はほぼ同じ。圧倒的なYGにRGを加えて金色系115Ref.(55%)と半分を超えている。この16年で激減したYGの大半はRGとなり一部PT、SSにもシェアを明け渡し、2016年現在はプラチナ・ステンレスが共に約1割でWGと合わせれば銀色系が115Ref(56%)と逆転している。

本題に戻って、ワールドタイム。2016年に生産中止発表となったRef.5130の紹介と多少重複するがおさらいをする。1930年代後半からジュネーブの時計師ルイ・コティエ氏により製作が始まったワールドタイムは前期型として時分針リューズと24時間ディスクの連動操作システムを搭載してスタート。シティディスクは今日の回転ベゼルの様に手動で回していた。その11時ごろに現在時差ありのLONDRES(ロンドン)とPARISがあって当時は同一時間帯に属していた。3時半ごろにはTOKIOとあって中々面白い。下画像:Modèle1415HU(1939)
1415HU.jpg
1950年台に入っても基本は同じでシティディスクを9時位置に設けた第2リューズで回すように若干進化した後期型(1953年~)が作られるようになった。東京はTOKYOとなり、ロンドンもLONDONとなっているがパリとはまだお友達だ。下画像のModèle2523(1955)は今回紹介するRef.5230のデザインソースとされている。
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しかしワールドタイムは50年代中頃に生産が終了される。理由は調べたが判然としない。1950年代というのはそれまでのプロペラ機に代わってジェット旅客機が登場し、飛行機輸送が飛躍的に進化していった時代である。ブライトリングナビタイマーが1952年、ロレックスGMTマスターは1957年に登場している。そんな中で1959年にパテック フィリップはルイ・コティエ氏が開発した現在トラベルタイムと呼んでいる画期的な2ボタンによるローカル時針のアップダウンシステムを備えたモデルを発表している。下画像:Réf.2597(左1959,右1962)
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個人的想像だがジェット旅客機による航空新時代の到来にふさわしい全く新しいトラベルウオッチを模索していたのがパテックの1950年代後半だったのではないだろうか。そして1969年初代セイコーアストロンで始まるクォーツショックによる約20年間のスイス機械式時計暗黒時代。ようやく1990年頃からの機械式復活期を経て40数年ぶりに2000年にワールドタイム現代版は復刻される。ロンドンとパリには温度差!ではなくて1時間の時差が生じている。画像が荒くてつぶれているが文字盤センターには複雑で美しい格子状のギョーシェが刻まれている。デザイン的には1900年代半ばのオールドワールドタイムに似るがトラベルタイム機構を転用した短針、シティディスクと24時間リングの3者を10時位置のプッシュボタンで連動操作する画期的なシステムを備えるように進化している。詳しくは過去記事を参照。
※画像はPATEK PHILIPPE INTERNATIONAL MAGAZINE Vol.Ⅲ No.01よりRef.5110 PT,YG
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人気を博したRef.5110は2006年にエンジンはそのままに時代の要請?から2.5mmのサイズアップを受けRef.5130へとマイナーチェンジされる。外観上の違いはダイアルのギョーシェが放射状の力強いものになり、時針はアップルハンドに分針はドーフィンハンドになった。サイズが大きくなってシティデスクの表示にはユッタリ感が出た。※下画像
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そして今年、現代版ワールドタイムとしては第3世代となるRef.5230が発表された。ムーブメントは初代からずっと同じCal.240 HUである。ケースデザインは大きく変更され1940年~50年代に流行したウイングレット(小翼)ラグ(前述の左右にリューズのあるModèle2523参照)を控えめに備え、ベゼルはそれまでの丸味を帯びたものから平面的でエッジの効いた形状となった。さらに好みの分かれるところだがリューズガードが廃止された。ケース径とラグ巾ともに1mm絞られ厚みは逆に0.63mm増して筋肉質で引き締まった印象になった。
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ダイアルセンターの手作業のギョーシェはパテック フィリップ ミュージアムの資料を参考に一新され同心円状に様々なサイズのリップ(波状)が大小交互に刻まれており複雑さでは過去一番である。
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下画像ではWGが少し白っぽく写ってしまったが、どう見てもWGとRGでセンターギョーシェも含めてインデックスを除く文字盤ベースは全く共通だ。その為にWGモデルはグレイッシュなギョーシェ部に針とインデックスの色目が同化しやすく視認性に少し難がある。時針は非常に特殊な形状だがパテック特有の穴開き針(Pierced hour hand:ピアス針)と紹介されている。分針は第1世代Ref.5110の物にほぼ先祖返りした印象だ。
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Ref.5230G-001、5230R-001
ケース径:38.5mm ケース厚:10.23mm 
ラグ×美錠幅:20×16mm 防水:3気圧
ケースバリエーション:WG,RG,

文字盤:チャコールグレーラッカー、ハンドギョーシェ ゴールド植字インデックス
ストラップ:シャイニー(艶有り)アリゲーター ブラック(WG)/チョコレートブラウン(RG)
価格:税別 5,190,000円(税込 5,605,200円)2016年11月現在

キャリバー名Cal.240 HU末尾のHUはHeures Universelles(仏:時間 世界)の頭文字だ。ちなみにパテック社のHP内には用語解説ページがあって時々御厄介になっている。1977年開発の極薄型自動巻キャリバー240(厚さ2.53mm)にワールドタイムモジュールを組み込んだ240 HUは3.88mm。これは厚み的には永久カレンダーキャリバーの240 Qと全く同寸である。たった1.35mmの各モジュールに地球やら100年やらが封じ込められている。
_DSC8236.jpg

Caliber 240 HU

直径:27.5mm 厚み:3.88mm 部品点数:239個 石数:33個 
パワーリザーブ:最低48時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:21,600振動 
ローター:22金マイクロローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)
尚、スピロマックス等のパテック フィリップの革新的素材についてはコチラから

PATEK PHILIPPE GENEVE(M.HUBER & A. BANBERY)P.238、242、243

PATEK PHILIPPE 公式ページ

2016年11月29日現在
5230G-001 ご予約対応となっております。
5230R-001 ご予約対応となっております。

(パテック フィリップ在庫管理担当 岡田)

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パテック フィリップを代表する複雑機能は何か?これが多すぎて絞りようが無い。無理やり選べばミニット・リピーターと永久カレンダーが代表なんだろうが、今回のワールドタイムもどうしてどうして相当な物であり侮れない。もちろんクロノグラフも・・やっぱり全部か!

ジュネーブの時計師ルイ・コティエ氏開発による時分針リューズと24時間ディスクの連動操作システムを搭載して1930年代後半には製造が開始されたワールドタイム。都市名(シティ)ディスクについては、当初のグリニッジ標準時固定タイプから始まって、手動で回す回転ベゼル式に移行。さらに1950年代には9時位置に設けた第2リューズでシティディスクをインナーベゼルとして回転操作するように進化した。と、ここまでの記載は多々あるが、話はいきなり1999年の特許取得にジャンプする。この50年代後半から2000年までの40年間、ワールドタイムはまるで冬眠状態。画像も記述も何にも出てこない。ただ当時の初期型ワールドタイムのアンティークピース人気は凄いようだ。何度も腕時計オークションのレコードを書き換えている。
中断の歴史は追々探すとして、2000年発表の新生ワールドタイム5110の画期的な特許技術をPP公式HPより拾って整理してみた。
ワールドタイムの技術革新は3段階。まずホップとして前述のようにルイ・コティエ(1894-1966)の1930年代の発明(時分針リューズと24時間ディスクの連動操作システム)、次のステップが1959年にコティエがパテックの為に開発した特許(9時側の上下2つのプッシャーによって分秒針に影響を与えずに時針のみを12ステップで回転)、さらにジャンプは40年後パテック技術陣がなしとげた1999年の凄い特許(たった一つのプッシャー操作で同時に時針、シティディスク、24時間ディスク、これら全ての表示変更を分秒針に影響を与えることなく12ステップ回転で実現)

で、実際にこのシステムを実機で見てみる。画像左側の東京は17時32分で、シティディスク上のTOKYOが12時位置にある。その真下の24時間ディスクは17時半ごろであって、決して5時半で無いとわかる。ちなみにシティディスク7時ごろにあるLONDONの24時間ディスクは8時半ごろなので、現地は午前8時32分と読める。(なぜロンドン?単純にラグビーWC感激のなせるところ・・)
11時位置のプッシャー操作でロンドン仕様に変更。ワンプッシュで時針は1時間進み、同時にシティディスクと24時間ディスクは1時間反時計に回るので、これを15回繰り返すと右側の状態になってシティディスクの12時はLONDONになり、真下の24時間ディスクは8時半ごろ、時分針は8時32分。
ロンドンは東京より9時間遅れなので時針を9時間分を反時計に回転させたいが、時計回り一方向に進むプッシャーひとつきりなので15時間進めて結果(24ー15=)9時間分の時差を作った事となる。コティエの1959年特許の応用で2ボタン化して両方向へのステップ回転、さらにカレンダー搭載と出来そうだが・・何も考えずにひたすら押してシティディスクの目的都市を12時に合わせるだけというシンプルな使い勝手を優先させたのだろう。やはりパテックはコンプリケーションカテゴリーではどこまでも実用性重視のようだ。
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ちなみにサマータイムはどうするか。画像左は先程の朝8時32分ロンドンである。ごく普通にリューズ操作で時計を1時間進めると24時間ディスクのみ連動して1時間反時計回りに回転し、シティディスクのLONDONの真下が9時半ごろに変更される。ただしサマータイムの無い東京は1時間進んだ18時半ごろと表示される。これだけは仕方がない。
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さて現行の5130は2006年に5110からサイズ等のマイナーチェンジを受けたものである。個人的には文字盤に情報がテンコ盛りなので2.5mmのサイズアップは歓迎だし、1930年代のオリジナルに似た地球イメージの時針になって格段に視認性が良くなったと思う。ベースキャリバーが極薄型自動巻240なので、ケース厚9.6mmとパテックらしい薄さも際立つ。サファイアクリスタルのケースバックはスナッチ(こじ開け)ではなくスクリュー(ねじ込み)だ。この開閉仕様の使い分け基準が、いまだに良くわからない。
_DSC6693.jpg昨年発表された175周年記念限定モデルにはワールドタイムが2型あって、その合計製造数は1,750個となっている。結構な数を来年1月末までに製造納品と聞いている。ベースムーブメントはレギュラーモデルと同じ240 HUなので今年は極端に定番ワールドタイムの入荷が悪い。同様のことは1,600個の限定クロノグラフモデルに投入されるキャリバーCH28-520 Cで割を食う定番自動巻クロノグラフモデルにもいえるのだが・・

Ref.5130J-001
ケース径:39.5mm ケース厚:9.6mm ラグ×美錠幅:21×16mm 
防水:3気圧
ケースバリエーション:YGの他にPT,RG,WG 
文字盤:ギヨーシェ シルバーリィ サンバースト ゴールド植字インデックス
ストラップ:マット(艶無)チョコレートアリゲーター
価格:税別 4,740,000円(税込 5,119,200円)2015年7月現在

Caliber 240 HU

直径:27.5mm 厚み:3.88mm 部品点数:239個 石数:33個 
パワーリザーブ:最低48時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:21,600振動 
ローター:22金マイクロローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)
尚、スピロマックス等のパテック フィリップの革新的素材についてはコチラから

税別 4,740,000円(税込 5,119,200円)2015年7月現在
税別 4,600,000円(税込 4,968,000円)2016年11月改定(流通残在庫)

PATEK PHILIPPE 公式ページ

2016年2月19日現在
5130J-001 完売しました。5130全素材2016年生産中止決定、手配困難ですがお問合せ下さい。




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