"レディーファースト"は"淑女を優先する"で良かろうが、パテックが言うところの"レディス・ファースト"とはどう解釈すればいいのか。過去に遭遇したこの"レディス・ファースト"なる表現は、まず2009年リリースのRef.7071レディス・ファースト・クロノグラフだ。2005年から同年に渡ってパテック社が渾身の精力を込めて設計・開発し発表したマニュファクチュール・クロノグラフ・キャリバー3兄弟の末っ子Cal.CH 29-535 PS(手巻)を、紳士モデルに先駆け淑女向けに先行搭載した注目のモデル。
パテック フィリップ インターナショナルマガジンの記事『クロノグラフの系譜』で著名時計評論家ジズベルト・ブリュナー氏は、同モデルで採用されたクッションケースが、パテック社が腕時計クロノグラフ製作を始めた20世紀初頭に腕時計の隆盛を推し進めたのが,、実は女性であった事へのオマージュとしている。そして《女性のために創作された初のクロノグラフ「レディス・ファースト・クロノグラフ」は、決して偶然ではないのである。》と結んでいる。

左:Ref.7071(2009-2016)レディス・ファースト・クロノグラフ
中:Ref.7140(2012-)現行のレディス・ファースト・パーペチュアル・カレンダー
右:レディス ペンダント時計(1898)から腕時計に換装(1925)された紳士初の永久カレンダー 、背景は販売以降のカルテの様な個体履歴(ウンウン、見た事アルアルという方は、しっかりパテックホリックと言えましょう)
そしてもう一つが上画像中央の2012年初出で現行モデルの永久カレンダーRef.7140である。カタログには"レディス・ファースト・パーペチュアル・カレンダー"とある。個人的には20世紀の何処かでクロノか永久のご婦人モデルが全く無かったかどうか疑わしいと思っているが、具体例を知らない。ただ記憶に有るのは1898年に女性用ペンダント時計としてスタートした上画像右の永久カレンダー97 975(Ref.無き時代でムーブメントNo.での識別表示)である。この個体は37年後の1925年に紳士用としては初の永久カレンダー腕時計へと換装され1927年に販売されている。19世紀末迄は懐中時計全盛期で1900年代初頭の紳士用腕時計の黎明期をへて、第一次世界大戦(2014-1918)が一気にポッケから手首へメンズウオッチスタイルを飛躍・完成させた。当時のパテック社は懐中時代の栄光からリストウオッチへのスクラップ&ビルドに遅れを取ったが、"男装の麗人"の様な裏技かもしれぬが、ともかく紳士用の複雑機能を搭載した腕時計をデビューさせ、業界最前線へ一生懸命キャッチアップを目指していたのだろう。
リピーター付きリストウオッチにも2011年にレディス・ファーストの足跡があって、"レディス・ファースト"は何も昨日今日に始まった事ではなく、パテックの社史に於いて数多くの事例が創業間もない頃から多々見られる。

微妙に締まりのない若干ボケ気味な画像。障害気味の手指のせいにするのか。はたまたこの娘(こ)への愛情不足なのか。不思議なもので惚れ込んだ時計は何故か自画自賛レベルで撮像出来る事が多い。しかも短時間かつ、その殆どがファーストカット。理由は不明にして、今後も判らない予感がする。数十年前のまだまだ我がお尻の青い頃に、ひとめぼれする事しばしあり、間髪置かずファーストコンタクト出来ていれば・・矢沢の永ちゃんの「時間よ~止まれ ♪ 」ではなく、頼むから誰か「時間よ~戻れ ♪ 」としてくれないものか悔やまれてならない。おのれの奥手ゆえならぬ、度胸の無さを棚に上げて・・
脱線復旧、閑話休題、画像話をもう少し。だいぶ前の事だがプロカメラマン某氏に、東京のスタジオで腕時計撮影指南を受けた事がある。この経験で今日まで残っている収穫はニコンの少々ボディの長く重たい愛用マクロレンズのみしかない。その際に何より知りたかったのは鏡面仕上げのインデックスと針を如何にしてブラックアウトさせずに撮る照明技術だった。彼らは一般的にBALKAR社製ストロボを照明機材として単発で、時には複数で使用するのだが、瞬間的に閃光するタイプなので尻の青さとは無関係に素人には付き合えそうな気がしなかった。お昼前の「腹が減っては・・」という微妙な時間帯に訪問したのも反省材料だった。今は知らず、当時は時計を撮らせれば "右に・・" と本人が言う人も空腹には抗えず、指南もそこそこに某氏行きつけの天ぷら屋へ二人して遁走し、もちろん氏の"左側一歩下がって・・"は言うまでもない。うろ覚えながら屋号は『天悦』だったかと。丼から今にもこぼれてしまいそうな大振りな海老やら空飛ぶ絨毯の様な海苔や大葉が見事に盛り上げられた特性天丼の軍門に下る仕業となったのだ。本来の目的とは異なったが、互いに"食"というストロボに於いては大いにシンクロ出来たのだった。旨い物の前で、人は時に諍うが、至福の時間を共有し互いの距離を縮める経験を皆さん誰しもお持ちであろう。美人時計を前にしてか今回の脱線は、アッチこっちへと忙しい。

さて、上の画像で具体的に説明すると左側が今回記事で採用した撮像。インデックスの12時の上部辺りが僅かに鏡面仕上げと判らなくもない。光源は馬鹿の一つ覚えなのか、疑似餌釣りの信念針みたいなのか、ともかく被写体の真上いわゆる天から(やっぱり釣りが好きやねん!テンカラってわかる?)の1光源(岩崎アイランプPRS300W)ツケッパのみで10年以上撮り続けている。リューズとクロノグラフプッシュボタンの天辺辺りにハイライトが来て、インデックスと時分針やクロノグラフ秒針には真っ暗にした部屋の黒味が写り込んでいる。右側も同じ設定だが白いレフ板(大層な、ただの余っていたスチレンボードの切れっぱし)で上部からの単光源をほんわかとダイアルに当ててやった撮像。時字("ときじ"と読む、インデックスの事)と針の鏡面は判り易くはなっても全体が白っちゃけて、物凄く薄い乳白色の膜で覆われた様になり、そのままではチョッと使えそうで使えない。時と場合と助っ人の有無によってはこれらを合体し良い所取りして合成画像とする事も有るが、今回はギブアップした。さすがにリューズだけはフォトショ君に押し込んでもらったのが上の上の画像。ストップセコンド(ハック)も無いのになんでリューズを出臍で撮る(上の画像)のか。撮影は通常、仕入の着荷直後、検品前に行う。スタジオとは名ばかりのストック部屋の一角で真空パックをおもむろに開封し、無傷かつ無塵、ゼンマイトルク限りなく"0"状態でリューズを引いて希望時刻付近で若干バックさせる裏技で秒針停止がかなう。自動巻の場合は輸送中に巻上がるトルク除去の為に数時間お寝んねさせる、大半のパテックは手巻ムーブメントでもほんの少しの揺すりで運針する。尚、現行のロレックスは自動巻でも手動巻上げをある程度しないと動き出さない。どっちが良いという話ではなく両社のモノ創りへの姿勢が出ていると思う。仙人の様に悟りも得ず、俗人の我が身には60秒ジャストでの停止はその時々の心の乱れるままにして儘なら無い。プロの様に撮影助手など居ようはずも無く、ひたすら孤独な時間が続く。ああでも無い、こうでも無いとひねくり廻し何度撮り直しても、大抵がしょっぱなのファーストカットの採用が多いのは何故か?往々にして1カットたったの15分程度で一発OK、バッチリ終了、「よっしゃ、次行こうか」が結構有るのがノーチ&アクア。関西人が北海道のニセコや富良野辺りに行って、ひたすらパウダー&ドライな最高級雪質のお陰なのに、おのれの足前が上ったと勘違いするが如しである。サテンベゼルに加えて、ダークかつ無光沢な色遣いを纏ったボーダーとエンボスが、若き日に目にした北の大地の雪の結晶、或いはダイヤモンドダストに見まがえてしまう。
ローカル線は昨今、廃線が相次ぐ。本稿もいよいよ本線に戻らねば。で、7150とのファーストコンタクトは2018年のバーゼルワールドのPPブース。当時は毎年の事で多少マンネリも感じていた春のスイス詣でだった。今、思えば何と貴重で大切な時間だったのか。今年も公式なキャンセル案内は無いが、PPに取って初となるジュネーブ開催となるはずのリアル展示会は恐らく無理だろう。仮に実施されても、行って良いのやら・・「行きはよいよい、帰りはコロナ」では洒落にならない。2018年は確か一人でバーゼル市内のB&Bに逗留し、滞在期間中市内トラム乗り放題の優待チケットでメッセ会場に通って数ブランドの商談をしたり、空き時間は気儘に美術館巡りなどの一人遊びを満喫した年だった。さてさて7150だ。初見の印象はハッキリくっきりしていて「ベゼルにダイヤが無ければメンズで大ヒットしそうなのに・・」と思いつつケースバックばかり見ていた。

コチラも少々キレの無い画像。赤い丸2か所は本来はどちらも下側の受けの様にダークに写っている。左上のコラムホイールに被せられた帽子のような偏芯シャポーはレフ板で銀色に写し込んだ別画像を合成している。この2箇所と各マイナスねじの頭は鏡面仕上げになっているので、この様なややこしい事になっている。ま、そんな事はどうでもよろしい。この娘のバックシャンで見惚れて頂きたいのは38mm径ケースぎゅうぎゅうに詰まっているムーブメントの凝縮感である。全くの後付けではなく、ムーブメントが先に有って、パツパツのボンデージな専用ケースが用意されたものである。エンジンとボディのこの上なく幸せなマリアージュとも言えよう。大柄な体格の割に小ぶりかつクラシカルな時計を好む性分なので、38mmは女性も着用可能なメンズであって欲しいサイズだ。昨今、パテックのメンズ・コンプリケーションのバゲットダイヤベゼルモデルはどれもこれも人気が高いが、7150の様なブリリアントであれ、人気のバゲットであれケース表面にダイヤモンド仕様は、この齢になっても何かしらこっぱずかしくてよう着けられまへんのや。愛機5170Pの河島英五の歌のように"目立たぬ~♪"ダイヤインデックスがせいぜいですわ。"時代おくれ"な奴なんですわ。
最近、この珠玉のタイムピースに時代がやっと追いついてきた様な気がしている。"おくれ"とは真逆でデビューが少々早かったのではないかと思えるのだ。お恥ずかしい話ながら、リリース3年目の2021年後半に当店初のご販売をした。それ故の実機撮影成就なのだ。サイズ感に加えて淑女が機械式複雑時計のメカニカルな顔をデザイン的に抵抗なく受け止められる様になってきた。そしてそのスピードは加速してゆくのではと思わせられる。

"菊の御紋?"と見間違うクラシックなプッシャー頭のエングレーブ。勿論、デザインアーカイブは有る。チョッと今すぐ出てこないだけ。絞りを開放値に近づけてリューズとリセットプッシャーのみフォーカスし廻りをほぼボカした。腕にハンディが残っても三脚を使って、レリーズでシャッターを切る置き撮りは何とかこなせる。やはり撮影は楽しい。

デビアス社から提供された最上級ダイヤがセットされた尾錠(美錠とも)。ダイヤベゼルはまだまだともかく、さすがにこのバックルでの男性着用は14mm巾のサイズも含め、一般的とは言えず、そっち系のややこしい話になりそうだ。やはりこの時計は正真正銘の淑女専用機なのだと得心した。
さて、年の初めから長々ダラダラと書きなぐってきたが、本稿は時計そのものの詳細には迫れていない。でも今年はこんな感じでその時計の最もクローズアップしたい部分にフォーカスを当てて紹介してゆけたらと思っている。今回の7150の場合は、ムーブメント先に有りての専用ケースのベターハーフ設計が、生み出した後ろ姿の濃密な凝縮感がまず筆頭である。淑女のためのレディス・ファーストかも知れぬが、機会が有れば紳士諸君にも一見を是非お勧めしたいタイムピースだ。
Ref.7150/250R-001 2018年~
ケース径:38mm ケース厚:10.59mm ラグ×美錠幅:20×14mm
防水:3気圧
ケースバリエーション:RGのみ 72個のダイヤ付ベゼル(約0.78カラット)
文字盤:シルバー・オパーリン パルスメーター目盛 ゴールド植字ブレゲ数字インデックス
針:18金時分針
ストラップ:ラージ・スクエア手縫いシャイニー・ミンクグレー・アリゲーターストラップ
バックル:27個のダイヤ(約0.21カラット)付18金ピンバックル
価格:お問い合わせください
Caliber CH 29-535 PS:コラムホイール搭載手巻クロノグラフ・ムーブメント
直径:29.6mm 厚み:5.35mm 部品点数:270個 石数:33個 受け:11枚
パワーリザーブ:最小65時間(クロノグラフ非作動時)クロノグラフ作動中は58時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:ブレゲ巻上ヒゲ
振動数:28,800振動
文責・撮影:乾
出典
Wristwataches Martin Huber & Alan Banbery
Patek Philippe International Magazine Volume Ⅲ Number 2
追記:1月の下旬にPP公式HPより5711/1R-001、5990/1A-001が蒸発しているのを確認。その時期ネット上に出回っていた真贋不明な生産中止情報と合致していたので、それらの蒸発自体に驚きは無かった。ただ知りうる限り通常2月上旬の正規店への公式通達前に突如雲隠れは経験が無い。前者のノーチ3針RGブレスは予想通りだが、後者のノーチSSトラベルクロノは若干の予感は有っても蒸発タイミングが解せない。なぜなら恐らくと思われるその他の鬼籍入り候補が、渡し賃が心もとないのか"三途の川"を渡れないで公式の川辺に踏み止まっている様だからだ。あくまで私見ながら、まだら模様と表現すればいいのだろうか。ICUあたりで生死の境を彷徨っているのだろうか。それとも公式通達そのものが今年からは無くなって、お願いだからHP見て気づいてネ!というメッセージなのだろうか。まあ、時が来ればわかるだろう。
今年は11月頭にオンリーウオッチのオークションが過去同様ジュネーブで開催される。オンリーウオッチとは難病であるデュシェンヌ型筋ジストロフィー症におかされた息子を持った父親が、その難病克服研究の資金を賄うべく、2005年以降の奇数年に開催している時計のチャリティーオークションである。各著名(ニッチもあるけど・・)ブランドが、一点物のユニークピースを出品し、落札額の99%がその難病研究プロジェクトに投じられるという一大イベントだ。
パテックはその常連であり、知る限り毎回最高落札額となっていて、貢献度合いNO.1である。ちなみに前回2019年度はグランドマスター・チャイムRef.6300のステンレスバージョンを出品し、2名の落札者が競り合って邦貨換算30数億円という記録的な価格で落札された。ちなみにカタログに掲載される同一モデルのWGはザックリ3億円なので、とんでもないプレミア価格だ。ちなみに今年のオンリーウオッチとしてパテックが用意したのはコチラの伝説的デスククロック。落札予想価格はCHF400,000(123.61円換算で49,444,000円)なので、今回は天井知らずの競り合いにはなり難そうな?玄人向けの選択をしてきた感がある。
そんなことより此処しばらく110円台で動きの少なかったスイスフランに対してえらい円安が進んでいた事にビックリした。現コロナ禍で空前のヒートアップとなっているパテックを筆頭とした高級時計の人気状況と併せて価格改定が有るかもしれない。
閑話休題。オークション向けの特殊モデルを新製品と言えるかは別として、今年の新製品は6月のグランド・コンプリケーションのミニット・リピーター4点迄で終了かと思っていたら、まさかのクロノグラフ3点が先月発表された。さすがに年度末(2022年1月末)まで3ヶ月を切って、さらに今後の新製品発表は無いと思われる。6月の4点についてはあまりにも超絶系だったので記事にしなかった。今回も全て広い意味でのコスメティックチェンジ(既存モデルの派生バージョン)なのでパスしようかと思ったが、1点だけ予想を遥かに上回るお問い合わせを頂いたステンレスモデルについて遅ればせながら雑談風に印象を述べたい。
年次カレンダー搭載フライバック・クロノグラフRef5905の初出は2015年だが、2006年に発表されたRef.5960Pのマイナーチェンジを受けた後継機なので、個人的にはもう15年もたったのかという時の流れを感じざるを得ない。特に2014年から2018年迄の短期間に生産された5960/1Aが、最高にプレシャスな素材であるプラチナからパテックのコンプリケーションカテゴリ―では、滅多にラインナップされないステンレスへと驚愕の素材変更コスメチェンジモデルとして印象的で、今回は後釜SSモデルがトレンドカラーの緑を纏ってデジャブの様に再来してきた。これがファーストインプレッションである。
今年のグリーントレンドはチョッとどうしたの?と言うぐらいブランドを問わず多作である。先日、2年ぶりぐらいに大阪市内に買い物に行ったが、アパレルもカーキのオンパレードだった。これは果たしてコロナ禍癒しのヒーリンググリーンなのか。はたまたパンデミックと戦うミリタリーグリーンなのか。当店のイメージカラーもグリーンなのだが、個人的には少しゲップが込み上げてくるホウレン草を食べ過ぎたポパイの心境だ。今回紹介モデルの緑の色目について、良し悪しや好き嫌いの判断はモニターチェックのみなので実機待ちとする。
で、ここから辛口も混ざった個人評価となる。時計そのものはスッキリと言う意味では5905でも良いのだが、スチール素材が持つスポーティーな質感をより際立たせるならパワーリザーブとクロノグラフに同軸12時間計が加わった2針表示を持つ5961の顔で5960/1200A(/1Aは後述のブレス違い理由で使用不可っぽいので)なんぞと言うリファレンスにした方が個人的にはストンと言う感じだ。5905顔はSSにはチョッとエレガントなんですよ。そしてブレスレットが全く同じでは無いのだろうけれど、どう見てもアクアノートのブレスにしか見えない。以前の5960/1A系は5連ブレスで現行モデルではRef.5270/1Rや5204/1Rに採用されているタイプだった。これら一連の5連ブレス(仕様は微妙に異なっている)は、今回の3連中駒サテン仕上げのスポーティーなアクアノートタイプより、5連フルポリッシュ仕上げと言う点でもずっとエレガントだ。何が言いたいのかと言うと、ステンレスで敢えて5905にするならエレガントに優る5連ポリッシュブレスレットが良かったと思う。でもベストチョイスは5961の顔でオリーブグリーンカラーに3連のアクアノートタイプブレスレットならグッと締まった戦闘的な面構えのステンレスモデルになったのではないかと思う。
しかしである。そんな事はおかまいなしに"鉄"の人気は想像以上で、公式HP発表の1時間後に顧客から最初のお問い合わせ電話が入り、閉店までに追加でお二人、翌日は4人様、そしてその後もTo be continued・・・
今現在パテックとロレックスが共に異常人気である。2次マーケットで見る価格もうなぎのぼりであり尋常では無い。コロナ禍が原因でごく一部の高級な時計と車に、裕福層の行き場を失った手元資金が集中している為だと思われる。それらに共通するのは物として楽しめて、いつになっても資産価値が減らないという安心感だろう。これは勿論"転売ヤー"と呼ばれる人達を論外として、"ロイヤルカスタマー"が保有目的でコレクションする際の普通の心理だと思う。
だが突出している2ブランドには様々な共通点もあるが、決定的に大きな違いがある。それはラインナップの素材構成比率とそれに起因する生産数量が大きく異なっている事だ。ロレックスは年間生産数を公表していないが70万~100万本と世間では推測されている。そしてステンレスの構成比が圧倒的多数で、私見ながら半分以上ではないかと思っている。参考の為、久々にロレックス公式HPを覗いて、ゴールドコレクションの数を見たが28ページもあって凄いリファレンス数で数えるのをあきらめた。SSは一体どうなっているのだろう。5年程前まで当店でもロレックスを販売していたが、物凄くラインナップが膨らんでいる様で驚いた。ロレックスの平均単価が決して安いとは言わないがステンレス主体なので、18金が主体で年産10万本以下のパテックと較べて生産数で稼ぐ必要がある。勿論年商はロレックスが多いのだろうが、この本数を製造し続ければいずれは市場に溢れてくる可能性を感じる。実際、2000年頃と較べて市中での着用者を目にする事が非常に多くなった。
実用時計の王者ロレックスの複雑時計はスカイドゥエラーに搭載される年次カレンダー迄であり、一番人気はデイトナに積まれている自動巻クロノグラフだろう。シンプルな3針カレンダーを始めどのムーブメントも非常に耐久性が高く信頼もおけるが、製造個数が多い為にバリエーションを増やすのが難しく、特に手作業が必須となる超複雑機能時計の製造は困難だろう。パテックは真逆の理由で年産数を大きく増やせない。もし仮にステンレスモデル比率を増やせばゴールドに積むムーブメントが減って、年商に影響が出る事態になりかねない。これが超人気のノーチラスとアクアノートのSSモデルが、需要を大きく下回ってしか供給されない理由なのだろう。
ところで何となくこの新作時計の製造はあまり長くないような気がする。理由はダイアルカラーの特殊性で、例えば赤や黄色の文字盤はブライトリングなど他ブランドで過去に採用実績があるが売れ筋になって長らく継続するという事が無い。緑も数年前から幾つかのブランドで前のめりトレンドとして市場投入されてはいるが絶好調とは言い難い。個人的には定番化する色目では無く、刺し色感の側面が強い様に思う。その意味に於いて今すぐゲットして腕に巻くべき旬のモデルなのだろう。
Ref.5905/1A-001 年次カレンダー搭載フライバック・クロノグラフ
ケース径:42mm ケース厚:14.13mm ラグ×美錠幅:22×16mm
防水:3気圧
ケースバリエーション:SS
文字盤:オリーブグリーン・ソレイユ ゴールド植字バーインデックス
ブレスレット:ステンレススチール仕様 両観音フォールドオーバークラスプ
搭載されるキャリバーCal.CH 28-520は、それまで頑なに手巻きの水平クラッチに拘っていたパテックのクロノグラフ史を2006年に塗り替えたエポックメイキングなエンジンである。前年発表の完全自社クロノキャリバーCal.CHR 27-525は確かに最初の100%自社製造ではあったが、それまでの伝統的製造手法でコツコツと工房で少量生産される手作り的エンジンであり、搭載されるタイムピースも商品というより作品と呼ばれるのがふさわしいユニークピースばかりだ。対してCal.CH 28-520は、"シリーズ生産"と呼ばれる或る程度の工場量産をにらんだ商業的エンジンであり、パテック フィリップが新しいクロノグラフの歴史を刻み込むために満を持して誕生させた自信作だ。
パテックの自社クロノキャリバー3兄弟の価格は、その搭載機能や構成部品点数に比例せず、どれだけの手仕事が盛り込まれているかで決定される。金銭感覚抜群で働き者の次男CH 28-520 C(自動巻、垂直クラッチ、フライバック、部品点数327点)、次がクラシックだけどハイカラな3男坊のCH 29-535 PS(手巻き、水平クラッチ、部品点数269点)、そして金に糸目をつけない道楽な長男CHR 27-525 PS(手巻き、水平クラッチ、ラトラパンテ、部品点数252点)の順にお勘定は大変な事になってゆく。

上記画像でローターで隠された部分は3枚の受けがあるが、この部分はどの派生キャリバーもほぼ変化が無い。それに対してテンプ左のPPシールの有る受け、さらに左の複雑なレバー類がレイアウトされた空間は派生キャリバー毎にけっこう異なる。必要なミッションに応じて搭載モジュールがダイアル側で単純にチェンジされるだけでなく裏蓋側の基幹ムーブメントへもアレコレと手が入れられている。
Caliber CH 28-520 QA 24H:年次カレンダー機構付きコラムホイール搭載フルローター自動巻フライバック・クロノグラフムーブメント
直径:33mm 厚み:7.68mm 部品点数:402個 石数:37個 受け:14枚
パワーリザーブ:最低45時間-最長55時間(クロノグラフ作動時とも)
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動
ローター:21金ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)
文責:乾
画像提供:パテック フィリップ
追記
リハビリを兼ねて?のPC操作なのでとにかく時間が掛かる。本稿も10月下旬から書き始めて推敲などしている内に公開が、11月も中旬となってしまった。そして公開前にONLY WATCHの落札結果記事を見つけてしまった。今年は最高落札をわざと外しにいったな、と思っていたパテック。でもやっぱり・・見事に裏切ってくれました。なんと落札予想額の19倍の950万スイスフラン(約11億7725万円、1スイスフラン=123.79円、2021年11月9日レート)、他ブランドも軒並み凄まじい落札のオンパレードだった。此処でも時計バブルは顕著なようだ。
パテックの何が売りたいって?聞かれれば、"永久カレンダー搭載手巻クロノグラフ"と"ミニット・リピーター"が個人的には一・二番だ。天文時計の"セレスティアル"や"スカイムーン・トゥールビヨン"も凄い時計なのだけれど愛用する年次カレンダーの月齢さえもテキトーにしか付き合っていないし、昨年末の"ふたご座流星群"や"土星と木星の大接近"も睡魔と寒さにあっさりスルー。天文系は奥が深すぎて入口の扉のノブにさえ手が掛けられない。
レア・ハンドクラフト群も勿論パテックの顔ではあるが美術・工芸品の趣が強いし、意匠毎の好き嫌いも各人各様あり過ぎる。時計道なる主流とは別の道を歩んでいる偉大過ぎる傍流だと思っている。
主流にはさらに、超絶コレクションのグランドマスター・チャイムやトゥールビヨンとミニットの合わせ技や、クロノグラフと永久カレンダーとミニットなんて組み合わせも或るわけだが、過去のアーカイブの分厚さで冒頭の二つが同ブランドの金字塔だと思っている。さらに言えば2015年6月の当店パテックコーナー開設以来、まだ販売が叶っていないながら、近未来的に商売が出来そうな可能性が有りそうなのもこれらであって、さらなる超絶系は販売出来るという予感が今現在は湧きそうにもない。
ところがこの両者にも格の違いがあって、永久カレンダー搭載クロノグラフには定価設定が有って販売用の店頭在庫品としてごく稀にご覧頂ける事もある。それに対してミニット・リピーターは時価の扱いで、厚みのある既存パテックコレクターからの発注をスイスのパテック社が審査し、ほぼ受注生産にて納品されるので店頭に売り物が並ぶ事は無い。ゆえに実機編記事は当店がミニットを受注・納品しなければ書きようが無い。今般機会を得て前者の実機編を綴るチャンスがやってきた。2020年は新型コロナ禍に明け暮れたぶっそうな年だったが、新年早々お年玉よろしく願ってもない幸運がやってきた。

パテック社が永久カレンダー搭載クロノグラフを最初に発売したのが、スターン兄弟時代である1941年発表のRef.1518で、ムーブメントはバルジュー社製エボーシュを当時パテック社と強固な関係にあったヴィクトラン・ピゲ社が徹底的にチューニングしたもので、そのケース径は35mmしかなかった。現役の5270用自社ムーブメント径が32mmなので機械内部のパーツ密度は当時の方が高かった可能性がある。閏年や昼夜表示が当時は無かった事を差し引いても凄い技術力があったのだろう。現代と較べて工作機械や設備がかなり劣っていた環境で人的な技は上回っていたのかもしれない。
1518の総生産数は281個とされていて、1944年製のSSモデルが11,002,000スイスフランという腕時計落札の世界記録を2016年11月に達成している。このSSモデルは確認されている個体がたったの4個しかない稀少性が当時の日本円(同年平均レート110.39円)にして12億1450万円(ホンマかいな!)というとてつもない高額レコードを生み出したのだ。

さてさて超人気モデルのノーチラスSS3針5711/1Aは今現在でこそとんでもないプレミア価格が2次マーケットで闊歩しているが、1リファレンス最大年産数1,000本以下というパテック社の社内ルールから推し量って、2006年デビューから14年間で恐らく1万本以上は生産されていると想像すれば、将来のアンティークとしての市場価値は非常に疑わしい気がする。個人的には生産数が限られるプラチナ製の今回の紹介モデル系統を購入したいが、先立つものが無いのと、同じベースキャリバー搭載でプラチナケース製の"素"の手巻クロノグラフを清水の舞台やら、東大寺二月堂などから10回ぐらい飛び降りて愛機にした経緯が有るので、多少持ち重なるという言い訳にて無理やり封印・納得する次第。
皆さん!子供・孫の為なら絶対コッチですよ。そしてゲットしたら一日も早い生産中止を祈る事です。愛機のプラチナクロノRef.5170Pはたった2年でディスコン、あぁ万歳!
閑話休題、アンリ・スターン時代初期の1951年にモデルチェンジしたRef.2499が同じくバルジュー製ムーブメントでリリースされた。生産数は349個。ケース径は37.5mmで、有名な落札記録は1987年製プラチナ素材の現存2点もので、長らくギタリストのエリック・クラプトン氏が愛用していた個体で2012年11月に3,443,000スイスフラン(同年平均レート85円で2億9265万円程)で高額落札されている。尚、残る1点はジュネーブのパテック フィリップ・ミュージアムに所蔵されている。
現名誉会長フィリップ・スターン時代の1986年にはRef.3970がヌーヴェル・レマニア製ムーブメント CH 27-70 Qを搭載してケース径36mmで発表された。2004年迄製造されたが、生産数等の公表はされていない様だ。
2004年にはティエリー・スターンのマネジメントで後継機Ref.5970がムーブメント継続で発表された。ケース径は時代を映して少し大ぶりな40mmとされた。ティエリーが社長就任した2009年にはレマニア社からのムーブメント供給問題もあって同モデルは5年というやや短命で生産中止となった。

2011年クロノグラフムーブメントの完全自社開発生産プロジェクトの総仕上げとして自社クロノグラフムーブメント第3段の手巻CH 29-535 PS Q搭載のRef.5270がケース径41mmWG素材で発表され現在に至っている。
スイス機械式時計の暗黒時代(1960年頃~1990年頃あくまで自説・・)にあっても生産数量を絞りながらもパテック社は永久カレンダー搭載クロノグラフというグランド・コンプリケーションを作り続けた。ところがミニット・リピーターやワールドタイム、トラベルタイム等の現行ラインの人気シリーズの生産記録がこの期間には殆ど見当たらない。個人的には細々ではあっても途切れずに生産が継続されつづけた事が、パテックにおける永久カレンダー搭載クロノグラフの位置付けを別格なものにしていると思っている。やっぱり、ほっ!欲しい!
2499はケースデザインや文字盤によって世代交代が有り、前述の1518と併せて両方で僅か630個しかない個体群に蘊蓄や夢やロマンなどが詰まった一大世界がある様だ。パテック フィリップ・マガジンの人気ページであるオークションニュースで出場回数が最も多いのがこの2モデルでは無いだろうか。たぶん一番追いかけられているアンティークパテックである様に思える。最初はこの両モデルについて詳細に調べ上げて書き連ねようと思ったが、アンティークやヴィンテージは門外漢なので上記の様な世俗的で気になるトピックスのみをご紹介し、以下は実機を子細に見てゆきたい。尚、永久カレンダー搭載クロノグラフの参考資料(2499以降)としてWeb Chronosの記事が面白い。

好きな時計の撮影は何故か上手く撮れると言うジンクスは時として崩れる。実機からはオーラの様な凄みが放たれているが画像には全くそれが写し込めていない。特に文字盤カラーのヴィンテージローズっぽい色目がどうにも写ってくれない。現物はもっと発色があってオレンジとサーモンピンクの中間の様な絶妙な色目。因みにPPの公式カタログではダイアルカラーをゴールデン・オパーリンとしているが個人的にはけっこう違和感が有る。その他にも後述するが現物と違うのではないか、と思わせる色絡みの記述が少し有って、ひょっとして撮影した実機が微妙な仕様変更を受けているのかと疑ってしまった。尚、5270のデビュー当時2011年頃のダイアル外周部は外から秒インデックス、分インデックスの2重レール表示サークルだったが、現在は画像の様に秒と分サークルの間にタキメーターが入って3重のサークルとなっている。その為6時位置の日付表示サークルの視認性を確保するために分サークルとタキメーターサークルの一部が削られ、3時から9時までの植字インデックスも非常に小型化された結果、独特の進化を遂げた顔になった。また閏年と昼夜の表示をそれぞれ独立した窓表示とし視認性を向上させているが、これについては後程ムーブメントと絡めて説明したい。

18金WG製の針と植字のインデックスは、ひとつ前の文字盤全体画像では全てマット調の黒仕立て・・に見える。とこらが直上画像では針に関しては全てがシルバーカラーの鏡面仕上げの様にも見える。公式カタログには確かに針表記としてBlackened leaf-shaped in white goldとあるのでPPJに確認をしたが、全針がブラック処理でありカタログ記載通りの仕様だった。実機を今一度見直したが、見れば見る程まるで白黒判然とせぬミステリアスで magic handとでも呼びたくなってしまった。また4・5時のピラミッド状の極小インデックスの左側面はシルバーっぽく見えるがこれも照明の反射によるものだ。この豆粒の様な小さいブラックインデックスはサイズ的には視認性が悪いが、ゴールデン・オパーリンの独特な文字盤カラーには非常に映えている。

今回の撮像で一番ましなカットが上の一枚。伝統の逆ぞり(コンケーブ)ベゼルは初代の1518でも採用されている個体があり、2499ではお約束になっていたデザイン。段付きのラグも2499からの流れ。肩パッドの様なウイングレットラグはティエリー監修の5970からの採用。今回の撮影で初めて気づいたのがケースサイドの凸状の段仕様だ。四ヶ所のラグで分断されるがケース全周に渡って施されている。過去どのモデルからの意匠なのか知りたかったが、適当な参考画像が無く不明である。しかしいづれの特徴的意匠もパテックの永久カレンダー搭載クロノグラフのアイコン的デザインであり、ダイヤルの表現が仮に酷似していても他ブランドと見間違う事は無いだろう。

段付きケースサイドの6時側にはプラチナ製パテックの証である一粒ダイアモンドが埋め込まれている。他モデルに比べて少し大ぶりな気がするが多分気のせいだろう。左側のおへそはムーンフェイズ調整用ボタン。

背中姿の写りもショボいナァ。ほぼ全身が鏡面仕上げの中でクロノグラフのプッシュボタンの下面(上面も)のサテンフィニッシュが実に良いアクセントなのだが残念な画像からは伝わって来ません。
パテックはクロノグラフ・ムーブメントの自社化に際して、古典的なキャリングアーム(手巻と相性の良い水平クラッチ方式)の芸術的ともいえる見た目の美しさはそのままに数々の工夫を凝らして非常に進化した中身の濃いムーブメントを設計した。例を挙げるとスケルトン面の左半ばにある黒く円盤状のパテックのクロノグラフに特徴的なコラムホイールシャポー(帽子)の偏芯化。またクロノグラフ関連歯車の形状を一般的な三角歯からウルフティース(狼歯)と呼ばれるより噛み合いの良い形状にしたり、その歯数を増やして針飛びの影響を低減させている。また一般的な永久カレンダー機構では、うるう年の2月29日表示の為に4年で一周する48ヶ月カムが組込まれているが、この自社キャリバーでは1年で一周する12ヶ月カムにうるう年調整用の突起を設ける事で2月29日を表示している。
そんなこんな各種新設計がダイアル下部にスペースを生み出し、自社ムーブ以前のモデルでは3時と9時のインダイアルに同軸の針表示としていた閏年表示と24時間表示を4時半と7時半に独立した小窓表示にして、視認性を格段に向上させている。尚、窓表示化によって24時間表示は2色(白と紺)の昼夜表示に変更されている。

カレンダー調整用のファンクション・ペンシルの金属部分はPTでは無くWG製。パテックのグランド・コンプリケーションカテゴリーに属す裏スケルトンモデル全て付属するソリッドなノーマルケース・バックは5270Pでは25グラム。ところで25グラムは、昨今のプラチナ地金買取価格は1グラム3,700円前後なので9万円強となる。ちなみに金は6,800円前後なので「なぜプラチナ製時計の方が高いのだ?」と言う疑問が湧く。ところで水は1㎤で1g、24金なら19.32g、プラチナ21.45g、銀10.5g、銅8.5g。この比重だけを較べると同じ体積の時計ケースの原材料費としては金の方が高くなりそうだが、時計の素材としての金は18金なので25%は銅や銀等の低比重の金属が混ざっていて、その比重は15~16g(合金比率で変化する)とされている。残念ながら18金の価格と言うのが良く解らないので乱暴だが6,800×75%=5,100円とし、18金の比重を仮に15.5gとすれば、プラチナは比重比で21.45÷15.5=約1.38倍、価格比では逆に3700÷5100=約0.73倍となる。両者を掛けて1.38×0.73=約1.0となるが実際には25%の銀や銅等の素材代が加わるのでプラチナケースの原材料代は少し18金よりは安価に思われる。ではなぜプラチナ時計は同モデル18金素材よりも高いのか。咋秋に発表された5270の18金YGモデルと較べて本作は約17%弱高額だ。これには両者の加工の難易度が大きく影響していると思われる。18金は非常に扱いが容易だが、プラチナは叩く(鍛造)、切る(切削)、磨く(研磨・仕上げ)と何をするのもやり辛くコストがかかる素材だ。
ところで思いついて手元の2000年のカタログで当時の永久カレンダー搭載クロノグラフRef.3970の両素材の価格比較をするとプラチナが約14%高額だった。そして当時の年平均プラチナ相場はグラムあたり1,963円。純金はたったの1,014円。前述の乱暴な18金換算で75%掛けなら760円。プラチナは約2.6倍もしていた事になる。つじつまが合わない話だ。これでは3970時代は圧倒的にプラチナがお得だった事になってしまう。いやはや困った事になってしまった。迷宮に入り込んで頭を抱えているのは「おまえだけだ!」という話かもしれないが・・
そこで5270Pの総重量を計ってみた。ソリッドの裏蓋も含めて153g。この中にはムーブメントやストラップ、上下のサファイアクリスタル等のケースとバックル以外の重量も含まれるので実際の素材の重さはもっと少ないはずだ。そもそも3970と5270の重さが違う。それらの誤差や様々な無茶を承知で両者を無理やり比較してみた。
繰り返しになるが、上図は相当に無理があると断ったうえで細かい金額はともかく四捨五入して2千万円クラスの超複雑腕時計の原材料費は、時代による相場変動が有ろうが上代の5%未満かもという事だ。ちなみに表の右端Rhは通常プラチナ製時計やジュエリーの表面にメッキされる白色金属のロジウムの価格。従来はWG製品にもメッキされる事が常であったが、昨今はメッキ無しで良好な白色にWGを仕上げるブランドが増えて来た。ちなみにパテックも大半のWGモデルでロジウムメッキを現在は施していない。このロジウム元々高価な金属だが最近高騰が著しい。非常に産出量が少なく、殆どが車両エンジンの排ガス処理の触媒として利用されている様だ。
実に乱暴な原材料費の分析だが、他素材に較べてプラチナモデルは生産数がかなり少なく、素材特性上の加工費が想像以上なのだろう。高騰するロジウムをメッキする手間も費用もかかるし、小粒ながら6時位置のケースサイドにはダイアも埋め込まねばならぬし・・
少しプラチナウォッチの値付け解析が長くなり、無理やり納得した部分も有るがともかく昔も今も貴重で高価な"パンドラの箱!"という事にしておこう。

ケース厚は12.4mm。ベースキャリバー CH 29-535 PSの5.35mmに僅か1.65mmしかない永久カレンダー・モジュールを乗せてムーブ厚合計は7mmに仕上がっている。さてこのサイズ感は他ブランドと比較してどうだろうか。

手巻かつ現行モデルに限って探してみたが、上記以外オーデマピゲやブレゲ等にもありそうだったが見当たらなかった。サイズ的には各ブランドよく似たものだがムーブ径はヴァシュロンに譲るが、その他はパテックが微妙に優っている。ランゲにはパワーリザーブが搭載されるが、24時間表示ないし昼夜表示はパテックしか採用していない。尚、画像も含め検索結果ではほぼパテックの独壇場で、このジャンルに於いての王者の位置付けは盤石である。

プラチナ製のフォールドオーバークラスプ。カラトラバ十字部分を押さえて装着するが、真上からまっすぐ下に押すのではなく若干斜め(画像では右から左側の方向)に押すのが正解。敢えてまっすぐにしていないのは、カラトラバ十字のロウ付け部4ヶ所が真上からの圧力での抜け落ちる事を予防する為である。尚、斜め度合いにはかなり個体差が有る。同形式のクラスプをご愛用のオーナー様はご参考頂ければ幸いである。
手巻永久カレンダー搭載クロノグラフは1941年のシリーズ生産初代から様々な素材で生産されているが、18金の王道であるイエローゴールドが当然主流であった。5270に於いてはWG、RG、PTの順で発表され主流YGを欠いていたが昨2020年秋に待望のYG素材モデルが追加されたのは喜ばしいニュースだ。
Ref.5270P-001
ケース径:41mm ケース厚:12.4mm ラグ×美錠幅:21×16mm
防水:3気圧
ケースバリエーション:PT、RG、YG
文字盤:ゴールデン・オパーリン ブラック仕上げ18金WG植字アラビアインデックス
裏蓋: サファイヤクリスタル・バック(工場出荷時)と通常のソリッド・ケースバックが付属
針:ブラック仕上げの18金WG時分針
ストラップ:シャイニ―(艶有)・チョコレートブラウン手縫い・アリゲーター
バックル:PTフォールデイング(Fold-over-clasp)
価格:お問い合わせください
Caliber CH 29-535 PS Q:手巻永久カレンダー搭載クロノグラフ
直径:32mm 厚み:7mm 部品点数:456個 石数:33個
パワーリザーブ:最大65時間(クロノグラフ非作動時)最小55時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:ブレゲ巻上ヒゲ
振動数:28,800振動
※古典的なブレゲ巻上げ髭ゼンマイは、現代パテックでは採用が非常に少なく稀少な仕様。単なるノスタルジックかもしれないが、何となく保有する楽しみが有る様な・・ターボじゃなくてキャブレター仕様の自然吸気と言えば良いのか。
PATEK PHILIPPE INTERNATONAL MAGAZINE Vol.Ⅱ No.05 Vol.Ⅲ No.8 Vol.Ⅳ No.03,05
COLLECTING PATEK PHILIPPE WRIST WATCHES Vol.Ⅱ(Osvaldo Patrizzi他)
文責、撮影:乾 画像修正:藤本
例年、今時分は湿気と暑さで閉口するのだけれど、今年は網戸越しの心地良い涼風で、寝心地が良い日々が続く奈良。ついつい寝すごして早朝トレーニングをサボってしまうのが、頭の痛いところだ。
記録的に梅雨入りが遅れていた西日本。先日出張した愛媛では、主要河川が既に干上がって十数年ぶりの水不足が心配されている。本格的な給水制限が始まると、街にゴーストタウンの時間帯がやってきて商売どころでは無くなってしまう。自然の気まぐれもお国が変われば、悲喜こもごもである。
さて、少し前に取り上げたストラップ仕様のノーチラスのクロノグラフには同じローズゴールド素材でメタルブレスレット仕様も用意されている。どちらも入荷数が非常に少ないので目にする機会に中々恵まれない。一番大きな違いは勿論ストラップとブレスレットながら、文字盤のベースカラーと6時側のクロノグラフ積算計のインダイアルの色使いと60分積算針が赤では無く12時間積算針と同色の白系となる。
文字盤ベースカラーは、カタログや公式HPカタログでは両者で異なる。ストラップ仕様がブラック・ブラウン、ブレス仕様はブラック・グラデ―ションとなっていて印刷でもモニターでも黒っぽく表現されている。ところが入荷時のブレス仕様の現物は結構ブラウン系の色目に見える。バキュームパックから出して剥き出しにすればダークグレーっぽく見えてくる。両者を並べて見比べる事はまず不可能なので記憶だよりになるが、個人的には少し似た色目に思える。フランジ(文字盤廻りの土手部分)に結構な高さが有って、ローズゴールドの赤目の色味がダイアルに写り込んで茶系統の色目に錯覚させられている可能性がある。
ちなみにプチコンのRGストラップ仕様5712Rもブラック・ブラウンでクロノのストラップと同色である。でも同じブラウン系でもRG3針ブレスモデル5711/1Rはブラウン・ブラック・グラデーションで違う色目となる。
いづれにせよメンズ・ノーチラスの横ボーダーの濃色ダイアルはややこしくて、怪しくて、不可思議でミステリアス。皆さんコイツにノックアウトされてしまう。いつの日かベゼルダイア仕様のプチコン5724Rも含め、夢の競演ノーチラスRG5兄弟全員集合!で胸のつかえを落としてみたいものだ。

※画像にすると結構グレーに写り、ストラップモデルとの文字盤カラーの違いに気づかされる。
積算計廻りの色使いの違いは好みが別れるが、個人的には同色でまとめられたブレス仕様により高級感を感じる。このクロノグラフモデルの草分けは2006年秋のノーチラス発売30周年で発表された5980/1A-001に遡る。その際に採用された積算計インダイアルの色遣いがスポーティーな2色コンビネーション。2010年にはローズゴールド仕様の現行5980Rのストラップモデルがデビュー。初めて同色のインダイアルが採用されたのは2012年に追加されたステンレス素材のシルバー・ホワイト文字盤5980/1A-019からだ。2013年にはSSとRGコンビネーション5980/1ARとRGブレスタイプの5980/1Rが同色インダイアルで発表され現行ラインナップとなっている。

搭載されるベースキャリバーCH 28-520系を積むノーチラス以外のモデル(例:5960等、全て59始まり)に関しても2011~2012年頃から積算計インダイアルのモノトーンへの移行がなされている。どうやらその時期を境にパテックの自動巻クロノグラフの顔は第一世代と第二世代に分けられそうだ。
ところで、この時計は相当に重い。手元の量りでは254g。これは大人気のSS3針5711/1Aの123gの約2倍である。これまで触れてきたパテックの時計の中では二番目の重さだ。一番は40周年記念限定のWGクロノグラフノーチラス5976/1Gで312gの超ヘビー級だった。一般的な現行コレクションに於いて、5980/1Rが最も重いモデルと思われる。
そしてお値段も結構ヘビー級なのだが、此処のところ人気上昇中で購入希望登録は増えつつある。

ケースの厚みは12.2mm。ピン穴が見えているバックル周辺のサイズ調整用駒部分の厚みはメンズ・ノーチラス全てが共通(ピン仕様の場合)で非常に薄い。ケース厚さ8mm台の3針モデル5711やプチコン5712の場合は、同じ薄さの駒が時計部分まで連続している。しかしご覧のように複雑機能を搭載する厚めのモデルでは徐々に駒が厚くなって、ラグ厚と調和するようになっている。
ステンレスの5711/1A等は上の画像の状態にセットしても自立するが、トップが重すぎる5980/1Rは左右どちらかに倒れ込んでしまうので撮影時には少し工夫をして画像にはかなり加工を加えてある。お暇な方は違和感をヒントに間違い探しをお楽しみください。

18金RG素材の色目は結構赤く見える。21金のセンターローターとの違いがはっきり出ている。正面と側面の画像ではそこまで赤味を感じない。恐らく光の当たり方に加えて、異なるポリッシング手法によって仕上げられた表面状態の違いも大きく影響しているのだろう。実際ノーチラスのポリッシングの多様性は凄い。
シリーズ発売40周年の2016年秋に刊行されたパテック フィリップ インターナショナルマガジン VOL.Ⅳ 2の記事では聞きなれない手法、サティナージュ、ポリサージュ、シュタージュ、アングラージュ、アヴィヴァージュ、サブラージュ、フートラ―ジュ、エムリサージュ、ラヴァージュ、ラピタージュ等の記載がある。全部フランス語だろうけれど、最初の2つがサテン仕上、ポリッシュ仕上ぐらいしか見当もつかないが、ノーチラスの魅力的なナイスバディの完成には飛んでもない手間暇と情熱が注がれているのは間違いなさそうだ。
Ref.5980/1R-001
ケース径:40.5mm(10時ー4時方向)
ケース厚:12.2mm 防水:12気圧 ねじ込み式リュウズ
ケースバリエーション:RGのみ 他にRGストラップ、SS/RGブレス仕様有
文字盤:ブラック・グラデーション、蓄光塗料付ゴールド植字インデックス
価格:お問い合わせください
Caliber CH 28-520 C/522 フルローター自動巻フライバック・クロノグラフムーブメント コラムホイール、垂直クラッチ採用
直径:30mm 厚み:6.63mm(ベースキャリバー5.2mm、カレンダーモジュール1.43mm)
部品点数:327個 石数:35個
パワーリザーブ:最低45時間-最長55時間(クロノグラフ作動時とも)
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動
ローター:21金ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)
文責、撮影:乾

この時計のレア感が個人的には凄い。当店の歴史は20年弱あるが、パテック フィリップを取り扱ってはほぼ4年。その間にこのリファレンスが入ってきた実績が殆ど無い。共通のエンジンCH 28-520系のノーチラスとしては3年前のノーチラス発売40周年記念限定モデルのRef.5976/1Gと定番ラインナップのトラベルタイム・クロノグラフのRef.5990/1Aがある。前者は僅か2本の入荷で勿論顧客様の予約販売、後者も片手ほどに過ぎないし、最近は客注でしか入ってこない感じだ。
搭載キャリバーのCH 28-520系は2006年にクロノグラフムーブメントの自社設計開発製造計画(いわゆるマニュファクチュール化)の第2弾として発表された。その当時各ブランドが自社クロノグラフムーブメントに競って採用した垂直クラッチを備え、リセットとリスタートを容易に行えるフライバック機能が盛り込まれた超が付くアバンギャルドなキャリバーの誕生だった。
初搭載モデルは2006年1月発表の年次カレンダーモジュールを組み込んだプラチナ製の年次カレンダー搭載クロノグラフRef.5960P。同年10月にはノーチラス発売30周年を記念してフルモデルチェンジした新生ノーチラスシリーズの一つがステンレスケースを纏ったRef.5980/1Aだった。いづれもが爆発的人気のスタートを切り、様々なダイアルチェンジや素材追加をしながらロングセラーモデルとして現行ラインナップにしっかり踏みとどまっている。
現在ノーチラスシリーズ以外で同系列のエンジンを積むのは、年次カレンダー搭載フライバック・クロノグラフRef.5960及びその派生モデルと言えるRef.5905と、ワールドタイムをモジュールで組み込んだRef.5930、昨年度の話題作アクアノート・クロノグラフRef.5968の4品番になる。今回気づいたが全品番が例外なく59で始まっている。
他の手巻クロノグラフキャリバー2種と異なり、この現代的設計の自動巻クロノグラフエンジンは、いわゆる"シリーズ生産"と呼ばれ、工場のラインである程度量産が可能なムーブメントとしてデビューした。それなりの数量が生産されていると思われるが、どの搭載モデルもそんなに入荷が良いわけではない。特にノーチラスに関しては、スポーティーな外見とクロノグラフ機能のマッチングが良いために人気が有りすぎるのか、お客様注文でないと入荷が見込めない状況が続いている。

天才時計デザイナー、チャールズ・ジェラルド・ジェンタによる防水性能を考え抜いたユニークなケース構造に加えて、表面仕上げの切りかえによる光と影の演出。優美でエレガントなポリッシュ仕上げ、武骨で粗野なサテン仕上げ。両者がダイナミックに絡むケースの造形には色気が漂い、多くのノーチラスファンを悩殺してきた。
先にも触れたように、この時計の初出はノーチラス発売30周年である2006年に遡る。現行のノーチラス各メンズモデルはこの時のフルモデルチェンジにより始まった5000番代の系譜となる。それまでの3000番代系でのコンプリケーション搭載モデルは、テストマーケティング的だと個人的に思っている2005年度一年限りで終わったプチコンRef.3712/1Aを除けば、30年間パワーリザーブしかなかった。大半の方が一本入手すれば満足できたノーチラスシリーズが、このフルモデルチェンジを境に最初のノーチラスを何にするのか。その次はプチコンなのか年次カレンダーなのか、その次はクロノグラフ系にするのか、はたまた永久カレンダー・・と選択枝が次から次へと増えて来た。
2006年以前の第一世代も需給バランスは崩れ気味で人気は高かったが、第二世代になってモデルバリエーション増加に伴い、シリーズ全体での生産個数も増えているはずなのに需給バランスの崩れは年々酷くなっている気がする。

ケースの厚さは12.2mmある(画像は上が裏蓋側)。ノーチラスは特殊なジェムセットタイプを除いて3針(8.3mm)、プチコン(8.52mm)、永久カレンダー(8.42mm)のケース厚8mm台の薄型グループと、11mm超の年次カレンダー(11.3mm)、クロノグラフ(12.2mm)、トラベルタイム・クロノグラフ(12.53mm)のグループとに個人的に分けている。
ジェンタが追求した着け心地の良さを実現するデザイン。すなわちケースとブレスの薄さと防水性・堅牢性の両立を手首で体感できるのは8mm台の薄型グループに軍配が上がる。他方は見るからにメカメカしく引き付けられる顔と存在感があるが、それと引き換えにする代償も或る。

12時側と6時側が非対称な両観音バックルの接写は、ため息が出るほどセクシーな絵になる。バックルへのエングレーブを有するモデルは少ないが殆どが"PATEK PHILIPPE"であり、シリーズ名を採用しているのはノーチラスだけだ。何だかとても依怙贔屓のように感じてしまうのだが・・
尚、画像中ほどの赤い半月形のものはキズ防止用の保護シールである。

付属品はこちら、ケースサイド8時位置辺りにある日付調整コレクター(プッシュボタン)の調整用ピンとノーチラス用コンポジットストラップとその収納ケース。ストラップの付け替えは、よほど腕に自慢の方以外は正規販売店にお持ち込みください。
Ref.5980R-001
ケース径:40.5mm(10時ー4時方向)
ケース厚:12.2mm 防水:12気圧
ケースバリエーション:RGのみ 他にRGブレス、SS/RGブレス仕様有
文字盤:ブラック・ブラウン、蓄光塗料付ゴールド植字インデックス
ストラップ:マット(艶無) ・ダークブラウン アリゲーター
価格:お問い合わせください
尚、このクロノグラフには主時計の秒針が無い。非常に優れた垂直クラッチ方式でクロノグラフ作動時に殆どトルクロスが無い為に、文字盤センターのクロノグラフ秒針を作動させ秒針と兼用する事が可能とされている。個人的には6時側のクロノグラフの30分と12時間の同軸積算計が連動するので少し引っ掛かりがある。
下のムーブメント画像撮影時に今まで気付かなかったパーツを見つけた。11時半頃のセンターとサファイアガラス外周部の真ん中辺りに特徴的な歯数の少ないウルフティース(狼歯車)状の車だ。手巻きクロノグラフムーブだとシンプルな丸形がお決まりのパテックお得意のコラムホイールカバー(通称"シャポー"と呼ばれている物)にしては変な形状。スタート・ストップのプッシャー操作時には、連動して動くのだが回転をしている様には見えない。確認してみたら、むき出し状態のコラムホイールとの事だった。前衛的なムーブメントに合わせて斬新な形状が採用にされたのかもしれない。
※6/3加筆、別個体のCH 28-520で再確認したところ普通に回転する様が見られた。やはり個体差が有るのだナァ。知る限りコラムホイール(ピラーホイールとも)は文字盤側にウルフトゥースが有って、その歯車に乗っかる形で裏蓋側にピラーが円状に立ち並び、ピラーとレバーの挙動を裏スケルトンから見る楽しみがある。このムーブメントではどうも天地が逆にセットされている様だ。

Caliber CH 28-520 C/552 フルローター自動巻フライバック・クロノグラフムーブメント コラムホイール、垂直クラッチ採用
直径:30mm 厚み:6.63mm(ベースキャリバー5.2mm、カレンダーモジュール1.43mm)
部品点数:327個 石数:35個
パワーリザーブ:最低45時間-最長55時間(クロノグラフ作動時とも)
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動
ローター:21金ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)
文責、撮影:乾
今年も残りわずか。一体いくつ記事が書けるのか?いつもは枯渇気味のネタが珍しくある。11月に客注品がまとめて入ってきたお陰で新製品で2本は書けるし、些末な事ながら自身の5396R年次カレンダーのストラップ&バックル交換という小ネタもある。無いのは気力と時間。手つかずの年賀状も気が重いけどお歳暮は済ませた事だし、まあやれるとこまでやりますか。
今年は新作が寡作でメンズ8型、レディス3型。そのメンズもゴールデンイリプスのプラチナはたった100本限定の激レアだったのでレギュラー的なニューモデルはわずか7型しかなかった。ところがどっこい、寡作にして珠玉品度合いが高くその密度は大層に濃厚であった。特にノーチラス初の永久カレンダーとアクアノート初のクロノグラフには本当に多くの方からお声を掛けていただいた。
このうちノーチラス永久は相当に入荷状況が悪いらしく既に日本入荷の実績はあるもののコンスタントとは言えないらしい。今期末の来年1月末が迫る中、かなりのバックオーダーを残しつつもスイスパテック社から次年度への明確なキャリーオーバー(持ち越し)宣言は未だ無いとの事なので、ここは残り僅かの日々を気短に待つしかない。
と言う訳で、今回ご紹介は先に入荷してきた人気のニューモデル5968A-001アクアノート ジャンボ フライバッククロノグラフ。

サイズは大きく通称"JUMBO"と言われるジャンボサイズの42.2mmである。これは昨年発表されて話題の人気モデルRef.5168G-001と同サイズなのだが、各ブランドのケース径拡大化戦略によって、今日ではメンズの普通サイズである。逆に言えば従来のアクアノートレギュラーサイズ40.8mmがスポーツラグジュアリーウオッチのジャンルにおいてはやや小ぶりと捉えたほうがコンテンポラリーな認識と言えよう。
男女関係同様に顔の好き嫌いはしっかりあるフェイスだろう。いわゆる灰汁のの強い顔立ちで「一目惚れ系」のご尊顔(おっと!殺しちゃいけない・・けど、悩殺される色気が漂うのだナァ~)ダークグレーにフラッシュオレンジの差し色は、漆黒のチャイナドレスのスリットからチラリと覗くセクシーダイナマイト(古っ!)な怪しい蝋蜜の太腿のようである。まだトロピカルラバーが出荷設定の黒はチラリズムの世界に収まっているが、付属のオレンジはいけない。危ない。やばい。やりすぎやでお嬢ちゃん!ナイスバディのくびれ全開のビキニ状態やん。

今回お買い上げのお客様のご希望でオレンジストラップにチェンジして納品をさせて頂いたが、このストラップチェンジはバネ棒位置が結構深めで、それなりの工具と経験が必要である。全国の正規販売店にはパテック社からは必要工具セット(多分自費購入すれば数十万円はしそう)が貸与されているのだが、不思議なことにこの作業用の工具が含まれていない。当店ではブライトリングから購入した専用工具(ベルジョン製でブランド名入り)で対応した。お客様の撮影許可も頂けたので黒とオレンジ両色での撮像が可能となった。
このモデルはパテックには珍しく個性がバリバリに強く押し出されている。好き嫌いがはっきり別れる時計であろう。でも、惚れた人にはたまらんのやろなァ~

尚、スペアストラップ入れは従来通りのものが付属されている。
バックルは新型である。従来はS字というかZ字状のスタイルであったが左右対称のカラトラバ十字がデザインされたニュータイプが採用されている。

バックルセンターのPATEK PHILIPPEロゴマークの左右上下に4か所の短い凸状の突起があって、ここが両サイドの両観音バックル部の凹部(下画像の青丸部)に噛み合って閉まる構造である。外す際はPPロゴ上下の長方形ボタン?を両側から抓むことでリリースされる。

ストラップ繋がりでバックル解説へと枝葉末節気味の紹介となってしまった。心臓部分のムーブメント紹介へと話を本筋に戻したい。と言ってもこのキャリバーは初出ではなく2006年1月にクロノグラフキャリバー自社一貫設計開発製造計画の一環としてフライバッククロノグラフ年次カレンダーRef.5960Pに積まれたのが源流である。同年の10月にはノーチラス初のクロノグラフモデルRef.5980/1Aに年次カレンダーモジュールとパワーリザーブを盛り込まないシンプルなフライバッククロノキャリバーCal.CH28-520 C系として初搭載されたエンジンが、12年の実績を経て今回のモデルにも採用されている。キャリバーの詳細はコチラの過去記事よりご覧いただきたい。
Ref.5968A-001
ケース径:42.2mm(10-4時方向)ケース厚:11.9mm ラグ×美錠幅:22×18mm
防水:120m ねじ込みリューズ仕様
ケースバリエーション:SSのみ
文字盤:ブラックエンボス 蓄光塗料付ゴールド植字インデックス
針:時分針18金WG製、クロノグラフ秒針及び60分針はいづれも真鍮製
ストラップ:ブラックコンポジット《トロピカル》ストラップ(ラバー)
オレンジコンポジット《トロピカル》ストラップ(ラバー)が付属
アクアノート フォールドオーバー クラスプ付き
コレクタープッシュピン:黒檀と18金WG製

Caliber CH 28-520 C/528 フルローター自動巻フライバッククロノグラフムーブメント
コラムホイール、垂直クラッチ採用
直径:30mm 厚み:6.63mm(ベースキャリバー5.2mm、カレンダーモジュール1.43mm)
部品点数:308個 石数:32個
パワーリザーブ:最低45時間-最長55時間(クロノグラフ作動時とも)
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)DRIE製法による
」」\\
振動数:28,800振動
ローター:21金ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)
価格:お問い合わせください。
PATEK PHILIPPE 公式ページ
文責、撮影、画像レタッチ:乾
在庫状況:お問い合わせ下さい。かなり・・・ですが

昨年のバーゼルはこのモデルの話題で随分盛り上がった。音系とカレンダーを除いた2大コンプルケーションともいえるワールドタイムとクロノグラフとの夢の組み合わせ。今まで無かったのが不思議だなと発表時には思ったものだが、実は毎日のようにその原型となった時計を見ていたのだった。本ブログのテキスト的存在の「PATEK PHILIPPE GENEVE」HUBER & BANBERY著のブックカバー掲載のRef.1415HUがそれ。手巻きクロノグラフに初期型のワールドタイムを組み合わせたスペシャルオーダーのユニークピース(製造No862 442)。一番外側のシティディスクは手動で、インナーの24時間リングはリューズの時刻調整と連動して操作する形。現代では別々のLONDRES(LONDON)とパリが同じタイムゾーン。東京はTOKIOとされ隔世の感がある。

ところでこの時計の解説文には30分計クロノグラフとの記載があるが、どう見てもそれらしき機能は見られない。ただこの時計にはパルスメーター(脈拍計)が2系統も用意されている。外側の220-20目盛が15回の脈を数えて1分間の脈泊数を知るレールで24時間計の内側60-10目盛のレールは5回の脈で1分脈拍を読むチョッとずぼらな脈拍計。他ブランド等の手巻きクロノグラフでパルスメーター付を見てみると30回脈で測定するタイプが多い。想像するにこの時計はタイムゾーン移動の多い医療関係者が積算目的ではなく脈拍測定を主な用途としてクロノグラフ機能を特注で附加したのかもしれない。

翻って現代版にはやや小ぶりな30分積算計が付きパルスメーターは無い。タイムゾーン移動はリューズではなく10時位置のプッシュボタン一つで短針とシティディスク&24時間ディスクを連動して1時間単位で同時に変更できる。これは1959年にジュネーブの時計師ルイ・コティエ氏が開発・特許化した技術。実に60年近くにわたって使われ続ける実用的な仕組み・・誠に機械式時計の世界は息が長いと言うか何というのか・・
ダイアルセンターは定番ワールドタイムに倣ってギョーシェ装飾が施されている。紋様はシンプルかつ力強くモダンテイスト。ちなみにクロノグラフはパテック最先端の垂直クラッチ搭載のフライバック付き。キャリバーで言えば自動巻CH28-520系なのだが、初見では一瞬手巻きではないかと思ってしまった。それは各プッシュボタンの形状がスクエアかつ上下面がサテン仕上げになっているためだ。この組み合わせは現行ラインナップでは初めてのハズ。まあ30分計が6時位置なのでキャリバーは限られるのだけれど・・
ラグの形状もワールドタイム繋がりでか段差付きのウイングレットラグ。

尚、クロノ秒針がこの時計では通常秒針として使用可能である。これはパテック開発の優れた垂直クラッチの賜物である。また24時間ディスクとシティディスクの間にある秒スケールは28800振動(4Hz)に合わせて4分の1秒で刻まれている。どうもこの時計、ケース形状はクラシカルながら顔は結構モダンである。

フルローター自動巻きに垂直クラッチという厚みが出る組合せにワールドタイムモジュールを組み込んでいる。それでもムーブ厚を7.79mmに抑えている。構成部品数343個もあるというのに流石です。実はスペースの都合で30分計の位置がオリジナルから微妙に変更されているらしい。ケース厚さ12.86mmもスクリューバックケースに両面スケルトンなら妥当な厚みか。
Ref.5930G-001 ワールドタイム自動巻フライバッククロノグラフ
ケース径:39.5mm ケース厚:12.86mm ラグ×美錠幅:21×16mm
防水:3気圧
ケースバリエーション:WG
文字盤:ブルーオパーリン ハンドギョーシェ 蓄光塗料付きゴールド植字バーインデックス
ストラップ:マット(艶無し)ネイビーブルーアリゲーター
バックル:フォールデイング(Fold-over-clasp)
価格:税別 8,040,000円(税込 8,683,200円)2017年8月現在

チョッと飛び気味になってしまった後ろ姿。
Caliber CH 28-520 HU:ワールドタイム機構付コラムホイール搭載フルローター自動巻フライバッククロノグラフムーブメント
直径:33mm 厚み:7.97mm 部品点数:343個 石数:38個
パワーリザーブ:最低50時間-最長55時間(クロノグラフ作動時とも)
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動
ローター:21金ローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)
PATEK PHILIPPE 公式ページ
文責:乾
参考:Patek Philippe Internaional Magazine Vol Ⅳ No.2
Wristwataches Martin Huber & Alan Banbery P.270