パテック フィリップに夢中

パテック フィリップ正規取扱店「カサブランカ奈良」のブランド紹介ブログ

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最初にお断りから、現物は上の画像の何十倍も素敵な芸術品だ。鏡面仕上げの時分針はわざと真っ黒(ブラックアウト)に写してパテックのロゴに重ねた。日本列島を始め中国・東南アジアをカバーするユーラシア大陸極東部と豪州大陸や島しょ部を出来るだけ露出したかったからだ。しかし創意工夫も鋭意努力も報われず何とも頂けない結果だ。でも今年発表の新製品のワールドタイム・クロワゾネが今年度早速入荷し、撮影出来た幸運を喜ばずにはいられない。地道にコツコツと(購入店の)浮気をせず、フラれてもフラれても求愛をし続けるドン・キホーテのようにいつかはクロワゾネと思い続けていただいた顧客様に感謝申し上げるよりない。相当登り応えのある秀峰である事には間違いないが、登っても登っても見えてこない山頂、或いは辿り着けないピークではけっして無いと思っている。
今作に連なる現代クロワゾネ文字盤ワールドタイムの始まりは2008年発表のRef.5131からで、2019年には後継モデルの5231がYG素材でリリースされた。その詳細は入荷のご縁があって2020年6月にブログアップしている。再読すると結構書き込んでいるし、画像も数段見栄えがして、自らの過去記事がトラウマになるなんて。はて?今更、何を綴ればよいのやら。
少しだけ歴史的なおさらいをすると・・パテックにおけるワールドタイムには結構長い休眠期間があった。記憶違いでなければ1966年から1999年までの三十数年間は生産された様子が無い。ワールドタイムと同系列上にあると個人的には思っているトラベルタイムにもほぼ重なる空白期間があった。同じような空白期間はミニット・リピーターにも有るが、二十数年(1958年頃~1981年)で少し短い。いづれも1969年セイコー・初代アストロンから始まったクォーツショック等によるスイス機械式時計受難の時期と重なる。ところが永久カレンダーとクロノグラフ、特にその競演たる永久カレンダー・クロノグラフには、生産量の減少はあったが明確な空白期間は見当たらない。これらの違いは何なのだろう。それぞれのコンプリケーション(複雑機能)に対する市場の需要度合いの違いでは無さそうだと思っている。
この20世紀後半の約40年間というのは世界大戦の荒廃から勝者も敗者も関わりなく復興発展し、グローバリゼーションが急速に伸展して、相対的に地球がどんどん小さくなった時期である。腕時計の実用性からすれば永久カレンダー・クロノグラフよりもGMT機能(ワールドタイムやトラベルタイム)こそがずっと求められたはずだ。これはパテックに限った話では無いと思うが、この機械式時計受難ひいてはスイス時計産業暗黒時代でも少数ながら腕時計愛好家は存在し、実用面では無く趣味的かつ審美的に選択されたのが永久カレンダー・クロノグラフだったのだろう。逆にミニット・リピーターは浮世離れが凄すぎたのかもしれない。それでも1980年代にはGMT系に先駆けてミニット・リピーターの再生産が始まっている。これは当時の経営トップであったフィリップ・スターン氏の戦略的な狼煙だったと思っている。機械式複雑時計などが壊滅的な状況下でこそ目立つハイエンドモデルの提案でブランドの孤高化を狙ったのだろう。まったく上手く説明出来ないが自分自身は腑に落ちているので・・
さてパテックがそれまでに無い完全な新規実用的カレンダー機能として年次カレンダーを発表したのが1996年。その後実用的なリバイバル機能として1997年にはトラベルタイムが、2000年にはやっとワールドタイムの現代版が発表された。1990年代からミレニアムを経て2010年くらいまではスイス機械式時計の復興期であり、各ブランドが20世紀前半に自らが確立していた機械式時計の技術レベルにキャッチアップに勤しんだ20年弱だった。一方で携帯電話の萌芽と発展、さらにはスマートフォンの誕生と普及時期ともほぼシンクロしているのが興味深い。アナログな時計本来の実用性が益々薄れていったのと相反して、一旦冬眠状態にあった機械式時計の様々な機能が見直され復活し充実した。なんか逆説的で皮肉っぽいがクォーツショックを乗り越えて復活出来た機械式時計に取って、そもそも携帯やスマホは共存するもので、もはや敵対したり置き換わったりするものでは無かったのだろう。恐らくアップルウオッチも同類であって、実用的側面を超越した存在価値を獲得した高価格帯の機械式時計の近未来は明るい・・・と個人的には確信している。

今回の撮影画像はどれもが眠くてシャキっと感がないのだけれど自業自得なのでしょうがない。でも他には無いから嫌でも使わざるを得ない。クロワゾネ(有線七宝)等のエナメル技法は滅多に拝める機会はない。だから僅かな機会が有れば、それはもう穴が開くほど観察をする。まずは肉眼とキズミ(ルーペ)で色々な角度の光を当てながら見る。さらに撮影した画像を拡大して見るのだが、いつも答えは同じで"実際の工房で一から十まで全作業工程をつぶさに見なければ本当のところは判らない!"という事だ。パテック社の公開資料やインターナショナルマガジンの記事、一般の様々なウンチクやら情報などは大変参考にはなってもどこまでも百聞であって、工房での一見には遥かに及ばないのだ。現在の自分自身のコンディションでは物理的にそれは難しいけれども、そもそも社外のエナメル職人が請け負って自身のアトリエで孤高(ナイショで?)に製作される事も多い特殊すぎる文字盤。その製作工程がそう簡単に誰でも見られるとも思えない。仮にPP社での内製化が進んでいたとしても全てをつぶさに見せてくれるとも思い難い。
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カメラによる撮像は時として肉眼で見る実像を上回る。正確には上回る様な気がするだけで、実際には肉眼には絶対にかなわないと思っている。それどころか時々誤解を生むような表現を呈する事もある。上画像はクロワゾネエナメル部分の表面感を捉える為に撮ったもの。手仕事ならではの焼けムラを狙ったものだ。それなりのムラは撮れたけれども、色々と問題がある。クロワゾネ部分の外周部分の細い金の土手?5時から7時辺りに汚れ状の青色の釉薬の塗りムラらしきものが見えるが原因不明の映り込みであり、現物ではありえない。また昼夜ディスクの夜間部分の地色も美しい濃青色に画像上は見えるが、実際には黒色である。ところが白い昼間部分に転写プリントされた数字は見た通りの青だ。ちなみにその外側のシティーリングの各都市名も青っぽく見えるが黒で正解。ダイアルの特殊な表情を追い求めたライティングが意図しない虚実混沌を生んでしまった。
しかしパテックのシリコン転写プリントの肉厚仕上がりにはいつも感心してしまう。上の画像からもそれは見て取れるが、"これは空飛ぶ絨毯か?"としか思えないのが下画像のPATEK PHILIPPE GENEVEロゴだ。真っ青な太平洋に純白の転写プリントの筏が浮かんでいるようにしか見えない。
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それぞれのアルファベット文字の下にくっきりと影が見える。単純に海を表現した青色釉薬が焼結した表面に直接転写印字しても影など出来るはずが無い。これはクロワゾネ七宝による彩色工程終了後に仕上げとしてフォンダンと呼ばれる透明釉薬の焼結と研磨をおこない分厚い透明な表面層を作り、その上からロゴを転写して作られた巧妙なマジックなのだ。カタログや公式HPの商品紹介画像でもこの部分は表現されていない。上の画像でもかなり拡大して初めて気づいた。パテックの七宝系文字盤をじっくり手に取って見る機会は我々もけっして多くないが、今後の大事な観察ポイントで間違いないだろう。尚、のっぺりした印象の表面感ながらオーソドックスなライティングをした下画像では、ほぼ忠実な色表現となっている。
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北海道が樺太サハリンと陸続き、本州も四国も九州も分裂前とは、有史以前の古地図ですか? 当たり前の事ながら大胆すぎるデフォルメがクロワゾネの表現では必須となる。勿論手作業による金線の輪郭も個体ごとに微妙に異なるだろう。緑色の平野部分から黄色さらには茶色の山地へと溶け合った釉薬のグラデーション表現も一点一点が焼き上がり次第であって、当の七宝職人(作家と言うべきか)さえもその想像には限界がありそうだ。
ところで今作の東南アジアとオセアニアのみにフォーカスしたモチーフは記憶の限り初見である。今やとんでもない落札額が当たり前になった1950年前後のアンティークなワールドタイム・クロワゾネ地図シリーズ。実に多様なエリアがモチーフにされてきた印象があったが、改めて色々繰ってみると実は手元の資料ではそんなに多彩では無さそうだ。
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①ユーラシア大陸とアフリカに加えてオセアニアという広域、③ヨーロッパ全域、④北米大陸、以上3エリアの個体が多いようだ。②南米大陸など他のバージョンもありそうだがあまり見かけない。そもそも当時生産された個体数が30年弱で約400個とされているので同じ個体を色んな資料で何度も見ている印象だ。興味深いのはこれらアンティーク時代には見掛けなかったエリアが現代ワールドタイム・クロワゾネには採用されている事だ。
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2008年発表の⑤Ref.5131Jは、過去見た事有りそうで記憶にない大西洋を中心に右にヨーロッパとアフリカ、左に南北アメリカが描かれた。翌2009年発表のWG素材バリエーションの⑥Ref.5131Gは往年のユーラシア、アフリカとオセアニアだったが、2015年の⑦RGのバージョンでは太平洋を挟んでアジア、オセアニアと南北アメリカ。2017年にPT素材の金属ブレスレット仕様で追加された⑧Ref.5131/1Pは意表を突く北極を中心に北米とユーラシアの両大陸北方が初めてモチーフとされた。そして最新の⑨Ref.5231でも大西洋を中心に右にヨーロッパとアフリカ、左に南北アメリカのモチーフがYG素材でまず発表された。だが今回紹介の⑩WG素材バリエーションでは東南アジア+オセアニアというお初のモチーフが選ばれた。日本国民としては日本列島が12時の直下という主役的な位置取りは心地よい。相対するオーストラリアのポジションも悪くないだろう。ただ中国は内陸部で切られていてかすかに微妙な印象だ。大層かもしれないが地政学的には少し課題が残る地図取りではないかと心配してしまう。台湾という島の存在も"目立っても、そうでなくても"気を揉みそうで居心地の悪さがある。ともかく地球上をどこでも好き放題に切り取れる平和な時代が続く事を祈らずにいられない。

レア・ハンドクラフトのテーマは、いつも苦労する事になる。タイムピースよりもアートピースの側面が強いからだろうか。書き手以上に読み手はさらにつらいのかもしれない。ワールドタイムのクロワゾネ地図シリーズもエリアのモチーフは見掛ける資料以上に実は多彩な様だ。先日パテック社の公式インスタグラムはメキシコエリアにフォーカスしたクロワゾネのアンティーク置き時計を紹介していた。このように全貌と言うものは掴みようが無い気がする。恐らく大半のパテックの関係者ですらそれは難しいのではないか。勿論地図シリーズ以外にも動植物や風景などバリエーションは一杯ある。うろ覚えだけれども・・ジュネーブのミュージアムにも大量に展示されていた記憶は無い。いつかどこかで嫌になるほどお目にかかれる機会というのは、たぶん無いのだろうなァ。

Ref.5231G-001
ケース径:38.5mm ケース厚:10.23mm 
ラグ×美錠幅:20×16mm 防水:3気圧
ケースバリエーション:WGのみ
文字盤:18金文字盤、クロワゾネ七宝エナメル(中央にオセアニア・東南アジア)
ストラップ:マット(艶無し)ネイビーブルー手縫いアリゲーター
バックル:18金WGフォールドオーバークラスプ
価格:お問い合わせください

Caliber 240 HU

直径:27.5mm 厚み:3.88mm 部品点数:239個 石数:33個 
パワーリザーブ:最低48時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:21,600振動 
ローター:22金マイクロローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)

PATEK PHILIPPE INTERNATONAL MAGAZINE Vol.Ⅱ No.01
Wristwatches Martin Huber & Alan Banbery
文責・撮影:乾






「多分、今年はまだ無理だと思いますが駄目モトでエントリーしときましょう」
パテック フィリップのコレクションには購入しにくいモデルが多々あるが、さらに購入方法が一筋縄でゆかない物もある。正直なところ我々販売店にも明確な基準が掴めているわけでも無い。さらに突っ込んで言えば輸入元であるPPJ(パテック フィリップ ジャパン)のスタッフですら、納期は勿論の事、入荷の可否が薄ぼんやりとしか予想出来ない事も間々ある様だ。
判り易いのは通常のカタログに未掲載の限りなくユニークピース(一点もの)や或いはそれに近い一桁しか製作されないレア・ハンドクラフト群。当然時価であり、現物はショーケースのガラス越しに年一回のスイスの展示会(昨年まではバーゼルワールド)の際にパテックのブース内展示を見るしかない。PPJ経由で注文を入れても大半が却下され極少数しか入荷していないようだ。
次がカタログUPされているが価格設定が、時価となっているグランド・コンプリケーション群。ミニット・リピーターとスプリットセコンド・クロノグラフが代表モデルで、永久カレンダーやトゥールビヨンが追加搭載されたハイブリッドな超複雑モデル等も有る。さらには現代に於いては新月の夜を選んで、人跡未踏地まで赴むかねば感動に浸る事すら難しくなった満天の星座達が生み出す一大叙事詩を、手首の上で真昼でも堪能できる"どこでもプラネタリウム!"の様な天文時計が組み合わさったドラえもんウオッチの様なモデル等もそれである。
アレや、コレや、ソレらの時計達は、注文そのものは一応可能だ。ただ経験的に複数のパテック フィリップのタイムピースを購入している実績の有る店舗からのオーダーでないとまず購入の見込みは無いと思われる。では、どの程度の実績が必要か?という事が判然としない。基準と言うものが無い。しかし無い無い尽くしで、取りつく島もなく溺れる人を見捨てる訳にもゆかず、個人的な独断でロープ付きの浮き輪を投げる事とする。
本数的な実績(同一店舗限定)は、8本から10本程度かと思われる。その内には定価設定有りのグランド・コンプリケーションが2本位(永久カレンダーと永久カレンダー・クロノグラフとか)含まれるのが望ましそうだ。さらにはノーチラス&アクアノート比率が半分以下と言う辺りだろうか。さらに言えば理由の如何を問わず、購入品が間を置かずに夜店の屋台などに並んでいたりすると実に面倒で難儀な話になって・・・1970年代のジャンジャン横町のようなラビリンスに迷い込み生還はおぼつかなくなるのである。
では、皆さんが高い関心を持たれているノーチラス&アクアノートの購入基準はどうか。過去何度かこの難問には触れてきた経緯があるが、コロナがやって来ようが、世界各地でデモの嵐が吹き荒れようが、お問い合わせの電話とメールと来店は引きも切らない。増える一方の狂喜乱舞にして百花繚乱なのである。2015年という微妙な最近にパテックの取り扱いをスタートした当店の最初の2年ぐらいは、今にして思えば"パラダイス"と呼んで差支え無かった。狂喜乱舞の温度が今現在より低温だった事もあるが、運よく知名度の低い天国に辿り着かれた幸運な方がおられた。しかし今は、この2年弱位で天国は、地獄とは言わずとも荒涼な荒野になってしまった。店頭限定での購入希望登録は受け付けているが、過去と将来のパテックご購入実績がお有りの顧客様へ優先的に販売したいので、中々ご登録だけのお客様にまで現在の入荷数では廻らない状況になってしまった。パテック社の方針として生産数を増やす事は考え辛いので、現在の異常人気が落ち着かない限り荒野を襲う嵐の厳しさは増すばかりではなかろうか。ただし、アレやコレやソレやの時価モデルの購入が棒高跳びレベルとすれば、ノーチやアクアはモデルによっては少し高目のハードル程度の高さだと言えなくもない。
毎回の事ながら長い前置きはさておいて、本題に入ろう。前述の棒高跳びレベルにはもう一群あって、定価設定の有るカタログモデルながら、本日冒頭の「駄目モトでエントリーしときましょう」というややこしいモデル。エントリー過程は、もっとややこしい話になるので、僭越な言い方になるが棒高跳びの半分くらいまでよじ登って頂ければご説明申し上げます。そんな意味深な本日の紹介モデルRef.5231J-001YG製ワールドタイム・クロワゾネ文字盤仕様。
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通常の現代ワールドタイム第三世代Ref.5230と何がどう違うのか。結論から言うと品番末尾と見た目が違うだけである。具体的には素材が、5230には設定の無いイエローゴールドである事。次に文字盤センターがギョーシェ装飾ではなくクロワゾネ(有線七宝)と称される特殊なエナメル加工で装飾されている事。最後が時針の形状がパテック特有の穴開き針(Pierced hour hand)では無くてRef.5130(2006~2015年、現代ワールドタイム第二世代)で採用されてファンも多かったアップルハンドが採用されている。分針はリーフハンドでほぼ同じ形状だ。個性的で押出の強いクロワゾネの印象によってレギュラーモデルの5230との相違感が圧倒的で、見落としてしまいそうになるがアップルハンドも特別感の醸成に大きく貢献している。
過去にベースモデルの5230を始め、第2世代5130も紹介してきた。さらにレア・ハンドクラフトの一つであるエナメルも或る程度(完璧に理解出来ているわけでは無いが・・)記述している。まさかの入荷に発注されたお客様同様にビックリして意気込んで撮影し、記事を書き始めたものの、さて一体何を書こうかしらん。
一体全体どうしてこのタイムピースがそれほど希少で追い求められるのか。これは重要な考察になりそうである。思うに幾つかの要素がありそうだ。まずレア・ハンドなのでそもそも年間の製作数が非常に限られる。価格がそこまで高額ではなく、永久カレンダーや手巻クロノグラフより手頃である為に購入を検討をする方が多い。カタログ外のユニークピース・クラスの文字盤全面クロワゾネ2針のシンプル自動巻時計よりも手頃で、購入過程はややハードルが低い(あくまで今回感じた事だが・・コロナが影響したか)。そんなこんな諸事情が有るが、恐らく最大の理由はその歴史に有りそうな気がする。ワールドタイムの父とも言えるジュネーブの時計師ルイ・コティエは、1937年~1965年の間にワールドタイムを400個あまり製作しているのだが、当時製作された世界地図をモチーフにしたクロワゾネ装飾のセンターダイアルを持つヴィンテージな個体が、2000年頃以降のオークションで「そら、もう、なんで?」だったり「・・・・・?」だったりが続いた。いつの世も数寄者のガマ口は、熱気球クラスだという事らしい。

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28年間で400個は平均年産数は約14個。『パテック フィリップ正史』によれば、アンリ・スターンが社長就任した1959年の年産が6,000個とあるので、わずか2.3%に過ぎない。その中でクロワゾネ技法による地球装飾バージョンはどの程度あったのかは判然としない。さらに上図の中央は北米大陸であり、左はユーラシア大陸とアフリカ、さらにオセアニアまでが広く描かれたバージョンとなっていて図柄にはかなりバリエーションがある。現代よりはクロワゾネに携わる職人が多かったと思われるが、手仕事ゆえ量産は利かなかっただろうからモチーフ毎の個体数は限定的と想像される。
単純比較は出来ないが6月1日の為替レート(1CHF≒112円)として、左の1415の売価が約219,000円。49年後の落札額が約3億840万円で単純計算では1,400倍。中央の2523は売価不明ながら1989年にCHF36万(4千万円強)で落札された経緯を持ち、その後23年で約3億1千万円に大化けしている。
2000年に40年以上の時を経て復刻された現代ワールドタイムのRef.5110にはクロワゾネバージョンが用意されなかった。2006年にその第2世代としてRef.5130がデビュー。さらに2年後の2008年に待望の現代版クロワゾネダイアル・バージョン(上画像右端)が蘇った。大西洋を中心に両側にヨーロッパ・アフリカ大陸と南北アメリカ大陸が描かれている。今回紹介の5231とほぼ図柄は重なるが、使用されている七宝釉薬の多彩さでは5231の方が上回っている様に見られる。同モデルでは他にWG・PT素材も製作された。図柄は全て異なっており、PTはメタルブレス仕様で今現在も継続生産販売されているが入手の困難度合いは、やはり棒高跳びの世界となっている。
生産中止YGモデル5131Jの市場価格だが、個体によって非常にばらつきがある様だ。OSVALDO PATRIZZI他の資料では上記の60万ユーロ(約7,400万円)等というとんでもない見積もりもあるが、一方で18,000ユーロ(220万円余り)と言うにわかに信じがたい見積もりもある。ネット検索での国内2次マーケットでは税込1,100~1,200万円辺りが多いようだ。現代ワールドタイムもクロワゾネ仕様になるとプレミア価格にはなっている。ただ、なってはいるもののノーチラスSSの様な狂乱相場ではない。これはやはり実用性の延長にある時計として捉えられるばかりでは無く、嗜好、趣味、鑑賞といった芸術的側面を有している事で、良くも悪くも対象顧客が絞り込まれてしまうからだろう。平たく言えばニッチマーケットの稀少モデルなのであろう。
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さて、クロワゾネ(仏:cloisonné、有線七宝)等のエナメル技法について書きだすとキリがない。そしてまた何度も繰り返しになるが、製作現場をおのれのマナコで確と見た事も無いので資料を探してきて、ふわふわと書き綴っているに過ぎない。上画像の左右を較べると右側で有線の何たるかが何となく判るだろうか。
久々のエナメル紹介なので、製作工程のおさらいを少し。まず文字盤素材(大体18金)
に図柄を描いて(鉛筆なのかペンなのか、良く知らない)、高さ0.5mmの金線(銀、銅の事も)をスケッチに従って、辛気臭く曲げながら接着剤で文字盤に貼り付けてゆく。次にフォンダンと呼ばれる透明の釉薬(粉状ガラスの水溶液)を塗布し摂氏750~800度辺りの決められた温度に熱した窯で焼く。時間は極めて短い様だ。焼結の状態を常に目視して焼き過ぎを防ぐ。この際に文字盤裏側にも透明釉薬の捨て焼をする。これは表側の塗布・焼成を繰り返す事で表裏の膨張率が異なって文字盤が反る事を防止するためである。金線で囲まれた部分に様々な色の釉薬を焼成後の色滲みを想像しながら塗布してゆく。これを焼成するが、釉薬は焼成で目減りするので、何度も塗布と焼成を繰り返して金線の高さまで焼成面を盛り上げてゆく。勿論、この時点で表面は凸凹なので金線もろとも全体を均一にポリッシュ(恐らく砥石と水)する。平滑になったら最後にフォンダン(透明釉薬)を塗布焼成し保護膜を作って完成。
15分、30分等のクォーターインデックスはかなり早い段階で植字されていると思われる。時分針用のセンターの針穴は元々開いているだろうが、焼結後にエナメル層を穿って開け直す必要があるはずだが、クラックが入るリスクがある。その他にも焼成時のトラブルもあるので、エナメル文字盤は歩留まりがとても悪い。ゆえに生産数が限られてしまう。幾多の艱難辛苦を乗り越えて完成した良品文字盤にPATEK PHILIPPE GENEVEのブランドロゴをシリコン転写してお疲れさまとなる。かなり書き込んだ過去記事はコチラから。
日本に於いてシルクロードから伝わった七宝が盛んに作られるようになったのは17世紀と割に遅い。さらに有線七宝は、明治時代になってから急速に技術発展したが、現在は後継者難もあり存続が危ぶまれている。
愛知県には2010年まで七宝町という町があって、現在も僅かに数軒が七宝を製作している。前から信州に行くときにでもどちらかの窯元?さんを訪問して、見学したいものだと思いつつ未だ実現できていない。彼の地の若き有線七宝職人達の挑戦が紹介された動画が有ったのでご興味のある方はコチラから。スイスのクロワゾネダイアルそのものの製作工程動画は、残念ながら適当なものが見つからなかった。

Ref.5231J-001
ケース径:38.5mm ケース厚:10.23mm 
ラグ×美錠幅:20×16mm 防水:3気圧
ケースバリエーション:YGのみ
文字盤:18金文字盤、クロワゾネエナメル(中央にヨーロッパ、アフリカ、アメリカ大陸)
ストラップ:ブリリアント(艶有り)チョコレートブラウン手縫いアリゲーター
バックル:18金YGフォールドオーバークラスプ
価格:お問い合わせください

マイクロローター採用の極薄自動巻Cal.240をもう何度撮影した事だろう。でもこの角度から捉えたのは初めての気がする。初見でどうという事なく、必要な仕上げをぬかりなく極めてまじめに、そう必要にして充分に施されているのはパテックのエンジン全てに共通である。奇をてらっておらず、飽きが来ないのは表の顔だけじゃなくパテックのデザイン哲学の土台なのだろう。
世の中に彼女にしたい美人時計は一杯あるが、雨の日も、晴れの日も、健やかなる時も、病める時も、絶品の糠漬けを作り続けてくれる愛妻時計の趣を持っているのがパテック フィリップの最大の魅力だと思う。
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Caliber 240 HU

直径:27.5mm 厚み:3.88mm 部品点数:239個 石数:33個 
パワーリザーブ:最低48時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:21,600振動 
ローター:22金マイクロローター反時計廻り片方向巻上(裏蓋側より)

PATEK PHILIPPE INTERNATONAL MAGAZINE Vol.Ⅱ No.01
PATEK PHILIPPE INTERNATONAL MAGAZINE Vol.Ⅲ No.07
PATEK PHILIPPE THE AUTHORIZED BIOGRAPHY パテック フィリップ正史(Nicholas Foulkes ニコラス・フォークス)
COLLECTING NAUTILUS AND MODERN PATEK PHILIPPE Vol.Ⅲ(Osvaldo Patrizzi他)

文責・撮影:乾 画像提供:PATEK PHILIPPE S.A.

ようやくの実機編である。さすがに書き疲れた感が漂っているが、そんな時の特効薬は画像の見直しに尽きる。特に今回は白七宝焼文字盤の表面テクスチャーの表現が総てであって、誰の目にも違いが明らかになる捉え方を撮影力として求められた。と言うか自ら求めて自虐的に七転八倒して苦悶を味わってしまった。それでも何とか当初の目的は達成出来た様に勝手に思う。一方で、もう一度おんなじ撮影再現が困難な"危ういナァ技術レベル"を自覚させられる結果ともなってしまった。ともあれ画像を・・
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パテックのブランドロゴの盛り上がりが凄い。12時辺りのインデックスも肉厚な感じがする。ただ文字盤表面にエナメル感が無い。そうこれはRef.5116Rに似て非なるRef.5119JのWhite lacquered, black Roman numerals 白ラッカー塗り、黒ローマン文字(クラッシックなシリコン転写技法による)である。そうラッカーの盛り上がりはそれなりにしっかりとある。あって当たり前で、もし薄すぎれば下地の白が透けて最悪グレィッシュで不気味な黒になってしまう。漆黒にするにはこれぐらいの盛りが必要なのだろう。確か以前にどこかの時計雑誌で誰かが他ブランドに比べてパテックの転写文字の厚み(盛り)は非常に薄くエレガントに仕上げてあるウンヌン・・という記事があったが、一体他ブランドはどのくらい盛っているのか一度検証せねばならない。下はライティングを少し変えて同じくRef.5119J。文字盤表面はどこまでも平滑かつ均一である。
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そして次がいよいよ真打Ref.5116Rの御登場となる。まず画像をご覧召され・・
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う~ん、ようわからんノゥ!やたら汚いのはサファイアクリスタルを拭く余裕が無かったのですよ。でもパテックのロゴが明らかに転写プリントのRef.5119Jのそれとは異なってかなり薄い。それでいて下地の白が透ける気配が無いのは、焼結が塗りとは彩色においての性格が根本的に違うからだと思っている。そして恐らく不透明な釉薬を用いているのではないだろうか。
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少しライティングを変えた1枚。上と同じようだが2時から3時辺りにエナメル独特の表面感が見られる。ローマンインデックスもかなり焼かれて荒れた仕上がり感が見てとれる。しかしロゴもインデックスもあまりにも整然と描かれており、人が細密用の筆で書いたものとは思えない。たぶん黒い釉薬を転写手法で塗り付けたのではと想像している。で、さらにアレコレといじくっている内に次のような画像が撮れてしまった(注:"撮った"では無いのが残念!)。
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写真としては明度がおかしいし順光でも逆光でもない変てこな画像なのだがエナメルの表面感をほぼ全体で捉えた貴重なカット。この環境下で比較するために、Ref.5119Jを同様に撮りたかったのだが残念ながらどうやってみても叶わなかった。
仮に、皆様がどちらかの店頭で運良く白の塗りと焼きの文字盤を見る機会があっても肉眼ではほぼ絶対と言って良いほどその違いは判らないだろう。その場にルーペ(キズミ)があったらどうか?黒ならそれなりに見えるかもしれない。でも白文字盤の場合まず見えないが、上の画像のような表面状態に対する既視感を持っていれば光の当て具合の工夫である程度は見えるかもしれない。
最近の女優が4K画質の環境を「毛穴まで一体どうやって隠せというの・・」と嫌うような撮影を今回はやった。その意味ではこの荒れたエナメル文字盤を美しいと見るかどうかは意見が分かれるかもしれない。生身の人肌とアンドロイドの合成の肌をマクロレベルで較べてどっちが良いのか問われているようなもので答えようが無い問題かもしれない。ただ歩留まりの悪さ(結果、高額)とは反して陶磁器ゆえの圧倒的な耐光性が半永久的に文字盤変色を防いでくれる。此処に関しては塗りは全く歯が立たない。

エナメル文字盤の歴史を振り返ると一般的には1900年代前半の1920年代から1930年代の比較的短い期間に多数の高級時計ブランドが採用していたようだ。しかしその後は簡単で歩留まりの良い塗り文字盤が主流になる。そして1990年代になって機械式時計が徐々に復活してゆく中で、前回記事でも少し触れたユリス・ナルダンやヴァシュロン コンスタンタンなどが徐々に生産を復活し始める。
ところがパテックは1960年代から1970年代前半のスイス製機械式時計暗黒の時代にかなり生産数を減少させた以外は1900年代を通じてずっと精力的に各種エナメルダイアルを作り続けてきた。1950年代のアンティーククロワゾネワールドタイムが各オークションハウスで非常な高額で落札され続けているのも当時はパテックしか伝統の技を継承していなかった事が由縁の一つかもしれない。なぜにパテック フィリップは生産効率が悪く当時は市場性が疑われたような高難度の文字盤製作に拘り続けたのか?
それは明らかにスターンファミリーの出自に直結していると思っている。1932年、Ref.96(クンロク)がデビューしたまさにその年に現社長のティアリー氏から三代前(曾祖父)に遡ったジャン及びシャルルのフィリップ家の兄弟が同社の株主(実質経営者)となり、翌年の1933年にはPatek, Philippe & Cie S.A.(株式会社パテック, フィリップ社)が登記され創業家からの経営移譲が終了した。このスターン家は元々パテックにダイアルを供給してきたジュネーブの高級文字盤製作会社(スターン兄弟文字盤製作所)を営んでいたという経緯があった為にダイアルへの拘り方が半端では無い。
下画像はパテック フィリップ インターナショナルマガジンVol.ⅢNo.02 P.16-17に掲載されているスターン家4代である。左のモノクロは45歳のアンリ・スターン(1911-2002)、左下がその父シャルルで右下は叔父のジャン。右のカラー写真、上から当時専務だった42歳のフィリップ(1938‐)、社長アンリ71歳、そして現社長ティエリー(1970-)はたった10歳。
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シャルル・スターンの息子アンリ・スターンが1958年社長に就任し、その息子であるフィリップ・スターンは1993年にその役を継承した。そして2009年に現社長ティエリー・スターンがその任に着いている。時計のプロである前に彼らには文字盤命の遺伝子が受け継がれており、常に他ブランドとは一線を画したダイアルを求め続けるのだろう。恐らくこれからも・・

文字盤以外のRef.5116Rの特徴や詳細は紹介済みのRef.5119G-001とほぼ共通なのでそちらをご覧いただきたい。最後に一応は撮った裏蓋側の絵もご覧いただいて本稿を終了したい。
5116RCBack.jpg
Ref.5116R-001
ケース径:36mm ケース厚:7.93mm ラグ×美錠幅:20×16mm 防水:3気圧
ケースバリエーション:RGのみ 
文字盤:本白七宝文字盤(Authentic white enamel)
ストラップ:シャイニー(艶有)ブラックアリゲーター
価格:税別 2,930,000円(税込 3,164,400円)2016年7月現在

Caliber:215PS

ムーブメントはパテックを代表する手巻キャリバー215PS。構成部品たった130個の完全熟成の名機に2006年に発表されたシリコン系素材Silinvar®「シリンバー」採用の革新的なSpiromax®スピロマックスひげゼンマイが搭載されたことで耐磁性と耐衝撃性が格段に向上している。まさにパテック フィリップの哲学"伝統と革新"を体現した頼もしいエンジンである。

直径:21.9mm 厚み:2.55mm 部品点数:130個 石数:18個 パワーリザーブ:44時間
テンプ:ジャイロマックス 髭ゼンマイ:Spiromax®(Silinvar®製)
振動数:28,800振動
尚、スピロマックス等のパテック フィリップの革新的素材についてはコチラから

※最終画像以下のスペック等は過去記事のコピペ+修正なのだが、修正時に気づいたのがケース厚がRef.5119よりも0.5mmも厚くなっている事だ。インデックスとブランドロゴ部分は明らかにラッカーの塗りの方が厚く見えるので、結論として下地となる本白七宝そのものが塗りよりも分厚いという事になる。
これは前稿で触れたように0.5mmの金線の高さがベースの白七宝の厚みとされているのか、または反り返り防止策としての文字盤裏への捨てエナメル焼結による厚み増加なのか、あるいは焼結による真鍮文字盤自体の歪み防止の為に厚みそのものをうんと持たせているのか?実にエナメルの世界は深い。まだまだその扉を開けかけたぐらいなのか・・そのうちに焼きの現場を見れんもんかいノォ

PATEK PHILIPPE 公式ページ

文責:乾

『第一回パテック フィリップ展』のご案内
だいぶ先になりますが・・と言っていたが、いつの間にかもう一か月後となった今夏のお盆真最中8月11日(木・山の日)~15日(月)に当店初の『パテック フィリップ展』を開催いたします。カサブランカ流の"何か"が違う展示会イベントに出来ないかと日々無い知恵をしぼっております。是非ご期待下さい。詳細等が詰まりましたら順次ご案内申し上げます。
展示会期間中の土日13日14日の両日午後2時から「パテックフィリップに夢中」と題してライブトークイベントを実施いたします。正規輸入元のパテック フィリップ ジャパンからの特別ゲストを迎えて、突っ込みどころ満載のパテック フィリップの謎に乾はじめ当店スタッフががぶり寄ってゆきます。参加ご希望の場合は席(※本音は寄集めの椅子の都合で)に限りがありますので案内状送付希望を下記からいただき申し込み用紙にお名前等ご記入の上、FAXにてお申込み下さい。

※案内状(7月下旬発送予定)のご希望がございましたら、コチラからお問合せ下さい。


2016年7月17日現在 5116R-001 店頭在庫あります。
(パテック フィリップ在庫管理担当)岡田

そう、またもやである。実は実機編はほぼ完成している。アップを待つだけ状態にある。ところがPPJapanから次の入荷案内があったRef.5296-001について早々の下調べ中に見つけんでもいいものを・・
Patek Pilippe International Magazine Vol.Ⅱ N0.11(2008,Autum)のP.78-85にクロワゾネを中心とした七宝技法が特集されている。見つけたものはしょうがない。今回は手短にお手柔らかでご勘弁を
ドームクロックカット.jpg
何度も紹介しているがバーゼルワールドのPPブース一階にはこんなドーム・テーブル・クロックも展示されている。まさに鑑賞するにふさわしい作品ながら立派な売り物である。ちなみに機械式である。ただゼンマイを鍵等で巻き上げるのではなく、電池+モーターで巻くとの事。このハイブリッド?楽ではあるが、個人的には微妙だ。全面に見事なクロワゾネが施されている。しかし、一体どうやって釉薬を曲面に流し込み平らに焼結させるのか?残念ながらその答えは文中には無い。結局、工房に潜入し、こっそり絵付け焼き入れの真似事などせねばわからんのやろうな。想像するに塗り付ける釉薬が結構粘度が高いのではないか・・アホでも考える事ですが
文章中には唸らされる発見がそこ此処にある。以下抜粋しながら転載(抜粋、修正あり)させていただく

クロワゾネ七宝においては、着色されたガラスが地となる金属に施される。金属表面はちょうど鏡のようにガラスを通して光を反射する。釉薬(酸化金属を混ぜて着色したガラス質の粉末)は、炉の中で摂氏約800度に数分間過熱され、溶融して金属表面にガラス層を形成する。釉薬は何層にもわたって施され、その都度過熱されるが、短時間で均一に溶融するよう、一層の厚さは極めて薄い。
七宝(エナメル)の語源は、古フランク語(7世紀以前の古代フランク人の言語)で「溶融した」を意味する「smalt」に由来する。イタリア語の「smalto」、フランス語の「émail」、ドイツ語の「Email」または「Emaille」はすべて同じ語源である。

七宝そのものの歴史は古いが時計製作の世界に登場するのは16世紀以降で卓上時計・携帯時計(懐中)の文字盤やケース装飾に、ステンドグラスを模した色彩と意匠が最初は使われた。ジュネーブは七宝装飾卓上時計の中心地となり、職人の家系によって世代から世代へと受け継がれた。20世紀初頭に至り、アール・ヌーボーの勃興と共にブームを迎える。そして腕時計の時代が到来した。
今日、伝統的クラフトマンシップを貴重な遺産として保護育成するパテック フィリップのようなマニュファクチュールの努力がなければ、七宝は過去の芸術になっていたかもしれない。

クロワゾネ七宝装飾の製作工程を簡単に紹介する。まずモチーフの輪郭にしたがい、厚さ約0.5mmの扁平な純金(銀、銅の場合もある)の線を曲げてゆく。この際には双眼顕微鏡が多用される。次に特殊な接着剤でこの金線を金属表面に固定。最終的には金属表面を埋め尽くす金線が、地金の上に多数の囲い(フランス語の「cloisons」←原文ママ「cloisonné」?)を作り上げる。クロワゾネ七宝の名はこれに由来とある。やっと、たどり着いた感アリ!
次は釉薬注入で、囲いの中に均一に広げるために釉薬を水または油に溶かし細い筆で塗布を施す。まず最初はフォンダンと呼ばれる透明な釉薬を全体にさらには地金裏面にも塗る。これは「contre-émail」と呼ばれ過熱過程で金属とガラスの膨張率の違いによる地金の反りを防止する為の技だ。透明な釉薬を施された地金は、炉で摂氏800度に加熱される。接着剤と液体はすぐに跡を残さず昇華・蒸発し、釉薬が溶融し始める。数回に及ぶ加熱工程で失敗と成功を分けるのは炉から取り出すタイミングだという。釉薬が完全に溶融してからだと失敗らしい。此処までが下準備で、それぞれの囲いに異なった色の釉薬を施す創造的な工程に進む。一層ごとに加熱されるが、粉末の釉薬は溶融するにしたがって色合いが変化するので、あらかじめ別の金属表面で色の出方を確認するサンプル(下画像)を作っておくのだそうだ。何層にも重なったガラス層が金線の高さ(0.5mmという事か?)に達したら全体を均一にポリッシュし、最後にもフォンダン(透明釉薬)を塗って出来上がり。
colorsample.jpg
シャンルベとクロワゾネの見分け方の記述もあって、線状の区切りであってもクロワゾネは線の太さが一定であるのに対してシャンルベでは一定ではない。またモチーフが離れている装飾がシャンルベでは可能なので文字盤よりも大きい時計ケース(例えば裏蓋)などに良く採用される。
七宝工程2.jpg
また両技法において半透明な釉薬を採用し地金に施された彫りのモチーフを浮き出させる手法が良く使われるらしい。特にギヨシェ装飾(手動式機械で施された同心円状の規則性のあある模様)を浮き出させたものをフランケ七宝と呼ぶ。上の画像の鳥の羽部に粗い筋目彫りがある。下の画像では取り付け中の金線のすぐ下側に葉脈が細かく彫り込まれた葉っぱが穿たれている。前回記事で平安の貴婦人の持つ扇の緑色波状部等はこの手法と思われる。
七宝工程1.jpg
また重なった薄いガラス層の層と層の間に金箔でできた装飾小片(パイヨンと呼ぶ)を配置するとまるで浮遊しているように見える技法があり、花、渦、小鳥、昆虫などがモチーフとして古くから用いられてきた様だ。平安貴婦人で掘り残したのではないかと想像していた金色の花型モチーフはきっとこの技法が使われたのだろう。透明な仕上げ層フォンダンの前にアラビアゴムなどで金箔を固定し、フォンダンを掛ける事で金箔は保護されつつ美しく光り輝くとある。
パヨイン010.jpg
結構書くのも大変だが、お付き合いいただく皆様もお疲れかと・・まだミニュアチュール(七宝細密画)のくだりがあるのだがやめときます。最後に上記工程画像とは異なるが共通的なモチーフであろう"極楽鳥"を見ていただいて本稿終了。
7/12加筆:ちなみに知る限りではこの手のタイムピースはセンター2針で極薄自動巻Cal.240が積まれている。価格は時価で複雑さに比例するも最低で800~900万円。まあ1,000万円からと思った方が良さそうだ。同一キャリバーを積むカラトラバRef.5120Gが税別284万、スモセコタイプのRef.6000Gが税別315万なので恐らく時計代で300万程度として文字盤の加工費が最低で500万以上という事になる。あぁ!ナルダンうらめしゃ~
極楽鳥013.jpg
今回は総てスキャン画像ゆえお見苦しい点ご容赦願います。なんか忘れてると思ったら七宝職人の工房にある仕事机の画像だった。沢山の釉薬のビンと双眼顕微鏡、そのすぐ右下には色見本(前述画像)の丸と角の金属片が見られる。
七宝工房011.jpg

文責:乾

『第一回パテック フィリップ展』のご案内
だいぶ先になりますが・・と言っていたが、いつの間にかもう一か月後となった今夏のお盆真最中8月11日(木・山の日)~15日(月)に当店初の『パテック フィリップ展』を開催いたします。カサブランカ流の"何か"が違う展示会イベントに出来ないかと日々無い知恵をしぼっております。是非ご期待下さい。詳細等が詰まりましたら順次ご案内申し上げます。
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前回記事の予告では、今回はエナメル文字盤の希少モデルRef.5116Rの実機紹介の予定だった。ところがあまりにも"このタイミングって!"という掲載雑誌がパテック フィリップジャパン(PPJ)から届いた。アメリカンエキスプレスカードのプラチナ会員および最上位のセンチュリオン(通称ブラックカードホルダー)会員向けに発行されている"デパーチャー"と"センチュリオン"の2誌に挟み込まれる腕時計情報付録パンフレット「WATCHES」。最初はセンチュリオンって何や?状態からググって、人によっては戦車やロケットまで買えてしまう危険なカード(入会金54万円、年会費37万8千円とプラチナの約3倍)らしい。
要するに裕福層と超裕福層向けマガジンの付録「WATCHES」が、パテックフィリップの紹介の中でまずフォーカスしているのがレアハンドピース(希少な手作り時計)でクロワゾネやらシャンルベ等々の各種エナメル技法がてんこ盛りの為、急遽この"中編"の起稿となったわけだ。実機から脱線し、またぞろラビリンス(迷宮)に足を踏み入れる勇気を奮い立たせて・・
watches.jpg
今回は縦長画像ばかりでお見苦しい点はご容赦をお願いして、上は同誌17Pパテックフィリップ紹介扉ページ。左の懐中時計はクロワゾネ(有線七宝)で前回記事紹介済みの鳥モチーフの腕時計文字盤と同じ技法が採用されている。右のモデル名"平安の貴婦人"はチョッとややこしい。運良くPPJ経由で画像が入手出来たので拡大して詳細に睨み倒す。記事中の説明文にはクロワゾネとシャンルベ両技法の組み合わせとあるが、どこがシャンルベで何処がクロワゾネなのか判然としない。問合せるもお互い想像の域を出ず、完全に把握するにはスイスパテック社の職人に聞くしかないとの結論に至った。
そうなると本稿が終わってしまうので間違い覚悟で恥を忍ばず無理やり乾流解説でご勘弁ください。
992_105J_001_VERSO.jpg
明らかに判り易いシャンルベは女性の左上と扇の右のひし形のモチーフが繰り返す部分で、ひし形の枠は明らかに元の18金裏蓋が掘り残されたものである。一個一個のひし形の中は花形、さらにその内側には〇が有線(クロワゾネ)で仕切られていて、外からうぐいす色のバックに花弁は多少緑っぽい青色で中央丸形の花芯部は女性の顔と同じ肌色である。"花芯"が肌色?とは瀬戸内先生が喜びそうやナぁ・・
あと扇の緑色の部分や十二単の袖部分のベースになっている薄桃色の両方とも凹んでいるというか一段レベルが低い状態になっている。此処はえぐり込まれた跡に釉薬を流し焼結させたシャンルベではないかと思っている。そして恐らく扇の緑色部の波状の細かい模様は彫り込む際につけられた模様で深い彫り跡は濃い緑に、浅い部分は薄く焼き上がるのではないか。
そして女性の顔と首の肌色部分は非常に平滑であり明らかにクロワゾネ技法である。ただ眉と目の黒は肌色釉薬焼結と同時に焼かれて微妙な滲みがあるが、唇の紅色は全く滲んでおらず此処だけは焼結後に細密筆で描き焼かれたミニュアチュールであろう。なお扇の黄土色部分やその右上のワインレッド色部等に見られる丸形や花形の金箔状の装飾は一体どんな技法なのか?全体がシャンルベで金箔部を掘り残して焼結後に花形部などはさらに内部を細かくエングレーブかなあ。確かに下側のワインレッドベース部の網目紋様?も先程の扇緑波型部同様に深彫り網目をすれば濃く焼き上がってこう仕上がるのではないか。
さらに聞けていないが数度に及ぶ焼結の工程で釉薬が塗られていない生身の18金素材表面部分は酸化して茶色く変色する?はずで、最終焼結後に手間をかけて丁寧な研磨を受けるのだろうか。この装飾工程全部で一体どの位の時間がかかり、何人位の熟練職人が関わるのだろうか?全く見当もつかない。
5720_2G_001_CMYK.jpg
何とも豪勢なノーチラスである。此処までやれば男のダイヤモンドも"あっぱれ!"で有りかなと思ってしまう。文字盤からベゼルにかけての装飾のモチーフは実にカラフルな不死鳥。彫り物と言いたくなるように技法は絵に描いたような(洒落では無い!)判り易いシャンルベである。ただ平安の貴婦人のように深彫りによる高低差を付けずに実に平滑に仕上げられている。そして一旦焼かれた上からさらに細密画法(ミニュアチュール)で羽根のディティールを表現した茶や青の線が描かれ再度焼かれているようだ。3針が金色と言うのがこれまた何とも濃~い!気になるお値段は時価となっている。さあ皆さん、こちら、HOW MUCH?
このタイムピースであと語るとすればビッシリと敷き詰められたダイヤモンドのセッティングなのだろうが、すみませんそちらは全く不勉強な生粋の時計屋ですのでご勘弁を・・
何となく尻切れトンボのような今回の幕切れ、いよいよ次回は実機紹介をお盆の初パテック フィリップ展詳細ご案内より先に出来そうかなぁ

7月9日追記:今回紹介のタイムピースも前回の鳥モチーフのクロワゾネダイアル腕時計と同様に今年のバーゼルワールド・パテック フィリップブース1階のレアハンドクラフトタイムピースコーナーに展示され、一応発注も可能ということになっていた。懐中時計の"平安の貴婦人"なんかは上から吊るされてゆっくり回転して表裏両面を魅せる演出付きであった。
出来上がりが微妙に異なるゆえ、全ての個体をユニークピースと見て良いのだが、Ref.毎にくくっても生産数は恐ろしく少ないはずで、注文してもまず入荷しないと言われている。ただ今年は世界(特にヨーロッパと中国)的に景気が怪しいために例年と比較して入荷の可能性が高いとの案内を受けた。
実際に当社百貨店部門では数点発注を掛けたが今のところ受注OK等は受けていない。もっとも通常の新製品ですら早くて8月下旬各正規店にデリバリー開始が通常スケジュールなので、正式な返事はまだまだとして首を長~くして、財布のひもをしっかり握って待ち続けたい。要するに皆さん顧客様とおんなじ心理なのですョ 我々も・・

文責:乾

『第一回パテック フィリップ展』のご案内
だいぶ先になりますが・・と言っていたが、いつの間にかもう一か月後となった今夏のお盆真最中8月11日(木・山の日)~15日(月)に当店初の『パテック フィリップ展』を開催いたします。カサブランカ流の"何か"が違う展示会イベントに出来ないかと日々無い知恵をしぼっております。是非ご期待下さい。詳細等が詰まりましたら順次ご案内申し上げます。
展示会期間中の土日13日14日の両日午後2時から「パテックフィリップに夢中」と題してライブトークイベントを実施いたします。正規輸入元のパテック フィリップ ジャパンからの特別ゲストを迎えて、突っ込みどころ満載のパテック フィリップの謎に乾はじめ当店スタッフががぶり寄ってゆきます。参加ご希望の場合は席(※本音は寄集めの椅子の都合で)に限りがありますので案内状送付希望を下記からいただき申し込み用紙にお名前等ご記入の上、FAXにてお申込み下さい。

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どう読んでも"イーメール"e-mail"としか読めない。何年やっても初級から抜け出せないフランス語かぶれの姐に言わせると仏語の読みは"エマーユ"となるそうだ。ただ厳密にフランス語表記するならば"ÉMAIL"とEの上にラテン系言語に特有のアクセンテギューをつけなければならないはずだ。今回これに気づかされて長年のもやもやが吹っ切れた。そう、英語っぽくしか見えないのはアクセンテギューが無いからだったのだ。ティエリー社長頼むからちゃんと付けて下さいよ。
重箱の隅はほっといて、パテック フィリップのタイムピースにおいて6時位置にインデックスの巾にほぼ合わせて極小で描かれるこの5文字は、水戸黄門の印籠級の扱いがなされている。しかし総てのモデルで6時位置に5文字表記があって、この違いは教えられないと気づかずに見過ごしてしまう方が多い。その非"EMAIL"モデルの5文字表記は"SWISS"となっている。しかしながらこのRef.5116に限らず、今やパテック フィリップのエナメル文字盤モデルは総てが超レアなので店頭で見比べる機会はまず皆無だろう。画像では上がRef.5116のエナメル焼き文字盤、下がRef.5119のホワイトラッカー塗り文字盤。インデックスの黒っぽさに微妙な違いがあるのがわかる程度で文字盤の表面感は全く同じとしか思えない。

_DSC7932.jpg
_DSC7930.jpg
エマーユは日本語では"七宝"。七つの宝なのでとても貴重で高い価値を持っている事になる。でも普段使いする鍋やマグカップの表面処理に多用されている琺瑯(ホウロウ:この漢字は絶対書けませんナァ)も原理は同じ・・らしい。
また当店一階で扱っているエントリークラスのボールウオッチのクラシカルな白文字盤が魅力なキャノンボールⅡにはコールドエナメルなる手法がなされている。かくのごとくエナメルは多様性があり根本から勉強をしなければならぬ次第となった。コールドエナメルの良い記事を見つけたので貼っときまして説明は省略御免です。

まず、ウイキペディアでエナメルを引いてみると英語表記は"ENAMEL"であり、陶磁器の釉薬("ゆうやく"よりも"うわぐすり"が解りやすいでんナぁ)とある。正確ににはポーセリン エナメル(porcelain enamel)と言う。そして原材料の名称に留まらず金属表面をその材料で加工する行為もエナメルであり、美術的技法を七宝焼き(仏:Cloisonné:クロワゾネ)と言い、工業的な製法としては琺瑯と呼び一応区別されている。その他にもこれら本来のエナメル特有の光沢感を連想させる塗料やカバン、靴・・等々なんやかやとあって定義が好き勝手に拡大している感があるが、本稿では時計文字盤に限って自ら学びつつ掘り下げての紹介が出来ればと思っている。

ここのところ更新が間延びしたが、公私とも色々あった以上にこのエナメルという奴は奥が実に深そうで取っつきにくかったのが延び延びの原因・・これはやっぱり言い訳やナぁ。
ブログ遅延の為に店頭に出せない金庫のRef5116Rにストレスを抱えながら10日程経った頃に大阪のホテルでパテック フィリップの本黒七宝焼文字盤を拝見する貴重な機会を得た。しかも単純なキズミ(時計師用ルーペ)ではなく、どちらかというと宝石用の照明(通常ライトと蛍光確認用のブラックライト)を備えたカール・ツァイス仕様のレンズ搭載の超高級ルーペを拝借してというおまけつきだった。価格数十万と聞いたこのルーペが凄いのは普通のキズミがレンズ中央部分にのみにしか焦点が合わないのだがレンズ全面に焦点が合ってしまって笑らけるくらい見易かった。正直購入を検討し、色々とググってみるが何とも見当たっていない。どなたかご存知の方おられれば是非ご紹介下され。
たぶん過去にもバーゼルのパテックブース等で黒エナメルは見ているはずなのだが、なんせ頭の中がエナメル、エナメル、エナメル・・状態で見なければ初見と同じだったという事で。
閑話休題、このルーペでみたブラックエナメルダイアルは見事に凹凸や気泡跡などまさしく焼きの痕跡がしっかりあって、これをラッカー(塗り)と見間違える事はド素人でもまず有り得ないだろう。ちなみにこの見分けやすい黒の七宝文字盤の方が白七宝よりも製作が非常に困難との理由で現在はパテック フィリップのほぼ独占状態になっているらしい。パテックHP内の参考記事はコチラ

次に"七宝焼き"をググれば、かなり色々と詳しく出てきた。ママ引用(文字)すると以下である。
七宝焼(しっぽうやき)とは金属工芸の一種で伝統工芸技法のひとつ。青銅などの金属製の下地の上に釉薬(ゆうやく:クリスタル、鉱物質の微粉末をフノリでペースト状にしたもの)を乗せたものを摂氏800度前後の高温で焼成することによって、融けた釉薬によるガラス様あるいはエナメル様の美しい彩色を施すもの。日本国内では、鉄に釉薬を施したものを、主に琺瑯(ほうろう)と呼ぶ。中国では琺瑯(ほうろう/読み:ファーラン)という。英語では、enamelエナメル)という。七宝焼の名称の由来には、宝石を材料にして作られるためという説と、桃山時代前後に法華経の七宝ほどに美しい焼き物であるとしてつけられたという説がある。
歴史的には紀元前から始まって発祥は中近東。シルクロードから中国経由で飛鳥時代には日本へやってきていたようだ。ウイキペディアによれば日本、中国そしてヨーロッパにそれぞれ多種の技法があって近似のものも多い。全部紹介出来ないし、したところで引用だらけになるので時計に関するヨーロッパ系のものだけ以下引用する。

ペイントエナメル(painted enamel)

あらかじめ単色で焼き付けたエナメルを下地とし、その上に、筆を使ってさらにエナメル画を描き、焼き付ける技法。人物や植物を描いたミニアチュールが例として挙げられる。
時計文字盤でのミニュアチュールは細密画と言われる手法だったはず。数年前のバーゼル会場のブランパンブースのエントランスにあるイベントスペースで女性細密画師のデモンストレーションを拝見した記憶がある。

シャンルヴェ
(champlevé)
土台の金属を彫りこんで、できたくぼみをエナメルで埋めて装飾する技法。初期の頃は、輪郭線の部分をライン状に彫りこんでいた。技術の発達につれて、逆に、面になる部分を彫りこんでエナメルで装飾し、彫り残した金属部分を輪郭線とするようになった。
日本の象嵌七宝に近いらしい。時計文字盤ではたまに見るかナぁ、前述のペイントエナメルや後述するクロワゾネ手法の際に部分的に採用されていた記憶があるような気も・・

クロワゾネ(cloisonné)
土台となる金属の上に、さらに金属線を貼り付けて輪郭線を描き、できた枠内をエナメルで埋めて装飾する技法。シャンルヴェよりさらに細かい表現が可能になる。日本の有線七宝はここに属する。
時計のエナメル文字盤装飾で最も多用されている技法ではないかと思う。忘れられないのは1990年代に奈良の百貨店テナント時代に盛んに販売していたユリスナルダン。数年間にわたり毎年限定でサンマルコというラウンドケース時計の文字盤に往時の天才クロワゾネ職人ミッシェル・ベルモー氏が焼き上げていた風景や海戦(シーバトル)シリーズの限定モデルだ。当然のことながら製作数が少なく各5~50個程度でYG、WGが主でPtもわずかにあったかもしれない。18Kでアリゲーターストラップ仕様で確か200万円前後だったはず。価格については隔世の感あり。これも何で買っとけへんかってん、どアホでんな~
naldencloisonne.jpg
画像が綺麗だったもので、アンティーウオッチマンさんのホームページより借用加工させていただきました。事後承諾ご容赦下さい。そして下は今年のバーゼルのパテックブース一階(あちら風に言えばグランドフロアまたは単に"G"?か)に希少なハンドクラフトとしてショーケースの中に飾られてたクロワゾネのユニークピース。NIKONのコンデジでノーフラッシュだから当然ASA上げてほぼ絞り解放でシャッタースピード稼いで撮った一枚。敏腕レタッチャーの竹山が明日からのスイス出張の為、成田前泊に先程出発した為にディスプレイ用のウオッチリングやら背景やらをフォトショップでにわかレタッチ親父自らが怪しげに加工しております。それゆえ今回は文字盤だけご注目という事でご勘弁ください。

クロワゾネどころかエナメルそのものもド素人とまずお断りした上で、この上下の文字盤は随分印象が異なる。ナルダンのこのピースはたぶん後期型でミッシェル・ベルモさん自身ではなく彼の娘さん(お名前失念)の作と思われるのだが、一個一個の有線(金製)で囲まれた部分がほぼ単色である。ベネチアの観光名所リマト橋下の運河の薄黄緑色の部分と空のもう少し濃い黄緑の2箇所だけは濃い目の緑が塊状に散りばめられて焼結されている。その他は単色のみで彩色の異なりは総て有線で区切る事でなされている。いわば単色の布切れをパッチワークした状態。
DSCN3581.jpg
それに対してパテックは有線の区切りそのものが非常に少ない。鳥の顔の目の下のパート(区切り)では中央部分が白いが顎はコバルトブルーでその境界は微妙にグラデーションしている。例えば全く同じ文字盤二枚に有線を全く同じ位置に配置できたとしても2色の釉薬を同位置に塗り分ける事はまず不可能だろうし、焼結工程での混ざり合う具合など神のみぞ知る世界ではないのか。もちろんこの顔パートだけではなく殆どの区切りで2色、いや3色もありそうだ。この着色の技法の違いが両者を全く違うクロワゾネエナメルダイアルにしている。パテックの手法では絶対に同じ文字盤が世界に一枚しか存在しない。つまり究極のユニークピースたる由縁が此処にある・・としておこう、ふぅ~なんせ素人ですから断定は禁物。再来月のパテック展でのライブトークイベントも決まった事だし、この辺の推測の整合性を突っ込んでみる事としよう。そうそうなぜ七宝文字盤は黒や濃色の方が白色よりも製造が困難なのかも聞かなあかんしなぁ あぁしんど!
やはり予想通り大長編の気配が漂ってきた。後編では実機紹介となるがこれまた撮影が滅茶苦茶厄介だった。白色の七宝なのでルーペでさえラッカーとの違いは見慣れないとまず無理。はたしてマクロレンズで捉えきれるのか?次回に斯うご期待。

文責:乾

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